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さくらんぼ さん

電話が鳴ったらサギと思え

〈 Pallet 〉


(2018.11.14)

池波正太郎さんのエッセイだったか、ランチタイムが終わった後の、のんびりした空気が漂う蕎麦屋の話がありました。

その先生は、お酒を飲みながら、読書をするのですが、飲み方が面白いのです。「おチョコの酒を、舌の下で、削り取るようにして飲む」のです(表現は正確ではありません)。

読書をしながら、板わさなど肴に、そんな飲み方をすれば、お銚子の酒は、さぞ長持ちすることだと思います。

そうやって、至福の時を過ごしたら、最後にざるなど一枚食べて帰ってくる。それが粋なのだそうです(酒だけでなく、蕎麦も食べるのが、蕎麦屋に対する礼儀)。

試しに、自宅で私も「削り取るように」飲んでみましたが(舌下で酒に触れる感じかな)、確かに長持ちしそうでした。


(2018.11.13)

@ ニュースのアナウンサーは、近未来、AIにとって代わられるのでしょうか。

デマや、フェイクニュースも流れる昨今、「いつもの、あのアナウンサーが言っている情報だから、信用できそうだ」と人は思うものです。その「表情や声から、どれだけ重大な事態なのかも推測できる」と言うもの。「人間のアナウンサーは、正義の最後の砦」。

しかし、「善いも悪いもリモコン次第」のAIアナウンサーでは、油断すると国民が騙される恐れがあります。


@「ある速算法」

 256
 743
 321

-------
 1,320

この計算をする時は、321に、-1と+1,000をすればよい。


(2018.11.12)

@ 朝日新聞2018.11.11のコラムに「失読症」が紹介されていました。

「子どもの頃から長い文章を読むのが苦手で、これまで一冊も本を読めたことがない34歳男性」に対する回答です。

臨床心理士の話では、「学習障害の一種の失読症ではないか」とのことで、何回も繰り返し読む訓練をすると良いらしいです。

追記

ところで、私は小説を読むのが苦手ですが、小説だけなのです。長文のエッセイなどは、買ってから家に帰るまでに、電車の中で読んでしまったこともあるぐらい、空気のように読めますし、雑誌、新聞、教科書(マニュアル)、事務連絡なども当然問題ありません。ただ小説(教科書掲載文を除く)だけが苦手なのです。これを失読症と言うのか否かは、良く分かりません。


@ クルマの盗難防止装置の誤作動でしょうか。近所の駐車場で時々、「プッ、プッ、プッ、プッ…」と大音量のクラクションが鳴り続けることがあります。

あれは神経に触りますね。イライラします。一秒でも早く、クルマの持ち主が気づいて、止めてくれないかと思います。

その日もそうでした。私は「もうすぐエアコンの設置業者が来るというのに、業者さんが屋根に登っている時に、あの音が聞こえたら、ただでさえ蒸し暑いのに、業者さんに申し訳ない」と思っていました。

さいわい業者さんが来たときには止まっており、ホッとしましたが、そんな話を業者さんにしたら、今度は「彼らが少し不機嫌になった」ような気配を感じたのです。

なぜだか分からぬまま時間は過ぎました。そして業者さんが帰ってから、ふと気がついたのですが、彼らは「クラクションと、自分たちの作業で、この家の人は長時間迷惑を感じているようだ」と思ったみたいです。確かに業者さんの立場になってみれば、そう考えるのかもしれませんね。

これに限らず、どうも私は誤解されやすいようです。誤解をされないようにと、誠心誠意、言葉を尽くして説明して、やっぱり真意が伝わらず、嫌われたこともありますし。


(2018.11.11)

@ 昨日は「アイドル教室」を観てから、近くの「久屋大通庭園フラリエ」に行きました。

そこは昔、都会の一等地でありながら、忘れられたように地味な公園でしたが、2回の再開発でとてもきれいになりました。

無料でありながら、花の咲き乱れるイングリッシュガーデンであり、特に「モネの睡蓮の池を再現」したそれは、本当に「生ける絵画」なのです。

昨日はそこで、欧米人らしき人たちの結婚式が行われていました。

どこか既視感がありましたが、そうです、(失礼ながら)映画「ゴッドファーザー」のそれを連想したのでした。それにしても、ガーデン結婚式はおしゃれですね。


@ 麺類が習慣になっているので、ランチに「サッポロ一番 和ラー 三重 伊勢海老汁風」を食べたら、蓋の裏に「私もお腹すいてきた〜 サイン 生田 絵梨花 乃木坂46 公式カップ麺」などと書いてあって驚きました。美味しかったですよ。

昨日は、「アイドル教室」の前に、「まゆゆ」みたいな娘とすれ違ったし(きっと別人、しかし、私にとって、そう思うこと自体が稀有)、きっとこの土日は、そんな星回りだったのでしょう。


@ 映画館のロビーとか、ラーメン屋さんの店先とか、なぜか道ばたに突然とか、ときどき行列は現れるものです。でも、そこに興味のない人にとっては、「行列は通行の邪魔」でしかありません。

そんな時、どのようにして(行列という)壁の向こうへ進むのか。おじさんの私は、過去何十年もの人生経験から、最適解を割り出します。

しかし、「すみません。通して下さい」と言いながら、(私としては極めて常識的に)進もうとしたとき、列にいた20歳前後と思われる男女数人から、「非常識」呼ばわりされたのです。

私は意外、心外の極みでした。私には彼らこそ「非常識」に感じました。彼らには「道を譲る」「お互いさま」の精神が無いと。相手が小心な私だったから良かったものの、通行人にはどんな人がいるのか分かりません。もし私が行列に並ぶ立場なら、怖くてそんなことは言えません。映画「激突」や「あおり運転」の例もあります


と、思っていましたが、先日、行列ではありませんが、歩いていて、見知らぬ人と、肩が少しだけぶつかったのです。「アイムソーリー」という言葉も必要ないほど軽く。

でも、その時、「とても強い不快感を感じた」のです。

自分ながら、湧いてきた意外な気持ちに、「あれ!?」と思いました。理性では無感覚だと思っていたからです。無菌状態で生活していると、感染症に弱くなるように、日本という思いやり社会で暮らしていると、やはり他人との摩擦に弱くなるのでしょうか。気がつかないうちに。


@ ちなみに「SKE48」の意味は、「東京・秋葉原のAKB48が全国進出の第一弾として、名古屋・栄に進出。 名称の由来は、活動本拠地名古屋・栄のSaKaEの頭文字をとってSKE。」 ( 「SKE48」公式ツイッターより抜粋 )です。

名古屋の人なら、説明を聞かなくても、だいたいは想像がつく由来ですね。

それで思いだすのは、若い頃に地下鉄の中で、外国人女性から「酒、酒」と聞かれたことです。最初は「まっぴるまから酒を飲みたいのか?」と思ったりで、意味不明でした。

ふと「栄のことをサケと発音」しているのではないかと気づき、それは反対方面の電車だったので、手をひっぱってホームに降り、「あっちの電車に乗りなさい」と言ってあげました。

どうも私は、道を尋ねられやすい雰囲気みたい。


@ 本日、11/11(日)の10時から(名古屋市)鶴舞公園にて、「アイドル教室」観覧無料ライブが行われるようです。元気がもらえますよ。詳細はツイッター等でご覧ください。

ちなみに鶴舞公園は、「ポケモンGOの聖地」と呼ばれたところでもあります。


(2018.11.10)

街を散歩していたら、大きな音楽が聴こえてきて、ふと見ると、公園で少女たちが踊っていました。劇場の近くなので「SKE48」かなと思って近づくと、「アイドル教室」と自己紹介をしていました。

遠目には黒い衣装と思っていましたが、近づいてみると、濃紺で、何本かのカラフルなラインが入っているものでした。きっとセーラー服をモチーフにしているのでしょうね、「アイドル教室」ですから。

おじさんが観ているのは恥ずかしいかも、と思いましたが、何ごとも修行だと思って、20分ぐらい観ていました。これで、私も少しは成長できたと思います。

彼女たちは、歌も踊りも、おまけに、おしゃべりも上手で、「SKE48」にも負けずとも劣りませんでした。

驚いたのは、前面だけでなく、時々何人かが、真横とか、真後ろを向いて歌うのです。360度対応です。そういう会場も想定しているのでしょうね。

おかげさまで、こっそり真横で観ていた私も、メンバーの誰かと目線が合ったような気がしました。


(2018.11.9)

@ 先日、出来たばかりの巨大ショッピングモールへ行ってきました。

まずは腹ごしらえと、フードコートにある手作りパン屋さんへ入り、トレイにパンを乗せてレジへ行きました。サラミ入りピザと、ベーグルのハム・チーズサンド、甘いミルククリーム入りのクルミパンです。

そして「ここで食べます」と言いましたが、「こちらでは、すべて袋に入れさせてもらってます」とのこと。

そして、レジにはセルフレジみたいな機械が置いてあり、店員さんが「ピッ」とした値段が表示されると、「こちらにお金を入れてください」と言われました。つまり、店員さんは現金にはノータッチなのです。

ついでに、コーヒーが欲しいと思って「飲み物はないですか?」と聞くと、「申し訳ありません。飲み物はありません」とのこと。普通ならパンといっしょに売りたいはずなのに、不思議でした。でも、まぁ、どこかほかの店に売っているはず。

そう思って、パンの袋を持ち、店を出てキョロキョロすると、隣に「タリーズ」があるじゃありませんか。そこで中サイズのホットコーヒーを買い足しました。

フードコートに、まだ空席はたくさんありましたが、多すぎると、かえって、どこに座ろうか迷ってしまいます。どこが一番落ち着けるだろうかと思案していると、タリーズの店員さんが「店の裏がタリーズ専用席になっています」と教えてくれたので、そちらへ行きました。確かに良い場所です。

しかし、タリーズ専用席の表示はなく、他店のお客さんも、単なる休憩客も、入れそうな雰囲気。

毎週のように外食でパンを食べる私ですが、なじみの店以外では、外国旅行に来たみたいに新鮮でした。

それにしても、フードコートで食べる人にでも、「お持ち帰りパッキング」をしてしまうお店の方針は、なぜなのでしょう。よく分かりませんが、ちょうど消費税が話題になっている時期ですから、「全部パッキングすれば8パーセントの徴収で済む」(お客さんとのトラブルも減らせる)と、そう判断したのかもしれませんね。


@ インフルエンザの薬を子どもが飲むと、問題行動を起こしたとか、起こさないとか、そんな話がありました。

実は、私にも似た経験があります。

幼稚園か、小学校の頃です。体の弱かった私は、よく風邪(ここでの風邪は、インフルエンザを含みます。昔のことで区別がつきませんから)をひいたり、お腹をこわしたりしていました。

その日も風邪で寝込んで、熱が高く、起き上がる気力もないぐらいでした。医者からもらった薬を飲んでいました。

午後だったと思います。突然「ハンカチを持ってこなくては」と思ったのです。ハンカチが必要な理由はありませんでしたが、なぜかそう思ったのです。

私は飛びおきて、隣室にあるタンスの引き出しを開け、ハンカチを一枚取り出すと、すぐ布団に戻りました。その間、5〜10秒です。戻ってから正気になった私は、なぜハンカチが欲しかったのだろうと、不思議になりました。そして、体が楽に動いたことも不思議でした。

気配を感じた母がすぐやってきて、「どうしたの?」と聞きました。私は「ハンカチが欲しかった」としか言えませんでした。

今思えば、あれも問題行動だったのでしょうね。恐ろしいのは、往復で5〜10秒なのです。もし窓から転落するなら5秒で終わりです。病気の子どもから、5秒も目を離さないで置くことなど、不可能に近いでしょうし。


(2018.11.7)

1976年の名作TVドラマ「高原へいらっしゃい」が、現在BSの「日本映画専門チャンネル」で再放送されています。

「経営難のホテル再建を目指す支配人たちの奮闘を温かなタッチで綴るドラマ。ホテルの面々や宿泊客を多彩な俳優が好演し、胸打つ人間模様を紡ぐ名作。」です。( BS「日本映画専門チャンネル」より抜粋 )

2003年には佐藤浩市さんの主演でリメイクされていますが、こちらは田宮二郎さん主演のオリジナル版です。

私は若い頃に、このオリジナル版をTVで二回観ました。今回三回目になるわけですが、若い頃には分からなかった、登場人物たちの心のひだが、今は分かるような気がします。とても面白い。

すでに1/4ぐらい放送済みですが、今からでも楽しめますし、最終回の後には、ダメ押しで、たぶん「全17話一挙放送される」(はず)ですので、録画される方はチャンスです。


(2018.11.6)

@ 病院の医療機器も、古くなると更新します。

古い人工呼吸器を付けて、やっとそのリズム慣れた頃に、新しい機器に更新されることもあります。

それは相棒が変わるようなもの。

私の母は相性が悪いらしく、「今度のは苦しい」と訴えていましたが、どうしようもありませんでした。


@ 「赤毛のアン」の翻訳者・村岡花子の半生をモチーフとした、NHK朝ドラ「花子とアン」で、花子の祖父(石橋蓮司)は文盲に近い状態でした。

昔の田舎ですから、食っていくのに精いっぱいで、学問などさせてもらえなかったのでしょう。だから、祖父は家長の威厳を保つために、それを知られないようにし、何か話しかけられても「そうさなぁ〜」と言うばかりで、自分の意見は言わないようになったのだと思います。

ところが、養子に来た花子の父(伊原剛志)は、普通に読み書きができる男でした。祖父はその養子にも、秘密を守ろうと距離を置きました。それを嫌われていると感じた養子は、辛くて行商に出るようになったのだと思います。

その反動あってか、養子は娘の花子については、教育を惜しみませんでした。そして全寮制の女学校へ入れた。そして、それは、娘をめぐっての、祖父と養子の三角関係で、祖父から花子を隔離するためでもありました。

何を言いたいのかと言えば、「花子の父まで文盲でなくて良かった」という事です。

もし父も文盲なら、学問をしたいという花子の願いは潰された可能性があります。(何かにつけて質問をする)成長していく娘からバカにされないようにと、やはり父の威厳だけで押さえつけようとし、「お前はダメな奴だ」を口癖にしたかもしれません。

こうして、娘の父と娘の良好な関係は破壊され、それどころか、幼いことからの「お前はダメな奴だ」で洗脳された娘は、人からバカにされることが、無意識に自分への正しい評価だと思うようになります。

もし人から高評価を受けると、それは誤解であり、いつか目が覚めるはずだと、本気で怯えるようになるのです。


@ 役所が嫌いな人でも、「役所なんて無くなればよい」と思っている人は僅かでしょう。この世は、役所と民間の、両方あってこそ成り立っているのですから

でもトランプさんが、「首長」の皮をかぶった「社長」であり、米国が「世界の首長」のポジションを空席にするなら、必然的に、いずれ、どこかの国(組織)がその席に座るか、あるいは、遠くないうちにトランプさんが失脚することになるのだと思います。

「社長は自社の利益を求め、首長は住民の公平を求める」のだから。


(2018.11.5)

映画「億男」などどいう作品もありますが、宝くじで億万長者になった人が人生を狂わせたという話は、昔からあります。

しかし「億り人」と言いますか、同じあぶく銭でも、株などで億万長者になった人が破滅したという話は、あまり聞いたことがありません。マネー雑誌に登場する「億り人」様たちは、皆、さらなる高みを目指して投資にチャレンジしているようです。

両者は、きっと似て非なるものなのですね。

追記

安倍さんは、消費税のUPについて、「リーマン・ショック級の事が起きれば…」などと言っていますが、もし安倍さんの口から、「もうすぐリーマン・ショック級が起こるから…」などという話が出れば、これは株の儲け時なのでしょうか。それ以前に、そんな話を首相の口から出せるのでしょうか。


(2018.11.4)

@ ある邦人ジャズ・ピアニストを、YouTubeで探していたら、なぜか、ここへたどり着いてしまいました。

「1曲だけ 1曲だけ歌っていきます〜からの『ミカヅキ』 」


(2018.11.3)

「エッフェル塔」と言うのに、なぜ「東京タワー」なのでしょう。


(2018.11.2)

@ 映画「東京暮色」にしても、NHK朝ドラ「まんぷく」にしても、あの当時は食っていくことが最優先で、自分の適性に合った仕事を選ぶというのは、夢だったのだと思います。

現代は、後者になりつつありますが、これは良い時代になった事が背景にあるからでしょう。色々な事柄は、背景とセットで語る必要があるようです。


@ 先日の新聞に、「奨学金を払わなくても良くなる裏ワザ」がネット公開されていて、実際に運用している人もいる、と書いてありました。

また、保証人からの取りたてについて、「分別の利益」のニュースもありました。

しかし、私はこれらの論調に、なにかモヤモヤしているのです。

それは、ある意味「いじめの問題」にも似ています。


@ 一口に「税金0」の人と言っても、たとえば住民税には「非課税」と「減免」があります。

@「非課税」の場合は、地方税法で税金が0になる人です。

A「減免」の場合は、地方税法では課税になりますが、市町村独自の条例によって、それを減額した人です(だから、市町村で違いがあります)。この場合、役所の明細を見れば、例えば「1,000円→0円」みたいに書いてあり、良く分かります。

以上を簡単に説明すれば、「あなたは課税になりますが、納税は(一部または全額)免除します」という話です。

私は、若い頃にこの違いを知って感心し、以後、この「概念」をいろんなものに当てはめて考えてきました。

何ごとによらず、相手に物事を説明する時には、なるべく@A両方を、順序だって説明したいと思っています。もしAだけにすると、相手はそれが@であり、Aなど存在しないと勘違いする場合があるからです。それはお互いにとって良くありません。


(2018.11.1)

営業マンには営業成績の争いがありますね。成績の悪い者は上司から叱責されたり。

同じように、税金取りにも徴収成績があるのです。営業マンほど露骨にオープンにはしないにせよ、特に秘密でもないので、成績は係内に知れ渡りますし、下位の者(役所)には、上司(本庁)からの叱責もあります。


(2018.10.31)

@ トランプさんが国籍の「出生地主義」をやめようとしているようです。いかにも彼らしい発想で、あちこちから非難するような論調の話が出ています。

しかし、いつもなら引き合いに出される「日本では…」の声が、あまり聞こえてきません。実は、日本も「出生地主義」ではないからです。

日本の国籍法は「父母両系血統主義」をとっており、たとえ日本で生まれても、父・母の一方が日本国籍を持っていなければ、子どもには日本国籍が与えられないのです。

だから、今回の事であまりトランプさんを非難すると、「自分の事は棚に上げて…」になってしまいかねません。


@ 若い頃、サウナを覚えたのをきっかけに、下町の銭湯に通うようになりました。そこは刺青OKだったので、健さんを思わせるようなそれを、全身に入れたお兄さんが、よく数人で来ていました。

彼らはくつろぎに来ているのです。だから、こちらも紳士でいれば、何も問題はありません。でも、一度だけ怖い思いをした事があります。詳しくは書きませんが、狭い空間ですから。


(2018.10.29)

お里が知れると言うか、やはりトランプさんは、「首長」の皮をかぶった「社長」なのでしょう。「社長は自社の利益を求め、首長は住民の公平を求める」のだから。


(2018.10.28)

@ あの、漬物石にするには大きすぎる石版を、かつてコンピューターと言いましたが、CPUだと書いている人もいました。しかし今なら、私はスマホと言いたいような気も…。

「 またモノリスとはコンピューターの暗喩です。それはモチーフである道具の進歩の究極の姿であり、進歩のシンボルとして大きな節目ごとに登場します。最初は猿が道具を使う時、次は人類が宇宙へ出た時、最後はスターチャイルド誕生の時です。」

( 映画「2001年宇宙の旅」、私のレビューより )


@ 映画の上映を待つ間、近くの、小さな本屋さんへ行ってきました。中年のご婦人が一人で番をされているお店です。

入ったとたん、その静けさに懐かしいものを感じました。

一番奥にある本棚の上に、ミニコンポのスピーカーが置いてあり、ひかえめな音量で、モーツァルトのピアノソナタが流れていました。

出入り口のレジコーナーには、ラジオが置かれているようで、これも小さな音で、AMのトーク番組が。

小さな店に二つの違った音源があるのに、まったくぶつかってはいませんでした。まるで、トーク番組のBGMにモーツァルトが流れているかのよう。

店番をしている彼女の心は、ふたつの音源の間を、一日中行き来して、夢想しているのでしょう。


今から40年ほど前、私の会社の近くにも、似たような本屋さんがありました。

先輩に叱られ、凹んだわたしは、帰りのバスを待つ間、よく、その本屋さんへ行ったものです。季節は冬の夜。暖かい店内には、同じように静かで、小さくクラシック音楽が流れていました。

私にとって、そこは「心のサナトリウム」。会社を辞めるなら、次はこんな本屋さんになりたいと、若者らしく夢想したものです。

それ以来、悩み事があると、解を求め、だんだんと大型書店の本の森の中を散策するようになり、いつしか、それが趣味になっていきました。下町の小さな本屋さんのことは、すっかり忘れて。

しかし、店こそ違いますが、今回、小さな本屋さんで、40年前にタイムスリップしたような気持ちになり、たった数分間でしたが、映画一本分と言いたいくらいの、感慨に出逢えました。そして、何よりも、良い意味で「何も変わっていなかった」ことにちょっと驚き。

けっして大型書店がうるさいとは思いませんが、人の気配も含めて、流れている空気が違うのです。


(2018.10.27)

@ 少し前に、ある先生から、浜田真理子さんを教えていただいたことを思いだし、YouTubeで 「街の灯り〜Mr.Lonely」など聴いてみたら、買ったばかりの新しいアンプは、机上にコンサートホールを作ってくれました。ほんとうにリアル。


@ 消費税がUPするのに付随して、非課税世帯などに、商品券などの支給案が持ちあがっているようです。

商品券や給付金も、最後は自治体職員の仕事になります。しかし自治体には専属の担当者はおりません。だから福祉関係などの職員の誰かが、随時兼務することになります。

毎月のように行うルーティンワークなら、あまり問題ありませんが、何年かに一回の事務であり、担当者は初めての人が多いのです。その一回だけのために作られたマニュアルをマスターして、事務に当たります。そして何ごとによらず、初仕事は必要以上に疲労するもの。

でもこれは、お金が絡む重要な仕事。問題なく処理して当たり前。何か起これば、即、新聞沙汰になりかねません。被災地の職員にも、さらなる負担になります。


@ 戦時中、赤紙が来ても、身体検査ではねられ、兵隊に行かずに済んだ人もいました。現在、自衛隊員になるにも身体検査があるようです。では、自治体職員の身体検査に問題はないのでしょうか。

現在、自治体も電算化が進み、代わりに減員になっています。そんな中、災害大国日本では、あちこちで毎年のように大災害が発生し、避難所が作られ、自治体職員は、自らも被災していながら、平常業務+災害業務に忙殺されています。

災害時には自慢の電算機もあまり役立ちません。そこはマンパワーの世界なので、減員が仇になり苦しんでいます。それは行政サービスの低下でもあります。

先日も、中部地方にある私の町の、電車のつり広告に、「東北地方の自治体の任期付職員募集」がありました。

このような状況を考えると、自治体職員の採用にも、自衛隊並みとは言いませんが、法改正を含めた、何らかの身体検査の強化は必要のような気がします。有事にも問題ないように。

「社長は自社の利益を求め、首長は住民の公平を求める」のだと私は思います。ここには「公務員は住民に奉仕するのが仕事」だという意味が含まれています。ですから職員の採用にも、民間企業とは違った、適切な思想が必要だと思います。


「 平成30年9月28日 

東日本大震災による被災地方公共団体における職員採用情報 

東日本大震災により被災した地方公共団体においては、本格的な復旧・復興に向けた事業の推進のためマンパワーの確保が課題となっているところです。

こうした中、被災地方公共団体においては、即戦力となる人材を確保するため、任期付職員の採用等を行っており、行政実務の経験がある退職した元公務員や、土木・建築をはじめとした各分野の専門的な知識・経験を持つ方々の応募が期待されています。
 
被災地方公共団体の早期の復旧・復興のため、全国各地の皆様のお力をお貸しいただけるようお願いいたします。」

( 総務省ホームページより抜粋 )


(2018.10.26)

@  立禅をして「気」のボールが出来るまで、毎日修行して3〜4カ月かかりました。やっていると、ある日突然、気感(「気」に対する感受性)が目覚め、両手の間に弾力のあるボールが出現するのです。

それから、両手を前後に振るだけの「スワイショウの1」と「スワイショウの2」。簡単に見えるので、見知らぬ通行人から「他の体操もした方が…」と助言されたりもしましたが、気功の本に書いてあるように、簡単な気功を繰り返し、技の熟練度を上げました。簡単に見えますが、動きだけでなく、呼吸、意識の3点セットが肝なのです。

それを40カ月、いや3〜4年以上続けると、気感はさらにUPし、「気」を、少し体の内外で動かせるようになりました。まだまだ、私の気感は開発途上です。

又、「気」は現代医学では存在しないことになっていますから、もし何か気功で失敗し、私が病気になっても、お医者様からは「原因不明」と言われるかもしれません。それまで覚悟の、これは自己責任での旅なのです。

ですから、イスカンダルだとは言いませんが、私が「気」の話するときは、少なくとも往復に3〜4年以上かかる、遠い星の話をしているのと同じなのです。幸いなことに、私の話を聞く貴方は、その旅に行かずに、その星の事を知ることが出来ます。

でも、もしご不審な点があれば、どうぞ、ご自分でその星に出かけ、ご確認ください。

世の中、腑に落ちる話ばかりではありません。そんなグレーゾーンを、グレーゾーンのまま受け止めてくれる大人に敬意を表します。

追記

私は気功を始めて8年ぐらいになります。今ではどんな動きをしても、例えばラジオ体操でも、散歩をしているだけでも、気の巡りを感じられるので、気功になってしまいます。


(2018.10.25)

@ グーグルの背景の絵って・・・。


@ アーチェリーの的紙には、大中小いろんなものがあります。

色も中心から、黄・赤・青・黒・白となっていて、華やかさと緊張感、精神性の高さも感じられ、現代アートと言えなくもありません。

お部屋の中に、安くて斬新な壁飾りが欲しいという方には、ちょっとオススメ。


(2018.10.24)

私はアーチェリーを少しだけやっています。その関係もあって、先日始まったTVアニメ「ツルネ -風舞高校弓道部-」の第一部を観てみました。

アーチェリーと和弓は似て非なるもので、たとえば和弓出身者が、アーチェリーに転身すると、「最初は和弓の癖がじゃまをする」と、指導者も言うぐらいです(その逆も当然にあります)。

しかし、お互いに(少なくともアーチャーには)、相手に敬意を持っている人は少なくないと思います。私もその1人。

アーチェリーの上手な人の射型は、ほれぼれするほど美しい。和弓の名人の射型も、息を呑むほど美しい。そのアートは、親戚同士だからより良く分かるのです。


ところで、「ツルネ -風舞高校弓道部-」は、第一部から辛口でした。「早気」(はやげ)が出てきたからです。

「早気」とは、簡単に言えば、陸上競技のフライングみたいなもの。

これはメンタルの問題で、弓道の「射法八節」の中にある「会」(かい)を保てず、すぐに「離れ」(はなれ)に入ってしまう事。

いったんこの癖がつくと容易には治せないと言います。

アーチェリーにも同様の障害はあります。誤解を承知で言えば、こちらでは「会」(かい)は、それほど重要視されていませんし、それどころか、世界のトップである韓国選手の射法には、「会」(かい)など無視したようなものもあるからです。そしてトップ選手は世界中の選手から目標にされます。

そんな理由(弁明)もあって、私も「早気」のような気がしているから、あのアニメが痛かったのです。


(2018.10.23)

私の投稿は、忙しい在職中は一月に数件でしたから、名前は多くても1ページに数件、まったく無い日も多々ありました。ある意味、平安な日々でした。

しかし、仕事をリタイアしてからは投稿件数が増え、現在は毎日のように何かを書き込んでいます。すると、当然に私の名前が増えますので、自分の仕業ながら、困惑しているのも事実です。

私の投稿を楽しみにして下さっている方がいらっしゃることは知っているつもりです。その声には応えたい。しかし、大量の私の名前を見て、私とおなじように困惑されている方も、中にはいらっしゃるのではないのかとも、想像していました。ですから、投稿する度に、一抹の自己嫌悪を感じていました。

現在、どなたかからレビュー板の改善案が出ているようですが、管理人様にお任せします。


(2018.10.22)

若い頃から、たくさんのオーディオ評論を読んできましたが、30年ぐらい前だったか、その中に忘れられない一冊があります。

あのような本の多くは、映画レビューと同じで、普通、当たり障りのない事が書いてあるものです。そしてマニアは、その行間に込められた真実を読み取ろうと戦うもの。

しかし、いつもの著名評論家が登場してはいましたが、その本だけは内容が違いました。(もしかしたら、実験的な本だったのか)ある2.1chシステムに対し、「この音に問題を感じるとしたら、それはあなたの性格に問題がある」みたいな、挑発的にも聞こえる話が満載だったのです。

その中に、ある組み合わせステレオが紹介されており、「もし音が澄みすぎると言う方は、スピーカーをBOSE301MMに変更しても良い」とありました。「そうすればジャズボーカルなどに、より人肌の温もりを感じられる」と。確かにBOSEにはそういうところがあります。私はBOSE101MMを持っていますが、良い意味での泥臭さが。

当時の私は「音が澄む」事の何が悪いのだと思っていました。しかし今なら良く分かります。澄み過ぎたものに、時に人は心の渇きを覚えるのです。だから、ラジオもAM放送を好むのです。


小津安二郎さんの映画をBSで観ました。モノクロ映画でしたが、路地にあるバーやカフェなどの看板が映り、そのデザインが、どなたかに教えてもらった通り、さりげなく、どれもみな垢ぬけていました。

しかし、その「お化粧」はどれも「ひとつまみ」だけであり、けっして過ぎてはいません。

私は、まだ古いものが抜けきらない当時の日本に入ってきた、「新しい価値観」を可視化したものだったのかもしれないと、ふと思いました。


(2018.10.21)

たとえば真空管時代の電蓄や、古いラジオから取りだしたようなスピーカーを鳴らせば(もちろん箱に入れて)、古びた音がします。最新テクノロジーで生まれたスピーカ―と比べれば、誰が聴いても分かるほど枯れている。

しかし、私もその1人ですが、そこにセピア色の味わいを感じる人たちもいるのです。もちろん、古いスピーカーすべてに価値があるわけではありませんが、人気のある物は、最新型と同じ、いや、それ以上の価値を持って取引されています。

そして、それを鳴らすアンプにも個性があります。主に真空管アンプの話ですが、日本人が流行の発信地だと言われる(今は世界にファンがいる)、三極管シングルアンプ(シンプルで音の良い真空管〈出力管〉を左右一本づつ使う方式)は、パワーは少ないですが、音の純度が高いのです。これは減算の美学。

( 欧米のそれは真空管をたくさん積んだハイパワーのものが多いです。加算の美学とでも言いますか。)

古いスピーカーを、シンプルな真空管アンプで、静かに鳴らす。

これは、日本人の伝統的美意識にもフィットしているのかもしれません。

追記

私は五極管シングルアンプの濁った音も好きです。濁ったと言うと語弊がありますが、安価なデジタルアンプの出現により、澄んだ音のありがたみが少なくなってしまいましたから、逆に「にごり酒」的な味わいが楽しいのです。

安価なクォーツ時計の出現で、時計から正確さのありがたみが減少し、昨今は、ゼンマイ時計の味わいが珍重されているように。


(2018.10.20)

酷使したわが家のトランジスタ・プリメインアンプが不調になりました。

酷暑の間は、あまり使わなかったので、すねているのかもしれません。

メーカーに修理に出すと、技術料・出張料だけで、ほぼ新品が買えそうなので、困っています。そうです。安物です。

私がハイファイマニアだと思っている方がいらしたら、大いなる誤解です。かつて値段が今の10倍するアンプを使ったこともありますが、安い方の音が好きでした。つまり私はローファイマニア。「御里が知れる」とはこの事です。

( もし弁明をするのなら、安いアンプは、安いスピーカー(多くは小さい)を鳴らすことを前提に音作りがされているので、下手に高価なアンプを繋ぐよりも、バランスの良い音がする事が多いのです。だから小さなスピーカーを使っている私には好都合。)

修理に出さないのなら、自分で直すしかないわけです。キットを作ったり、ハンダごて片手に、接触不良程度の簡単な修理ならやったこともありますが、若いころに比べて、面倒な事が苦手になってきましたから、今はあまり気が進みません。

( 中学生の頃から、壊れたラジオやTVからスピーカーを取りだして、べニア板で作った箱に入れたりして鳴らしたものです。今思いだしてもワクワクする体験でしたが、同時に「あんな面倒な事、良くやったなぁ」という、タメ息にも似た気持ちもあります。)

予備のアンプが無いわけではないのですが、みな「帯に短したすきに長し」なので、いっそ買いかえようかとも思っています。アンプというものはスピーカーと対で評価するもので、どんなアンプでもベストカップルになるわけではありません。

しばらくは、修理代+アルファで、少し音色が違う安物を物色しましょうか。

日日是好日。


(2018.10.19)

@ 彼女の歌を聴きたいと思って覗いたら、なんとなく吉田拓郎さんのライブを聴いているみたいな気分になりました。


「 ニーナ・シモン Nina Simone - Ain't Got No___I've Got Life(日本語字幕入り) 」

https://www.youtube.com/watch?v=cZODYZbdVpE


@ 気功の先生の本を読むと、「人は年齢で性格が変わる」と書いてあります。

そう言えば、一般論でも、「歳をとって丸くなった」とか、「大人しかった少女が、ずうずうしいオバサンになった」とか、言いますね。

少女だけでなく、大人しかった少年も、歳をとるとずうずうしいオジサンになることがあるようです。私みたいに(もちろん、その逆もあります)。

そうやって一生かかって、何らかのバランスをとりながら、人は生きているのかもしれませんね。


@ 秋なのに「桜が数輪咲いている」樹があるようです。異常気象のせいらしいです。

先日、天気予報でその話題になった時、キャスターからの「来年は咲くんでしょうか?」という質問に、予報官は、「まだ、たくさん残っているから大丈夫です」と答えていました。

私は「?」と思いました。

キャスターの質問は、「今年咲いたツボミは、来年もまた咲くのでしょうか」だと思ったからです。


(2018.10.15)

「人は何のために働くのか」。

答えは沢山あるでしょうが、その一つに、「社会を知るため」があります。

もちろん、30年や40年働いたところで、社会のすべてが分かるわけではありません。だから、いくつになっても、映画を観たり、本を読むと、新しい発見があるのです。

でも、30年も40年も働けば、学生時代と比べて、色んなことが分かってくる事もまた事実です。

ところで、私が就職直後に買ったLPレコードがあります。

ジャケットには、不安そうな顔をした3人のアーティストが、ビルの大きなテラスのような場所で、コンクリートの冷たく頑丈な壁に寄りかかって、こちらを見ている写真がありました。

当時の私は、ジャケットをながめながら、それを、よく聴いていました。おじさんになってから気がついたのですが、(私の中では)あの壁は「社会の壁」であり、3人は「怯える新入社員」だったような気がするのです。

今の私は、その壁を通りぬけ、もう先輩の目で、あの3人を眺めることが出来ます。色々ありましたが、なんとか生きてきました。壁の中は、そんなに冷たいばかりではありません。温かい事、楽しい事は沢山ありました。

ところで、そのLPは、CDへの移行期に手放してしまいました。後に「しまった!」と思い、中古店で探しましたが見当たりません。再版されもしましたが、「ジャケットが陰気で、今の世に合わない」とでも思ったのか、「まったく雰囲気の違うポップなもの」になっていました。

