ただいまの掲載件数は タイトル64256件 口コミ 1170772件 劇場 589件

さくらんぼ さん

電話が鳴ったらサギと思え

〈 Pallet 〉


(2019.3.19)

下記の戸籍届を、(まじめな話)知らぬまに誰かから役所に出される心配がある方は、「戸籍のファイアウォール」とも言える、「不受理申出」の制度があります。


『 Q.不受理申出とはどのようなものですか?
  
  A.ご回答内容

「不受理申出」とは、婚姻届、離婚届、養子縁組届、養子離縁届、認知届の5届について、自分が区役所の窓口に直接出向いて届出したことが確認できない限り、5届を受理しないよう申出する制度です。

また、「申出の取下げ」とは、提出した不受理申出を取り下げることです。』

( 2019.3.19「大阪市ホームページ」より抜粋 )


(2019.3.18)

今朝のNHKラジオで、有識者の方がこんな話をしていました。

「 官公庁の障害者雇用問題。採用が進んでいるようだが、単なる数合わせになってはいけない。

例えばバリアフリー。車イスは手動と電動では違う。電動を利用している人は、手の力が弱い人が多い。トイレはどちらの人でも利用しやすいようにしなければいけない。

ある会社では、介助者を付け、障害者に屋外で取材の仕事もさせている。このように、障害者の潜在的な能力まで開発できるようにする必要がある。

障害者には、色々な配慮をしないと、退職する人が増え、『やっぱり障害者では務まらないのかも』と考える人も増える事が心配だ。」(表現は正確ではありません)

いろんな話をされましたが、概ね、このように「職場ではもっと障害者が働きやすいようにして欲しい」という視点でした。

話はごもっともです。

しかし、この様な視点は問題の半分だと思います。

陰陽で言えば陽の部分。陰の仕事は語られていません。ここで言う陰の仕事とは、災害時など有事のことです。

暴風警報が出れば深夜でも召集されることがあります。大地震が起こったら瓦礫の道路を出勤しなければなりません。電気・ガス・水道・交通などのインフラが止まり、避難民が罵倒する中、避難所の開設・運営もしなければなりません。もちろん通常の役所の事務も止めるわけにはいきません。

もしかしたら、そんな陰の部分は「公務員の仕事」には含めておられない、のかもしれませんので、下記に再掲させていただきます。



『 @ 行政における障害者雇用の水増し問題もそうです。災害大国日本では、毎年のように有事が起こり、そのたびに、行政のマンパワーの不足が問題化しています。ですから、公益のため、たとえば自衛隊の様に、「有事を基準に人材の採用をする事が必要」であり、私益の民間とは、一線を画すことが必要になるのではないでしょうか。これも有事の際には、避難所だけでなく、沢山の住民にしわ寄せが来ます。

@ 以前、「帰宅困難者は、会社や通勤経路近くの避難所へは、行ってはいけない」という話がありました。「避難所は周辺住民もの」であるからです。だから、帰宅困難者のためのスペースや飲食物までは余裕が無いのです。

さらに先日、NHKの早朝ラジオでこんな話も聴きました。「周辺住民にとっても、避難所は、究極の椅子取りゲームになっている」と。

つまり、自宅が大変な事になった人や、老人・体の不自由な人が、後から遅れて避難しても、すでに満員で、入れないのだそうです。そして、避難所での配給も、避難所の人の物であり、それ以外の人の分は無いようなのです。

しかたなく自宅に戻って寝ようにも、半壊で雨や冷気が入って眠れない。だからご近所に頼み込んで、寝させてもらった人もいるのです。さらに、配給品も避難所優先だから、外にはなかなか届かないので、さらに困るのです。』(2019.1.22の抜粋再掲)

追記

話の流れで、便宜上、障害者という言葉を使っていますが、要するに、常識的な「適材適所で働く幸せ」を再確認しているだけなのです。今は我慢して働く時代ではないでしょう。だから、障害者でも有事に間に合う人なら問題はありません。

でも、有事に介助なしで一人前の仕事ができなければ、皆が困るだけでなく、実は、障害者本人が一番傷つくのです。有事においては、リフレッシュ休暇を取ることも、事実上できないのですし。教員の超勤問題でも同じですが、それを正直に申し上げているわけです。


(2019.3.17)

@ 「電車は定時運行」ですが、常識的に「飛行機は違います」ね。

ハワイからの帰り道、私は半日遅れで帰ってきました。それも、地元直行ではなく、東京経由で。


@ 『 「全員が超勤」正直すぎる教員採用パンフに賛否 仙台市教委は「現場の声を反映」 』

( 「弁護士ドットコム」3/17(日) 9:43配信 )

教員でなくとも、市町村役場、例えば、今が繁忙期の税務担当係は、1月半ばから4月末まで、毎日超勤ですし、土日の内どちらかが出勤になることも多いです。

「公務員は定時で終わる」と誤解している人がいるといけないので、パンフに正直に書くのは当然でしょう。

事務改革については、(困難ですが)当然に現場職員も考えています。教員や医師など、昨今話題になっている職場なら、さらに当然の事だと思います。


(2019.3.13)

@ 公務員の仕事の特徴の一つに「公平」があります。

血気盛んな新人君が職場改革をするのは結構なことですが、自分の区役所だけの独断先行(後退)ではいけません。

本庁や他の区役所(場合によっては上級官庁)とも協議して、(基本的には)足並みをそろえないと、他の役所や住民から、同調できない、不公平だと言われて、上司・先輩が叱られることになります。

たとえ新人君一人の担当で、彼の独断あっても、他の役所や住民から見れば、その区役所全体の方針(区長の方針)であり、当然に係員全員が了解している事として見られますから、上司・先輩は、監督不行き届きで、問答無用の悪者になりかねないのです。


もちろんこれは、新人君に最初に伝えたい原則ですが、すべての仕事がこの様にかた苦しいわけではありません。当然に自由裁量の範囲もあるわけです。

しかし、新人君が最初から区別するのは難しい。(苦手かもしれませんが)だから古参兵の先輩にでも相談すれば良いのです。

もちろん上司でも良いですが、上司は2〜3年で人事異動しますから、あまり詳しくないかもしれません。それに対して、先輩は5〜7年ぐらい居ますから。


@ @コインチェックからのビットコイン流失事件。被害額は約580億円とか。私の知る限り、加害者は誰なのか、公開されていません。

A先日のNHK・TVニュース。経済制裁中の北朝鮮が、ビットコインをハッキングして得た金額、約630億円とか。

@とAは別の話です。

何か関係があるのか、私は知りません。


@ 先日のDV死事件で、父だけでなく母も逮捕された事について、「母は、父から暴力によって支配されていた被害者だから、逮捕は不当」だとの意見があるようです。

ごもっともです。

そこは裁判で明らかにされ、父とは違った判決になる事を期待しますし、そうなるでしょう。

でも、もっと母が動けば、子どもは死なずに済んだ可能性がある事を思うと、いったんは逮捕され、取り調べを受けることも、致し方ないと思います。

又、被害者でもある母は、父が逮捕された今は、冷静になり、「自分が子どもを助けられなかった事」について、きっと悔やみ、自己嫌悪に陥っていると思います。

その時、第三者が、「ここまでは母の罪があるから償いなさい。でも、ここから先は、貴方に罪はありませんよ」と審判してあげれば、無罪放免でほかっておかれるより、救われるのではないでしょうか。

そういう意味でも、裁判を受けた方が良いと思います。


(2019.3.12)

@ オーディオとは、今で言えば、CDプレーヤー、アンプ、スピーカーの三点セット総体で、音を判断しなければいけません。

オーディオ雑誌では、よく、それぞれ単体での優劣を競っていますが、使うときは、必ず総体にしなければならず、その時の組み合わせ次第では、(個性のぶつかり合いで)評価が上下してしまうのです。

でも、ショップの係員ならともかく、普通の人は、自宅で(自宅でないと、環境が変わり、あまり意味がない)複数の組み合わせを試すことは難しく、最上の組み合わせを見つけることは困難です。

だから、最初から信頼のおける評論家推薦の三点セットを買ってしまうことこそ、オーディオの幸福(かもしれない)と、半世紀以上泥沼に使って悟りました。


@ 2019.3.10の「 ドラマー里英 (リエイ)  千本桜  名古屋栄噴水前 2018/12/2  」の記事で、「ドラム」と書きましたが、普通は「ドラムス」と言うようです。

一人で演奏する太鼓やシンバルは、複数ありますから。


@ やはり3.11つながりだったのでしょうか。

先ほどまでNHK・FMで、モーツァルトの「レクイエム」が流れていました。

美しくも、重く沈痛な曲ですが、ある種の精神状態の時には、メントールのような救済感が感じられることがあるのですね。

そんなところは、ジャズにおける、エリック・ドルフィーにも似て。


@ 「 避難指示解除も高齢化率45.5% 若者の帰郷進まず 福島県内9市町村 」

( 毎日新聞3/11(月) 17:59配信 )


(2019.3.11)

@ 震災遺構。

私は残してほしいと思っていました。

しかし、ほとんど無くなってしまったようです。

被災された方がつらいのは承知しています。

しかし、後世に語り継ぐために必要なことは、「原爆ドーム」でも証明されています。

指導者は、「子孫に必要かどうかで、賛否を考えてほしい」と説得するべきでした。

今つらければ、テントで隠すなどの措置も出来たはずですし。


@ 今朝のNHKラジオで、評論家がこんな話をしていました。

「 3.11から8年たっても、被災地になかなか人は戻らない。戻っても仕事が無いからだ。2045年には日本はかなりの人口減になると予想される中、これからの被災地の復興のためには、被災地が日本の産業にどのような貢献が出来るのかも、考えなければならない。」(表現は正確ではありません。)

@3.11で被災された方は、(最初は)同じ街を作り、同じ住民が集まって生活する事を、漠然と夢見ておられたのではないでしょうか。無理もありません。私が当事者だったら、やはりそう思うでしょう。

Aしかし、一方では日本の人口は減っていき、地方都市の中には、災害がなくとも消滅の可能性があるところが沢山あるのです。

従来、@とAは別の問題として議論されてきた感があります。一つの問題として議論することは、被災者の感情を逆なでしかねず、タブーとされてきたのではないでしょうか。

しかし、3.11から10年近くたち、復興庁の後継組織の話も出てくる中、そろそろ、このタブーにも触れなければいけないのかもしれません。


(2019.3.10)

先日、例によってSKE48劇場の近くを散歩していたら、歩いて5分ぐらいの公園で、女性(!?)がドラム演奏をしていました。

ドラムの生演奏を聴くのはいつぶりでしょうか。

いちばん鮮明な記憶があるのは、20代の頃、飲み会の二次会で、数人とジャズ喫茶へ行ったことです。

アルコールも入った状態で、生ドラムを聴くのは最高。

あれ…

つい今しがたまで、あれは生ドラムだと思っていましたが、どうも「記憶の書き換え」が起こったようで、あれは、タンスみたいな大型スピーカーからの音楽だったのかもしれません。高級スピーカーですから音がリアルだったのです。

どちらにせよ、その時のシンバル音に萌えていたら、同行の女性が、つまらなそうな顔をして、「帰りたい」と言いだしたのです。彼女はジャズがお好みではないようでした。

白状すると、私は彼女に、少し「惚」の字だったので、趣味が合わないことと、帰りたいと言われた事が残念でした。それもあって良く覚えているのでしょう。しかたなく、店を後にしましたが。


私は音楽が好きですが、いえ、音楽に限らず、映画以外のあらゆる芸術で、感動の涙を流した記憶は、ほとんどありません。

しかし、ドラムの生演奏だけは、いけません。

特にシンバルのパートになると、なぜか泣けてくるのです。

先日の、路上ドラムも、ハンカチが必要なほど涙があふれてきて、早々に立ち去りました。


「 ドラマー里英 (リエイ)  千本桜  名古屋栄噴水前 2018/12/2  」

https://www.youtube.com/watch?v=dsy9HuWV1P4

( 途中から、左後ろに登場するおじさまは、私ではありませんので、念のため申し添えます。)


(2019.3.9)

@ 「 2年連続、納豆日本一 大府・高丸食品 」( 2019年3月9日中日新聞 )

納豆と言うと、東京を連想しますが、日本一は、名古屋市のお隣、愛知県大府市だったのですね。

ちなみに大府市は、「 最新版!『住みよさランキング2018』トップ50 」( 2018/06/20 6:00 東洋経済新報社 )で6位に輝いた街でもあります。


@ 「 婚姻届の臨時受付窓口の概要

・日時/平成31年5月1日(水曜) 午前8時30分〜午後5時15分

・場所/大府市役所1階市民課窓口(大府市中央町五丁目70番地)

・取扱業務/婚姻・出生・死亡などの戸籍届およびこれらに伴う住民異動届の受領(住民票などの証明書の発行はできません。)

・その他/婚姻届に新元号記念スタンプを押印するサービス、記念撮影コーナーの設置を行います。」

( 2019/3/9 大府市役所ホームページより抜粋 )


新天皇即位の日(5月1日)に、大府市役所では、婚姻届の受付窓口を臨時開設するそうです。婚姻届の写しに新元号記念スタンプの押印サービスもあるとか。

上記の注目点は、取扱業務の欄に、「受領」と書いてある事です。「受理」ではありません。

しかし、ネットで他の市町村を見ると、新聞記事に「受理」と書いてあるものも有るようです。でも、市町村によって取り扱いが異なるわけではないと思います。戸籍の届は、戸籍法にのっとっているからです。

私は全国共通の扱いとして、大府市のホームページにあるように、「受領」が正解だと思います。

そして、臨時窓口を開設するメリットとしては、戸籍担当職員が受付に当たることにより、書類の完成度が上がりますし、添付書類が不足している場合など、もし出直しが必要な場合でも、後日、電話で伝えなくとも、その場で伝えられる点、などが考えられます。

大府市みたいにしてもらえれば、ハネムーンも安心して行けるはず。

ちなみに、「受領」と「受理」の違い等については、下記にある(2019.2.13)の記事をご覧ください。

追記

「受領」の段階で、「気が変わりました。やっぱり今日は、婚姻届け出しません。返して下さい」と言えば、「はい」と言ってすぐ返してくれます。何もなかったことになります。

しかし、いったん「受理」されてしまったら、「申し訳ありませんが、法律的に受理されましたから、もうお返しできません。離婚届を出して下さい」と言われるかもしれません。

そして、離婚届を出すと、役所は夫婦の新戸籍を作ってから、そこに離婚の記載をします。それは一生記録として残ります。

だから、「受領」と「受理」は、曖昧にはできないのです。


(2019.3.8)

@ ブルーマンデーという言葉がありますが、正月休みや連休も、すぐ過ぎ去ってしまうもの。たぶん今度の10連休でさえ。

そして、休み明けの電車のホームで、同じ会社の先輩と出会い、「○日間も、あっという間だね…」と、少しねぼけたような顔で、ため息交じりに挨拶しあうのが常でした。

でもその日から、また前を向いて、歩きだすしかないのです。


@ 「 チーズはどこへ消えた 」的な。


(2019.3.7)

3.11で避難を続けている方は、今だに沢山いらっしゃいます。

しかし、故郷の住民票をそのままにしている方も、少なくないのだとか。突然の不本意な避難だったため、「心はまだ故郷にいる」という事なのでしょう。

お気持ちお察しします。本当にお気のどくだと思います。


ところで、避難民の方には、住民票を2カ所に作りたいという願いを持っている方もいらっしゃるとか。故郷と、居所にです。

国は検討した結果、これを認めない方針のようです。

でも、今朝のNHKのラジオでは、有識者の方が「認めて欲しい」と言っていました。

どうしたら良いのでしょう。


直感的には、私は国側の方針に立ちます。

説明すると長くなりますが、何ごとによらず、物事には母性的なものと父性的なものが必要で、住民票や戸籍は、父性的なもののような気持ちがするからです。

見方を変えたり、法律を持ちだせば、すでに、さら地になっている場所に、10年近くたっても住民票が置いてあること自体、職権で消除しなかった行政の怠慢と呼ばれかねないのです。逆に、住んでいれば職権で作成することになります。

( では、どんな時に、職権消除が行われるのか。

私の知る限りですが、一般論で言えば、例えば…さら地になった土地が避難者名義でない場合(つまり借地だった場合)、地主が家を新築して第三者に貸しだす可能性もあるのではないでしょうか。

すると、同住所に二世帯の住民票ができるわけです。

住民票の場所に家が出来れば、避難民宛ての文書等や、尋ね人が来る可能性もあります。

もし第三者がそれを迷惑だとして行政に苦情申し立てをしたような場合、行政は間に入って苦しい立場になります。

そんな場合、行政としても放置できず、法律にのっとって、実地調査後に、職権消除する場合もあるわけです。)


実は、被災者に限らず、住民票を故郷に置いたままで、別の居所にいる方は、意外とたくさんおられ、行政は住民票が無いまま、特例として対応することがあるのです。

例えば、税もそうです。住民税を居所で課税すると、住民登録地との二重課税や、賦課争いも起こりかねませんが、三者で連絡を取って、解決しています。

追記

行政のイベントなどで、時々、「名誉市民の住民票」みたいなものが、出回ることがあります。

お叱りを受けるかもしれませんが、たとえば、被災された方で、住民票を避難先へ異動された方には、被災地の役所で、「名誉市民の住民票」を作って交付し、「心は被災地にあるという気持ち」を共に認知し、後世に伝えてあげるというのは、いかがでしょうか。


(2019.3.5)

欲しいと思っているスピーカーの音色を、YouTubeで確かめようと思って、あちこち見ていたら、偶然、下記を見つけて、ため息をついています。

今でこそ、毎日ブログ書きをしている私ですが、子どもの頃は、画用紙に鉛筆一本で、クルマや船、飛行機などの、絵を描くのが大好きだったからです。

子どもの頃、お絵かきは多少なりとも得意でしたが、文字を描くことや、作文は、好きだとも得意だとも、思ったことはありません。

人生分らないものです。

「 鉛筆画 石原さとみ 完成までの一部始終 動画 早送り / Pencil drawing/ Satomi Ishihara/ Portrait/ How To Draw  」


(2019.3.4)

@ 20年近く前の私のレビューが「ぴあ映画生活」さんにあります。きっと、これからの半生の記録も残るでしょう。ありがたいことです。

では、1,000年先には残っているでしょうか。

電子データだから残るという考えもありますし、電子データだから飛んで(消えて)しまう可能性が有る、という考え方もあるはず、ですが。

追記

本当の話ですが、今ラジオから流れているのが、「ケセラセラ」です。

追記2

「今、階段の踊り場にいます。皆は登るためにブログを書くけれど、私は降りるためにブログを書くのです」と、私が数年前から言っている事を、記憶している方もいらっしゃる思います。

私の本望は「忘れ去られること」なのです。ですから、いたずらにネット上の寿命が欲しいわけではありません。

でも、どなた様のブログであっても、いったんネットに書き込まれた情報の寿命については、人類の未体験ゾーンに入っていく、という事を申しあげているわけです


@ 銀行預金は、名義人が亡くなった後は、相続手続きが終了しないと引きだせません。不便ですね。だから、一部の老人たちはタンス預金を始めるのかもしれません。「子どもたち」のためにと。

( だから、よけい「子どもたち」からのオレオレ詐欺にも、ひっかかり易いのかも。 )

もう一つは、タンス預金だと税務署に見つかりにくく、贈与・相続税対策にもなるのではないかと、もしかしたら、そんな事を考える人もいるのかもしれません。


@ ラジオで、「吉田拓郎さんは、なぜ売れた」について解説していました。それによると「少年の詩を老人の声で歌っていたから、そのギャップが魅力だった」との事でした。なるほど、目から鱗の見解でした。

では、私も拓郎さんのファンの一人として意見を言わせていただきます。

私は、拓郎さんの声は、老人というよりも、「少年たちのセルフイメージの声」だと思うのです。

拓郎さんの歌は、少年たちの心情を、少年たちの(セルフイメージの)声で代弁してくれたのです。

ただし、「拓郎さんは、少年たちよりも半歩進んだ感覚を持っていた。そこに、少年たちは兄貴分を感じて萌えた」のです。


@ スターレットな頃、私も雨の中を走った経験があります。もちろん雪の日も。

でも、脚を痛めて引退し、おじさんになってしまった今は、雨の日は喫茶店に行くのもおっくうです。


(2019.3.3)

@ 私の青春の一ページ。

「 トヨタ スターレット1300S 」

http://win1999.web.fc2.com/JSCbk/61.htm


@ 雨が心配なので、朝一で散歩に行ってきました。帰りがけにぽつぽつ降られましたが、なんとか持ちました。

帰宅して、FMでグリーグの歌曲を聴きながら、スクワット100回を終えたところです。

やはり空は、灰色より青が良いですね。

東京マラソンに参加されている方、応援しています。


(2019.3.2)

>先日、脚の付け根の関節を痛め、階段を登るのも苦痛になってしまいました。(映画「体操しようよ」追記11より)


関節と書きましたが、筋肉の端っこにある「腱」かもしれません。区別が難しいですが、とにかくその辺りです。

午後にした「部屋の掃除など」で痛めたようで、夕方から階段を登るのが苦痛になりました。

その夜、布団に入って、「手あて」をしようと思いました。大きな部位ですから、「効くのかな…」と、自分でも半信半疑でしたが。

とりあえず患部に手のひらを当てましたら、やがて、冷湿布をしたようなクールな刺激感が始まりました。

「気」は不思議なもので、健康な患部に照射しても、痛くも痒くもありませんが、病んだ部分には沁みるのです。

五十肩の時など、ひどい時には激痛が走ることもありました。でも、今回は微かな冷たさです。わりと軽傷なのかもしれません。

( ちなみに「気功」では、「はり治療」のように経絡のツボにするだけでなく、患部に直接照射したりもします。簡単に針の届かない内臓でも、体を透過して平気でやれますから。)

気持ちが良かったのか、そのまま寝てしまいました。


次に気がついた時には、冷たさが消えていました。

これは気功治療の一回分が終わった証拠だと思っています。手を置いたままの格好で目覚めましたから、まだ寝返りはうっておらず、おそらく何十分という単位だったと思います。


翌朝は「多少痛みが引いたかな!?」という程度。

例によって、スクワットも100回やりました。

そして、その日は一日、街を散策していました。夕方帰宅するまでに、1万歩は歩いたはずです。

その夜は、階段を登っても、ほとんど痛くありませんでした。全快間際です。


今まで、自分の体を使って、切り傷、スリ傷、打ち身、捻挫、筋肉痛、関節痛、その他、諸々の症状に、人体実験してきました。

「手あて」が多少効くことは間違いないと思います。

何十年も生きていると、このぐらいのトラブルなら、全快までに〇日かかるということが、経験上分かりますね。

それが「おや? 今回は早いな…」と思えるからです。


(2019.3.1)

@ 病気になったスイマーさんに、冷たい事を言って、世論から袋叩きにあった大臣さんがいました。

私もそのニュースを聞いて、大臣さんに憤慨した一人です。

しかし先日、TVの「ビートたけしのTVタックル」で、その時の大臣さんのインタビューを、ノーカットで放送したのを聴きました。

すると印象が一変したのです。

私なら大臣さんに合格点をさしあげたい。少なくとも非難されるようなものではありませんでした。

例えば、美しい純文学に必然性のあるヌードが出てくる事がありますが、そのヌードだけを切り取って、不謹慎だと言っているようなものだったのです。マスコミは。

「それがマスコミだ」と言うことは知っているつもりでしたが、まさか、あれほどとは思いませんでした。


@ オーディオのスピーカーを、クラシック用とジャズ用に、2種類使っている人がいます。私もその1人。

小さくて、安価なものでも良いのです。柔らかな音の物と、歯切れの良い音の物があれば。

すると、何が違うのか。

スピーカーを切り替えるたびに、新たな感動が生まれるのです。

もし、一種類だけだと、次第にその音に慣れて行き、いつのまにか、空気のような存在になってしまうから、新鮮味が無くなるのです。

それは、それで、幸せな境地でもありますが。


@ 借金を返さないのも、約束を守らないのも、自殺するのも悪いことです。普通、子どもにはそう教えますね。

しかし、世の中には、返したくても返せない借金もあれば、守りたくても守れない約束も、さらには自殺する人もいるのです。

だから、@事情を考慮することが大事。その点に異論はありません。

でも、A原則が無価値になったわけではないのです。

何が言いたいのかと言えば、物事を単純化するあまりか、@ばかりが話題になっているような気がすることです。


@ 3人家族ならよくありますが、例えば100人家族があったとします。

100人すべてを写した戸籍を、謄本(全員の写し)と言います。

99人を写したものは、抄本(一部の写し)と言います。


(2019.2.27)

先日のNHK「ガッテン!」では、「はり治療」が取り上げられていました。

素人である私は、はり治療とは、「経絡(気の通り道)にあるツボを針で刺激し、気の通りをよくする治療法」だと理解しています。

「はり」の代わりに「手あて」をすれば気功治療になり、両者は親戚みたいなものなのです。

NHK取材班は、「はり治療」の本場中国へ飛び、大家の話を聞いていました。

大家は「ツボに針を打つと、そこから患部まで、エネルギーの通り道が見える体質の人がいる」と言って、写真を見せてくれました。

まるで引っ掻いたような、幅一センチぐらいの赤い筋が、何十センチも、皮膚を走っていました。

それは驚くべきものでしたが、気になったのは「エネルギー」という単語です。

「はり治療」は千年以上の歴史がありますが、昔の中国で「はり治療」に「エネルギー」という単語を使っていたとは思えません。

邪推すると…

現代医学では存在が認められていない「気」を使って、NHKが「はり治療」を説明をすることは適当ではないけれど、一部健康保険での治療が認められている「はり治療」を、番組が無視するわけにもいかないので、「気」を「エネルギー」と意訳したのではないかと、私は思うのです。「気はエネルギーであり、情報である」というのが気の世界の常識ですから、エネルギーでも間違いではないのですが。

NHKにとっても痛し痒しといったところでしょうか。

追記

『 中国医学では、経穴を刺激することで経絡として知られる道を通る「気」の流れの異常を正すとされる。

科学的調査では「気」、「経絡」、「経穴」、といった中国医学の概念に組織学的あるいは生理学的相互関係は見出されておらず、一部の現代の施術者は中国医学的手法に基づかない鍼療法を使用している。』

( ウィキペディア「鍼」より抜粋 ) 


(2019.2.26)

申告シーズンになると、ニュース等で、さかんに「確定申告」という言葉が飛び交います。

ご承知のように@「確定申告書」は国税の申告書であり管轄は税務署になります。

しかし同時期に、A「市県民税申告書」も発送されます。管轄は市町村役場です。こちらも大量に発送されていますが、なぜかニュースにならない。

だから、わけの分からない申告書が来たとき、人はどこかの役所へ電話し、とりあえず「確定申告書が来た」と言いがちです。しかし、その一言が誤解を招き、「確定申告なら税務署へ聞いてください」となり、税務署へ行って見せると、「あっ、市県民税申告書ですね。市町村役場へ行ってください」となるのです。

これを防ぐためには、役所も住民も、「確定申告書」という言葉を軽々に使わず、特に役所側は、「何色の封筒ですか?」「申告書の上部には何と書いてありますか? 読んでみてください」などと、確認を怠らないことが大切です。



「確定申告書」も「市県民税申告書」も、前年の実績を参考に「行政サービスの一つ」として発送されています。

しかし、就・退職、開・廃業、扶養人数の変化などにより、今年の課税状況が変わることも多いのです。

すると、「確定申告書」を送付した人でも、今年は所得税が課税にならないので、「確定申告書」ではなく「市県民税申告書」の提出が必要になる人や、

逆に、「市県民税申告書」を送付した人でも、今年は所得税が課税になるので、「市県民税申告書」ではなく「確定申告書」が必要になる人も出てくるのです。

『 すると、電話照会があったときなど、「受けとった書類がどっちなのか」という事だけでなく、「本当はどっちの申告が必要になるのか」まで、瞬時に判断し、適切な説明をしなければならないのです。そんな電話は申告時期になると毎日たくさんあるはず。』

しかし、窓口で対面し、じっくり会話すのならともかく、電話だけで、しかも短時間に判断するのは、そんなに簡単なことではありません。しかも、「そこまで理解した担当者にアクセスする必要がある」ことを知らぬ人が役所の内外に多いのです。

たとえば役所の総合案内では、「確定申告書」と聞けば「税務署です」。「市県民税申告書」と言えば「市町村役場です」と、単純に答えるだけでしょう。



もしかしたら「税務担当者は、どんな申告書でも受け付けられるようにすべきだ」という声もあるかもしれません。

しかし総合病院の「内科」で「外科」の相談をしてはいけないように、どこの役所の、どんな担当でも、自分の仕事以外の知識はあまりありません。

仮に少々知っていたとしても、プロの知識は日々更新していかなければ実戦では使い物になりません。一年前の知識で、今年の行政相談に乗れば、間違いが起こりかねず、それは住民にとっても迷惑なことになりかねないのです。

では、税務署と市町村役場職員の一部が、お互いにの役所へ出張受付すればと言う考えもあるでしょう。でも出張すると、連日残業の繁忙期なのに、「お客様の途切れた空き時間」に内部事務ができないのです。その損失は一日数時間分にも匹敵します。(2017.12.12の加筆再掲)

追記

そして、「市県民税申告書を送付した人からの電話で、今年は所得税が課税になるので、市県民税申告書ではなく、確定申告書が必要になる事が判明した」ので、税務署へ行ってもらったとします。

ところが税務署の受付で、「市県民税申告書」を見た係員が、「あっ!市県民税申告書は市町村役場へ行ってください」と機械的に返してしまい、やっぱり市町村役場に来てしまう事があるのです。

それを防ぐために、「税務署の人が誤解するといけないから、市県民税申告書は税務署では見せないでください」と付け加えたりする事も、必要かもしれません。


(2019.2.25)

「 鳥取県警、採用に民間適性試験「SPI」導入へ 都道府県警で初 」

( 毎日新聞 2019/2/25(月) 13:30配信 )


(2019.2.24)

@ 私の電子マネーはmanacaです。ある日、セブンイレブンのレジでnanacoの表示を見つけたので、「manacaですね」と言ったら、「nanacoです」と言われました。目がチラチラします。

最近、オートチャージができる新型マナカが発売されたので、乗り換えようかと思って、少し検討中です。

常連客ならともかく、飛びこみで入った店では、つい現金を使ってしまうのです。帰宅してから、「そう言えば、カード…」と思いだすことばかりですが。


@ 以下、映画「太陽がいっぱい」のネタバレです。

追記Uより転記( 2018/9/23 10:24 by さくらんぼ)

若いころ、淀川長治さんと吉行淳之介さんの対談集を読んだことがあります。何十年も前の話なので、表現までは正確に覚えていませんが、そこには、こんな事が書いてありました。

「 話題が映画『太陽がいっぱい』に及ぶと、吉行さんが、『あれは、貧富の間にある溝を描いている』と言いました。

すると淀川さんが、『いいえ、あれはゲイの映画です』と返したのです(当時はLGBTという言葉は知られていなかった)。

淀川さんは続けます。『トム(アラン・ドロン)と、フィリップ(モーリス・ロネ)が、小さなボートから降りるシーンがあります。貧富の溝を描いた映画なら、貧しいトムが先に降りて船をつなぎ、後からフィリップが降りなければなりません。しかし、あの映画では二人同時に降りました。だから二人の間に、貧富の溝はありません』と。

そのとき、吉行さんは『そういう解釈も、あるかもしれない』と言いました。すると淀川さんは、『解釈はこれ一つです。ほかにはありません』と答えたのです。」

私はこれを読んで、衝撃を受けました。

それ以来、映画を観ると、その「これ一つ」を求めるようになりました。さすがに最近は疲れるようになったので、あまり深追いはしなくなりましたが。結果、私のレビューでの、そこへの到達率は、たぶん1%未満でしょう。

もちろん、感想は10人10色でかまわないのです。感想まで10人1色では、つまらない。

この話は、以前どこかに書いた事がありますが、ここには、まだでしたので。



追記Wより転記(2018/9/23 22:01 by さくらんぼ)

>それ以来、映画を観ると、その「これ一つ」を求めるようになりました。… そこへの到達率は、たぶん1%未満でしょう。(追記Uより)

少し補足説明します。

@「上映された映画は観客のもの」であり、観客は自由にそれを評価することが出来ます。感想どころか、主題さえも、観客の数ほどあって良いと、私は考えます。

Aしかし、「上映されるまでの映画は監督のもの」であり、監督が描きたかった(ときには、密かに、騙し絵のように描き込んだ)主題が存在するとも思います。

私は、そんなAについて知りたいと思っているのです。たぶん淀川さんの言われることも同じなのでしょう。

しかし、それは難しい。

だから「1%未満」とは、私が「この映画の主題は〇〇でしょう」などと書いていても、「その99%以上は間違っているかもしれない」という意味です。

もちろん、真面目に書いているつもりですが、あまり正解を求めると、書けなくなってしまいますから。

ですから、もし皆さまの中に、私と違う主題など発見された方は、(そんな方はいないと思いますが)私のことなど気にせず、返信ではなく、ご自分のレビューでどんどんお書きください。


@ 皆様ありがとうございます。


(2019.2.23)

私の投稿は、忙しい在職中は一月に数件でしたから、名前は多くても1ページに数件、まったく無い日も多々ありました。ある意味、平安な日々でした。

しかし、仕事をリタイアしてからは投稿件数が増え、現在は毎日のように何かを書き込んでいます。すると、当然に私の名前が増えますので、自分の仕業ながら、困惑しているのも事実です。

私の投稿を楽しみにして下さっている方がいらっしゃることは知っているつもりです。その声には応えたい。しかし、大量の私の名前を見て、私とおなじように困惑されている方も、中にはいらっしゃるのではないのかとも、想像していました。ですから、投稿する度に、一抹の自己嫌悪を感じていました。

もし、私のレビュー・その他に、この場に相応しくないものがありましたら、お手数で申し訳ありませんが、私にお知らせいただくか、削除してくださるよう、管理人様に願いいたします。

(2018.10.23の記事に加筆再掲)


(2019.2.22)

@ 欲しい本は多々ありますが、貧しい小遣いから厳選した本を買っても、この頃は読む気力が無く、積読(つんどく)状態になってしまいます。

歳のせいかな、とも思いましたが、こうやって毎日レビューやブログの更新をしている1.5時間前後が、気力を消耗させていると気づきました。


@ 少年は、青年になり、やがて、おじさんになりますが、おじいさんにはなりません。

少女も、青年になり、やがて、おばさんになりますが、おばあさんにはなりません。

おじいさんや、おばあさんは、物語の中だけに存在するのです。


(2019.2.21)

@ ステーキハウスのブロンコビリーに行ってきました。

正月に行ったときは、ガラガラだったのに、平日の11時過ぎに行ったら、すでに、かなりの混雑。びっくりしました。

お値打ちなステーキランチ、サラダバーなど付をオーダーし、さっそくサラダを食べました。

そうしたら、野菜の中にバナナチップが入っていたのです。

普通のバナナチップは、歯が欠けそうなほど堅いのに、ここのは「ぬれせん」みたいに柔らかいな、と思ったけれど、良く考えたら、サラダの水分を吸っただけなのでしょう

でも、バナナは単体で食べるよりも、他の食材と合わせた方が、感度的な味になりますね。

追記

なぜかJK御一行様がサラダバーに群れていて、さすがの私も、しばらく近づけませんでした。


@ 安倍さんがトランプさんをノーベル平和賞に推薦したとか。

これは安倍さん自身の利益のためではなく、日本の国益のために行ったことだと思います。もし、私が安倍さんの立場だとしても、同じ事をしたかもしれません。

推薦状一枚で、日本の国防にもメリットがあるとすれば、商人としても悪くない話です。


@ 私は裕福ではありませんが、おかげさまで食べるには困りません。

そんな(ゆとりある!?)私でも、スマホは持っていません。おそらく数年に一度しかないであろう非常時と、毎月払い続ける料金を天秤にかけると、今のところ、私にとってスマホは、持つだけの価値がないと判断したからです。毎年にすれば数万円づつの出費になりますからね。

