えり蔵 さん
男性
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2018年1月10日 to キングスマン:ゴールデン・サークル
大体、"2"は面白くない。
今まで千本以上映画を観てきたが、"2"の方が面白かったと思えたのは数えるほどしかなかった。思いつくだけでも、ゴッドファーザーpart2、死霊のいけにえ2、ミッションインポッシブルゴーストプロトコル(これは2とは言えないかもしれないが)数本ぐらいである。
それにしてもこの映画は酷すぎる。
理由は、人間ミンチを始めとしたグロさ、ラブシーンでの女性の体の構造を馬鹿にしたようなセクハラに近い演出、恣意的に長くしているとしか思えない映画全体の締まりのなさ、筋書きのハチャメチャさ、ハル・ベリーを始めアカデミー賞役者が何人も出演しているのに全く活かしていない等3拍子も4拍子も揃っているのである。
前作は、マイフェア・レディのモチーフをベースにそれなりに面白かったのに、どうしてこんなに酷い出来になったのか理解できない。
それにしてもチャニング・ティタムさんどうして出演したのかな。続編のCMのため?
2020年7月18日 to のぼる小寺さん
現代の邦画の低レベルさがわかる作品。
まず、本編前の劇場挨拶みたいな場面、あれ要らないでしょ。映画をどう見ようとこちらの勝手だ。それなのに役者と監督のダラダラした撮影現場のどうでもいい話がやたらと長く、彼らから教養や知性というのが全く感じられなかった。「こんな人たちがこの映画を作ったのね」と映画を観る前からガックリ来てしまった。
次、原作の漫画は読んだことないけど、恐らく高校1年生の春から高校2年生の初夏までの話と推測する。そのためドラマの年齢と役者の年齢が釣り合わない。最初役者が出て来た時大学生の話かと思った。出演している役者どう見ても高校3年生以上でしょ。
無理して少年少女で演じてるいるのが見え見えなのである。
そのため映画全体に不自然感がズッと漂っていた。
例えば高校生だったら微笑ましいラストのペットボトルのシーンも、役者の年齢が合わないので「こいつらフェチかな」と苦笑してしまった。
それから、「貴方を見ています」よっていうのは、中学生や高校低学年の男の子がやるのは可愛いが、どう見ても20歳を超えているおっさんの役者がやるのは無理がある。それにあんなにジッと見られている女もクライミングに集中しているのかもしれないが、全く気づかないのは鈍感を通り越して危ないぞ。
おそらく昔の角川映画だったらオーディションやって同年代のヒロインの新人を募集していたと思う。角川映画は大嫌いだったが、今考えると懐かしい。
監督の演出にも問題がある。ヒロインの食べ方に品がない。あれを見たら百年の恋も冷める。”不思議ちゃん”のイメージを監督は出したかったのかもしれないが、見ているこっちは引いた。
まだある、山のクライミングに監督やコーチなしであんな危険なことをやらせるなんて考えられん。そういえばこの映画スポーツをテーマにしているのに監督やコーチが全く出てこなかった。ありえんだろ。
最後にこの映画マスコミから比較的高評価なのが信じられない。忖度ありすぎで何か裏であるのかと疑った。
ただし主演女優のボルダリングシーンは努力の跡が見えるので☆1つ献上。
2018年1月7日 to 嘘八百
はっきり言って全然面白くなかった。
原因は、役者にある。特に中井貴一が硬すぎて大ミスキャストである。実は佐々木蔵之介もそれに近いのだが…。彼らシリアスな内容だったら上手く演じるのだが、この手の喜劇は全然ダメである。
実は、現在日本映画でドタバタ喜劇を上手く演じる役者が、日本の芸能界にほとんどいないのである。 例えば、映画ではないがNHKで放送している”LIFE”を観ても出演者と製作者が、内輪で面白がっているだけである。
この映画も同じで監督と役者が喜劇を一生懸命にやればやるだけこちらは引いてしまうのだ。
昔、森繁の社長シリーズの配役をこの映画の配役に差し替えてもらうと、どのような映画が出来るか想像してください。
中井→小林桂樹、佐々木→フランキー堺、芦屋→加藤大介又は小沢昭一、近藤→森繁又は山茶花究 あの手の映画が好きな方は想像しただけで笑ってしまうかもしれない。
喜劇映画の名手山田洋二が監督だったら、もう少面白い映画になったかもしれない。
正月早々日本映画の現状を見せつけられて悲しくなった。
2019年12月31日 to スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け
実は、前作の『エピソード8』は観ていない。理由は、『エピソード7』が余りにも期待外れだったからである。