私にとっては、オリジナルジャケットこそが、中身と同じぐらい価値があるのに。

そんな折、先日、偶然に、本当に偶然見つけて購入することができました。失くしたと思った若き日の記念写真を見つけたみたいで、とても、うれしい。


(2018.10.14)

@ 先日、喫茶店の週刊誌で(新聞だったかもしれませんが)、池上彰さんの「LGBTの解説」を読みました。

目から鱗でした。

私も映画やネットで、多少は知識を仕入れているつもりでしたが、少なくともその数倍は複雑でした。

その複雑さは、「他人さまに説明せよ」と言われても、もう詳細を忘れてしまったほどなのです。

世の中の人で、正確に理解している人は、はたしてどれほどいるのでしょう。

ご老人で、説明されても理解出来ない人がいたとしても、仕方ないのかもしれません。

でも、これは人間の性別の問題なのです。単純に考えると、日本においては13人に1人。つまり30人のクラスなら、2人はいるわけです。

なのに、知らない(教えない)というのは問題です。たとえば初潮・精通を教える性教育の後辺りには、LGBTも「詳しく」教えるべきではないのかと思いますが、時期尚早でしょうか。


@ あちこちで何回も書いているので、クドイと言われそうだから、かのレビューには書きませんでしたが、私は「道こもり」です。

私に比べれば、「引きこもり」も、「外こもり」も、居場所があるだけ、まだ、ましかもしれない。

当時の私には、家にも、会社にも居場所は無く、行き帰りの道中だけが安らぎの時でした。

だから、会社をずる休みして、一日中、街を彷徨ったことも。

そんな私は弱虫でした。いろいろ考えましたが、それが答えです。でも、その時は、どうしようもなかったのです。


(2018.10.12)

毎朝、朝食代わりに、湯のみじゃわんに甘い野菜ジュースと、ミルクを3:7の割合に入れ、レンジでチンして、ホットの「なんちゃってフルーツ牛乳」を飲んでいます。

しかし、今朝は一大事。牛乳が切れてました。

それで、ぼ〜っとした頭で一計を案じ、野菜ジュースだけを水で割り、レンジでチンしました。そして、QBBチーズを舌で転がしながら、飲んだのです。

ん〜わるくはありません。人生いろいろだと思いました。


(2018.10.11)

@ 生命保険の個人年金があります。

長年掛金を払いこみ、高齢になったら一時金でもらうとか、年金スタイルでもらうとか、あるようです。

どちらも、もらった時、基本的に税金がかかります。一時金は「一時所得」、年金スタイルは「雑所得」になり、計算方法が違います。

「自分が払ったお金をもらうだけなのに?」、と思う人がほとんどですが、銀行預金みたいに「利息」には税金がかかります。

課税になるときは、普通役所から呼びだされます。無視しても課税されますので、なにかの控除があれば、それを付けて申告した方がお得です。


@ 人にお金を貸すとき、住民票の写し、連帯保証人、担保などを求めれば、回収不能になる危険は少なくなります。

しかし、「厳しい審査だと客が逃げるから」などと、免許証だけでお金を貸してくれる処もあるかもしれません。その場合、それが、その業者の政策です。


ところで、新聞等によると、競馬や競輪の高額払戻金について、一千万円以上の大穴であっても、窓口では「当選券の確認」で支払われており、「当選者の本人確認」まで行われていないそうです。ネットで購入した場合でも税務署が把握するのは難しいとのこと。だから8割ほどが税務申告されていないとか。

どのような経緯で、高額でも本人確認不要になっているのかは知りませんが、もしかしたら当局は、こうなることも承知の上で政策決定したのかもしれませんね。


(2018.10.10)

@ 真に災害復興の協力をするのなら、住民サービスだけでなく、自らも被災していながら、時に住民からの罵倒にも耐えて、通常業務に加え、災害復興業務にも当たっている地元行政にも、暖かいまなざしが必要です。

行政も人間です。彼らを意気消沈させることは、災害復興へのブレーキになりかねません。


@ 東京都にもたくさんの区があり、区にはそれぞれ特殊性があります。区役所はその特殊性に合った行政を、長年にわたる経験から、無意識に選択しています。

区に特殊性があるのなら、中央と沖縄に違いがあるのは当然のことでしょう。ならば中央と北海道にもなにかしら違いがあるはずです。


@ 電車に「カッシェロ・デル・ディアブロ」というワインの広告がありました。なんでも、あまりに美味しかったので、盗み飲みする人が後を絶たず、「この蔵には悪魔がいる」と噂を流し、盗難を防いだのだそうです。


@ 何十年ぶりかに台風で停電になり、非常用ロウソクを使いました。LEDライト光は、ときに神経を逆なでするような刺激がありますが、暗闇で見つめた、ゆらめくロウソクの赤い炎は、意外なほど、怯える心を慰め、鎮める、強いメンタル効果があることが分かりました。

しかし、何十年も前には停電時の常識であったロウソクも、昨今では「火事の危険があるから、電池が切れてからの、最後の手段にして欲しい」とニュースで言われるようになりました。確かに、それも一理あります。


先日、東京都から北海道の被災地に送られた「液体ミルク」が、ほとんど配られていなかった事がニュースになりました。論調は被災地の行政への批判が中心のようです。

しかし、私が新聞で読んだところでは、前述したロウソクの話と似ているのです。

実は、「現場の行政の言いたいことは優先順位」でした。液体ミルクにも「一度開封して口をつけると、菌が増殖するので、一回で飲み切るのが大前提」という注意が必要なのです。

「混乱している被災現場で、初めての製品の注意事項を周知徹底することは難しい、だから、とりあえず使いなれた従来の粉ミルクを優先して使ってほしい」という事だと私は理解しました。

時は有事、平時ではありません。事情を知らない者が、勝手に「液体ミルク」を持ちだすことを防ぐために、「長い文章の注意事項を掲載」するよりも、一言「キケン」の張り紙をしたのも、現場の知恵でしょう。目的は優先順位を守る事だからです。もちろん個別に相談があれば、個別対応をしたはずです。


(2018.10.7)

ノーベル賞が決まった免疫治療薬「オプジーボ」は、従来の医学常識を覆す画期的なものですが、まだ改良すべき点も多々あり、すべての癌治療に無条件で使えるわけではないようです。

しかし、人間が本来持っている免疫を武器に使うという発想は、失礼ながら「とても筋の良いもの」だと思いますし、これで研究が加速されれば、早晩、問題点も解決され、人類にとって画期的な特効薬になって行くと思います。

そこで、少し不安になるのは、既得権との小競り合いです。現在、癌の治療法は多々あり、それぞれ会社が利権を争っていると思います。莫大な研究開発費をかけて。

そんな中、もしも「オプジーボ」が一人勝ちにでもなりそうな状況が生まれれば、会社は既得権を脅かされるとして、医学的見地では無い争いが、水面下で行われる心配はないのでしょうか。苦しむ患者を隅に追いやって。

追記

本来、どのような医療を選択するかは(あるいは選択しないかは)、医師による十分な説明を聞いた上で、基本的には患者自身が判断することだと思います。

追記2

「年金相談」というものがありますが、それには、普通、20歳から60歳までの、何十年にもわたる納付記録、婚姻歴等の、プライバシー情報が必要になりますし、例外規定の多い年金法では、一般論だけでは正解を求めるのは難しいのです。

以前、3号被保険者(サラリーマンの妻)の、「手続き漏れを解消するための特例措置」が行われた時、TV等で放送されるたびに、波のように役所に相談者が押しかけ、電話も鳴りっぱなしになったものです。

今回、「オプジーボ」でも、医療現場に問い合わせが殺到し、混乱が起こっているようですが、これもある意味、年金相談と同じで、一般論をいくら勉強しても、「自分にとっての正解か否かは、主治医と相談して見ないと分からない」からだと思います。

だから、相談を自重して「手遅れ」になるよりも、「相談体制の強化が急務」なのだと思います。


(2018.10.6)

昨日、NHKのニュースで、ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった本庶教授が、藤田保健衛生大で「驚異の免疫力」と題した講演をしたと放送していました。

ニュースの終わりに、「今までの医学は患者の病気を治すことを考えてきた。しかし、これからの医学は患者の幸福についても考えなければいけない」(表現は正確ではありません。)という教授の話を紹介していました。

私は、その意味を計りかねておりましたが、下記の文章を見つけて、腑に落ちたような気がしました。


「 ゴルフ好きで知られる本庶さん。『がんで死ななくなったら人は幸せになれるのか』と学生らに問い掛け、『どう生きるか、どう死ぬかは真剣に考えなければいけない。私はゴルフ場でナイスショットを打った後にパッタリと死にたい』と独特の言い回しで死生観を表現した。」  

( 時事ドットコムニュース 「免疫療法『誰も信じなかった』=ノーベル賞の本庶さん、愛知で受賞決定後に初講演」 2018/10/05-21:10 より抜粋 )


(2018.10.3)

クラシック音楽が分からないとおっしゃる貴方。私も似たようなものですから、あまり偉そうなことは言えませんが、ある日、ふと気づいたことの一つは、「音に感じた微妙な気持ち」、それが音楽の味わいだという事です。

話が横道にそれますが、人間のような高度な言葉を持たない動物、例えば犬猫などは、鳴き声に感情を乗せて、仲間と意思疎通をしています。だから煩く吠えてくる犬がいたら、「うるさいわ!!!」と毒気のある大声で吠えてやれば、一発で黙ります。これは実際に友だちがしたのを目撃したので、本当です。

ところで、最近は公園にカラスが多い。聞くところでは、彼らは猫と同じぐらいの知能があり、人間の個人も特定できるし、もちろん鳴き声で意思疎通できるとか。

私はカラスの鳴き声にいろんな種類がある事を、毎日のように大きな公園を散歩をするため、経験的に知っています。

ある日、もしかしたら、カラスの言葉が分かるんじゃないのかと思ったことがありました。クラシック音楽を味わうがごとく、鳴き声に乗せられた感情を味わえば、カラスの気持ちが分かるかも、と仮説を立てたわけです。

観察した結果、英語で言えば、まだ「ハロー」と「ファックユー」程度の違いしか分かりませんが、可能性はありそうです。

そんな折、「本気でイグノーベル賞を狙う」とかいうTV番組が流れ、そこでは「カラスと会話する」実験をしていました。

どこにでも手ごわい敵はいるものです。


(2018.10.2)

町の中央にある、地下街の交差点に、小さな池(プール)が作ってありました。

色々な飾りも置いてあったりして、殺風景な、単なる地下空間であるその交差点に、オアシス的なやすらぎを生んでいました。

しかし、一年ぐらい前から、池の手前に、テープが張られたのです。

なぜかと思いましたが、たぶん「歩きスマホで池に落ちる人がいた」からだと想像しました。

そうこうしている内に、池ごと完全に撤去され、あたりは薄暗く殺風景な空間になってしまいました。

晩秋、下町の、赤ちょうちんの吊ってある居酒屋が閉店した後のように。


(2018.10.1)

@ 2018年のノーベル生理学・医学賞受賞(京都大学の本庶佑特別教授、米テキサス大学のジェームズ・アリソン博士)おめでとうございます。

ノーベル賞を取るほどの、がんの特効薬が、人が本来持っている免疫に頼った薬(免疫治療薬「オプジーボ」)であるのは、興味深いものがあります。これは、「免疫で癌に対抗できることが科学的に証明された」という意味だと、私は受け止めています。

そして、病は気からと言うように、気分の持ちようで、免疫力が左右されることも、心療内科がある現在は、常識だと言ってよいと思います。

スピリチュアルや気功の本には、祈りや、気功の体操で(手あてではなく)、他人の癌や、自分の癌が、消えたり、小さくなったりすることがあると書かれていますが、その領域に、少し近づいてきたような気がします。

追記

もちろん「手あて」についても効果があるようですが、「気功師に反作用が起こることもある」との話もあり、他の二つに比べ問題を残しているようです。


@ 皆さまご心配をおかけしました。幸いなことに、わが家には大きな被害もなく、なんとか台風24号は通りすぎました。

強力な台風が名古屋を直撃し、大潮とも重なって、伊勢湾台風の悪夢の再来かと、心配しておりましたが、幸いなことに、洪水も停電もありませんでした。雨も少なく感じましたし、風の方も瞬間的には凄いものがありましたが、時間は短く感じました。

矛盾するようですが、ずっと天気予報に注目していても、「台風24号が紀伊半島に上陸した」とニュースが伝えていても、特有の蒸し暑さもありませんし、あまりに影響が出ないので、私は「専門家の予測は間違っていて、台風24号は太平洋を東へ通過していく」のではないのかと、まだ、どこか、そんな事を考えていたぐらいです。ふりかえれば、私は幼い頃から、先生の言う事を、無条件に信じない子どもだったような気がします。遡ればそれは、両親との間が上手くいっていなかったことに端を発しているようでした。

話が横道にそれましたが、台風は、少し前に大阪辺りを通過した21号の方が、体感的にはひどかったような気がします。長い時間、しつこい暴風雨が続き、トタンの一部が飛び、停電にもなりましたから。

被害の大小は、台風に近い、遠いだけでは、単純に予測できないような気がしました。そう言えば、過去にもそんな経験があったような気もします。

追記

昨日は不思議な感覚を経験しました。

台風の目が、まさに、この近辺を通過している時のことです。

突然、「我に返ったような、目が覚めたような気分になった」のです。嵐はまだ継続しています。嵐のピークが過ぎ去ったか否かは、20〜30分間ぐらい継続して観察してみないと分からないものなのに、突然何かが閃いたみたいに、「もしかしたら、終わったのか!」感が生まれたのです。私は「とても安らかな感じ」がして、しばらく呆然としていました。

もしかしたら、あれは台風の目が通過し、気圧の変化「高い→低い→高い」の、転換点を感知したのかもしれません。

音で言えば、ドップラー効果の違和感を感じたような。

そんな馬鹿なと、私も思うのですが、気象病が認知されている現代です。私もジョギングで膝を痛めた時期には、天気が悪くなる前には、膝が痛んだものです。ですから、これも、その一つだと思えば、不思議なことでは無いのかもしれません。


(2018.9.30)

@ 夕方から歴史的な暴風雨になると天気予報は伝えていますが、現在、外の天気はうす曇り、微風。

先ほどまでは青空も見えて、飛行機雲がきれいでした。天気予報を見ない人なら、ドライブに、デートに、街へ郊外へ、海に山に、出かけて行きたい気分になったことでしょう。私も散歩で5,500歩ぐらい歩きました。

嵐の前の静けさとは、今朝のような事を言うのでしょうね。


@ 先日、新聞に「読解力」について書いてありました。正確には覚えていませんが、概ねこんな話だったように思います。

「 原則しか書いてなければ、それは原則について書いてあるのだと理解するのが読解力であり、例外が書いてないと突っ込むのは読解力がないことです。

つまり、『書き手の伝えたいことを受け取ってあげることが読解力』だという事です。」

これは私が小学校の時に理解した事とは微妙に違っていて、読解力のない私には勉強になりました。


(2018.9.28)

@ NHK朝ドラ「半分、青い。」で、ヒロインの親友の看護師が、3.11で亡くなりました。彼女は避難できない寝たきりの患者さんを置いてはいけないと、寄りそい続け、津波に巻き込まれたのです。

現実にもそのような事があったのか、否かは、不勉強な私は知りませんので、あくまでもドラマの感想としてお話しします。

親友は漫画家の修行時代、たしかヒロインを残し、看護師への転職をしてしまいました。一人残されたヒロインの「弟子としての責任の重さ」を考えると、自分が親友失格にも値するかもしれない卑怯者のような気がして、自己嫌悪になり、その十字架を背負って、看護師をしていたのかもしれません。

そして、ぼ〜っと見ているので良く分かりませんが、もしかしたら、このドラマの主題は、「やさしく寄りそう」であったのかもしれません。「リツ(佐藤健)の言った、『俺はスズメを守るために生まれた』というセリフ」や、「正義の使者マグマ大使と、彼を呼ぶ笛」、そして「秋風羽織(爽やかな秋の風をはおっている)から、自然の風の扇風機」などからそう感じました。

その主題のエピソードの一つとしても、親友の看護師は、患者に寄りそう必要があったのでしょう。つまり、ドラマ上の演出だと思うのです。

ですから、リアルな現場では、看護師は生きる道を選ぶべきです。リツのセリフにもあるように、「人には生まれた使命がある」のです。

看護師の使命は医療を通じての人助け。逃げたと言われ、十字架を背負ったとしても、生き抜いて、後の人生では、それを帳消しにするだけの人助けをせねばなりませんでした。

物語は、その文脈の中で、理解する必要があるのです。

「生きる看護師」。それからは、「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか 」(講談社現代新書)も連想しました。

追記

避難所には、避難民の他、自治体職員、自衛隊員、警察・消防・消防団、ボランティアなど、使命を持った人たちも集まります。

「使命」を持って集まってきた人たちは、その使命を完遂できるだけの、環境設定をしなければなりません。

たとえば、一日中肉体労働をしている人たちに、十分な栄養と休養を与えなければ、二日目からは働けなくなります。

もし管理責任者が倒れてしまったら、避難所にいる全員が困ります。

特攻隊では、特攻前夜は酒席がもうけられ、隊員たちは、深夜まで宴会をしたという話がありますが、隊長だけは早めに休み、翌朝は「澄んだ眼」をして指揮をしたという話を読んだことがあります。皆に無駄死にはさせたくないとして。

ふと、そんな話も思いだしました。

追記2

この辺りの機微は、映画「劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-」や、映画「ジェネラル・ルージュの凱旋」を観ても描かれていますね。ドクターやナースたちは、いくら患者に感情移入しようとも、患者と心中はしないのです。そして常に自分たちの活動継続を優先し、患者たちはトリアージで選別します。ある意味、神の代理人のように。

追記3

それらは憲法に規定する公務員的生き方でもあります。

つまり、「一部の奉仕者でなく、全体の奉仕者である」という意味において。「誰かと心中することは、一部の奉仕者になってしまいかねない」のですから。


@ 先日、映画「青空エール」のレビューで「されど私の人生」をご紹介しましたが、ネットに掲載されている「全文の歌詞」には、(平仮名とか漢字の違いではないものが)少なくとも二種類あるようです。

なぜなのかは分かりませんが、昔、私が吉田拓郎さんのレコードを繰り返し聴いて覚えた歌詞は下記のものですので、念のためお知らせします。


「斉藤哲夫 されど私の人生 歌詞」

http://www.j-lyric.net/artist/a001f97/l01a411.html

追記

すでに、この歌を知っている人なら良いですが、古い歌ですし、失礼ながら国民的大ヒット曲ではありませんから、今となっては知らない人の方が多いと思います。

そんな人が、ネット検索し、「二種類あるとは夢にも思わず」、偶然見つけた歌詞の方を、私の紹介した歌だと信じて覚えてしまう。あるいは歌の評価をしてしまう。それは私にとっても不本意なことなので、あえて書きました。

なぜ二種類あるのか。それを想像することは出来ますが、関係者に問い合わせもせずに、私が断定することは避けたいと思いますし、ここで、そこまで深追いをすることも仕事ではありません。


(2018.9.27)

@ 私の傘は、40年近く前、デパートで確か8,000円ぐらいで買った、お洒落なこうもり傘。一番使う頻度が高いのに、まだこれからも十分メインで使えます。ただ、最近はときどきお店などに忘れるようになったので、そっちの方が心配。


@ 昔、母さんの肩たたきをしたことがあります。でも、どこかで気功の先生の話を読みましたが、あまり強くたたくと(たぶん強く揉んでも)、毛細血管が壊れて、よけいに血の巡りが悪くなるから、あまり良くないのだそうです。

肩こりには、「気」で組織を活性化する、やさしい「手あて」というお話。


@ >現在では、LGBT問題を、恥じることでも、差別することでもないと理解している人は多いと思います。しかし残念ながら、世の中のすべての人がそうだとは限らない。会社においても、学校においても、差別・蔑視は、まだ存在しているのだと思います。( 映画「響 -HIBIKI-」 私のレビュー追記より )


特に「生理的に怖い!」と言う人には、理屈で説明しても難しいわけです。

さらに、年配の方の中には「考えるのは、めんどくさい」という人もいます。私もだんだんと、諸々のことが面倒くさくなってきましたから、解るのです。

又、昨日じっくり議論して、やっと理解してもらえても、今日になったら、すっかり忘れて、元に戻ってしまう人もいるわけです。私の亡き父など、ある事柄について、30分以上もかけて説明し、やっと理解を得たと思っても、翌日になるとすっかり忘れていたことがありました。身体は日曜大工が出来るほどに元気なのに。

そんな人々が、もし主なお得意様であったなら、温泉宿などは、簡単にタトゥーした人は受け入れがたいでしょう。客が他の宿(温泉地)へ逃げたり、あるいは行かなくなってしまう心配があるからです。

もちろん、それで良いとは思いませんが、やはり聖書に書いてある通り、「すべての事には時がある」のかもしれません。これは、ある意味「政(まつりごと)の秘訣」かも。ふと、映画「英国総督 最後の家」に描かれている、チャーチルを思いだしました。

話が横道にそれました。


(2018.9.26)

「ヨットのオーナー」と聞くと、いかにもお金持ち的な感じがします。

確かに、ヨットと言っても値段は様々ですから、本当のお金持ちしか持てないものもあります。しかし手ごろな値段のものもあり、「数人で出資すれば、年間の維持費を加えても、マイカー程度の出費で持てるものもある」ようです(どこかに落とし穴が隠れているのかもしれませんが)。

バブルの頃は、就職するとマイカーを持つのが当たり前の時代でしたから、冒険心にあふれた若者には、マイカーからヨットへの垣根はそんなに高いものではなかったのでしょう。私を誘ってくれた人の他にも、一人オーナーがいましたから。

誘ってくれた友人は、当時新品で1,000万程度の船を狙っていたようでしたが、昨日、少しネットで見てみたら(ネット時代は本当に便利)、今は、中古の、さらに小型の船なら、100万円前後のものも多数あるようでした。


(2018.9.23)

@ 「 アイリスオーヤマ ソーラーライト ガーデン ホワイト GSL-P1W  」

これは「ガーデンライト」です。

よく似た製品が、ホームセンターや家電量販店でも、同じぐらいの値段(500円程度)で売られていましたので、試しに二種類買ってきました。

太陽電池のフル充電で、5時間程度発光するようで、日が暮れてから寝るまで、だいたいOKみたい。耐用年数は一年ぐらいのようです(電池の交換が必要になる)。

私はこれを非常用のロウソク代わりにしたいと目論んでいるのです。もちろん電池式のLEDランタン・交換電池も買い増ししましたが、もし長期にわたる停電だと困ると思って。「灯りはぼんやり点もりゃいい」ですから。

でも、「どれほど実用になるのかは、『まだ使っていない』ので分かりません」。

そのまま押し入れにしまってあります。

追記

もちろん「 アイリスオーヤマ ソーラーライト ガーデン ホワイト GSL-P1W  」を買えば良かったのだけれども、後から調べたので。

追記2

このようなHPを見つけました。

「 群馬県ホームページ 家庭用ガーデンソーラーライトの実用性について 」(最終更新日:2014年6月2日)

http://www.pref.gunma.jp/05/c0900347.html


@ 駅の掲示板にあった、「ルビーの指輪」


(2018.9.20)

カセットテープ全盛期、午前0時からFMでやっていた、人気番組「ジェットストリーム」を録音したものを、30〜40本もっていました。

夜は10時すぎには就寝するため、タイムシフトして聴いていたのです。

あの番組は、途中に入るCMも、CMと分からないぐらい、番組の情緒に寄りそった構成になっており、そのセンスも好きでした。

音楽の甘さや、城 達也さんの渋い語り、「ミスターロンリー」の美しさだけでなく。


(2018.9.19)

@ TVドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」(ケンカツ)第10話を観ました。

とても複雑な事柄を、良く整理した、とてもクオリティの高いドラマでした。

以前にも言いましたが、前後編に別れていたものは、くっつけて二時間ドラマにすれば、映画館での上映にも十分耐えられると思います。特に9〜10話は素晴らしい。

ヒロインたちの言動にも、特に申し上げることはありません。皆様、お疲れ様でした。

追記

中に、「返信用封筒に切手も貼ってない」というセリフがありました。これは「気が利かない・お役所仕事」という、役所を小ばかにした感情が込められていたようです。でも、ドラマではこの件について、それ以上言及していません。

話は変わりますが、公的年金受給者にハガキスタイルの現況届(住民票記載事項証明書)というものが送られていた時代がありました。

それを住民票の係で証明してもらい(印をもらい)、切手を貼って投函するのです。いわゆる生存証明ですね。それで、また一年間年金がもらえます。

私は「切手代を無料にすればよいのに」と思っていましたが、そうすると、切手代をどこかほかの予算から(つまり税金から)ひっぱってこなくてはなりません。

受給者全員のものを毎年ですから、たかが切手代と言ってもかなりの高額になります。関係者が理解してくれるほどの、正当な理由も必要になります。ですから、単純に、「気が利かない・お役所仕事」だけでは割り切れない問題でもあるのです。

ちなみに、年金の現況届・年間約4,000万人分については、現在は住基ネットにより手続きが省略されています。これは本人のみならず、証明を行っていた市町村役場にとっても福音です。

追記2

「 また、指の力の強さも、キーを選ぶときの重要な項目で、力の弱い女性がバネ圧の強いキーを選ぶと、ときどき、押したつもりでも入力されないため、つねに意識して力を入れ続けなければならず、やがて指の筋肉だけでなく、精神的にも疲労が蓄積してしていき、『勤労意欲まで失う』事があります。」

( 映画「タイピスト!」の私のレビューより抜粋して加筆。 )


(ケンカツ)の第一話には、同僚がヒロインに、「自転車に油、注しといたよ!」と言うセリフがありました。あれは「励ましの言葉」だったのですね。たしか途中の回にも、落ち込んだその同僚に、ヒロインが同じ言葉を返すシーンもありました。

錆びなどの摩擦で、動きの重くなった自転車は、乗る人の気持ちまで重くさせるのです。そんな自転車は、ケースワーカーになったばかりで、仕事のコツも分からず、ブルーな気分のヒロインには堪えたのです。

だからこそ最終話では、ラストに新品の自転車が登場するのでしょう。自転車は、そんなに簡単に買いかえてもらえるものではありません。役所にも厳しい予算がありますし、耐用年数も決められているのではないでしょうか。

それがやっと叶い、ヒロインが最初に乗るのです。これは、成長して自信をつけたヒロインの、軽やかな心象風景なのでしょう。

ですから、この9・10話は、「摩擦の話」のようです。

返信用の切手が貼ってない事は、返信するうえでの摩擦になりますし、受給者の女にあった(愛に関する)過去のトラウマは、女が自分の子どもを愛するうえでの摩擦になります。さらに、女に憑いた「ひものような男」は、女が立ち直る上での摩擦になりました。そして、今回は、結果的にそれで良かったという結論ですが、親子の情は、子どもを保護するうえでの摩擦になったのです。

この主題は、映画「県庁おもてなし課」にも少し似ていますね。


@ 住民票には「世帯分離」という届があります。

例えば、三世代同居住宅でも、「父母は年金生活」、「息子と嫁・その子は、息子の給料で生活」みたいに生計が別々の場合は、一つ屋根に住んでいても、別世帯として、二人の世帯主を置き、二つの住民票が作れる場合があります。

簡単な手続きですが、案外、これが他の事柄にも影響を及ぼし、本人たちにメリットが生じることもあります。もちろん無関係なこともあれば、デメリットになることもあります。


(2018.9.18)

ライターさんを思わず抱きしめたくなったので。


「 おみそがダメになったら、

日本もダメになると思う。

タケヤみそはそんな気持ちで、

一所懸命におみそを作っています。」


( 朝日新聞2018.9.18 「信州 タケヤみそ」の広告より抜粋 )


(2018.9.16)

@ その思想は多分のトラウマから出ています。

「ペン」が刺さった経験のある者は、もっとリアルに「ペン」を「剣」だと思うのものです。


@ 「LS3/5a」というスピーカーがあります。半世ぐらい前に、英国放送協会BBC(日本のNHKにあたる)が、放送モニター用に開発したものです。

それは、口径10cm程度の、小さなスピーカーを使った2ウエイで、2本を一度に持てるほどの軽さです。

クラシックの都、それも国営放送局のお墨付きですから、当時から、マニアの大きな信頼を集めていました。値段も安くはありませんでしたが。

このスピーカーは、当時のオリジナルも珍重され、今でも高額で取引されていますし、改良を続けながら、現在でも数社から新品が発売されています。

音色は、艶と粘り気があり、やわらかで品格の高いものです。明るいJBLやアルティク、ときに厳しさのあるタンノイとは対照的で、膨らみと、ほの暗さが持ち味。

モニタースピーカーと言えば、音のあら探しをするのが目的ですから、鮮明過ぎて刺激的なものが多いのですが、「LS3/5a」は違います。

夜間、主にクラシックファンが(時にスロージャズや、静かなボーカルも聴く)、一生モノとして使うに耐えうる逸品です。書斎の机の上で使ったり、大きな音が出せないマンション住まいの方にも最適です。

恥ずかしながら、わが家にもその「LS3/5a」が有るのですが、最近おもしろいことに気づきました。

ソニーのCDラジオ「ZS-RS81BT」 の音が(メガバスON状態で)、「LS3/5a」に似ているのです。

もちろん、まったく同じではありません。

ちょっと聴きでも、音の精度が違いますし、レンジも品格も違います。値段が違うので当然でしょう。

又、性能限界と言いますか、「LS3/5a」の方が、マニアが金に糸に目をつけずに、良いスピーカースタンド、良いアンプとCDプレーヤーを使って鳴らし込めば、驚くような美音を奏でてくれるはずです。そうでなければ、毎年のように新製品が発売されているオーディオ界で、半世紀も生き残っているわけがありません。

それを承知で、マニアからは嘲笑やお叱りを受けるのも覚悟で言いますが、「ZS-RS81BT」 の音は「LS3/5a」に似ているのです。

追記

「ZS-RS81BT」は、切手大のSDカード一枚(32G)で、500時間以上も録音できます。60分カセットテープにすると、500本以上になりますから、目眩がするほどの時代格差を感じます。

しかも連続録音可能なので、残量を気にせずに、番組や長尺のクラシックなどを録音できます。さらに、時計とタイマー内臓なので留守録もOK。

CDの回転音も極小で、深夜に枕元で鳴らしても、音楽の邪魔をすることはほとんどありません。

もちろん、ヘッドフォンで聴くことも出来ますし、入力端子もありますから、フォノイコライザー内臓のレコードプレーヤー(一万円程度)や、スマホなどをつなげば音も出ます。

オーディオという趣味に、一瞬疑問を感じるほどの先進です。

追記2

オーディオ全盛期に、私は、ほとんどカセットテープで音楽を聴いていました。

LPを買って来たら、最初にカセットにダビングするのです。そして後はカセットだけを聴きます。お手軽ですし、カーステレオでも聴けますから。

なるべくLPを出したくない理由は静電気です。すぐにビニル袋にホコリがつくので、触る度に手を洗いたくなるのです。神経質ではありません。保管がズボラなのです(手のひらでクルマのボディを撫でてみてください。一回でそれぐらい手は汚れますから)。

もちろん、FM雑誌片手に、FM放送からもエアチェックしていました。

ですから、そんなカセットは数百本持っていました。今は全部捨ててしまい、後悔しています。

カセットに録音する楽しみと苦労は色々ありますが、その一つに、曲の時間とテープ残量を考えて、曲途中で途切れないようにすることがありました。

「ガチャン」という音とともに、楽しんでいた音楽が途切れるときの心的衝撃は、無視できないものがあります。あれは「殴られる」ようなもの。鑑賞中の、心を無防備に開放したリスナーにとって、「ガチャン」は単なる機械音ではなく、音楽の豹変であります。天使が悪魔に。

だから、どうしても曲途中でテープがなくなるときは、手操作でフェードアウトします。又、曲途中でスタートするときはフェードインします。すると聴くときに、心に「もうすぐ終わるぞ・始まるぞ」という心構えが出来ます。

テープの長さも、本当は長尺の120分が良いのですが、(今はどうか知りませんが、当時は)どこか機械的に無理していたのでしょう。走行が不安定なものがありました。ですから実用的なのは90分まで、安定を求めるなら60分までになりました。

そんな経験がありますから、切手一枚分のSDカードで、500時間以上もエンドレスで録音できるのは、家事から解放された女性のような、晴れ晴れとした気分なのです(たぶん)。

追記3

正直に言うと、「ZS-RS81BT」の外見は、あまり好みではありませんでした。同じソニーでも、もっと洒落た製品はあると。

しかし購入してみると、意外と洗練されている事に気づくのです。

ミッキーマウスの顔は「大小たくさんの、〇(丸)の集合体である」と、TVでやっていましたが、「ZS-RS81BT」も同じなのです。

そして、〇の位置も考えられていて、これ以上良い配置は、そう簡単には思いつきません。空撮したイングリッシュガーデンというか。

さらに、日常的に使うボタン6つだけは、上部に配置され、〇の大きさ、位置、間隔、小さな突起により、すぐに「見なくても操作できる」ようになりました。これは夜間に便利です。

また、直線と思われる部分も、多くは微妙に曲線になっており、「完全な直線が、人々に無意識に与える緊張感」が少なくなっています。

黒だけで、色のバリエーションが無いのが難点でした。でも単色でコストダウンをしたのかもしれませんね。生まれたのはシックな高性能です。

何はともあれ、これで「LS3/5a」のようなソフトというか、クリーミーな音が聴けるなら、あまり贅沢は言えませんね。

追記4

なぜ音が似ているのか、それは多分、両者とも「人間の声を聴くことを中心に設計されている」からでしょう。「LS3/5a」はBBCのプロ用(主に声をチェックする)小型モニターですし、「ZS-RS81BT」は語学学習用で、発音が良く分かるような音に設計されています。そして、両者とも長時間の真剣な使用でも聴き疲れしないように、ソフトな音にしてありますから。

過去に「ZS-RS81BT」より値段が10倍も高いCDラジオも聴いたことがありますが、ギスギスと痩せて、刺激的な音がしました。悪い意味でオーディオ的な音です。いかにも低音も高音も出ます。きちんと測定器で測って作りました的な、若気の至りを感じさせる、自信満々の音です。

しかし、測定器で測ってデータ的に良い音でも、その音が人の心を癒すとは限りません。では、どんな音が。時にその秘訣はデータを裏切ります。アートの世界に入って行くこともあります。そのさじ加減が難しいのです。

だからオーディオから解脱したような、本気で作られた語学学習用のCDラジオの音が、人の心に届くこともあるのでしょう。逆説的になりますが。

追記5

ジャズのCD「Northsea Nights」は私の愛聴盤の一つ。これは Joe Passのジャズギター、Niels Pedersenのウッドベースのデュオです。

聴きどころはジャズギターの美しい旋律。そしてギターを凌駕せんとするほどの、ウッドベースの歌心・テクニックです。

このCD、至らぬスピーカーで聴くと、ウッドベースが良く聴こえません。ただ低音が出ていればよいというものでもありません。「低音も歌っている」事が必要なのです。演奏者が二人しかいないのに、もし一人消えれば、音楽は壊滅的な状態になります。

しかし、小さな「LS3/5a」を聴くと、小さな音でも、ウッドベースの神技が十分堪能できるのです。

追記6

ミニコンポとの違いは本体にアンテナまで付いている事です。AMは内臓バーアンテナ、FMは引き延ばせるロッドアンテナで鳴らせます。その潔い完結性・一体性が、自衛隊みたいで萌えます。