持ってなくとも、私は大人ですから、惨めに思うことも無ければ、イジメにあうこともありません。

ところで、ご承知のとおり、日本には、育ち盛りなのに、食事も満足にさせてもらえない子どもたちが、少なからずいるのです。母子家庭になるとその割合はもっと増えるとか。

そんな中、「小中学校でスマホを自由化」すればどうなるのでしょう。

辞書代わりには重宝するでしょうが、非常時の連絡は毎日あるわけではありません。逆に、食事も満足に食べられない貧しい子どもたちが、スマホを持たせてもらえなくて、毎日惨めな思いをする事が心配になります。その辺りのケアを忘れないようにして欲しいと思います。

私の子どもの頃は、中学生になると、皆、万年筆を買うのが習慣でした。授業では万年筆など使わなかったのに、大人の証みたいで嬉しかったのです。ところが、クラスに1〜2人のお金持ちが、パーカーとか、舶来の製品を持っていて羨ましかった。あの時の気持ちは、おじさんになった今も忘れていません。


(2019.2.20)

@ 映画館に「カラヤン・シネマ・クラシックス」というチラシがありました。

完璧主義者・カラヤンが夢見た、完璧な音楽体験を映画館でしようというものです。

全五回で、第一弾「伝説」から始まり、「新年」「荘厳なミサ」「感情の波」、そして第五断「人生の旋律」で終わりを迎えます。

その「人生の旋律」には、ブラームス:交響曲第2番と、チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」が取り上げられていました。

とりあえず今、「悲愴」のCDを聴いています。ロストロポーヴィチ指揮、ロンドン交響楽団で。


@ パンの上に「サイコロ状のチーズがまぶしてある」総菜パンがあります。

私の好物ですが、はたしてチーズの数は同じなのでしょうか。それとも、大ざっぱに一握りのチーズが入れてあるだけ、なのでしょうか。

半分ぐらいはパン生地の中に埋もれており、その上、溶けています。

ですから、外見上判断することは無理です。

でも、チーズ好きである私の性(さが)としては、生地が盛り上がっている(大きな)ものを選ばざるを得ませんでした。

それには、溶けていないゴロゴロが多く乗っています。

トレイに乗せてレジへ急ぎました。

レジの男性店員さんは、慣れた手つきで袋に入れてくれましたが、その時、サイコロが一つ取れて、カウンターに転がったのです。

店員さんは、それを無視し、何ごともなかったかのように袋を私に渡しました。「あっ!」と思いながらも、私もお金を払って店を後にしました。

しかし私の心は、割り切れない思いでいっぱいだったのです。

あのサイコロの代金も払ったのです。でも、サイコロは私の口には入ることは無い。

ほんとうなら、「あっ!、(転がったサイコロを指さして)、これはもう食べられないから、きれいなサイコロを一つ袋に入れてください。」と言うべきでした。

しかし、そこまでチーズに執着している事を知られると、変な客だと思われかねない。

その事とチーズを天秤にかけ、泣く泣く言葉を飲み込んで店を出たのですが、ボッタクリ商法にでも遭ったように、気持ちは落ち込みました。

そう言えば、「チーズはどこえ消えた!」とかいう本もありました。読んでいないのでストーリーは知りませんが、作者のこだわりだけは、痛いほど分かるような気がしました。


(2019.2.19)

@ 昨年の秋にSKE48のミニライブがあった、ショッピングモール屋外ステージで、今度は2019年2月24日(日)11:00〜(予定)に、ラジカルNEOナイト「100%SKE48!」の公開録音があるようです。


@「公務員は住民サービスが仕事だ」という考えが中心になっているせいか、研修ではあまり触れられていないようです。

そのためか、多くの公務員にとって、これは「絵に描いた餅」になっているかもしれませんが、「住民を守るため」にも、自らの権力を、いまいちど復習した方が良いと思います。


「 概説

公務の執行に対する罪には刑法第2編第5章に規定される、公務執行妨害罪(刑法95条1項)、職務強要罪(刑法95条2項)、封印等破棄罪(刑法96条)、強制執行妨害目的財産損壊等罪(刑法96条の2)、強制執行行為妨害等罪(刑法96条の3)、強制執行関係売却妨害罪(刑法96条の4)、加重封印等破棄等罪(刑法96条の5)、公契約関係競売等妨害罪(刑法96条の6第1項)、談合罪(刑法96条の6第2項)がある。
…中略…

公務執行妨害罪

公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する(刑法95条1項)。警察における集団語は公妨(こうぼう)。罰金刑については、平成18年(2006年)改正(平成18年5月8日法律第36号)で導入された。 」

( ウィキペディア「公務の執行を妨害する罪」より抜粋 )


(2019.2.18)

下記は、児童虐待をめぐる「介入」の仕組みですが、すべて「○○できる」と規定されています。

しかし、(私の偏見で言えば)「○○できる」は、平均的な役人の感覚では、「原則としてやらない」になると思います。

「やらなくても良い」のに、勇んでやってしまい、もし問題でも起きたら、それこそ大問題だと考えるわけです。

それに対して、税金の差押えのように、「○○しなければならない」と規定されていれば、行使して、もし問題が起きても、「法律に従っただけ」と弁解できるから、動きやすいのです。すでに述べたことですが。


(臨検・捜索) 裁判所の許可を得て、強制的に立ち入って調べ、子どもを捜すことができる。(児童虐待防止法)

(職権保護) 児童相談所などの権限で、子どもを一時的に保護することができる。(児童福祉法)

(施設入所) 裁判所に認められれば、児童養護施設になどに入れたり、里親に預けたりできる。(児童福祉法)

(親権制限) 裁判所が認めれば、親権を止めたり、失わせたりできる。(民法)

( 参考:19.2.17朝日新聞3面 「『介入』ためらう児相 昨年度の『親権停止』30件」 )


(参考)

『 市町村役場の徴税職員は、その気になれば、職員個人の印で、銀行調査や預金の差押えが出来てしまうほどの強い職務権限を持っています(通常は首長の公印を使いますが)。

法律には(一定の条件にあてはまる滞納者に対し)「差押えできる」ではなく、「差押えしなければならない」(地方税法)とまで書いてあります。

だから、あまり手荒なことをしたくない彼らは、ある意味、「差押えするためではなく、差押えしないため(自主納税させるため)に働いている」、とも言えるのです。もちろん甘い顔をしても納税されない場合は、対立を承知で差押えします。』

(2019.2.10の抜粋再掲)


(2019.2.17)

@ どなた様か、「冗談の方程式」をご存じでないでしょうか。


@ 名古屋にある老舗の名画座「伏見ミリオン座」が、スケールアップして、近所に2019年4月19日移転開業します。

旧「伏見ミリオン座」の最終営業日は、2019年4月7日だそうです。

在職中に、研修会場とか、コンサート会場を間違え、一駅違う場所に降りてしまい、走って、走って、ギリギリ間に合った苦い思い出がありますから…。

( 参考:2019.2.16朝日新聞29面 )


@ @現在の戸籍は、ほぼ電算化されているようです。

Aしかし以前は、紙の戸籍簿からコピーしていました。

Bそれ以前、コピー機の無い時代は、請求があると、戸籍担当の職員が、手書きで転記したものを交付していました。当然、すぐには作れませんので、後日交付するスタイルだったと思われます。

30年ぐらい前、私は一度だけBの戸籍を一枚見たことがあります。

一見、紙の戸籍原本と見分けがつきません。

しかし、確か、朱色の文末印が押して無かったような記憶です。私はそれをもって「原本ではない」と思いました。ちなみに、今となっては壬申戸籍かどうかは分かりません。

( 参考:2019.2.16朝日新聞29面 「閲覧禁止の『明治の戸籍』?ネットに出品」身分や犯罪歴など記載 )


@ 映画「A.I.」からは、「究極の延命治療」の世界も覗けますね。もちろん私もごめんです。


@ 友人に「鯨料理は好きですか」と尋ねたら、「もちろんです。刺身をよく食べました」と言われた事があります。

私も鯨が好きでよく食べましたが、なぜか刺身だけは食べた記憶がありませんでした。

そんな折、先日初めて行った(中央卸売市場近くの)回転寿司店で、鯨の握りが流れてきたので、狂喜して食してみました。

見た目は牛肉の握りのような色をしていますが、牛肉みたいにはきれいにスライスできないようで、ちじれています。上には擦りおろし生姜が少し乗っていました。

醤油を付けて口に運ぶと…

まったく癖がありません。

ほとんど歯ごたえを感じないほど柔らかく、牛肉よりも淡泊で、魚で言うならハマチに近いですが、ハマチのような脂っこさはありません。魚のような生臭さも皆無です。言われなければ何の肉を食べたのか分からないぐらい。淡泊ですから、日本人の口には合うはずです。

でも私には、昔よく食べた鯨のステーキやベーコンの方が、鯨らしい、濃厚な味わいを堪能できて、好物かも。

先日のニュースでは、今年2019年の7月から商業捕鯨が再開されるようです。ネット通販や、あらたな鯨ファン開拓のためか、新メニューも検討されているとか。


(2019.2.16)

勤務先近くに、「こだわりの塩をつかった、塩ラーメンの店」がありました。

でも、家路とは反対方向でしたし、当時は、塩ラーメンの微妙な味わいよりも、味噌ラーメンなどの濃厚な味わいに飢えていましたので、とうとう行くことはありませんでした。

「きっと、うまかったんだろうなぁ…」。

時々思いだしては、添加物のいっぱい入ったサンドイッチをつまんでいます。


(2019.2.14)

@ 昔と違い、住民票は電算化されています。

@しかし住民票の閲覧用に、別途、紙のリストが作られており、閲覧者は手でめくって閲覧します。

18歳とか、22歳とかの人を探すためには、総めくりして、閲覧用紙に転記しなければなりません。大変な時間と労力がかかります。

Aしかし、市町村によっては、電算機の検索機能を使い、18歳と22歳の人だけを印字したリストを作り、提出してくれる所もあるようです。

「自衛隊員募集の協力」の件ですが、Aが約36%あります。これが本来の協力という意味ではないでしょうか。

@のように全冊閲覧するためには、多人数が何日も入るでしょうから、役所側としても落ち着かず、煩雑なはずです。それなのにリスト提供をしないのは、自衛隊について、なんらかのバイアスがかかっていると、思われても仕方ないのかもしれません。

そういう意味で、「6割以上が協力を拒否している」という総理の発言は、間違いとまでは言えないと思います。

そして、総理の発言を問題視するよりも、@Aにも応じない市町村が、1割程度ある事の方が、実は問題なのでは。


@ あの歌にはすごい破壊力があるらしい。

歌のファンである私にも言わせてもらえれば、ファンに腕を引っぱられて、異常を感じ、練習を休んでいる野球選手と、どこか深いところで似ているような気もします。

「 音楽評論家で尚美学園大学副学長の富澤一誠さん(67)は …中略…

富澤さんの出発は『自分の意見を歌っていた』というフォーク。吉田拓郎の『今日までそして明日から』に衝撃を受け、東大を中退してしまった。」

( 2019.2.13朝日新聞25面 ラジオアングル「歌詞にこだわり分析」より抜粋 )


@ 地下鉄が発車しそうになった時、階段を降りてきた一人の男性がいました。

ところがその人は、乗降口まで15m〜20mぐらいの距離を走り切れず、途中でフリーズしてしまったのです。障害者か、ある種の病気の人は、体を動かそうとしても、意に反して、数秒から一分前後、フリーズしてしまう事があります。

ところが、運転手は電車を発車させず、そのまま30秒ぐらい待っていたのです。

止まったり、動いたりしながら、やっとの事で、その人は電車にたどりつき、電車は動きだしました。

これを人情話とするのか否かは、意見が分かれるかと思いますが、あれから10年以上たった今、思いだしてみると、やはり否ではなかったかと思うのです。

発車ベルが鳴った後に、待たせて乗ろうとすることは、健常者であれ、障害者であれ、危険かつ、その他大勢の乗客に迷惑をかける事に違いは無いからです。それどころか、障害がある方だからこそ、危険性は高まっていたのかもしれません。


@ キリスト教も仏教も、およそ宗教とは、この世の不条理を受け入れるために、あるのかもしれません。不勉強な私が思うには。


(2019.2.13)

@ 毎朝のラジオ体操や、公園の散歩ぐらいなら、健康に良い運動でしょう。

しかし、アスリート、それもオリンピアンともなれば、極限まで体を酷使するわけですから、例えは適当では無いかもしれませんが、道路・建設工事をしている肉体労働者の皆様のように、あるいはそれ以上に大変なわけです。

つまりオリンピアンが行っている練習が、健康に良いとは思えないのです。

華やかな、その舞台とは裏腹に。


@ 先日のトンコレラでは、「事前にある程度の疑いがあったのに、後手に回って、被害を大きくしてしまった可能性がある」との報道がありました。

比較するのは失礼と、重々承知ですが、先日の、防げなかった虐待事件を思いだします。


@ 改元の日に当たる2019.5.1は大安でもあるようです。

祝日で役所は休みですが、めでたい日ですから、婚姻届が集中する可能性が高まりました。しかし、当日にいきなり役所へ出向くのではなく、事前に相談しておいた方が良いです。

市町村役場には「時間外窓口」もあり、「死亡届・出生届・婚姻届・離婚届など戸籍の届」ができます。

でも、少し注意が必要です。

例えば婚姻届を持参したとします。

時間外は役所のコンピュータが止まっていますし、公簿も書庫に施錠してあります。さらに民間のガードマンしかいませんから「受領」する(あずかる)だけなのです。

「受領」した書類は、休み明け、担当職員により書類審査され、問題がなければ、『受理』(法的な効力が発生する)されます。

そのときの「効力は受領した日」にさかのぼります。つまり日曜日に「受領」したなら、日曜日から婚姻有効となるのです。

しかし素人が初めて書いた婚姻届けが、何の問題もなく『受理』される可能性は多くありません。軽微な記入漏れや誤記なら、役所は職権処理してくれるでしょうが(役所にとっても、その方が都合が良い)、重要ヶ所は本人に確認が必要ですし、必要な添付書類がない場合も困ります。それに婚姻に伴って「住所変更の届け」も必要になる事がほとんど。

すると、後日呼びだされることも少なくありません。その時、すぐに行かなければ婚姻届は宙ぶらりんになってしまいかねません。まだ戸籍上は夫婦ではないのです。

もし、どうしても時間外に提出したいのでしたら、事前に役所の担当係へ行って相談し、書類を完璧に仕上げておくことです。後日それを持って、時間外窓口に行くのが良いと思います。それなら「受領」でもあまり問題はありません。

追記

ちなみに、「死亡届」など「埋火葬許可書」が必要な場合は、よほどの事がない限り、いきなり時間外窓口へ行っても、すぐにそれを出してくれます。「時間外でも嘱託職員などがいる役所だけが、時間外窓口を担当」することになっていますから。(加筆再掲)


(2019.2.12)

また(株)永岡書店のCDを買いました。ピアノ曲です。

今度は、ブレンデルのシューベルト(即興曲集・楽興の時)と、ルービンシュタインとハラシェヴィチのショパン(3つの新しい練習曲・24の前奏曲集・幻想曲へ短調・バラード第1番・その他)の2枚にしました。

まず最初に、シューベルトを聴きました。

以前から思っていましたが、日本刀のように研ぎ澄まされたショパンと比べると、印象が冗長ですね。

そして、数日後の今日、ショパンをかけました。

さすが、ショパンは美味しい。

そう思って、しばらく聴いていると、突然、パトリス・ルコント監督の映画「列車に乗った男」の挿入曲が。

あれ!?…シューベルトの即興曲です。

BGMとしてですが、ショパンだと思って聴いていたのが、なんとシューベルトだったのです。

お恥ずかしい。それにしても、先日、冗長だと思ったのは、いったい何だったのでしょう。

でも、CDが無駄にならなくてよかったです。

ちなみに、ラックスマンの「真空管ハーモナイザー」を使い、「LS-3/5a」で聴きました。


(2019.2.11)

@ 個人経営の飲食店長なら、客には「いらっしゃい」「ありがとうございました」ぐらいは言うはずです。

でも、バイトの中には、客に対して挨拶さえしない人もいます。それどころか、こちらが「こんにちは」と言っても返事をしない人も。

彼らは時間給で稼いでいるだけなのです。バイト仲間と楽しく過ごせればそれで良くて、その店の繁盛なんて関係ないのです。

誤解を承知で言えば、その延長線上にあるのだと思います。YouTubeにあるバイト問題映像は。


@ 若い頃、オーストラリアに一人旅した時、旅行社の現地の担当者(若い日本女性)が、OPツアーを勧めてきたので、「私は(缶ビールでよっぱらって)プールサイドで(読書と)お昼寝をするために来たんだ」と言ったら、「うわぁ〜私もそんな旅がしてみたい」と言われました。


@ クルマを運転したことのある人なら、道交法通りに「厳格」に運転している人など、皆無に近いことを知っているはずです。

一方、自動運転車のコンピュータには、道交法が「厳格」にプログラムされているのではないでしょうか。

すると、自動運転車は、現在の道路の秩序を変化させることになるのでは。

それは長期的には吉でも、短期的には凶かもしれません。


@ 「自衛隊員募集に、都道府県の6割が協力しない」とか。

大災害が起これば、イヤでも自衛隊の協力を要請しなければならない都道府県が、自衛隊員募集には協力しないというのは、いかがなものでしょうか。


@ 恵方巻の大量廃棄が問題になっていますが、全国展開している某チェーン店のスイーツはどうなのでしょう。

閉店間際でも、(売り切れで)大型ショーケースの中がガランドウでは寂しいので、売れ残るのを承知で、閉店間際まで「見せるためにも」スイーツを作り続けるのが営業方針なのです。

年中、全店舗で行われているので、廃棄量は大変なものになると思います。

「もったいない」は、恵方巻だけの問題では無いのでは。


@ 若き日の池波正太郎さんが、東京都の、徴税職員の仕事をしていた事は以前お話ししました。

徴税に行った先がお葬式をしていたので、ポケットマネーで香典を置き、そのまま黙って帰ってきたら、翌朝一番で、滞納者(床屋さん)がお礼に来て、全額払って行き、その後、その床屋さんが、街で池波さんを見かけると、友人みたいに声をかけてくるようになった話も。

ところで、そんな池波さんは、二十何人もいる徴税職員の内、いつも徴収成績が5番と下らなかったそうです(営業マンのように成績表があります)。

いつも池波さんは、前の晩に、2時間ほど作戦を練っていたのだそうです。いかに滞納者とトラブルを起こさず、スムースにとりたてられるかの。

そんな池波さんも、差押えをした事がありますが、3〜4年の内、2回だけだそうです。

一度は、かつての某大臣の私邸。
一度は、共産党員の家。

双方とも、細君が池波さんに罵詈雑言の限りを浴びせかけたからだそうです。

そして役所に帰ると、大臣私邸では、すぐに納付があり、何事もなかったそうです。

しかし、共産党員のときは、夕方役所に戻ると、門前から玄関にかけて、赤旗が林立していたのだとか。

「もっともそのとき、私は共産党員の細君の罵詈をたしなめるため、その頬を一つ張り飛ばしてやったからであろう。」(本より抜粋)

池波さんにも意外な一面がありますね。

でも、この時の係長は立派で、池波さんをかばい、党員たちに一歩も退かなかったそうです。その代わり池波さんは、半年間の減俸になりました。

「これがいまだったら大問題となったに違いない」と池波さんは結んでいます。

( 参考・ちくま文庫「アンソロジー カレーライス!! 大盛り」杉田淳子編 の、「カレーライス」池波正太郎より )


(2019.2.10)

@ 「 第3章

1  天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。」

( ウィキソース「口語旧約聖書 > 伝道の書(口語訳)」より抜粋 )


@ 役所の数ある仕事の基本は、「年貢」の時代からある「徴税」だと思います。お金を稼がなければ役所も成り立ちませんからね。だから、他の課にくらべ体制が充実しています。歴史も本気度も違うのです。

市町村役場の徴税職員は、その気になれば、職員個人の印で、銀行調査や預金の差押えが出来てしまうほどの強い職務権限を持っています(通常は首長の公印を使いますが)。

法律には(一定の条件にあてはまる滞納者に対し)「差押えできる」ではなく、「差押えしなければならない」とまで書いてあります。

だから、あまり手荒なことをしたくない彼らは、ある意味、「差押えするためではなく、差押えしないため(自主納税させるため)に働いている」、とも言えるのです。もちろん甘い顔をしても納税されない場合は、対立を承知で差押えします。

ちなみに、民間人が強制的に債権回収するには、裁判が必要なので、凄い権限です。

それに比べて「福祉」の概念は、比較的新しいものです。制度的にも、まだまだ改善の余地が多いのかもしれません。

「子どもが虐待されているのかどうか」を判断する、その具体的な調査手順などは知りませんが、痛ましい事例がなくなりませんので、体制や法律、見直さなければいけないのかもしれませんね。(加筆再掲)

追記

「 『児相の職員が保護者との関係を重視するあまり、対立をためらう傾向があることは否めない』と指摘されてきた。」( 2019.2.10朝日新聞1面 「児相『介入』機能強化へ」より抜粋 )

役所の仕事は「相手に喜んでもらえる」と思っていたら、それは車輪の片方の話です。もう一方は「相手に憎まれる仕事」。「税金取り」はその代表的なひとつです。

彼らは滞納者に対して、紳士的に納税のお願いをしますが、それでも相手に誠意が見られない時は、遅滞なく粛々と差押えに移行します。

追記2

徴税職員にとって差押えとは日常の一コマ。その係では、毎週だれかが差押えをしていると言っても過言ではないでしょう。当然、滞納者の反発は覚悟の上です。上司なら常在戦場でしょう。

しかし、この覚悟は、徴税職員になって初めて身につく様な気がします。その他の職員にとっては、住民に喧嘩を売るような仕事は、考えられないからです。

ですから、児相の場合にも、制度の整備はもちろん必要ですが、覚悟の問題が、意外に大きいと思います。


(2019.2.9)

@ 私は、酒ならたいていの物は飲みますが、最近は体調と相談して、ウイスキーか焼酎の、お湯割りぐらいにしています。

焼酎は、「薩摩白波」のイモの香りに萌えますし、「いいちこ」のピュア感も愛しています。

ウイスキーは、若い頃は、映画の影響で「ジャックダニエル」を好んでいましたが、最近はどこかのレストランのメニューに宣伝されていた、「ジムビーム」を飲み始めました。

ここの所飲んでいた、スコッチと比べると、個性が強いウイスキーです。水割りで口に含むと、虹色の味がします。個性が強い分、少量でも、「飲んだ!」感が味わえそうです。

それはそうと、ラベルを見ていて気がついたのですが、「ジムビーム」のラベル、白地に赤は、「日の丸弁当」か、さもなくば「日章旗」ではないでしょうか。


@ 映画「バハールの涙」の中盤には、戦いに勝った彼女たちが、そのビルから黒っぽい敵の旗を捨て、誇らしげに自分たちの旗を掲げるシーンがありました。

ところが、その旗は「旭日旗」に似ていたのです。

それで思いだしたのですが、私は、もの心ついて以来の、朝日新聞の読者です。ろくに漢字も読めない幼い頃でも、新聞の1面右上、社名の上についていた、朝日新聞の社旗だけはよく覚えています。

私はあれが好きでした。

「イメージガール」という言葉がありますが、昇る朝日は、この上ない素晴らしい社旗だと、幼心にも思っていました。

それが、いつのまにか、消えたのです。

「旭日旗」に似ているからという噂を聞いたことはありますが、本当の理由は知りません(ちなみに私は「旭日旗」も好きです)。

しかし、朝日新聞社が、今でもその社旗を愛している事は知っています。少年たちが野球をしているような場面で、客席のバックネットに、五つも、十も、社旗が掲げられているのを見たことがありますから。

お得意様の一人として言わせていただければ、社旗を愛しているのなら、昔のように、社名の上にも掲示して欲しいものです。

そう思っていましたら、2019.2.8の朝刊24面にある「朝日新聞名古屋本社 印刷再開記念」の文字の頭に、社旗が印刷されているのを見つけました。

改めて良く見ると、旗がたなびいた効果を上げようとしているのか、光がタコの足のようにくねっていて、そこからはレトロモダンも感じられ、味のある良い旗だと思いました。


@ 坂本龍一さんは、2014年6月、62歳の時に中咽頭がんを患われました。

すると、ピアノの音も違って感じられるようになったそうです。

「 病気になる前の12年、宮城県名取市の農業高校で津波をかぶり、調律しないままのピアノと出会ったのです。この『津波ピアノ』の音は、病を経て、僕にはより心地よく感じられるようになりました。人間は調律していないピアノの音を『狂った』と言うけれど、本来あるべき姿に戻っているだけ。狂うどころか、自然な音なんですよ。」

( 2019.2.4朝日新聞20面 がんとともに 「生きている それが究極の答え」より抜粋 )

昨今、TV界では「4K・8K」が、オーディオ界では「ハイレゾ」が話題になっています。つまり高精度の世界へ向かっているのです。

しかし、オーディオ道楽を長く続けているおじさんたちの中には、ハイファイを卒業(!?)、「ヴィンテージオーディオ」や「フルレンジスピーカー」など、味のあるローファイへ回帰した人もいます。

若者たちの中には、「カセットテープ」の音に良さを発見した人も。

人間味を感じさせる「ゆるさ」って、良いものですね。


(2019.2.8)

@ 役所は最高に研修に恵まれた職場の一つです。新規採用時はもちろんのこと、数年ごとに行われる人事異動の度に、いくつも行われます。それ以外にも、毎年多数の、自分の担当に直接関係のあるものや、一般教養を高めるもの等、色々な研修が開催されています。

しかし、今はどうか知りませんが、以前は、いわゆる「キレる市民」への対応についての研修は、皆無に近い状態でした。

もしかしたら、「役所は住民サービスをするところであり、住民を敵視するような研修はタブーだ」と考えられていたのかもしれません。もし、そのような研修があったとしたら、その存在そのものが世論から叩かれかねないと、上層部は心配していたのでしょうか。

似たような発想は、最近目立った「交番襲撃事件」の警察側のコメントでもありました。「交番を尋ねてくる住民に、警戒して対応することは難しい」(表現は正確ではありません。)みたいに。

さらに、以前読んだニュースにも、役所に監視カメラを導入しようと検討したが、「住民サービスする場所であるから、監視は馴染まない」みたいな意見が出て、止めになったという記憶があります。

しかし、そんな牧歌的な時代は終わったのかもしれませんね。


@ 「 キレる市民 狙われる役所 」 ( 2018年08月01日 (水)「NHK生活情報ブログ」 )

https://www.nhk.or.jp/seikatsu-blog/800/302708.html


(2019.2.7)

@ 対応のまずさで事故を起こした行政機関の長が、TVで記者会見をしていました。

その、おどおどした態度を見たコメンテーターの一人が、「警察でも、柔道とか剣道をやって、もっと強そうな人がなっているでしょ。ここでも、もっと強そうな人を採用したら良い」という意味の話をしていました(表現は正確ではありません)。

すると、他のコメンテーターたちも一斉に頷いて。

ある意味、それと同じなのです。

「役所の障害者雇用水増し問題」で、私が「行政は有事にも間に合う職員の採用を」と言っていたのは。

しわ寄せは住民に来るのです。


@ ランチには毎回バナナも食べますが、真冬に冷たいバナナは寒いのです。だから、レンジでチンしますが、油断して温めすぎると、焼き芋みたいにホクホクになってしまいます。私はクリーミーなバナナの触感に惚れているので、微妙に温める努力をしています。


@ 「 同じ住所250世帯 70年で解消

70年続く同一住所解消、岐阜市 鷺山地区の300世帯 」
( Yahoo!ニュース 2019.2.4(月) 13:58 掲載 )


@ ちまたでは、「住民票で人さがし」とか言いますが、私の知る限り、住民基本台帳法にそのような業務は規定されていません。

住民票の写し請求は、例えば「Aさんの住所・氏名を特定して、写しの請求をする」のです。もしAさんが住所を変更しているときは、どの住所が記載されたものが必要かを、請求者に確認して交付することになると思います。それが、いわゆる「人さがし」。

でも、1番地違う場所に、同姓同名の人がいても、それは「法的に別人」ということになりますから、「この人は違いますか?」と教えることは、情報の漏えいになりかねず、原則として、役所がやってはいけないことなのです。

「そんな堅いことを…」と憤慨しないでください。ここをルーズにしていると、その内、本当にトラブルが起きます。実際、同姓同名・同番地で、郵便物など、誤配が日常的な人もいるぐらいです。

だから、役所としては、せいぜい「申請書に記入誤りはありませんか?」と念を押すぐらいが、精一杯のサービスでしょう。

だから、役所は「ありません」とは言いません。「この住所には見当たりません」と言うのです。

「では、この住所には誰が住んでいますか?」という質問にも答えられません。それこそ情報の漏えいだからです。


(2019.2.6)

@ 10歳の誕生日は、そろばん塾のそれと共に良く覚えています。

10歳の子供は、大人から見れば、世間知らずだけれど、おじさんになった今と変わらないぐらいの、微妙な気持ちも持っていました。

そんな子どもの多くが、今回の事件で、「大人は嘘つき、この世の正体は地獄だ」と誤解したかもしれません。

その時の、彼ら、彼女たちの、絶望の深さは、どれほどなのか。


(2019.2.5)

@ 「 カセット再評価 識者驚く新作  

音作りにこだわり 最新カセットテープを聴いてみた 」

( Yahoo!ニュース 2/5(火) 12:52 掲載 )


@ 先日ラジオで言っていました。

町には、ヤングの街と、シニアの街があります。

ヤングの街の飲食店は、ヤング向きに味をチューニングしています。インスタント食品、ファーストフードの味に似せて。

シニアの街では、化学調味料を使わない、昔ながらの味付けをしているのです。

これを逆にすると、「不味い」と、客に逃げられるのだそうです。


@ 家にいる時は、毎日、お昼にカップラーメンを食べます。

ここ10年ちかく変わらぬ習慣です。

でも、最近少し変なのです。

蓋を開けてみると、お汁がなくなって、麺だけになっているのです。

何回も「?」と思い、やがて気づきました。

面の種類(吸水性!?)が変わったのではないか、と。

早く食べごろになるように、よりチューニングされたのかも。

それを、私は、いつも5分以上、たぶん10分ぐらい経ってから食べているので、お汁が消滅しているのでしょう。

住みにくいご時世になったものです。


(2019.2.4)

@ 「 忙しさ異常 児童相談所の実態
『人間のできる仕事の範囲を越えている』当事者が語る“児童相談所”の実態 」

( Yahoo!ニュース 2/4(月) 21:11 掲載 )


@ 選挙の到着番号札には、男女の性別が記入してある場合があります。統計を取っているのです。

1時間ごとの男女数を本部に報告している場合もあります。そうすると、最終的には同数近くになるにせよ、「女性は、家事を済ませてから投票に来るから、少し出足が遅れるんだな」みたいな事が推測できたりします。

街を歩いている人を見て、男か女かを当てることは比較的容易です。しかし、中には「?」と思うような中性的なファッションをしている人もいます。体形からも、どちらか不明な人も。さらにLGBTの事も考えると、外見だけで正確に判断することは不可能でしょう。

それでは、到着番号札はどうしたら良いのか。

選挙で一々「性別は?」と質問するほどでもないような気もしますので、性別欄は無くても良いのかもしれません。


@ 昨日の日曜日、朝起きたら、軽い頭痛がしました。

頭痛以外にあまり自覚症状はありませんが、「風邪かな」と思いました。あるいは「前夜、ウイスキーを飲み過ぎたかな」、とも。

寝込むほどでもなかったのですが、寒風の中、散歩するのはやめにして、一日家にいました。おかげさまで今日は良い気分です。

昨日は、午後から雨になりました。私には「気象病」の気もあるので、そのせいも、あったのかもしれません。

いや、もしかしたら、「隣家の呪い」だったのかもしれません。昨日の朝、家の庭に節分の豆が沢山落ちていました。前日の夜に、隣家が早めの豆まきをやったようです。わが家の方に向かって「鬼は外!」と。


@ 先日、ある選挙がありました。

現職対新人の戦いです。新聞の政策欄を読み、私は現職を支持していました。

ところが、政見放送を聴いたら、それが揺らいだのです。現職の話には、手慣れた店員がルーチンワークをしているような機械的なものを感じたからです。心は客の方を見ていない。少々、有権者を軽く見ているような気もしました。

対する新人の話は、信頼する穏やかな先輩から、酒を飲みながら、人生論的な話を聞いているような、安心感がありました。人柄に惚れたような気がしたのです。

文章と話し声とでは、こうも違うことがあるのかと、恥ずかしながら、今ごろになって、気づきました。


@ 先日の新聞に、街のケータイショップが、「シニアがシニアに教えるケータイ教室」を開いているとのニュースがありました。

木造家屋からビルに通勤していた人が定年退職すると、ビルで仕事をするという世界が消えます。これは思いもよらず哀しいこと。世界の半分が消滅したようなものですから。

ビルを求めて図書館へ行っても、図書館では会話禁止なので、いまいち世界が違います。そんな人たちにも、このような教室はちょうど良いのではないでしょうか。教えるにしても、教えられるにしても。

でも、ちょっと気になったところが。

「自撮りの仕方」を教えているシーンで、ケータイを立てて撮影していることです。

NHKも指導していますが、「写真を撮るときは、ケータイを横向きにするのが正解」です。TVもPCも画面は横向きだからです。最初が肝心なので、その辺りを教えることは大切だと思います。


(2019.2.3)

@ 大須あたりの「寿がきや」は、若い頃よく食べに行きました。デザートも売っているし、お値打ちなんです。

昔はJKあたりの溜まり場でしたが、今はどうなんでしょうね。私、今は、カップラーメンで寿がきやを楽しんでいます。スタンダード味です。卵を二個入れて。


@ 杉咲花さんのファンでもありますし、最近、TVドラマ「ハケン占い師アタル」を観ています。

でも、主人公・アタルがクライマックスで言う説教は、どこにでもいる、おじさんたちの本音と、あまり大きな違いは無いように感じています。

それを、優等生的な、若い女性占い師が、突如ヤンキー言葉で(!?)叫ぶところに、面白いギャップ感と、ありがたみが生まれるのでしょうか。

あっ、これは遠山の金さんか。


@ 映画「踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望」の追記Z」( ヒロインの依願退職 ) の追記です。

というわけで、3/31日に依願退職しようとする人は、前年の秋には上司に人生相談しておいた方が良いのです。もし秋が仕事の繁忙期なら、夏でも早すぎることはありません。

でも、いい加減な気持ちで退職の人生相談なんてできませんね。する以上、たとえ退職を思いとどまっても、出世コースから外される可能性を、覚悟せねばならないからです(それどころか、冷や飯を食わされる心配も)。