監督の整理整頓されていない演出、魅力のないキャラクターに俳優、必要とは思えないアンドロイドの登場、余りにも映画を難しいものにしようとするかのような難解な筋書き、○○サスペンス劇場の終盤の犯人が告白するかのような安っぽいラストシーンなど、どうしても次回作に足を運ぶことができなかった。
しかし、今回、スターウォーズも最後ということで不安を抱えて観に行った。結論は「なんじゃこりゃ」と言う悲惨な出来であった。
映画館の窓口に『光に弱い方気をつけてください』の注意書きを読んで嫌な予感があったがその通りだった。(途中目が痛くなった)
映像に頼り切った余りにも目立つ中身なさ、ただだらだらと長くしただけの必要のないシーンの多さ、懲りずに新アンドロイドの登場、相変わらず魅力のないキャラクターと俳優、“以前このシーン観たことあるよな”のオンパレード、嫌になるほどご都合主義の展開、心霊映画のようなシーン。
やはり、『エピソード7』以降は作るのではなかったのではないだろうか、いやディズニーが制作したときからこの結果はわかっていたのかも。
結局このシリーズ、私が一番面白かったのは、新鮮で筋が単純だった『エピソード4』とシェークスピアを題材にしたかのような語り口と俳優陣が揃っていた『エピソード3』ということになる。
2020年11月1日 to 空に住む
最初から最後まで多部未華子の前髪が気になって仕方がなかった。彼女は小顔の上に前髪を垂らすものだから表情が読み取れず、こちらは複雑な主人公の気持ちを表情から伺い知ることができなかった。それは監督の指示なのか、スタイリストが面倒くさいと思ったのか、将又多部自身が我儘で他の仕事の関係で前髪を切るのを嫌がったのか定かでないが、これはどうにかできなかったのか。
それに出てくる奴が皆いけ好かない人間ばかりで嫌になった。婚約者がいるのに作家の子を宿し婚約者に黙って産む最低女、お互いに役に立つ間だけ付き合って、役に立たないと分かったら別れるとほざく見栄えだけが取り柄の中身は空っぽの三流タレント、そのタレントと寝て、別れる時こんな野郎から人生哲学を聞き取り本にしようとする軽薄至極の主人公(この女両親は死んだときは涙を見せず、猫が死んだときは号泣し、猫の骨壺を両親の位牌の真ん中に置くという複雑な精神構造をもっている)、その主人公の部屋に合いかぎで勝手に入り込む非常識な叔父夫婦など。
それに主人公が住む部屋が外の景色でマンションの高層階であるというのはわかる。しかしセレブが多く住むという超高層マンションという触れ込みの割にマンション全体の映像を映さず、しかもマンション付近の階段などから察するにセレブが住むに相応しい場所には見えなかった。
結論として先の作家の子を妊娠した女や三流タレントがほざくフランス人のような個人主義的な考え方、映画の内容に合っている思えない音楽、それに大して似合いもしないのに登場人物がワインを飲んで会話するシーンなどから出来の悪いフランス映画を観たようだった。
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2018年6月30日 to パンク侍、斬られて候
観終わった感想は、全然面白くない。
これが日本映画の現状です。
監督と脚本家が喜んでいるだけ。
観客は置いてきぼりですわ。
特に、肝心なバックミュージックが映画と合わないし、うるさい。パンク映画だからロックミュージックが良いとは限らない。
原作を読んで、こりゃストレートに映画化すると必ず失敗すると思いましたもの。
こんなハチャメチャな内容をどんなふうに脚色するのか楽しみにしていたのにガックリですねん。
今年も日本映画不作の年のようで。
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2017年9月10日 to 三度目の殺人
監督が最後まで何を言いたいのかさっぱりわからなかった。いつ面白くなるのだろうと我慢して観ていたが、ただ長いだけの映画だった。
理由を考えてみた。まず、登場人物が食い足りない。特に斉藤由貴。
福山君も『そして父になる』のような感動的な演技に達していなかったと思う。
内容も、工場の食材偽造も結局どうなったの。
何のため北海道にいったの…。
他にも色々あるが、ネタばれになるのでこれ以上言わないが。
最後に、是枝監督が題材をさばき切れなかったというより、是枝監督に合わないような気がした。
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2020年4月5日 to サーホー