もし、ロッドアンテナを延ばしてもうまく受信できない場合とか、伸ばしたくない場合は、1.5mぐらいのビニールコード(電線なら何でもよい)の片端20センチぐらいをアンテナに巻きつけ、アンテナ代わりにしてみてください。

そして、このCDラジオは「FMステレオ」受信ですが、「常時モノラル」にも切り替えできます。電波が弱い時には「常時モノラル」にすると、「ザー」というノイズが激減しますから、気になる方は切り替えてください。私はモノラルの方が好きなので、そうしています。

追記7

頼まれたわけでもないのに、なぜ私は、こんな宣伝みたいな文章を書いているのか。それは、きっと過去の苦い経験からでしょう。

私の青春時代は、オーディオ業界にとっても青春時代でした。私は「青春が未来永劫続く」と疑いませんでした。しかし信じられないことに、私もおじさんになり、オーディオ業界も青春ではなくなったのです。

あの頃、当たり前に売っていた「いつか欲しいと思っていた製品」のほとんどは、生産完了になってしまいました。そして新製品や高価なものがいつも良いとは限らない。

オーディオ業界でも、「チャンスの神さまには前髪しかない」。私は今、そんなことを感じているのです。

( これは過去の記事に、加筆再掲したものです。)


@ この法案は、「尊厳死という選択肢がないことは、不幸の一つである」という思想からスタートしていると思います。もちろん賛成です。

ところが、規則が出来ることにより「思考を放棄」したり、「尊厳死に追い込んだと非難される」のを恐れ、規則に頼り、例外を嫌うようになった関係者が生まれ、「意思を示すことができない患者が尊厳死から排除されるのではないか」という事も心配です。

現在は、医師と患者側の阿吽の呼吸で、文書なしに成り立っていたかもしれない最後の幸福が、文書の必要性が障害となり、不幸に転じることが。


「 12年の法案は「終末期」について患者が適切な医療を受けても回復の可能性がなく、死期が間近と診断された状態にある期間と定義。延命措置を中止できるのは、患者が書面などで意思を表示している場合とした。ただし、この規定に従わずに延命措置を中止することもできるとしている。

だが、終末期患者の7割は、意識不明や認知症などのため自分の意思が伝えられないとのデータもある。障害者の団体などからは「意思を示すことができない患者が尊厳死に追い込まれるのではないか」などの懸念が示された。法案は国会提出に至っていない。」

( 毎日新聞 9/16(日) 6:30配信 「<終末期医療>延命中止、意思確認に力点 自民、新法検討」より抜粋 )


(2018.9.15)

@ いつも通る地下街に、ペコちゃんのいる「不二家」さんがあるのですが、女子力の強い店内には、なかなか、おじさん一人では入れません。ときどき食べたいものもあるのですが。


(2018.9.14)

@ ブラウンさんの壁と、ホワイトさんの飴。


@ 数年前、世界に冠たる、日本のある自動車メーカーが、排気のクリーンな画期的エンジンを積んだ、新車を発表しました。

直後に、社長自らが登壇する説明会が企画され、私の元にも、ご丁寧に、ご案内のハガキが来ました。

駅前にある、営業本社ビルの中にあるショールームに、そのクルマは展示してありました。映画を観に行ったついでに、そこに立ち寄り、スーツ姿の男性社員に、「今度の説明会では試乗はできるのですか?」と尋ねたのです。

そうしたら彼は、「知りません」、「そんな説明会は聞いてません」と答えただけでした。暇そうな彼は、クルマの番をしているだけで、私はそれっきり放置されました。

案内ハガキを忘れてきた私もいけませんが、社長が登壇する説明会について、営業本社ビルの中にあるショールームの社員に尋ねたのですよ。

私が担当なら、いや、とかく愛想が悪いと言われがちな役所の人でも、「申し訳ありません。すぐ調べてみますから、しばらくお待ちいただけますか?」ぐらいの対応をする事は、ごく当たり前だと思います。

何も難しくはありません。内線電話で担当部署に聞けば、すぐ分かるのではないでしょうか。

そうかと思うと、別の場所にあるカフェ。店主たちが「いらっしゃいませ」も、独り言のように小さな声でしか言えないものだから、バイトさんも、客を見ても無言の人が多い。もちろん、こちらが挨拶しても返事はありません。


役所も民間も、「普通の接客・接遇」ができる人がほとんどだと思いますが、中には出来ない人もいます。本当に残念なことです。

追記

説明会の件ですが、帰宅してハガキをよく見たら、主催が証券会社でした。そこの利用客であり、自動車会社の株主だったこともある関係で、ハガキが送られてきたのだと思います。「クルマが展示される」とは書いてありましたが、試乗については触れられていませんでした。

そう考えると、企画が通常とは違うため、本社とはいえ、自動車会社の営業マンまで情報が降りていなかった可能性もあります。

でも、だからと言って、「知らなくても良い。調べる必要はない」にはなりません。「知らなかったこと自体、すでに弊社の不手際です。当然に、すぐお調べするべきでした」と、社長なら言うでしょう。


@ 戦後、アマチュア無線が再開された時、議論の中、国側のメリットとして、「戦時には通信兵として使える」とか、そんな意見もあったようです。

20代の私は、ただ「へぇ〜」と思っただけでした。もちろん、申請にそんな誓約書もありませんし、通信兵になることを承諾したつもりもありません。大多数の人は同じでしょう。

そして、戦後70年以上が過ぎた今、アマチュア無線は、通信兵ではなく、災害時の非常通信網の一つとして、陰で活躍しています。自治体の多くは、その為もあってアマチュア無線クラブを持っていますし、民間のクラブでも、非常時には協力してくれるところも多いはずです(もちろん法律の範囲内で)。

追記

「法律の範囲内」とは、たとえば「仕事の件で会社に連絡を取って欲しい」みたいは通信は、出来ないという事です。有線電話と違い、無線は、「電波を出せば最低100人に聴かれている」と言われるぐらいで、内緒話も出来ません。


@ 窓から見える一本の樹を見て、気がついたことがあります。

植物は、「地上に広がった幹や枝と同じぐらい、大きな根っこを持つ」と言われています。

つまり植物は、「地上と地下で対称形になって生きている」のです。電柱のように大きな樹を見て、大きな根っこを想像することはあまりありませんが。

そして「気」の世界では、地上には「陰陽」の「陽の気」、地下には「陰の気」があると言われています。

植物は、その両方の「気」をバランスよく取り入れて生き、さらに、循環させるパイプのような役目も果たしているようなのです。

「海千山千」という言葉がありますが、植物は生まれながらに、地上と地下を学んでいるのです。


(2018.9.11)

尾崎豊さんの歌は、彼が亡くなった後、どなたかのカバーで覚えたのが初めです。その後、YouTubeで尾崎豊さんご本人の歌を聴かせていただきましたが…私にはサラリとした歌唱の、(あえて言えばフォークソングみたいな)どなたかのカバーの方が馴染めるみたいです。本家本元の歌唱は、(まるで演歌のように)感情が入りすぎていて…ごめんなさい。私はふとどき者です。


(2018.9.8)

TVを見ていると、突然モールス信号が「ー・ ―… ー・」と聞こえてきて、臨時ニュースが流れる事があります。

あの音はモールス信号で「NBN」、「Nagoya Broadcasting Network」の頭文字、つまり「名古屋テレビ放送株式会社」の事です。

モールス信号の実技試験(アマチュア無線でも、過去には、送受信の実技試験があった。)に受かったレベルの人は、あの「ー・ ―… ー・」が翻訳することなしに「NBN」と(言葉に)聞こえるのです。いや、コオロギの「リーリ、リーリリリ、リーリ」でさえ、そう聞こえます。

英語ができる人が、翻訳なしで、ヒアリングができるのと同じですね。

追記

専門家ではないので、間違っていたらごめんなさい。

@ワープロの黎明期、例えば「しょうわ」と入力して「昭和」を出すプログラムは、「しょうわ」と全文字入力してリターンキーを押してから動きだしたのです。その為、表示に時間がかかりました。

A改良型は、「しょうわ」の「し」を押すと、リターンキーを押さなくても、内部では「し」を頭文字とする検索が開始されているのです。「しょ」では絞り込まれます。「しょう」ではさらに。

結果、「しょうわ」と全文字入力した時点では、かなり絞り込まれているので、リターンキーを押せば、答えはすぐに、少ない例示で、表示されるようになったのです。

何を言いたいのかと言えば…有資格者がモールス信号を聞いた時、人間の頭の中で、どのような思考が行われているのかと言えば、前述したAのプログラムと似ているように感じるのです。人間の場合、それを「途中で閃く予感」のようなもの、あるいは「俯瞰するような余裕感」として感じられます。


(2018.9.7)

どこかに「日本地図に、体に感じないような小さな地震も、×印で表示してくれるサイト」がありました。何日間にもわたって履歴も見ることが出きるのです。株価の変動のように。

それを見ると、×印が密集している場所と、ほとんど無い場所があります。増えていく土地、減っていく土地も。

素人考えですが、×印の密集地(増えていく土地)の中から大地震が生まれる事があるのではないでしょうか。もちろん小さな地震だけで収束していく場合がほとんどでしょう。しかし歴史に残るような大地震は、突然それだけが一つガツンと来るのでなく、何日も前から小さな前震が多数あったのだと思います。

何を言いたいのかと言えば、日常的にそのサイトを見ていると、もしかしたら素人でも、「あの土地は注意した方が良いかも…」と、ピントくるものがあるかもしれないという事です。

たいてい外れるので、公には「地震予知はできない」のでしょうが、個人的に何かを感じ取ることは出来るような気がします。そして気を引き締めたり、予定の変更をしたり。外れても、当たっても、自分一人(自己責任)ですから、お気楽です。

あのサイトを、天気予報のトップページにでも表示してほしいと思います。


「 地震の予知はできますか?

○月×日に□□地方で大きな地震があると聞きましたが、どうでしょうか?

地震を予知するということは、地震の起こる時、場所、大きさの三つの要素を精度よく限定して予測することです。

例えば「(時)一年以内に、(場所)日本の内陸部で、(大きさ)マグニチュード5の地震が起こる」というようなあいまいな予測や、毎日起きているマグニチュード4程度以下の小さな地震を予測するような場合はたいてい当たりますが、それに情報としての価値はあまりないと考えます。」

( 気象庁ホームページ 「地震予知」より抜粋 )


(2018.9.6)

@ 災害時のラジオを買っておくなら、選局は昔ながらのバリコン式の単体ラジオが良いです。ボタン選曲のものは便利ですが、その分電力の消費量が増えるので、寿命が縮みます。

ラジカセやCDラジオはもっと電力を食うので寿命が短いです(カタログデータで比較すると一目瞭然)。

そして電池も大きな単二以上、なるべく単一が入るもの。そして、かならずイヤホンも。


@ 本日のNHKニュースで、「停電時のロウソクの使用は、最後の手段に」と言っていました。理由は「火事の危険がある」からだそうです。確かにその通りです。

では、そこで言わなかったことを書いておきます。ロウソクの使い方ですが、ちゃんとした燭台が無い時は、「燃えない材質のお皿に、溶けたロウを数滴たらし、それを接着剤にして、ロウソクを立ててください」。

そうすれば、多少傾けても倒れにくく、もち運びも容易で、火事にもなりにくいからです。ロウソクが太いからと言って、接着剤なしで使うと、倒れやすく大変危険です。おじさん達には常識でも、若者は知らないかもしれませんので


@ 本日未明の北海道地震、被災された方には、心からお見舞い申し上げます。


@ 台風21号が来た日、午後3時頃に突然ネットがつながらなくなりました。時々なるんです、わが家のPC。何回も接続チャレンジしていると、「停電した…」と家人の声が。「そうなのか…」と私。

画面が明るく光っているので停電だとは思いませんでしたが、そう言えばバッテリー内臓でした。自動的に切り変わっているんですね。

わが町は台風であまり停電しないことが自慢です。前回の停電は…確か私が小学生の頃だったかも。だから想定外でした。

ネットにつながる固定電話回線は光ファイバーですから、停電になると電話もダウンします。その時は「外の公衆電話を使おう」と思っていましたが、暴風では出歩けません。近くにあるスーパーなどの施設内・公衆電話を使おうにも、台風や停電で閉店してしまい入れません。

さらに私はケータイを持っていませんので、ケガや病気になっても、わが家は外部との連絡が出来ない事になります。


「停電はどんな規模・状況なのか」。それが知りたくてトランジスタラジオをつけましたが、ニュースを流しっぱなしのNHKでも、なかなか、その件は放送されません。民放ラジオを聴いたら、リスナーからのメールで、少し停電が話題になりましたが、まだ良く分かりません。


そうこうしている内に、夕方になりました。薄暗くなってきたので、何十年ぶりかにロウソクを灯しました。懐中電灯の電池は節約しなければ。

まだ明るいうちに、風呂場で行水をし、夕食をとり、歯を磨こうと思いました。しかし、あまり食事も喉を通りません。明日には、忘れず冷蔵庫の食品を廃棄しなければ。


電力会社の広報車が、「…申し訳ありません。…安全確認が出来次第、順次送電しています。… 」と通って行きました。

その後しばらくして、ふと見ると、近所の事務所の窓に明かりが…「あれ?自家発電…」と思っていたら、やっとわが家も。結局3時間ぐらいの停電でした。最初から3時間だと分かっていれば安心できるのですが、いつまで続くか分からないので不安が膨らみました。


後に知ったのですが、3時間で送電されたのは早い方だったのですね。しかし停電することの心細さを、初めて知ったような気がします。

そんな中で灯したロウソクの炎は、「希望のエネルギー」ですね。懐中電灯とは何かが違います。

ゆらめく炎には、確かに「人を励ます力」があります。


(2018.9.5)

台風情報で私が一番関心があるのは、「進路予想図」です。わが町が暴風圏内に入るのはいつごろか、最接近するのはいつなのか、まず、それを知りたいからです。

何十年も昔、アナログ時代には、「進路予想図が、天気予報の最初から最後まで、ほとんど画面に映っていた」記憶です。だから、ゆっくりと眺めることができました。

しかし、デジタル時代の昨今は、何通りもの画面を切り替えて、天気予報の説明をすることが容易になったようで、結果、進路予想図が出ている時間が、とても少なくなりました。

天気図に、たとえ台風マークが載っていても、「進路予想図は、『進路予想の説明時だけ』しか表示しない」ぐらいなのです。

TVとて「だしおしみ」しているわけでは無いでしょう。それ以外の情報を渇望している人もいるのでしょう。しかし「昔は良かった…」とため息をついているのは私だけでしょうか。


(2018.9.3)

もう10年以上前だと思います。朝日新聞か何かに、確か、椎名 誠さんの(間違っていたらごめんなさい。)、旅行記が掲載されていました。南の海へダイビング(シュノーケルだったかも)に行かれたのです。同行者には確かフランスかどこかの御一行も。

その時、朝食かランチをボートの中で食べました。メニューは西洋式のパンとコーヒーが中心でしたが、日本勢からは、「ごはんを食べないと力が出ない」との声があがり、急きょ「卵かけごはん」も作ったのだそうです。

「熱々の炊き立てのご飯を、四角いトレイか何か入れ、生卵を軽く混ぜたも」のです。それに醤油をかけて美味しそうに食べる日本勢を、「生卵を食べる習慣のない西洋人」たちは、最初は怪訝な顔をして、遠巻きに見ていたそうです。

しかし、日本人たちが、あまりにも幸せそうに食べるため、自分たちも恐る恐る口に入れてみたら、これがまた、びっくりするぐらい美味しい。すぐ大好物になってしまいました。

その後ボートでは、「卵かけごはん」も定番メニューに加わったそうです。


(2018.9.1)

物事にはたいてい、多数派と少数派いうか、「基本」と「例外」という二面性があります。

ある事柄について、昔は「基本」しか言わなかったけれど、いつの頃からか「例外もあるよ」と言い始めた人がいて、気がつけばニュースやネットでは、「例外」ばかりが聞こえる世の中になりました。

もちろん野暮な私でも、その理由が分からないではありません。非常時に議論なんか、していられないですから。

でも私は思うのです。

「例外」のメリットが強調されているけれど、デメリットはないの?、

「基本」のデメリットが強調されているけれど、メリットはなくなった?と。


先日、本屋さんで、偶然その事柄について書いてある本を見つけて覗いてみました。もちろん「例外を推奨する本」です。

そうしたら本の後半に、「例外」についての注意事項が載っていました。やはり「例外」もメリットばかりではなかったのです。「例外」を選択する場合にも、その裏表を検討して、決める必要があったのです。


(2018.8.31)

恥ずかしながら私は、「避難指示」と「避難勧告」の、どちらがより危険なのか、数年前まで混乱気味でした。「注意報」と「警報」なら間違えることはありませんが、その後作られた色々な用語は、上下の関係が分かりにくいです。

「不勉強なお前が悪い」と言われれば、それまでですが、周囲を見渡すと、火山の「噴火警戒レベル」という分かりやすい「数字」表示の存在に気がつきます。

素人考えですが、どうして台風などの避難情報でも「数字」を併記しないのでしょう。たとえば「レベルが3→4へ上がりました。避難準備を始めてください」などとニュース言ってもらえれば、より分かりやすいと思います。

参考

「 『噴火警戒レベル』

レベル5:避難
レベル4:避難準備
レベル3:入山規制
レベル2:火口周辺規制
レベル1:活火山であることに留意  」

( ウィキペディア「噴火警報」 噴火警戒レベルが導入されている火山 より抜粋 )


(2018.8.30)

@ 色違いソーメンへのバイアスは、ラーメンに入っているコーンへのそれ、なのかもしれませんね。


@ @地下鉄の話です。その日私は、最後尾の中央あたりに、立って乗っていました。ある駅に停まり、再び動き出した車内から、なにげなく遠ざかっていくホームを眺めると、そこには知人の女性が一人いたのです(恋人ではありません)。

彼女は気づかず同じ電車に乗っていて、そこで降りた様子。立ったままハンドバッグを開けて、なにやら中を覗いています。

その駅は、彼女の家の近くでもないし、繁華街でもありません。それに久しぶりに会った人なので、遠ざかる地下鉄の中から、挨拶したくてじっと眺めていました。

すると、彼女はカバンを開けたまま、ふいにこちらを見て、私と視線が合ったのです。「あっ!」と驚く彼女の様子がはっきり分かりました。


A 郵便局の機械で現金を降ろしていたら、右横の事務所奥から、懐中電灯で照らされるような、鏡で太陽の光を当てられるような、「ピカピカした白い光」を感じました。

しかし事務員がそんなことをするはずがないし、私は現金を下ろさなければならないので、そちらを見ることもしませんでした。

そうしたら、現金を降ろした直後、若い事務員の女性が出てきて、「○○の、寄付金付きの切手シートですが、いかがですか」と、私にだけ営業を始めたのです。

その時思いました。

あの「ピカピカした白い光」は、獲物を物色している彼女の視線だったのだと。


B相手の顔を見たとき、普通の人がほとんどですが、まれに輝いている人がいますし、曇っている人もいます(ごくまれには黒い人も)。表情や美醜、肌の色の話ではありません。オーラの話です。

視線とは、もしかしたらその親戚なのかもしれませんね。

私が視線を信じているのは、振り向き、振り向かれた数えきれない経験の他、主に上記の@ABからです。


(2018.8.26)

昨今のTVドラマ、まれにLGBTが取り上げられています。LGBTがストレートに恋をし、結果、ストレートがLGBTに変質!?、恋が成就して、めでたしめでたし、みたいなストーリー展開もあります。

しかし、それは個人的には「ありえない」と思っていました。変質したとしたら、それは自分はストレートだと誤解していた人が、実は元からLGBTであり、誘われて、それに目覚めただけなのでしょう。LGBTは趣味ではなく資質なのですから、ストレートも同様なのです。

しかし、知人と話したところ、「TVでやってるぐらいだから、ストレートの人もLGBTの好意に応えなければいけないのかな、それが普通なのかな…」みたいな感想を持っている人もいました。TVが植えつけた誤解です。

するとブーメランになり、「LGBTの人も、ストレートの人の好意に応えなければいけないのかな、それが普通なのかな…」に、なりかねません。誤解はLGBTの否定に繋がる心配もあります。

男女の恋愛でも、あたりまえに、秘めた恋や三角関係、そして失恋があるように、LGBTでも、それを描いて欲しいものです。統計上は、日本の8パーセントがLGBTですから。



「 ――『同性愛は趣味みたいなもの』という発言には、どう反論しますか。

『 これに関しては、同性愛は趣味ではありません、飽きたら外したり取り替えたりすれば済むアクセサリーのようなものだと考えているとしたら、それはまったく違います、とハッキリ言い続けます。私にとって、セクシュアリティーは大切なアイデンティティーの一部であり、自分というものを形作る芯であり、資質です。外したり替えたりすることはできません。資質は趣味と正反対にある類(たぐい)の概念です 』 」

( Yahoo!ニュース  猪瀬聖 ジャーナリスト 8/25(土) 8:00  「日本は変われる」ゲイ公表のキャンベル氏 より抜粋 )


(2018.8.24)

@ おじさんは、こういう話に弱い。

「 スーパーボランティア・尾畠春夫さんが語った『壮絶なる我が人生』 」

( Yahoo!ニュース 8/24(金) 9:00配信 )

追記

後編もあります。「 酒も飲まず、貯金もゼロ…スーパーボランティア尾畠春夫さんの生き様 」 

追記2

「 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」(日本国憲法 第十五条)

スーパーボランティア・尾畠春夫さんの息子さんは、大学を出て市役所に勤める公務員です。尾畠さんは「自分とは真逆の人生を歩んでいる」と言っておられますが、息子さんが紛れもない奉仕者なら、お父さんも他の模範となる奉仕者になりました。このお二人は、無意識にも影響しあっておられるのでしょうね。


@ いったん涼しくなった後の酷暑の戻りは、ほんとうに体に堪えます。そんな中、昨夜は少し雨で涼しくなったのは良いのですが、夜どうし台風20号の暴風雨が吹き荒れ、眠れないので、ずっと深夜ラジオを聴いていたような気がします。


(2018.8.21)

@ もう20年ぐらい前のことです。友だちに誘われて、アジアのある観光地に旅行しました。格安ツアーです。

そこで一二を争う高級ホテルに入り、若い添乗員のお姉さんがチェックインの手続きを終えるまで、御一行様はロビーのソファーで待っていました。男女含めて15人ぐらいでしょうか。

しばらくの後、お姉さんが戻ってきて、皆にキーを渡してから、事務的に言いました。

「女の人が欲しい人は、今言ってください」と。

そんな公の場で、可愛い彼女が、そんなに、あっけらかんと、大声であの予約を取るなんて、カルチャーショックです。

でも勇気ある人が、一人だけ手を挙げました。

そして後日、お勤めが済んだ彼は、言われた通り、日本へ帰るバスの中で、その追加料金を払っていました。

私ですか。私はそんなつもりで行ったのではありません。ハイ。


@ 「 いさかひをする時だけが/『私達』/人はみなひとりびとりだ/キスする時も。」

( 「竹久夢二詩画集」(石川桂子編)の「孤独」から  2018.8.19朝日新聞コラム 「折々のことば」鷲田清一より抜粋 )


@ 「 カメラを止めるな 盗作疑惑 『カメラを止めるな!』はパクリだ!原作者が怒りの告発 」

( Yahoo!ニュース 8/21(火) 6:56 掲載 )


(2018.8.18)

@ そう言えば、最近「おはぎ」をたべていません。昔、おばあちゃんが、「味の素」を入れた「おはぎ」を作ったことがあって…あれだけは絶対まねしてはいけません。


@ 知人に魚屋さんがいるので分かる気がするのですが、一見豪快に見える彼らにも、私などより、はるかに繊細な心を持って人がいるのです。

「べらんめい調」の本場、東京ならともかく、地方の魚屋さんは、「生まれながらの一心太助」では無かったはず。あれは魚屋さんという仕事をするために身につけた「演技」であり、いわゆる「仕事が人をつくった」姿なのかもしれません。

地方の者からすると、べらんめい調は、失礼ながら「けんか腰」に聞こえる時もあります。ですから、落語でも江戸落語は、笑うどころか、生理的に叱られている気分になることも。

そんな彼らは、自分の第一印象が店頭ではプラスに働いても、店外では魚屋だと分かりませんし、東京ではない場合、人に怖がられたり、嫌われたりした、苦い経験を持っているのかもしれません。

すると店外では意外に消極的になったり…。

でも逆に、無意識にも、「内面を知ってもらう後半生を歩みたい」とする人もいるのかもしれませんね。


@ 「 7人兄弟の4番目で生まれた尾畠さん。小学生の時から近所の農家で働き中学卒業と同時に鮮魚店で働いた。『7人兄弟で一番、飯を食べよったから。春夫、お前はうちで養ってやれんから農家に奉公行きなさいって』と明かした。

中学で学校に通った期間は『3年間で4か月ぐらい』だったが、仕事を通じて『義理人情とか仁義。もらったものは必ず返す。頭を深々、例えば秋の稲穂みたいに頭を下げて、ありがとうございましたっていうような人間になれ』と教えられたという。… 尾畠さんは番組の取材に自身の人生を『自分は幸せな悔いのない人生を送れたな。尾畠春夫の人生に悔いなし』と語っていた。」

( 2018年8月17日9時13分 スポーツ報知 「尾畠春夫さんの激動半生を『とくダネ!』が特集 『お前は養えない…』小学生で奉公、徒歩で日本縦断『尾畠春夫の人生に悔いなし』」より抜粋 )


(2018.8.16)

@ お盆の15日は、カトリック教会へ行ってきました。毎年恒例の「お盆のミサ」があったのです。

キリスト教とお盆は、直接関係はないと思いますが、これが和洋折衷みたいなもので、日本人には、時期的にも心情的にも、しっくりくるのです。

一時間ほど、神父さんの話しや、信者の方のオルガン演奏、讃美歌などを聴かせていただきました。

マタイの福音書ぐらいなら読んだことのある私ですが、あの場ではもっとマニアックな(表現が良くないですね。)話ばかりで、95%は知らないことばかり。でも本物の儀式であることに間違いはなく、今年も「おつとめ」は済んだという充実感を感じました。

帰る故郷のない私ですが、いつのまにかあのミサが、心の中でその代わりになって行くのかもしれません。


@ @最近、巨大組織の警察から逃亡する容疑者が目立ちます。「またか」の感じも否めません。そのときは巨大組織らしく、警察は人海戦術で捜索します(それを悪いとは言いません)。もちろん、逃げた原因は様々でしょうし、警察にもいろいろ事情があるでしょうが、組織に何かが足りない気もするのです。

A一方、山で行方不明になった子どもを、遠くから駆けつけ、たった一人、わずか20分で探しだした、シャーロックみたいに神がかった、ベテラン・ボランティアのおじさんもいました。もちろん、「運が良かっただけ」という人もいるかもしれません。

この@Aは、まったく別の事例に見えますが、「目のつけどころ」と言いますか、「何に一番気をつけるべきか」という点において、「対照的な事例」だと思います。あのおじさんは、その選択眼が鋭かったのです。

どんな組織でも、上司にあのおじさんみたいな眼があれば、いや、上司でなくとも、上司に進言できる部下が一人でもいれば、組織の能力は格段に上がるのだと思います。

TVのインタビュー映像を見ましたが、どこか寅さんを思わせました。話しぶりからも頭の良い方のようです。「おじさんの鑑」と言いたいぐらい。

追記

私たちが映画のレビューを書くとき、登場人物に感情移入して、その気持ちを読み、映画の解釈をすることがあります。

今回は、おじさんの中の「2歳児のイナーチャイルド」が、彼を導いたのかもしれませんね。

おじさんは「河原」か何かを見て、「私が子どもならここを登っていく」と直感して登り、その先にいた2歳児を見つけたそうです。

究極の感情移入ですね。


(2018.8.15)

カレーライスを食べるとき、私は二つの茶碗に、ご飯とカレーを別々によそいます。

@そして、ご飯に食卓塩をかけ、まず塩むすびの味わいだけを楽しみます。

Aひとしきり塩むすびを楽しんだら、次はカレーだけを一口。

カレーはあくまで、白米のおかずとして味わうのです。


昔は一つ皿に盛った普通のカレーライスを食べていました。ただし、カレー部分にウスターソースをかけて。

やがてライスの部分だけにかけるようになり、ウスターソースで黒く染まったピリ辛のライスを楽しむようになったのです。

今は、その進化形で、ウスターソースが食卓塩になり、器も別々になりました。


それはそうと、「スイカに塩をふって食べる習慣が廃れている」ようですが、あれは昔からある「天然のスポーツ飲料」ではないでしょうか。


(2018.8.13)

そう言えば、「やなな」さんは、今どうしているのでしょう。


(2018.8.9)

昔PCで、よくコミュニティFMを聴いていました。その局にはライブカメラもあり、DJさんが、スタジオ内と外の景色を、半々ぐらいで切り替えていました。

日曜午後のぼんやりとした時間、映像ソフトの関係で解像度が低い、ぼんやりとした映像と共に聴く、ソフト&メロウな曲は、それはそれでオツなものでした。

スタジオの天井近くにカメラがあり、ポニーテールの(たぶん)可愛いお嬢さんの、斜め後ろ姿が小さく写っていました。

お嬢さんが機械を操作する様子とか、事務仕事をしたり、スタジオ内を歩きまわる様子を、私は眺めていました。

カメラは時々、景色に切り替わりました。海だったり、スタジオの庭だったり。

そんなある日、平和な世界に事件が起きました。映像ソフトが更新され、高解像度になったのです。その後、スタジオも移転され、カメラの位置も、DJさんの真正面、机の上になりました。

すると、「声だけ出演のつもりだった」DJさんたちに動揺が走りました。女性陣は、これでは「芸能人みたいにドーランがいる」「衣装がいる」みたいになっていったのです。一方、容姿を気にしない男性陣の中には、夏は「手ぬぐい(に見えた)を首に掛けたまま」放送している姿が見えたりしました。

そのうちに、スタジオ内がだんだん映らなくなり、気がつくと、ほとんど景色ばかりに。

私は昔の「ぼんやり」とした世界が懐かしい。少なくともカメラの位置は昔が良かった。そうすれば、景色ばかりにならずに済んだのかもしれません。


(2018.8.8)

取り調べの可視化、色々な議論があると思いますが、あれは、@警察の取り調べを記録し、被疑者の権利を守るため(冤罪を防ぐため)にするのではなかったでしょうか。つまり主役は被疑者と警察官の双方だと思います。

A被疑者だけの撮影では片手落ちになるだけでなく、顔のアップ映像では、表情などから、容疑を再判断するための材料にすり替わりかねません。これは本来の趣旨とはベクトルが逆のように思います。

私は、例えば「取調室の天井近く、被疑者と警察官の双方が同条件で映るような位置に、広角レンズのカメラを置く」のが良いと思います。

表情は写らなくても良いから、いや表情まで記録することは弊害があるのかもしれません。解像度の低いカメラで良いので、「双方の言動が記録」されれば、とりあえず@の趣旨に叶うのではと。


(2018.8.6)

@ 「 まじめでなくていい

他人に従わなくていい

リップサービスはしなくていい

大勢の中の一人でいい

見栄を張らなくていい

『予定変更』が前提でいい

電話するだけの仲間でいい

自慢していい

運転しなくていい

練習しても、上達しなくていい

過去の栄光にしがみついていい

トシのせいにしていい

我慢しない 無理しない

家族と理解し合わなくていい

年寄りらしくなくていい

運動しなくていい

気をつかわなくていい

もう いやなことは しない、

楽しいことだけをする宣言! 」


「 65歳何もしない勇気 」 ( 樋口裕一 著  2018.8.5朝日新聞 広告より抜粋 )


@ 就職して2日目のこと。会社の前でバスを降りたら、偶然、課長と一緒になりました。あれは始業の間際だったように思います。課長は新人の私に優しく話しかけてくれました。4月の明るい朝、とても良い思い出の一つです。

しかし、帰宅して冷静になってみると、「部下は(特に新人は)課長より早く出勤しなければいけない」と感じたのです。だから翌日からは、30分ぐらい早く家を出ました。

すると…各係1〜3人ぐらいの先輩が、掃除をしていました。各机にあるゴミ箱のゴミを捨て、机の上を雑巾がけしていたのです。

それを先輩から強制されたことは一度もありませんが、新人の私が黙って座っていられるわけもありません。すぐに雑巾を持って掃除に加わりました。掃除が嫌だと思ったことは一度もありません。「自分は仕事が半人前だから、せめて掃除ぐらいしなければ…」、と思っていました。

でも、気を使いました。先輩が拭いた机はすぐ乾いてしまいます。拭いたかどうか分からなくなるので、私がそれを、また拭いてしまうのです。すると先輩が「そこ、拭いたから、あっちの机をお願い」と言います。

私は「失敗した」と思いました。だからと言って、「今後は尋ねてから」というわけにもいきません。先輩から、「私の拭いた机が汚いと言うの、嫌味、喧嘩売ってるの」、もし、そう思われたら困ると思って。

だから一計を案じました。机を拭く前に「視点を低くして、机を真横から見てみる」のです。ホコリがよく見えます。そのたまり具合で、今朝雑巾をかけたか否かが分かるのです。それを、先輩の視線を気にしながら、さりげなく、すばやく、しました。

少なくとも、私たちの世代ぐらいまでは、そうやって先輩の背中を見て育ってきたのです。

やがて始業1時間前に出勤し、掃除してから、喫茶店にコーヒーを飲みに行くようにもなりました。

私が掃除を止めたのは、35歳になってからです。

追記

掃除に限らず、どんな係のどんな仕事でも、「雑用」と「メイン」があります。「雑用」も誰かがやらなければ仕事が上手く回りません。

誰かがやらなければならないのなら、新人・目下の者の仕事と、相場が決まっていました。


(2018.8.5)

@ 産休・育休明けの女性が、一年ぶりに出勤する前日のことです。

マタハラと誤解されるのを心配してか、みんな無関心を装っているけれど、仕事が楽になるから、間違いなく嬉しいはず。

その彼女の机には、ホコリが積もっています。

昔と違い今は、若者が勤務時間前に、全机の雑巾がけをする習慣はすたれてしまいましたから、自分の机でも拭く人はいません。

毎日使っていれば、そんなにホコリもたまらないかもしれません。でも、一年間ほとんど使わない机には、たっぷりとホコリが積もるのです。

私は誰が掃除をするのか注目していました。隣席の人か、はたまた親友か…。

しかし終業時間になっても、放置されたままだったのです。


@ 若い頃、戯れに有給休暇について考えたことがありました。

「夏休みも含め、全員が有給休暇の完全消化」をした場合どうなるのか。

すると、ざっくりと、「例えば10人の職場では、毎日必ず、誰か1名が休む必要がある」と、確かそんな結論になりました。

つまり、「そこでは最初から1名増員しておかないと、実際は定員にも達していない」ことになるのです。

つまり「1割の増員が必要」なのです。


(2018.8.4)

「マタハラ」と戦っている団体の、リーダー的な女性の方が、以前、NHKラジオで語っておられたのを思いだしました。

彼女はひとしきり「マタハラ」の話をした後、「逆マタハラ」にも触れました。「産休・育休の間は、他の方が仕事をフォローしている。その事への感謝を忘れてはいけない」と。

私の職場にも女性はいて、産休・育休で一年間休むことは珍しくありませんでした。複数の女性が順番に休んだり、一人で複数の子供を産んだりすることも。すると連続2年間欠員一名になることもあるのです。

その間、当然に同僚が仕事を引き継ぎ、負担増になりますが、愚痴や陰口を聞いたことはありません。それは「マタハラ」と言われかねないからです。

もちろん、休む彼女たちも同僚に感謝してくれました。

しかし、会社側は補助要員としてアルバイトを雇ってくれますが、バイトさんには単純作業しかやってもらえません。産休・育休が連続して続くのなら、正社員の増員もあるでしょうが、断続的に起こる場合、増員は難しいようです。