そうすると、秋に人生相談をする人は、夏休みには一人旅でもし、集中的に考えて、自分なりの結論と覚悟しておく必要があります。


知人には、「定年の少し前に早期退職したい」と言う人がいます。「もう十分働いた。1〜2年早く辞めるのは、自分へのご褒美だ」として。

しかし、多くの人は、ぼんやりとしか考えていないのですね。そして、正月明けの1月になってから、3月末に辞めたいと思うのですが、「今から動いたのでは遅いかも…」とすぐ悟り、1年間我慢することにして…けっきょく定年までベルトコンベヤーに乗ることになるのです。

このように、ベルトコンベヤーに乗る定年退職は、何も考えなくともやってきますが、依願退職にはエネルギーとプランが必要なのです。退職願を出すには壁を破る力が必要です。


(2019.2.2)

@ 私がアマチュア無線の免許を取った時、資格は、@1級・A2級・B電信級・C電話級に別れていました(これは旧資格です)。

そして、@〜Bについてはモールス信号の試験がありました。

特に、実技試験には、送信・受信があり、それぞれ、数分間の勝負なのです(Bについては受信だけだったかもしれません。古い話でよく覚えていません)。

モールス信号は本を読んだだけではマスターできません。トン・ツーの練習テープを聴いたり、電鍵(入力装置)をたたいたりして、体に覚え込ませる必要があるのです。そうやって1年間、毎日のように練習した結果が、数分間で判定されてしまいます。

この緊張感を想像できますか。

送信の実技試験。そこにはテープレコーダーのようなもの置いてあり(ただし紙テープが巻いてある)、それはトンツー音を印字できる装置で、解答用紙になるのです。

そして、試験官とのマンツーマンに、緊張して固くなれば、手が動きませんし、震えれば、電鍵を誤操作してしまいます。

又、受信では、いつも自宅で一人リスニングの練習をしていたのに、試験会場では大勢でやります。そうすると、大会場で音にエコーがかかったり、鉛筆を走らせる音が意外に大きく、動揺したり、咳き込む人や、表を走るトラックの走行音で聴き取りにくくなったり…。

もし曖昧にしか受信できなかった場合、書いて合っていれば得点されますが、間違った場合、(書かなかった場合よりも)減点が大きいのです。実戦では、受信不可は質問すれば良いだけですが、誤受信は重大な結果をもたらしかねないからでしょう。

書くべきか、書かざるべきか、それも、瞬時で判断しなければいけません。悩んでいると、次の文字が受信できなくて、よけい動揺し、総崩れになってしまいます。

何が言いたいのかと言えば、こんな経験をすると、いわゆるペーパーテスト、試験時間が1〜2時間もあるそれは、まるで夏休みの宿題のように、のんびりと構えられるのです。緊張感などゼロに等しいです。


(2019.2.1)

@ 印鑑証明を取るには、印鑑登録手帳が必要です。しかし、中には、印鑑登録手帳を役所の窓口に持参せずに「印鑑証明書が欲しい」と言う人もいます。

役所側が断れば、「今、証明書持って行かんと、契約できん。役所は責任とってくれるんか!」と、大声を上げる人も珍しくありません。

いろいろ事情がおありでしょう。しかし、けっして役所は証明書を出してはいけません。

印鑑登録手帳は、ある意味「金庫のカギ」と同じです。最も厳格に運用すべき部分であることは言うまでもありませんし、私の知る限り、過去に裁判沙汰になった事例は、すべて、誤って証明書を出したために起こっているのです。


@ TVドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」(ケンカツ)の中に、大病院の院長でもあるLGBTの父が、息子を近親相姦した話が出てきます。

心に傷を負った息子は家出し、たどり着いた町で生活保護の申請をしますが、担当者にも身の上話をせず、父への連絡も拒み、怯えているのです。

しかし、事情が分からぬ役所側は、金もあり、社会的信用もある父が、紳士的に息子の扶養を希望する以上、拒むことは出来ないと判断しました。

また、ある回では、育児放棄をする母子家庭から、幼い娘を保護し、施設に預けますが、娘の方が母に逢いたいと懇願する話がありました。

生活保護の現場でなくとも、役所が法律と現実の間で、迷うことは日常的にあります。「迷うこと自体が日々の仕事だ」と言っても過言ではないぐらいに。

住民は便宜を図ることを求めてきます。役所の仕事は、厳格ではなく、適正である事が必要です。そんな中、迷路に入り込まないためには、道を誤らないためには、「この仕事で一番大切なのは何か」を、日々問い続けなければいけないのです。

ちなみに、TVドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」(ケンカツ)は、2/5からBS日本映画専門チャンネルで、再放送されます。


(2019.1.31)

@ 昔、ニュースで見たことがあります。滑走路の中にぽつんと一軒家があるのを。

それから私の地方にも、道路拡張工事の交差点に一軒家がありました。

これからみると、「一番の難所に一軒だけ残る」というのは、珍しいことではないようです。

担当者としては、比較的簡単に買収に応じてくれそうなところから、仕事をしていくのは、定石なのかもしれません。

テストでも、分かる問題から解いていかないと、制限時間内に高得点を得ることは難しいのと同じです。そして難所の一軒も、「他の人たちは皆応じた」知れば、「そろそろ潮時かな」と、諦めもつくというもの。

そんな部下の、仕事の進捗状況を聞いた上司は、「そろそろ俺の出番かな」と、部下を引連れて現場へ出向き、話をつけてくれたら、ある意味、理想的な展開でしょう。少なくとも私の仕えたある上司は、いえ、ほとんどの上司は、そんな人でした。

映画「英国総督 最後の家」には、チャーチルがインドを二分割するにあたって、「機が熟するのを待っていた」エピソードがありますが、これも同じだと思います。


@ あるカフェでの事です。

レジカウンターで、客のお婆さんと、アルバイトの若い女店員さんが、何か話していました。

断片的にしか聞こえてきませんでしたが、どうやら、「外で薬を飲むのにほしいから、(冷水を飲むために置いてある)紙コップを、少しもらえない?」と言っているようでした。

店員さんは気持ちよくOKし、感謝するお婆さんに、「一人何個とか決まってるわけじゃないので、良いですよ!」と、明るく言いました。

その後、お婆さんの方を見たら、なんと10個近くも紙コップを持って行ったのです。

一つや二つなら、サービスの常識の範囲内だと思いますが、10個近くも持って行くなんて…

私なら、即ダメ出しをして、「申し訳ありません。10個もお渡しすることは出来ません。たくさんご入用でしたら、コンビニなどに売ってますから、あちらでお買いください」と、やんわり言うと思います。


@ 先日、「燃やしてしまえ」と言った偉い人もいましたが、これは20年ほど前、ある市町村の首長さんのお話。

彼は、職員の「勤続30年表彰」の席で言いました(そこでは、長年にわたり真面目に働いていると、基本的に全員が祝ってもらえるのです)。

「 昨今は公務員バッシングも目立ちますが、私はその通りだとは思っておりません。

皆様の努力のおかげで、わが町も、この様に発展してまいりました…」(表現は正確ではありません)。

それを聞いたAさんは、気がつきました。

新人だった頃にいた、鬼の先輩たちは、ほとんど退職するか、人事異動してしまいましたが、今度は自分たちが発言力をつけ、会議でも仕事でも、主導的な立場になり、大過なくこの町を育ててきた事実を。

( もちろん、この町を育ててきたのは官だけではありません。官民が車の両輪として、がんばってきたのです。それは十分承知の上での話です。)

Aさんは、新人の頃、そんな大役が自分には務まるだろうかと、怯える気持ちもありました。しかし、毎日を夢中で働いている内に、気がつけば、今日という日がやってきたのです。


@ 「同床異夢」


(2019.1.30)

@ 公務員の皆様にお願いです。

世論は法律に則った厳格な仕事を求めています。心してお勤めくださるようお願いいたします(ただし、私には便宜を図ってください)。


@ 今朝のラジオで、コメンテーターが、「統計法では、調査される側に罰則規定がある(50万円以下の罰金)。そんな厳格なものなのに、調査する役所側がいい加減な処理をしてはいけない」と言う趣旨の話をしていました。

ここで問題なのは、「金もうけにならない」との理由で、調査に協力的でない大企業があるのを承知していながら、罰則規定に触れても、その「実施状況」を不問にした事です(私の知る限り、あまり適用されていない)。

そして、「調査に協力的でない大企業は、直ちに義務を果たすべきだし、しない場合は罰則規定を適用し、遅滞なくデータ収集に勤めるべきだ」という正論に帰結していないことです。

もしかしたら、マスコミには、韓国の「反日無罪」と同じく、「公務員バッシング」はいくらしてもかまわないけれど、「企業まで敵に回すことへの損得勘定」をしているのでしょうか。

そうではなく、企業にも個人にも、「調査事務は金にならないというのは誤った認識」であり、本当は、「調査に協力すると金になる(50万円の罰金を払わずにすむ)」という事を知ってもらうべきなのです。それには罰則規定の適切な運用も必要になります。


(2019.1.29)

@ 刑事ドラマというジャンルがあります。

昔から不思議だったのですが、どうして人気があるのでしょう。今期のTVドラマでも、刑事ものが花盛りです。

事件捜査を通して、(ドラマ上の)他人様のプライバシーを覗き観るのが楽しいのでしょうか。それとも、追いかけるスリルが良いのでしょうか。

私にそれらは興味ありません。謎解にも関心はありません。と言いますか、若い頃から、たいてい途中で、意味不明になってしまいます。複雑すぎて。

だから、単に俳優さんのファンで眺めていたいとか、時に同時進行の、恋愛ドラマが楽しいから観ているだけなのですが。


@ 依然、「シュノーケルは使う人の肺活量によって管の太さが違う」という話をしました。細すぎるものは当然ダメですが、太ければ良いというものでもありません。流量によって最適な太さがあるのです。ですから、男と女では、一般的に太さが違うのが普通です。

粘菌の話を読んでいて、ふと、そんな事を思いだしました。

「 最短経路を見つける実験では、粘菌はまず細長い管のような形になって迷路全体に広がった。管には、細胞の中身の液体が流れている。しばらくすると、液体の流れの強さに応じて管の太さが変わり、最後にはエサまでの最短経路をつなぐ管だけが残った。」

( 2019.1.28朝日新聞 科学の扉「粘菌 単細胞でも賢い!?」 体を伸縮し迷路を解く 交通網などに応用も より抜粋 」)


(2019.1.28)

@ 少し前から、DENONの「DCD−S10U」というCDプレーヤーを、中古で購入して使っています。古い製品ですが、そんな時代の音が好きですから。

ところが、どうも、少しドンシャリ気味なのです。ドンシャリと言うのは、低音と高音が目立つという意味です。派手な印象を受けますので、安価な製品に、ときおり使われている音作りの一つですが、さすがに「DCD−S10U」クラスでは場違いと言われても仕方ありません。

でも、この製品、新品の時もそんな音だったのでしょうか。もしかしたら、違うのかもしれません。


ヒントを見つけました。

「 トレイには高い防振性を発揮するプロテイン配合塗料を用いることで不要な振動を抑制しています。」(DENONの「DCD−S10U」カタログから抜粋)

問題は、その防振塗料が、古くなると、経年変化で溶けたようにベタベタになったらしいのです。中古市場では、メンテナンスでそれを拭き取り、(たぶん防振効果のない)普通の塗料で再塗装して、販売しているようです。

私の買った物も、再塗装品だと思います。

トレイ(CDを置くところ)の防振効果の有無で、どれほど音が変わるのか。

かつて私は、ケンウッドのCDプレーヤーのトレイ裏や、その周辺に、防振効果の高いブチルゴムを張りつけて、実験した事がありますが、その変化は想像以上のものでした。

クッキリとした、切子グラスのような、歯切れの良いピアノの音が、角の取れた丸いゴムのような質感に激変してしまいました。同じピアノの音とは思えないほど。実際に実験したことのある人でないと、この大きさは想像できないでしょう。

それを思いだす時、トレイの防振効果が無くなった事で、音にエッジが立ち、結果、それが少しドンシャリに聴こえた可能性があるかもしれないと思ったのです。

追記

誤解の無いよう申し添えますが、新品の時からトレイに防振塗料が塗ってないCDプレーヤーはたくさんあります。では、その音が悪いのかと言えば、良い音がするはずです。

もし、トレイが振動して、音が刺激的になったとしても、電気的に音を丸くして(写真で言うところの「紗」をかけて)、聴き心地の良い音にすれば良いのです。

CDプレーヤーを構成している、たくさんの部品の、どれを交換すると、音色がどう変わるのかは、エンジニアは経験上良く知っているはず。高価な部品ではない方が良い場合もあります。

今回の「DCD−S10U」の問題は、一部分だけに、事実上の改良をしてしまったから起こったのです。エンジニアが設計したバランスが崩れたと言うわけです。

追記2

今回の問題の解決策の一つとして、私は、2018年5月に、雑誌の付録として発売された、ラックスマンの「真空管ハーモナイザー」を、CDプレーヤーとアンプの間に挿入したところ、ドンシャリが和らぎ、音も穏やかになって、良い効果が得られました。

代わりに「CDライントランス」を使っても、効果的な場合がありますが、手持ちの製品では、音は穏やかになっても、今ひとつ音色が面白くありませんでした。他のトランスでは良い結果が出る可能性もあります。


@ 「 科学が進歩すれば、分からないことが無くなるのではなく、その先に、さらに分からないことが見えてくるもの。どこまで行ってもそれは終わらないはず。

ならば、科学とは『世界は分からないものだ』という事を悟るためのもの、だったのではないのか。

だから、人間は神にはなれないし、なろうと思ってもいけない 」。

「中国のゲノム編集」ニュースから派生した、そんな意味の話を、今朝の民放ラジオのコメンテーターが話していました。

久しぶりに腑に落ちるお話でした。


(2019.1.27)

@ 先日、アコンカグアで、「この先、危険な状態になってからでは遅い。生きて帰る為に今日下りる」(表現は正確ではありません。)と、ドクターストップがかかった三浦雄一郎さんが、今度は90歳でエベレストを目指すとか。

ここから見えてくる教訓は、ある意味、防災の教訓とも似ています。

「大きく構えて小さく収める」。

誤解のないよう付け加えますが、これは、けっして皮肉ではありません。

私たちも「夢見た仕事からも、過労死する前に、撤収すべき」なのです。


@ 日本には色々な宗教がありますが、生命保険に入る宗教家と、入らない宗教家があります(一般の信者の事ではありません)。

「そんなの人によるんじゃ?」と言う人もいるかもしれませんが、私の知る限り、「宗教による」と言った方が良いぐらい、クッキリと分かれています。


@ 見つけるのが困難な、目立つ脇役で、白くて、褐色で、ひび割れている物。


@ 「がんばって!」という言葉を聞いて、「精一杯がばっているのに、これ以上がんばれというのは非常識だ!」と反感を持つ人がいるようです。

しかし、「がんばって!は慣用句」だと思います。

それは、「あなたを応援しています」「あなたの味方です」という意味です。

それなのに、あろうことか「非常識だ」などと言って、相手をおろおろさせてはいけません。それこそ非常識なことだと私は思います。


@ 彼女は哀しそうな表情をしています。それは、もしかしたら「迫害された者の傷」なのかも知れないと思っています。

ハーフである彼女が、まだ無名の少女だった頃、世間は彼女にどのような扱いをしたのか。それを想像すると、理由が分かるような気がします。

彼女は二重国籍者のようですが、日本国籍があるのに日本語をあまり話せないということは、両親が彼女の将来の生活基盤を、日本に想定していなかったという事かもしれません。

しかし、もし彼女を哀しませたのが日本ではなかったのなら、このような表現は適当ではないかもしれませんが、不幸中の幸いだったような気がします。


(2019.1.26)

@ 道こもりの私も、引きこもりの部屋を持っていました。それは銭湯とサウナです。

在職中、何かの受付事務で憔悴したとき、週末に行く銭湯のシャワーの下で、書類も濡れてしまうし、ここまでお客さんも追ってこないはずだと。

さらにはサウナの中で、まさか、ここで仕事の話をする人はいないはずだと。

そう思う事で、やっと癒されたのです。

そして、自宅に帰った後は、TVをつけたまま酔いつぶれてしまうまで、深酒していました。


@ 2019.1.26朝日新聞9面に、「引きこもりのニートが、屋根職人になって、引きこもりを克服できた」という話がありました。

道こもり(紋次郎)の私から見ると、それは引きこもりから、道こもりになったのに近いかもしれないと思いました。

屋根の上は、ある意味、お城の天守閣と同じで、晴れ晴れとした気持ちの良い空は有っても、地上から攻めてくる人は少ないのです。それは、一人で野山を旅している、道こもりの紋次郎に近い。

いずれにしても、外界への第一歩として、屋根の上は、とても良い環境かもしれません。


@ 2019.1.26朝日新聞「be」2面 「生まれ変わったら就きたい職業」に、こんなランキングがありました。

1 大学教授・研究者
2 医師
3 小説家
4 大工など職人
5 公務員(行政職)

しかし、私の知る限り、少なくとも2位の医師と、5位の公務員(行政職)は、「人と接する事が嫌いな人」にとっては苦行になるのでは。仕事以前の苦しみです(大学教授もか)。

これは、職業選択において大変重要なことだと思います。


@ 日本には「勝者の恥じらい」という文化があると思いますが、昔どこかで、こんな話を読みました。

「カジノは大富豪がお金を捨てに行く場所だ。大負けしても余裕の笑顔を絶やさず、『あの金持ちは、誰だ!』と、周囲に名前を売るために遊ぶのだ」と。

だから、「カジノで一獲千金」などという誤った理解をしている人たちに、政府は正しい遊び方を教えるべきです。そうすれば、私のような者は近づかなくなりますから。


@ 「 やってみるもんです。中小企業も!働き方改革 」

( 2019.1.26朝日新聞1面 「厚生労働省・中小企業庁 」の広告より抜粋 )

「 結果には 原因がある、と思う。」

( 2019.1.26朝日新聞1面 「明治プロビオヨーグルトR-1」の広告より抜粋 )


@ 名古屋のことを、かつて「白い街」と言ったらしいですが、沖縄も陽ざしを避けるために「白い街」ですし、ハワイのワイキキも、ケバケバしい看板を規制して「白い街」なのです。

と言いますか、肌の色で人を悪く言ってはいけません。

そう言えば、テニス選手の、アニメの肌の色。

「白っぽく描いた人」と、「もっと黒いと言った人」。どっちも微妙な気がするのは私だけでしょうか。

いや、どちらかと言えば、後者の方が…。


@ ふと思ったのですが、世界には、「堕ちまいとして、大統領の選挙公約を阻止する国」と、「堕ちて行くのを承知で、首相が自説とは違う国民投票の結果を死守する国」があるのですね。


(2019.1.25)

@ イエス様の必然


@ たしかにブラウンですね。


@ 南極大陸の中央に南極点があるわけではありません。

小学校の時、南極の地図を書かされましたが、どうにも、それが私の美意識(!?)に合致しなかったので、無理に中央に書いたことがありました。

そうしたら、隣席の男子が、(俺もそう思ったけど、俺は正確な位置に描いたぞ!)と言わんがばかりの態度で、「南極点の位置が違う…」と言ったのです。

そう言われてしまえば、その通りなので、私は困惑しながらも、正確な位置に描き直しました。

昨日の事のように思いだします。でも…今でも南極点は、真ん中に書きたくてしょうがないのです。


@ 「 統計委の西村委員長 勤労統計『再集計すべき』 抽出調査は将来検討 

毎月勤労統計の不適切調査を受け、実態解明を進めている総務省統計委員会の西村清彦委員長は23日、日本経済新聞の取材に応じた。…中略… 

将来は大規模事業所はサンプル調査に切り替えることも含め、最適な調査方法を検討する方針も示した。」

( 2019/1/24付日本経済新聞 朝刊より抜粋 )


@ 宣伝に当たり、愛・地球博(公式愛称)という呼び名を多用したためか、これが1970年大阪万博以来のものであることが、世間の人に正しく認知されなくなってしまった感がありました。私は「愛知万博」を使うべきだったと思っています。

「 21世紀最初の国際博覧会 (EXPO) であり、日本では1970年に開催された大阪万博以来の2回目の総合的なテーマを取り扱う大規模な国際博覧会(General category:旧一般博、現登録博)となった。

イベントの種類  国際博覧会
通称・略称    愛・地球博(公式愛称)
          愛知万博(略称)
正式名称     2005年日本国際博覧会 」

( ウィキペディア「2005年日本国際博覧会」より抜粋 )


(2019.1.24)

@ 昨夜のニュースでも、振り込め詐欺で数千万円だまし取られたという話がありました。これだけ注意喚起しても、いつまでも無くならないのが不思議なほどです。しかし被害者も、「私の罪」だと自分を責めて、中には自殺する人もいるとか。人生の晩年に突然起こった、やるせない悲劇。

それで、思いだしたのですが、どこかで読んだ話。

「 フランスに振り込め詐欺は存在しない。子どもの頃から、騙すより、騙される者が悪いと教えられて育つから 」だそうです。

本当かどうかは、知りません。


@ 映画の上映時刻に間に合うのは、間に合うと信じて走る人だけだから、分かる気がします。

「 逆転できるのは、逆転できると信じている人だけだ。」

( 2019.1.21朝日新聞22面 「東新ハイスクール」「東新衛星予備校」の広告より )


@ 今朝、2019.1.24のラジオ「武田鉄矢・今朝の三枚おろし」で面白い話をしていました。

この番組は、鉄矢さんが毎週読んだ本を紹介するというものですが、今回は「漢字」についてです。

それによると、「中国」」は「中央の国」で(これぐらいは知っていました)、「日本」は「日が昇る方の国」という意味。つまり、単に中国から見た「方角」を表していた言葉で、それが国名になったのです。日本だけでなく、ベトナムなど他の国名も似たように名付けられているそうです。

何を言いたいのかと言えば、漢字圏の意味するところは、昔、中国の支配下にあったという事です。


@ 役所の仕事もかなり電算化され、職員のデスクにノートPCが置かれているのが普通ですが、アナログ時代と比べてコンピュータの知識も必要となり、負担もより多くなっています。

例えば、税務職員であれば、昔は税法を知っているだけで良かったものが、今はウインドウズPCと、課税システムの運用マニュアル、ブロックダイヤグラムの知識も必要になります。

しかし、それ以上踏み込んだ知識。例えばプログラム内容の詳細は、外部業者が設計しますから、役所の職員で知っているのは、業者に協力している一部の担当者ぐらいのもので、おそらく職員の1%に満たないかもしれません。

後の職員にとっては、プログラムを見る機会は、まずありませんし(見ても大多数の者は理解できないはず)、課税システムはブラックボックスに等しいのです。


(2019.1.23)

@ 保存年限が有限の文書の場合、今年はどれを廃棄すべきかを、計算間違いする可能性があります。

しかし、永年保存の文書は、そもそも廃棄する必要が無いので、これを誤廃棄してしまうというのは、チコちゃんに叱られても仕方ありません。


@ 数年前から、病気やケガの時、不明な事があれば、薬局で薬剤師さんに相談してから、薬を買うことが多いです(持病の薬など、勝手が分かっているものは相談なしです)。

病院に行っても良かったのですが、長時間待つのも辛いですし、その点、薬局ならたいてい空いていますから。

薬剤師さんは親切に相談に乗ってくれます。それは彼らの本来業務の内ですし、薬が売れるから損は無いはずです。そして何より、専門家に相談すると、自分一人で悶々と悩むより、安心できるのです。彼らは、問診だけで判断できない場合、検査のために病院へ行きなさいと言ってくれます。病院を紹介してくれることもあります。

下町にあるような個人経営の小さな薬局では、「健康相談受けたまわります」みたいな貼り紙を見たこともあります。

薬剤師さんに相談することで、三回に一回、病院に行かずに済むとしたら、病院も助かるのではないでしょうか。もっと「街の薬局と、病院との連携」を考えた方が良いのでは。

ただし、健康保険が利かないから、薬代が高いのが欠点です。この点がクリアできれば良いのですが。


@ 統計問題。昨夜のTVニュースで、「全数調査を止めた理由は、企業の抵抗があり、(実施する)県の方が困っているので…」という趣旨の話がありました。

しかし、その企業に対するコメントは特にありませんでした。

今朝のラジオでは、コメンテーターが、その企業に触れましたが、「会社の利益にならない調査を、会社が嫌がるのは当たり前だ、そんな話は理由にならない。そこを上手くやるのが仕事のはずだ」という趣旨の話で、強く役所を糾弾し、パーソナリティーも大きく頷いていました。

ここで問題なのは、役所は重罪、企業は無罪にしていることです。

国民が迷惑したのです。世論におもねていなければ、「会社の利益にならない調査でも、協力する義務がある」と言わなければいけないのは明白でしょう。大企業の「ノブレス・オブリージュ」でもあります。

そして、こんなに大騒ぎになっているのに、世論が大企業の味方につくなら、「金にならない国勢調査にも協力する必要はないな」と、一部の住民に、誤ったシグナルを送る心配もあります。


(2019.1.22)

@ 「Reライフ人生充実」に、「命中! 爽快さ知ってほしくて」という記事がありました。(2019.1.20朝日新聞29面)

オリンピック選手が使うような、光線銃である「ビームライフル」を、80歳の女性が楽しんでいる話です。彼女は障がい者スポーツセンターで、56歳の時にそれと出会い、夢中になったのです。

彼女は幸せだと思いました。私にも、おじさんになってから始めたアーチェリーの経験があるから、分かるような気がするのです。

アーチェリーも射的の一つですが、こちらは見かけによらず、肉体的に大変ハードなスポーツです。とくに弓を引く筋力が衰える中高年は、練習しても、成績は現状維持か、下降線になるのが普通で、その上、筋や関節を故障しやすいのです。しかし、「リタイアすれば、友だちとも縁が切れてしまう哀しさ」があります。

「どこかに、アーチェリーからの、乗り換えに適したスポーツは無いのか?」。

でも、それに適した、中高年向けのスポーツは多くはありません。そんな中、かねてから私もビームライフルに関心を持っていました。でも、私の知る限り、周辺にその施設はないのです。


@ 例の統計問題。私は「全数調査に戻すより、この機会に標本調査に改正して、同時に、データ補正の改善も検討する」方が、「転んでもただは起きぬ」未来志向で良いと思います。(2019.1.20の再掲)


@ 「 勤務医の残業上限時間『2000時間』に批判相次ぐ 厚労省有識者検討会 」 (毎日新聞2019年1月21日 20時33分〈最終更新 1月21日 20時35分〉)


@ 医学部の不正入試問題で、大学を非難するニュースがよく流れてきますが、大学は現場である病院の悲鳴を受け、やむなく不正に走った経緯があるはずです。

その「病院の、労働条件の改革」はどうなったのでしょう。それが外国人労働者受け入れなのでしょうか。その根本対策なしに、大学が不正入試を無くせば、病院にとっては労働条件の改悪になり、そのしわ寄せは、患者である私たちに来るのではないでしょうか。

医学部にとって病院とは、卒業生を就職させてもらうお得意様ではないでしょうか。だとしたら、ある意味、下請けと親会社の、力関係でもあるのかもしれません。

別の表現をすれば、病院にこれからも多くの学生を就職させるためには、学校は病院と対立することは避けたい。だから(あえて曖昧にするために)不思議な理由を発表したりするのでは。

でも、私たちまで、その理由を真に受けるのではなく、あくまでも「現場の医師不足の問題」として捉えるべきです。

仮に、女性医師が男性医師に比べて長時間残業ができないという特殊性があるのなら、(たとえば他の病院との協力体制をつくるとか、AI診断・TV電話による遠隔診断、薬剤師の活躍の場を増やすとか)そのデメリットの解決方法を議論すべきなのでは。これは「女性差別問題」ではないのです。


行政における障害者雇用の水増し問題もそうです。災害大国日本では、毎年のように有事が起こり、そのたびに、行政のマンパワーの不足が問題化しています。ですから、公益のため、たとえば自衛隊の様に、「有事を基準に人材の採用をする事が必要」であり、私益の民間とは、一線を画すことが必要になるのではないでしょうか。これも有事の際には、避難所だけでなく、沢山の住民にしわ寄せが来ます。

残業も、多くは担当者ごと、係ごとにやっているはずですが、仕事の内容によっては、課長の裁量で、課ごとに人員の融通を付けられる場合もあります。

たとえば、A係の希望者にB係の残業を手伝わせるのです。そうやって、繁忙期の相互協力体制を構築しておけば、残業の何割かは減らせる場合もあるのでは。(2018.12.12に加筆再掲)


@ 以前、「帰宅困難者は、会社や通勤経路近くの避難所へは、行ってはいけない」という話がありました。「避難所は周辺住民もの」であるからです。だから、帰宅困難者のためのスペースや飲食物までは余裕が無いのです。

さらに先日、NHKの早朝ラジオでこんな話も聴きました。「周辺住民にとっても、避難所は、究極の椅子取りゲームになっている」と。

つまり、自宅が大変な事になった人や、老人・体の不自由な人が、後から遅れて避難しても、すでに満員で、入れないのだそうです。そして、避難所での配給も、避難所の人の物であり、それ以外の人の分は無いようなのです。

しかたなく自宅に戻って寝ようにも、半壊で雨や冷気が入って眠れない。だからご近所に頼み込んで、寝させてもらった人もいるのです。さらに、配給品も避難所優先だから、外にはなかなか届かないので、さらに困るのです。(2019.1.20の再掲)


(2019.1.21)

@ 「 毎月勤労統計不正の背景の一つにはフランスの6分の1と異常に少ない日本政府の統計職員数がある 」

( 「BLOGOS」国家公務員一般労働組合 2019年01月21日 16:30 )


@ 数年前、ある老人が、外国の高い山に登ろうと計画しました。

知人はそのニュースを聞いて、「一人ならともかく、サポート・チームも行かなければならないし、家族も含めて、内心、皆やめてほしいと思っているはずだ」と言いました。私も「日本国内を歩く旅、例えば、お遍路さん程度にしておけば良いのに」と答えました。

その後私は、あの老人は、もしかしたら「死に場所を求めているのかもしれない」とも考えました。「山男が山で死ぬのは本望」かも知れないからです。

そして、彼が山に登る日がやってきました。

彼はサポート・チームとともに現地入りしましたが、少し登っただけで同行医師のドクターストップがかかり、後ろ髪を引かつつも、それに従いました。

私はホッとしました。もし、ほんとうに山で死ぬのが本望だったとしても、サポート・チームや、彼の家族だけでなく、その他大勢の日本人にとっても、新年早々、訃報は聞きたくないだろうと思ったからです。それでなくとも、今年は元旦から東京で自動車暴走のテロがありましたし。

私はドクターストップに従った彼の英断に、敬意を表したいと思います。これでこそ、彼は「老人の星」になったのです。


(2019.1.20)

@ カフェで、できたて熱々の、カツサンドが食べたい。


@ 電気オーディオの発明で、一番変わったのは何かと言うと、「音量が自由自在に調整できる」ようになったこと。

深夜の枕元で、ベートーベンやクイーンを、子守唄代わりに聴くことも出来るのです。

しかし、それではBGMです。

音楽と真剣に対峙するには、それ相応の「音量」を必要とすることを、私たちは忘れがち。

私が、最近観た音楽映画のCDを、自宅で聴いて「?」と思ったのは、主に音量差による音楽の変質であったように思います。


@ 例の統計問題。私は「全数調査に戻すより、この機会に標本調査に改正して、同時に、データ補正の改善も検討する」方が、「転んでもただは起きぬ」未来志向で良いと思います。


@ 以前、「帰宅困難者は、会社や通勤経路近くの避難所へは、行ってはいけない」という話がありました。「避難所は周辺住民もの」であるからです。だから、帰宅困難者のためのスペースや飲食物までは余裕が無いのです。

さらに先日、NHKの早朝ラジオでこんな話も聴きました。「周辺住民にとっても、避難所は、究極の椅子取りゲームになっている」と。

つまり、自宅が大変な事になった人や、老人・体の不自由な人が、後から遅れて避難しても、すでに満員で、入れないのだそうです。そして、避難所での配給も、避難所の人の物であり、それ以外の人の分は無いようなのです。

しかたなく自宅に戻って寝ようにも、半壊で雨や冷気が入って眠れない。だからご近所に頼み込んで、寝させてもらった人もいるのです。さらに、配給品も避難所優先だから、外にはなかなか届かないので、さらに困るのです。


@ 「証券会社はリスク商品を、銀行はリスクの無い預金を扱う」のだと、たぶん高齢者は思っています。

株などやったことがなく、銀行預金は目減りしないと思っている高齢者にとって、銀行でいくら(多くは初耳である)リスクの説明をしても、本当には理解できないかもしれません。

一流大学を出て、かつて一流銀行の支店長クラスになったこともある知人は、「銀行がリスク商品を老人に薦めるなんて、銀行員の風上にも置けない」と言っていました。


@ 「国民年金では、支給額が安すぎて、生活できない」とおっしゃる方がいます。でも、国民年金は「三世代同居」が珍しくなかった時代に、老年者の「お小遣い」として誕生したという背景があります。

お小遣いなら、現在でも、現役サラリーマンと比べても遜色ありません。そして、三世代同居が叶わぬ人は、過去・現在を問わず、若いうちから、自助努力で、預金・財テクなどに励む必要がありました。

その自助努力の一つとして、以前より、公的年金である「国民年金基金」があります。年金をたくさん貰いたい人は、別途、沢山の掛金を払う必要があるのは、自然なことです。


@ 最近気に入っているのが、(株)永岡書店さんの輸入クラシックCDシリーズです。本屋さんで売ってますが、税抜き一枚370円で60種類ぐらいあります。

録音が古いので安いのでしょう。その代わりアーティストは一流です。録音が古いと言っても、ラジオの音でも満足できる私に、大きな不満はありません。

それよりも、「これが録音された時には、私は〇歳だった…」と、遠い眼をして、古の響きを堪能する楽しみもあります。演奏スタイルも、音色も当時のものですし。

そして、このCDシリーズの特徴として、ジャケットには、「昔の帯付きLPレコードを彷彿とさせる」ような、表面の美しい絵画と、裏面のライナーノーツがあるのです。そして、「開閉してもそれが取れない工夫もしてある」から、その心づかいが嬉しくてたまらないのです。

https://www.amazon.co.jp/%E6%B0%B8%E5%B2%A1%E6%9B%B8%E5%BA%97-CD%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF-%E6%9C%AC/s?ie=UTF8&page=1&rh=n%3A10806011%2Cp_n_binding_browse-bin%3A2120620051


(2019.1.19)

役所では毎年時期を決めて文書廃棄をしています。これは年末の大掃除のようなものであり、ルーチンワークで、ルールに則ったものです。

「 総務省は09年、基幹統計を担当する省庁に、調査の回答書を永久保存するよう要請した。厚労省が紛失や廃棄した資料は要請前や対象外にあたり、ルール違反にはならない。」

( 2019.1.19朝日新聞〈朝〉2面 「統計不正さらなる火種」「厚労省、資料を一部紛失・廃棄」「04〜11年分再集計困難に」より抜粋 )


(2019.1.17)

@ 成人式を欠席した私に言わせれば、出席して秩序を乱す新成人は、けしからんと思います。

欠席して、どこか迷惑にならない場所で、自分たちのパーティーをすればよいのです。


@ 「 ダレのドレスだ、ダリダのだ。」


@ 次回の国勢調査が気になります。住民の権利意識やプライバシー感覚は年々強くなるでしょうが、厳格に全数調査をやらないと責任問題になると分かった以上、役所側も前回より厳しくすることはあっても、便宜を図ることは、あまり出来なくなる可能性があるからです。住民にとっても役所にとっても、やりにくい調査になるかもしれません。