ここ数年ハリウッドのこれ見よがしなCG満載のヒーロー映画に食傷気味だった。ところが、2年ほど前に公開された『バーフバリ』シリーズは、上手いCGの活用、お得意の歌や踊りやアクション、タイタニックをバロディ化して笑いを誘うなど本当に面白かった。特に、古代インドを舞台にすることで荒唐無稽な筋も気にならず、久しぶりに映画を観て興奮した。
ところで、数十年前に日本で上映された『踊るマハラジャ』は、本当に田舎臭い映画だった。それから映画の研究を重ねたり、ハリウッドで勉強して祖国に帰還した映画人が、才能を開花させたのがこの映画だった。私は万感の思いで観たものだった。
それでは、この『サーホー』どうだったのか。長くてダラダラ、筋が滅茶苦茶、男優や女優が同じな顔に見えるなど以前のインド映画に戻ったような残念の出来だった。
現代を舞台にすると、どうしてもインド映画の特徴である宗教観や身分制度など日本人には理解しにくいものを感じてしまったり、内容によっては説教臭さに癖々してしまうことがある。
やはり、インド映画は古代を舞台した方が合っているような気がする。
2020年1月6日 to 男はつらいよ お帰り 寅さん
私がこの映画を観る前の疑問は、“寅さんは生きているのか、それとも死んだのか”と言う事である。
山田洋二監督が「寅さんは渥美さんより10歳くらい若く設定しています」というのを以前雑誌で読んだことがある。さすれば渥美清が生きていたら大体90歳を超えたくらいなので、寅さんが生きているとしたら80歳前後ということになる。80歳のテキ屋がいても不思議ではないが、あの厳しい生活である。生きていてもヨレヨレではないかと想像できる。
その回答はこの映画を観るしかないので映画館に足を運んだ。結論を言うと「この映画ではそれを明白にしていない」のである。
生きているのではないかと推測できるのは2つのシーンである。1つは満男の亡くなった奥さんの法要のシーンで、仏壇におじちゃんとおばちゃんと亡くなった奥さんの写真が置かれているだけで寅さんの写真がないということは“寅さん生きているのか”と一瞬思わせるシーンと、もう1つは、満男の恋人だった泉が旧とら屋の2階に泊まるかもしれない時に、さくらが「お兄ちゃんがいつでも帰ってきてもいいように2階をいつも整理しているの。」との発言があったシーンである。
もし生きているとしたら、随分冷たい妹や義弟である。さくらや博は年老いた寅さんの捜索願を出すどころか、「お兄ちゃん今頃どうしているかな」の台詞もなく、余り心配しているようには思えないのである。それとも帰ってくると、年老いた自分たちでは寅さんの対応は無理であると恐れているのかもしれない。実際、泉の父が病んで福祉施設に入っているシーンは、ある意味年老いた寅さんを投影しているようにも見える。
ラストで年老いた寅さんが後ろ姿でもいいから出現することを期待した。しかし、残念ながらそうはならなかった。
「寅さんの生死などどうでもいいじゃないか!」と言われればそれまでだが、映画を観終わって何故かやるせないものを感じてしまった。
映画自体は、満男や家族や関わった人たちが、寅さんの思い出を語る時、旧作からそれらしきシーンを抜粋して話を進めるので、旧作を見ていない人には余り面白さが伝わってこないのかもしれない。(有名なメロン事件も出てくる)それにしても満男は寅さんに似て優柔不断なところがある。泉に“あの事”を話していたら、関係も変わっていたかもしれない。(そうなると違う雰囲気の映画になっていたかも)
最後になるが、映画の冒頭で桑田佳祐が主題歌を歌っていたが、違和感があり過ぎる。しかも寅さんの例の台詞まで喋っていたのはあきれるどころか怒りをおぼえた。アニメを使って渥美清が歌った主題歌を流す等色々方法があったはずである。これだけは止めて欲しかった。これで★2つ減である。
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2020年5月10日 to 火口のふたり
日活ロマンポルノを令和の時代で撮るとこうなるのかなという感じである。
観ていて神代辰巳監督の『赫い髪の女』という作品を思い出した。比べては失礼であるが出演者、演出、話を含めて神代監督作品の方が断然上である。 しかし、映倫が緩くなったのか以前よりSEXシーンの表現は大胆である。(恐らく前張りは余りしていないのではないか)
ただ収音に問題があったのか、役者の口跡が悪いのか分からないが、何を喋っているか分からない場面が多かった。
この映画がキネ旬の2019年度の邦画部門の第1位をとったということで興味をもって観たが、それだけ高い価値の映画であるとは私には思えなかった。