そんな中で、仕事の負担だけは増えています。やはり、どこかで、増員も含め、抜本的に解決策を考える必要があるのでは。


(2018.8.2)

@ カフェのモーニングサービスにバナナが付くところがあります。それを含めると、たいてい私は、毎日一本のバナナを食べています。

中高年の人にとって、幼いころバナナは高級品でした。今で言うメロンにも匹敵するものです。中には病気の時ぐらいしか食べさせてもらえなかった人もいるのでは。

そんな人にとって、カフェのバナナは「撒き餌」同然なのです。油断するとすぐ引き寄せられます。

先日、そのバナナを見つめ、しみじみと「これは完璧な美だ」と思いました。

微妙な曲線を描くプロポーション、黄色と薄緑のグラデーション、そして皮の断面は〇のようで、そうではない心意気、でも実はキッパリと丸なのです。しかも、その質感をなんと表現したら良いのでしょう。表には人肌感がありながら、中はツルリとしています。

彼女はいつも、「私って、そんなに単純じゃないでしょ…」とつぶやくのです。


@ 今は無いと思いますが、30〜40年ぐらい前だったでしょうか。高校野球の八百長が騒がれた事がありました。

確か文芸春秋(週刊文春ではありません。)にも特集記事が組まれ、普段は野球に興味のない私も、「まさか、高校野球で?」と、買ってしまいました。

もう全部の内容を正確には覚えていませんが、「審判が自分の姿を長くTVに映させるような試合運びにした」とか、「何かの『ゆかり』の高校を有利にした」とか、そんな話があったように思います。

最近は、ボクシング界が揺れていますが、「ひいきの選手を有利にした」とかいう話に、それを思いだしてしまいました。

歴史は忘れたころに繰り返すのですね。


(2018.7.29)

@ 昨日のラジオで男性DJさんが言っていました。「男は台風が接近すると興奮状態になるというか、満月の夜のような気分になる」と。

実は私もそうなのです。だから良く分かります。過去には、その勢いで女性を誘い、振られたことも。あれは正常な判断を誤らせるほどの強いバイアスなのです。

でも、そのラジオでパートナーの女性が言うには、「女に台風は関係ない」そうです。女性は台風が接近しても平常心を保てるらしいのです。

知りませんでした。


@ 今日の午前1時頃でしょうか、うつら、うつらしていたら、突然、ボクシングのような暴風雨が始まりました。

それが2時過ぎまで続き、静まっていきました。台風12号、接近した割には、そんなにひどくはなかったです。ご心配をおかけしましたが、私は無事でした。

ただ、今朝は寝不足ですっきりしません。毎朝の習慣であるスクワット100回が大変でした。


(2018.7.28)

@ 台風12号。

個人的には嫌な予感がします。

7/28(土)8:51分現在の進路予想で、中心線を通った場合、伊勢湾台風の脅威を思いだすのです。

しかし、最大瞬間風速 55m/s なのに、天気予報を見ると、ピーク時である7/29日(日)午前0時に、わが町の風速は8m/s、降水量も8mm/hとか。

平時でももっと荒天がありそうなのに、この数値では、台風の気配もありません。


@ 「 グラスの底に顔があっても良いじゃないか 」

確か、どこかのウイスキーの景品だったような気が。大阪万博の「太陽の塔」の顔に似たものが、ウイスキーグラスの底に彫ってありました。これは、その宣伝文句。


(2018.7.27)

@ 今朝はハワイみたいに快適と思ったら、気温30℃。

でも、これが、わが町の平均的な夏の朝かもしれません。

それにしても先日までの酷暑、まるでリンチのようでした。

よくぞ生き延びた。


@ 広域大水害、

  酷暑、

  東から西へ走る台風、

  やっぱり、なにか変。


@ 私はタマネギが大好きです。サラダでもザクザク食べます。いつだったか寒い頃、「カレーハウスCoCo壱番屋」さんには、丸ごと一個のタマネギを煮込んだ限定カレーがあって、思わずテイクアウトした覚えがあります。あれは美味しかった。

ところで、タマネギは体を温める野菜のようですね。だから冬場にはもってこい。でも猛暑の夏は、私の偏見かもしれませんが、「熱中症に近づくのではないか?」という心配があり、敬遠しています。

でも、先ほど聴いたラジオの料理コーナーでは、「タマネギは火照った体をクールダウンする効果がある」と言っていたので、「?」と思いました。

心配になってさっそくググってみましたら、私の見た限りでは、「タマネギは体を温める野菜」というのが、やはり多数派の意見のようです。

ちなみに体を冷やす野菜で有名なのは、「秋茄子は嫁に食わすな」で知られた「ナス」のようです。子どもの頃、七輪で焼いた熱々のナスを、生姜醤油につけて食べたのが懐かしい思い出です。あれは美味かった。


(2018.7.23)

@ 木陰が涼しいのは、たんに日陰だからではありません。樹の体温を宿した「樹の気」があるからです。先日、ふと思いつきました。木陰に入って「あっ涼しい」と思ったら、意念で「樹の気」を少し頂くのです。そのスーツをまとって歩けば、日向に出ても、少しの間は涼しいのではないかと…。

ちなみに「気」は大風でも霧散しません。微動だにしないのです。もし動くのでしたら、それは風で私たちの心が動くからです。心が動くから意念も動き、「気」が動くのです。禅問答みたいですが。


@ SF映画を観ると、未来の地球は、公害や気候変動で、防護服をつけないと出歩けないようになっていたりします。先の大雨やこの酷暑は、私たちがその世界に入ってしまったことを証明しているのではないでしょうか。梅雨や夏の情緒を楽しめた時代とは違ってきています。(ある意味防護服である)エアコンなしでは、生命が危険にさらされる現代は、すでにSF映画の世界ではありませんか。


(2018.7.22)

@ 新品のエンジンに慣らし運転が必要なように、新品のスピーカーにもエージングが必要です。

新品のスピーカーの振動板は、糊の付いたカッターシャツみたいなものです。音までゴワゴワするのです。きめが粗く、刺激的であり、歪っぽく感じます。

ラジカセでもエージングは必要で、毎日1時間聴いたとしても1週間ぐらいかかるでしょう。単品スピーカーは数か月から1年ぐらいかかります。中には10年以上かかるものも。

最近気がついたのですが、エージングには夏が向いているのです。

高温多湿が、紙の振動板の質量を増やし、さらに柔らかくしてくれます。そんなときにエージングすれば、低温乾燥の冬場にするよりも効果的だと思います。


@ 少しは涼しくなるかと思い、昨日から「シベリウス」のピアノ小品集を聴いています。

シンフォニーの深淵を兄だとすると、

ピアノのこちらは、可憐な妹という感じ。

「ショパン」のノクターンとは違いますが、夜、聴いても良いかもしれません。


@ 以前どこかで読みましたが、「運動中は水を飲むな」という指導は、戦後、軍隊帰りの体育教師たちが広めたようです。

戦地の兵隊さんは、いつでも好きなだけ水が飲めるとは限りません。渇きを我慢できなくなって、水たまりの水などを飲み、お腹おこわしたら、それこそ体力を極端に消耗してしまいます。

歩けなくなれば撤収も出来ず、生死にかかわるかもしれません。そのリスクを回避するために、渇きを我慢する訓練は必須だったのです。

しかし、そんな中でも、たぶんマラソン選手だけは給水必須だったはず。この矛盾を当時どう説明していたのか、私は知りません。


(2018.7.21)

株の売買で、値上がりしたのに、なかなか売れなくて、迷っている内に、今度は大暴落してしまったとか、値下がりしたのに、そん切りができなくて、オロオロしている内に、大暴落してしまった、みたいな話はよく聞きます。

メンタルで何か引きずっているものがあると、判断を誤ってしまうのですね。

ところで、猛暑なのに暑いところへ行って熱中症になったとか、大雪なのに雪山へ行って遭難したとか、大雨なのに河原へ行って流されたとか…。

そんな、部外者から見たら呆れるような事故が、毎年のように起こります。

なぜ、そんな事が起こるのか。それは、たぶん、以前から予定が決まっていた等で、「行くことを前提に考えた」結果なのでしょう。そんなバイアスがかかっていると、なかなか止められないのです。

ここは一つ、頭をまっさらにし、「この厳しい条件下でも、新規行事を行うか否か」で、再考してみてはどうでしょうか。

伝統行事ではなく新規行事として考えてみるのです。新規行事なら中止や延期はそれほど難しくはないでしょう。新規行事では、なによりも「成功」させることが第一なのですから。

もしそれで「否」の判断が出るなら、きっと伝統行事であっても「否」なのです。


(2018.7.19)

@ 少し前に、NHKの土曜時代ドラマ「アシガール」が話題になりました。

「足が早いだけが、とりえの女子高生が、戦国時代にタイムスリップし、若殿様に一目惚れして、ストーカー!?になる話」です。

身分違い、時代違いの、世紀の恋。

あまりに荒唐無稽な設定に、失礼ながら、私は小バカにして観ませんでした。

しかし、世間様の評判がとても良くて、続編まで出来たと知り、それを切っ掛けに再放送されたものを観ましたら、すっかりハマってしまいました。そして「続編を見逃したのが残念だ」とまで思うようになったのです。

あのドラマ、戦国時代の登場人物は(ヒロイン以外)、NHKの大河ドラマみたいな演技をしているのです。対して、現代劇の登場人物はラブコメの演技でした。ある意味、一国二制度。

すると、それぞれがシリアスなので、中途半端感もなく、荒唐無稽感も消えたのです。

さらに、戦国時代のヒロインには、サーカスのピエロの役目も感じました。だから観ていて楽しい。

これは。演出の勝利ではないでしょうか。


(2018.7.18)

「 雨ニモマケズ

風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ

丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク

決シテ瞋ラズ

イツモシヅカニワラッテヰル

一日ニ玄米四合ト

味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ

ジブンヲカンジョウニ入レズニ

ヨクミキキシワカリ

ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノ䕃ノ

小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ

東ニ病気ノコドモアレバ

行ッテ看病シテヤリ

西ニツカレタ母アレバ

行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ

南ニ死ニサウナ人アレバ

行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクヮヤソショウガアレバ

ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒデリノトキハナミダヲナガシ

サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボートヨバレ

ホメラレモセズ

クニモサレズ

サウイフモノニ

ワタシハナリタイ 」

( ウィキソース「雨ニモマケズ」作:宮沢賢治より )


「そんな仕事をしたい」と思った方、公務員はいかがでしょうか。


(2018.7.15)

@ 一昨日ビールを飲んだし、昨日も飲んだ。

今日は休肝日にしようかと思っていたが、

祝杯しようと思う。


@ 平成の初め、会社近くの自販機に、同僚に飲ませる、何本もの缶コーヒーを買いに行ったことがあります。

両手で抱えてくるつもりでした。

いくら重いと言っても、バケツに入れた水程度のものだと思ってましたし。こう見えても小学校の頃は、水の入ったバケツを持って、廊下に立たされた経験もありますから。

しかし、事はそんなにシンプルではありませんでした。

自販機でキーンと冷えた沢山の缶を、半そでの腕で抱かえると、凍傷になるかと思うほどに、冷たいを通りこして、痛いのです。

スーパーのレジ袋か、段ボール箱、新聞紙で袋を作っても良いです。そんなものが、ぜったい必要だと思った午後でした。


(2018.7.13)

@ 逆に、NHK朝ドラなどは、「コンプレッサーを軽くしかかけていない」ようなのです。

ですから、うんと音量を上げないと、小声のセリフが分かりずらい。

でも、音量を上げておくと、今度は大声のときに、煩くなるのです。

セリフ回しで楽しませる、TVの大衆ドラマなのに、まるで最新の劇場映画のような音作りをしている。そこが少し疑問です。アパート住まいの人などは、周囲に気をつかうのではないでしょうか。


その他、クラシックのCDなども、夜間などに音量を絞ると、ピアニシモが聴こえにくくなります。ピアニシモが聴けるように音量を上げておくと、今度はフォルティシモが煩いのです。これを「ダイナミックレンジが大きい」と言います。CDの長所が裏目に出ているのです。騒音の中で聴くカーステレオだと、特にこの弊害が目立ちます。

でも、(少なくとも昔は)CDプレーヤーによっては、ダイナミックレンジが小さいものもありました(所有していました。今でもCDラジオなどは、私に知る限り、比較的ダイナミックレンジが小さいようです。だから夜間にクラシックを聴くのには好都合)。

カタログデータでは大きいですが、聴感上は小さいのです。邪推すると、「CDは小さな音程ノイズが目立ちやすいと言われていたので、最低音量を上げておけば…」と、メーカーのそんな目論見だったのかもしれません。でも、これは夜間にクラシックを聴くにも好都合。

しかし、買いかえるために、30年ぐらい前の販売店で、「ダイナミックレンジの小さなCDプレーヤーを下さい」と言ったら、オーディオ店の店員さんは怪訝な顔をして、「全部同じです」「ありません」と言いました。


(2018.7.12)

レコードやCDを作るとき、制作者は、リスナーがどのような装置で聴くかを考えて、音作りをすると言います。CDラジオ(ラジカセ)が多い場合と、普通のステレオが多い場合とでは、違うのです。

時代背景によっても違います。LPはLP時代のステレオで聴くのが良いとも言います。

たとえば20年ほど前は、映画館の音響設備も、あまりデジタル化が進んでいなかったはずです。

そして、今のようにデッドな暗室ではなく、ライブな劇場も多かったはず。

そんな時代の、たぶん古い場末の映画館で、上映されることを潔しとした作品。そこに録音されている音響は、きっと、そんな時代の装置・部屋で、再生するのが、いちばん心地よく聴けるのだと思います。

つまり、ハードとハードだけでなく、ソフトとハードにも、マッチングがあるという事です。これは単に工学的な話ではありません。再生芸術の分野でもあります。そして調律師、レコード演奏家を思いだします。

今回、古いソフトを最新のハードで聴いたわけですが、やはり、あまり快適ではありませんでした。ホームシアターなら、あのような音にはしないのでは。

今回の場合は、@少し高音が出過ぎで、刺激的なため、トーンコントロールで高音を下げ、少しまろやかな音にして欲しい。

Aコンプレッサーが今以上に効いているようで、ダイナミックレンジが狭く(平均音量が高く)、結果、CMの音みたいに煩いので、音量も少し下げてほしい。

B昔のライブな劇場感を出すために、多少デジタルエコーを付加してほしい(気のせいか、最近、TVの映画劇場でも、デジタルエコーで、劇場感を付加した放送がありました)。

そう思いました。


(2018.7.11)

今ラジオで、「ペパーミントの香りを嗅ぐと、体感温度が4℃下がる」と言っていました。「嗅覚的な風鈴」なのでしょう。

やはり七夕飾りも…。


(2018.7.9)

七夕飾りは「視覚的な風鈴」。

カラフルな短冊が音になり、

とんがった葉は

涼しさを想起させます。


(2018.7.8)

@ 「遭難通信」はドラマなどで良く知られた「SOS」のことであり、「非常通信」は「OSO」のことです。

しかし、ドラマに出てこない「OSO」は、知名度が低いせいか、素人はなんでも「SOS」にしてしまいがちです。事実上それで通用していますし。

でも正確には、「SOS」は船舶・航空機の場合に行うもので、洪水・津波などの災害時には「OSO」が正しいと思います。

それを、ドラマや素人が混同するのはやもうえないとしても、先日NHKのニュースの中で、(意図的なのかもしれませんが)解説者まで混同していたのを見ました。

「過激派組織IS=イスラミック・ステート」などと言ったり、言葉にこだわりがあるNHKですが、ここには、こだわらないようです。しかし、電波法を少しかじったことのある者としては、いつも気になるところなのです。否定されているような気分になり。


電波法第52条の1 → 「SOS」

遭難通信(船舶又は航空機が重大かつ急迫の危険に陥つた場合に遭難信号を前置する方法その他総務省令で定める方法により行う無線通信をいう。以下同じ。)


電波法第52条の4  → 「OSO」

非常通信(地震、台風、洪水、津波、雪害、火災、暴動その他非常の事態が発生し、又は発生するおそれがある場合において、有線通信を利用することができないか又はこれを利用することが著しく困難であるときに人命の救助、災害の救援、交通通信の確保又は秩序の維持のために行われる無線通信をいう。以下同じ。)

追記

若い頃に電波法の国家試験を受けました。当時は記述式の回答だったため、試験勉強では、条文を丸ごと、お経のように暗記して臨みました。門外漢の方には「どうでもよい話」でしょうが、私には「青春の思い出」なのです。


@ 私の町には、心配したほどの雨量はありませんでしたが、ここより西では大変なことになりました。被災した方々には心からお見舞い申し上げます。

今回は豪雨でしたが、(私の町も含め)西日本は地震と津波も心配されています。今回の経験が、そのときに生かされたらと思います。


(2018.7.3)

@ タイの洞窟、少年たちが全員生存していて良かった。


(2018.7.2)

@ 力道山は、いつも黒タイツを履いていましたが、ときどき黒パンツで登場しました。

そんな時、幼い私はとても残念に思いました。月光仮面がマントなしで登場するようなものだからです。

やはりタイツでなければ。

男にもコスプレが大切だと教えられた夜なのでした。


@ 良きパートナーが、いつも人間とは限りませんね。


@ もうすぐ、わが町の夏まつり。花火大会があるので、港へ続く電車は、浴衣カップルで大混雑になります。

ボ〜としてると、痴漢に間違われかねないし、みんな港まで乗るのですから、途中下車が大変に。

気をつけようと思っているのですが、当日になると忘れてしまい、いつも電車を前にして呆然とするのです。


(2018.7.1)

@ 駅前に「KITTE」というビルができました。

読めませんでした、私。

それが、郵便局の跡地に出来た「切手」ビルだったと知ったのは、少し経ってからです。

「ホテルナゴヤキャッスル」が、名古屋城を見ることができる、最高のホテルであることは、すぐ分かりましたが。


@ 長旅お疲れさまです。


(2018.6.30)

「不本意」という言葉があります。

たとえば会社の従業員が、「不本意だけど社長の命令だから…」と言うのは理解できます。

でも社長に「私の気持ちとしては不本意」と言われたら、私が従業員なら困惑します。

社長は、その命令を出さざるを得なかったわけで、良くも悪くも、それが「社長の器量」だからです。

先の、新幹線事件で亡くなった英雄。「逃げれば良かったのに…」と言う人もいるかもしれませんが、彼には戦うことしか出来なかったのです。私がいてもきっと彼にはなれなかったように。


(2018.6.29)

@ 私の好きなラブコメ「天気予報の恋人」が、BS「日本映画専門チャンネル」で、再放送される予定です(詳細はHPで)。

NHK朝ドラ「ひよっこ」の岡田惠和さんが、脚本を書いています。

これは、上ばかり見ている気象庁の予報官が、下界で生きている女の子に恋するお話し。

もう二回観たし、録画もしているけれど、再放送にまたワクワクしてしまうのはなぜでしょう。

https://www.nihon-eiga.com/program/detail/nh10007019_0001.html


@ 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。(日本国憲法前文より抜粋)


@ 「サムライは侍ではなかった」という国際世論、か。


(2018.6.28)

@ 私は北欧的な色が大好きなのですが、その北欧的というのが、具体的に何を指すのか、まだ分かりません。

「赤だけでなく青も効果的に使われている?」「原色が多い?」「パステルカラーが多い?」…。


@ 「 あらら… 」。


@ 新人の頃、それは大嫌いでした。中堅になった日にも、たいして価値は認めていませんでした。私も、それを廃止した経験があるぐらいですから。

会社の、先輩・上司との宴会や、団体旅行。いろいろ問題も多かったけれど、それが懐かしく、かけがえのない思い出、青春の一ページに変わるのは、リタイアしてからです。

独特の雰囲気のある、あの賑わいの中には、もう戻れないと知った日に。


@ ある方からの感化を受けて、本屋さんでその本を読んでみました。いわゆる人生論みたいなものです。

それは単行本で、何巻もありました。開いてみると、著者の方の圧倒的な教養と見識が、意外にも、やさしい文章になっていました。私のような無教養な者にも、読んでいて惹きつけられるようなところに、感動しました。

以前どこかで、「新しいことを学ぶとき、最初の本は、一番薄いのを選べ」という教訓を知りましたので、今回も一番薄いものを一冊買ってきました。でも薄いけれど文章はすこし難解。次回はやはり、単行本のあれを買いましょうか。


@ お巡りさんの拳銃は、紐らしきもので、腰に留められているようですが、紐の材質は何なのでしょう。

映画などでは、重要書類の入ったスチール製のブリーフケースを、手錠のようなもので手首に固定しているシーンがあります。置き忘れ・盗難防止ですね。

素人の意見ですが、お巡りさんも拳銃を、たとえば「軽くて丈夫なチタン製の鎖などで、腰に巻いてロック」しておけば、めったなことでは盗られなくなるのでは。


@ カラスの大工さんは、家を作るのがとても上手らしいけれど、ハトさんは下手だと聞いたことがあります。そのせいでしょうか。公園などでは、ハトさんだけが溜まっていますね。


@ あれをモチーフにしたどんぶり。色が涼やかで、うまそう。


@ アジサイが大好きです。特に青みがかった、涼やかな色が。

しかしアジサイには毒があるのですね。恥ずかしながら最近まで知りませんでした。身近な花だけに、それはもっと周知すべきだし、毒のない品種なら、そう表示して、観覧者の心配を無くすべきでは。

厚生労働省のHPには、こう書いてあります。

「 一般名 アジサイ(別名 : シチヘンゲ、紫陽花)

毒性成分は、未だ明らかではない。

中毒症状 嘔吐、めまい、顔面紅潮

発病時期 食後 30 〜 40 分

中毒対策 刺身のツマのように、時々料理に添えられることがあるが、食用は避けるべきである。」(抜粋)

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000082116.html

追記

昔どこかで、こんな話を読みました。

「 刺身の最後の一切れを食べるとき、添えられているシソの葉で、千切りダイコンと刺身をいっしょ巻いて食べると、美味しいよ」と。

それ以来、私はそうしています。

ダイコンも好きですし、とても美味しいです。パセリも食べてしまいます。

でも、シソの葉ではなく、アジサイの葉が使われていることがあるとしたら、危ないですね。


(2018.6.26)

@ パラボラアンテナで、暗黒の宇宙へ発信する電波のように、ネットの海に吸いこまれていくだけで、誰も読まない文章ほど、安らかなものはありません。


@ 「道徳」の教育方法について、いろんな意見があるようです。でも、その議論のせいで、何も教えられない子どもが生まれたとしたら、それが一番かわいそうです。


@ ご承知のとおり、私は文章が下手です。誤字だらけで、しかも悪文の見本みたいなものを、おじさんの図々しさで書いています。

最近こそ「短文なら早く書けるし、ミスも減るはず」とも思い、少し短くしましたが、以前は、もっと長文を好んでいました(「追記を10も書いているから十分長文だ」と、突っ込まないでください)。

でも長文を書いていた理由は、意味不明の長文なら読む人も減り、結果、返信によるトラブルも減るのではないかと、そんなことも期待していたからです。今年も階段を一つ降りる。


@ 「 僕は意図的に長い文章を書いています。これは冗談で言っていたんだけど、ツイッターを140字以内ではなく、140字以上でないと送信出来なくすればいいんじゃないか(笑)… だって、世の中分かりやすくないよね。分かりやすく語ることが重要ではない。むしろ、一見分かりやすいことが実は分かりにくいんだ、ということを伝えていかねばならない。僕はそう思っています。」

( 2018.6.25朝日新聞(朝)13面 文化・文芸 「世の中は 分かりやすくない・『万引き家族』でカンヌ最高賞 是枝裕和監督インタビュー・『犯罪者と自分は違う』感覚広がる社会は危険 より抜粋 )


(2018.6.25)

カセットテープの話を。

オーディオ全盛期に、カセットテープは色々試しましたが、最終的に選んだのは、@「スコッチ・マスター」 A「富士フイルム・FX」、B「BASFの廉価版(名前は忘れました)」でした。(昔の記憶なので、製品名の表記は正確ではないかもしれません)。

@は穏やかで透明感があり、クラシック音楽に最適でした。Aは荒々しいぐらいのパンチがあったので、ジャズ系に。Bはどこかバタ臭さがあり、中低域は太く、肌理は粗め、しかし高域にピリッとしたアクセントがあって、面白い音でした。安かったし、普段使いは、ソースに関係なく、これにしてました。個性に惚れたというか、そんな音です。人は優等生だから惚れるわけではありません。

他にも、Cクロームテープとか、Dフェリクロームテープなどと言うものもありましたが、Cは高価な上に、低音が苦手なようでしたし、Dは音は悪くはありませんでしたが、高価だったから使いませんでした。

そう言えば、新幹線事件の英雄も「BASF」に勤めておられたようです。


(2018.6.24)

@ 「リヒャルト・シュトラウスの交響詩」を聴いています。今鳴っているのは交響詩「死と浄化」です。

彼の音楽は、一般に「湧き出る泉のような透明感」、あるいは「気」のような柔らかな感触があって、夏の午前中に聴くのに、ふさわしい気がします。

もちろん「真空管ハーモナイザー」を通しています。音が滑らかになり、より音楽に没頭できます。

昨晩は、マイルス・デイヴィスの「フォア・アンド・モア」を聴いていました。トランペットは、演奏者の頬が丸く、まるで怒ったフグの様に膨らんでから、音が出ます。

その一瞬の「溜め」は、TRアンプだけでは、あまり聴こえませんが、「真空管ハーモナイザー」を通すと、良く聴こえるようになり、表情豊かなになって、トランペットを聴く楽しみが増します。


(2018.6.23)

@ 「人を見たら誘拐犯と思え」と、「助けられない児童虐待」の間に、相関関係はあるのでしょうか。


@ いつのまに女子陸上は、水着で走るようになったのでしょうか。もしかしたらAKBのライバルに…。


@ 「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない」とは、テンポのことではなく、情緒のことではないでしょうか(どこかで、「だからテンポの速い演奏だ…」みたいな解説を読んだこともありますので)。

例えは適当ではないかもしれませんが、「モーツァルトはフォークであり、演歌ではない」という意味において。

いや、「塩をひとふりして食べる、スイカのよう」が、近いかな。


(2018.6.22)

@ 映画「カサブランカ」は戦意高揚映画だったと言われています。

そのような視点で観ると、映画「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」、映画「ALONE/アローン」、映画「30年後の同窓会」などには、体制側の自己弁護の色があるのかもしれませんね。


@ 肺がん患者にヤジを飛ばし、謝罪した国会議員がいました。では、健康な人になら、ヤジを飛ばしても良いのでしょうか。

同様に、セクハラ、マタハラ、パワハラなど、世に色々なハラスメントがありますが、「嫌がらせ」は、問題にならないのですか。

職場でセクハラをしたら、左遷又はクビになりかねないのに、同僚に「嫌がらせ」を続けても、問題化すらしないとしたら、それは造語の必要がある、新たなハラスメントなのでは。


(2018.6.21)

映画「30年後の同窓会」、味のある3人。


(2018.6.20)

ブロック塀が倒れた話。

なぜか既視感があって、居心地が良くないのです。

考えてみたらわかりました。

小学校の夏休み工作、中学で作った木製の本立て、プラモデルや、日曜大工で作ったスピーカーBOX。そこでブロック塀みたいな工作をしたら、上手に固定できなかった思い出があるのです。

そんな経験は私だけでは無いはず。

それなのに、大勢の人から見過ごされ、ペイントで化粧までされたのです。さらに真下を通るように道まで書かれた。

塀はプールへの「目隠し」のために作られたようですが、治安のために、公園や住宅などでは、塀になるものを撤去し、オープン化が進んでいます。もし必要だとしても、重量級のブロック塀の必要があったのでしょうか。フェンスに、シートやブラインドを付ける、みたいな選択肢は無かったのでしょうか。


(2018.6.19)

@ ロングランを続けている映画「レディ・バード」。何日も私の観たい候補に上がっていますが、上映開始時刻がなかなか私の生活リズムと合わないのです。 観ることが出来た方が羨ましい。

追記

もう少し詳しくお話しします。

皆さまは、観る映画をどのように選択しますか。

多くの方は、「映画生活」さんなどを参考に、評判の良い作品を選ぶのだと思います。年に数本なら、それは良い方法かもしれません。私も学生の頃は、似たような事をしていました。

でも最近は違います。「なるべく、自分の自然な生活リズムを乱さない上映開始時刻、のものを観る」のです。

すると、マイナーな作品に当たることも少なくありません。でも、それが意外と面白かったりするのです。

「本屋さんや図書館では、自分の興味のあるコーナー以外も見なさい」とよく言いますね。ネットで本を買うのとは違い、思わぬ出会いがあるからと。これには、そんな意味もあるのです。

それに、朝食抜きの私としては、お気に入りの店での、適切なランチタイムの確保が、とても大切ですし。


(2018.6.18)

@ いきなり中ぐらいのがガタガタきました。

いきなりだから直下型でS波。

多分、これ以上大きくならないだろうな。

そう思っていたら大きなのが。

さっきのはP波だったんだ。

すると、遠くで大きなのが起きたのかな。

ラジオをつけたら大阪で震度6弱でした。

わが町は震度3とか。

追記

帰宅して夕刊を見たら、大阪の地震が大変のようです。

ケータイを持たない私は、先ほど今知りました。

被災された方には、心からお見舞い申し上げます。


@ 確かに歌手も、声帯だけで声を出しているのではなく、ボディ全体で発声しているのですね。

ある意味「真空管ハーモナイザー」は、そんな「ボディの役目」をしているのかもしれません。


@ 都市伝説ではありませんが、オーディオにもこんな話があります。

たとえばアンプを組み立てるネジ。その「締め付けトルクを変えると、音も変わる」とか。

なぜなら、締め付けトルクで「ケースの振動モードが違ってくる」からです。その振動が電気信号にも影響を与えます。マニア以外の人にはオカルトに聞こえるかもしれませんが。

でも今回、「真空管ハーモナイザー」の付録冊子(組み立て説明書を兼ねる)で、ラックスマンの前社長(現相談役)が、その事について語っておられます。

「 その締め具合でも音は変わりますから、…コツは緩すぎても締めすぎてもダメで、… 」(P7より抜粋)

相談役もエンジニアで、「真空管ハーモナイザー」の設計者でもあります。つまりこれは、相談役が直々に設計した逸品。

さて、その「真空管ハーモナイザー」ですが、真空管などを取り付けている、ハガキの半分ほどの基盤。それを固定するネジは一本だけなのです。後は合成樹脂の棒で支えているだけ。極端に表現すれば、高飛びこみの「飛び込み板」みたいに、振動するようになっています。

さらに、外側の鉄製のケースですが、上部の板、その中央が、コンマ5ミリぐらい膨らんでいるのです。カマボコミみたいに。

叩くと、コーン、コーンと澄んだ音が尾を引きます。左右のネジを緩め加減にすると、膨らみは減り、板同士がくっ付いてしまうので、音もコン、コンと、詰まった音になります。

この振動も基板を揺らし、音の余韻を、より強調しているのでしょう。機械的な残響音付加装置でもあるのですね。この思想は、ラックスマンに限らず、他のオーディオ製品でも大なり小なり生かされているはず(だから、むやみに積むのは避けたいと思っています)。

有名なところでは、レコードプレーヤー(今風に言えばターンテーブル)の老舗「トーレンス」。前身がオルゴールメーカーだけの事はあって、レコードに人工的な響きを載せて、「音の良い製品」との評判をとっています。

以上を、ひと言で言えば、「楽器的な設計思想」とでも言いますか…私は好きですね。

追記

「機械的な残響音付加装置でもある」と言っても、この場合は、カラオケのエコーみたいに響くわけではありません。

ふわっとした感じとともに、音の肉付きが良くなるのです。例えが適当で無いかもしれませんが、「痩せ美人が、中肉美人に」なったみたいに。

この製品に限らず、@天板を指で軽くたたいて音が響く製品には、中肉美人のような傾向があります。でも、A上に物を置いたりしてダンプすると、痩せ美人になってしまいます。その場合、多分@がメーカーの意図したサウンドなのでしょう。


(2018.6.16)

@ 今日の午後、名古屋市の中央にある、栄町辺りを歩いていたら、久屋大通公園で野外ライブをやっていました。

ドン、ドンという大きな音楽と、アイドルグループの歌と踊りが見え、オタ芸青年たちの声援も聴こえてきました。

「だれだろう」と思いましたが、100m以上離れていましたし、良く分かりません。

私はふりかえりつつ少し歩き、数百メーター離れた喫茶店に入りました。店の外では歌声がはっきり聞こえます。店内でも、BGMとは別に、戸の隙間からわずかに聞こえてきます。

もしかしたら「SKE48」。

栄町には、「SKE48劇場」もあるし、まれにメンバーらしき一群が歩いている事もありますから。

私にも知ってる曲のいくつかはありますし、観てくればよかった。


@ 頭の鳥は、どこへ行ったのですか。


(2018.6.15)

@ オーディオ評論家が使わないような表現をしてみます。

ハイドンがモーツァルトになったような感じ。

例の、「真空管ハーモナイザー」の音です。

今日は一日雨だったので、午後に1時間ぐらいかけて作りました。

ただ今、エージング中。


@ 明日16日は、ナゴヤドーム(名古屋市)で「AKB総選挙」。

地下鉄のつり広告に「600円」と書いてあったので、思わず行きたいと思ったけれど…

近くでよく見たら、「記念一日乗車券」の広告でした。


@ まるで映画のワンシーンのような演出です。

先の会談で、トランプ氏は正恩氏に、約4分間の映像を贈りました。そして「北朝鮮は韓国と中国に挟まれ、素晴らしい可能性がある」と、強調したそうです。

正恩氏も、本当に手に入れたいのは、祖国の発展であり、核はその為の一里塚では。

「 約4分間の映像に込められたのは、 『結果は二つしかない。過去に戻るのか、前に進むのか』というメッセージだった。

『過去に戻る』場面ではミサイルや戦闘機の映像が流れた。一方で『前に進む』場面では、北朝鮮各地に明かりがともり、鉄道が敷かれ、ビル建設が進むといった未来が描かれた。

『新しい世界の一員として繁栄するのか、さらなる孤立を選ぶのか』『未来はまだ描かれていない』。映像は、そんな問いで締めくくられた。 」

( 2018.6.13 朝日新聞(朝)2面 「4分間の映像『繁栄か、孤立か」正恩氏にタブレットで見せる」 より抜粋 )

追記

「 戻るのか、進むのか トランプ氏が正恩氏に迫った映像 」

( 2018年6月13日06時46分「朝日新聞デジタル」より )


(2018.6.14)

@ ワーキングランチと、いきり立った人たち。


(2018.6.13)

ご承知のとおり、もし北朝鮮と米国が戦争すれば、北は壊滅し、日本や韓国にも、先の大戦並みの甚大な被害が予想されます。ですから双方にとって、戦争という選択肢は現実的ではありません。

ならば、北朝鮮にも国際社会の一員になってもらい、そこから長期にわたる話し合いで、少しづつ良い方へ誘導するしか、妙案がないのでしょう。

問題のある国が核を持っているから一大事なのです。普通の国になってもらえれば、非核化に失敗しても、問題は小さくなるのでは。

これも、「問題の先送り」と言いますか、「第二の休戦協定」みたいなもの、かもしれません。朝鮮戦争の終結宣言がなかなか行われないように、今回の非核問題も、解決するにしても10年単位の話になるかもしれませんね(結局、核を手放さない可能性が高い気がしますが)。