追記 

今回の統計問題について、今朝1/18のラジオで専門家が話していました。彼のキャリアを物語るように、「事件は会議室で起きている」的な内容にも聴こえましたが、中に一つ、こんな話もありました。

「 統計について、住民側に罰則規定はあるが、役所側には無いので、作ることを考える必要がある 」 (表現は正確ではありません。)

( 確かに、一般論としても「役所は間違いをしない」的な建前で、制度・システムが設計されているような所もあります。しかし、時に人間は間違うもの。そうすると簡単な訂正方法が無いので、担当者は困惑することもあります。)

やはり役所側への罰則強化論が出てきました。

すると、どうなるのか。

役所は自分たちへの罰則から逃れるため、住民へのしめつけ、罰則を強化する可能性があるのです。国勢調査に協力しない世帯への、50万円以下の罰金の動向が気になります。

イギリスがEUからの「合意なき離脱」で悩んでいますが、日本の、国勢調査の罰則強化も、役所、国民ともに望んではいないでしょう。しかし、こちらでも「合意なき○○」が起きる可能性があります。


@ 北朝鮮の完全な核放棄、年月をかければ、たとえば10発持の内、8〜9発の廃棄はありえるかもしれませんが、1〜2発は隠し持っておく可能性も否定できないのでは。

仮に10発とも廃棄しても、「どこかに隠し持っている」という疑念を完全に払しょくすることは難しいと思います。それだけでも核の抑止力につながるのでは。

一方、北朝鮮と韓国の統一は、経済格差もありますし、現実的に、すぐには難しいと思います。

統一しなければ韓国が核保有国になる心配は無いのかと言えば、事実上の友好国になるだけでも、韓国の意識は違ってくると思います。韓国には「同一民族による核の後ろ盾」が出きるからです。北朝鮮に中国という「核の後ろ盾」があるように。


「 俺がいたんじゃ お嫁にゃ行けぬ

わかっちゃいるんだ 妹よ 」

( 映画「男はつらいよ」より抜粋 )

追記

韓国と日本は共同して北朝鮮に対峙するはずだったのに、気がつくと、韓国と北朝鮮が共同して日本に対峙しているというのは、日本からすれば、とんでもない話です。

しかし、同一民族である北朝鮮と、血を流す戦争までしている韓国から見れば、矛盾や葛藤こそが人生の真実であるのかもしれませんね。


(2019.1.16)

街に新しいパン屋さんが出来たので、いつか買いたいと思って、前を通るたびに眺めていました。

そんなある日、こんな光景を目撃したのです。

道に面したショーケースの中に、自家製のパンが沢山陳列されているのに、女店員さんが内側から手を突っ込んで、雑巾でショーケースを拭いているのです。パンはそのままで。

私は雑巾がパンに触れはしないか、雑巾から水しぶきがパンにかかりはしないかと、びっくりしながら、通りすぎました。当然に買えません。

沢山の通行人の目の前でやっているということは、店員さんに悪意はないのでしょう。もしかしたら、舐めても大丈夫なほどの、きれいな雑巾かもしれませんが、客からどう見えるのかも考えた方が良いです。先にパンを取りだせば良いだけのことですから。

そう言えば、半年ぐらい前、ある家電量販店のトイレに入ったら、清掃係の若い男性が、男性トイレの便器を拭いた雑巾で、手すりも拭いていました。順番が逆ならともかく。

又、先日は、「トイレふいた布で食器まで 中国五つ星ホテルの実態暴露」(2018年11月16日19時02分 朝日新聞デジタル)というニュースもありました。


(2019.1.15)

@ 平均寿命辺りまで生きたとしても、私は後20年ぐらいの人生かもしれません。でも、新成人たちには、これから60年ぐらいの未来が待っているのです。

眩しいほど羨ましいし、頼もしいことです。そんな彼らの晴の姿、その一団を見る時、私は未来を安心して託すことが出来るような気がして、本当のうれしさがこみあげてきました。

還暦を過ぎ、しばらくして、やっと分かったこの気持ち。これは、終活年賀状を書くような年齢になったからこその感慨だと思います。失礼でしたらお許しください。きっと天皇皇后両陛下も同じお気持ちではないでしょうか。

追記

私は成人式には出ていません。たまの日曜日に、わざわざ、かた苦しい処に出席するなんて、真っ平ごめんだったからです。私はそんなハミダシ者。だから、正装し喜々として出席する若者は、私の目から見たら近寄りがたいほどの優等生です。


@ 少し前に、NHK・TV「ガッテン」で紹介され、好評だった呼吸法の話です。試した人たちは、気分が良くなる、体がポカポカしてくると言っていました。あれ以後、私も毎朝やっていますが、快適です。

やりながら気がついたことがありました。人体には「小周天ルート」という「気」の大動脈があります。それはお腹側と背中側に、縦一文字に走り、頭と下丹田を循環しています。

気功では、下丹田に溜めこんだ「気」の圧力を使って、「気」を流すみたいなところも有りますが、NHKの呼吸法は、事実上「小周天ルート」を左右に引っ張って広げ、「気」の通りをよくする技にも、なっているような気がするのです。つまり「ヨガの親戚」のようなものかもしれません。

毎朝これをすると、やはりメンソールが流れたような爽快感と、ポカポカ感に満たされます。そして、「気」が頭部を通過するときに、口腔部辺りにはガムを噛んだような風味が残ります(「気」の風味)。だから、その辺りにの疾病にも効果があります。

ちなみに、名著「風邪の効用」だったでしょうか。先生は、風邪気味になると、自らの背骨に「気」を通すのだとか。するとポカポカして来て、軽い風邪ならすぐ治ってしまうのだそうです。

NHKの「ガッテン」ホームページより、「肺ストレッチで体が変わる!呼吸コントロールSP」の説明です。

http://www9.nhk.or.jp/gatten/articles/20180411/index.html

(2018.6.5記事の、加筆再掲)

追記

もう少し詳しく書きます。

@私は立禅(三円式站とう法)を週に三回ぐらいの割合でやっていました。それを数週間続けると、下丹田に一定量の「気」が貯蔵されます(実際に風船を入れたような膨満感も生まれます)。そのとき「小周天ルート」が開いている人には、喉元に湧き出てくる泉ような「気」を感じる事があるのです。至福の時です。

Aしかし、思うところあって現在、立禅は止めております。すると下丹田の「気」は自然放出されて減っていきます(じっさいに膨満感も消えていきます)。喉元に、自覚できるほど強く「気」が湧き出てくる事もほとんど無くなります。

そんなある日、このNHKの呼吸法をすると、まもなく@の時のような「気」を感じるのです。これは、きっと「気」の通り道が呼吸法により刺激を受け、邪気で詰まりかけていたのがクリーンになったり、さらに拡張した結果だと思うのです。下丹田の「気」が少ないにもかかわらず、溢れ出てくる理由は。


(2019.1.14)

@ NHK・夜のニュース。昔は…と言ってもつい最近まで、女性はミニスカートが当たり前でした。もしかしたら局側の要望だったのでしょうか。それが、1〜2年前から自由になったようです。

(世に「SKE48劇場」がある限り)それは、それで良いのですが、ロングになったスカートの裾が斜めにカットしてある事があるのです。

斜めカットのスカートを、他で見たことがないわけではありません。昔、リアルでも一度見たことがあるような気もします。

しかし、私の独断と偏見では、あれは事務所などフォーマルな場所で着る衣装ではないでしょう。宴会場などのカジュアルな場での衣装だと思います。

それを、夜のニュースで着ているということは、「記号によるNHKのニュースのカジュアル宣言」であるのかもしれません。


@ 私の成人式には、少し侘しい経験があります。そのせいもあってか、他人様の成人式にもあまり興味がありませんでしたが、今日、ウオーキングの途中に、数十人からなる新成人御一行様とすれ違い、とても嬉しくなりました。

女性は着物を、男性はダークスーツを着ていました。

やはり、団体の、本物の新成人を目の当たりにすると、事の重大さが感じられ、誠にめでたい気分になりました。

今晩は、彼ら(彼女たち)を祝い、一人深酒をするかもしれません。


@ 仏像は「拝むことで魂が入る」のだそうです。

ところで、私は古本屋さんと、普通の本屋さんとの、ふんいきの違いを不思議に追っていましたが(古道具屋さんと、普通の道具屋さんの違いも)、やはり「物は使うことで『念』が入る」のかもしれませんね。


@ 今朝、マウスの電池がまた無くなりました。やはり半月ほどで。今度はスイッチの切り忘れをしないように注意しましたが、やはり、こんなものです。


@ >その後40代でも、会社の健康診断で「軽度の貧血」が見つかり、若い女医さんから、「その方が体調が良ければ、朝食抜きでも良いけれど、他の食事では肉を食べなさい。肉を食べなければ生きる意欲もわ生きませんよ」と言われました。

当時は「肉は体に悪いから、魚を食べなさい」が常識だった時代でしたから、女医さんの言われた話は最先端の学説だったのかもしれません。やがてマスコミも「肉を食べなさい」になっていきましたから。(2018.12.25より抜粋再掲)

その時の女医さんは、若くて、たぶん20代だと思います。私よりかなり若い彼女から、人生相談をしたわけでもないのに、「生きる意欲」についてにまで言及された事について、感動と衝撃が走った事を覚えています。

最近ふと思ったのですが、もしかしたら、彼女は自分の体験談を語っていたのではないでしょうか。昨今のニュースを聞きますと、お医者さんの労働環境は厳しく(「医師の時間外労働2000時間上限も 過労死ライン2倍 厚労省案」NHK1月11日 21時01分)、当時から、とても肉でも食わなければやってられない状況だったのかもしれません。

そういえば、「健康で文化的な最低限度の生活」(ケンカツ)の、ハードボイルドなヒロインも、夕食の定番はトンカツでした。


@ 「 メゾン・ド・ポリス〜退職刑事のシェアハウス〜 」

「新人の、若くてきれいな女性を、(よってたかって)おじさんたちが指導する」という構図は、ある意味、おじさんたちの願望かもしれません。

( しかし、私にも経験がありますが、いつもの自分流の仕事ぶりを見せると、幻滅されかねないので、願望は、願望にとどめておいた方が良いと思います。)

コメディタッチなのか、シリアスかの違いはありますが、ふと、「健康で文化的な最低限度の生活」(ケンカツ)を連想してしまいました。

他にも、今期は新人女性を育てるドラマがありますが、ある意味「女ハードボイルド」だった(ケンカツ)が、形を変えて生きているのでしょうか。


(2019.1.13)

@ 国勢調査についてもう少しお話しします。

5年に一度の国勢調査に協力することは、義務であり、しない場合は罰則規定(50万円以下の罰金)もあります。外国人やホームレスの人たちも対象者です。しかし、ニュースなどでご承知のとおり、毎回、協力的でない人も少なからず出ます。特に最近はプライバシー云々も手伝って。

マルサが活躍する納税義務でさえ、逃げようとする人もいるのですから、単なるアンケートと誤解されやすい国勢調査はなおさらでしょう。

ところが、一人が拒否したり、提出が遅延しただけでも、全数調査の結果が出ないはずなのに、毎回必ず遅滞なく結果が出ているのはなぜでしょう。不思議ですね。その上、罰金50万円を課したことを、私は聞いたことがありません。

ご承知のとおり、国勢調査は国の政策決定などに大きな影響を与えるデータです。そして全数調査なのに、主に「国民側の法律違反」によって、それが出来ていない事を、私たちは知っておく必要があります。


(2019.1.12)

@ 昔、映画は「吹替え」よりも「字幕スーパー」を選択していました。語学の勉強を兼ねていた時期もありますし。俳優本人の声も聴きたいですから。

しかし、語学の方は一向に上達せず、それどころか、「字幕スーパー」は文字数に制限があるため、デリケートな表現が欠落する心配がある事を知ったのです。要は一長一短。

だから、今の私は「吹替え」にも抵抗はありません。音声は耳にまかせて、目は演技を堪能したり、映像言語を探すことに専念したいと思っています。


@ 私が就職した当時は、まだ今のような電卓はありませんでした。事務所には鉄アレイのように重い歯車式計算機も何台かありましたが、出張先では算盤と計算尺を使いました。

計算尺は近似値しか出ませんが、お客さまの眼前で計算尺を使い、「大体ですが…」と前置きすれば、それで仕事が回りました。

昨今は、たとえば「大体13,000円ぐらいです」と言うと、必ずと言って良いほど「いくらですか?」と深追いされるので、最初から正確に「12,345円です」と答えます。すると「12,000円ぐらいですね」と返事がもらえることもあります。


@ 「 >A … 国王に言われた通り、名もなき民の声も聴くため、地下鉄に乗るのです。… (追記より)

ぐうぜん飛び乗った地下鉄の一両。

そこで庶民の話を聴いただけで、はたして、それが世論と言えるのか、という疑問があると思います。

しかし、選挙の出口調査を思いだすと分かります。(実際の出口調査は何件調査するのか知りませんが)私の経験から言うと、50人もサンプル調査すれば、世論の概ねは分かるのです。これも相似形になりますから。

チャーチルは10人ぐらいの人と話をしました。それ以外の人にも発言の機会は平等にありました。それを持って世論としたのでしょう。あの時代、しかも緊急時なら、上等だと思います。 」

( 2018/4/3  映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」 私のレビュー追記Wより )


@ 5年に一度の国勢調査に協力することは、義務であり、しない場合は罰則規定もあります。しかし、ニュースなどでご承知のとおり、毎回、協力的でない人も少なからず出ます。特に最近はプライバシー云々も手伝って。

マルサが活躍する納税義務でさえ、逃げようとする人もいるのですから、国勢調査はなおさらでしょう。

何でもそうですが、国民全員・全社を対象とするのは無理があります。一人、一社が出さない、遅れるだけで、答えが出なくなります。100%のデータなど机上の空論に近いでしょう。ですから、統計などは最初から一部を抽出して行うような「制度設計」にしておく方が良いと思います。

それでも十分実用に耐えると思います。選挙の出口調査でも、当確がほぼ確定出来ることを、私たちは良く知っているはずです。


(2019.1.11)

@ 「 ふらんすへ行きたしと思へども

ふらんすはあまりに遠し 」

( 萩原朔太郎 純情小曲集 「旅上」 より抜粋 )


@ 憲法9条にも受け継がれている理念。

「 オーナ・ハサウエイ…かつては国と国の争いを解決する手段として、戦争は国際法上『適法』でした。逆に、経済制裁に加わることは、中立に反し、違法だったのです。

スコット・シャピーロ わずか100年ほど前までの話です。

…(中略)…

ハサウエイ … 不戦条約に名前が残るケロッグは米国の国務長官、ブリアンはフランスの外相ですが、戦争を違法化するアイデアを思いつき、運動を始めたのは企業法務が専門のシカゴの弁護士でした。 」

( 2019.1.10朝日新聞 オピニオン&フォーラム 「戦争なき世界への道」 新年インタビュー 現代秩序の原点は90年前の不戦条約礎に一市民の思い )


(2019.1.8)

@ 真空管アンプというと、地味な灰色などの製品が多いのですが、「トライオード」という日本のメーカーが、何年か前に、こんな色の製品を発売しまして、マニアは驚きと好感をもって迎えたものです。

私は、オーディオ製品にも色は重要だと思っていますし、定年を迎えたオジサンたちが、「還暦だし…」という言い訳で、買いやすくなるな、とも思ったものです。

http://www.triode.co.jp/brand/triode/TRV-A300XR/index.html


@ 「午前10時の映画祭」はありますが、「午後2時の映画祭」はないのかな、と、午後派の私はいつも思うのです。


@ 昔、日本が台湾を統治していた頃、(後に台湾総統になる)青年だった李登輝さんは、日本各地を旅したそうです。

そうしたら、台湾には鉄筋コンクリートの立派な学校が建てられていたのに、日本は木造づくりの学校ばかりだったのに気がついたのです。

私が小学校の頃も木造校舎でしたから、それより昔の台湾に、すでに日本によって、鉄筋コンクリートの校舎が立てられていたのは凄いことです。

それを見た李登輝さんは、「即座に、日本が台湾をどう見ているのか理解した」のです。そして、大の日本ファンへと育っていくのです。

勉強は一生できますが、中でも、子どもの頃の学習がどれほど大切かは、言うまでもありません。それは、その子の一生を左右し、さらには治安などの問題にもつながりかねないのです。


「 外国籍の子 就学不明1.6万人 義務教育の対象外

日本に住民登録し、小中学校の就学年齢にある外国籍の子どもの少なくとも約2割にあたる約1万6000人が、学校に通っているか確認できない『就学不明』になっていることが、全国100自治体を対象にした毎日新聞のアンケート調査で明らかになった。

既に帰国している事例もあるとみられるが、外国籍の子は義務教育の対象外とされているため就学状況を確認していない自治体も多く、教育を受けられていない子どもが多数いる可能性がある。

…(中略)…

外国籍の子どもの就学状況に詳しい愛知淑徳大の小島祥美准教授は『就学不明児の中には、不就学のまま放置されている子がいる。国際人権規約に照らすと教育の機会を保障すべきで、自治体任せにせず国が統一の指標を作る時期に来ている』と指摘した。」

( 毎日新聞2019年1月6日 21時35分〈最終更新 1月7日 06時03分〉より抜粋 )


(2019.1.5)

新元号の発表が4/1になるようです。

今上天皇は国民生活への影響も考えて生前退位をご希望されました。それを思うと、発表は半年前でも良かったぐらいです。特に4/1という時期が宜しくありません。

ご承知のとおり、もっとも新元号の影響を受けるところの一つに官公庁があります。そして4/1は人事異動の日で組織は弱体化しており、さらに通常の年度切り替え事務も集中する時期です。ですから残業も集中しています。

そんな中、単純に考えて、右も左も分からぬ後任の担当者が、それらすべてを迅速に処理できるとは思えません。当然に、前任者の異例とも言える強いフォローが必要になると思います。あるいは元号改正関係の事務のみ前任者が受け持つとか。

しかし、前任者が遠方に異動になっていたり、異動先の仕事によっては、後任へ十分なフォローが出来るゆとりが有るかは疑問です。

「でも、何とかなるものだ」。

昔、上司が新年度の仕事分担票を前に言った言葉です。


(2019.1.4)

昨日、熊本県で地震が起きました。被災されました方々にはお見舞い申し上げます。

ところで、ただちに菅官房長官が記者会見をした事について、今朝のラジオで、「正月だから、酒を飲んで赤い顔をしていてもおかしくないのに、官房長官も大変なお仕事だなぁ…」とコメントしていました。

おっしゃるとおりです。

しかし、直ちに起動したのは、官房長官だけでありません。市町村役場の総務課長や、職員も、電話インタビューに答えておられました。彼らもまた役所へ集まったのです。

地震はもとより、台風や大雨などでも、警報クラスが出ると、深夜・休祝日を問わず、招集がかかります(注意報で呼びだされた時代もありました)。台風など事前に被害が予想されるときには、多人数が役所に泊まりこむこともあります。役所に非常電話が入っても、ガードマンしかいないようではいけませんからね。


(2019.1.3)

「健康で文化的な最低限度の生活」(ケンカツ)が、「BS日本映画専門チャンネル」にて、2019.2.5〜2.6に、二度目の再放送されます。

この作品は、ドラマとしても優れているうえに、他にあまり類を見ないほど、生活保護の世界や、区役所職員のリアルな仕事ぶり・空気感が描かれています。

観逃した方は、この機会に、ぜひご覧ください。


(2019.1.2)

@ 昨年の夏は台風で停電しました。何十年ぶりかのことです。さっそくLEDランタンなど買い求めましたが、そのときに電池が単四のものが多いのに驚きました。

私の感覚では、非常用の照明などは、電池の長持ちする単一か単二が良いのですが、今、LEDにそんな製品はほとんど見当たりません。

LEDは電気をあまり食わないからでしょうが、もう一つ、陰の理由があって、「家電製品のリモコンに単四が多用されていて、電池と言えば単四だと思っているユーザーが多いからでは」と思ったのです。


@ 年末に有線マウスが壊れたので、初めて無線マウスに買いかえました。

しかし、さっそくセットしてみましたが動きません。初期不良かと思って焦りましたが、ためしに電池交換してみたら動いたのです。初期不良は本体ではなく同梱の電池でした。単四電池一本でクレームを入れるのもなんなので、泣き寝入りすることに。

ところが半月余りで再び動かなくなりました。これも、試しに電池交換したら動くように。無線マウスは電池を食うのですね。買うときに電池寿命を比較しましたし、一応、名の知れたメーカーの物なので、そんなに粗悪ではないと思うのですが、やはり「スイッチを切り忘れて一晩」みたいな事も数回あったのが、いけなかったのでしょうか。

年末に用事で家電量販店に行き、なにげなくマウスを見ていたら、有線マウスが安かったので、衝動買いしました。やはり私には有線があっているようですから。

しかし、自宅に戻って交換しても動かないのです。どうやら、一度無線にすると、環境設定をしなければ、有線には戻れないみたいです。

説明書を見てみると、なにやら細かい文字で書いてありますが、PCが大の苦手の私には良く分かりません。と言うわけで、新年早々、悩みたくもないので、今は、しかたなく無線マウスを使っています。


(2019.1.1)

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。


(2018.12.31)

本年も、私のレビュー・ブログをお読みいただき、有難うございました。皆さま良いお年をお迎えください。


(2018.12.30)

@ 「鯨は美味しいだけでなく、健康にも良いらしい。美食・長寿の日本人が喜んで食べている」となれば、世界中が注目するかもしれません。すると、マグロの刺身のように、未来は鯨の奪い合いになる、かも。


@ @「 スプーン1杯でカラダが激変!?食べるアブラの新常識 - NHK ガッテン!

オメガ3は近年、中性脂肪の合成を抑える効果や、代謝を上げる効果も期待できると研究が進んでいます。

実際に番組では、48人の被験者に1日小さじ1杯のえごま油を1か月摂取してもらうという実験を行ったところ、33人の体重が減少。また中性脂肪値が基準値より悪かった17人のうち、12人の数値が改善するという結果になりました。」(抜粋)

「オメガ3」とは油のことです。「魚の油」や「えごま油」、「アザラシの油」、「鯨の油」です。

@のNHKホームページでは、「鯨の油」が省略されていますが、番組内では、確かに「鯨の油」も掲示され、説明されていました(番組は日本が「IWC脱退」表明前でしたから、こうなったのかもしれません)。


下記Aのホームページには、番組通りに「鯨の油」も掲載されています。ぜひご覧ください。

A「 【反響要約】ガッテン!えごま油のパワーがあなたを変える!?驚きの ...

北極圏に住むイヌイットの人々は全食料の5割がアザラシやクジラなどの脂を使った食事をしていると言います。その食事内容はまさにアザラシの油まみれ…。

しかもアザラシなどのアブラは大量に食べたとしても健康を妨げないそうです。そのアブラはとても優秀な性質を持ち、心筋梗塞などの病気リスクはヨーロッパの人々と比べ10分の1以下という低さなんだとか―― 」(抜粋)


鯨の肉(脂身も含む)を食べることが、どれだけ「鯨の油」の摂取につながるのかは、素人の私には分かりませんが、良い情報ではあると思います。


(2018.12.29)

昨夜、うどん屋さんからテイクアウトしてきたイワシの天ぷらを食べました。塩味がついているので、そのままでも美味しく食べられます。

食べていて、ふと気がつきましたが、イワシのコクが、鯨(この漢字も使わないと忘れてしまいます。)に似ているのです。イワシやサンマ、マグロなどには味にコクがりますが、特にイワシやサンマと鯨が似ているのです(いわゆる生臭さではありませんので、念の為)。

そう言えば、幼い頃にクジラのステーキを食べていても、哺乳類のステーキを食べているという意識はありませんでした。何か…(例えが適当では無いかもしれませんが)煮すぎて固くなったブリのステーキでも食べているような気持ちでいたのです。鯨肉だから味が濃く美味しいですが。

その理由がやっと分かったような気がしました。クジラの形が魚に似ているからではありません。味にイワシやサンマと似ている部分があるからです。

不思議ですが、海の幸には、味に共通点があるのかもしれませんね。ですからDNA的にも、鯨は島国の日本人に合った食材かもしれません。

逆に言えば、鶏、豚、牛など、陸の肉は、美味しいことは100パーセント認めたうえで、しかし、どこか、微かな違和感を感じながら食べていたことに、私はあらためて気がついたのです。

追記

今日、偶然、友人に会ったので、「幼い頃のクジラ料理の思い出」について尋ねてみました。彼は私よりも10歳ぐらい年上です。

そうしたら彼も大好物で、開口一番出てきたのが「刺身」でした。私は食べた記憶が無かったので、「クジラの?」と聞いたら、「魚だから、刺身で食べるよ!」と言ったのです。

ご承知のとおり、鯨は魚ではありません。それは彼も承知していると思います。では、なぜ「魚」と言ったのか。それはやはり、私と同じ気持ちだったのだと思います。幼い頃の私たちは、鯨を、その味から、無意識に「魚」のカテゴリーに入れて、食べていたのだと思います。


(2018.12.28)

@ 「 【IWC脱退】『ぬーけた!』ではなく、これからも向き合う 」

( BLOGOS 中田宏 2018年12月28日 09:10 )


@ ネットでクジラ料理を検索すると、私が食べたことがない、美味しそうな料理が出てきます。

クジラの肉はとてもコクがあります。

鶏<豚<牛<クジラ の順でコクが強くなります。ビールで言えば黒ビールみたいな。だから、毎日のローテーションにクジラを加えてみるのが面白いと思います。

私が幼い頃よく食べていたのは…

@ 「湯かけ鯨」と言うのでしょうか。クジラの分厚い被下脂肪を薄く切り、熱湯にくぐらせた後に、流水で良く洗ったものです。ふわふわと白くて、歯ごたえのあるゼリーのようになります。わが家では白みそを使った酢味噌につけて食べました。脂臭さはありません。意外とアッサリとして、とても珍味です。

A 「ベーコン」。これは白くてトロリと美味しい脂身の部分と、ガリガリとした網のような繊維質の部分、コクのある赤身の部分からなり、一枚で、三度美味しいものです。ウスターソースを付ければ、ご飯が何杯でも食べられます。

B 「ステーキ」。霜降りではない牛の赤身のような感じです。しかし、コクは牛の数倍強いのではないでしょうか。昔、おばあちゃんが、昼時に七輪に置いたアミで、焼きながら食べさせてくれました。味付けは塩だけでした。熱々で旨かった。赤身はウスターソースにつけても旨いし、甘辛いタレにつけた商品もありました。鯨カツも。

私など、これを書いているだけでも、お腹が空いてきます。

追記

詳しい料理法は、怪しい私の説明ではなく、ネットの、料理専門家の話を参考にして下さい。


@ 「役所は公益を、民間は私益を求める」と、単純化して書きましたが、「民間だって公益も大切に考えている」という御意見があるのは理解してます。

ところで、「日本のIWC脱退」で、商業捕鯨が2019年7月から再開される見通しです。ところが、関連する一部の会社に、消極的なところが見られるのは残念なことです。

クジラを食べなくとも、現在は他にたくさん美味しいものがあります。それでも、IWCを脱退してまで、日本が捕鯨に踏み切ったのは、「日本の食文化を後世へ継承するため」だと思います(もちろんクジラもお世辞抜きで旨い)。本来は万博で(そうです2025年大阪万博で)誇らしく世界に届けるべきものなのです。30年議論を続けても、まだ世界に説明が必要なら、五輪や万博は良い舞台になるかもしれません。

そんな大切なことなのに「参加に消極的である」というのは、いかがなものでしょう。


(2018.12.26)

@ 映画「ディア・ハンター」〈4Kデジタル修復版〉。

大変興味がありますが、もう若くはないので、まるで宇宙旅行へ行くような、劇場での184分間に耐えられる自信はありません。


@ 先日、NHK・TVのドキュメンタリーで、天皇皇后両陛下の、いわゆる「テニスコートの恋」を放送していました。

いかに半世紀も前の話で、しかも、すでに多くの国民が承知の話題だとはいえ、まだご退位もされていないのに、微妙な恋愛の話をNHKが放送したのは、正直驚きましたが、同時に、後世には、美しく映画化して欲しいとも思いました。

番組の中に、出逢って間もない若き日のお二人が、テニスウエアーで、コート脇のベンチにくつろいでおられる、ほほ笑ましい写真が出てきました。

人はすれ違っただけでは「知り合い」だとは言いません。では、恋人たちは、どの段階から「恋人同士」だと言えるのでしょうか。多分それは、告白が成功してからだと思います。

それで言えば、あの写真は、お互いを強く意識していても、まだ知り合ってはいない恋人たちの、ワンカットであるように思います。

つい映画のワンシーンを見るように、読んでしまいました。失礼でしたらお許しください。

しかし、あの「春まだ浅い、梅の花が咲いたばかりの頃」のようなお写真は、お二人にとっても、国民にとっても、宝物の一枚だと思うのです。


@ 天皇誕生日における天皇陛下から外国人労働者への肯定的なお言葉と、外圧をものともしない検察の外国人逮捕。

外国人労働者の心情を思うとき、「アメとムチ」を思いだします。


(2018.12.25)

@ 私は赤い南天(ナンテン)が好きです。色も形も。

あれは縁起物だと言うので、赤いせいだと思っていましたが、実は、赤い実が、やがて黒く変わるので、「赤字が黒字に転じる」という意味なのだと、ラジオかTVで言っていました。

そのTVですが、株価情報などで、目立たせるためか、「プラスを赤字で表現している」ことがあるので、帳簿を書いた経験のある者としては困惑しています。


@ >小学生の頃、体が弱かった私に、お医者さんは「肉を食べさせなさい。(安い)クジラでも良いから…」と言いました。(2018.12.21の抜粋再掲)

その後40代でも、会社の健康診断で「軽度の貧血」が見つかり、若い女医さんから、「その方が体調が良ければ、朝食抜きでも良いけれど、他の食事では肉を食べなさい。肉を食べなければ生きる意欲もわ生きませんよ」と言われました。

当時は「肉は体に悪いから、魚を食べなさい」が常識だった時代でしたから、女医さんの言われた話は最先端の学説だったのかもしれません。やがてマスコミも「肉を食べなさい」になっていきましたから。

しかし、最近本屋さんで見た健康本には、世界の一流の先生の話として、あろうことか、また「肉は体に悪いから…和食みたいな食事が良い」みたいな話が書かれており、驚いた私は、やはり、最終的には自分の体調に聞くしかないのだな、と思いました。

和食のランチをした後と、ステーキハウスでランチした後では、血液の成分が違うようで、微妙に体感が違います。そして、なにより後者は食後のコーヒーが旨い(コーヒーは肉食民族のお茶だったのでしょう)。

さらには、体調も良くなるみたいです。

私は今までの半生に二度、別々のお医者さんから「肉を食べなさい」と言われたわけです。だから、これからの半生は、「肉食系おじさん」になろうかと思っています。


(2018.12.24)

@ 終活年賀状を書いていて気づいたことがありました。

「年賀状は訃報に変わる」という事です。

何十年も年賀状を続けていれば、それは、いつか訃報になり、終わりを告げるのです。


@ とある公式 「 3×3=0 」 


@ 「 MERRY CHRISTMAS Mr. LAWRENCE 」 (「戦場のメリークリスマス」)


@ 後世に検証されるでしょうが、もしかしたら北朝鮮との緊張は、私が思っている以上に、危険なものだったのかもしれません(今も終わっていませんが)。

そして、「平成」に戦争が無かったことに対する安堵も、私たち庶民とは違った次元のものだった可能性があります。

先の大戦のように、天皇陛下が直接政治に関与することはありませんが、いくら象徴天皇になったからと言っても、天皇陛下は、天皇陛下なのですから。

「 … 平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています 」

( 2018年12月23日 12時24分 J-CASTニュース  「天皇陛下の『自信と誇り』にじむ 最後の会見に、識者が受けた『感銘』」より抜粋 )


(2018.12.22)

@ 「 質問主意書という制度があります。

国会議員が書面で内閣に質問し、内閣はそれに対する答弁を閣議決定して返すというものです。
 
… (途中略) …

『 他方で、電動車椅子は、原動機を用いる機械であり、飲酒してこれを利用した場合には利用者の判断や操作を誤らせ、利用者自身や周囲の歩行者等が事故に遭う危険を生じさせ得るものであることから、警察庁としては、その利用者等に対し、飲酒してこれを利用しないよう呼び掛けているところ(以下略)。 』

電動車椅子を利用するときも飲酒はしないように気をつけましょう。 」

( BLOGOS 「電動車椅子と飲酒」 河野太郎 2018年12月22日 08:12 より抜粋 )


@ 多い時は、週3回程度、私はスポーツセンターに通っていました。かなり重い道具を、キャリーケースに入れて、引っ張って。

地下鉄の乗り換え時には、まれにホームの人が、つまづくことがありました。スポーツセンターの広いロビーで、走り回る小さな子供が、ぶつかってきた事も。

人間は後ろに目がついていませんので、後方の荷物ぶつかってくるのを避けるのは、なかなか難しいものがあります。これが自動車同士の追突なら、責任の多くは追突した側に発生することでしょう。しかし、そうも言ってはいられませんので、周囲に注意をしながらカートを引いています。

ところで、私には電動車いすの友人がいて、介助をした事があります。あれはかなりの重量です。大人でも簡単には持ちあがりません。さきほど重量を調べてみたら、車イスタイプで25kg前後ありました。父も使っていましたが、カートスタイルのものは75/100kgもあるようです。利用時には、さらに、乗る人の体重が加算されますから、どんな電動車いすでも、100kg前後の総重量になっているはずです。

幸にも、電動車イスが暴走して、通行人を轢いたというニュースは、今まで聞いた記憶がありませんが、これはドライバーの努力のたまものかもしれませんね。(2018.11.29の再掲)


@ 忘れもしません。青春のある土曜日、職場の私は、いつものように、仲良しの若者5人ぐらいでランチに行きました。中華料理店です。

座敷に上がり、料理が来るまでしばし歓談をしていました。

その時、突然思ったのです。

見渡せば、私が一番年上で35歳、他のものは20代でした。

そして私が20代の頃、(「兄き〜」と慕いたい30代の先輩がいる一方で)なれなれしく近づいてくる先輩を、少し「けむたい」と思っていた事を思いだしたのです。

ですから、35歳になった私は、「もう、彼らを誘ってはいけないんだろうな…」と思いました。

それまでは、ボーリングとか、飲み会とか、私が幹事になって誘うことがほとんどでしたが(奉仕しているつもり)、それ以後、誘われるのを待つようになったのです。

そうしたら、2〜3回は誘われたかもしれません。1〜2回は断ったかもしれません。それで、私は若者グループから円満卒業しました。

やがて40歳になると、人事異動で、違う支社に行きました。そこにいる20代の若者たちは、初対面の私を、すでに同類ではなく「世代の違うおじさん」と認識しているようでした。

35歳前のように、話しかけても会話のキャッチボールをしてくれることは、もう無くなったのです。


@ マリア・テレサ・カレーニョ・ガルシア・デ・セナは、カラカスで生まれた。


(2018.12.21)

@ 小学生の頃、体が弱かった私に、お医者さんは「肉を食べさせなさい。(安い)クジラでも良いから…」と言いました。

そのせいも、あったのかもしれませんし、父方の実家が九州の海辺だったこともあってか、クジラのベーコンとか、脂身とか、いろいろ送ってもらって、食べた思い出があります。近所の市場からはクジラのステーキも。今のような牛のステーキは、一万円のフランス料理でも食べるように高級品だったのです。

今となっては、クジラはなかなか口に入らぬ高級な珍味になってしまいましたが、私の中では霜降り牛肉よりも上位にあり、とても懐かしいごちそうです。

何かで「長すぎる議論は、世代交代による新たな混乱を生む」という話をしましたが、日本が「外圧による文化差別」に負け、長い間、商業捕鯨にブレーキをかけ続けていた間にも、世代交代が進み、今となっては、「クジラなんて、食べたことないし、別に無くても困らないよ。食の文化? 何それ…」みたいな人が生まれる状況になってしまったのは残念に思います。

でも、「日本のIWC脱退」で食の文化継承に、一条の光も見えてきました。

追記

「クジラを食べるより、世界と仲良くした方が良い」という人もいます。確かにそれも一理ありますが、「人種差別を受けている人に、抗議するより奴隷になった方が良い」と助言するようにも聞こえます。


@ 本日のGoogle壁紙を見ながらラジオをかけたら、FMで「ショパンのピアノ協奏曲第1番」が流れてきました。

ちょうど第二楽章・ロマンスからで、ふんいきは壁紙にピッタリ。

ピアノはポリーニです。


(2018.12.19)

先日、カフェに男女の二人連れがいました。壁を背にしておばあさんが座り、反対側にはおじさんが座っていました。

変だなと思ったのは、おじさんが、ずっと後ろを向いて、店内を見渡していた事です。入ってきた私もジッと見つめられました。私のメニューにも興味があるようでした。でも、そのお顔から、失礼ながら、もしかしたら知恵遅れの方、と思いました。会話から二人は親子だという事も。

おばあさんは何回も息子の名を呼び、前を向かせて、軽食を食べるよう、急かせていました。しかし、一口食べるたびに、また、後ろの店内を見てしまうのです。

座席の位置を交代すれば解決するのにと、私は思いました。しかし、おばあさんは、そんな事は気にもしていないようでした。

少々の緊張感の中、食事を終えた私は、さらに意外な事に気づきました。

おじさんは文庫本(みたいなもの)を持っていたのです。

追記

以前、知恵遅れの人ばかりの施設に行ったことがあります。知人が職員として働いていたからです。知人は、嘘にまみれた俗世間を相手に、疲れてしまったのだそうです。だから、そこで働くことを希望した。

門を入ると、おじさん、おばさんが、幼稚園児のように、無邪気に遊んでいました。

そして私を見ると、笑顔で近づいて来ました。


(2018.12.18)

@ 屋外ステージで、新曲発売記念スペシャルトークステージがありました。

噂を聞いて、散歩途中に寄ってみましたが、看板に偽りなしで、ほんとうに100%トークのみでした。

大画面設備もないし、遠くからでは、彼女たちの表情が見えず、声もよく聴こえないので、寒風がいっそう身にしみて残念でした。

最後に、一曲だけでも良いから、爆音で歌を聴きたかった、です。

追記

もし私が管理者なら、オープニングの景気づけに一曲、トークを挟んで、ラストにお別れの一曲を歌ってもらうでしょう。計二曲です。

カラオケ設備などの準備に問題があるのなら、アカペラで何か1〜2曲歌うだけでも良いと思います。自分たちの持ち歌でなくても、著作権の切れた、古今東西の名曲でも、レアで良いです。

それも難しいのなら、事前の宣伝に、「本日は歌はありません」の一文を入れて、微かな期待を持って集まってきたファンを、「一時間後にガッカリさせない」ように配慮します(これが一番大事)。


@ Googleの壁紙…。


@ @消臭スプレーを「室内」に噴霧する仕事をしていた人だから、A空き缶を捨てる前に、「もったいない」から、「室内」で使い切ろうと思ったのかもしれません。

結果的にそれは間違いで、大惨事になりましたが、@からAへの移行は、発想として、それほど不自然ではなく、問題は可燃性ガスがスプレーに使われていた事かもしれません。@の場合でも爆発の危険があったわけですから。


@ 小学生ぐらいの女の子が、片手でスマホを操作しながら、自転車に乗っていました。


二十歳ぐらいの男性が、両手放しで、自転車を運転していました。両手を放すと自転車は不安定になりますから、安定させるためにスピードを上げています。しかも彼は、自由になった両手で、スマホを操作していました。


地下鉄に時々、知的障害者らしい20歳ぐらいの男性が乗っている事があります。彼らは、何かぶつぶつ独り言を言いながら、電車の中を歩きまわります。

そんな彼が、今回は、ガラケーのカメラ機能を使って、あちこち車内撮影していました。運行経路図に興味があるようで、腕を延ばし数秒間ガラケーを近づけてもいました。

しかし、その後の15秒間ぐらい、次の駅で降りようと乗降口に立っていた、女子高生の後ろ姿に向けられていたようにも見えました。実際に撮影したかどうかまでは分かりません。


@ 私が「毎週『メイド喫茶』に行っている」と、昔、噂を立てた人がいましたが、趣味のオーディオ店巡りのため、それが集中している名古屋の大須商店街辺りを散策するのが好きだっただけで、同所に集中している「メイド喫茶」へ行っていたわけではありません。

私が「毎週『SKE48劇場』に行っている」と、今、思っている人もいるかもしれませんが、その「栄」地区は、名古屋の中心部、地下鉄名城線と東山線の交差する、交通の要衝なのです。けっして、その一当地に建っている「SKE48劇場」へ行っているわけではありません。


(2018.12.17)

「直感で決めろ」とか、「報告書はA4一枚に」、「要件は1分で伝える」など、そんな話がある一方で、「拙速はいけない」とも言います。

だからと言って、20年〜30年も議論を続けることがあったとしたら、そこから「別の問題が発生する」のではないでしょうか。

「人間の世代交代が起こり、新たな混乱が生まれかねない」のです。

「世代交代が起こる前に結論(実行)を出す」ことが知恵だと思います。

逆に言えば、世代交代が起こる前に結論が出なければ、いったん白紙に戻してしまい、次世代の人に委ねることが賢明なのかもしれません。

親の世代の価値観で、子の行動を縛る問題は、昔から家庭内で経験済みですね。


(2018.12.16)

@ その三越の近くで、おねえさんからチラシとティッシュを貰ったら、あの「アイドル教室」の宣伝でした。

追記

それから、しばらく散歩して、本屋さんで立ち読みし、喫茶店に入ってから、「そう言えば、チラシ…」と思って、よく見てみました。

すると…なんと、その日14:00から、そこから徒歩15分の広場で、無料ライブをすると書いてあるではありませんか。

あわてて時計を見ると14:40ぐらい。今から行ったのではライブは終わっています。何という事。

ところで、その広場は、あの「SKE48劇場」のすぐ目の前です。喫茶店にいても、見えない火花を感じたのは言うまでもありません。


@ 先日、街を歩いていて、ふと思いだしたことがあります。

三越デパートの前に鎮座している、ライオン像のことです。

昔、4月1日の朝7時頃、入社式に行く私は、そのライオン像の前で、おなじ処に就職が決まった友と、待ち合わせをしたのです。

ひんやりとした空気、昇ってくる朝日、左のポッケには期待と不安が、右のポッケには財布に入った1,000円札一枚(少なすぎました)。

そして、会社方向の空を見あげ、立っていました。


あれから、半世紀近くたちました。あっという間です。歳を取るはずです。

懐かしくなり、同じポジションに立って、空を眺めてみました。

そちらの方向には、「SKE48劇場」のビルがありました。


(2018.12.15)

サッカーに怒涛の声援がつきものなら、アイドルグループにもオタ芸がつきものです。ライブを体験したことのある方なら、容易にご理解いただけると思います。

そんな私でも、TVやラジオの番組で、作為的に笑い声を挿入しているものは、正直に申しますと、昔からあまり好みではありません。

でも、まれに、スタッフや観客の、くすくす笑いが、小さく漏れ聴こえてくるのは、リラックス感があって好きです(もしかしたら放送事故!?)。

考えてみると、好みは、「作為的か否か」が分かれ目のような気がしました。


(2018.12.13)

@ 流行りの「かかと上げ運動」、私もやっています。

先日も、夜、薄暗い廊下で、壁に向かってやっていました。

そうしたら、目の前にあるダークな壁の明るさが、「かかと上げ運動」のたび、微妙に変化するのです。

最初は気のせいかと思いました。周囲を見渡しても揺れるライトはありませんから。

そして、すぐ気づきました。「自分のオーラ」だと。

「かかと上げ運動」をすると、その度に、両手が少し前後します。両手にも周囲数十センチの所までオーラがありますから、その「薄く青白い光」が、目の前にチラチラしたわけです。

分かりやすく言えば、両手にランタンを持って、前後に振っているようなものでした。


@「 口は災いの元 」


(2018.12.12)

@ 「SKE48」のミニコンサートがあったショッピングモールの裏庭は、ちょうど「ワイキキにあるリゾートホテルの、ビーチに続く裏庭」のような感じです。海の代わりに運河と臨港線に面しており、開放感が半端ではありません。空が丸く見えるほどです。

そこは児童公園になっていて、お母さんたちが、よちよち歩きの子供を遊ばせていました。屋外ステージもあります。ときおり、児童向けのショーがあったりしているようでしたが、私はなぜか、「ここで『SKE48』があればいいのにな…」と思ったのです。

そして念のため、帰り道に廊下に掲示してあった予定表を見たら、一週間後に、ほんとうに「SKE48」の出演が書いてあったので、びっくり。観に来ようと決心したのは言うまでもありません。

やがて当日…

先日までは小春日和でしたが、急に寒波が襲来して、真冬になってしまいました。

「この寒い中、彼女たち、ステージは大変だろうな」。

「館内のロビーに変更にならないかな」。

そう思いながら、ショッピングモールに入りました。

最初に確認したのはロビーの様子です。自動車会社が数台のクルマを持ち込んで宣伝をしていました。

「こりゃ無理だな」、と思いました。

とりあえず館内でランチを取りましたが、時間になっても、館内アナウンスは聞こえません。慌てて裏庭に行きました。

ドンドンというリズムが聞こえて、やがて、制服姿の彼女たちが観えてきました。


@ 医学部の不正入試問題で、大学を非難するニュースがよく流れてきますが、大学は現場である病院の悲鳴を受け、やむなく不正に走った経緯があるはずです。

その「病院の、労働条件の改革」はどうなったのでしょう。それが外国人労働者受け入れなのでしょうか。その根本対策なしに、大学が不正入試を無くせば、病院にとっては労働条件の改悪になり、そのしわ寄せは、患者である私たちに来るのではないでしょうか。


行政における障害者雇用の水増し問題もそうです。災害大国日本では、毎年のように有事が起こり、そのたびに、行政のマンパワーの不足が問題化しています。ですから、公益のため、たとえば自衛隊の様に、「有事を基準に人材の採用をする事が必要」であり、私益の民間とは、一線を画すことが必要になるのではないでしょうか。これも有事の際には、避難所だけでなく、沢山の住民にしわ寄せが来ます。


(2018.12.11)

@ その是非はともかく、「夫の氏を名乗る婚姻届」がほとんどです。だから「夫が筆頭者の戸籍」がほとんどになります。

そんな世の中、「女が筆頭者の戸籍」を見ると、世間様は「?」と思うものです。そして、中には「なぜ?」と、不躾な質問をしてくる人もいるかもしれない。「離婚歴」があると誤解する人も。

だから戸籍担当者は、自分の不手際で(説明不足で)、届出人にとって不本意な戸籍が出来てはならない、と思うのです。

職業病というか、親心みたいな気持ちで、「女の筆頭者を見ると、内心、注意信号が点る」のです。

結婚などで新戸籍を作る場合にも、「女が筆頭者になる場合には、届出人に念を押すぐらいの説明」をしているはずです。

例えば、「男が養子に入る婚姻」の場合、まず、@「妻の親と養子縁組」をします。そうやって親の戸籍に入ってから、A「夫の氏を名乗る婚姻届」を出すのです。

養子縁組で「夫も妻も同じ氏」になりましたから、「妻の氏を名乗る婚姻届」でも良いのですが、「妻の氏を名乗ると、妻が筆頭者」になりますから、(届出人がそれに無自覚だといけないので)心配してあげるのです。特に、子どもが生まれると、「未婚の母と誤解されやすい戸籍」になりますから。

追記

出生届の届出人もそうです。ほとんどの人が「父」で届けます。誰が届出人だったかも戸籍に記載されますから、もし「母」の場合、何十年も経って、事情説明できる人が居なくなってからも、「子どもが、出生についての、あらぬ疑念を持つ心配が無いように」と、戸籍担当者は考えます。


@ 地下鉄のホームにある電光掲示板newsにこんなものが流れてきました。「ING イジメの無い学校づくり」(だったかな)。

でも、そんな事を言うから先生たちがイジメを隠そうとするのです。

さらに、古今東西、どこにでもイジメは存在し、そんなに簡単に消滅するとは思えません。

私は「IKS イジメを隠さない先生づくり」の方が良いような気がします。


@ 「 音に『肌触り』が

ーー 音を聞くと色が見えるという人がいますが、触角と結びつくようですね。

触角というより肌触りでしょうか。音に触れる感じがするんです。角張っているか、毛羽立っているか、芯があるか。ほおずりしたらコンクリートのようなのか、などと想像します。 」

( 2018.12.8朝日新聞 「人は生まれながらにクリエイティブ」 フロントランナー 藤倉 大 さん 作曲家 より抜粋 )


私はこの記事を読んでとても嬉しかったのです。

嬉しかったから、

私のプロフィールの一部を再掲します。


『 「共感覚」についてお話しします。レビューやブログの中にときどき余談として出てきますので。

自慢話をしていると思われると困るのですが、私はおじさんになって初めて「自分には音→形が見える」(正確には、音を聴覚・視覚・触覚で味わえる)ことに気づきました。音が見えて触れられるのですが、たぶん生まれつきなので、当たり前すぎて自覚すらしなかったのです。誰でも同じだと疑っていなかったのです。

ところが中年になり酒席で、なにげなくオーディオマニアの友人に話したところ、友人が「オカルト話は嫌いだ」と機嫌を損じたので、もしかしたら違うのかもと、気がついたわけです。

その特殊な感覚はオカルトではなく、まっとうな科学であり、一般に「共感覚」と呼ばれています。

しかし当時(10年近く前)ネットで調べても「文字に色がついて見える人」が一般的で、「音→色が見える人」ぐらいはあっても、「音→形が見える人」についての記事は皆無と言ってよい状態でした。だから「私のは本当に共感覚なの?」と疑問がふくらんだのです。

そんなある日、図書館で「ねこは青、子ネコは黄緑・共感覚者が自ら語る不思議な世界」(パトリシア・リン・ダフィー/石田理恵〔訳〕)という本を見つけて、救われました。

その中の「6章 作曲家マイケル・トーキーと音楽の色」で、音楽から視覚と触覚が刺激されるとして、「フレンチ・ホルンの音は丸」、「トランペットの音は先が尖った感じ」、「フルートは綿のような音」、「クラリネットは滑らかな音。まるでヒョウの毛皮のような感じ」と、そしてこれは「比喩」ではなく「知覚」だと書いてあったからです。

オーバーに言えば、私は「不安と孤独」の世界で、やっと「仲間に巡り合えた安心」を感じました。

今日、あらためてネットで「音 形 見える」で検索すると、わりと多くの情報がヒットするようになりました。日本にも多数の仲間がいそうです。これもある意味カミングアウトなのですが、自己紹介であると同時に、誰かを救えるとしたら必要なことだと思いました。 』

( 最下段にある、私のプロフィールから再掲 )


(2018.12.10)

晩秋の朝、寒いと思って窓を閉め切り、レビューを書きます。

10:00AMを過ぎても、まだ寒いけれど、仕方なく、ウオーキングに出ます。

すると、暖かいんです。日が昇り、知らぬまに気温も上がっていました。

しかし、閉め切った部屋の中は、早朝のままだったのです。

うれしいような、くやしいような。


(2018.12.9)

@ そろそろ年末調整のシーズンです。勤務先に扶養親族などの申告をしなければなりません。

去年までは父の扶養家族になっていた娘が、今年は結婚して、夫の配偶者になった場合もあるでしょう。

逆に、昨年までは夫の扶養親族になっていた息子が、今年は、離婚した妻の扶養親族になった場合もあるはず。

二人の人間が、一人を重複して扶養につけることは出来ませんので、このような場合は、勤務先に扶養の変更をしておいてください。

もし重複扶養が判明すると、後日役所から、扶養している者に連絡が来ます。その時、役所から相手方にも、あなたの住所氏名が伝えられる事があります(役所の立場としては、すみやかに両者で相談してもらい、結論だけを教えてほしいのです)。

離婚した相手に住所を知られたくない人もいるでしょう。でも、役所がその特殊事情を知っているとは限りません。無用なトラブルを避けるためにも、年末調整や申告時には重複扶養しないようにご注意ください。(再掲)

追記

外国人にも申告納税の義務があります。その場合、配偶者・扶養親族が外国の母国に住んでおり、昔の日本のように、子だくさん・大家族の場合も少なくありません。

仕送りをしているような場合、税務当局は、とりあえず申告通りそれを認めるはずですが、その後、日本人の場合のように税法上問題が無いかを調査することは、事実上、不可能に近いのです。


@ 昨日、一大決心をしました。来春をもって、年賀状を終わりにさせていただくのです。

思えば、小学校の頃から、毎年欠かさず書いてきました。不器用な私は、あて名書きはすべて手書きで。

数年前に、少し年上の知人が、「そろそろ年賀状をやめたいんだけど…皆は、どうしてる?」と言った時には(私とは交換していない人)、「歳を取れば、ほかっておいても交友関係は狭くなって行くので、年に一度の年賀状ぐらい、書いた方が良いのでは? 仕事もリタイアして暇なんだから…」などと、私は思ったものです。

でも、それは理性的な見解であって、心情としては、正直言えば、「私も年賀状を書くのは、昔から難儀だった」のです。なにやら、悪い事のような気がして、自覚しないようにしていましたが。

しかし、昨年の師走に体調をこわし、年賀状を書くのが大変苦しかったのを切っ掛けに、私も「そろそろ、年賀状のやめ時かな…」と思うようになりました。

先日の朝日新聞にも「書き納め『終活年賀状』」の記事があったように、昨今、年賀状をやめる人が広がりつつあるようです。

時は、ちょうど平成の終わり、良いタイミングかもしれません。ご挨拶の文面は朝日新聞を参考にさせていただきました。

追記

ちなみに、年賀状を売っているお店に聞いたら、特中には応じるけれど、出来合いの商品に「終活年賀状」はないそうです。

聞く方が野暮でした。

追記2

逆に言うと、何十年もご無沙汰しているのに、毎年私に年賀状を送っていただいている方には、その重みに、あらためて感謝の念を感じました。

「終活年賀状」は、「儀礼的な年賀状をやめさせていただく」という意味です。けっして「絶交通知ではありません」ので、くれぐれも誤解の無いようにお願いします。


(2018.12.5)

下請け・孫請け会社が、「外国人労働者の人権を無視したような働かせ方をしていた」として、親会社が異例の注意を発したというニュースがありました。

下請け・孫請け会社が作った製品でも、最終的には親会社の名前で商品化されるわけで、外国人労働者、消費者にとっても、親会社は無関係ではありません。

それどころか、親会社こそ、利益重視で黙認していた黒幕だと思われかねません。それは最悪、商品のボイコットにもつながりかねない。ですから、今回のことは賢明な行為だと思います。

今どき、露骨な人種差別をするような人は少ないと思いますが、外国人労働者への差別は、形を変えた新たな人種差別なのではないでしょうか。


(2018.12.4)

@ 外国人労働者も国民年金に加入できる場合がありますが、母国にも年金制度がある場合や、短期間しか日本にいなかったり、そもそも年金制度に興味がない人もいたりで、実際の所、どのぐらい適正に国民年金が運用されているのか、現状は知りません。

しかし、「外国人労働者が日本の工場で事故を起こしても、自己責任とばかりに使い捨てにされた」というニュースを聞くと、もし国民年金に加入していれば(加入できれば)、国民年金の障害年金が出たかもしれないのにと思うのです。

さらに外国人の加入は、年金の財源確保にもメリットがあるかもしれません。

又、これからは、日本に永住するような外国人が増えることが予想されます。今からしっかりと年金制度を適用していかないと、将来、無年金の外国人が増え、生活保護の増加や、治安の悪化につながる可能性もあります。


@ 「悲運の看護師」エディス・キャベルの胸像建立


(2018.12.2)

@ 昨日BSで再放送された、「健康で文化的な最低限度の生活」(ケンカツ)を観ていただいた方、ありがとうございました。私からもお礼申し上げます。


@ 昨日あたりから光電マウスの具合が悪いです。ポインターが動かない事があります。1年ぐらい前に買いかえたばかりなのに。マウスはオス(ボールマウス)の方がタフなのかな。


@ それでは、良い旅を・・・。


(2018.12.1)

@ 若い頃、「新聞に全面広告が載ると、その分、掲載ニュースが減るのではないのか(ページ数が増えない限り)」、と友人に話したことがありましたが、なぜか理解してもらえませんでした。

その時、「友人の泰然自若なありさま」を見ていたら、「もしかしたら、私、変なこと言ったのかな?」と思えてきて…

そして、忘れることにしました。


@ 「健康で文化的な最低限度の生活」(ケンカツ)の最終話(第10話)だけは、(2018.9.19の)過去ログにありますので再掲します。9〜10話は、ドラマの出来が一番良かったかもしれません。



TVドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」(ケンカツ)第10話を観ました。

とても複雑な事柄を、良く整理した、とてもクオリティの高いドラマでした。

以前にも言いましたが、前後編に別れていたものは、くっつけて二時間ドラマにすれば、映画館での上映にも十分耐えられると思います。特に9〜10話は素晴らしい。

ヒロインたちの言動にも、特に申し上げることはありません。皆様、お疲れ様でした。

追記

中に、「返信用封筒に切手も貼ってない」というセリフがありました。これは「気が利かない・お役所仕事」という、役所を小ばかにした感情が込められていたようです。でも、ドラマではこの件について、それ以上言及していません。

話は変わりますが、公的年金受給者にハガキスタイルの現況届(住民票記載事項証明書)というものが送られていた時代がありました。

それを住民票の係で証明してもらい(印をもらい)、切手を貼って投函するのです。いわゆる生存証明ですね。それで、また一年間年金がもらえます。

私は「切手代を無料にすればよいのに」と思っていましたが、そうすると、切手代をどこかほかの予算から(つまり税金から)ひっぱってこなくてはなりません。

受給者全員のものを毎年ですから、たかが切手代と言ってもかなりの高額になります。関係者が理解してくれるほどの、正当な理由も必要になります。ですから、単純に、「気が利かない・お役所仕事」だけでは割り切れない問題でもあるのです。

ちなみに、年金の現況届・年間約4,000万人分については、現在は住基ネットにより手続きが省略されています。これは本人のみならず、証明を行っていた市町村役場にとっても福音です。

追記2

「 また、指の力の強さも、キーを選ぶときの重要な項目で、力の弱い女性がバネ圧の強いキーを選ぶと、ときどき、押したつもりでも入力されないため、つねに意識して力を入れ続けなければならず、やがて指の筋肉だけでなく、精神的にも疲労が蓄積してしていき、『勤労意欲まで失う』事があります。」

( 映画「タイピスト!」の私のレビューより抜粋して加筆。 )


(ケンカツ)の第一話には、同僚がヒロインに、「自転車に油、注しといたよ!」と言うセリフがありました。あれは「励ましの言葉」だったのですね。たしか途中の回にも、落ち込んだその同僚に、ヒロインが同じ言葉を返すシーンもありました。

錆びなどの摩擦で、動きの重くなった自転車は、乗る人の気持ちまで重くさせるのです。そんな自転車は、ケースワーカーになったばかりで、仕事のコツも分からず、ブルーな気分のヒロインには堪えたのです。

だからこそ最終話では、ラストに新品の自転車が登場するのでしょう。自転車は、そんなに簡単に買いかえてもらえるものではありません。役所にも厳しい予算がありますし、耐用年数も決められているのではないでしょうか。

それがやっと叶い、ヒロインが最初に乗るのです。これは、成長して自信をつけたヒロインの、軽やかな心象風景なのでしょう。

ですから、この9・10話は、「摩擦の話」のようです。

返信用の切手が貼ってない事は、返信するうえでの摩擦になりますし、受給者の女にあった(愛に関する)過去のトラウマは、女が自分の子どもを愛するうえでの摩擦になります。さらに、女に憑いた「ひものような男」は、女が立ち直る上での摩擦になりました。そして、今回は、結果的にそれで良かったという結論ですが、親子の情は、子どもを保護するうえでの摩擦になったのです。

この主題は、映画「県庁おもてなし課」にも少し似ていますね。

追記3

誤解の無いよう申し添えますが、第10話のレビューだけが残っていたのは、他の大量の記事と共に、第1話〜弟9話までを削除した後、新たに第10話を書いたからです。つまり時間差で偶然残ったのです。けっして第1話〜弟9話がつまらないから削除したわけではありません。それは全話をご覧になった方なら理解していただけると思います。


(2018.11.30)

@ 自衛隊の護衛艦などには、伝統的に、旧日本軍の戦艦の名前がつけられていると言います。しかし、まだ「大和」はありませんでした。

「『大和』は自衛隊が空母を持つ時のためにとってある」のだと、そんな話を読んだことがありますが、本当なのでしょうか。


@ 子どもは、時に「泣くぐらい厳しき躾けなさい」というのが、現代においても、やはり世界の共通認識なのでしょうか。けっして児童虐待などではなく。

 「 ナマハゲ・アマメハギ…『来訪神』無形文化遺産に決定

仮面をかぶり仮装した異形の姿をした者が正月などの節目に、『来訪神』として家や集落を訪れ、怠け者を戒めたり幸福をもたらしたりする年中行事。ユネスコの委員会は『地域の人々、とりわけ子どもたちが、アイデンティティーを形成し、地域社会への帰属意識を深め、互いの絆を強めている』と評価した。」

( 朝日新聞デジタル 2018年11月29日16時48分 より抜粋 )


@ 吉岡里帆さん主演のTVドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」(ケンカツ)全10話が、BS日本映画専門チャンネルで、一挙再放送されます(12/1 (土) 13:00 〜)。

市町村役場の仕事・空気感を、あれほどリアルに描いた連ドラは、私の知る限り、他に例がありません(ドラマとしてのデフォルメはあるにせよ)。特に「役所に就職希望の学生さん。役所を知りたい親御さん」は必見です。もちろん、ドラマとしても優れています。

「 柏木ハルコの漫画を原作に、生活保護の現場で様々な事情に悩む受給者と対峙し奮闘する新人ケースワーカーを描くヒューマンお仕事ドラマ群像劇。

映画監督の夢破れ、安定を求め就職した、新人公務員・義経えみる(吉岡里帆)。しかし、最初に配属された「生活課」で彼女を待ち受けていたのは、生活保護現場の壮絶な現実だった。

彼女が担当する110世帯の生活保護受給者たちには、知れば知るほど奥深いそれぞれの“人生”があった。22歳の新人が壁にぶつかり、喜び、悲しみ、時には怒り…そしていつしか誰かの希望の光になっていく…! 」

( 「BS日本映画専門チャンネル」ホームページより抜粋 )

追記

ここの過去ログ、夏前後に、リアルタイムで観た全十話の、私のレビューがあります。

・・・ あれ、ありませんね。ごめんなさい。少し前に削除したかもしれません。保存してあるか探してみます。失礼しました。

・・・ 昨夜、探してみましたが、どうやら削除したようです。いつも読んで下さっている方はご承知だと思いますが、内容によらず、私には書きたい衝動と、消したい気分が交互に訪れますので。こんなに早く再放送されるのなら残しておくべきでした。申し訳ありません。


(2018.11.29)

@ 「 大阪 『毎日通う』 万博おばあちゃん

『7年後が、もう待ち遠しい。大阪万博にも毎日通います』。世界各地の万博に通い、『万博おばあちゃん』の愛称で親しまれる愛知県瀬戸市の山田外美代さん(69)は、大阪万博の開催決定をそう喜んだ。

2005年に地元で開かれた愛・地球博(愛知万博)では185日間、欠かさず会場に行き、『世界の人と交流できる』万博の魅力にとりつかれた。10年の上海万博(中国、184日間)、12年の麗水ヨス万博(韓国、93日間)も現地に住み込み、毎日通った。『万博通』として海外にもその名をはせ、17年のアスタナ万博(カザフスタン)では、『大使』に任命され、PR活動にも携わったという。

そんな山田さんが初めて万博に関わったのが『大阪』だ。21歳だった1970年、職場の仲間と共にバスツアーで万博会場を初めて訪問。さらに3回、1人で訪れた。ソ連館の前で撮影した写真や記念品などを今でも大切に保管している。

BIE総会を前に、23日に大阪入りし、万博記念公園(大阪府吹田市)の太陽の塔の前で手を合わせ「必勝」を祈願。24日未明の決定の瞬間を、道頓堀で大勢の大阪市民と共に迎えた。『ウェルカムムードが広がる大阪の熱気を肌で感じた。日本の人も世界の人も、みんなが何度も来たいと思える万博になるといい』と期待している。」

( 2018年11月25日「読売オンライン」より抜粋 )


@ 「1970年大阪万博」と「2005年愛知万博」を楽しんだ、元気な70歳前後の人に、「2025年大阪万博も行きますか?」と尋ねると、「…行きたいけど、年齢が…」みたいな話になる事があります。

現在、男子の平均寿命が80歳ぐらいですし、健康寿命はもっと短いはず。すると、70歳前後の男性にとって、7年後の万博は、ちょっと微妙な時期になるのかもしれません。

しかし「オプジーボ」も出来ましたし、医学の進歩は日進月歩です。「2025年大阪万博」を楽しみ、「2027年リニア新幹線」に乗るというのは、健康目標としても手頃な一つなのではないでしょうか。

その日のために、目に余るような不摂生はやめて、健康を少しだけ考えてみるのも、良いと思います。


@ 多い時は、週3回程度、私はスポーツセンターに通っていました。かなり重い道具を、キャリーケースに入れて、引っ張って。

地下鉄の乗り換え時には、まれにホームの人が、つまづくことがありました。スポーツセンターの広いロビーで、走り回る小さな子供が、ぶつかってきた事も。

人間は後ろに目がついていませんので、後方の荷物ぶつかってくるのを避けるのは、なかなか難しいものがあります。これが自動車同士の追突なら、責任の多くは追突した側に発生することでしょう。しかし、そうも言ってはいられませんので、周囲に注意をしながらカートを引いています。

ところで、私には電動車いすの友人がいて、介助をした事があります。あれはかなりの重量です。大人でも簡単には持ちあがりません。さきほど重量を調べてみたら、車イスタイプで25kg前後ありました。父も使っていましたが、カートスタイルのものは75/100kgもあるようです。利用時には、さらに、乗る人の体重が加算されますから、どんな電動車いすでも、100kg前後の総重量になっているはずです。

幸にも、電動車イスが暴走して、通行人を轢いたというニュースは、今まで聞いた記憶がありませんが、これはドライバーの努力のたまものかもしれませんね。


(2018.11.27)

@ 若い頃、午後から仕事をさぼり、友人たちと「長島温泉」(ナガシマリゾート)で、松田聖子ちゃんショーを観ました。

まだデビューしたて、ポッキーのCMに出ていた頃の、初々しい聖子ちゃんです。

あれは、昨日のような思い出。


最近、ある会社での話。

部下:「今日、昼から休ませてください。『SKE48劇場』へ行きたいので…」。

上司:「…良いよ」(笑)。


@ 「 名古屋・河村市長、IR誘致を三重県に提案 地元は驚き

カジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致に意欲を示している名古屋市の河村たかし市長は26日、ナガシマリゾート(三重県桑名市)周辺でIRを整備できないか三重県などに提案したことを明らかにした。東海地方随一の集客施設に新たな目玉を加え、地域全体を盛り上げたいとしているが、三重県と桑名市は慎重な姿勢だ。

河村市長はこの日の会見で、IRの候補地を来春にも選ぶ方針を表明し、ナガシマリゾートのほか、名古屋市中心部と名古屋港を挙げた。規模は5〜10ヘクタールとし、運営会社や市民の意見を聞き、誘致に乗り出すかどうかを決めるとした。

ナガシマリゾートについて、『市外だからという狭い了見ではなく、地域が盛り上がってくれれば。ナガシマにIRを足すと、東京ディズニーランドぐらいのものができる』と述べた。名古屋市としてどう協力するかを問われると、『みんなで行こみゃあということ』と述べた。

IRを巡っては、愛知県も中部空港島(愛知県常滑市)への誘致を検討している。河村市長は『県がどうされるかよくわからん』と述べ、愛知県とは連携しない考えを示した。」

( 2018年11月27日09時56分 朝日新聞デジタル より抜粋 )


@ 以前から「国民年金が破たんする(もらえなくなる)」という話はありますが、もし年期制度が無くなると、必然的に生活保護者が増えるので、国は困ります。

だから、「国民年金は無くさない」と思います。問題点は改正しながら、いつまでも生き残るのです。


@ Googleの壁紙…。


(2018.11.25)

「2025年大阪万博」のデメリットに、「外国人の増加による治安の悪化」を挙げている方もあるようです。

しかし「2005年愛知万博」のときには、「初体験の地下鉄が哀しくて涙する、外国人の乙女」の話はあっても、治安の悪化は、見聞きした記憶がありません。サミットなどのように、警察も露骨な警備体制を組んでいるようには感じられませんでした。

もちろん、名古屋市中心部が、かってないほど混雑していた記憶はあります。次回は、時代背景も、規模も違うでしょうから、油断しないことは、必要かもしれませんが。


(2018.11.24)

私はカレーパンをあまり美味いと思ったことはありませんが(不味いと思ったこともないけれど)、先日揚げたてのカレーパンを食べて、温かい衣のサクサクと、中身のトロミのあるカレーがマッチして、初めて美味いと思い、大好きになりました。

ただし改善点もあります。カレーライスと違い、カレーパンは、中身の材料が見えませんので、歯ごたえが勝負です。だから、肉も野菜も、あまり煮込み過ぎては、触感が単調になり、いけません。

そこで、カレーにモヤシを入れたらどうでしょうか。名付けて「カレーパン(モヤシ入り)」です。

口の中が、めんどくさい状態になるかな。


(2018.11.23)

@ 映画「スマホを落としただけなのに」の中で、北川景子さんが使っているスマホ。大きなサイズかと思いましたが、もしかしたら、お顔が小さいのかな。とけない謎ひとつ。


@ やはり、韓国を知る上で、「冬のソナタ」は欠かせないようです。


@ 家の窓を開けると街路樹が見えます。日の入りも早くなったので、ぼんやりした景色です。

そんな微妙な明るさは、「気」や「オーラ」が見やすいので、ひょっとしたら「樹」の「気」が見えるのではないかと、ひさしぶりに凝視してみました。

確かに「もやもや」としたものが見えます。しかし、それが「樹」のものなのか「自分」のものなのか良く分かりません。

「樹」の「気」を見るのはあきらめて、自分の「気」と「オーラ」を見てみました。

手のひらから「もやもや」と立ち上る白いものが「気」です。昔、最初に見たときは、驚愕して気分が悪くなった事を思いだしました。今見ても、あまり気持ちの良いものではありません。あやしすぎる神秘現象です。