少なくとも私たちは、とりあえずにせよ、これで「平和と、未来への希望」を手に入れることが出来るのです。

しかし、すでに双方が「拳を振り上げてしまっている」ので、まずは「メンツを保ったまま降ろす」必要があるし、「いきり立った」国際世論も沈静化して、協力させる必要があります。

今回の、北朝鮮と米国のトップ会談は、そんな政治ショーでもあった、のかもしれませんね。

などという話を裏切って、「意外なほど良い結末」を迎えることを願っています。


(2018.6.12)

@ 列車テロの実話、映画「15時17分、パリ行き」では、なぜ乗客がテロリストに勝てたのか。

乗客の米国青年は、厳しい軍事訓練を受けた兵士だったのです。さらに三人もいて、しかも彼らは親友同士で結束がありました。

特に主役の青年は(事件でも最初に飛びかかった)、幼いころからヒーローになりたいと思っていて、軍事学校に暴漢が侵入した時も(実は訓練でしたが)、先生の忠告を無視し、ただ一人ペンを武器にして、ドア陰に潜むほどでした。

そう言えば、昔TVで見た、「BICボールペンのCM」が衝撃的(透明な軸の安価なもの)。「ライフルから発射し、板に突き刺さったままでも、文字が書けます」と、そんな映像です。

ちなみに新幹線の座席底部は、手で簡単に取り外せ、盾にも使えるそうです。


@ 昔、片道3車線ぐらいある道路の、中央分離帯(横断歩道のそば)に住んでいる、ホームレスの人を見たことがあります。

映画館の帰り道に何回も渡りましたが、そのたびに、「それにしても、なぜ、こんなところに…」、と感じていました。

私なら、どこか公園の奥、人目につかず、静かで、空気の良い場所に住むのに…

そう思って気がつきました。

それは、とても寂しいことです。

それでは「誰も知らない」状態になってしまいます。

「 それに比べ、この中央分離帯なら、皆に知ってもらえるし、都合の良いことには、排気ガスで寿命も縮まるかもしれない。どうせ、この世に未練はないのだから」と、いつの間にか、私は彼に感情移入していました。

新幹線で事件を起こした人。

直前には、どこかで野宿していたそうですね。


(2018.6.11)

@ 実話を元にし、本人たちも俳優として出演している映画「15時17分、パリ行き」。それを地で行くような、列車内での事件が、日本でも起こってしまいました。

日本の事件は、テロではないでしょうが、高速鉄道内で、無差別に殺めようとした点では、似たようなものです。

しかし映画とは違い、犯人に立ち向かった勇敢な青年が命を落としてしまいました。

表現が失礼かもしれませんが、彼が一人で憎まれ役になってくれたために、一人の死者ですんだような気もします。もし彼がいなかったら、逃げ惑う人たばかりなら、犯人は次々と、たくさんの人に襲いかかっていたかもしれません。そうすれば犠牲者は一人ではすまなかったかも。

彼の勇気を称えると同時に、心からご冥福をお祈りします。

映画では、勇敢なヒーローに、フランスとアメリカ、両国から勲章などが授与されました。

日本のヒーローにも警察から感謝状ぐらいは当然出るでしょうが、それだけでは、世界レベル(映画)とあまりにも落差があります。

ぜひ、彼にも勲章か、それに準ずる名誉を、あげてほしいと思います。

追記

それから、彼から命を救ってもらった女性の方は、「私のために…」と沈痛な気持ちになっておられると思います。

無理もありません。一生その気持ちは消えないかもしれません。

しかし、彼はあの時、「そうする事しか出来なかった」のでしょう。もし私がいたとしても、きっと彼の代わりは出来ないように。

お叱りを受けるかもしれませんが、それが神様が与えられた、彼への、この世の使命だったのかもしれません。キリスト教にすがったこともある私としては、ふと、そんな気持ちもするのです。


(2018.6.10)

@ 先日の新聞に、「メガネ赤札堂」の広告が入っていました。

ここでは「遠近両用メガネ」も安いのです。

でも、私がかけているのは「中近両用メガネ」。

遠近よりも、読書がしやすく、TVや、映画館で映画を観るのにも不自由はしないので、これが最高だと思っていますが、私の知る限り、あまり宣伝されてはいないようです。

自動車を運転する人には向かないので、需要が少ないのでしょうか。

でも今回の広告には、「遠近両用メガネ 中近両用でも」と書かれており、一度行ってみようかな、という気分になりました。

私は都心にある、昔ながらのメガネ店の客で(今となっては高級店なのか)、そこには沢山の私のカルテが保管されていました。

しかし支店統合による、まさかの閉店。

そんな折、目にした広告でした。


@ 昔、わけあって赤いクルマに乗っていたことがあります。

その時、一口に赤と言っても、色んな赤があることを再確認しました。

同じようにピンクにも色々あるのですね。

パナソニックのCDラジオに、とてもきれいなピンクが使われていて、その色だけで、欲しかった思い出があります。

ピンクなら何でも欲しいわけではありません。あの色が良いのです。

でも、買おうか、どうしようか、迷っている内に、モデルチェンジしてしまいました。

今はもう、あの色はありません。

そんな折、CDショップのレジ横にある、「CDファイル」に、あの美しいピンクを見つけたのです。

私には、そうやってCDを保管する習慣はありませんから、買いませんでしたが、忘れられません。

実は、1年ほど前、ホームセンターで同色のゴミ箱を確保したこともあります。

あの、ファイルも、今度、買ってこようかな。


(2018.6.9)

@ 映画「生きる」に出てきた同僚たちは、いつの時代でも、リアルな姿なのでしょう。


@ 近ごろの私は、まだ観ていない映画について語る事があります。

きっかけは、「まだ公開前なのに、予告編やチラシを見て感化され、むしょうに何か書きたくなってしまったから」、だったような気がします。

その一線を越えると、観ていない映画について書くことが、だんだんと普通の行為になって行きました。

そんなことをしたら、映画を観た人たちから、「的外れの事を書いている」と嘲笑されるかもしれません。

それでなくとも、従来の常識から言えば、背徳的な感じも。

映画制作者の人たちからは、どう見えるのでしょう。「それも映画の宣伝になる。少なくとも知名度は上がる」、などと思ってもらえれば良いなと、期待します。

私も意外と、ロック野郎なのかもしれません。


(2018.6.8)

@ 先日、安倍さんがトランプさんと会談しましたが、その席で、安倍さんの左腕にあった時計は、シチズンの「ブラックチタン・アテッサ」のように見えました。

ハイテクの、「エコ・ドライブGPS衛星電波時計・F900」、23万円です。

これなら、有事でも問題ない!?


@ @先日もお話ししましたが、昨日も散歩途中に、5分ぐらい、頭頂部から「気」を吸いこみ、足から大地にアースしてみました。

同時に、吸引を始めるとすぐに、呼吸が面倒になりました。

もっと正確にいうと、「肺が膨らむのを拒否しているような感じ」でしょうか。なんど試しても、明らかにそんな状態になります。

(素人の戯言)ふと思ったのですが…

頭頂部からの「気」で、ダイレクトに酸素を吸入できた場合、それが仮に4割だったとしたら、体が欲するのは、残りの6割になるのです。そんな血液中の酸素濃度を感知した体は、自動的に6割になるよう、肺呼吸を制限しているのではないでしょうか。

ちなみに、頭頂部からの吸引をやめれば、直ちに肺も通常に戻り、楽に呼吸が出来るようになります。

後には、体の内部をシャワーで洗った様な爽快感がありました。

追記

A立禅をしていると、呼吸の度、しだいに「気」が体内に取り込まれます。

それは、「水中で乾いたスポンジを揉む」ような感じ。泡ぶく、小さな音が、体内から聞こえながら、しだいに、全身から「気」が吸いこまれて行きます。

そして、完全に水が沁みこむと、スポンジから音がしなくなるように、体からも音が消えます。ただし、呼吸に応じて、「気」が出入りする流動感は分かります。

その時の、爽やかな気分を、なんと表現したら良いのでしょう。

「体が消滅して、魂だけが存在している」。

そんな感じ。

魂は体に宿っていますから、体調不良などの影響を受けて、気分が優れないこともありますが、死ぬと、魂は肉体から解放され、幸福感に包まれると、どこかで、そんな話を聞いたことがあります。

それを思いだすような至福の時なのです。

呼吸も楽です。空気だけ呼吸するというよりも、「気」も呼吸していますから、質量の違う、すきとおった水を、肺ではなく、下丹田で呼吸しているような感じになります。

これは、@とは違う感覚ですね。

やっぱり謎が多いです。


@ 悲しみは半分に、喜びは二倍に。


(2018.6.7)

@ トランジスタアンプと真空管アンプの音は、別々のルートで登山するのに似ています。

最初はまったく違っていても、ハイエンドでは同じになる。


@ その重なりは、京都の「八ツ橋」みたい。


(2018.6.6)

@ 「期間限定」という誘惑。


@ 紙コップに注がれる自販機ココア、その「ホット」「アイス」の表示が、なにかの間違いで、ある日、突然入れ替わっていました。

私は、自分が「ボタンの押し間違い」をしたと思い、もう一杯買ったら、やはり違うものが出てきて…。

寒い秋に飲むアイスココアは、冷たい味がしました。


(2018.6.5)

@ @ 「前にならえ」のように両手を前に出し、指を組みます。

A 背中を左右に開くように伸びをし、深く息を吸います。

B そして、両手を胸に近づけながら、ゆっくりと息を吐きます。

C 今度は「後ろにならえ」(そんなものは無いと思いますが)をして、背中で両手の指を組んで下さい。

D 胸を左右に開くよう伸びをして、深く息を吸ってください。

E 組んだ両手をゆっくりと下げながら、息も吐いてください。

F 以上を2〜3回繰り返して下さい。

これは、少し前に、NHK「ためしてガッテン」で紹介され、好評だった呼吸法です(表現は正確ではないかもしれませんが)。試した人たちは、気分が良くなる、体がポカポカしてくると言っていました。

あれ以後、私もやっていますが、快適です。

やりながら気がついたことがありました。

人体には「小周天ルート」という「気」の大動脈がありますが、それはお腹側と背中側に、縦一文字に走り、頭と下丹田を循環しています。

NHKの呼吸法は、(「胸と背中の筋肉を伸ばすもの」と説明していましたが)事実上「小周天ルート」を左右に引っ張って広げ、「気」の通りをよくする呼吸法にも、なっているような気がするのです。つまり「ヨガの親戚」のようなもの。

毎朝これをすると、やっぱりメンソールが流れたような爽快感と、ポカポカ感に満たされます。そして、「気」が頭部を通過するときに、口腔部辺りにはガムを噛んだような風味が残ります。だから、その辺りにの疾病にも効果があります。

ちなみに、名著「風邪の効用」だったでしょうか。先生は、風邪気味になると、自らの背骨に「気」を通すのだとか。するとポカポカして来て、軽い風邪ならすぐ治ってしまうのだそうです。

追記

NHKの「ためしてガッテン」ホームページより、「肺ストレッチで体が変わる!呼吸コントロールSP」の説明です。私の記憶違いで、体操が少し違いますので、訂正がた、ご紹介します。今後は私もこれに合わせるつもりです。

http://www9.nhk.or.jp/gatten/articles/20180411/index.html


@ ジョギングは引退しましたが、ウォーキングは毎日続けています。

以前は、街路樹の前で止まっては、深呼吸を繰り返したりした時期もありました。いわゆる「樹林気功」のマネですね。

でも今は、歩きながら念じるだけで、頭頂のチャクラから「気」を吸引し、体内を通し、足元から大地にアースすることも出来るように思います。

その時は、ジャスミンというか、メンソールの点滴(そんなものが在るのかは知りませんが)を打ったような爽快感があります。もともと「気」にはそんな香りがあります。

さらに、その時は、「呼吸が面倒になるような気がする」のです。つまり、「酸素が満ち足りた充実感が起こる」のです。

立禅のとき、ベテランになると、究極的には、一時的に呼吸が止まる(気がつくと止まっている)事があると、そんな意味の話が、「気功革命」には書いてあります。

「気」を通して、ダイレクトに酸素を体内に取り込めるからだそうです。

何を言いたいのかと言えば…

マラソンランナーは酸素を取り込むことに必死です。勝つために、高地トレーニングなどもする事があります。

それならば、「頭頂からダイレクトに酸素を摂取できる技」が使えれば、選手の記録が伸びることを期待できるのではないでしょうか。


@「Long time no see.」を、ネイティブはあまり使わないらしい。


(2018.6.4)

「 発祥の地で見えた、パラリンピックの歴史と現実=現地取材記 」

https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201209070005-spnavi


「 パラリンピックの『パラ』の意味 障害者の苦難と希望の歴史がそこにある 」

https://www.huffingtonpost.jp/2016/09/08/paralympics-origin-story_n_11902588.html


(2018.6.3)

@ ジョギングもそうですね。かつて私は、走りながら、「お前は苦しいのか、それとも楽なのか」と、何回も自問自答したことがありますが、答えは出ませんでした。ジョギングなどの事を、「走る禅」とも、言ったことを思いだしました。


@ 普通、肉体疲労も、精神疲労もつらいものです。

でも、世の中には「幸福感に満たされた疲労もある」ということを、アーチェリーをやって初めて知りました。

まるで海外旅行へ行くときのような重たい道具を持って、週に2回ぐらい、射場(練習場)へ出かけていました。スポーツをしに行くのですし、たまの海外旅行ではないので、タクシーは使いません。あれは一見、奴隷のように重りを引きずって歩く苦行です。

そして射場では、37℃の猛暑でも、雪のちらつく日でも、屋外で2〜3時間の練習です。その「弓を引くという行為」は、まるで筋力トレーニングをしているようなものです。

さらに、帰り道でも、奴隷のような重労働が待っています。

これでは、さぞかし「嫌〜な疲労」が残ると思われるかもしれませんが、その日は終日「幸福感に包まれる」のです。とくに練習後は、その「疲労すら、幸福の味」。

なぜ、そうなるのか、理由を考えてみましたが、良く分かりません。

追記

今日、新緑の中を散歩していて、ふと思いました。これは「バランスの問題」ではないのかと。

たとえば、片手ばかり使うと疲れてしまいますが、左右交互に使うと、あまり疲れません。

「禅」と共に語られるような、精神性の高い「弓矢」には、なにかしら、高度にバランスの取れたものが、内在しているのではないのかと。

戦争で車イス生活になり、人生に絶望した多くの人を、アーチェリーが救い、それがパラリンピック発祥の元になった事を考えると、その力は、確かに存在するのだと思います。


@ 思うに、「朝食は一日の基本だから抜いてはいけない」は、「同性と恋愛してはいけない」「義務教育では絶対に学校へ行かなくてはいけない」「大学に進学しなくてはいけない」「一流会社に就職しなくてはいけない」、みたいな事と似ているのかもしれませんね。


(2018.6.2)

@ 本屋さんでスポーツコーナーへ行くと、いつもアーチェリーの本を探します、が、ほとんどありません。

でも、今日は珍しい本を見つけました。

(初めて知った)月刊「秘伝」です。

そして偶然にも、名著「風邪の効用」でおなじみの、「野口整体」特集。

他にも、「気功」とか、「太極拳」、「気の武術」とか、内容は盛りだくさん。

つい買ってしまいました。


@ 「朝食は一日の基本だから抜いてはいけない」「朝食はしっかり食べなさい」。子どもの頃から耳にタコが出来るぐらい聞かされた話です。

それに従ってきた良い子の私は、子どもの頃から、胃腸の不調(胃もたれ等)に悩まされてきました。

さすがに薄々気づいていました。「私に朝食は似合わない」と。そして45歳ぐらいの時、「朝食抜き健康法」の本に従い、カミングアウトしたのです。

朝食を抜けば(正確には、途中から「生ジュース健康法」をヒントに、「野菜ジュースと牛乳を混ぜた物」を、朝食代わりに飲んでいます。)、前日の夕食から、毎日、ほぼ18時間の断食をする事になり、胃腸が休まります。そして午前中は水分を多くとり、解毒に勤めます。するとお肌がスベスベに。

会社の健康診断で、若い女医さんと話す機会がありました。

当時のマスコミには、「魚を食べなさい。肉は体に良くないから、週1〜2回にすること」。そんな情報があふれていた時代です。

だから、私は「なるべく肉は少なくし、魚を食べています」と、自信を持って話したのです。

すると彼女は、「 朝食は食べても食べなくても良い。個人差があるから、自分の体調に従えば良い。ただし食事では、なるべく肉を食べてください。『肉を食べないと生きる気力もわきません』から」と、当時の常識とは逆の話をしてくれたのです。

その上、聞いてもいない「生きる気力」にまで言及してくれた彼女を、私は信じることにしました。

以後、私は言いつけを守り、入院した時にも、先生に話して朝食抜きを守りました。しかし、何がつらいかというと、温泉に行ったときに、美味しそうな朝食が食べられないことです。


@ 20年ほど前、思うところあって、電気カミソリを止め、T字型の、本物のカミソリで、ヒゲをそっていた時期があります。

毎朝の事ですから、その分早起きをしなければならず、寒い冬は、水にぬれた手もカジカミ、けっこう大変でした。

それでも、一年ほど頑張りましたが、結局やめました。

肌が荒れ始めたからです。

ほんとうは蒸しタオルを使ったり、アフターシェイブローションを使ったり、女性のようにお肌ケアもしなければいけないのに、そこのところをズボラにしたせいかもしれません。

床屋さんに話したら、「?」な顔をしていました。ちなみに、床屋さんでもカミソリ負けし、数日間は痛痒い私でした。

追記

後日談。これもまた、思うところあって、「朝食抜き健康法」を始め、「午前中は、水分のみで過ごす生活」をしたら、全身のお肌がスベスベになりました。

すると、床屋さんでのカミソリ負けも、しなくなったのです。きっと床屋さんも「?」だったことでしょう。


(2018.6.1)

@ 電動歯ブラシを試してみたことがあります。丸いのと、細長いのを。

でも、口の中がくすぐったくて、耐えられませんでした。

だから、今でも普通の歯ブラシを使っています。

ちなみに、電気カミソリも、高速振動のはムリです。

だから、丸いのが三つ付いた、おもちゃの戦車みたいな音がする、低速回転のモノがお気に入り。

せまい日本、そんなに急いでどこへ行く。


@ 羽が見えないので、半分青い葉っぱの画。


@ 40年ほど前、(まだ膝を故障していなくて)私もジョギングに夢中だった頃、ジョギング雑誌には、「ジョガーズ・ニプル」という言葉がありました。

あのとき「へ〜」と思ったので覚えていますが、女性がノーブラで走りすぎると、乳首がシャツとこすれ、痛い思いをする事があるのだそうです。ジョガーズ・ニプルとはそんな意味です。

記憶違いでなければ、予防には、バンドエイドみたいな絆創膏を、ブラ代わりに貼って走るのだとか。


@ 真夏になると、映画を観に行くときでも、上半身は、なるべく速乾性のポロシャツ(Tシャツ)一枚だけで、街へ出ます。ランニングシャツなどの下着を着ると、汗の渇きが遅いので、濡れた手ぬぐいをまとっているようになり、エアコンの利いた電車やビルの中に入ると、過度に冷えて風邪を引きやすいからです。ちなみにウインドブレーカーの携帯も必須です。


@ 仕立ての良い箱。


@ 半分、青くない、鉄板の上。


@ 香り立つ金シャリ。


@ 8パーセント果汁入りのなんとか。


@ 昨今、とくに若者は、昔と違い、「仕事でも楽しみながら稼ぐ」という発想が、主流になってきたようです。

今朝のNHKラジオでも、似たような話していて、「楽しんだもの勝ち」という人生観が、思いのほかメジャーになっているのに、少し驚きました。

ところで、数学者が公式を考えるとき、「美しさ」という概念を大切にする事は、映画「容疑者Xの献身」にも描かれていました。

私は素人だから分かりませんが、哲学でも、科学でも、究極的には、きっと似たような所があるのだと思います。

さて、その「美しさ」という概念は、「楽しさ」よりも先になるのか、それとも後になるのか。


(2018.5.31)

@ 時刻表と駅弁。


@ 蝶のように舞い、鳥のように鳴く。


(2018.5.30)

@ 父の運転は、70歳ぐらいで止めさせました。60歳ごろと比べ、目に見えて下手になった事と、ボディーにも、あちこち、ぶつけた傷が増えたこと、そして、決定的になったのは、近所の人から「お父さん、駐車するとき、あちこち、ぶつけてましたよ、クルマ止めさせたら…」と言われたからです。

つまり、本人の主観で判断するのではなく、警察の認知症検査でもなく、個人差があるのは承知の上で、「世間の常識」で判断する方法もあるという事です。

平均寿命が80歳ぐらい、健康寿命が70歳ぐらいなら、運転も70歳を超せば、「あの人、心配だわ…」と、世間様は思うものだと思います。そこらあたりが潮時。

そして止めさせる口実は、「事故を起こすと、家族である私も、『どうして運転、止めさせんかったんだ!』と、被害者から叱られる。私が事故の後始末をしなければならなくなる」、と説明しました。

高齢者が事故を起こすと、運転者だけでなく、家族も世論から厳しい視線を浴びせられかねない事は、今回のニュースでも分かりましたね。


@ 日本のLGBTの割合は、8パーセントと言われているようです。これは13人に1人の割合になります。

すると長い人生には、たくさんのLGBTの人たちと、それと気づかずに、接しているわけです。

ところで、人気TVドラマ「おっさんずラブ」、私も観てました。最初は少し引きましたが、その内ハマりまして。

もちろんTVドラマは、喜劇タッチですし、デフォルメしてあります。現実はもっと密やかなものでしょう。どちらかと言えば、「太陽がいっぱい」みたいな。

私の半生にも、点と点を結んで考えてみますと、意外なことに、「おっさんずラブ」の、主人公の青年のような事が、少しだけあったのかもしれないと思い至りました。

詳しくは申せませんが、20年以上前の話です。反射的に拒絶したら(あの時の私は、冗談だと思っていましたが)、以後、彼は親友として何年も接してくれました。そんな彼は、今でも青春の良き思い出の中で、微笑んでいます。


(2018.5.29)

@ お皿の上の日本画。


@ アジサイ色のキーボード。


@ たとえば、友だちから「好き」告白されたとします。

でも、「こちらは恋愛対象として考えたことはない。ただ、今まで通り友だちでいて欲しい」、という場合がありますね。

LGBTの人がストレートの人に告白した場合、も同様だと思います。

しかし、昨今のLGBTの人が出てくる恋愛ドラマを観ていると、「ストレートの人も、LGBTに変身する事がある」かのように見える、そんなストーリーになっている事が多くて困惑します。

私はストレートです。だから、世にカッコいい男性がいることは認めても、彼らとベッドインしたいとは思いません。

LGBTの人に誤解を与えるようなストーリーはどうなのでしょう。それとも私が少数派なのでしょうか。


@ ニュースで(重大な)「反則行為」と言っていました。「得点目的」で力んでしまったのなら、その表現でも良いかもしれません。

しかし、上司の指示はともかく、実行者が「ケガをさせるのが目的」で行ったのなら、すでにスポーツではありませんので、「暴行傷害容疑」ではないのかと、疑問に思いました。

命令が絶対だった昔の軍隊でもなく、生活がかかっている会社員でもないので、上司の指示を拒否し、必要とあれば退部することも、大人なら比較的容易だったはずです。

事件を加害者・被害者に分類すると、彼は加害者になりますが、世論は彼を、被害者側に入れているようです。

しかし世論がどうであれ、彼は、自分は加害者であったとの認識を、生涯忘れないでほしい。それが彼に贈る、再出発へのエールです。


(2018.5.27)

@ ラジオをかけながらレビューを書くことが多いですが、時に煩く感じることもあります。

そんな時でも心地よいのが、環境音の「鳥の声」。あれは邪魔にはなりません。

又、日曜日の朝、NHK・FMでは「前衛音楽」をやっています。普段はあまり聴かないものですが、タイピングのBGMとしては悪くありません。

以前どこかで、「前衛音楽」を聴くと、「流れている音とは、違う音楽が聴こえてくる」と書かれていたのを思いだします。心のハミングなのでしょう。もしかしたら、「前衛音楽」は、あまり創造の邪魔をしないのかもしれませんね。


@ くむべき事情があるとはいえ、裁判が終わる前に活動を再開するのは、如何なものでしょうか。世に「謹慎」という言葉もあります


(2018.5.26)

@ ご承知のとおり、ノートPCの、画面上部の小穴は、TV電話用のカメラ・レンズです。

でもハッキングされると、見知らぬ他人から、部屋の中が覗き見される危険もあります。

だから、テープなどを貼ってフタをするのが常識ですが(私の妄想)、AIスピーカーなどがハッキングされて、音声が盗聴されるのは、どうすれば防げるのでしょうね。

  
@ 異常な音って、具体的にどんな音なのでしょう。

「米外交官『異常な音』で脳損傷」(2018.5.25朝日新聞(夕)2面より)


@ ロックのキーボードやエレキギターで、妙に音程が外れたような(そう聴こえる)演奏をするアーティストがいました。

とても好きでしたが、それが、その曲に限ってなのか、アーティストの個性なのか分からないし、名前も特定できないので、CDが買えませんでした。

一方、ジャズのセロニアス・モンクも気になっていました。こちらも「お前、素人か!?」と言われかねない、音程に疑問符の付くメロディーを弾くからです。一種異様ですが、慣れるとクセになります。「こんな俺でも…生きいていける」みたいな、幸福感さえ感じさせます。

そして今、モンクのCDを買い、ふと思いました。

あのロックのアーティストは、もしかしたら、モンクの信者だったのではないのかと。

聴いていると、音感が狂う心配も感じますが。堕ちていくのも良いものです。


@ 福山雅治さんが「福のラジオ」で、「俺はネクラだから、ラジオでも音楽でも、ネガティブを発信して生きている」みたいな話をしていました。

なんか、元気出ました。


@ 華道の剣山みたいに、「とんがった草が密集して生えている」のを見ると、「トタン屋根に叩きつけるような、土砂降りの雨音」を連想します。

ただし、低音部分のおおかたをカットし、さらに音量を少し絞る必要がありますが。


@ 美人コンテストで優勝するような人は、確かに、非の打ち所がないほど美しいと思います。しかし、皆が惚れるかと言えば、それはまた別の話。

クラシック音楽でも同じで、モーツァルトやベートーヴェンの偉大さは認めても、心に沁みるのは、意外とマイナーな作曲家の、それも小品だったりすることも。

「蓼食う虫も好き好き」と言いますか、クラシックやJAZZに親しみたくても、いまいち、よく分からないと思っている方は、録音は古くても良いから、先入観なしでいろいろ聴いてみることをお勧めします。

入口には、コンピCDなども良いかもしれません。そんな物も無い時代。私のコンピは、小さなラジオでした。


(2018.5.25)

映画「孤狼の血」続編製作決定


(2018.5.23)

@ 12月の週末。仕事帰りに南の島へ逃亡するとき、仕事に着ていくのは、いつも、黒いスニーカーと地味色のスラックス、白い(淡いブルーだったかな)カッターシャツにネクタイ、それから厚めのセーターと薄いウインドブレーカー。

若かったせいか、それを組み合わせることで、真冬の屋外から、事務所、飛行機、そして暑い南の島まで、快適に過ごせました。

あの旅も、冒険でしたね。

追記

書き忘れましたが、Tシャツと短パン、水着は別です。


@ 現実には、オーディオマニアはほとんどおらず、多くの人が、「小さくて操作が簡単」なミニコンポで満足しています。

又、本物のワインマニアも少なく、多くの人が、銘柄に迷うより、いかにも「健康に良さそうな無添加ワイン」を買っています。

そのように、クラシック音楽のCDも、実は、CDの中身ではなく、「パッケージデザイン」が売り上げの肝ではないでしょうか。

極言すれば、録音なんて、少々古くても良いのです。昔のLPのように、ジャケット、帯も含め、日本語で丁寧なキャッチコピーと、解説があれば。「ジャケ買い」したくなるほどの。そうすればコーヒー一杯分の値段で、販売も出来そう。


@ 色あせない名作、映画「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」。


(2018.5.22)

@ 「 22:61 主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、『きょう、鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう』と言われた主のお言葉を思い出した。

 22:62 そして外へ出て、激しく泣いた。 」

( 「ウィキソース」ルカによる福音書〈口語訳〉より抜粋 )


@ いつだったかラジオのDJさんが、福山雅治さんのことを、「ビッグになっても、『田舎から出てきたばかりのお兄ちゃん』的な感じが残っている」と称賛していました(表現は正確ではありませんが)。言われてみると、確かにそうですね。

又、昨日聴いたラジオには、吉永小百合さんが出演していました。そのとき、今までぼんやり感じていた事が分かったような気がしたのです。彼女もまた「デビュー当時の初々しさ」を、内・外面共に、失ってはいませんでした。

太田裕美さんのヒット曲「木綿のハンカチーフ」にもあるような、「いつまでも素朴な感じを失わない」のはスゴイことですね。


@ 「 あるがまま 」 ( 禅の言葉より )


@ 「 私の所へ採用試験を受けて、通るか知らん、通らぬか知らん、と心配して神経衰弱になってやってきた奴がある。『お前が通らんなら、お前よりよい奴が通るのだから、よいじゃないか』と言ってやったら『へー』と、狐につままれたような顔をしておった。おれさえ通ればよい、あいつが通ったら口惜しいというような奴は通らん方が良い。」

( 「禅談」澤木興道著の、修証一如・仏になる法、より抜粋 )


(2018.5.20)

@ しかたがないので、シューマン「子どもの情景」・第4曲「おねだり」でも聴いてみる。


(2018.5.19)

先の選挙で、ある野党党首が、「どんな方法を使っても勝つ!」、みたいな言葉を使っているのをTVで観て、違和感を持ったのを覚えています(表現は正確ではないかもしれませんが、私にはその意味に聞こえました)。

「絶対勝つ」「なんとしても勝つ」ぐらいなら、あちこちで聞いて慣れっこになっていますが、「どんな方法を使っても…」と言われては、党首が言う言葉ではないと思ったのです。

そのせいか、どうか知りませんが、選挙違反も無くなりませんね。

国民の代表が政治家なのですから、国民に、「政策実現のため、どうか勝たして下さい」と頭を下げる、いわゆる「受動態」が、ほんらいの選挙運動だと思います。


(2018.5.17)

2018.5.9にご紹介しました、「真空管ハーモナイザー」の話ですが、音質の悪いソースを聴く際にも重宝するはずです。

名演奏のCDの中には、録音が古すぎるものがあります。それを昨今のトランジスタアンプとスピーカーで聴くと、音がザラつき刺激的になることも。

そんな時、「真空管ハーモナイザー」を通すと、滑らかな、聴きやすい音になることが期待できます。

基本的に、真空管の味わいとは、「液体のような感触」ですから。


(2018.5.15)

@ 1998年の5月。爽やかな朝の都心を、私は歩いていました。4月に人事異動があって、新しい仕事につき、その研修会場へ向かうために。

その時、道で「ANA」の広告の入ったウチワをもらったのです。

ブルーの空に、赤で「ポケモンジェット就航記念」と書いてあり、「ピカチュウ」たちが描かれたジャンボジェットの写真があるものを。

あれから20年。

毎年、夏になると、このウチワを取りだし、1998年の、五月の爽やかな都心を、そして新しい職場への期待感を思いだしているのです。

そのウチワ、今朝、糊がはがれてきて、パタパタ音がするようになったので、さっそく補修してやりました。

気がつけば、これは私の宝物。


@ 上映前の映画館では、上着を置いたり、本などを置いたりして(貴重品以外)、「席取り」をするのは昔からの常識ですね。

店内でも食べられるパン屋さんでは、「先に席を決めてから、ご注文ください」と貼り紙が出てるお店もありました。


@ 公務員志望の方にお知らせします。

「 トヨタ、役員賞与総額3割増=平均2億円−18年3月期

トヨタ自動車の2018年3月期の役員賞与総額が前期を30.5%上回る12億2400万円になることが14日、明らかになった。純利益が2年ぶりに過去最高となった好業績を反映させた。賞与対象の取締役が8人から6人に減ったことなどから、1人当たりの平均額は2億0400万円と前期比で74.0%増と膨らんだ。

( 時事ドットコムニュース 2018/05/14-18:16 より抜粋 )


(2018.5.14)

「新緑が風にそよぐさま」。

これ以上、心安らぐ風景はないな。私はそう思いながら、先日も喫茶店の窓から、公園を眺めていました。

でも、その公園では、ときどき親子がシャボン玉を飛ばしているのです。そんなとき、この世で一番美しいのは、そして幸せなのは、シャボン玉のある風景だとも思うのです。

もし許されるなら、ずっと眺めていたい。変なおじさんだと思われるといけないので、いつも無関心を装って通りすぎますが。

ところで、「気のボールの感触」について、過去にもいろいろ書きましたが、書き終わって、いつも空しさが残るのです。しょせん他の何にも似ていないから。

それはドライアイスのように、モヤモヤとした煙のようなものが、表面から立ち上っているイメージです。しかし固くはありません。

磁石の反発で浮いているような弾力もあります。あの「ジブリパーク」への鉄道は、「リニモ」のはずですから(現在「リニモ」だけは営業運転中)、その節はぜひお楽しみください。

そして油を流したように滑らか。しかし矛盾するようですが、ツルツルではなく、内側から突き上げるような、わずかなボコボコ感とか、どこか人肌感もあるのです。

さらに、シャボン玉のように、表皮が動いている感じもあります。しかし虹色ではなく、イメージとしては白ですが、気体のように自由なのです。

だから今日は、「気のボールは、シャボン玉に触ったよう」と言ってみます。

やっぱり空しい。。


(2018.5.13)

@ ニュースで「ゲーム依存症」をやっていましたが、「ブログ依存症」にも、ならないように気をつけましょう(自戒を込めて)。


@ クラシックの演奏会に、幼稚園の女の子を連れたお母さんも来ていました。「ゾウさんの方がもっと好きです」みたいな可愛い子です。カジュアルな演奏会でしたから、ほほ笑ましい光景。

ところが、女の子は落ち着きがなく、立ったり座ったり、前を見たり、後ろを見たり、お母さんに話しかけたりしていました。

「でも、演奏が始まれば、美音にうっとりするはずさ」。私はそう思いました。

しかし…

いざ始まっても、女の子の様子は、あまり変わりませんでした。大声を上げないことだけが唯一の救いです。

「やっぱり幼いから無理なのかな…」、と私。

ところが今日、新聞でこんな文章を読んだのです。

「 もうすぐ3歳になる娘はマイペース。『パンを食べよう』といくら言っても、目の前のスプーンの輝きに目を奪われ、パンはもう食べたとうそをつく。」

( 2018.5.13朝日新聞(朝) 読者投稿欄「声Voise」より抜粋 )


@ 喫茶店でボ〜っとくつろいでいると、隣席の会話が、聴くともなしに聴こえてくる事があります。

大声でなければ、そんなに迷惑でもありません。

でも、まれにトラブル会話(トラベル英会話ではなく)の時があります。

そんな時は、邪気をもらってしまうこともありそうです。

だんだん、こちらまで頭が痛くなったり、お腹が張ってきたり…。

そんな時は、公園へ行き、大きな樹が密集している処、いわゆる「気のホットスポット」で、深呼吸してみるのも良いかもしれません。


(2018.5.12)