そして、手のひらを走る、淡い、とても淡い発光現象が「オーラ」です。人により色は違いますが、私のは「薄い青緑」っぽく見えました。昔と同じ色です。


先日、これも久しぶりに、街を行く人たちのオーラを、明るい日中に見てみました。

歩いている人の、体の周囲50センチぐらいの空間を眺めるのがコツです。

すると、見えました。

淡い乳白色の、あるいは透明な水面のさざ波のようなオーラが(私にはたいていそんな風に見えます)。

その人の周囲50センチぐらいに広がっていました。

それは、「仏像の光背」のモチーフなのでしょう。

追記

光というと、白熱電球、蛍光灯、LED、ロウソクなどの、安定した光を連想するかもしれませんが、オーラの光は「照明弾の火薬が燃える炎」のように、小刻みに激しく振動しています。光背にある放射状の線は、それをイメージしたものかもしれません。


@ 昨日の夕方、喫茶店帰り、東の空に見た月は、満月のようでした。「地平線近くの月は大きく見える」の言葉通り、500円玉ぐらいに見えました。

先日まで、夜、家の窓から南に見た月は、1円玉ぐらいだったので、久しぶりに見た500円玉は、だれかのイタズラみたいに異様でした。

富士山を見たときも、こんな大きな月を見たときもそうですが、「対象物までの広大な空間が見渡せる」ことには、身震いするほどの感慨があります。


@ 糖質0の日本酒を飲んでいます。先日までは「日本盛」、今は「白鶴」を。

「日本盛」は「角が丸い四角」な味がしました。

「白鶴」は「菱形を縦に見て、両サイドの角だけを丸めたような」味でした。

「月桂冠」も買ってありますが、それは、まだ飲んでいません。


@ トランプさんと、ゴーンさん。


(2018.11.20)

@ フリーで働く人が増えているようです。

昔ながらの会社員みたいに、一社だけの勤務ならともかく、あちこちの会社で少しづつ働いている人は、「全部同じ住所・氏名・生年月日」(基本的に住民登録地のもの)を言っておかないと、給与支払報告書や、法定支払調書の類が、あちこちの役所に離散してしまい、住民税が正しく課税(正しく名寄せ)されないことがあります(それらを防ぐために「マイナンバー制度」が生まれました)。

この場合は後日調査を受け、最悪の場合、年度末に一括納付の納税通知書が届くこともありますから、ご注意ください。

又、(賦課期日に別の所に住んでいるため)住民登録地以外で課税を希望する場合には、事前に住民登録地の了解も受けておく必要があります。そうしないと不申告者と誤解され、迷惑をかけますし、二重課税になる心配もあります。

追記

昨今の課税システムは電算化され、いわゆるブラックボックスになっています。ですから、マイナンバー制度が稼働しても、もしかしたら統計上の数値が変化するだけで、職員にはあまり実感がないのかもしれません。

ただ、課税処理が概ね終わった時点で、「そう言えば今年は、(不一致分の)手作業による名寄せが、少なかったね」などと、わかる時が来るような気がします。


@ 地下鉄ホームにある電光ニュースに「学校のいじめを無くそう…」みたいな文字が。

「いじめを無くそう」と言うから、「先生たちはいじめを隠したがる」のです。


@ コストカッターはコストがかかる、らしい。


(2018.11.17)

@ モネの「睡蓮」は、みなもの色がとても美しい。

では、池の水は濁っているのでしょうか。透明なら池の底が見えてしまうはずだから。

どうもモヤモヤしますね。

でも、名古屋市にある「久屋大通庭園フラリエ」の、「モネの睡蓮を再現した池」を見て、合点がいきました。

河口湖辺りで「逆さ富士」を見るときの要領で、水面近くにしゃがんで見ると、透明な水でも、鏡のように反射して、きれいに周囲の色が映り込みました。まるで生きた絵画です。

もし、水が濁っているなら、立って見ても、きっと大丈夫なのでしょう。

その視点で、モネの「睡蓮」を再見してみると、構図から、水質が分かるのかもしれませんね。


(2018.11.16)

>ヒロイン(黒木華)の本屋にバイトに入る男性(野村周平)は、幼いころ祖母の大切な本(漱石の「それから」)を、書架から手に取って眺めたところを見つかり、祖母から二回も叩かれた経験があります。

その時のトラウマで、今でも本が読めないのだそうです。それをヒロインは瞬時に見ぬきました。読めないと言ってもきっと小説だけで、教科書やエッセイの類は読めるのだと思いますが。(映画「ビブリア古書堂の事件手帖」の私のレビュー追記Vより)


あれは5歳ごろの出来事だったと思います。近所に木材関係の町工場があり、私は社長の息子と仲良しでした。

ときどき彼の家に遊びに行きました。その家は、部屋に小さなジャングルジムがあったり、自動車型の(電動)三輪車があったり…私は、口にこそ出さなかったけれど、幼心にも「身分違い」を感じていました。私の父は貧しい職人でしたから。

ある日の夕方です。

彼の家で、私は牛乳を飲んでいました。一本の瓶にストローを二本さして、二人でおでこをつき合わせ、にらめっこをしながら、飲んでいたのです。

今ふりかえっても、とびきり楽しい瞬間でした。二人の歓喜が一体となっていました。もしかしたら、それは大人のHにも匹敵する瞬間だったのかもしれません。ただ、そこにも、一滴の罪の意識があったような気もします。しかし、Hのクライマックスを止める力まではありませんでした。

その時、彼の祖母が、「もう帰ったら!」と奥の部屋から声をあげたのです。

私はH見られ、とがめられた感じがしました。道ばたで犬の交尾を見つけたら、近所の人は水をかけて引き離すことがあります。ちょうどそんな感じだったのです。

だから私は、「はい!」と、瞬間的に立ち上がって玄関へ走り、そこで立ちすくんでいました。薄暗い玄関、板張りの床がヒンヤリしていました。

すぐ彼が追いかけてきて、少し哀し気に、「まだ、良いでしょ? もう少しあそぼ」と言ってくれました。私には、それが嬉しかった。でも、もう、そこに居るわけにもいかず、帰ってきました。

あれ以後、再び彼の家に行ったかどうかは、記憶がありません。

私は今、エッセイは空気のように読めても、あまり小説が読めません。その理由を10年も20年も考えていますが、答えはまだ見つかりません。

ただ私の父は、読書にあまり理解のない、文盲に近い雷オヤジでしたし、小説を読むような、「Hのようにその世界に熱中する事」に対して、もしかしたらトラウマがあるのかもしれないと、忘れられない記憶と共に思うのです。


(2018.11.14)

池波正太郎さんのエッセイだったか、ランチタイムが終わった後の、のんびりした空気が漂う蕎麦屋の話がありました。

その先生は、お酒を飲みながら、読書をするのですが、飲み方が面白いのです。「おチョコの酒を、舌の下で、削り取るようにして飲む」のです(表現は正確ではありません)。

読書をしながら、板わさなど肴に、そんな飲み方をすれば、お銚子の酒は、さぞ長持ちすることだと思います。

そうやって、至福の時を過ごしたら、最後にざるなど一枚食べて帰ってくる。それが粋なのだそうです(酒だけでなく、蕎麦も食べるのが、蕎麦屋に対する礼儀)。

試しに、自宅で私も「削り取るように」飲んでみましたが(舌下で酒に触れる感じかな)、確かに長持ちしそうでした。


(2018.11.13)

@ ニュースのアナウンサーは、近未来、AIにとって代わられるのでしょうか。

デマや、フェイクニュースも流れる昨今、「いつもの、あのアナウンサーが言っている情報だから、信用できそうだ」と人は思うものです。その「表情や声から、どれだけ重大な事態なのかも推測できる」と言うもの。「人間のアナウンサーは、正義の最後の砦」。

しかし、「善いも悪いもリモコン次第」のAIアナウンサーでは、油断すると国民が騙される恐れがあります。


@「ある速算法」

 256
 743
 321

-------
 1,320

この計算をする時は、321に、-1と+1,000をすればよい。


(2018.11.12)

@ 朝日新聞2018.11.11のコラムに「失読症」が紹介されていました。

「子どもの頃から長い文章を読むのが苦手で、これまで一冊も本を読めたことがない34歳男性」に対する回答です。

臨床心理士の話では、「学習障害の一種の失読症ではないか」とのことで、何回も繰り返し読む訓練をすると良いらしいです。

追記

ところで、私は小説を読むのが苦手ですが、小説だけなのです。長文のエッセイなどは、買ってから家に帰るまでに、電車の中で読んでしまったこともあるぐらい、空気のように読めますし、雑誌、新聞、教科書(マニュアル)、事務連絡なども当然問題ありません。ただ小説(教科書掲載文を除く)だけが苦手なのです。これを失読症と言うのか否かは、良く分かりません。


@ クルマの盗難防止装置の誤作動でしょうか。近所の駐車場で時々、「プッ、プッ、プッ、プッ…」と大音量のクラクションが鳴り続けることがあります。

あれは神経に触りますね。イライラします。一秒でも早く、クルマの持ち主が気づいて、止めてくれないかと思います。

その日もそうでした。私は「もうすぐエアコンの設置業者が来るというのに、業者さんが屋根に登っている時に、あの音が聞こえたら、ただでさえ蒸し暑いのに、業者さんに申し訳ない」と思っていました。

さいわい業者さんが来たときには止まっており、ホッとしましたが、そんな話を業者さんにしたら、今度は「彼らが少し不機嫌になった」ような気配を感じたのです。

なぜだか分からぬまま時間は過ぎました。そして業者さんが帰ってから、ふと気がついたのですが、彼らは「クラクションと、自分たちの作業で、この家の人は長時間迷惑を感じているようだ」と思ったみたいです。確かに業者さんの立場になってみれば、そう考えるのかもしれませんね。

これに限らず、どうも私は誤解されやすいようです。誤解をされないようにと、誠心誠意、言葉を尽くして説明して、やっぱり真意が伝わらず、嫌われたこともありますし。


(2018.11.11)

@ 昨日は「アイドル教室」を観てから、近くの「久屋大通庭園フラリエ」に行きました。

そこは昔、都会の一等地でありながら、忘れられたように地味な公園でしたが、2回の再開発でとてもきれいになりました。

無料でありながら、花の咲き乱れるイングリッシュガーデンであり、特に「モネの睡蓮の池を再現」したそれは、本当に「生ける絵画」なのです。

昨日はそこで、欧米人らしき人たちの結婚式が行われていました。

どこか既視感がありましたが、そうです、(失礼ながら)映画「ゴッドファーザー」のそれを連想したのでした。それにしても、ガーデン結婚式はおしゃれですね。


@ 麺類が習慣になっているので、ランチに「サッポロ一番 和ラー 三重 伊勢海老汁風」を食べたら、蓋の裏に「私もお腹すいてきた〜 サイン 生田 絵梨花 乃木坂46 公式カップ麺」などと書いてあって驚きました。美味しかったですよ。

昨日は、「アイドル教室」の前に、「まゆゆ」みたいな娘とすれ違ったし(きっと別人、しかし、私にとって、そう思うこと自体が稀有)、きっとこの土日は、そんな星回りだったのでしょう。


@ 映画館のロビーとか、ラーメン屋さんの店先とか、なぜか道ばたに突然とか、ときどき行列は現れるものです。でも、そこに興味のない人にとっては、「行列は通行の邪魔」でしかありません。

そんな時、どのようにして(行列という)壁の向こうへ進むのか。おじさんの私は、過去何十年もの人生経験から、最適解を割り出します。

しかし、「すみません。通して下さい」と言いながら、(私としては極めて常識的に)進もうとしたとき、列にいた20歳前後と思われる男女数人から、「非常識」呼ばわりされたのです。

私は意外、心外の極みでした。私には彼らこそ「非常識」に感じました。彼らには「道を譲る」「お互いさま」の精神が無いと。相手が小心な私だったから良かったものの、通行人にはどんな人がいるのか分かりません。もし私が行列に並ぶ立場なら、怖くてそんなことは言えません。映画「激突」や「あおり運転」の例もあります


と、思っていましたが、先日、行列ではありませんが、歩いていて、見知らぬ人と、肩が少しだけぶつかったのです。「アイムソーリー」という言葉も必要ないほど軽く。

でも、その時、「とても強い不快感を感じた」のです。

自分ながら、湧いてきた意外な気持ちに、「あれ!?」と思いました。理性では無感覚だと思っていたからです。無菌状態で生活していると、感染症に弱くなるように、日本という思いやり社会で暮らしていると、やはり他人との摩擦に弱くなるのでしょうか。気がつかないうちに。


@ ちなみに「SKE48」の意味は、「東京・秋葉原のAKB48が全国進出の第一弾として、名古屋・栄に進出。 名称の由来は、活動本拠地名古屋・栄のSaKaEの頭文字をとってSKE。」 ( 「SKE48」公式ツイッターより抜粋 )です。

名古屋の人なら、説明を聞かなくても、だいたいは想像がつく由来ですね。

それで思いだすのは、若い頃に地下鉄の中で、外国人女性から「酒、酒」と聞かれたことです。最初は「まっぴるまから酒を飲みたいのか?」と思ったりで、意味不明でした。

ふと「栄のことをサケと発音」しているのではないかと気づき、それは反対方面の電車だったので、手をひっぱってホームに降り、「あっちの電車に乗りなさい」と言ってあげました。

どうも私は、道を尋ねられやすい雰囲気みたい。


@ 本日、11/11(日)の10時から(名古屋市)鶴舞公園にて、「アイドル教室」観覧無料ライブが行われるようです。元気がもらえますよ。詳細はツイッター等でご覧ください。

ちなみに鶴舞公園は、「ポケモンGOの聖地」と呼ばれたところでもあります。


(2018.11.10)

街を散歩していたら、大きな音楽が聴こえてきて、ふと見ると、公園で少女たちが踊っていました。劇場の近くなので「SKE48」かなと思って近づくと、「アイドル教室」と自己紹介をしていました。

遠目には黒い衣装と思っていましたが、近づいてみると、濃紺で、何本かのカラフルなラインが入っているものでした。きっとセーラー服をモチーフにしているのでしょうね、「アイドル教室」ですから。

おじさんが観ているのは恥ずかしいかも、と思いましたが、何ごとも修行だと思って、20分ぐらい観ていました。これで、私も少しは成長できたと思います。

彼女たちは、歌も踊りも、おまけに、おしゃべりも上手で、「SKE48」にも負けずとも劣りませんでした。

驚いたのは、前面だけでなく、時々何人かが、真横とか、真後ろを向いて歌うのです。360度対応です。そういう会場も想定しているのでしょうね。

おかげさまで、こっそり真横で観ていた私も、メンバーの誰かと目線が合ったような気がしました。


(2018.11.9)

@ 先日、出来たばかりの巨大ショッピングモールへ行ってきました。

まずは腹ごしらえと、フードコートにある手作りパン屋さんへ入り、トレイにパンを乗せてレジへ行きました。サラミ入りピザと、ベーグルのハム・チーズサンド、甘いミルククリーム入りのクルミパンです。

そして「ここで食べます」と言いましたが、「こちらでは、すべて袋に入れさせてもらってます」とのこと。

そして、レジにはセルフレジみたいな機械が置いてあり、店員さんが「ピッ」とした値段が表示されると、「こちらにお金を入れてください」と言われました。つまり、店員さんは現金にはノータッチなのです。

ついでに、コーヒーが欲しいと思って「飲み物はないですか?」と聞くと、「申し訳ありません。飲み物はありません」とのこと。普通ならパンといっしょに売りたいはずなのに、不思議でした。でも、まぁ、どこかほかの店に売っているはず。

そう思って、パンの袋を持ち、店を出てキョロキョロすると、隣に「タリーズ」があるじゃありませんか。そこで中サイズのホットコーヒーを買い足しました。

フードコートに、まだ空席はたくさんありましたが、多すぎると、かえって、どこに座ろうか迷ってしまいます。どこが一番落ち着けるだろうかと思案していると、タリーズの店員さんが「店の裏がタリーズ専用席になっています」と教えてくれたので、そちらへ行きました。確かに良い場所です。

しかし、タリーズ専用席の表示はなく、他店のお客さんも、単なる休憩客も、入れそうな雰囲気。

毎週のように外食でパンを食べる私ですが、なじみの店以外では、外国旅行に来たみたいに新鮮でした。

それにしても、フードコートで食べる人にでも、「お持ち帰りパッキング」をしてしまうお店の方針は、なぜなのでしょう。よく分かりませんが、ちょうど消費税が話題になっている時期ですから、「全部パッキングすれば8パーセントの徴収で済む」(お客さんとのトラブルも減らせる)と、そう判断したのかもしれませんね。


@ インフルエンザの薬を子どもが飲むと、問題行動を起こしたとか、起こさないとか、そんな話がありました。

実は、私にも似た経験があります。

幼稚園か、小学校の頃です。体の弱かった私は、よく風邪(ここでの風邪は、インフルエンザを含みます。昔のことで区別がつきませんから)をひいたり、お腹をこわしたりしていました。

その日も風邪で寝込んで、熱が高く、起き上がる気力もないぐらいでした。医者からもらった薬を飲んでいました。

午後だったと思います。突然「ハンカチを持ってこなくては」と思ったのです。ハンカチが必要な理由はありませんでしたが、なぜかそう思ったのです。

私は飛びおきて、隣室にあるタンスの引き出しを開け、ハンカチを一枚取り出すと、すぐ布団に戻りました。その間、5〜10秒です。戻ってから正気になった私は、なぜハンカチが欲しかったのだろうと、不思議になりました。そして、体が楽に動いたことも不思議でした。

気配を感じた母がすぐやってきて、「どうしたの?」と聞きました。私は「ハンカチが欲しかった」としか言えませんでした。

今思えば、あれも問題行動だったのでしょうね。恐ろしいのは、往復で5〜10秒なのです。もし窓から転落するなら5秒で終わりです。病気の子どもから、5秒も目を離さないで置くことなど、不可能に近いでしょうし。


(2018.11.7)

1976年の名作TVドラマ「高原へいらっしゃい」が、現在BSの「日本映画専門チャンネル」で再放送されています。

「経営難のホテル再建を目指す支配人たちの奮闘を温かなタッチで綴るドラマ。ホテルの面々や宿泊客を多彩な俳優が好演し、胸打つ人間模様を紡ぐ名作。」です。( BS「日本映画専門チャンネル」より抜粋 )

2003年には佐藤浩市さんの主演でリメイクされていますが、こちらは田宮二郎さん主演のオリジナル版です。

私は若い頃に、このオリジナル版をTVで二回観ました。今回三回目になるわけですが、若い頃には分からなかった、登場人物たちの心のひだが、今は分かるような気がします。とても面白い。

すでに1/4ぐらい放送済みですが、今からでも楽しめますし、最終回の後には、ダメ押しで、たぶん「全17話一挙放送される」(はず)ですので、録画される方はチャンスです。


(2018.11.6)

@ 病院の医療機器も、古くなると更新します。

古い人工呼吸器を付けて、やっとそのリズム慣れた頃に、新しい機器に更新されることもあります。

それは相棒が変わるようなもの。

私の母は相性が悪いらしく、「今度のは苦しい」と訴えていましたが、どうしようもありませんでした。


@ 「赤毛のアン」の翻訳者・村岡花子の半生をモチーフとした、NHK朝ドラ「花子とアン」で、花子の祖父(石橋蓮司)は文盲に近い状態でした。

昔の田舎ですから、食っていくのに精いっぱいで、学問などさせてもらえなかったのでしょう。だから、祖父は家長の威厳を保つために、それを知られないようにし、何か話しかけられても「そうさなぁ〜」と言うばかりで、自分の意見は言わないようになったのだと思います。

ところが、養子に来た花子の父(伊原剛志)は、普通に読み書きができる男でした。祖父はその養子にも、秘密を守ろうと距離を置きました。それを嫌われていると感じた養子は、辛くて行商に出るようになったのだと思います。

その反動あってか、養子は娘の花子については、教育を惜しみませんでした。そして全寮制の女学校へ入れた。そして、それは、娘をめぐっての、祖父と養子の三角関係で、祖父から花子を隔離するためでもありました。

何を言いたいのかと言えば、「花子の父まで文盲でなくて良かった」という事です。

もし父も文盲なら、学問をしたいという花子の願いは潰された可能性があります。(何かにつけて質問をする)成長していく娘からバカにされないようにと、やはり父の威厳だけで押さえつけようとし、「お前はダメな奴だ」を口癖にしたかもしれません。

こうして、娘の父と娘の良好な関係は破壊され、それどころか、幼いことからの「お前はダメな奴だ」で洗脳された娘は、人からバカにされることが、無意識に自分への正しい評価だと思うようになります。

もし人から高評価を受けると、それは誤解であり、いつか目が覚めるはずだと、本気で怯えるようになるのです。


@ 役所が嫌いな人でも、「役所なんて無くなればよい」と思っている人は僅かでしょう。この世は、役所と民間の、両方あってこそ成り立っているのですから

でもトランプさんが、「首長」の皮をかぶった「社長」であり、米国が「世界の首長」のポジションを空席にするなら、必然的に、いずれ、どこかの国(組織)がその席に座るか、あるいは、遠くないうちにトランプさんが失脚することになるのだと思います。

「社長は自社の利益を求め、首長は住民の公平を求める」のだから。


(2018.11.5)

映画「億男」などどいう作品もありますが、宝くじで億万長者になった人が人生を狂わせたという話は、昔からあります。

しかし「億り人」と言いますか、同じあぶく銭でも、株などで億万長者になった人が破滅したという話は、あまり聞いたことがありません。マネー雑誌に登場する「億り人」様たちは、皆、さらなる高みを目指して投資にチャレンジしているようです。

両者は、きっと似て非なるものなのですね。

追記

安倍さんは、消費税のUPについて、「リーマン・ショック級の事が起きれば…」などと言っていますが、もし安倍さんの口から、「もうすぐリーマン・ショック級が起こるから…」などという話が出れば、これは株の儲け時なのでしょうか。それ以前に、そんな話を首相の口から出せるのでしょうか。


(2018.11.4)

@ ある邦人ジャズ・ピアニストを、YouTubeで探していたら、なぜか、ここへたどり着いてしまいました。

「1曲だけ 1曲だけ歌っていきます〜からの『ミカヅキ』 」


(2018.11.3)

「エッフェル塔」と言うのに、なぜ「東京タワー」なのでしょう。


(2018.11.2)

@ 映画「東京暮色」にしても、NHK朝ドラ「まんぷく」にしても、あの当時は食っていくことが最優先で、自分の適性に合った仕事を選ぶというのは、夢だったのだと思います。

現代は、後者になりつつありますが、これは良い時代になった事が背景にあるからでしょう。色々な事柄は、背景とセットで語る必要があるようです。


@ 先日の新聞に、「奨学金を払わなくても良くなる裏ワザ」がネット公開されていて、実際に運用している人もいる、と書いてありました。

また、保証人からの取りたてについて、「分別の利益」のニュースもありました。

しかし、私はこれらの論調に、なにかモヤモヤしているのです。

それは、ある意味「いじめの問題」にも似ています。


@ 一口に「税金0」の人と言っても、たとえば住民税には「非課税」と「減免」があります。

@「非課税」の場合は、地方税法で税金が0になる人です。

A「減免」の場合は、地方税法では課税になりますが、市町村独自の条例によって、それを減額した人です(だから、市町村で違いがあります)。この場合、役所の明細を見れば、例えば「1,000円→0円」みたいに書いてあり、良く分かります。

以上を簡単に説明すれば、「あなたは課税になりますが、納税は(一部または全額)免除します」という話です。

私は、若い頃にこの違いを知って感心し、以後、この「概念」をいろんなものに当てはめて考えてきました。

何ごとによらず、相手に物事を説明する時には、なるべく@A両方を、順序だって説明したいと思っています。もしAだけにすると、相手はそれが@であり、Aなど存在しないと勘違いする場合があるからです。それはお互いにとって良くありません。


(2018.11.1)

営業マンには営業成績の争いがありますね。成績の悪い者は上司から叱責されたり。

同じように、税金取りにも徴収成績があるのです。営業マンほど露骨にオープンにはしないにせよ、特に秘密でもないので、成績は係内に知れ渡りますし、下位の者(役所)には、上司(本庁)からの叱責もあります。


(2018.10.31)

@ トランプさんが国籍の「出生地主義」をやめようとしているようです。いかにも彼らしい発想で、あちこちから非難するような論調の話が出ています。

しかし、いつもなら引き合いに出される「日本では…」の声が、あまり聞こえてきません。実は、日本も「出生地主義」ではないからです。

日本の国籍法は「父母両系血統主義」をとっており、たとえ日本で生まれても、父・母の一方が日本国籍を持っていなければ、子どもには日本国籍が与えられないのです。

だから、今回の事であまりトランプさんを非難すると、「自分の事は棚に上げて…」になってしまいかねません。


@ 若い頃、サウナを覚えたのをきっかけに、下町の銭湯に通うようになりました。そこは刺青OKだったので、健さんを思わせるようなそれを、全身に入れたお兄さんが、よく数人で来ていました。

彼らはくつろぎに来ているのです。だから、こちらも紳士でいれば、何も問題はありません。でも、一度だけ怖い思いをした事があります。詳しくは書きませんが、狭い空間ですから。


(2018.10.29)

お里が知れると言うか、やはりトランプさんは、「首長」の皮をかぶった「社長」なのでしょう。「社長は自社の利益を求め、首長は住民の公平を求める」のだから。


(2018.10.28)

@ あの、漬物石にするには大きすぎる石版を、かつてコンピューターと言いましたが、CPUだと書いている人もいました。しかし今なら、私はスマホと言いたいような気も…。

「 またモノリスとはコンピューターの暗喩です。それはモチーフである道具の進歩の究極の姿であり、進歩のシンボルとして大きな節目ごとに登場します。最初は猿が道具を使う時、次は人類が宇宙へ出た時、最後はスターチャイルド誕生の時です。」

( 映画「2001年宇宙の旅」、私のレビューより )


@ 映画の上映を待つ間、近くの、小さな本屋さんへ行ってきました。中年のご婦人が一人で番をされているお店です。

入ったとたん、その静けさに懐かしいものを感じました。

一番奥にある本棚の上に、ミニコンポのスピーカーが置いてあり、ひかえめな音量で、モーツァルトのピアノソナタが流れていました。

出入り口のレジコーナーには、ラジオが置かれているようで、これも小さな音で、AMのトーク番組が。

小さな店に二つの違った音源があるのに、まったくぶつかってはいませんでした。まるで、トーク番組のBGMにモーツァルトが流れているかのよう。

店番をしている彼女の心は、ふたつの音源の間を、一日中行き来して、夢想しているのでしょう。


今から40年ほど前、私の会社の近くにも、似たような本屋さんがありました。

先輩に叱られ、凹んだわたしは、帰りのバスを待つ間、よく、その本屋さんへ行ったものです。季節は冬の夜。暖かい店内には、同じように静かで、小さくクラシック音楽が流れていました。

私にとって、そこは「心のサナトリウム」。会社を辞めるなら、次はこんな本屋さんになりたいと、若者らしく夢想したものです。

それ以来、悩み事があると、解を求め、だんだんと大型書店の本の森の中を散策するようになり、いつしか、それが趣味になっていきました。下町の小さな本屋さんのことは、すっかり忘れて。

しかし、店こそ違いますが、今回、小さな本屋さんで、40年前にタイムスリップしたような気持ちになり、たった数分間でしたが、映画一本分と言いたいくらいの、感慨に出逢えました。そして、何よりも、良い意味で「何も変わっていなかった」ことにちょっと驚き。

けっして大型書店がうるさいとは思いませんが、人の気配も含めて、流れている空気が違うのです。


(2018.10.27)

@ 少し前に、ある先生から、浜田真理子さんを教えていただいたことを思いだし、YouTubeで 「街の灯り〜Mr.Lonely」など聴いてみたら、買ったばかりの新しいアンプは、机上にコンサートホールを作ってくれました。ほんとうにリアル。


@ 消費税がUPするのに付随して、非課税世帯などに、商品券などの支給案が持ちあがっているようです。

商品券や給付金も、最後は自治体職員の仕事になります。しかし自治体には専属の担当者はおりません。だから福祉関係などの職員の誰かが、随時兼務することになります。

毎月のように行うルーティンワークなら、あまり問題ありませんが、何年かに一回の事務であり、担当者は初めての人が多いのです。その一回だけのために作られたマニュアルをマスターして、事務に当たります。そして何ごとによらず、初仕事は必要以上に疲労するもの。

でもこれは、お金が絡む重要な仕事。問題なく処理して当たり前。何か起これば、即、新聞沙汰になりかねません。被災地の職員にも、さらなる負担になります。


@ 戦時中、赤紙が来ても、身体検査ではねられ、兵隊に行かずに済んだ人もいました。現在、自衛隊員になるにも身体検査があるようです。では、自治体職員の身体検査に問題はないのでしょうか。

現在、自治体も電算化が進み、代わりに減員になっています。そんな中、災害大国日本では、あちこちで毎年のように大災害が発生し、避難所が作られ、自治体職員は、自らも被災していながら、平常業務+災害業務に忙殺されています。

災害時には自慢の電算機もあまり役立ちません。そこはマンパワーの世界なので、減員が仇になり苦しんでいます。それは行政サービスの低下でもあります。

先日も、中部地方にある私の町の、電車のつり広告に、「東北地方の自治体の任期付職員募集」がありました。

このような状況を考えると、自治体職員の採用にも、自衛隊並みとは言いませんが、法改正を含めた、何らかの身体検査の強化は必要のような気がします。有事にも問題ないように。

「社長は自社の利益を求め、首長は住民の公平を求める」のだと私は思います。ここには「公務員は住民に奉仕するのが仕事」だという意味が含まれています。ですから職員の採用にも、民間企業とは違った、適切な思想が必要だと思います。


「 平成30年9月28日 

東日本大震災による被災地方公共団体における職員採用情報 

東日本大震災により被災した地方公共団体においては、本格的な復旧・復興に向けた事業の推進のためマンパワーの確保が課題となっているところです。

こうした中、被災地方公共団体においては、即戦力となる人材を確保するため、任期付職員の採用等を行っており、行政実務の経験がある退職した元公務員や、土木・建築をはじめとした各分野の専門的な知識・経験を持つ方々の応募が期待されています。
 
被災地方公共団体の早期の復旧・復興のため、全国各地の皆様のお力をお貸しいただけるようお願いいたします。」

( 総務省ホームページより抜粋 )


(2018.10.26)

@  立禅をして「気」のボールが出来るまで、毎日修行して3〜4カ月かかりました。やっていると、ある日突然、気感(「気」に対する感受性)が目覚め、両手の間に弾力のあるボールが出現するのです。

それから、両手を前後に振るだけの「スワイショウの1」と「スワイショウの2」。簡単に見えるので、見知らぬ通行人から「他の体操もした方が…」と助言されたりもしましたが、気功の本に書いてあるように、簡単な気功を繰り返し、技の熟練度を上げました。簡単に見えますが、動きだけでなく、呼吸、意識の3点セットが肝なのです。

それを40カ月、いや3〜4年以上続けると、気感はさらにUPし、「気」を、少し体の内外で動かせるようになりました。まだまだ、私の気感は開発途上です。

又、「気」は現代医学では存在しないことになっていますから、もし何か気功で失敗し、私が病気になっても、お医者様からは「原因不明」と言われるかもしれません。それまで覚悟の、これは自己責任での旅なのです。

ですから、イスカンダルだとは言いませんが、私が「気」の話するときは、少なくとも往復に3〜4年以上かかる、遠い星の話をしているのと同じなのです。幸いなことに、私の話を聞く貴方は、その旅に行かずに、その星の事を知ることが出来ます。

でも、もしご不審な点があれば、どうぞ、ご自分でその星に出かけ、ご確認ください。

世の中、腑に落ちる話ばかりではありません。そんなグレーゾーンを、グレーゾーンのまま受け止めてくれる大人に敬意を表します。

追記

私は気功を始めて8年ぐらいになります。今ではどんな動きをしても、例えばラジオ体操でも、散歩をしているだけでも、気の巡りを感じられるので、気功になってしまいます。


(2018.10.25)

@ グーグルの背景の絵って・・・。


@ アーチェリーの的紙には、大中小いろんなものがあります。

色も中心から、黄・赤・青・黒・白となっていて、華やかさと緊張感、精神性の高さも感じられ、現代アートと言えなくもありません。

お部屋の中に、安くて斬新な壁飾りが欲しいという方には、ちょっとオススメ。


(2018.10.24)

私はアーチェリーを少しだけやっています。その関係もあって、先日始まったTVアニメ「ツルネ -風舞高校弓道部-」の第一部を観てみました。

アーチェリーと和弓は似て非なるもので、たとえば和弓出身者が、アーチェリーに転身すると、「最初は和弓の癖がじゃまをする」と、指導者も言うぐらいです(その逆も当然にあります)。

しかし、お互いに(少なくともアーチャーには)、相手に敬意を持っている人は少なくないと思います。私もその1人。

アーチェリーの上手な人の射型は、ほれぼれするほど美しい。和弓の名人の射型も、息を呑むほど美しい。そのアートは、親戚同士だからより良く分かるのです。


ところで、「ツルネ -風舞高校弓道部-」は、第一部から辛口でした。「早気」(はやげ)が出てきたからです。

「早気」とは、簡単に言えば、陸上競技のフライングみたいなもの。

これはメンタルの問題で、弓道の「射法八節」の中にある「会」(かい)を保てず、すぐに「離れ」(はなれ)に入ってしまう事。

いったんこの癖がつくと容易には治せないと言います。

アーチェリーにも同様の障害はあります。誤解を承知で言えば、こちらでは「会」(かい)は、それほど重要視されていませんし、それどころか、世界のトップである韓国選手の射法には、「会」(かい)など無視したようなものもあるからです。そしてトップ選手は世界中の選手から目標にされます。

そんな理由(弁明)もあって、私も「早気」のような気がしているから、あのアニメが痛かったのです。


(2018.10.23)

私の投稿は、忙しい在職中は一月に数件でしたから、名前は多くても1ページに数件、まったく無い日も多々ありました。ある意味、平安な日々でした。

しかし、仕事をリタイアしてからは投稿件数が増え、現在は毎日のように何かを書き込んでいます。すると、当然に私の名前が増えますので、自分の仕業ながら、困惑しているのも事実です。

私の投稿を楽しみにして下さっている方がいらっしゃることは知っているつもりです。その声には応えたい。しかし、大量の私の名前を見て、私とおなじように困惑されている方も、中にはいらっしゃるのではないのかとも、想像していました。ですから、投稿する度に、一抹の自己嫌悪を感じていました。

現在、どなたかからレビュー板の改善案が出ているようですが、管理人様にお任せします。


(2018.10.22)

若い頃から、たくさんのオーディオ評論を読んできましたが、30年ぐらい前だったか、その中に忘れられない一冊があります。

あのような本の多くは、映画レビューと同じで、普通、当たり障りのない事が書いてあるものです。そしてマニアは、その行間に込められた真実を読み取ろうと戦うもの。

しかし、いつもの著名評論家が登場してはいましたが、その本だけは内容が違いました。(もしかしたら、実験的な本だったのか)ある2.1chシステムに対し、「この音に問題を感じるとしたら、それはあなたの性格に問題がある」みたいな、挑発的にも聞こえる話が満載だったのです。

その中に、ある組み合わせステレオが紹介されており、「もし音が澄みすぎると言う方は、スピーカーをBOSE301MMに変更しても良い」とありました。「そうすればジャズボーカルなどに、より人肌の温もりを感じられる」と。確かにBOSEにはそういうところがあります。私はBOSE101MMを持っていますが、良い意味での泥臭さが。