@ 人体を覆う「気」は、皮膚から数十センチの厚さがあります。

と言うことは、コンサートや映画館などの密集ポイントでは、他人との「気」の一体化が起こっている可能性があります。

いわゆる集合的無意識のホットスポット状態。

たしかビアスの「悪魔の辞典」では、音楽を「騒音」と読んでいましたが、「騒音」に邪魔されずに、心安らかに、他人との一体感を楽しめるのかもしれませんね。

「4分33秒」では。


@ 実は今日、まるで石造りの教会のような、とっても響きの良いホールで、少しクラシックを聴いてきました。

音楽が始まるまでの15分ぐらい、沢山の観客といっしょに待っていましたが、その環境音は、長く滞空し、まるで万華鏡のように、雄弁でした。

私も未体験ですが、「4分33秒」を語る場合、やはり、実際に「4分33秒」をライブ体験してからでないと、分からないことが多いのではないかと思いました。

「気」のボールに触れずに、その感触を語れないように。


@ ジョン・ケージの「4分33秒」は、ある意味、音楽家が作った「枯山水」だと思います。

彼は無音の研究のために、無響室にも入ったと聞きます。しかし、コンサート会場は無響室ではありません。まったく反対に、響きを大切にした有響室なのです。

このことにより、彼が望むと望まざるとに関わらず、「4分33秒」は有響室の音楽となりました。

無響室ではなく、コンサート会場の無音を聴くには、コンサート会場が一番適しています。良いオーディオシステムでも、そこまで再現できるかというと、できないとは言いませんが、大変に困難だと思います。

時間が止まったような静かな池にも、風や魚、虫などによって、ときに波紋が生まれます。

音も同じで、微音による、小さな空気の揺れが、コンサート会場では、三次元の波紋のようになって、長く漂っているのです。

コップに水を入れ、ガムシロップを上から注ぐと、完全に混ざりあうまでの間、透明な濃淡ができるように。

その波紋と、定位置で動かない演奏者、そして観客が一体になって生みだす緊張感。

それが、私には、枯山水の緊張感を連想させます。


@ 一流ブランドが、たいてい高価なのは、なぜか。

いろんな理由があるでしょう。

全部は思いつきませんが、その一つに、「一流の技術と、センス・思想に対する対価」もあるのだと思います。

たとえば、オーディオ・アンプで、昔からよく言われてきたことですが、一流品の回路図を見て、同じように作っても、音は同じにはならないのです。

使われている部品の一個、たとえ電気上の規格が同じでも、違うメーカーのものを使えば、音は違うのです。それがたくさん集まれば、音が変わるファクターは無数にあると言っても良いのです。

マニアでない人には信じられないかもしれませんが、私はアンプのボリュームにつける「ツマミ」によって、音が変わるのを、実験によって確認しました。材質で変わるのです。振動モードが変化することにより、その振動が電気エネルギーに影響を与えていると考えられます。

同様に、部品の配置、ケースの材質や形、さらには、ネジ締めのトルクなども、音に影響を与えます。

一流メーカーのエンジニアは、経験上、沢山のそれを知っています。マイナスとマイナスを掛け合わせてプラスにするなんて、朝飯前。さらに一流のセンスと耳を持って、慎重にまとめ上げれば、製品は、他の者が到達できない高見を見せてくれるのです。


@ 愛知万博のとき、トヨタ館が人気で、「何時間待ち」が当たり前でした。私は行列のない館ばかりまわっていたので、行けずじまい。

トヨタ館の目玉の一つが、「ロボットによるトランペット演奏」でした。人口唇から息を吹き込み、指先を上下させ、本物のトランペットで見事な演奏をするのです。

あれは万博から一年ぐらいたった頃でしょうか。

地元のデパートで、そのロボットの演奏会があったのです。

大喜びで見に行きましたよ。

とても良かった。ロボットは見事でしたし、なんと言っても生演奏ですからね。音も良いし、大迫力。

でも、30分ぐらいの演奏が終わったとき、拍手すべきか否か、一瞬迷いました。そして私は、けっきょくしなかったのです。

なぜなら、ロボットには感情がありませんから。他の観客がしていたのかどうかは、ハッキリした記憶がありません。たしか…ほとんど無かったような…。

その後、その重大テーマについて、しばらく考えていました。そして、私なりの結論を出しました。

やっぱり「拍手はすべきだった」と。

確かにロボットに感情はありませんが、ロボットや会場の手配をして頂いた「裏方の皆様」へは、まちがいなく感謝の拍手が必要だと思ったのです。


(2018.5.11)

@ NHK朝ドラ「半分、青い。」に出てくる、東京の漫画家。

彼の仕事場に鎮座しているのが、あの「ラックスマン」の高級オーディオシステムで、真空管とライン・トランスを積んだCDプレーヤーと、真空管アンプのようです。トータルで数十万円。

「ラックスマン」は、この他にも、色んなドラマに登場しています。


@ 先日、映画「推手」の追記で、「相手に触れずに倒す技」について書きました。

これは、その続きです。

私は直径1メートルぐらいの「気」のボールなら、日常的に作っていました。瞑想して15分ぐらいかかります。

しかし、敵は15分も待ってはくれませんね。瞬時に対応せねばなりません。どうしたら良いのでしょう。

これも想像ですが、

あらかじめ、圧縮した大量の「気」を、下丹田に貯蔵しておき、それを気合とともに、ガメラの必殺技みたいに、胸のチャクラから放出できれば、瞬時に対応できるのでは。

そのときの「気」は、ボールと言うよりも、直径1メートルぐらいの棒になるのでしょう。その棒で、ビリヤードのように敵を突くのです。

ここで注意しなければならないことの一つに、中国式の気功で下丹田に「気」を貯蔵する人は、ヨガやストレッチなどで、「下腹部を圧迫してはならない」ということです。

もし体内の風船が潰れてしまったら、悪影響が心配ですから。

ちなみに、日本式の気功では「気」の貯蔵はしません。技は使えないと思いますが、こちらが安全かもしれませんね。


(2018.5.9)

LPからCDになったら、「なんか音に潤い感がなくなった」と嘆いている方がいらしたら、5月19日に発売予定の、この製品に注目してください。

CDプレーヤーとトランジスタアンプの間につなぐだけでOKです。分類的には超小型の「真空管プリアンプ」でしょうか。

キットですが、主要基板は組み立て済みなので、ネジ締めだけで完成するそうです。

まだ発売前なので、私に音のレビューは出来ませんが、同類の真空管製品を使ったことのある私には、大いに期待できるものです。シンフォニーが滑らかに、ボーカルが色気たっぷりに、ジャズが熱気を持って再生されることでしょう。

真空管アンプに大変興味があるけど、値段が高いし、大きいし、重たいし…、そんな方には、手のひらサイズで14,040円(税込み)のこれは、大きな福音になると思います。ちなみに「ラックスマン」は超一流ブランドです。

現在、すでにアマゾンでは予約終了(売り切れ状態)ですが、他を探せば(書店でも)、まだ予約可能のようです。


「 『デジタル臭い』音を、付録の真空管ハーモナイザーを通すことによって、真空管のウォームな音と倍音を付加した味わい深い音にする。

製造は日本を代表するオーディオメーカー『ラックスマン』。増幅率は1対1なので、音量を上げるものではなく、音に味付けをするもの。音が固い、つまらないという場合にこれを通すとほぐれて、ゆったりと鳴る。

また真空管を交換して音の向上を目指せ、オーディオのたのしみも体験できる。気持ちいい音にして、もう一度音楽にどっぷりハマってみませんか。 」

( アマゾン商品説明 「快音! 真空管サウンドに癒される 特別付録:ラックスマン製真空管ハーモナイザー・キット (ONTOMO MOOK)」 ムック 2018/5/19より抜粋 )

追記

念のため申し添えますが、これは「雑誌の豪華付録」ですので、今回限りの限定生産です。流通量も少ないはずで、発売日以降に書店で手に入れることは、困難も予想されます。

追記2

2018.5.9にご紹介しました、「真空管ハーモナイザー」の話ですが、音質の悪いソースを聴く際にも重宝するはずです。

名演奏のCDの中には、録音が古すぎるものがあります。それを昨今のトランジスタアンプとスピーカーで聴くと、音がザラつき刺激的になることも。

そんな時、「真空管ハーモナイザー」を通すと、滑らかな、聴きやすい音になることが期待できます。

基本的に、真空管の味わいとは、「液体のような感触」ですから。


(2018.5.6)

@ 「 酔っぱらいのSNS、お断り。」

( 2018.5.6朝日新聞(朝)、1面「天声人語」左の、「サントリー (Suntory)」広告より抜粋 )


@ 若いころ、職場で、6月に慰安旅行をしていました。

行先は、たいてい電車で2時間ぐらい離れた温泉です。

梅雨ぎみの空の下、しっとり濡れた新緑をながめる2時間は、いまでも忘れられません。

あの、勢いのある、圧倒的な緑の洪水。

それを見るだけでも、旅の価値があろうと言うものです。


@ NHK朝ドラは、時代考証と言いますか、舞台となった時代の、音響機器にも注意しているようです。オーディオの進歩に関心のある私には、博物館に入ったように楽しめます。

でも、大道具と言うのか、小道具なのかは知りませんが、担当の方は本当に大変だろうなと。

いつだったか、真空管ラジオが出てきましたが、一部に、古道具ではなく、最近発売されたアンティーク・ラジオらしきものが使われている事がありました。

裏側が映りましたが、いわゆる「汚し処理」が行われておらず、ピカピカのRCA入力端子や、木材工作の状況、などを見てそう思いました。他のラジオと比べ、アンバランスに感じたのです。

もっとも、タイムマシンであの当時へ行けば、ピッカピカの真空管ラジオも存在したはずですから、「汚し処理」は、不要なのかもしれませんね。


@ NHK朝ドラ「半分、青い。」に、最近、「五平餅」(ごへいもち)が出てきます。

あの平べったい餅は、母の大好物でもありました。

そのせいもあって、近隣に住む私も、もの心ついた時から食べていたので(味噌あじ)、とくだん珍しくもありませんが、ドラマでも描かれているように、全国的に見ると、「?」な食べ物なのでしょうか。

あの東京の漫画家も大感激してましたが、食べ出すと止まらない、一種、麻薬的な旨さがありますから、特にダイエット中の方は、覚悟して口にすべきです。


(2018.5.5)

@ オーディオ全盛期には、スーパー「ダイエー」にもオーディオショップがあり、確か、そこで著名なオーディオ評論家・長岡 鉄男さんの話を聴きました。

先生は、「ギザギザの原音を、ギザギザのまま再生すると、素人は音が悪いと言う」と語っていました。

そして、ギザギザの原音をツルツルに再生すると(本当は、こちらの方が歪んでいるのですが)、マニアは音が悪いと言い、素人は音が良いと言うのです。

しかし、それとは別に、オーディオには再生芸術という道もあり、ギザギザの原音でもツルツルに再生することを、マニアでも音が良いと言うのです。疲れた私はこの境地かな。


@ 3年いや、スポーツセンターへ通った10年近く、週に2〜3回は牛丼ランチを食べていました。

早い、安い、旨いの、三拍子そろっていましたし、お店は広いし、おばちゃん店員さんは笑顔で迎えてくれたからです。

でも、最近あまり練習をしていません。そろそろ体がむずむずしてきましたが、練習と同じぐらい欲しているのが牛丼なのです。腹ペコの時に食べる牛丼の、なんと旨いことか。


@ まだ20代の頃、脚を痛めてジョギングを引退した私は、一時、サイクリングに専念していました(知多半島一周サイクリングも、計画だけはしました)。

自転車で走っていると、「風が体を通りぬけて行くような感じ」がするのですね。

実際はウインドブレーカーで防御しているし、人体を風が通りぬけるはずはありません。

でも…

今でも覚えていますが、走りながら、なんども全身を眺めたほどに、風がスルーしていく感じが否めなかったのです。ほんとうに不思議な思い出。

でも、今なら説明できるような気がします。

あれは風ではなく、きっと爽やかな外の「気」が入ってきたのです。自転車の微振動は、乗馬と同じく、体を気功状態に誘う役目もしていますから。

今では、自転車に乗らなくとも、ウオーキングするだけでも、あるいは体操だけで、窓のようなもの開き(たぶんチャクラが開く)、体内を外気が循環することがあります。そのときは、メントスでも口に入れたような、最高に爽やかな気分。


@ アインシュタインは、「死とはモーツァルトが聴けなくなることである」と言ったとか。

彼の信仰は知りませんが、もし彼がクリスチャンだったのなら、「死とはモーツァルトを聴く必要がなくなることである」と言ったような気がするのです。

モーツァルトのような天上の音楽は、地上にいてこそ妙薬になりますが、天上では、その世界観そのものが、モーツァルトしているでしょうから。


@ モーツァルトは、メンタルが病んでいる時は、違和感が強すぎて聴けないことがあります。引きこもっている人を、無理やりお日様の下に引きずりだすようなものだからです。

しかし、そこまではいかないけれど、ちょっとだけブルーな気分、みたいな時なら、モーツァルトを聴くと良いです。モーツァルトという、エネルギーのようなものが体内に入り、染まり、元気になることを、私も体験したことがあります。


@ 師に人生相談をする効果は、尊敬する師が元気な生身の人間である場合、言葉ではなく、師のエネルギー自体に癒されてしまうこともあります。わずか15分間お茶するだけでも。


@ ドヴォルザークのシンフォニーBOXを順番に聴いています。先日聴いた曲がとても良かったので、「たしか5番のはず」と思って確かめたら、「Czech Suite」との記載が。

でも、「チェコスイートって何だ?」。「甘そうだからラブソングか?」。

そう思ってググったら、「チェコ組曲」である事が分かりました。オマケで入っていたようです。

ショパンにある氷砂糖のような純粋もいいですが、黒砂糖のようなドヴォルザークにはホッとします。


@ 前にも書いた事がありますが、私は、愛知県にある「知多半島」が、もしかしたら「愛知の湘南」になる可能性を秘めているのではないかと思っています。

名古屋から私鉄も走っていますし、クルマでも知多半島道路で一時間ほど。途中には中部国際空港もあります。

白砂青松の、美しく広大なビーチ・海水浴場があります。

漁港も近く、海鮮料理が旨い。そして「ふぐ」の名産地なのです。それは西日本のあそこへも出荷しているほど。

さらに、1988年より南知多温泉郷が生まれ、温泉旅館も多数あります。

1973年よりサントリーの知多蒸溜所があり、「知多」とが名付けられたウイスキーも好評発売中です。お土産にどうぞ。

お寺もたくさんあり、「知多四国八十八箇所」にもなっています。

そして半島のすぐ先には、篠島(1979年に、若き日の吉田拓郎さんが、伝説のオールナイトライブを行った)と、日間賀島があり、アクセス、宿も充実しているので、そこでは隠れ家的な休日が楽しめそう。

さらに、2022年には、愛知万博跡地に「ジブリパーク」も開業予定です。その前後に、知多半島に寄ってみるのも良いかも。

まだ書ききれないこともありますから、一度「知多半島」でググってみてください。


@ 2018.4.23に書いた、酒を旨く飲む方法の追記ですが、飲むときに、腕の傾きだけで飲もうとせず、上体まで後ろに反らせて(背筋を延ばす感じ)、全身のパフォーマンスとして、飲むと効果的です。


(2018.5.4)

「 チコちゃんに『ボーっと生きてんじゃねえよ!』と叱られます。」

( 「チコちゃんに叱られる!」 - NHK - NHKオンラインより抜粋 )


(2018.5.3)

ある有名な作家の、「読者からの人生相談をまとめたような本」が文庫になりました。

買おうかなと思い、先日、少し書店で立ち読みしましたが、ためらっています。

読者の質問を読むと、@まず、私ならこう回答すると考えてしまいます。Aその後、先生の回答を読みますが、(けっして先生の高みには届きませんが、それでも)先生に感情移入して考えている自分を感じるのです。

すると普通のエッセイと違い、何かの研修でも受けている様に疲労してしまうのです。


そう言えば、かつて見た、別の作家の本。辞典みたいにぎっしり情報がつまった超お買い得本でした。間違いなく渾身の作です。

しかし、密度が濃すぎて結局買えませんでした。ヒルティの「眠られぬ夜のために」みたいに、365日のカレンダーになっていて、毎日ひとつづつ説教してくれると、ありがたいのですが…。あるいは上下に分けるとか。


トランプ遊びさえも疲れてできない私なのです。
「そんなふうで、よく、まいにち、ぶろぐなんて、かいてられるなぁ〜」などと、いわないでください。


(2018.5.2)

やっぱり。


(2018.5.1)

初めて「手のひらから立ちのぼる、モウモウとした『気」』」が見えた頃、私は手のひらサイズの「気のボール」を作る実験をしていました。楽しくて仕方ありませんでした。

毎夜1時間ずつ、すでに一週間近く専念していました。

あれは夜の10時過ぎだったと思います。

そろそろ寝ようかな、そう思って立ち上がったら、突然、「しつこい目まい」に襲われたのです。力が入らず、平衡感覚も取れずに、倒れそうになりました。

その夜は、トイレに起きたときも、ふらつきが残っていたと思います。

病気でもなく、今までそんな極端な「めまい」の経験もなかったので、今でも「異常事態」として覚えています。

さいわい翌朝には治まりましたが、あれは何だったのでしょう。

以前にも似たような話を書いた事がありますが、言うまでもなく「気」は「元気の元」ですので、いたずらに消耗すると、寿命を縮めることもあると言われています。不用意な外部への放出は、ある意味「出血」と同じなのです。私は貧血状態になったようです。

気功師が気功治療で「気」を放出しても、やはり「消耗」があります。

だから彼らは、気功で下丹田に大量の「気」を貯蔵してから治療をしたり、あるいは人間ポンプとなり、頭頂部にある第七チャクラから自然界の「気」を吸引しながら、それを手のひらから放出する技を使うなど、まるで消防車みたいな活動をしているのです。

だから、先日ご紹介した通り、誰でも酒やコーヒー程度の事はできますが、小規模であり、さらに自分の体に戻す(輸血する)から良いのです。それ以上の実験は、師や本でキチンと学んでからにするようお願いします。

「気落ちする」「気が滅入る」「気が小さい」「気がそがれる」「気が散る」「気が尽きる」「気がない」「気が抜ける」「気が引ける」「気を失う」「気を抜く」

そんな日本語も「パワーダウン」を教えてくれますし、こんな名言もあります。

「 気が聚(あつ)まれば即ち生、気が散ずれば即ち死 」 (荘子)


(2018.4.30)

@ 街路樹の下に、誰が種をまいたのか、ポピーみたいなピンクの花が、いっぱい咲いていました。

みとれるほどに綺麗だったので、さっそく、ブログに書こうとしたら、すでに、そっくりの花が咲いている写真をUPしている方がいらして…。

もしかしたら、これ、シンクロニシティ!?、それとも、鏡の魔法かしら。


@ 以前こんなニュースがありました。ある女の子が、二つの鉢植えを用意し、一方だけに「話しかける」実験をしたところ、話しかけた方が良く育ったのだそうです。映像では確かに顕著な違いが出ていました。

専門家は、「話しかけている鉢植えには、無意識に手入れもしているのでは…」とコメントしていましたが、ニュース映像を見た私はヒントを見つけた気がしました。

彼女は話しかけながら、両手のひらを植物の近くに持って行ったのです。ペットを愛撫するがごとく。彼女の「気」のパワーが毎日与えられていたことは、まず間違いないでしょう(たぶん彼女に「気」の知識はないと思います)。

ですから、専門家の言う「手入れ」とは意味が違うでしょうが、おそらく、そういう意味での「手入れ」はあったのだと思います。

ただ、リンゴの無農薬栽培を描いた、映画「奇跡のリンゴ」でも描かれているように、「植物に話しかけると成長に良い効果がある」のも事実のようです。

その理由は知りませんが、「気にかける」「気をつかう」「気を向ける」などという言葉もあるように、「話しかける」と「気」のエネルギーが対象物に向かうのではないのか、とも想像できます。そもそも「気」は「意念」で動くものですから。


(2018.4.29)

@ 先日来、なぜ「気」の話で、お酒やコーヒーを持ちだしたかと言いますと、こうすれば、誰でも修行なしで「気」を体感できるからです。

普通、手のひらなどの気感が覚醒するには、毎日気功をしても最低数か月かかります。続けていると、ある日突然、目覚めるのです。それまでは、ひたすら懐疑とパントマイムな日々。

だから、大多数の人は「気」を体感できず、一生を終わるのです。誰かに話しても、数か月も修行をつきあってくれるような酔狂は人はまずいません。

しかし、舌は敏感です。修行なしで、いきなり「気」を感知できるようです。

残念ながら、私にはこれ以上先に進む力はありません。体験した方の中から、いつの日か、この神秘を解明し、科学や医学の進歩に、役立ててくださる方が現れる事を祈っています。そして、これは宇宙の解明にもつながっているはずです。


@ 先日、2018.4.23には、お酒の飲み方についてお話ししましたが、今回はコーヒーで実験する方法をご紹介します。これならお酒の飲めない方でも大丈夫ですね。

@喫茶店に入り、コーヒーを注文したら、まず2〜3口飲んで味を覚えてください。

Aその後、両手を温めるようにカップを囲み、リラックスして、腹式呼吸を数回するのです。両手とカップを上から見た図。 →(○)

上から呼気を吹き込むのではありません。「気」はカップを透過して(横の)手のひら入るのです。

終わったら、もう一度味を確かめてください。

Aのコーヒーには、すでに「気」が入りましたから、味にはトロミがついています。お酒の時のようにポーズを気にする必要はありません。いつものように気軽に飲んで下さい。

たくさん「気」が入ると、トロミの他に、メントールのような爽やかな風味を微かに感じる事があります。「気」にはそのような性質もあります。


(2018.4.28)

@ スポーツというと、野球みたいにグループでするものとか、柔道みたいな格闘技をイメージしするので、内向的な人などは、どうしても「敬遠」しがちです。

でも、「弓道」とか「アーチェリー」などは、対戦相手が自分自身であり、自分のペースで、黙々と練習できるのです。もしかしたら、内向的な人の方が向いている可能性もあります。

さらに、内向的な人が、知らず知らず溜めこんでいる、抑圧されたエネルギーも開放できるので、その爽快感に、ハマってしまうこともあります。それは、歌や踊りと同じく、自己表現の一つでもあるのです。「車イス・アーチャー」の逸話があるように、生きる喜びを取り戻すこともあります。

なるべく若いうちに、一度試してみると良いです。


@ 先日観た、良い音が売りで、追加料金まで取る「ドルビーアトモス」映画の話です(その時間帯は、偶然それでした)。

音が大きすぎて飽和しているような気がしたのです。

専門的なことは知りませんが、経験上、部屋のサイズと音量にはちょうど良いバランスというものがあって、いくら大音量が好きだと言っても、それ以上にすると、飽和状態のようになり、澄んだ音も濁って聞こえたりするのです。

もしホームシアターなら、遮音が完璧であっても、もう少し音量を絞ったと思います。

「ドルビーアトモス」以外の作品でも、ときどき頭痛がしそうなほど大音量なものがあって、危機感を感じさせられます。


@ 映画「スター・ウォーズ」を、「さかなクン」さんの伝記映画だと思っている人はいますか。


@ NHK・TV「美の壺」のオープニングには、ジャズのサックスと、和紙のようなものに、墨をたらしたようなシミが広がる映像が流れます。

@質感の話です。

あの「サックスの音」を共感覚で視覚化すると、「広がるシミ」に近くなるのです。音の肌理の印象と、シミの肌理の印象がつながります。

あのオープニングを見るたび、私は穏やかな気分になるのですが、その理由が「マッチングの美」にあった事に、先日気づきました。

A輪郭の話です。

シミは静かに広がる円形です。単音ならそれでも良いかもしれませんが、音楽は流れゆくメロディーですから、リキッド・メタルみたいなクネクネした流動体に見えます。感覚上のタイムラグはゼロでシンクロしています。だから、その点は違います。


(2018.4.26)

吉田秀和さんはELACのスピーカーを愛用していましたが、先日、オーディオ雑誌を見たら、その後継機が紹介されており、音質評価に「グロッシー」と書いてありました。

意訳すると「艶々と光沢のある音」とでも、なりましょうか。私も試聴会で聴いたことがありますが、まるでオーラを放っているような音でした。

ちなみにドライブしていたアンプはAuraの製品。ベストカップルなのかもしれません。

そう言えば、YAMAHAの最新型・高級スピーカーも、ピッカピカの音がします。


(2018.4.23)

@ 映画「ダンガル きっと、つよくなる」の、私のレビューで書いたような「師弟の問題」が、ここでも起こっているのかもしれません。

「 八丁味噌ブランド論争 愛知・岡崎市議会、国に調整要望 」 ( 日本経済新聞 2018/3/12 21:30 )


@ むかし池波 正太郎さんのエッセイで読んだ記憶ですが、「ざる蕎麦」「もり蕎麦」を食べるときは、@(蕎麦の)「山の中央」から、一口ですすれる分量だけ、つまみ取って食べるものです。そうすれば、きれいに食べられるよう、蕎麦は盛ってあります。

でも…遠慮して、A「山のすそ野」から取ると、蕎麦山が崩れたり、絡まってしまいがち。大量にとったりすると、さらにみっともない状態になります。

そして、最後には箸を立て、なるべくザルに付いた蕎麦の断片も取って食べます。そうしないと、乾いてこびり付き、洗うときにお店の負担になるからです。

日本人がフランス料理のマナーを知らなくても、ある意味仕方ありませんが(私のこと)、日常的な蕎麦の食べ方は知っておいた方が良いです。TVドラマ、旅番組、グルメ番組などでも、Aをやっている人を時々見かけます。


@ 「おちょこ」や「ぐい呑み」で日本酒を飲むとき、@正面からそれが見えないように、「手のひら」で隠すようにして(つまり、親指と人さし指の中央辺りに口をつけ)飲むのです。

A親指の辺りに口をつけて飲んではなりません。

@は、時々ドラマにも出てくる、男らしくカッコ良い飲み方ですが、それだけで言っているのではありません。おいしく味が変わるからです。

手のひらの中央辺りにある「労宮」というツボから、誰でもモウモウと「気」が噴出しています(私には肉眼で見えますし、コツを知れば多くの人にも見えるでしょう)。酒を飲むとき、それを一緒に口に入れると酒の味が変わるのです。「労宮」が舌を狙い撃ちするよう、手首をクイッと曲げて下さい。

そうすると、酒に「トロミ」がつきます。

ちなみに女性の方は、Aを両手ですれば(片手は添える感じでよい)、見た目にも美しく、「気」のパワーも二倍になり、同様の効果があります。

興味のある方は一度実験してみてください。錯覚だとおっしゃる方は、理由を考えてみると面白いと思います。

追記

味わうコツは、「惑星直列」みたいに、「労宮・おちょこ(ぐい呑み)・舌」が直線状に並ぶようにして飲むことです。「気」がお酒とまじって、舌に注がれていると、イメージしてください。

追記2

酒を飲むとき、腕の傾きだけで飲もうとせず、上体まで後ろに反らせて(背筋を延ばす感じ)、全身のパフォーマンスとして、飲むと効果的です。


(2018.4.21)

最近のスーツは、おじさんには細身ですね。スーツにそんな流行があるように、オーディオにおける音色にも、それはあります。

SPの時代は、電蓄の振動板(スピーカーにあたる)が金属だったため、その固有音が音に乗り、メタリックで艶やかな音がしました。

LP時代がスタートだった私も、SPの演奏会などで聴いたことがありますから知っていますが、大変に美しい音がします。

その後LPの時代になり、紙の振動板を持つスピーカーが主流になると、音に紙の固有音が乗るようになり、「いぶし銀の渋さ」「紙臭い音」になりました。

その移行期を体験した者の中には、SPのキラキラした音に郷愁を持つ人もいたことでしょう。

今は、一部のマニアを除いて、SPを楽しんでいる人はいませんが、最新型スピーカーの中にも、SPのようなキラキラした音を出すものがあるのです。

たとえば吉田秀和さんが愛用されていた、ELACもその一つ。

オーディオマニアから言うと、けっして高級品ではありません。普通のサラリーマンなら、ほとんどの方が手に入れられる値段と大きさです。

私は、なぜ吉田秀和さんがそれに決められたのか考えたことがあります。もちろんそれは音が良いからに違いないでしょうが、他にも、国際結婚された奥様がドイツ人だったことも理由だと思いました。ELACはドイツの会社だったからです。あのスピーカーは楷書体のドイツの音色を鳴らします。

でも、最近気づいたのですが、ELACの金属振動板からは、どこかSPへの郷愁が聴こえてくるのですね。もちろんSPより、はるかにハイファイであることに間違いはありませんが。

実は、私の使っているサブスピーカーも、ELACではありませんが、同様にドイツの、それも金属振動板を持つ製品ですから、分かる気がするのです。

青春時代への郷愁はここにもあります。


(2018.4.19)

@ 「 上昇志向消えた? 神戸市が『激辛』係長試験廃止へ 」 
( Yahoo!ニュース 2018/4/19(木) 20:11 掲載 )


@ 「 『AKB48総選挙』ナゴヤドームで開票 初の開催地公募に105件応募 」 ( Yahoo!ニュース 2018/4/19(木) 3:44 掲載 )


@ 「 訪米中の安倍晋三首相は17日午後(日本時間18日午前)、フロリダ州パームビーチでトランプ米大統領と会談した。トランプ氏は、拉致問題を6月上旬までの開催が見込まれる米朝首脳会談で取り上げると明言。」

( 「日米首脳会談  トランプ氏、拉致問題提起を明言」 毎日新聞2018年4月18日 08時17分〈最終更新 4月18日 14時11分〉 より抜粋 )


@ 子の取り違えが判明したら、本人か親権者に、本当の親を教えるのは、当然の説明責任と言うか、病院の義務だと思いますが、私が非常識なのかしら。

複雑な問題だからこそ、何が正解なのか、幸せなのか、ボールを転がしてみないことには、本当のことは誰にも分らないのでは。

たとえが適当では無いかもしれませんが、宝くじで一等が当たった人には、銀行で「心得の冊子」がもらえるそうですね。人生を誤らないように。

それを真似て、病院が本当の親を教えるときにも、第三者から、「実の親との再会について」のアドバイスがあれば良いのでは。

釈迦に説法の方もいらっしゃるでしょうが、それで病院側の懸念が和らぐのなら。


「 本当の親が知りたい。それだけなんです。知る怖さはあるけど、知らないでいるほうが幸せだなんてことは絶対にない。近所の親子連れを見ても、親子が出てくるドラマを見ても“俺の本当の両親はだれなんだ”と考えてしまいます。

50歳をすぎて本当の親を知っても、いまさら人生は変わらないでしょう。それでも知りたい。仮に私が生まれたとき30歳だったら、もう80歳。時間がないけど、ギリギリ間に合うかもしれない。母だって本当の子供に会いたいはずです。私は最後の親孝行に、母の本当の息子も探したいんです 」

( Yahoo!ニュース4月19(木)9:00掲載  新生児取り違え 当人の人生  順天堂「取り違え」被害者がすべて告白 不倫疑いで両親離婚、母は精神病を患い… より抜粋 )



@ 昨日のTVで警察学校の様子を写していました。

映画「愛と青春の旅だち」ほどではありませんが、訓練が大変そうでした。印象的だったのは、「相手から罵声を浴びせられても、平常心を保てるよう、先生があえて罵声を飛ばしている」のだそうです。

最初は涙ぐむ生徒もいるが、その内、慣れるのだとか。皆さま、ほんとうにご苦労様です。


@ 弓矢を射っているとき、選手よりも前方の左右に、人が入ってはなりません。

上手な人なら、そんな方向に矢は飛ばさないと思うかもしれませんが、長年の使用で弓矢が壊れることもありますし、疲労でうっかり手元が滑ることもあります。

その結果、矢が「正面軸上から、45度ぐらいずれて、左右に飛ぶ」こともあります。私も目撃経験がありますが、ごくまれに、ありえるのです。


@ アーチェリーの場合、一回(1エンド)に6本の矢を射ります。

初心者はなかなか的の真ん中(9・10点の黄色い部分、これを「ゴールド」と言う。)には当たりませんが、もし4〜5本当たったら大変。

「6本目まで当てたい」という色気が出て、心にさざ波が立ち、外れることが多いのです。つまり外野がいなくても自滅する。

これに打ち勝つには、(暗示でも何でもよいから)「アタルのが普通だけど、それが何か…」みたいな境地になるまで、精進することです。


@ 先生が、アタリメと、半分青いワイン楽しむ、春の午後。


@ 名古屋の「御園座」が新装オープン。一階に土産物店とフードコート。さっそく歌舞伎役者みたいな目で物色しましたが、一番心象に残ったのが、「エビフライドッグ」。やはりDNAはごまかせない。


(2018.4.18)

女子の試合です。射ようとしたとき、彼女は一人の男子学生からの、熱い視線に気づきました。視線も合いましたが、気に留めるそぶりも見せず、彼女は射り、矢は見事、的の中央に当たりました。

これの妥当な解釈は、「彼女は彼のことに無関心で、あえて言えば、電信棒が立っている、ぐらいにしか思っていない」という記号になります。

弓矢の経験から言うと、あれは大変に繊細なスポーツであり、実力を発揮するためには、射るときに「無心」を要求されるものです。

だから、もしその瞬間、「あの人上手だね」「次は真ん中に当たるぞ」などと、たとえ見知らぬ観客からの話声が聴こえるだけでも、普通の人なら自覚せぬほどの僅かな心の動揺が、コントロールを狂わせ、矢は曲がって飛んでしまいます。つまり当たらない。

ましてや、素敵な異性から熱い視線が注がれている事に気づいたとしたら、どうなってしまうのかは、言うまでもありません。私はそんな現場を何回も見てきました。まるで、あれは「古来よりの嘘発見器」。

だから、もし相思相愛で、彼女は「カッコ良いところを見せたい」がために、がんばって射り、矢を真ん中に当てたというシナリオだったのなら、それは、如何なものかと思います。


(2018.4.16)

@ TVドラマ「スペシャリスト Specialist」の宅間刑事(草薙君)はいないのかな。


(2018.4.14)

@ 「 2,980円と書かれた、大きなおもちゃ箱を抱え、千円札3枚を握りしめた、5歳ぐらいの男の子が、レジへ行きました。

店員が「3,218円です」「お金が足りないよ」と告げると、男の子は商品を返しに。

あとで、陳列棚に目をやると、男の子はしゃくりあげながら、ぼろぼろ泣いていたそうです。

子どもに夢を売るおもちゃ屋さんが、泣かせて良いのですか。買う側の立場になって、税込み価格を大きく、税抜き価格は小さく、表示できないのでしょうか。」

そんな趣旨の投書が(文章は正確ではありません。)、(2018.4.15)の朝日新聞にありました。

私もホームセンターで2,980円の時計を買ったとき、レジで3,000円以上請求され、「あっ、だまされた」と思った経験があるので、男の子の気持ちが良く分かります。

映画「ラブレス」や、私の打ち明け話よりも、このおもちゃの話が、一番刺さります。


@ 警察官の拳銃問題。ラジオか何かのコメンテーターが、「板場にだって包丁がある」と言っていました。

事件は加害者個人の特殊性の問題であり、体制の問題ではない、と言いたいようでした。

たしかに板場の修行は、「若い人が多く、包丁いっぱいの現場で、朝から晩まで、怒鳴られるのが、当たり前」の世界。でも事件なんて記憶がありません。

大工さんの修行でも同じです。親方は厳しいし、危険な大工道具はいっぱいあります。


@ 今朝のNHKラジオに、女性写真家の方が登場し、お話しをされていました。

「昔は『決定的瞬間の一枚の写真』で勝負していたけれど、今は『20〜30枚といった連作写真』で表現している」と、そんな趣旨のことを言われていました。

ふと、「最近の私のレビューも、追記が10件ぐらい」になっていることを思いだし、少し安心したのでした。


@ 4月から新生活を始められた方は、これから、楽しいこともあるでしょうが、いろいろな悩みにも遭遇すると思います。私もそうでした。

だから若いころ、癒しを求め、仏教のエッセイなど買ってみました。でも、私だけでしょうが、悩める若者に仏教は難しかった。

次に新約聖書やそのエッセイなど買いました。キリスト教は素人にも分かりやすい。私はそれらに癒され、歩き続けることができました。

別に、仏教徒やキリスト教徒になれ、と言っているわけではありません。私も深くは知りません。

しかし、この二大宗教のアウトラインは、現代人の常識の一部であると思います。映画を理解するうえでも役立ちますし、イザというときに支えてくれるかもしれません。

めずらしく、新聞にキリスト教会のチラシが入っていましたので、そんなことを思いだしました。


@ わが町にもジャズのライブハウスがあります。若い頃はかっこつけて時々行っていました。

大音量、ギリギリまで座席を増やした狭い店内、充満するタバコの煙、アルコールと特別美味くもない料理。

1時間以上をそこに居て、夜の街へ出たときの爽快感と開放感。裏通りにあるものだから、特にひっそりしていて…。

「あっ、この静寂と、新鮮な空気を味わうために、私は今、金を払ってきたんだ」、いつもそう思ったものです。


(2018.4.13)

@ モスラの抜け殻を見た、ウガンダ人。


@ ワイドショーを観ていたら、「交番は、派遣人数が少ないので、人間関係が悪いと、勤めが苦しい」みたいな話をしていたので、思いだしました。

仕事の苦しみは、ペアを組む相手との、人間関係の要素が大きいことは確かです。「相手との関係が良ければ、仕事はひとりでに回っていく」と言った先輩もいましたが、分かる気がします。

人事異動の時に、「出先は、楽そうに見えても、人が少ないから、人間関係が難しいぞ、地獄極楽、表裏一体だ」と教えてくれた先輩には感謝しています。


@ 健康な人の、いわゆる理想的な汗には、不純物は少ないそうですね。それから、病気の時にかくベタっとした汗と、スポーツの時にかくサラッとした汗も、違うらしい。

メンタル条件によっても、汗の質は違ってきます。変性意識下(いわゆる瞑想状態)と、通常(覚めた状態)では違います。

(変性意識になる)気功をしている時の汗は、まるで「ドブ川に落ちたみたい」に、ベトッとして臭いのです。自覚しないと友だちを失います。すぐシャワーを浴びてください。

なぜ臭いのか。気功の先生の本には、「邪気が出るせい」と書いてあります。


@ 今朝のラジオで言ってましたが、今年就職した若者の気質は、「先輩・上司には、自分の話を聞いてほしいし、自分を理解してほしい」みたいな、「師弟でいうなら、師の方から、自分に歩み寄って欲しい」と考える人が多いそうです。つまり「師弟関係が逆転している」のです。

それを聞いたDJさんは呆れておりました。やはり、新人君は心を空しくして、先輩・上司の指導に従うべきです。ましてや「教育係」として任命された先輩・上司は、あなたが就職した会社から信頼されている人間であることに気づくべきです。

新人君が独自のカラーを出すのは一人前になってから。それも、先輩・上司のメンツをつぶさないよう配慮して行うものです。


@ 雷オヤジに育てられた子は、「世の中そんなもん」だと思っているので、学校に入っても厳しい先生の言う事をよく聞くから、学級崩壊などありえないし、就職しても鬼の先輩・上司に素直に従うことでしょう。「親→先生→先輩・上司への駅伝」、かねがね私はそう思っています。「友だち家族」な昨今に寄せて。


(2018.4.12)

@ 「あるがままなり」


@ 「 江戸の敵を長崎で討つ 」。


@ 昔、事務所でそろばんを使っていた時の話。

いつも「お供は国語辞典」でした。

パチパチしていると、ときどき、雑念が浮かぶのです。

そんなときは、国語辞典を開きます。

しばしの間、ふむふむ納得し、

また、パチパチに励むのでした。


(2018.4.11)

相似形は、日本人よりも、欧米人が好きらしいです。でも、あれは、欧米人よりも、日本人が好きですね。


(2018.4.10)

@ 「全身を、(手のひらをクマ手みたいにして)10本の指先で軽くたたきます。そして、全身傷だらけだ、真赤な血が滲み出ている、映画「キャリー」みたい、大変だ」とイメージすると、全身がジンジンとして、少し熱くなってきます。

体内にあった「気」が表面に出てくるのです。速攻で傷を癒すために。そのまま2〜3分じっとして、落ち着いて来たら終わり。

これを「気功あんま」と言います。

公園での話。

その直後に、ベンチの水筒を取りに近づいたら、そこにご主人と一緒にいた、(普段はおとなしい)子犬に吠えられたことがあります。

私は無視して200m以上歩いて離れましたが、繋がれていなかったので、犬は吠えながら追いかけてきました。ご主人も不思議がっていました。

私には理由が想像できました。

犬は、「気功あんま」直後の、私の全身から立ち上る「異常な気」が見えたのでしょう。それが(武者震いみたいに)攻撃的に見えたのかもしれない。そして脅威を感じた。

しかし飼い主さんには説明しませんでした。簡単には分かってもらえそうもないし、変人扱いされかねませんから。

ちなみに、その後も、その犬とは何回も出会いましたが、いつも大人しかったです。


@ 若いころ、友人たちと地方に旅行しました。

静かな住宅街を歩いていると、庭につながれていた犬が、猛然と吠えてきたのです。

そのとき友だちの一人が、「うるさいわ!!!」と、大声で一喝。そんな事をする人だとは思わなかったので、私はびっくり。

でも、その瞬間、ピタッと犬も黙ってしまったのです。


私の家の庭に、捨て猫が迷いこんできたこともあります。家族はその猫をどうするかで、大声で口論。

そして口論しながら、猫を見に行くと、甘え声で鳴いていたネコは、すばやく縁の下へ逃げ込んだのでした。

動物は人間の言葉が分からなくても、「言葉に込められた感情」を理解し、判断できるのだなと思いました(余談ですが、私は動物にはオーラも見えるのだと思います。その色・形でも相手の感情を判断しているのだと。猫なんか特に)。


もしクマに出会ったら、逃げるのが一番だと思いますが、もし絶体絶命になり、他に方法が無ければ、「毒気のある大声で威嚇」するつもりです。小さな犬だって、吠えて、クマを追い払うぐらいですから。


(2018.4.6)

@ 「 『A』という価値観の人に、いきなり『B』を投げつけると、動転して『B』を排除しようとする」。

それは、ある意味、NHK朝ドラ「マッサン」で、排除される外国人妻の話にも似ている。

リアルでは、一度に全員救出できないからと(公平ではないからと)、立ち往生した電車への、救助のバスを断った話もありました。

もっとさかのぼれば、東日本大震災のときにも、(公平ではないからと)その気配を感じさせる悲劇がありました。

本来「公平」は良いことのはず。だから悪習を追放しても、この問題は解決しないのです。それどころか、自分の思想は善であるとして、「油断」している。そこに私は警鐘を鳴らすのです。

そんな反射的な行動が、形を変えて、今後も、誰にでも起こりうる。非常時には、リーダーの誤判断で全滅にもつながりかねない。今回の「女人禁制」問題で、教訓にしなければならないのはその点です。これは男女差別の問題にふみとどまりません。

だから「『A』『B』どちらの価値観を守るべきか」という問題については、次元の違う話。それはある意味、女性天皇問題にも似ています。あるいは、木造天守閣再建でエレベーターをどうするかとか。

こちらは後世に悔いのないようにすべきで、「感情的」になっている今だからこそ、拙速に答えを求めるべきではありません。これはもう一つの教訓です。イギリスのEU離脱騒動が参考になります。

追記

誤解の無きよう、申し上げておきますが、私は基本的に「男女平等」の立場を取っています。

「男尊女卑」あるいは「男女差別」主義者の方へ、申し訳ありませんが、私は同士ではありません。

私の映画レビュー、自分で読んでも、どのていど、ほめているのか、いないのか、分からない文章のときがあります。実際「★いくつですか」と質問されたことも。他人様に不要な困惑させないためにも、レビューの最後に、なるべく★マークも入れるようにしたのを、思いだしましたので。

追記2

ご承知だと思いますが、禅の逸話にこんなものがあります。

「 二人の雲水がいて、川を渡るとき、一人が困っている女性を背負って渡りました。

女性を降ろして、しばらく歩いたころ、我慢できなくなったもう一人が、『修行中の身なのに、女性に触れるとは何事だ!』と叱りました。

そうしたら、すずしい顔で、『なんだ、お前はまだ背負っていたのか、俺はとっくに下ろしてきたぞ!』と言ったとか」。

昨今話題になっている、「原則にとらわれすぎる話」に対する、解の一例がここにあるのかもしれません。

ちなみに、禅には「放下著」(ほうげじゃく)なる言葉があります。


@ 「熱田神宮」に参拝してから、境内の名店で「きしめん」(おすすめは、かき揚げ入り)、あるいは周辺の老舗で、「ひつまぶし」を食べます。 

その後、西北にある「白鳥古墳」のある公園を横断し、「堀川」にかかる歩行者橋を渡って、平成の名園と言われる「白鳥庭園」まで散歩します。桜のシーズンなら、北隣の「白鳥公園」と「堀川両岸」が、隠れた花見(しだれ桜もあります。)の名所になっています。

また、さらに北隣の、白鳥をモチーフにした優雅な「国際会議場」には、展望レストランもありますし、敷地内には、レオナルド・ダ・ヴィンチの巨大な「幻のスフォルツァ騎馬像」が再現されています。

そうそう、「白鳥庭園」を目でたら、園内の茶店で休憩します(名古屋名物「きよめ餅」はあるかな)。庭園の鯉までは、はっきり見えませんが、鯉の背びれがジョーズみたいに水面を切っていくのが見えます。

鏡のような水面に立つX字型の波紋。

その時、お殿様が池に鯉を飼っていた理由が、少し分かったような気がするのです。


(2018.3.31)

@ ちなみに、そのドライバー。普通に使うとき、ネジが軽く回るときは、軸の細い部分を回します。その方が早く回転できますから。そして力が必要になったら、太い部分を回します。その方が楽に回せますから。

しかし男性でも、日ごろ使い慣れていない人は、全部、軸の太い部分を回します。ぎこちなく。

でも、以前派遣された、大手電機メーカーのコンピュータ・メンテナンスの人、若い女性でしたが、ドライバーの回し方もプロしてて、「さすが」と感心しました。


@ 昨日のラジオで、鈴木 杏樹さんが話していましたが … 「ネジ山の潰れたネジを回そうとしても、ドライバーが空回りしてしまいますね。そんな時は、平べったい輪ゴムを、ネジとドライバーの間に挟み、押し付けながら回すと、外れる」そうで、YouTubeにも動画がアップされているとか。

私の日常生活でも、潰れたネジ山に困惑することは、今まで多々ありました。でも、そんなに簡単に回せたなら、どれだけ助かったことか。

その「平べったい輪ゴム」、地元では「きしめんゴム」と呼びます(私だけかも)。大量の紙をめくって、枚数を数えたり、内容点検したりする時、私はきしめんゴムを指先に引っかけ、すべり止めにしてめくっていました(得意技)。指サックもありますが、あれは指先が蒸れることがあるので、きしめんゴムの方が好きです。ちなみに、きしめんゴムの代わりに、巻き尺は使えません。


@ @核を持った某国の、A次なる望は仲間づくり。

もちろん核を放棄するつもりは無い!?。


@ 「住民が望むから撤去した」という説明は、「住民が望むから撤去できない」と言う韓国と同じ。


(2018.3.29)

あまり機会はありませんが、本やDVDなどを友だちに貸すときは、「15分読んで(観て)つまらなかったら、自分に合わないと思って、そこで止めてね。つまらないことをする時間は、辛いし、時間がもったいないから」。そうハッキリ言ってから貸していました。むやみに人様を拘束してはいけませんからね。たとえアンの出てくるものでも。

追記

昔、ビデオもBSも無かったころ、夜9時からのTVの映画劇場を、リアルタイムで観ることが楽しみでした。

しかし平日の夜9時は、私にとってはお風呂タイム。

だから、とりあえず9時15分まで観てみます。

そして@お風呂を後回しにしても、最後まで観る。

Aお風呂に入ってから、後半を見る(最初の15分を観ているので、それなりに楽しめる)。

B明朝眠いのをがまんしてまで観るには値しないから、お風呂に入ってさっさと寝る。

に3分類するのが習慣でした。

たぶん、そこから発生した私の流儀です。


(2018.3.25)

私がまだ老眼ではなかったころ、何かで、「文字が小さいのは犯罪行為である」と書いてあるのを読みました。私はただ「へぇ〜」と。

やがて、そんな私も、小さな文字が読みずらくなりました。

毎週のように本屋さんへ行くのが楽しみですが、若者向け雑誌の中に、内容は心惹かれる気がするけれど、ときどき特別に文字の小さなものがあります。

そんな時、「私の客は、あんたみたいな、おじさんじゃないよ!」と言われた気が。

反対に、新聞は、「義務教育を終了した、老若男女が、読んで理解できるよう、配慮して作っている」と、聞いたことがあります。

ちなみに、客層をほぼ、おじさんで占めるオーディオ雑誌の中には、ノーマルサイズと、大判サイズの二種類、同じ内容で出版しているものもあります。


(2018.3.23)

@ 大工さんにも、「自分の家は看板だ」という人と、「自分の家なんか、かまってられない」、という人がいます。

イエスは多分、後者。

そして殉職。


「 残業200時間の職員も…厚労省 働き方改革担当部署 」

( Yahoo!ニュース3/24(土) 14:23 掲載 )


@ 近未来には、引っ越しシーズンなど、完全無人の自動運転で荷物だけを運ぶこともあるでしょう。もし人が乗っていても、後部座席に一人だけの場合も。

そのクルマが暴走したら、一時的には、自宅でビールを飲んでいる所有者が逮捕されるのでしょうか。

2〜3日前にどこかで、「自動運転車の進歩で、今年生まれた人は、将来免許がいらなくなる」みたいな話を読みました(改めて探しても見つかりませんでしたが)。

確かに、タクシーの代わりに、公道で完全自動運転のクルマを使うだけあれば、近未来には、従来の運転免許はいらなくなる、のかもしれませんね。

でも、何だかんだと事故は起きます。

その時、責任の所在をハッキリさせるために、運転者責任に代わり、所有者責任、の概念が置かれるのでしょうか。免許も、従来の運転免許を簡略化し、所有者責任に特化した、1時間の講習でもらえる所有者免許になったりして。

たとえば完全自動運転車とて、雪がつもっているのに、ノーマルタイヤで走らせたら、きっと事故が起きるでしょう。その時は、所有者の管理責任が問われるのです。

そこまで、考えてふと思ったのですが…

3.11での、原発事故の責任はどうなったのでしょう。想定外の事故として、だれの責任も問われなかったのでしょうか。

参考「 自動運転中の事故、所有者に責任…有識者報告書 」( 「ヨミウリ・オンライン」2018年03月20日 21時24分 )


@ どなたかのツイッターで紹介されていた雑誌。

表紙の写真が印象的だったので、覚えていたのですが、それを本屋さんで、偶然見つけました。

立ち読みしてみましたら、斬新な写真がいっぱい。

大判だし、高いだろうと思って値段を見たら、500円ちょっとでした。安くても1,000円、もしかしたら1,300円ぐらいするかもしれないと思っていたので、びっくり。たぶん紙質のせいでしょう。

どうしようかと思いましたが、けっきょく買いませんでした。

文字が小さいのです。

本の前にメガネルーペを買わないといけません。そう言えば、あのメガネ、ホームセンターにあっても、なぜか本屋さんは売ってませんでした。

なぞです。

本当は、本には新聞並みの活字を使っていただくと助かります。


(2018.3.22)

子どもの頃、親とタクシーに乗ると、必ずと言って良いほど、カーラジオが鳴っていました。

二十歳ぐらいの時、一人で乗っているときも、まだ鳴っていたように思います。

当時、自宅の真空管ラジオは、温まってくるにつれて同調が狂い、ピーっという耳障りな音を出しましたが、カーラジオからはそんな音はしませんでした。

それどころか、音に、フェルトを思わせるような肌触りまで感じさせ、その太くて安心感のある音が、大好きでした。

でも気がつくと、鳴らしているタクシーは無くなりました。仕事帰りの深夜タクシー以外は。

一度、運転手さんにその話をして、「最近は、規則で禁止されているのですか?」と尋ねたら、「いえ、そんなことはありませんが…」とのこと。

なぞです。

素直に、「すみません、ラジオ鳴らしてもらえますか」と言えば良いのかもしれませんが。


(2018.3.18)

@ 今年のお花見はどこにしよう … そんなことを考えながら、毎日公園の、桜のつぼみを見ながら散歩しています。

公園の桜は、下がワンちゃんの公衆トイレになっているので、気持ちに微妙なバイアスがかかり、あまりお花見には適しません。

途中に、ノラ街が二カ所ほどあり、空き箱のような家にでスヤスヤねている背中が見えたりしています。台風などで壊されると、ボランティアと思わしき人たちが、速攻で再建します。

そう言えば昨日のノラ、私の姿を見ると、めずらしくUターンまでして近づいて来ました。よほど腹ペコだったのでしょうか。でも、ネコは飼ったことがなくて…。

啓蟄を過ぎ、先ほどPC裏の壁面を、一匹の(たぶん生まれたての)クモが、右から左へと、何回も止まりながら、ゆっくりと散歩して行きました。

ゴキブリはいけませんが、クモはあまり怖くありません。壁をトントン叩いてみましたが、まったく気にする気配がありません。生まれたてで人の怖さを知らないみたい。

PC画面とクモ君とを交互に見ている内に、どこかへ消えてしまいました。

お花見の帰りには、CDで「キース・ジャレット」のソロを買おうかと思います。一冬考えていました。今流れているのはモーツァルトのピアノソナタ15〜18番のCDです。これは最近のお気に入り。

なんとなく今朝、「今日は一日、自宅で名曲喫茶しよう!」と思い立ち、クラシックばかりかけています。


(2018.3.15)

@ 聞くところでは、愛知県小牧市の「田縣神社豊年祭」は3月15日らしい。

女性に喜びを、そして男性には勇気を。

なぜ申告期限と重なっているのかは知りません。


(2018.3.11)

@ ボランティアの報酬とは「人の役に立った喜び」だと思います。それはお金では満たされません。だから大富豪でもボランティア活動に精を出すのです。

ある被災者に「一番うれしかったのは、どんな時ですか」と質問すると、「人の役に立ったときです」と答えたとか。2年ぐらい前どこかで読んだ、忘れられない話しです。


@ ご承知のとおり、日本は人口減少で、いくつかの地方都市は消滅の危機さえあります。

そんな中起こった東日本大震災は、単に元通りにするだけではなく、未来を見据えた効果的な復旧・復興をしなくてはならないという、難しい問題を抱えたものになっていました。

声高に議論しては、被災した方々の神経を逆なでしかねない、このタブーと紙一重の問題が、どうやら成功しつつあるような話が書いてあり、少し安心しました。

記事には専門家の話として、このようなコンパクトシティ作りは、立ち退き・転居問題などのため、やりたくても普通の市町村では中々できないが、被災地ではその問題がほとんど無いため、事実上の社会実験として行うことができる、みたいな内容もありました(表現は正確ではありません)。街づくりの成功と、住民の方々の幸せを祈りたいと思います。

「 『東日本大震災7年 復興、コンパクトな街に』

東日本大震災から11日で7年。岩手、宮城、福島県では津波で壊された沿岸部の街の再建が進む。日本経済新聞が被災地の人口分布を調べたところ、人口が減りながら中心市街地の人口密度は震災前より上昇した自治体が複数あることが分かった。病院など生活に密着した「核」を中心部に配置し、住民を集めたのが共通点だ。被災地での街のコンパクトな再建は、日本各地のヒントになり得る。… 」

( 住建・不動産 地域総合 2018/3/11 2:00日本経済新聞 電子版 より抜粋 )


(2018.3.5)

久しぶりに「AERA」を買いました。立ち寄った本屋さんには1冊しか残っていませんでした。


(2018.3.1)

家を建てたことがある人なら分かりますが、一流大学を出た一級建築士が設計しても、現場作業をするのは職人さんです。

たぶん職人さんは一級建築士の資格を持っていませんし、多くは大学も出ていないでしょう。だから構造計算など専門的知識は無いと思った方が良いのです。

そして職人さんが作ろうとすると、たまに設計図通りには作れないことがあるのです。一級建築士の経験不足から、設計図が、いわゆる「机上の空論」になっている場合があるからです。

そんな時、学歴コンプレックスがある職人さんの中には、鬼の首でも取ったような気分になり、密かに一級建築士を冷笑する人もいるかもしれません。

もし大改造が必要なら、呼びつけて(現場を見せながら)チクリと説教するかもしれませんし、小さな改造だと思えば、独断で行うかもしれません。


(2018.2.28)

@ 40年ほど前の話。毎日ジョギングをしていた私の足に異変が起きました。左足の土踏まずの辺り、10円玉大の部分に、「火傷のような、軽い痛み」が起きたのです。

それは毎日続きました。当時インナーソールが出始めたばかりの頃で、輸入物の高価なシューズを履いていた私は、インナーソールの形に違和感を感じていたので、足形が合わないため痛めたのかなと思っていました。ランニング専門誌を毎月購読していましたが、そんな情報は載っていませんでしたし。

後に右ひざを痛め、ランナーを引退してからは、左足の痛みも消えていき、いつしか忘れていました。

それが中年になって気功を始め、ぶり返したのです。今度は両足裏に感じます。

今は気功の知識が少々ありますから、その痛みの理由が分かります。

それは足裏ツボである「湧泉(ゆうせん)」が活性化した証拠なのです。もっと言うと、体内の邪気が「湧泉(ゆうせん)」から排出される時の痛みでもあります。身体にはリズムがあり、夕食時あたりが一番活性化するみたいです。

たぶんランニングの刺激でも活性化するのでしょう(上下動は背骨を刺激する気功でもあります)。20代の頃にその知識があれば、いらぬ不安を感じなくて済んだものをと思いました。

ちなみに、痛みは軽いものなので、日常化すれば、徐々に気にならなくなります。むしろ健康体の証ですし。

追記

ちなみに「湧泉(ゆうせん)」は、ほかっておいても自動的に邪気を排気してくれますが(ジンジン感があります)、逆に、外気(空気中に在る気)を吸引することもできます。それは呼吸と同時に念じるだけで可能です(スースーする吸引感が足元に起こります)。

しかし、足元よりも頭の方が、位置が高い分、外気がきれいだと思われるので、頭頂の「第七チャクラ」から吸引して、「湧泉(ゆうせん)」から排出する方が、気分的に好きな方が多いようです。食物の消化も上から下へ動きますしね。

その気を、足ではなく手のひらのツボ「労宮(ろうきゅう)」から出せば、気功治療ができます。気功師はそうしています。この技ができると、自分の気を消耗することが少なくなり、あまり「命を削らなくても」仕事ができるのです。


@ 15年ぐらい前の話。仕事帰りの夜7時ごろ、しとしと雨の降る、薄暗い下町の裏通りを歩いていました。

下町と言っても、大都会の都心から、散歩できるぐらいの近さです。住むには人気の一等地。

道の両端には民家が立ち並び、雨で路面がテラテラ光っていました。

ふと見ると、道路の中央に、カエルがいるのです。鎮座してこちらを睨んでいるのです。

あんなに大きなカエルを見たことは稀有な経験です。そんなものが、今どき、この都心に近い場所に出現するとは…

私にはカエルに見えましたが、本当にカエルだったのでしょうか。大人の握りこぶし大で、やはり光っていましたが。

もしかしたら、お犬様の落とし物だった可能性もあります。

私は、まるで妖怪にでも遭遇したかのような気分になり、迂回して帰路につきました。


(2018.2.26)

大杉 漣さんが、2月21日お亡くなりになりました。66歳でした。私は大杉さんのファンで、毎週のように、何かで観ていたような気さえします。ですから、若すぎる死に驚きました。まだまだ、これから渋く魅力的になる年頃なのに。ご冥福をお祈りします。


(2018.2.25)

若い頃は、名古屋シティマラソン他、いろいろ出たことがあります。レース後は、参加者仲間でランチを食べて帰りたかった。かるくビールと歓談を夢想していました。いつも一人、ではありませんでしたが、なぜかその夢は叶いませんでした。本日走られた方、お疲れ様でした。


(2018.2.21)

私も小平奈緒選手のファンになりました。彼女が金メダルを取った日、次の走者を気づかって、大きな声援に「シー」をし、さらに(負けて)銀メダルになった韓国の選手を労ったシーンが世界中で感動を読んでいるようですが、彼女の本当の凄さは、あの場で、自然にそれが出来たことです。

オリンピックでも、平常心で、まるで学校の運動会みたいに(自分の良い面を出せる)メンタルの凄さに敬服します。あのスペシャルなメンタルがあったから、(まるで罠のように)「用意・ドン」が一秒も長くても、動じなかったのでしょう。


(2018.2.20)

今朝ラジオから、すごく良いフィーリングのシンフォニーが流れてきて、思わず終りまで聴き込んでしまいました。そして曲名が流れて驚き。それはシューベルトの第4シンフォニー「悲劇的」だったからです。

タイトルは昔から知っていましたが、「悲劇的」という暗いタイトルを敬遠して聴きませんでした。シューベルトはピアノソナタと歌曲ぐらいしか知りませんでしたが、少しシンフォニーにも注目してみたいと思いました。


(2018.2.18)

@ 駅弁の「天下とりご飯」(1,100円)だったかな。先日、発作的に食べたくなって…で、昨日は名古屋駅近くの映画館へ行ったのだけれど、その時はもうすっかり忘れていて…帰宅してから思いだしました。

「鳥のそぼろ」と「いり卵」が半分づつご飯の上に敷き詰められている弁当です。たぶん類似品は各地にあるはず。昔食べた時は、他におかずは入っていなかったような気がしましたが、今はいっぱい。勘違いでしょうか。

「ひつまぶし」は熱田神宮近辺の老舗名店で食べるのがお勧めですが…昔は良く食べたなぁ。でも最近は値上がりして…幸運にも先日食べるチャンスがあったのですが、いろいろあって、けっきょく熱田神宮境内の(かき揚げ)「宮きしめん」を食べました。神宮の緑のオープン席で食べる、熱々のきしめん、うまいです。

追記

「味噌煮込みうどん」は、名店で食べても旨いですが、無名の小さなうどんやさんでも、名古屋は旨いです。やはり文化ですね。


(2018.2.17)

@ 若い頃“やまがたすみこ”さんのファンでした。そう言えば「青い径」(あおいみち)という歌がありましたね。(遠い目)

今でもメロディや歌の一部を覚えています。今ハッキリ自覚しましたが、あれは当時から「青を想起するメロディ」だと感じていました。専門的な事は分かりませんが。


@ 「奨学金が返せず苦しんだり、自己破産や、保証人に迷惑をかけることもある」という情報も伝えてないのでしょうか。賢明なお父さんなので、後から困ることには、ならないとは思いますが。


(2018.2.16)

@ @「v」みたいに、首を中心に頭をゆっくり一回転し、意図的に軽く目を回したのち、

A二回転目は、息を吐きながら、首と腰を中心に、「( )」こんなふうに背骨の中央あたりを周囲に膨らませ、重力の力で崩れ落ちるように回して、体の力みを抜く。

これで、精神と肉体が、ほろ酔い加減の、無心の境地に入る。

ゾーンに入る。

私の妄想では、これが羽生選手のスタートに見えましたが、他の選手も同じかな。


(2018.2.13)

@ NHK朝ドラ「ひよっこ」で、みね子たちが工場で作っていたトランジスタラジオ。私が毎朝枕元で(ウトウトしながら)2時間前後聴いているラジオも、ほぼ同じものです。小さな音で聴いているので、電池はほぼ一年間もちます。カタログデータの2倍も。

このラジオ、二流メーカー製で、安いし、感度もそれなりですが、意外と音が良いので気に入っています。

ところが、最近購入した、一流メーカー製の、ステレオ仕様CDラジオ。機能は重宝していますが、なんとなく音が良くありません。

その原因は…

もしかしたら、内臓アンプが「デジタルアンプ」ではないのか、とも思っています。

「アナログ対デジタル」。その音質の違いは、マニアでなくとも知られるところとなってきました。もちろんデジタルでも、(たいてい高価な)本当に良いものは良いのですが、今回は、悪い面が出ているのではないのかと。

みね子の時代、あるいはオーディオ全盛期の、ラジオやラジカセは、アナログのトランジスタアンプが内臓されています。しかし最近の復刻版みたいな製品には、外見はレトロでも、デジタルアンプが内臓されている物もあるかもしれません。すると音は、似て非なるものなのかもしれませんね。

追記

もっと具体的に言うと、私は「もっと、ソフトで滑らかな音」にして欲しいのです。これは「コストや技術の問題ではなく、開発者の音決めの問題」になります。

しかしアマゾンなどのレビューを読むと、今の音でも「音がこもっている」と評価する人が多いようです。つまりマーケティングからは、制作者はもっと元気の良い音にしなければならない。

音に世代による嗜好の違いがあるのは当然の事です。しかし音の嗜好には、音の教養が影響を及ぼすのも事実なのです。一流メーカーはその教育者になるのか、あるいは迎合するのか、人生いろいろです。


@ 高齢者の運転するクルマが、駐車場で突然暴走し、店舗に突っ込む事があるのはなぜでしょう。

「ブレーキとアクセルを踏み間違えた」と弁解することが多いようですが、私の考える根本理由は、「免許はマニュアルで取ったのに、オートマ車を運転したから」だと思います。

ご高齢になって、「ふと気がゆるんだ瞬間、体に沁みついているマニュアル車の運転動作を、ついオートマ車で行ってしまうから」でしょう。だからブレーキとアクセルを踏み間違えるのです。

ということは、もう少し年月が流れ、マニュアル車で免許を取られたご高齢の方が、全員運転を引退されれば、この問題はほぼ解決するのです。

と思っていましたら、これから運転免許を取る今の若い人の中にも、「カッコよいから」という理由で、「とりあえずマニュアル車で免許を取っておく人」が、少なからずいる事を知りました。

仕事でマニュアル車のトラックなどを運転する必要がある人なら仕方ありませんが、単に「ファッション」で取り、実際はオートマ車を運転するのなら、それは今の高齢者に近い経歴をもつことになるのです。つまり、今の若者が高齢になった時には、又、同じように暴走の危険が生まれるのではないでしょうか。

もちろん、その頃には、自動運転車が当たり前になっていて、自動でブレーキがかかるでしょうが。


(2018.2.11)

@ 「共感覚」の話。

「 『青→ソの音』は、青い空からの連想かもしれないけれど、『赤→ドの音』なのは、なぜだかよく分からない 」と、新聞に研究者の言葉。

「ドの音」から感じる、ある種「ベーシックで深刻な響き」から、もしかしたら、無意識に「血の赤」を連想しているのかもしれません。

キリスト教の儀式でも、「赤ワインをイエスの血」と言っている様に。

追記

以前、「焼きそばドッグ」のパンに、甘い味のものと、塩味のものがあるのを知った時、「甘い味は涼しさ」を、「塩味からは暑苦しさ」を感じた話をしました。

そして今回、「ドの音」にある肌理の粗さ(雑味のようなもの)からは、ある種「暑苦しさ」を感じます。すでに述べたとおり「暑苦しさは塩味」なので、それからも「血の赤」を連想させるのです。

追記U

この様な説明が出来るのは、たぶん私に「色に関する共感覚」がほとんど無いからです。

本物の「共感覚」は意識できないほど自然なものです。目が見えるのは網膜に写った映像を電気信号に変えて脳に送り、脳が分析して「見えた」と感じているわけですが、それは「意識できぬほど自然な行為」です。本物の「共感覚」は、それに近いほど自然な感覚であり、連想ゲームをするほど遅いものではありません。


(2018.2.8)

皆さま、いつもお読みいただきありがとうございます。


(2018.2.7)

「三位一体」


(2018.2.6)

ポートレイト「羊の木」


(2018.2.1)

「東京ラブストーリー」。

リアルタイムでは観ていませんでしたので、最近の再放送を録画して、ちびちびと観ています。

話の中ごろ、ヒロイン・赤名 リカが「ロボコップ」好きだと知った男2人が、ビデオ店から「等身大の立て看板」を、リカの家に持ってくるシーンがありました(翌日、返しに行きましたが)。

「ロボコップ」は、ご存じのように、殉職した警官の脳をロボットに移植したものです。心は人間なのにロボットとして生きなければならない。その疎外感と哀しみ。

一見、一番元気そうに見える赤名 リカが、意外にも巨大な疎外感を抱いている事を、若い彼らはまだ知りません。


(2018.1.26)

@ ニュースによると、この事件を風化させてはいけないと、最近、学校でも「障害者差別はいけない」として、教えようとしているようです。

しかし、これは「加害者が、自分と被害者(障害者)を同一視した」故に起こった事件であって、いわゆる「障害者差別ではない」のかもしれません(下記の@A参照)。

むしろ、これは「自殺はいけない」という話、なのかもしれないのです。

従来、自殺が起こると、「加害者さがし」ばかりで、「自殺はいけない」という声は少ないです。日本人が嫌う「死者に鞭打つ」ことに、なりかねないからでしょう。

しかし、「自分をあやめるのも、他人をあやめるのも、人をあやめることに違いはなく、共に大変いけないこと」です。この事を教育して、初めて「車の両輪」を語る事になるのです。



@「自殺したいほどの自己嫌悪」

A「他人の中に自分と同じものを観る不快感」

B「特別扱いという新たな差別、そのジレンマ」

C「風化による事件の単純化」


一年ほど前、ある大量殺人事件が起きました。まさしくそれは、おぞましいほどの許されざる行為で、彼の味方をするつもりはありませんが、なぜそんな事をしたのか、TVや新聞で知りえた情報で、当時の私が推理した犯行理由を思い出してみました。もう詳細には覚えていませんが、当時マスコミにも似たようなコメントをした方もおられた記憶ですので、まったく的外れでもないと思いますから。

@犯行の何年も前から加害者は人生につまずいていました。就職なども上手くいかず、自分は世の役に立たない、認知されない人間だと、自己嫌悪になっていました。世の中にはこの段階で自殺する人もいるようですね(誤解の無いように付け加えますと、私は自殺には断固反対です。自殺を人生の選択肢にはしないでください。留まれなければ逃げれば良いのです。私もそうやって生きてきました)。

Aそんな加害者は、たまたま仕事で知った障害者を思いだし、「彼らの中に自分を投影した」のです。介護の仕事から受けた苦労も、不幸なことに彼の信念の裏打ちになりました。加害者は自殺したい衝動をすべて障害者に向けました。そこで事件が起こったのです。「加害者の中でそれは婉曲的な自殺」でもあったのかもしれず、「悪態は自己嫌悪をしている自分自身に向けて発せられている」のかもしれません。もちろん普通の人はそんな事はしません。一線を越えてしまった点で、加害者には病的なものもあったのかもしれません。

B事件が起こった後、被害にあわれた障害者の方々の氏名が、多くは非公表になりました。「障害者が身内にいることが知れると、家族が差別を受ける可能性がある」との理由でした。

C私もそうですが、昔観た作品など、ディテイルを忘れてしまうと、映画のレビューも書けなくなります。

自殺を人生の選択肢にはしないでください。留まれなければ逃げれば良いのです。私もそうやって生きてきました。(一部再掲)


@ たとえばトイレ掃除を一枚の雑巾で行うなら、「きれいな場所→汚い場所」の順で行うのが常識だと思います。この場合、トイレをぐるっと見わたして、順序の組み立てが大事です。

しかし国内のある量販店で、バイトさんらしき人が、「便器を拭いた雑巾で、手すりを拭き始めた」のを目撃したのです。彼は「順序なんて考えていないみたい」に見えました。

あ〜言わなければ分からない人もいるのだな、そう思いました。


@ 都会の勤務だと思って気象庁に就職したのに、気象観測船に乗ることになった、大学出たての女性。

まるで海上保安庁みたいな勤務状況。彼女はがんばってます。

そんな彼女が就寝前に聴いているのは、スマホに録音した「落語」。

実は私も、最近、落語のCDを買ったのです。だから、彼女の気持ちが分かるような気がします。


@ 着物を売りたい業者、着たい新成人、着れない貧しい人、選挙のプラスにしたい首長と、シンプルかつ事務的に行いたい部下。

そんな中、着物が詐欺にあったから成人式に出ない新成人。彼女たちはワガママ?