当時の私は「音が澄む」事の何が悪いのだと思っていました。しかし今なら良く分かります。澄み過ぎたものに、時に人は心の渇きを覚えるのです。だから、ラジオもAM放送を好むのです。


小津安二郎さんの映画をBSで観ました。モノクロ映画でしたが、路地にあるバーやカフェなどの看板が映り、そのデザインが、どなたかに教えてもらった通り、さりげなく、どれもみな垢ぬけていました。

しかし、その「お化粧」はどれも「ひとつまみ」だけであり、けっして過ぎてはいません。

私は、まだ古いものが抜けきらない当時の日本に入ってきた、「新しい価値観」を可視化したものだったのかもしれないと、ふと思いました。


(2018.10.21)

たとえば真空管時代の電蓄や、古いラジオから取りだしたようなスピーカーを鳴らせば(もちろん箱に入れて)、古びた音がします。最新テクノロジーで生まれたスピーカ―と比べれば、誰が聴いても分かるほど枯れている。

しかし、私もその1人ですが、そこにセピア色の味わいを感じる人たちもいるのです。もちろん、古いスピーカーすべてに価値があるわけではありませんが、人気のある物は、最新型と同じ、いや、それ以上の価値を持って取引されています。

そして、それを鳴らすアンプにも個性があります。主に真空管アンプの話ですが、日本人が流行の発信地だと言われる(今は世界にファンがいる)、三極管シングルアンプ(シンプルで音の良い真空管〈出力管〉を左右一本づつ使う方式)は、パワーは少ないですが、音の純度が高いのです。これは減算の美学。

( 欧米のそれは真空管をたくさん積んだハイパワーのものが多いです。加算の美学とでも言いますか。)

古いスピーカーを、シンプルな真空管アンプで、静かに鳴らす。

これは、日本人の伝統的美意識にもフィットしているのかもしれません。

追記

私は五極管シングルアンプの濁った音も好きです。濁ったと言うと語弊がありますが、安価なデジタルアンプの出現により、澄んだ音のありがたみが少なくなってしまいましたから、逆に「にごり酒」的な味わいが楽しいのです。

安価なクォーツ時計の出現で、時計から正確さのありがたみが減少し、昨今は、ゼンマイ時計の味わいが珍重されているように。


(2018.10.20)

酷使したわが家のトランジスタ・プリメインアンプが不調になりました。

酷暑の間は、あまり使わなかったので、すねているのかもしれません。

メーカーに修理に出すと、技術料・出張料だけで、ほぼ新品が買えそうなので、困っています。そうです。安物です。

私がハイファイマニアだと思っている方がいらしたら、大いなる誤解です。かつて値段が今の10倍するアンプを使ったこともありますが、安い方の音が好きでした。つまり私はローファイマニア。「御里が知れる」とはこの事です。

( もし弁明をするのなら、安いアンプは、安いスピーカー(多くは小さい)を鳴らすことを前提に音作りがされているので、下手に高価なアンプを繋ぐよりも、バランスの良い音がする事が多いのです。だから小さなスピーカーを使っている私には好都合。)

修理に出さないのなら、自分で直すしかないわけです。キットを作ったり、ハンダごて片手に、接触不良程度の簡単な修理ならやったこともありますが、若いころに比べて、面倒な事が苦手になってきましたから、今はあまり気が進みません。

( 中学生の頃から、壊れたラジオやTVからスピーカーを取りだして、べニア板で作った箱に入れたりして鳴らしたものです。今思いだしてもワクワクする体験でしたが、同時に「あんな面倒な事、良くやったなぁ」という、タメ息にも似た気持ちもあります。)

予備のアンプが無いわけではないのですが、みな「帯に短したすきに長し」なので、いっそ買いかえようかとも思っています。アンプというものはスピーカーと対で評価するもので、どんなアンプでもベストカップルになるわけではありません。

しばらくは、修理代+アルファで、少し音色が違う安物を物色しましょうか。

日日是好日。


(2018.10.19)

@ 彼女の歌を聴きたいと思って覗いたら、なんとなく吉田拓郎さんのライブを聴いているみたいな気分になりました。


「 ニーナ・シモン Nina Simone - Ain't Got No___I've Got Life(日本語字幕入り) 」

https://www.youtube.com/watch?v=cZODYZbdVpE


@ 気功の先生の本を読むと、「人は年齢で性格が変わる」と書いてあります。

そう言えば、一般論でも、「歳をとって丸くなった」とか、「大人しかった少女が、ずうずうしいオバサンになった」とか、言いますね。

少女だけでなく、大人しかった少年も、歳をとるとずうずうしいオジサンになることがあるようです。私みたいに(もちろん、その逆もあります)。

そうやって一生かかって、何らかのバランスをとりながら、人は生きているのかもしれませんね。


@ 秋なのに「桜が数輪咲いている」樹があるようです。異常気象のせいらしいです。

先日、天気予報でその話題になった時、キャスターからの「来年は咲くんでしょうか?」という質問に、予報官は、「まだ、たくさん残っているから大丈夫です」と答えていました。

私は「?」と思いました。

キャスターの質問は、「今年咲いたツボミは、来年もまた咲くのでしょうか」だと思ったからです。


(2018.10.15)

「人は何のために働くのか」。

答えは沢山あるでしょうが、その一つに、「社会を知るため」があります。

もちろん、30年や40年働いたところで、社会のすべてが分かるわけではありません。だから、いくつになっても、映画を観たり、本を読むと、新しい発見があるのです。

でも、30年も40年も働けば、学生時代と比べて、色んなことが分かってくる事もまた事実です。

ところで、私が就職直後に買ったLPレコードがあります。

ジャケットには、不安そうな顔をした3人のアーティストが、ビルの大きなテラスのような場所で、コンクリートの冷たく頑丈な壁に寄りかかって、こちらを見ている写真がありました。

当時の私は、ジャケットをながめながら、それを、よく聴いていました。おじさんになってから気がついたのですが、(私の中では)あの壁は「社会の壁」であり、3人は「怯える新入社員」だったような気がするのです。

今の私は、その壁を通りぬけ、もう先輩の目で、あの3人を眺めることが出来ます。色々ありましたが、なんとか生きてきました。壁の中は、そんなに冷たいばかりではありません。温かい事、楽しい事は沢山ありました。

ところで、そのLPは、CDへの移行期に手放してしまいました。後に「しまった!」と思い、中古店で探しましたが見当たりません。再版されもしましたが、「ジャケットが陰気で、今の世に合わない」とでも思ったのか、「まったく雰囲気の違うポップなもの」になっていました。

私にとっては、オリジナルジャケットこそが、中身と同じぐらい価値があるのに。

そんな折、先日、偶然に、本当に偶然見つけて購入することができました。失くしたと思った若き日の記念写真を見つけたみたいで、とても、うれしい。


(2018.10.14)

@ 先日、喫茶店の週刊誌で(新聞だったかもしれませんが)、池上彰さんの「LGBTの解説」を読みました。

目から鱗でした。

私も映画やネットで、多少は知識を仕入れているつもりでしたが、少なくともその数倍は複雑でした。

その複雑さは、「他人さまに説明せよ」と言われても、もう詳細を忘れてしまったほどなのです。

世の中の人で、正確に理解している人は、はたしてどれほどいるのでしょう。

ご老人で、説明されても理解出来ない人がいたとしても、仕方ないのかもしれません。

でも、これは人間の性別の問題なのです。単純に考えると、日本においては13人に1人。つまり30人のクラスなら、2人はいるわけです。

なのに、知らない(教えない)というのは問題です。たとえば初潮・精通を教える性教育の後辺りには、LGBTも「詳しく」教えるべきではないのかと思いますが、時期尚早でしょうか。


@ あちこちで何回も書いているので、クドイと言われそうだから、かのレビューには書きませんでしたが、私は「道こもり」です。

私に比べれば、「引きこもり」も、「外こもり」も、居場所があるだけ、まだ、ましかもしれない。

当時の私には、家にも、会社にも居場所は無く、行き帰りの道中だけが安らぎの時でした。

だから、会社をずる休みして、一日中、街を彷徨ったことも。

そんな私は弱虫でした。いろいろ考えましたが、それが答えです。でも、その時は、どうしようもなかったのです。


(2018.10.12)

毎朝、朝食代わりに、湯のみじゃわんに甘い野菜ジュースと、ミルクを3:7の割合に入れ、レンジでチンして、ホットの「なんちゃってフルーツ牛乳」を飲んでいます。

しかし、今朝は一大事。牛乳が切れてました。

それで、ぼ〜っとした頭で一計を案じ、野菜ジュースだけを水で割り、レンジでチンしました。そして、QBBチーズを舌で転がしながら、飲んだのです。

ん〜わるくはありません。人生いろいろだと思いました。


(2018.10.11)

@ 生命保険の個人年金があります。

長年掛金を払いこみ、高齢になったら一時金でもらうとか、年金スタイルでもらうとか、あるようです。

どちらも、もらった時、基本的に税金がかかります。一時金は「一時所得」、年金スタイルは「雑所得」になり、計算方法が違います。

「自分が払ったお金をもらうだけなのに?」、と思う人がほとんどですが、銀行預金みたいに「利息」には税金がかかります。

課税になるときは、普通役所から呼びだされます。無視しても課税されますので、なにかの控除があれば、それを付けて申告した方がお得です。


@ 人にお金を貸すとき、住民票の写し、連帯保証人、担保などを求めれば、回収不能になる危険は少なくなります。

しかし、「厳しい審査だと客が逃げるから」などと、免許証だけでお金を貸してくれる処もあるかもしれません。その場合、それが、その業者の政策です。


ところで、新聞等によると、競馬や競輪の高額払戻金について、一千万円以上の大穴であっても、窓口では「当選券の確認」で支払われており、「当選者の本人確認」まで行われていないそうです。ネットで購入した場合でも税務署が把握するのは難しいとのこと。だから8割ほどが税務申告されていないとか。

どのような経緯で、高額でも本人確認不要になっているのかは知りませんが、もしかしたら当局は、こうなることも承知の上で政策決定したのかもしれませんね。


(2018.10.10)

@ 真に災害復興の協力をするのなら、住民サービスだけでなく、自らも被災していながら、時に住民からの罵倒にも耐えて、通常業務に加え、災害復興業務にも当たっている地元行政にも、暖かいまなざしが必要です。

行政も人間です。彼らを意気消沈させることは、災害復興へのブレーキになりかねません。


@ 東京都にもたくさんの区があり、区にはそれぞれ特殊性があります。区役所はその特殊性に合った行政を、長年にわたる経験から、無意識に選択しています。

区に特殊性があるのなら、中央と沖縄に違いがあるのは当然のことでしょう。ならば中央と北海道にもなにかしら違いがあるはずです。


@ 電車に「カッシェロ・デル・ディアブロ」というワインの広告がありました。なんでも、あまりに美味しかったので、盗み飲みする人が後を絶たず、「この蔵には悪魔がいる」と噂を流し、盗難を防いだのだそうです。


@ 何十年ぶりかに台風で停電になり、非常用ロウソクを使いました。LEDライト光は、ときに神経を逆なでするような刺激がありますが、暗闇で見つめた、ゆらめくロウソクの赤い炎は、意外なほど、怯える心を慰め、鎮める、強いメンタル効果があることが分かりました。

しかし、何十年も前には停電時の常識であったロウソクも、昨今では「火事の危険があるから、電池が切れてからの、最後の手段にして欲しい」とニュースで言われるようになりました。確かに、それも一理あります。


先日、東京都から北海道の被災地に送られた「液体ミルク」が、ほとんど配られていなかった事がニュースになりました。論調は被災地の行政への批判が中心のようです。

しかし、私が新聞で読んだところでは、前述したロウソクの話と似ているのです。

実は、「現場の行政の言いたいことは優先順位」でした。液体ミルクにも「一度開封して口をつけると、菌が増殖するので、一回で飲み切るのが大前提」という注意が必要なのです。

「混乱している被災現場で、初めての製品の注意事項を周知徹底することは難しい、だから、とりあえず使いなれた従来の粉ミルクを優先して使ってほしい」という事だと私は理解しました。

時は有事、平時ではありません。事情を知らない者が、勝手に「液体ミルク」を持ちだすことを防ぐために、「長い文章の注意事項を掲載」するよりも、一言「キケン」の張り紙をしたのも、現場の知恵でしょう。目的は優先順位を守る事だからです。もちろん個別に相談があれば、個別対応をしたはずです。


(2018.10.7)

ノーベル賞が決まった免疫治療薬「オプジーボ」は、従来の医学常識を覆す画期的なものですが、まだ改良すべき点も多々あり、すべての癌治療に無条件で使えるわけではないようです。

しかし、人間が本来持っている免疫を武器に使うという発想は、失礼ながら「とても筋の良いもの」だと思いますし、これで研究が加速されれば、早晩、問題点も解決され、人類にとって画期的な特効薬になって行くと思います。

そこで、少し不安になるのは、既得権との小競り合いです。現在、癌の治療法は多々あり、それぞれ会社が利権を争っていると思います。莫大な研究開発費をかけて。

そんな中、もしも「オプジーボ」が一人勝ちにでもなりそうな状況が生まれれば、会社は既得権を脅かされるとして、医学的見地では無い争いが、水面下で行われる心配はないのでしょうか。苦しむ患者を隅に追いやって。

追記

本来、どのような医療を選択するかは(あるいは選択しないかは)、医師による十分な説明を聞いた上で、基本的には患者自身が判断することだと思います。

追記2

「年金相談」というものがありますが、それには、普通、20歳から60歳までの、何十年にもわたる納付記録、婚姻歴等の、プライバシー情報が必要になりますし、例外規定の多い年金法では、一般論だけでは正解を求めるのは難しいのです。

以前、3号被保険者(サラリーマンの妻)の、「手続き漏れを解消するための特例措置」が行われた時、TV等で放送されるたびに、波のように役所に相談者が押しかけ、電話も鳴りっぱなしになったものです。

今回、「オプジーボ」でも、医療現場に問い合わせが殺到し、混乱が起こっているようですが、これもある意味、年金相談と同じで、一般論をいくら勉強しても、「自分にとっての正解か否かは、主治医と相談して見ないと分からない」からだと思います。

だから、相談を自重して「手遅れ」になるよりも、「相談体制の強化が急務」なのだと思います。


(2018.10.6)

昨日、NHKのニュースで、ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった本庶教授が、藤田保健衛生大で「驚異の免疫力」と題した講演をしたと放送していました。

ニュースの終わりに、「今までの医学は患者の病気を治すことを考えてきた。しかし、これからの医学は患者の幸福についても考えなければいけない」(表現は正確ではありません。)という教授の話を紹介していました。

私は、その意味を計りかねておりましたが、下記の文章を見つけて、腑に落ちたような気がしました。


「 ゴルフ好きで知られる本庶さん。『がんで死ななくなったら人は幸せになれるのか』と学生らに問い掛け、『どう生きるか、どう死ぬかは真剣に考えなければいけない。私はゴルフ場でナイスショットを打った後にパッタリと死にたい』と独特の言い回しで死生観を表現した。」  

( 時事ドットコムニュース 「免疫療法『誰も信じなかった』=ノーベル賞の本庶さん、愛知で受賞決定後に初講演」 2018/10/05-21:10 より抜粋 )


(2018.10.3)

クラシック音楽が分からないとおっしゃる貴方。私も似たようなものですから、あまり偉そうなことは言えませんが、ある日、ふと気づいたことの一つは、「音に感じた微妙な気持ち」、それが音楽の味わいだという事です。

話が横道にそれますが、人間のような高度な言葉を持たない動物、例えば犬猫などは、鳴き声に感情を乗せて、仲間と意思疎通をしています。だから煩く吠えてくる犬がいたら、「うるさいわ!!!」と毒気のある大声で吠えてやれば、一発で黙ります。これは実際に友だちがしたのを目撃したので、本当です。

ところで、最近は公園にカラスが多い。聞くところでは、彼らは猫と同じぐらいの知能があり、人間の個人も特定できるし、もちろん鳴き声で意思疎通できるとか。

私はカラスの鳴き声にいろんな種類がある事を、毎日のように大きな公園を散歩をするため、経験的に知っています。

ある日、もしかしたら、カラスの言葉が分かるんじゃないのかと思ったことがありました。クラシック音楽を味わうがごとく、鳴き声に乗せられた感情を味わえば、カラスの気持ちが分かるかも、と仮説を立てたわけです。

観察した結果、英語で言えば、まだ「ハロー」と「ファックユー」程度の違いしか分かりませんが、可能性はありそうです。

そんな折、「本気でイグノーベル賞を狙う」とかいうTV番組が流れ、そこでは「カラスと会話する」実験をしていました。

どこにでも手ごわい敵はいるものです。


(2018.10.2)

町の中央にある、地下街の交差点に、小さな池(プール)が作ってありました。

色々な飾りも置いてあったりして、殺風景な、単なる地下空間であるその交差点に、オアシス的なやすらぎを生んでいました。

しかし、一年ぐらい前から、池の手前に、テープが張られたのです。

なぜかと思いましたが、たぶん「歩きスマホで池に落ちる人がいた」からだと想像しました。

そうこうしている内に、池ごと完全に撤去され、あたりは薄暗く殺風景な空間になってしまいました。

晩秋、下町の、赤ちょうちんの吊ってある居酒屋が閉店した後のように。


(2018.10.1)

@ 2018年のノーベル生理学・医学賞受賞(京都大学の本庶佑特別教授、米テキサス大学のジェームズ・アリソン博士)おめでとうございます。

ノーベル賞を取るほどの、がんの特効薬が、人が本来持っている免疫に頼った薬(免疫治療薬「オプジーボ」)であるのは、興味深いものがあります。これは、「免疫で癌に対抗できることが科学的に証明された」という意味だと、私は受け止めています。

そして、病は気からと言うように、気分の持ちようで、免疫力が左右されることも、心療内科がある現在は、常識だと言ってよいと思います。

スピリチュアルや気功の本には、祈りや、気功の体操で(手あてではなく)、他人の癌や、自分の癌が、消えたり、小さくなったりすることがあると書かれていますが、その領域に、少し近づいてきたような気がします。

追記

もちろん「手あて」についても効果があるようですが、「気功師に反作用が起こることもある」との話もあり、他の二つに比べ問題を残しているようです。


@ 皆さまご心配をおかけしました。幸いなことに、わが家には大きな被害もなく、なんとか台風24号は通りすぎました。

強力な台風が名古屋を直撃し、大潮とも重なって、伊勢湾台風の悪夢の再来かと、心配しておりましたが、幸いなことに、洪水も停電もありませんでした。雨も少なく感じましたし、風の方も瞬間的には凄いものがありましたが、時間は短く感じました。

矛盾するようですが、ずっと天気予報に注目していても、「台風24号が紀伊半島に上陸した」とニュースが伝えていても、特有の蒸し暑さもありませんし、あまりに影響が出ないので、私は「専門家の予測は間違っていて、台風24号は太平洋を東へ通過していく」のではないのかと、まだ、どこか、そんな事を考えていたぐらいです。ふりかえれば、私は幼い頃から、先生の言う事を、無条件に信じない子どもだったような気がします。遡ればそれは、両親との間が上手くいっていなかったことに端を発しているようでした。

話が横道にそれましたが、台風は、少し前に大阪辺りを通過した21号の方が、体感的にはひどかったような気がします。長い時間、しつこい暴風雨が続き、トタンの一部が飛び、停電にもなりましたから。

被害の大小は、台風に近い、遠いだけでは、単純に予測できないような気がしました。そう言えば、過去にもそんな経験があったような気もします。

追記

昨日は不思議な感覚を経験しました。

台風の目が、まさに、この近辺を通過している時のことです。

突然、「我に返ったような、目が覚めたような気分になった」のです。嵐はまだ継続しています。嵐のピークが過ぎ去ったか否かは、20〜30分間ぐらい継続して観察してみないと分からないものなのに、突然何かが閃いたみたいに、「もしかしたら、終わったのか!」感が生まれたのです。私は「とても安らかな感じ」がして、しばらく呆然としていました。

もしかしたら、あれは台風の目が通過し、気圧の変化「高い→低い→高い」の、転換点を感知したのかもしれません。

音で言えば、ドップラー効果の違和感を感じたような。

そんな馬鹿なと、私も思うのですが、気象病が認知されている現代です。私もジョギングで膝を痛めた時期には、天気が悪くなる前には、膝が痛んだものです。ですから、これも、その一つだと思えば、不思議なことでは無いのかもしれません。


(2018.9.30)

@ 夕方から歴史的な暴風雨になると天気予報は伝えていますが、現在、外の天気はうす曇り、微風。

先ほどまでは青空も見えて、飛行機雲がきれいでした。天気予報を見ない人なら、ドライブに、デートに、街へ郊外へ、海に山に、出かけて行きたい気分になったことでしょう。私も散歩で5,500歩ぐらい歩きました。

嵐の前の静けさとは、今朝のような事を言うのでしょうね。


@ 先日、新聞に「読解力」について書いてありました。正確には覚えていませんが、概ねこんな話だったように思います。

「 原則しか書いてなければ、それは原則について書いてあるのだと理解するのが読解力であり、例外が書いてないと突っ込むのは読解力がないことです。

つまり、『書き手の伝えたいことを受け取ってあげることが読解力』だという事です。」

これは私が小学校の時に理解した事とは微妙に違っていて、読解力のない私には勉強になりました。


(2018.9.28)

@ NHK朝ドラ「半分、青い。」で、ヒロインの親友の看護師が、3.11で亡くなりました。彼女は避難できない寝たきりの患者さんを置いてはいけないと、寄りそい続け、津波に巻き込まれたのです。

現実にもそのような事があったのか、否かは、不勉強な私は知りませんので、あくまでもドラマの感想としてお話しします。

親友は漫画家の修行時代、たしかヒロインを残し、看護師への転職をしてしまいました。一人残されたヒロインの「弟子としての責任の重さ」を考えると、自分が親友失格にも値するかもしれない卑怯者のような気がして、自己嫌悪になり、その十字架を背負って、看護師をしていたのかもしれません。

そして、ぼ〜っと見ているので良く分かりませんが、もしかしたら、このドラマの主題は、「やさしく寄りそう」であったのかもしれません。「リツ(佐藤健)の言った、『俺はスズメを守るために生まれた』というセリフ」や、「正義の使者マグマ大使と、彼を呼ぶ笛」、そして「秋風羽織(爽やかな秋の風をはおっている)から、自然の風の扇風機」などからそう感じました。

その主題のエピソードの一つとしても、親友の看護師は、患者に寄りそう必要があったのでしょう。つまり、ドラマ上の演出だと思うのです。

ですから、リアルな現場では、看護師は生きる道を選ぶべきです。リツのセリフにもあるように、「人には生まれた使命がある」のです。

看護師の使命は医療を通じての人助け。逃げたと言われ、十字架を背負ったとしても、生き抜いて、後の人生では、それを帳消しにするだけの人助けをせねばなりませんでした。

物語は、その文脈の中で、理解する必要があるのです。

「生きる看護師」。それからは、「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか 」(講談社現代新書)も連想しました。

追記

避難所には、避難民の他、自治体職員、自衛隊員、警察・消防・消防団、ボランティアなど、使命を持った人たちも集まります。

「使命」を持って集まってきた人たちは、その使命を完遂できるだけの、環境設定をしなければなりません。

たとえば、一日中肉体労働をしている人たちに、十分な栄養と休養を与えなければ、二日目からは働けなくなります。

もし管理責任者が倒れてしまったら、避難所にいる全員が困ります。

特攻隊では、特攻前夜は酒席がもうけられ、隊員たちは、深夜まで宴会をしたという話がありますが、隊長だけは早めに休み、翌朝は「澄んだ眼」をして指揮をしたという話を読んだことがあります。皆に無駄死にはさせたくないとして。

ふと、そんな話も思いだしました。

追記2

この辺りの機微は、映画「劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-」や、映画「ジェネラル・ルージュの凱旋」を観ても描かれていますね。ドクターやナースたちは、いくら患者に感情移入しようとも、患者と心中はしないのです。そして常に自分たちの活動継続を優先し、患者たちはトリアージで選別します。ある意味、神の代理人のように。

追記3

それらは憲法に規定する公務員的生き方でもあります。

つまり、「一部の奉仕者でなく、全体の奉仕者である」という意味において。「誰かと心中することは、一部の奉仕者になってしまいかねない」のですから。


@ 先日、映画「青空エール」のレビューで「されど私の人生」をご紹介しましたが、ネットに掲載されている「全文の歌詞」には、(平仮名とか漢字の違いではないものが)少なくとも二種類あるようです。

なぜなのかは分かりませんが、昔、私が吉田拓郎さんのレコードを繰り返し聴いて覚えた歌詞は下記のものですので、念のためお知らせします。


「斉藤哲夫 されど私の人生 歌詞」

http://www.j-lyric.net/artist/a001f97/l01a411.html

追記

すでに、この歌を知っている人なら良いですが、古い歌ですし、失礼ながら国民的大ヒット曲ではありませんから、今となっては知らない人の方が多いと思います。

そんな人が、ネット検索し、「二種類あるとは夢にも思わず」、偶然見つけた歌詞の方を、私の紹介した歌だと信じて覚えてしまう。あるいは歌の評価をしてしまう。それは私にとっても不本意なことなので、あえて書きました。

なぜ二種類あるのか。それを想像することは出来ますが、関係者に問い合わせもせずに、私が断定することは避けたいと思いますし、ここで、そこまで深追いをすることも仕事ではありません。


(2018.9.27)

@ 私の傘は、40年近く前、デパートで確か8,000円ぐらいで買った、お洒落なこうもり傘。一番使う頻度が高いのに、まだこれからも十分メインで使えます。ただ、最近はときどきお店などに忘れるようになったので、そっちの方が心配。


@ 昔、母さんの肩たたきをしたことがあります。でも、どこかで気功の先生の話を読みましたが、あまり強くたたくと(たぶん強く揉んでも)、毛細血管が壊れて、よけいに血の巡りが悪くなるから、あまり良くないのだそうです。

肩こりには、「気」で組織を活性化する、やさしい「手あて」というお話。


@ >現在では、LGBT問題を、恥じることでも、差別することでもないと理解している人は多いと思います。しかし残念ながら、世の中のすべての人がそうだとは限らない。会社においても、学校においても、差別・蔑視は、まだ存在しているのだと思います。( 映画「響 -HIBIKI-」 私のレビュー追記より )


特に「生理的に怖い!」と言う人には、理屈で説明しても難しいわけです。

さらに、年配の方の中には「考えるのは、めんどくさい」という人もいます。私もだんだんと、諸々のことが面倒くさくなってきましたから、解るのです。

又、昨日じっくり議論して、やっと理解してもらえても、今日になったら、すっかり忘れて、元に戻ってしまう人もいるわけです。私の亡き父など、ある事柄について、30分以上もかけて説明し、やっと理解を得たと思っても、翌日になるとすっかり忘れていたことがありました。身体は日曜大工が出来るほどに元気なのに。

そんな人々が、もし主なお得意様であったなら、温泉宿などは、簡単にタトゥーした人は受け入れがたいでしょう。客が他の宿(温泉地)へ逃げたり、あるいは行かなくなってしまう心配があるからです。

もちろん、それで良いとは思いませんが、やはり聖書に書いてある通り、「すべての事には時がある」のかもしれません。これは、ある意味「政(まつりごと)の秘訣」かも。ふと、映画「英国総督 最後の家」に描かれている、チャーチルを思いだしました。

話が横道にそれました。


(2018.9.26)

「ヨットのオーナー」と聞くと、いかにもお金持ち的な感じがします。

確かに、ヨットと言っても値段は様々ですから、本当のお金持ちしか持てないものもあります。しかし手ごろな値段のものもあり、「数人で出資すれば、年間の維持費を加えても、マイカー程度の出費で持てるものもある」ようです(どこかに落とし穴が隠れているのかもしれませんが)。

バブルの頃は、就職するとマイカーを持つのが当たり前の時代でしたから、冒険心にあふれた若者には、マイカーからヨットへの垣根はそんなに高いものではなかったのでしょう。私を誘ってくれた人の他にも、一人オーナーがいましたから。

誘ってくれた友人は、当時新品で1,000万程度の船を狙っていたようでしたが、昨日、少しネットで見てみたら(ネット時代は本当に便利)、今は、中古の、さらに小型の船なら、100万円前後のものも多数あるようでした。


(2018.9.23)

@ 「 アイリスオーヤマ ソーラーライト ガーデン ホワイト GSL-P1W  」

これは「ガーデンライト」です。

よく似た製品が、ホームセンターや家電量販店でも、同じぐらいの値段(500円程度)で売られていましたので、試しに二種類買ってきました。

太陽電池のフル充電で、5時間程度発光するようで、日が暮れてから寝るまで、だいたいOKみたい。耐用年数は一年ぐらいのようです(電池の交換が必要になる)。

私はこれを非常用のロウソク代わりにしたいと目論んでいるのです。もちろん電池式のLEDランタン・交換電池も買い増ししましたが、もし長期にわたる停電だと困ると思って。「灯りはぼんやり点もりゃいい」ですから。

でも、「どれほど実用になるのかは、『まだ使っていない』ので分かりません」。

そのまま押し入れにしまってあります。

追記

もちろん「 アイリスオーヤマ ソーラーライト ガーデン ホワイト GSL-P1W  」を買えば良かったのだけれども、後から調べたので。

追記2

このようなHPを見つけました。

「 群馬県ホームページ 家庭用ガーデンソーラーライトの実用性について 」(最終更新日:2014年6月2日)

http://www.pref.gunma.jp/05/c0900347.html


@ 駅の掲示板にあった、「ルビーの指輪」


(2018.9.20)

カセットテープ全盛期、午前0時からFMでやっていた、人気番組「ジェットストリーム」を録音したものを、30〜40本もっていました。

夜は10時すぎには就寝するため、タイムシフトして聴いていたのです。

あの番組は、途中に入るCMも、CMと分からないぐらい、番組の情緒に寄りそった構成になっており、そのセンスも好きでした。

音楽の甘さや、城 達也さんの渋い語り、「ミスターロンリー」の美しさだけでなく。


(2018.9.19)

@ TVドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」(ケンカツ)第10話を観ました。

とても複雑な事柄を、良く整理した、とてもクオリティの高いドラマでした。

以前にも言いましたが、前後編に別れていたものは、くっつけて二時間ドラマにすれば、映画館での上映にも十分耐えられると思います。特に9〜10話は素晴らしい。

ヒロインたちの言動にも、特に申し上げることはありません。皆様、お疲れ様でした。

追記

中に、「返信用封筒に切手も貼ってない」というセリフがありました。これは「気が利かない・お役所仕事」という、役所を小ばかにした感情が込められていたようです。でも、ドラマではこの件について、それ以上言及していません。

話は変わりますが、公的年金受給者にハガキスタイルの現況届(住民票記載事項証明書)というものが送られていた時代がありました。

それを住民票の係で証明してもらい(印をもらい)、切手を貼って投函するのです。いわゆる生存証明ですね。それで、また一年間年金がもらえます。

私は「切手代を無料にすればよいのに」と思っていましたが、そうすると、切手代をどこかほかの予算から(つまり税金から)ひっぱってこなくてはなりません。

受給者全員のものを毎年ですから、たかが切手代と言ってもかなりの高額になります。関係者が理解してくれるほどの、正当な理由も必要になります。ですから、単純に、「気が利かない・お役所仕事」だけでは割り切れない問題でもあるのです。

ちなみに、年金の現況届・年間約4,000万人分については、現在は住基ネットにより手続きが省略されています。これは本人のみならず、証明を行っていた市町村役場にとっても福音です。

追記2

「 また、指の力の強さも、キーを選ぶときの重要な項目で、力の弱い女性がバネ圧の強いキーを選ぶと、ときどき、押したつもりでも入力されないため、つねに意識して力を入れ続けなければならず、やがて指の筋肉だけでなく、精神的にも疲労が蓄積してしていき、『勤労意欲まで失う』事があります。」

( 映画「タイピスト!」の私のレビューより抜粋して加筆。 )


(ケンカツ)の第一話には、同僚がヒロインに、「自転車に油、注しといたよ!」と言うセリフがありました。あれは「励ましの言葉」だったのですね。たしか途中の回にも、落ち込んだその同僚に、ヒロインが同じ言葉を返すシーンもありました。

錆びなどの摩擦で、動きの重くなった自転車は、乗る人の気持ちまで重くさせるのです。そんな自転車は、ケースワーカーになったばかりで、仕事のコツも分からず、ブルーな気分のヒロインには堪えたのです。

だからこそ最終話では、ラストに新品の自転車が登場するのでしょう。自転車は、そんなに簡単に買いかえてもらえるものではありません。役所にも厳しい予算がありますし、耐用年数も決められているのではないでしょうか。

それがやっと叶い、ヒロインが最初に乗るのです。これは、成長して自信をつけたヒロインの、軽やかな心象風景なのでしょう。

ですから、この9・10話は、「摩擦の話」のようです。

返信用の切手が貼ってない事は、返信するうえでの摩擦になりますし、受給者の女にあった(愛に関する)過去のトラウマは、女が自分の子どもを愛するうえでの摩擦になります。さらに、女に憑いた「ひものような男」は、女が立ち直る上での摩擦になりました。そして、今回は、結果的にそれで良かったという結論ですが、親子の情は、子どもを保護するうえでの摩擦になったのです。

この主題は、映画「県庁おもてなし課」にも少し似ていますね。


@ 住民票には「世帯分離」という届があります。

例えば、三世代同居住宅でも、「父母は年金生活」、「息子と嫁・その子は、息子の給料で生活」みたいに生計が別々の場合は、一つ屋根に住んでいても、別世帯として、二人の世帯主を置き、二つの住民票が作れる場合があります。

簡単な手続きですが、案外、これが他の事柄にも影響を及ぼし、本人たちにメリットが生じることもあります。もちろん無関係なこともあれば、デメリットになることもあります。


(2018.9.18)

ライターさんを思わず抱きしめたくなったので。


「 おみそがダメになったら、

日本もダメになると思う。

タケヤみそはそんな気持ちで、

一所懸命におみそを作っています。」


( 朝日新聞2018.9.18 「信州 タケヤみそ」の広告より抜粋 )


(2018.9.16)

@ その思想は多分のトラウマから出ています。

「ペン」が刺さった経験のある者は、もっとリアルに「ペン」を「剣」だと思うのものです。


@ 「LS3/5a」というスピーカーがあります。半世ぐらい前に、英国放送協会BBC(日本のNHKにあたる)が、放送モニター用に開発したものです。

それは、口径10cm程度の、小さなスピーカーを使った2ウエイで、2本を一度に持てるほどの軽さです。

クラシックの都、それも国営放送局のお墨付きですから、当時から、マニアの大きな信頼を集めていました。値段も安くはありませんでしたが。

このスピーカーは、当時のオリジナルも珍重され、今でも高額で取引されていますし、改良を続けながら、現在でも数社から新品が発売されています。

音色は、艶と粘り気があり、やわらかで品格の高いものです。明るいJBLやアルティク、ときに厳しさのあるタンノイとは対照的で、膨らみと、ほの暗さが持ち味。

モニタースピーカーと言えば、音のあら探しをするのが目的ですから、鮮明過ぎて刺激的なものが多いのですが、「LS3/5a」は違います。

夜間、主にクラシックファンが(時にスロージャズや、静かなボーカルも聴く)、一生モノとして使うに耐えうる逸品です。書斎の机の上で使ったり、大きな音が出せないマンション住まいの方にも最適です。