いえ、たぶん失意のために動けないのでしょう。

ところで、未来の成人式の理想像は。


@ クローン技術で愛する人を再生しても、それは、ある意味双子と同じで、宿る魂は別人ではないでしょうか。

すると、外見はそっくりでも、愛しあえる保証までは無いわけで、依頼主の心の傷はいっそう深くなるかもしれないのです。


(2018.1.25)

2018年1月24日「NHKガッテン!」で、「アナタの知らない万能調味料!“赤みそ”真の実力 」を放送していました。

“赤みそ”は見た目がクドそうなので、他県の人には、あまり評判が良くないようですが、「コクを増やす調味料」としての実力はピカイチで、カレーやチャーハンなどの(たしかチャーハンには「味噌と醤油を混ぜたもの」)隠し味としても抜群の実力を発揮するのです。

わが家では、母方の実家が“赤豆みそ”、父方の実家が“白麦みそ”なので、子どもの頃は、やはり父が“赤みそ”を嫌っていたのを覚えています。しかし、母も全面降伏するわけにはいかなかったようで、赤・白、ときにはブレンドを、日替わりで使った味噌汁を食べさせてくれました。

おかげで私は、バイリンガルならぬトリリンガルな味覚を獲得。

今でも、わが家には紅・白の味噌が常備してあり、交互に使用しております。しかし、「コク味調味料」として、カレーとかチャーハンまでは思いつきませんでした。

ちなみに、“赤みそ”と言えば、名古屋名物「みそかつ」「味噌煮込みうどん」「味噌おでん」「どて煮」などに使われて有名ですが、名古屋人は“赤みそ”の本家本元は、隣にある愛知県岡崎市の「八丁味噌」だと思っていて、名古屋名物だと言われている事に、少々後ろめたい気分もあります。

TVを見逃した方は、ネットにも概略が紹介されていますので、ぜひ一度ご覧ください。


(2018.1.24)

「墜落」と「不時着」は違います。

皆が「墜落の心配をするから、今までなら飛行場まで飛んでいけたケースまで、予防着陸するようになった」のでは。

もしかしたら。


(2018.1.23)

30歳ぐらいの先輩が、「本を1,000冊読んだ」と豪語しているのを聞いて、20代の私は、「それなら私は、映画館で映画を1,000本観てやる」と、密かに思ったのでした。

今の私は、それをレビューに書くのも夢になりました。まだ、どちらも、まだ時間がかかりそうですが。


(2018.1.19)

@ 「 信越線立ち往生 JRが三条市のバス提供申し出を断る 『全員を一度に救助できないと考えた』

新潟県三条市のJR信越線で乗客約430人が積雪で立ち往生した普通電車(4両編成)に一晩閉じ込められ、運転再開まで約15時間半かかったトラブルで、乗客救助のためバスを提供するとの市側からの申し出をJR東日本新潟支社が断っていたことが分かった。

同支社の今井政人支社長は19日、トラブル後、初めて記者会見し、バスの提供を断ったことについて『バスでは乗客全員を一度に救助することは困難だと考えた』と釈明した。… 」

( 産経新聞2018/1/19(金) 12:42配信 より抜粋 )


3.11の津波被害をモチーフにした映画「君の名は。」のレビューを書いた時、私はマイページで「公務員と会社員の思考回路の違い」に言及し、「首長は管轄内の公平を求め、社長は自社の利益を求める」みたいな話を書きました。あの日、私は東北地方には居ませんでしたが、現場にいて担当者の心の中まで覗いたように感じた痛々しい事例があったからです。「津波てんでんこ」が止められた。


JRの前身は国鉄であり公務員です。「救助を優先するのか、公平を優先するのか」。気のせいか「公平を優先した」ともとれるこの判断には、公務員的なにおいがします。しかし、非常時にあまり公平に拘ると、避難が遅れて全滅することもあるのを忘れてはいけません。今回のJRの件は、3.11の、あの教訓が生かされていなかったのです。

追記

私は、JRを執拗に責めているのではありません。彼らはもう十分に反省し、今後の対策も検討しているはずですから。

それでも、私がここに書ているのは、「公平」が「公務員の本丸」、あるいは「性(さが)」であるからです。だから今後も、どこかの公務員が、形を変え、同じ誤りを繰り返す可能性があり、災害大国日本では、それが「全滅に値する、恐ろしい結末」を招く心配があるからです。

大多数の公務員は、考えても見なかったでしょう。「公平は両刃の剣でもある」ことを。

追記U

>「現場にいて担当者の心の中まで覗いたように感じた痛々しい事例があったからです。」

かつて私は、それを詳細に書きました。そうしたら「想像で書いた」ことにクレームがついて削除せざるを得なくなり、「公平は両刃の剣」であるという話の核心部分は無視されたのです。

しかし今回、JRのトラブルで歴史は繰り返されました。他人事だと思っていると、また今後も起こりえます。


@ 時々、私のような無教養な者にも、「どうやったら株で儲けられるの?」と質問してくれる人がいます。私を信用してくれたのですから、何とかこれに答えなくてはいけません。

そんな時、いつも私は下記のような話をします(頭を捻っても、これしか出来ませんので)。


@ 世の投資商品は「ローリスク・ローリターン」「ミドルリスク・ミドルリターン」「ハイリスク・ハイリターン」に分類でき、だれもが欲しがる「ローリスク・ハイリターン」は、今も未来も存在しない。理解できない複雑な構成の金融商品は「ハイリスク・ハイリターン」だと思っておけば良い。

A 初心者向けの株式投資のマンガを読んだことがありますが、いきなり「持ち金が少なくても大儲けできる」として、「信用取引」が紹介されていて驚愕したことがあります。「株などは10年間使う予定が無い金でやるもの」で、借金までしてやるのはやめた方が良いです。「レバレッジ」も借金とみなします。

B 株の値上がり値下がりは、その企業の業績だけで決まるのではありません。地球の裏側で発生した、まったく関係のなさそう出来事で、大暴落することもあります。つまり、未来を予言できる「超能力者」でなければ、未来の株価を確実に予想すること(確実に儲けること)は不可能です。

まとめれば、「世の中そんなに旨い話はない」という話。

それでも儲けた人がいるのは「運」もあるのでしょうし、一握りの儲けた人は嬉しくて「本」など書くかもしれませんが、大多数の損した人は、たいてい「沈黙」しているせいもあるのでしょう。

仕事でも、昔は「苦労の代償として給料をもらうものであって、もし仕事が楽しければ、逆にお金を払わなければならない」という考えが当たり前でした。

でも今は「楽して儲ける」(ある意味、「ローリスク・ハイリターン」)ことを考えるのが当たり前ですね。「仕事で苦労するのは、仕事と人とのマッチングが間違っているから」だという考えです。「好きな事を仕事にすれば、楽しく働ける」と言う。一概にそれも否定しませんが。

しかし、もしかしたら、この思想というか、雰囲気で、株などの金融商品に入ってしまう人もいるのかもしれませんね。そして“意識せぬまま”「レバレッジ+ハイリスク・ハイリターン」の世界に手を染めてしまうとしたら、それは怖いことだと思います。


(2018.1.14)

@ 若い頃、ちょっとしゃれたお店には、店内に「私設の電話BOX」がありました。

灯りがともったあのBOXは、癒しの気配まで漂わせ、見ているだけでも幸せになりました。

あの時代を知っているはずのおじさんが、今、店内で、平気でケータイ通話しているのを見ると、私はいつもため息をつくのです。


@ スマホ「ながら運転」は、自動車、自転車とも、「飲酒運転」と同レベルの非道・危険だと考えるべきではないのか。

勤務先によっては、事故を起こさなくても、警察に見つかっただけで、懲戒免職・解雇に該当するような。


(2018.1.11)

@ ソニーの新型「アイボ」が12年ぶりに復活したようです。

ニュース映像を見ただけですが、買った、いや飼ったことのない者には、旧型との違いが分かりません。やはり「メタリックな、いかにもロボット的な感じ」がします。

後発メーカーで、印象に残っているものは、ふれるだけでも癒される「もふもふ系」で、ふさふさの毛が生えていたりしますが、アイボは違います。

このご時世、「それって、どうなんだろう…」と思いましたが、オーディオで言う「ソニートーン」(ソニー製品に共通するような音色)を思いだして納得しました。

音を言語化するといろんな表現が出来ますが、例えて言うなら「どちらかといえば硬質で、メタリックなほどクリア、そして艶のある音」なのです。

新・旧のアイボも、やっぱり、その血が隠せないわけです(ある意味、血統書付き)。


@ コンビニで買ってきた食材の、AとBを混ぜたり、ひと手間加えたりしただけの、「簡単コンビニ料理」があると思います。

同じように、賞味期限まじかの、災害用の備蓄食料を使った、「簡単防災料理」みたいなコンテストをやったらどうでしょうか。

タダでもらえて、簡単に美味しい料理にバケる、そんな食材があると知れば、節約庶民は、ほかっては置かないはず。


@ 3.11以降、自治体では災害用の食糧備蓄が増えいますが、「賞味期限切れをどうするか」が新たな問題になっているそうです。

昔、防災訓練の時に、期限切れまじかの「乾パン」を頂いたことがありますが、あれは美味しかった。

名刺大で、黒ゴマも入っていて香ばしく、少し濃い目の食パンみたいな味がします。小腹がすいた時とか、食後、ご飯のお代わりをするほどでもないけれど、少し食い足りないなぁ…みたいなときに、あれをかじると、しみじみ幸せな気分になれます。

今どき、わざわざ地味な「乾パン」を買う人も少ないと思いますが、いざ食べてみると、「こんなに、うまいんだ!」と感激しますよ(ミルクやヨーグルト・アイスクリームなどと組み合わせると、さらに美味しいかも)。

もし、市町村役場で無料配布してくれるのなら、散歩がてら、貰いに行きたいほどです。他にも、持ち帰れるものがあれば貰いたいですね。

参考 ( 2018.1.11「朝日新聞」(朝)2面 備蓄食料 ジレンマ 期限切れ前に寄付 仕組み課題 )


(2018.1.8)

日韓合意、韓国は日本に何か要求する前に、慰安婦像の撤去をすべきだ。


(2018.1.7)

@ BBCのモニタースピーカーで聴かせていただきました。どなたの好みなのか前半YouTubeの画面がオレンジでしたが、驚いたことに、セリフの多いA子さんのお声もオレンジをイメージさせました。一方、B子さんのお声は淡い桜色でした。これは、あの舞台でのイメージです。環境が変わればこれに限りません。


@ 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のラストシーンに出てくるような、空飛ぶクルマの夢を見ました。

そのクルマは道路から垂直に浮上し、地上10mほどの所でUターンしようとしましたが、急旋回が効かず、ビル3階のベランダにぶつかりそうになりました。

また別のクルマは、ふらふらと地上2mでUターンしたものだから、後続車と正面衝突しそうになり、驚いたタクシーが急ブレーキをかけ、さらに少しバックして衝突を免れました。タクシーの後ろには、たくさんのクルマが止まり、大渋滞を起こしていました。

そこで、目覚めたのですが、なぜ、そんな夢を見たのか分かりませんでした。

ボ〜っとした頭で、枕もとのラジオをつけたら朝7時のニュース。そこでは「沖縄で軍用ヘリが砂浜に不時着した話」をしていました。私は、「あ、それだ!」と思いました。昨夜観たニュース映像が種になり、こんな夢を見させたのです。

ところで、地上を走る車は、タイヤで接地していますから、急ブレーキ、急旋回が可能ですし、墜落の心配もありません。

では、空飛ぶクルマはどうでしょうか。

もちろんその頃には、A.I.による自動運転技術はかなり進歩しているはずですが、しかし空飛ぶクルマは、詰まることろ「体の良いヘリコプター」でしょうから、急ブレーキ、急旋回は効かず、墜落の危険もあるわけです。

免許制度がどうなるのかは知りませんが。バラ色の未来の前には“ひともんちゃく”ありそうです。

参考:「 『空飛ぶクルマ』離陸 トヨタが支援、20年の実用化目標 」 ( 「日本経済新聞」2017/5/14 2:30 )


(2018.1.6)

地元の映画館の音は、アルティックが鎮座しているような一部の劇場を除き、昔は悪かったですね。わが家のチープなステレオの方がよほど良い音がしました。

しかし都市の再開発もあって、懐かしい、その「劇場」が消え、「暗室」ばかりのシネコンができると、(個人的には、不愛想な「暗室」は文化の後退だと思いますが)音は驚くほど良くなりました。

あのクオリティーの前で、まだ「わが家の方が良い音だ」などと言われる方がいらしたとしたら、それは恐ろしいことです。


(2018.1.4)

@ 「バイキングで横入りされた」という声がラジオに寄せられました。

それに対してDJさんは、「普通、お皿の置いてあるところが入口だと思うので、皆さま気をつけましょうね!」的な回答をされていたように思います。

ふだん「横入り」を嫌う私ですが、バイキングの列に横入りという概念はなかった(満員電車に乗る時のように、無理やり割り込むのはマナー違反ですが、すき間があれば、後ろの料理を取る権利を放棄して、どこから入っても良いと思っていた)ので、この応答には違和感を感じました。

もちろん初回なら入り口から入るでしょうが、二回目以降なら「エビフライ」とか「ステーキ」とか、お代わりしたい料理の近くへ入るのでは。それとも、入り口から入って5分も行列に並ぶのかしら。

最後に置いてあるデザートのショートケーキを取りに行くときも、やっぱり最初から並ぶのかしら。


(2018.1.3)

@ さっき聞いたラジオの言葉。

「 仏教とはメンタルヘルスである 」


(2018.1.1)

@ 北朝鮮がすぐに拉致問題を解決させたら、北朝鮮への巨額の慰謝料・賠償金の支払い請求を、日本は免除する用意がある、という話は…聞かない。

「 <北朝鮮>『拉致解決、資金援助が条件』脱北の元高官証言 

… 金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が「拉致問題の解決と引き換えに、日本から巨額の資金援助を受けられることを望んでいる」と明らかにした。… 」

( 「毎日新聞」1/1(月) 7:00配信 抜粋 )


@ 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

いつもお読みいただいた方、そして、ご指導ご鞭撻を下さった方、本当に有難うございます。


(2017.12.28)

@ 昨日、ブログが削除されてしまった件の追記Uです。

削除されてしまうので、具体的内容が書けませんでしたが、本日2017.12.28朝日新聞(朝)の「天声人語」に詳しく紹介されていますので、ぜひご覧ください。中学校の教材にも適した、大人も括目の話です。


(2017.12.27)

@  朝日新聞2017.12.25(夕)7面にその記事がありますが、かつて新聞の賞を取り、全面広告でも紹介されたキャッチコピーがあります。それは「逆転の発想で価値観の議輪を巻き起こしたもの」です。

岡山の中学校では、道徳の教材としても取り上げられたこの言葉を、昨日ご紹介しようとしましたら、更新時にほぼすべての〈パレット〉の記事が消滅してしました。

私は、私の日頃の行いに、とうとう天罰が下ったのかと思いましたが、いろいろ書き込み試した結果、もしかしたら、そうではなく、あのキャッチコピーに在る、「あるワード」が問題だったのかもしれないと思い至りました。

その言葉は、「昨今の社会情勢をみると、若者に悪影響を与える」との観点から、きっと「「有害ワード」に指定されているのです。そして、そのワードがあると「自動削除」になってしまうのでしょう。

そう言えば、そんな話をニュースでも聴いたような気がします。しかし、その時、そのワードだけでなく、過去の書き込み(私で言えば、過去一年分の、無関係な記事)まで、コンピュータは一蓮托生に消してしまう。これがA.I.の未熟なところです。

しかし、(学校の教材にもなるように)前向きに人生を語ったり、硬派な映画のレビューを書くときにも、そのワードが必要になることがあるでしょう。その時に、またすべてが消えてしまう心配がありますが、とりあえずは気をつけることにいたします。

皆様、本当にご心配をおかけしました。

追記

そのワード「一文字」がいけないのかと思って「○」に置き変えてみましたが、やはり削除されました。もしかしたら、一度削除したものは、あるていど「文章として記憶」しているのでしょうか。そのあたり良く分かりませんが、今は余分なエネルギーを使ってまで詮索りするつもりはありません。午前中は二時間ほど「ブログの引っ越し先」も探していたぐらいですから。


@ 「 … 退位を実現する特例法の成立後、初めて思いを語った。「これまで多くの人々がおのおのの立場で考え、努力してきてくれたことを心から感謝しています」と謝意を示した。… 」

( 2017.12.23 朝日新聞(朝)「 残された日々、継承に向け準備を行っていく  天皇陛下きょう84歳 退位決定に『感謝』」より抜粋 )


@ リタイア後を「毎日が日曜日」と言うのは、私の場合、ちょっと違うかな、と感じます。明日はもっと楽しいかも…などと期待する気分が有るので、「毎日が土曜日」と言うのが近いかな。

それはともかく、10連休、するのか、しないのか、検討中の話も。10連休にして欲しいですね。理由は、「その方が楽しそうだから」。国民の喜びが大きいと思います。

「 5月1日即位でGW「10連休」 2019年、政府検討へ 「休日」と「祝日」で違いも 」  

( 2017.12.6 22:23更新 産経ニュース )


(2017.12.26)

@ 人気TVドラマ「陸王」の最終回が放送されました。

「こはぜ屋」さんの社長は、茂木選手の調子が良いときも、悪いときも、陸王を履いているときも、履いていないときも、いつも変わらぬ応援を送っていました。

茂木選手も、豊橋国際マラソンでライバルが給水に失敗し、ボトルを落としてしまったとき、自分の水を半分与えました。そして茂木選手は優勝し、ライバルの信頼も得たのです。

対して、こはぜ屋さんたちに汚い手を使っていた、RUの部長らしき男は、やがて社長から左遷を言い渡され、部下からも見限られる羽目に。

私は、これらのエピソードから聖書を連想したのです。

「 12:19

愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、『主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する』と書いてあるからである。

12:20

むしろ、『もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである』。」

( ローマ人への手紙・第12章第19・20節 )


@ 今、「残心」が最も美しく、そして良く分かるのが、カーリングですね。

「 平昌五輪に映えるカーリングの美女たち 」( 産経ニュース 2017.12.24 11:00更新 )


(2016.10.6)

@ TVの情報番組で、ワンちゃんを紹介していました。彼(たぶん)は、奥さまが「掃除機をかける」と、すぐに自分も「音の出るボール」を持ちだして遊ぶのだそうです。理由は分からないとのこと。

私は、奥さまが「掃除機をかける」ことを「音の出るオモチャで遊んでいる」と認識し(ワンちゃんに掃除をするなどと言う習慣はなさそうだから)、記号論を使って自分も「音の出るオモチャ」を持ち出すのだと思いました。そしてお付き合いで遊んでくれているのだと。

たかが犬と、小ばかにしてはいけませんでした。

彼は「とても高級な概念」をもっている可能性があります。「すごい切れ者」なのかもしれないのです。

ここは犬語翻訳機「バウリンガル」(2002年 イグノーベル平和賞受賞)をバージョンアップしていただき、「愛犬といっしょに映画鑑賞」できたら素晴らしいかもしれません。

彼なら私の気づかない「映画の記号」を読み取り、たとえば「ゴジラしっぽと、無人在来線爆弾という“しっぽ”、その秘められた相関関係」ぐらいは、楽に語ってくれるかもしれないから。


(2016.9.28)

@ 「世界最大級のブルートパーズ原石」は、写真で見ると、アルバム「ウエザーリポート」の「割れガラスジャケット」と似ています(9/24参照)。

「共感覚」で聴こえてくる音も似ていますが、原石の方は絵柄が単純な分「音数も少ない」です。

「詩心」で言えば原石は「おちつきがある」、「まとまりすぎてつまらない」と感じます。「老成」した感じでしょうか。対する「割れガラスジャケット」は「むてっぽう」、「むき出しの若さ」ですね。


「 世界最大級のブルートパーズ原石、英自然史博物館で展示へ 

ロイター 9月28日(水)12時45分配信

9月27日、ロンドンの自然史博物館で、トパーズ原石では世界最大級とされるオストロ・ブルートパーズの原石が来月から展示されることになった(2016年 ロイター/PETER NICHOLLS) 」

( Yahoo!ニュースより抜粋 )


(2016.9.24)

学生時代、ウエザー・リポートというグループの「ウエザー・リポート」というアルバムを、夜の闇の中、枕もとのトランジスタラジオで聴いて、その不思議な魅力のとりこになりました。

あの頃の感想を言えば、「心に穴が開いて、風が出入りするような感覚」です。あるいは「煩悩を換気する歓喜」かな。まるで瞑想をしている様に無心になれました。

でも、けっして心地よい音楽ではありません。大きなステレオで聴いたとき、私も最初は拒絶反応を起こしたぐらい、あれは怪しくて素性が知れないものです。

ところで、そのCDジャケット(昔のLP時代から同じデザイン)を見ると、「剥がれるように割れた、家庭の窓ガラスの断面みたいな写真」が写っています(自動車の窓ガラスはサイコロ状に割れますが、昔の家庭の窓ガラスは違います)。

剥がれるように割れた、ガラスの断面特有の、鋭さと柔らかさのあるライン。指を触れると怪我をしそうな、剃刀みたいに危険な雰囲気をまとった不思議なアート。

今さらながらに気がついたのですが、あれは「一曲目に出てくる音(音楽)」を「共感覚で視覚化」したものだと言っても良いのです。

お寺の鐘のようにワーンと鳴るエレクトーンの和音のような音(剥がれるように割れたガラス)、プッ!と一瞬だけ鳴るトランペットのような音(線状や鋭角に割れたガラス)、コン!と一瞬だけ鳴る叩くような音(ガラスの硬質感)と言うように。

奇抜なデザインでありながら違和感のなかった理由が分かったような気がします。


追記

どこかで読みましたが、共感覚者同士が、同じものを見聴きしても「常に同じイメージを受け取るとは限らない」そうです。そうすると「にせ者」だと誤解されかねないので、プライドをかけて両者一歩も引かないことがある。だから共感覚者同士は予想に反して「不仲になる」こともあるらしい。

それを承知で言うのですが…

アルバム一曲目のタイトルは「ミルキー・ウエイ」ですね、その意味が「天の河」であったとします。もし「天の河」を「共感覚」で音に変換すると「トタン屋根に当たる嵐の雨音」みたいになるのです。

雨音の一粒一粒が「星」です。風につられて付く強弱が「天の河」の流れ。プッ!というトランペットが「流れ星」。コン!という叩く音が澄みきった「夜空」です。そのイメージで作曲します。

そしてアルバムジャケットには本物の「天の河」が写った写真を使います。

しかし、彼らの作った音楽は違うイメージです。たぶん、彼らは「共感覚」で作曲したのではなく前衛的な「詩心」で作ったのだと思います。

ところが、完成した音楽をジャケット作家に聴かせたら「割れたガラス」が見えた。ジャケットを制作した人はきっと「共感覚者」だったのでしょう。

つまり「天の河」→「共感覚者でない人が前衛的な詩心で作曲」→「共感覚者が聴いたら、天の河ではなく割れたガラスが見えた」→「ガラス写真ジャケットの完成」(「ミルキー・ウエイ」というタイトルから「割れ目を「天の河」のように白くし、背景をミッドナイトブルー」にした)。

などと夢想します。


UUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU
 

「 成長できない者にかぎって、飛躍したがるものである 」
                

             (エリック・ホッファー)

飛躍したいという野心は、実は、成長できない者が破滅していく前奏曲だったのかもしれないのです。
 

UUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU


( 映画について )

昔は、人が「面白い」と言えば「そんなに面白いなら観ないわけにはいかない」と、人が「つまらない」と言えば「その、つまらなさ、自分の目で確かめてやろう」と、休日はほとんど映画館に入りびたりでしたが、最近は映画館は月に3回ぐらいになりました。

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( 掲示板について )

思うところがありまして、近年返信をお受けしておりません。あしからずご了承ください

人にものを伝えるのは難しいことです。

対面していても難しい。ましてや掲示板に書き込んだだけで、完全なる意思疎通をするのは困難だと思っています。老若男女、生まれも育ちも違う無数の人たちが匿名で参加しているのですから。

私の書き込みに反感などをもたれた方は、それは私の本意ではないと好意的に解釈してください。どこかに誤解が混じっているかもしれませんから。

ときどき「その解釈は違うと思う・・・」とか、返信を下さる方がいますが、できましたら御自分のスレッドを立ち上げて、返信ではなく、自主的な発表として、あなたの解釈をお披露目してください。その方が嬉しく思います。返信を下さるほどの自信とエネルギーが有る方なら、ご自分のスレッドを立ち上げることは容易だと思います。

議論をしないことについてもご意見をいただく事がありますが「議論をしないための議論」になりかねないため返信できません。どうぞご理解くださるようお願いいたします。

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( お気に入りユーザー登録について )

お気に入りユーザーとして登録してくださる方がいらっしゃいます。心より御礼を申し上げます。

大変恐縮ですが、私自身は現在この機能ボタンを使用しておりませんので、悪しからずご了承くださいませ。でも、私も、心の中で、皆様をお気に入り登録させていだだきました事をお伝えいたします。

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( 映画生活ユーザー登録について )

遅ればせながらユーザー登録をさせていただきました。私の現在の登録HNは2001/5/22から使用している「さくらんぼ」ですが、2000/12/31からHN「街の灯」で、2001/1/7から2001/5/14までは、HN「まちのひ」で投稿しておりました。当時はメルアドの入力も不要な、のんびりとした時代でした。でも入力が必要事項になった時、直後の数日間は、皆さんの投稿数が激減してしまいました。きっと警戒心がわいたんでしょうね。懐かしい思い出です。

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( 私のレビューについて )

子供のころ学校で「本を読んだら次の順序で読後ノートをまとめるように」と教わりました。

@あらすじ、A主題、B感想、の順です。

この中で私がいちばん興味をもっているのがA主題さがしです。私の投稿はおもに「独りよがりな主題探しの打ち明け話」で、レビューとしては中途半端なものです。少なくともBの感想をプラスして初めてレビューの体をなします。Bの感想は何を書いても良いのですが、主題が分からないと的外れなものになりかねないので、こちらもまた難しい。

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( 映画の解釈方法について )

私は映画の解釈をするとき、ふと「映画とはシンフォニー」ではないかと思ったことがあります。たぶん「どちらも小さなパーツが集まって展開し、相似形の全体が完成している」からです。

だから、どこか「小さなパーツひとつを解釈することで、映画の全体が理解できるのでは」と、仮説を立てたのです。

つまり「パーツAの解釈が、パーツBやC、Dなどにも当てはまるか、そして映画全体にも当てはまるか」を考えていくのです。そうすると、だんだん、その映画が解ってくると。

ところで、昨日、新聞を読んでいたら、理論物理学者の方の、面白いコラムを見つけました。

「 …私は、科学者、特に物理学者であることがどういうことか明確な感覚を持っています。観測や実験から得た情報に基づき、初期の理論を組み立てる。うまく行ったら、より多くの現象、より小さなスケール、より大きなスケールに当てはまる数式にまとめていく。常に実験や観測に照らしつつ、さらに異なる現象を統合し、より統一された理論を目指す。それが科学です。… 」

( 2016.6.8 朝日新聞朝刊インタビュー「オピニオン&フォーラム『科学者とは』・アリストテレス 科学の源流でない 実は退屈な詩人 」理論物理学者、米テキサス大学教授 スティーブン・ワインバーグさん より抜粋 )

きっと皆さまは「つまり君の解釈は科学的なのか?」と、お尋ねになりたいと思います。それには「1パーセントぐらいのレビューは近いかもしれません」と、お答えしておきます。「では、あとのレビューは?」とは聞かないでください。「あとは退屈なポエムですらありません」から。

追記

以前は解釈の結論だけ書きましたが、最近は考えた過程を書いて行くように変化してきました。歳を取るとその方が楽ですから。それに、解釈できなかった作品も記録するようにしました。ご容赦下さい。

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( 映画、TV、原作本について )

映画の解釈に迷ったとき、原作本を読んで答えを知ろうとする人もいますが、あなたはどうしてますか。

正しい解釈に早く辿り着きたいのなら、読まないほうが良い、と申し上げておきます。

なぜなら、映画と原作本は、近似の、しかし別々の物語(パラレル・ワールド)だからです。この二つの情報を同時に頭に入れることは混乱を招きやすく、解釈の情報処理に得策ではありません。

数ある映画の中には、細部に仕掛けをして、一見原作と同じに見えながら、実は逆の結末を用意したものも在るようです。

どこかワンシーンの描写、ひと言のセリフで解釈がひっくり返る仕掛けを映画に仕込むのです。現実でもフロッピー・ディスクの改ざん事件がありましたが、あの現実の示すとおり、ほんの少しのことで結末はひっくり返るのです。

原作本に心酔し染まってしまうと、それは映画を冷静に観ることにはマイナスに作用します。監督は観客が騙されるのを遠くから「してやったり!」と、ほくそえんで見ているのかもしれません。

映画の解釈は原作本から離れて静かにすべきです。映画の補足説明ですら原作本に求めるべきではないと考えます。映画の事は画面の中だけで完結してください。(TV版ドラマも同様です。)そして、めでたく解釈が完了してから原作を楽しみましょう。別物として。

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( 映画の記号について )

津波と水素爆発で破壊された原発の映像がニュースに流れていましたが、その映像に私は違和感を感じました。バックの空がとてもきれいな青だからです。破壊された原発の残骸から受ける悲惨なイメージに打ち勝つほどに強く美しい青でした。それはワイキキの浜辺に似合うほどです。

もし、これが映画なら、空は少なくとも曇天でなければなりません。嵐の時のような真黒な雲ならお似合いです。逆に言うならば、映画で不穏な雲がでてきたら、その後には悲劇が起こると言う記号でもあります。

私のレビューには記号の解釈がいくつか出てきます。もちろん真面目に書いていますが、どれも私の独断と偏見で解釈したもですので話半分で読んでください。ご質問を頂いても多分お答えできません。

かつて私は「映画の記号辞典」を手に入れたいと思い、本屋さんで探した事がありましたが、売っていませんでした。

その時に立ち読みした本(タイトルは忘れました。)によると、記号というのは、ある程度の普遍性があるにしても、映画によって、また時代背景によっても変化するので、完全なる記号辞典は出来ない、というような事が書いてありました。

結局、映画の記号を解釈するには、多少の知識は必要だとしても、最終的にはその映画文脈の前後から動的な判断をするしかないのでしょう。学術書や原作に拘りすぎる静的な判断は間違いのもとです。一本の映画と言うものは、それだけで唯一無二の完結した世界、であることを忘れてはいけないのです。

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( その他 )

@ 「共感覚」についてお話しします。レビューやブログの中にときどき余談として出てきますので。

自慢話をしていると思われると困るのですが、私はおじさんになって初めて「自分には音→形が見える」(正確には、音を聴覚・視覚・触覚で味わえる)ことに気づきました。たぶん生まれつきなので、当たり前すぎて自覚すらしなかったのです。誰でも同じだと疑っていなかったのです。

ところが中年になり酒席で、なにげなくオーディオマニアの友人に話したところ、友人が「オカルト話は嫌いだ」と機嫌を損じたので、もしかしたら違うのかもと、気がついたわけです。

その特殊な感覚はオカルトではなく、まっとうな科学であり、一般に「共感覚」と呼ばれています。

しかし当時(10年近く前)ネットで調べても「文字に色がついて見える人」が一般的で、「音→色が見える人」ぐらいはあっても、「音→形が見える人」についての記事は皆無と言ってよい状態でした。だから「私のは本当に共感覚なの?」と疑問がふくらんだのです。

そんなある日、図書館で「ねこは青、子ネコは黄緑・共感覚者が自ら語る不思議な世界」(パトリシア・リン・ダフィー/石田理恵〔訳〕)という本を見つけて、救われました。

その中の「6章 作曲家マイケル・トーキーと音楽の色」で、音楽から視覚と触覚が刺激されるとして、「フレンチ・ホルンの音は丸」、「トランペットの音は先が尖った感じ」、「フルートは綿のような音」、「クラリネットは滑らかな音。まるでヒョウの毛皮のような感じ」と、そしてこれは「比喩」ではなく「知覚」だと書いてあったからです。

オーバーに言えば、私は「不安と孤独」の世界で、やっと「仲間に巡り合えた安心」を感じました。

今日、あらためてネットで「音 形 見える」で検索すると、わりと多くの情報がヒットするようになりました。日本にも多数の仲間がいそうです。これもある意味カミングアウトなのですが、自己紹介であると同時に、誰かを救えるとしたら必要なことだと思いました。


@ 「気功」、「オーラ」についてお話しします。レビューにも時々出てきますので。

おじさんになってからの事です。雑談中に友人から「あなたはオーラが見えますか?」と質問され、後に試してみたところ、自分にも「少しだけ見える」ことに気づきました。友人も「オーラ」が見え、同類の人はなんとなく判るのだそうです。

「オーラ」を一口で言えば、「仏像の背にある光背(こうはい)と呼ばれる放射状の後光」です。生身の人間にもそれはあります。光背みたいに放射状に鮮明に見えるのは希で、たいていは「体を包むぼんやりとした光」として見えます。私には。

見えることが何か役に立つのかと言えば、「うつ状態」の人からは「黒いオーラ」が出ている場合があり、それが見えることがあるのです。

「黒い光なんて矛盾する」と思われるかもしれませんが、「昔の家庭用の、黒いゴミ袋を膨らませたような、『テラテラ黒光りする膜』みたい」と言えば分かってもらえるでしょうか。そんな光に包まれているのです。オーラが見える友人も同じものを見たことがあると言っていましたし、ネットにも書いてあります。

そのとき偶然に「気」も見えることが分かったのです。「気」を一口で言えば、「全身から立ち上る白っぽい煙・湯気のようなもの」です。「煙・湯気」との違いは、「煙・湯気」は光を当てるとより鮮明に見えるのに対し、「気」は明るくても見にくいし、反対に暗闇でも見にくいのです。「気」を見るには「ちょうど良い加減の薄暗い場所」で、「暗色を背景」に手のひらを見ることです。私には手からモウモウと立ち上る「気」が見えます。

こんな「自分に起こっている現実」を無視するわけにはいきません。私はその「オーラ」と「気」をもっと知りたくて関係本を探しました。そして「気功」と出会ったのです。

「気功」を学ぶことで「気」を健康に役立てることができました。今の私は「気」が見えるだけでなく、手のひらで触れることも、多少操ることも出来ます。今の私にとって「気」は神秘であると同時に、「空気や水」と同じような「日常生活の一部」なのです。

他の人にも尋ねてみると、「臨死体験」みたいな事があった人、生まれつき日常的に「オーブ」が見える人などがいました。見えるのに私と同じように気づいていないだけか、あるいは気づいていても人目を気にして「秘密」にしている人は意外に多そうです。


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以上です。





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愛をプログラムに織り込んではならな...(0) 100点 ネットワーク・ベイビー 2014/07/28

さくらんぼ さん


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