恥ずかしながら、わが家にもその「LS3/5a」が有るのですが、最近おもしろいことに気づきました。

ソニーのCDラジオ「ZS-RS81BT」 の音が(メガバスON状態で)、「LS3/5a」に似ているのです。

もちろん、まったく同じではありません。

ちょっと聴きでも、音の精度が違いますし、レンジも品格も違います。値段が違うので当然でしょう。

又、性能限界と言いますか、「LS3/5a」の方が、マニアが金に糸に目をつけずに、良いスピーカースタンド、良いアンプとCDプレーヤーを使って鳴らし込めば、驚くような美音を奏でてくれるはずです。そうでなければ、毎年のように新製品が発売されているオーディオ界で、半世紀も生き残っているわけがありません。

それを承知で、マニアからは嘲笑やお叱りを受けるのも覚悟で言いますが、「ZS-RS81BT」 の音は「LS3/5a」に似ているのです。

追記

「ZS-RS81BT」は、切手大のSDカード一枚(32G)で、500時間以上も録音できます。60分カセットテープにすると、500本以上になりますから、目眩がするほどの時代格差を感じます。

しかも連続録音可能なので、残量を気にせずに、番組や長尺のクラシックなどを録音できます。さらに、時計とタイマー内臓なので留守録もOK。

CDの回転音も極小で、深夜に枕元で鳴らしても、音楽の邪魔をすることはほとんどありません。

もちろん、ヘッドフォンで聴くことも出来ますし、入力端子もありますから、フォノイコライザー内臓のレコードプレーヤー(一万円程度)や、スマホなどをつなげば音も出ます。

オーディオという趣味に、一瞬疑問を感じるほどの先進です。

追記2

オーディオ全盛期に、私は、ほとんどカセットテープで音楽を聴いていました。

LPを買って来たら、最初にカセットにダビングするのです。そして後はカセットだけを聴きます。お手軽ですし、カーステレオでも聴けますから。

なるべくLPを出したくない理由は静電気です。すぐにビニル袋にホコリがつくので、触る度に手を洗いたくなるのです。神経質ではありません。保管がズボラなのです(手のひらでクルマのボディを撫でてみてください。一回でそれぐらい手は汚れますから)。

もちろん、FM雑誌片手に、FM放送からもエアチェックしていました。

ですから、そんなカセットは数百本持っていました。今は全部捨ててしまい、後悔しています。

カセットに録音する楽しみと苦労は色々ありますが、その一つに、曲の時間とテープ残量を考えて、曲途中で途切れないようにすることがありました。

「ガチャン」という音とともに、楽しんでいた音楽が途切れるときの心的衝撃は、無視できないものがあります。あれは「殴られる」ようなもの。鑑賞中の、心を無防備に開放したリスナーにとって、「ガチャン」は単なる機械音ではなく、音楽の豹変であります。天使が悪魔に。

だから、どうしても曲途中でテープがなくなるときは、手操作でフェードアウトします。又、曲途中でスタートするときはフェードインします。すると聴くときに、心に「もうすぐ終わるぞ・始まるぞ」という心構えが出来ます。

テープの長さも、本当は長尺の120分が良いのですが、(今はどうか知りませんが、当時は)どこか機械的に無理していたのでしょう。走行が不安定なものがありました。ですから実用的なのは90分まで、安定を求めるなら60分までになりました。

そんな経験がありますから、切手一枚分のSDカードで、500時間以上もエンドレスで録音できるのは、家事から解放された女性のような、晴れ晴れとした気分なのです(たぶん)。

追記3

正直に言うと、「ZS-RS81BT」の外見は、あまり好みではありませんでした。同じソニーでも、もっと洒落た製品はあると。

しかし購入してみると、意外と洗練されている事に気づくのです。

ミッキーマウスの顔は「大小たくさんの、〇(丸)の集合体である」と、TVでやっていましたが、「ZS-RS81BT」も同じなのです。

そして、〇の位置も考えられていて、これ以上良い配置は、そう簡単には思いつきません。空撮したイングリッシュガーデンというか。

さらに、日常的に使うボタン6つだけは、上部に配置され、〇の大きさ、位置、間隔、小さな突起により、すぐに「見なくても操作できる」ようになりました。これは夜間に便利です。

また、直線と思われる部分も、多くは微妙に曲線になっており、「完全な直線が、人々に無意識に与える緊張感」が少なくなっています。

黒だけで、色のバリエーションが無いのが難点でした。でも単色でコストダウンをしたのかもしれませんね。生まれたのはシックな高性能です。

何はともあれ、これで「LS3/5a」のようなソフトというか、クリーミーな音が聴けるなら、あまり贅沢は言えませんね。

追記4

なぜ音が似ているのか、それは多分、両者とも「人間の声を聴くことを中心に設計されている」からでしょう。「LS3/5a」はBBCのプロ用(主に声をチェックする)小型モニターですし、「ZS-RS81BT」は語学学習用で、発音が良く分かるような音に設計されています。そして、両者とも長時間の真剣な使用でも聴き疲れしないように、ソフトな音にしてありますから。

過去に「ZS-RS81BT」より値段が10倍も高いCDラジオも聴いたことがありますが、ギスギスと痩せて、刺激的な音がしました。悪い意味でオーディオ的な音です。いかにも低音も高音も出ます。きちんと測定器で測って作りました的な、若気の至りを感じさせる、自信満々の音です。

しかし、測定器で測ってデータ的に良い音でも、その音が人の心を癒すとは限りません。では、どんな音が。時にその秘訣はデータを裏切ります。アートの世界に入って行くこともあります。そのさじ加減が難しいのです。

だからオーディオから解脱したような、本気で作られた語学学習用のCDラジオの音が、人の心に届くこともあるのでしょう。逆説的になりますが。

追記5

ジャズのCD「Northsea Nights」は私の愛聴盤の一つ。これは Joe Passのジャズギター、Niels Pedersenのウッドベースのデュオです。

聴きどころはジャズギターの美しい旋律。そしてギターを凌駕せんとするほどの、ウッドベースの歌心・テクニックです。

このCD、至らぬスピーカーで聴くと、ウッドベースが良く聴こえません。ただ低音が出ていればよいというものでもありません。「低音も歌っている」事が必要なのです。演奏者が二人しかいないのに、もし一人消えれば、音楽は壊滅的な状態になります。

しかし、小さな「LS3/5a」を聴くと、小さな音でも、ウッドベースの神技が十分堪能できるのです。

追記6

ミニコンポとの違いは本体にアンテナまで付いている事です。AMは内臓バーアンテナ、FMは引き延ばせるロッドアンテナで鳴らせます。その潔い完結性・一体性が、自衛隊みたいで萌えます。

もし、ロッドアンテナを延ばしてもうまく受信できない場合とか、伸ばしたくない場合は、1.5mぐらいのビニールコード(電線なら何でもよい)の片端20センチぐらいをアンテナに巻きつけ、アンテナ代わりにしてみてください。

そして、このCDラジオは「FMステレオ」受信ですが、「常時モノラル」にも切り替えできます。電波が弱い時には「常時モノラル」にすると、「ザー」というノイズが激減しますから、気になる方は切り替えてください。私はモノラルの方が好きなので、そうしています。

追記7

頼まれたわけでもないのに、なぜ私は、こんな宣伝みたいな文章を書いているのか。それは、きっと過去の苦い経験からでしょう。

私の青春時代は、オーディオ業界にとっても青春時代でした。私は「青春が未来永劫続く」と疑いませんでした。しかし信じられないことに、私もおじさんになり、オーディオ業界も青春ではなくなったのです。

あの頃、当たり前に売っていた「いつか欲しいと思っていた製品」のほとんどは、生産完了になってしまいました。そして新製品や高価なものがいつも良いとは限らない。

オーディオ業界でも、「チャンスの神さまには前髪しかない」。私は今、そんなことを感じているのです。

( これは過去の記事に、加筆再掲したものです。)


@ この法案は、「尊厳死という選択肢がないことは、不幸の一つである」という思想からスタートしていると思います。もちろん賛成です。

ところが、規則が出来ることにより「思考を放棄」したり、「尊厳死に追い込んだと非難される」のを恐れ、規則に頼り、例外を嫌うようになった関係者が生まれ、「意思を示すことができない患者が尊厳死から排除されるのではないか」という事も心配です。

現在は、医師と患者側の阿吽の呼吸で、文書なしに成り立っていたかもしれない最後の幸福が、文書の必要性が障害となり、不幸に転じることが。


「 12年の法案は「終末期」について患者が適切な医療を受けても回復の可能性がなく、死期が間近と診断された状態にある期間と定義。延命措置を中止できるのは、患者が書面などで意思を表示している場合とした。ただし、この規定に従わずに延命措置を中止することもできるとしている。

だが、終末期患者の7割は、意識不明や認知症などのため自分の意思が伝えられないとのデータもある。障害者の団体などからは「意思を示すことができない患者が尊厳死に追い込まれるのではないか」などの懸念が示された。法案は国会提出に至っていない。」

( 毎日新聞 9/16(日) 6:30配信 「<終末期医療>延命中止、意思確認に力点 自民、新法検討」より抜粋 )


(2018.9.15)

@ いつも通る地下街に、ペコちゃんのいる「不二家」さんがあるのですが、女子力の強い店内には、なかなか、おじさん一人では入れません。ときどき食べたいものもあるのですが。


(2018.9.14)

@ ブラウンさんの壁と、ホワイトさんの飴。


@ 数年前、世界に冠たる、日本のある自動車メーカーが、排気のクリーンな画期的エンジンを積んだ、新車を発表しました。

直後に、社長自らが登壇する説明会が企画され、私の元にも、ご丁寧に、ご案内のハガキが来ました。

駅前にある、営業本社ビルの中にあるショールームに、そのクルマは展示してありました。映画を観に行ったついでに、そこに立ち寄り、スーツ姿の男性社員に、「今度の説明会では試乗はできるのですか?」と尋ねたのです。

そうしたら彼は、「知りません」、「そんな説明会は聞いてません」と答えただけでした。暇そうな彼は、クルマの番をしているだけで、私はそれっきり放置されました。

案内ハガキを忘れてきた私もいけませんが、社長が登壇する説明会について、営業本社ビルの中にあるショールームの社員に尋ねたのですよ。

私が担当なら、いや、とかく愛想が悪いと言われがちな役所の人でも、「申し訳ありません。すぐ調べてみますから、しばらくお待ちいただけますか?」ぐらいの対応をする事は、ごく当たり前だと思います。

何も難しくはありません。内線電話で担当部署に聞けば、すぐ分かるのではないでしょうか。

そうかと思うと、別の場所にあるカフェ。店主たちが「いらっしゃいませ」も、独り言のように小さな声でしか言えないものだから、バイトさんも、客を見ても無言の人が多い。もちろん、こちらが挨拶しても返事はありません。


役所も民間も、「普通の接客・接遇」ができる人がほとんどだと思いますが、中には出来ない人もいます。本当に残念なことです。

追記

説明会の件ですが、帰宅してハガキをよく見たら、主催が証券会社でした。そこの利用客であり、自動車会社の株主だったこともある関係で、ハガキが送られてきたのだと思います。「クルマが展示される」とは書いてありましたが、試乗については触れられていませんでした。

そう考えると、企画が通常とは違うため、本社とはいえ、自動車会社の営業マンまで情報が降りていなかった可能性もあります。

でも、だからと言って、「知らなくても良い。調べる必要はない」にはなりません。「知らなかったこと自体、すでに弊社の不手際です。当然に、すぐお調べするべきでした」と、社長なら言うでしょう。


@ 戦後、アマチュア無線が再開された時、議論の中、国側のメリットとして、「戦時には通信兵として使える」とか、そんな意見もあったようです。

20代の私は、ただ「へぇ〜」と思っただけでした。もちろん、申請にそんな誓約書もありませんし、通信兵になることを承諾したつもりもありません。大多数の人は同じでしょう。

そして、戦後70年以上が過ぎた今、アマチュア無線は、通信兵ではなく、災害時の非常通信網の一つとして、陰で活躍しています。自治体の多くは、その為もあってアマチュア無線クラブを持っていますし、民間のクラブでも、非常時には協力してくれるところも多いはずです(もちろん法律の範囲内で)。

追記

「法律の範囲内」とは、たとえば「仕事の件で会社に連絡を取って欲しい」みたいは通信は、出来ないという事です。有線電話と違い、無線は、「電波を出せば最低100人に聴かれている」と言われるぐらいで、内緒話も出来ません。


@ 窓から見える一本の樹を見て、気がついたことがあります。

植物は、「地上に広がった幹や枝と同じぐらい、大きな根っこを持つ」と言われています。

つまり植物は、「地上と地下で対称形になって生きている」のです。電柱のように大きな樹を見て、大きな根っこを想像することはあまりありませんが。

そして「気」の世界では、地上には「陰陽」の「陽の気」、地下には「陰の気」があると言われています。

植物は、その両方の「気」をバランスよく取り入れて生き、さらに、循環させるパイプのような役目も果たしているようなのです。

「海千山千」という言葉がありますが、植物は生まれながらに、地上と地下を学んでいるのです。


(2018.9.11)

尾崎豊さんの歌は、彼が亡くなった後、どなたかのカバーで覚えたのが初めです。その後、YouTubeで尾崎豊さんご本人の歌を聴かせていただきましたが…私にはサラリとした歌唱の、(あえて言えばフォークソングみたいな)どなたかのカバーの方が馴染めるみたいです。本家本元の歌唱は、(まるで演歌のように)感情が入りすぎていて…ごめんなさい。私はふとどき者です。


(2018.9.8)

TVを見ていると、突然モールス信号が「ー・ ―… ー・」と聞こえてきて、臨時ニュースが流れる事があります。

あの音はモールス信号で「NBN」、「Nagoya Broadcasting Network」の頭文字、つまり「名古屋テレビ放送株式会社」の事です。

モールス信号の実技試験(アマチュア無線でも、過去には、送受信の実技試験があった。)に受かったレベルの人は、あの「ー・ ―… ー・」が翻訳することなしに「NBN」と(言葉に)聞こえるのです。いや、コオロギの「リーリ、リーリリリ、リーリ」でさえ、そう聞こえます。

英語ができる人が、翻訳なしで、ヒアリングができるのと同じですね。

追記

専門家ではないので、間違っていたらごめんなさい。

@ワープロの黎明期、例えば「しょうわ」と入力して「昭和」を出すプログラムは、「しょうわ」と全文字入力してリターンキーを押してから動きだしたのです。その為、表示に時間がかかりました。

A改良型は、「しょうわ」の「し」を押すと、リターンキーを押さなくても、内部では「し」を頭文字とする検索が開始されているのです。「しょ」では絞り込まれます。「しょう」ではさらに。

結果、「しょうわ」と全文字入力した時点では、かなり絞り込まれているので、リターンキーを押せば、答えはすぐに、少ない例示で、表示されるようになったのです。

何を言いたいのかと言えば…有資格者がモールス信号を聞いた時、人間の頭の中で、どのような思考が行われているのかと言えば、前述したAのプログラムと似ているように感じるのです。人間の場合、それを「途中で閃く予感」のようなもの、あるいは「俯瞰するような余裕感」として感じられます。


(2018.9.7)

どこかに「日本地図に、体に感じないような小さな地震も、×印で表示してくれるサイト」がありました。何日間にもわたって履歴も見ることが出きるのです。株価の変動のように。

それを見ると、×印が密集している場所と、ほとんど無い場所があります。増えていく土地、減っていく土地も。

素人考えですが、×印の密集地(増えていく土地)の中から大地震が生まれる事があるのではないでしょうか。もちろん小さな地震だけで収束していく場合がほとんどでしょう。しかし歴史に残るような大地震は、突然それだけが一つガツンと来るのでなく、何日も前から小さな前震が多数あったのだと思います。

何を言いたいのかと言えば、日常的にそのサイトを見ていると、もしかしたら素人でも、「あの土地は注意した方が良いかも…」と、ピントくるものがあるかもしれないという事です。

たいてい外れるので、公には「地震予知はできない」のでしょうが、個人的に何かを感じ取ることは出来るような気がします。そして気を引き締めたり、予定の変更をしたり。外れても、当たっても、自分一人(自己責任)ですから、お気楽です。

あのサイトを、天気予報のトップページにでも表示してほしいと思います。


「 地震の予知はできますか?

○月×日に□□地方で大きな地震があると聞きましたが、どうでしょうか?

地震を予知するということは、地震の起こる時、場所、大きさの三つの要素を精度よく限定して予測することです。

例えば「(時)一年以内に、(場所)日本の内陸部で、(大きさ)マグニチュード5の地震が起こる」というようなあいまいな予測や、毎日起きているマグニチュード4程度以下の小さな地震を予測するような場合はたいてい当たりますが、それに情報としての価値はあまりないと考えます。」

( 気象庁ホームページ 「地震予知」より抜粋 )


(2018.9.6)

@ 災害時のラジオを買っておくなら、選局は昔ながらのバリコン式の単体ラジオが良いです。ボタン選曲のものは便利ですが、その分電力の消費量が増えるので、寿命が縮みます。

ラジカセやCDラジオはもっと電力を食うので寿命が短いです(カタログデータで比較すると一目瞭然)。

そして電池も大きな単二以上、なるべく単一が入るもの。そして、かならずイヤホンも。


@ 本日のNHKニュースで、「停電時のロウソクの使用は、最後の手段に」と言っていました。理由は「火事の危険がある」からだそうです。確かにその通りです。

では、そこで言わなかったことを書いておきます。ロウソクの使い方ですが、ちゃんとした燭台が無い時は、「燃えない材質のお皿に、溶けたロウを数滴たらし、それを接着剤にして、ロウソクを立ててください」。

そうすれば、多少傾けても倒れにくく、もち運びも容易で、火事にもなりにくいからです。ロウソクが太いからと言って、接着剤なしで使うと、倒れやすく大変危険です。おじさん達には常識でも、若者は知らないかもしれませんので


@ 本日未明の北海道地震、被災された方には、心からお見舞い申し上げます。


@ 台風21号が来た日、午後3時頃に突然ネットがつながらなくなりました。時々なるんです、わが家のPC。何回も接続チャレンジしていると、「停電した…」と家人の声が。「そうなのか…」と私。

画面が明るく光っているので停電だとは思いませんでしたが、そう言えばバッテリー内臓でした。自動的に切り変わっているんですね。

わが町は台風であまり停電しないことが自慢です。前回の停電は…確か私が小学生の頃だったかも。だから想定外でした。

ネットにつながる固定電話回線は光ファイバーですから、停電になると電話もダウンします。その時は「外の公衆電話を使おう」と思っていましたが、暴風では出歩けません。近くにあるスーパーなどの施設内・公衆電話を使おうにも、台風や停電で閉店してしまい入れません。

さらに私はケータイを持っていませんので、ケガや病気になっても、わが家は外部との連絡が出来ない事になります。


「停電はどんな規模・状況なのか」。それが知りたくてトランジスタラジオをつけましたが、ニュースを流しっぱなしのNHKでも、なかなか、その件は放送されません。民放ラジオを聴いたら、リスナーからのメールで、少し停電が話題になりましたが、まだ良く分かりません。


そうこうしている内に、夕方になりました。薄暗くなってきたので、何十年ぶりかにロウソクを灯しました。懐中電灯の電池は節約しなければ。

まだ明るいうちに、風呂場で行水をし、夕食をとり、歯を磨こうと思いました。しかし、あまり食事も喉を通りません。明日には、忘れず冷蔵庫の食品を廃棄しなければ。


電力会社の広報車が、「…申し訳ありません。…安全確認が出来次第、順次送電しています。… 」と通って行きました。

その後しばらくして、ふと見ると、近所の事務所の窓に明かりが…「あれ?自家発電…」と思っていたら、やっとわが家も。結局3時間ぐらいの停電でした。最初から3時間だと分かっていれば安心できるのですが、いつまで続くか分からないので不安が膨らみました。


後に知ったのですが、3時間で送電されたのは早い方だったのですね。しかし停電することの心細さを、初めて知ったような気がします。

そんな中で灯したロウソクの炎は、「希望のエネルギー」ですね。懐中電灯とは何かが違います。

ゆらめく炎には、確かに「人を励ます力」があります。


(2018.9.5)

台風情報で私が一番関心があるのは、「進路予想図」です。わが町が暴風圏内に入るのはいつごろか、最接近するのはいつなのか、まず、それを知りたいからです。

何十年も昔、アナログ時代には、「進路予想図が、天気予報の最初から最後まで、ほとんど画面に映っていた」記憶です。だから、ゆっくりと眺めることができました。

しかし、デジタル時代の昨今は、何通りもの画面を切り替えて、天気予報の説明をすることが容易になったようで、結果、進路予想図が出ている時間が、とても少なくなりました。

天気図に、たとえ台風マークが載っていても、「進路予想図は、『進路予想の説明時だけ』しか表示しない」ぐらいなのです。

TVとて「だしおしみ」しているわけでは無いでしょう。それ以外の情報を渇望している人もいるのでしょう。しかし「昔は良かった…」とため息をついているのは私だけでしょうか。


(2018.9.3)

もう10年以上前だと思います。朝日新聞か何かに、確か、椎名 誠さんの(間違っていたらごめんなさい。)、旅行記が掲載されていました。南の海へダイビング(シュノーケルだったかも)に行かれたのです。同行者には確かフランスかどこかの御一行も。

その時、朝食かランチをボートの中で食べました。メニューは西洋式のパンとコーヒーが中心でしたが、日本勢からは、「ごはんを食べないと力が出ない」との声があがり、急きょ「卵かけごはん」も作ったのだそうです。

「熱々の炊き立てのご飯を、四角いトレイか何か入れ、生卵を軽く混ぜたも」のです。それに醤油をかけて美味しそうに食べる日本勢を、「生卵を食べる習慣のない西洋人」たちは、最初は怪訝な顔をして、遠巻きに見ていたそうです。

しかし、日本人たちが、あまりにも幸せそうに食べるため、自分たちも恐る恐る口に入れてみたら、これがまた、びっくりするぐらい美味しい。すぐ大好物になってしまいました。

その後ボートでは、「卵かけごはん」も定番メニューに加わったそうです。


(2018.9.1)

物事にはたいてい、多数派と少数派いうか、「基本」と「例外」という二面性があります。

ある事柄について、昔は「基本」しか言わなかったけれど、いつの頃からか「例外もあるよ」と言い始めた人がいて、気がつけばニュースやネットでは、「例外」ばかりが聞こえる世の中になりました。

もちろん野暮な私でも、その理由が分からないではありません。非常時に議論なんか、していられないですから。

でも私は思うのです。

「例外」のメリットが強調されているけれど、デメリットはないの?、

「基本」のデメリットが強調されているけれど、メリットはなくなった?と。


先日、本屋さんで、偶然その事柄について書いてある本を見つけて覗いてみました。もちろん「例外を推奨する本」です。

そうしたら本の後半に、「例外」についての注意事項が載っていました。やはり「例外」もメリットばかりではなかったのです。「例外」を選択する場合にも、その裏表を検討して、決める必要があったのです。


(2018.8.31)

恥ずかしながら私は、「避難指示」と「避難勧告」の、どちらがより危険なのか、数年前まで混乱気味でした。「注意報」と「警報」なら間違えることはありませんが、その後作られた色々な用語は、上下の関係が分かりにくいです。

「不勉強なお前が悪い」と言われれば、それまでですが、周囲を見渡すと、火山の「噴火警戒レベル」という分かりやすい「数字」表示の存在に気がつきます。

素人考えですが、どうして台風などの避難情報でも「数字」を併記しないのでしょう。たとえば「レベルが3→4へ上がりました。避難準備を始めてください」などとニュース言ってもらえれば、より分かりやすいと思います。

参考

「 『噴火警戒レベル』

レベル5:避難
レベル4:避難準備
レベル3:入山規制
レベル2:火口周辺規制
レベル1:活火山であることに留意  」

( ウィキペディア「噴火警報」 噴火警戒レベルが導入されている火山 より抜粋 )


(2018.8.30)

@ 色違いソーメンへのバイアスは、ラーメンに入っているコーンへのそれ、なのかもしれませんね。


@ @地下鉄の話です。その日私は、最後尾の中央あたりに、立って乗っていました。ある駅に停まり、再び動き出した車内から、なにげなく遠ざかっていくホームを眺めると、そこには知人の女性が一人いたのです(恋人ではありません)。

彼女は気づかず同じ電車に乗っていて、そこで降りた様子。立ったままハンドバッグを開けて、なにやら中を覗いています。

その駅は、彼女の家の近くでもないし、繁華街でもありません。それに久しぶりに会った人なので、遠ざかる地下鉄の中から、挨拶したくてじっと眺めていました。

すると、彼女はカバンを開けたまま、ふいにこちらを見て、私と視線が合ったのです。「あっ!」と驚く彼女の様子がはっきり分かりました。


A 郵便局の機械で現金を降ろしていたら、右横の事務所奥から、懐中電灯で照らされるような、鏡で太陽の光を当てられるような、「ピカピカした白い光」を感じました。

しかし事務員がそんなことをするはずがないし、私は現金を下ろさなければならないので、そちらを見ることもしませんでした。

そうしたら、現金を降ろした直後、若い事務員の女性が出てきて、「○○の、寄付金付きの切手シートですが、いかがですか」と、私にだけ営業を始めたのです。

その時思いました。

あの「ピカピカした白い光」は、獲物を物色している彼女の視線だったのだと。


B相手の顔を見たとき、普通の人がほとんどですが、まれに輝いている人がいますし、曇っている人もいます(ごくまれには黒い人も)。表情や美醜、肌の色の話ではありません。オーラの話です。

視線とは、もしかしたらその親戚なのかもしれませんね。

私が視線を信じているのは、振り向き、振り向かれた数えきれない経験の他、主に上記の@ABからです。


(2018.8.26)

昨今のTVドラマ、まれにLGBTが取り上げられています。LGBTがストレートに恋をし、結果、ストレートがLGBTに変質!?、恋が成就して、めでたしめでたし、みたいなストーリー展開もあります。

しかし、それは個人的には「ありえない」と思っていました。変質したとしたら、それは自分はストレートだと誤解していた人が、実は元からLGBTであり、誘われて、それに目覚めただけなのでしょう。LGBTは趣味ではなく資質なのですから、ストレートも同様なのです。

しかし、知人と話したところ、「TVでやってるぐらいだから、ストレートの人もLGBTの好意に応えなければいけないのかな、それが普通なのかな…」みたいな感想を持っている人もいました。TVが植えつけた誤解です。

するとブーメランになり、「LGBTの人も、ストレートの人の好意に応えなければいけないのかな、それが普通なのかな…」に、なりかねません。誤解はLGBTの否定に繋がる心配もあります。

男女の恋愛でも、あたりまえに、秘めた恋や三角関係、そして失恋があるように、LGBTでも、それを描いて欲しいものです。統計上は、日本の8パーセントがLGBTですから。



「 ――『同性愛は趣味みたいなもの』という発言には、どう反論しますか。

『 これに関しては、同性愛は趣味ではありません、飽きたら外したり取り替えたりすれば済むアクセサリーのようなものだと考えているとしたら、それはまったく違います、とハッキリ言い続けます。私にとって、セクシュアリティーは大切なアイデンティティーの一部であり、自分というものを形作る芯であり、資質です。外したり替えたりすることはできません。資質は趣味と正反対にある類(たぐい)の概念です 』 」

( Yahoo!ニュース  猪瀬聖 ジャーナリスト 8/25(土) 8:00  「日本は変われる」ゲイ公表のキャンベル氏 より抜粋 )


(2018.8.24)

@ おじさんは、こういう話に弱い。

「 スーパーボランティア・尾畠春夫さんが語った『壮絶なる我が人生』 」

( Yahoo!ニュース 8/24(金) 9:00配信 )

追記

後編もあります。「 酒も飲まず、貯金もゼロ…スーパーボランティア尾畠春夫さんの生き様 」 

追記2

「 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」(日本国憲法 第十五条)

スーパーボランティア・尾畠春夫さんの息子さんは、大学を出て市役所に勤める公務員です。尾畠さんは「自分とは真逆の人生を歩んでいる」と言っておられますが、息子さんが紛れもない奉仕者なら、お父さんも他の模範となる奉仕者になりました。このお二人は、無意識にも影響しあっておられるのでしょうね。


@ いったん涼しくなった後の酷暑の戻りは、ほんとうに体に堪えます。そんな中、昨夜は少し雨で涼しくなったのは良いのですが、夜どうし台風20号の暴風雨が吹き荒れ、眠れないので、ずっと深夜ラジオを聴いていたような気がします。


(2018.8.21)

@ もう20年ぐらい前のことです。友だちに誘われて、アジアのある観光地に旅行しました。格安ツアーです。

そこで一二を争う高級ホテルに入り、若い添乗員のお姉さんがチェックインの手続きを終えるまで、御一行様はロビーのソファーで待っていました。男女含めて15人ぐらいでしょうか。

しばらくの後、お姉さんが戻ってきて、皆にキーを渡してから、事務的に言いました。

「女の人が欲しい人は、今言ってください」と。

そんな公の場で、可愛い彼女が、そんなに、あっけらかんと、大声であの予約を取るなんて、カルチャーショックです。

でも勇気ある人が、一人だけ手を挙げました。

そして後日、お勤めが済んだ彼は、言われた通り、日本へ帰るバスの中で、その追加料金を払っていました。

私ですか。私はそんなつもりで行ったのではありません。ハイ。


@ 「 いさかひをする時だけが/『私達』/人はみなひとりびとりだ/キスする時も。」

( 「竹久夢二詩画集」(石川桂子編)の「孤独」から  2018.8.19朝日新聞コラム 「折々のことば」鷲田清一より抜粋 )


@ 「 カメラを止めるな 盗作疑惑 『カメラを止めるな!』はパクリだ!原作者が怒りの告発 」

( Yahoo!ニュース 8/21(火) 6:56 掲載 )


(2018.8.18)

@ そう言えば、最近「おはぎ」をたべていません。昔、おばあちゃんが、「味の素」を入れた「おはぎ」を作ったことがあって…あれだけは絶対まねしてはいけません。


@ 知人に魚屋さんがいるので分かる気がするのですが、一見豪快に見える彼らにも、私などより、はるかに繊細な心を持って人がいるのです。

「べらんめい調」の本場、東京ならともかく、地方の魚屋さんは、「生まれながらの一心太助」では無かったはず。あれは魚屋さんという仕事をするために身につけた「演技」であり、いわゆる「仕事が人をつくった」姿なのかもしれません。

地方の者からすると、べらんめい調は、失礼ながら「けんか腰」に聞こえる時もあります。ですから、落語でも江戸落語は、笑うどころか、生理的に叱られている気分になることも。

そんな彼らは、自分の第一印象が店頭ではプラスに働いても、店外では魚屋だと分かりませんし、東京ではない場合、人に怖がられたり、嫌われたりした、苦い経験を持っているのかもしれません。

すると店外では意外に消極的になったり…。

でも逆に、無意識にも、「内面を知ってもらう後半生を歩みたい」とする人もいるのかもしれませんね。


@ 「 7人兄弟の4番目で生まれた尾畠さん。小学生の時から近所の農家で働き中学卒業と同時に鮮魚店で働いた。『7人兄弟で一番、飯を食べよったから。春夫、お前はうちで養ってやれんから農家に奉公行きなさいって』と明かした。

中学で学校に通った期間は『3年間で4か月ぐらい』だったが、仕事を通じて『義理人情とか仁義。もらったものは必ず返す。頭を深々、例えば秋の稲穂みたいに頭を下げて、ありがとうございましたっていうような人間になれ』と教えられたという。… 尾畠さんは番組の取材に自身の人生を『自分は幸せな悔いのない人生を送れたな。尾畠春夫の人生に悔いなし』と語っていた。」

( 2018年8月17日9時13分 スポーツ報知 「尾畠春夫さんの激動半生を『とくダネ!』が特集 『お前は養えない…』小学生で奉公、徒歩で日本縦断『尾畠春夫の人生に悔いなし』」より抜粋 )


(2018.8.16)

@ お盆の15日は、カトリック教会へ行ってきました。毎年恒例の「お盆のミサ」があったのです。

キリスト教とお盆は、直接関係はないと思いますが、これが和洋折衷みたいなもので、日本人には、時期的にも心情的にも、しっくりくるのです。

一時間ほど、神父さんの話しや、信者の方のオルガン演奏、讃美歌などを聴かせていただきました。

マタイの福音書ぐらいなら読んだことのある私ですが、あの場ではもっとマニアックな(表現が良くないですね。)話ばかりで、95%は知らないことばかり。でも本物の儀式であることに間違いはなく、今年も「おつとめ」は済んだという充実感を感じました。

帰る故郷のない私ですが、いつのまにかあのミサが、心の中でその代わりになって行くのかもしれません。


@ @最近、巨大組織の警察から逃亡する容疑者が目立ちます。「またか」の感じも否めません。そのときは巨大組織らしく、警察は人海戦術で捜索します(それを悪いとは言いません)。もちろん、逃げた原因は様々でしょうし、警察にもいろいろ事情があるでしょうが、組織に何かが足りない気もするのです。

A一方、山で行方不明になった子どもを、遠くから駆けつけ、たった一人、わずか20分で探しだした、シャーロックみたいに神がかった、ベテラン・ボランティアのおじさんもいました。もちろん、「運が良かっただけ」という人もいるかもしれません。

この@Aは、まったく別の事例に見えますが、「目のつけどころ」と言いますか、「何に一番気をつけるべきか」という点において、「対照的な事例」だと思います。あのおじさんは、その選択眼が鋭かったのです。

どんな組織でも、上司にあのおじさんみたいな眼があれば、いや、上司でなくとも、上司に進言できる部下が一人でもいれば、組織の能力は格段に上がるのだと思います。

TVのインタビュー映像を見ましたが、どこか寅さんを思わせました。話しぶりからも頭の良い方のようです。「おじさんの鑑」と言いたいぐらい。

追記

私たちが映画のレビューを書くとき、登場人物に感情移入して、その気持ちを読み、映画の解釈をすることがあります。

今回は、おじさんの中の「2歳児のイナーチャイルド」が、彼を導いたのかもしれませんね。

おじさんは「河原」か何かを見て、「私が子どもならここを登っていく」と直感して登り、その先にいた2歳児を見つけたそうです。

究極の感情移入ですね。


(2018.8.15)

カレーライスを食べるとき、私は二つの茶碗に、ご飯とカレーを別々によそいます。

@そして、ご飯に食卓塩をかけ、まず塩むすびの味わいだけを楽しみます。

Aひとしきり塩むすびを楽しんだら、次はカレーだけを一口。

カレーはあくまで、白米のおかずとして味わうのです。


昔は一つ皿に盛った普通のカレーライスを食べていました。ただし、カレー部分にウスターソースをかけて。

やがてライスの部分だけにかけるようになり、ウスターソースで黒く染まったピリ辛のライスを楽しむようになったのです。

今は、その進化形で、ウスターソースが食卓塩になり、器も別々になりました。


それはそうと、「スイカに塩をふって食べる習慣が廃れている」ようですが、あれは昔からある「天然のスポーツ飲料」ではないでしょうか。


(2018.8.13)

そう言えば、「やなな」さんは、今どうしているのでしょう。


(2018.8.9)

昔PCで、よくコミュニティFMを聴いていました。その局にはライブカメラもあり、DJさんが、スタジオ内と外の景色を、半々ぐらいで切り替えていました。

日曜午後のぼんやりとした時間、映像ソフトの関係で解像度が低い、ぼんやりとした映像と共に聴く、ソフト&メロウな曲は、それはそれでオツなものでした。

スタジオの天井近くにカメラがあり、ポニーテールの(たぶん)可愛いお嬢さんの、斜め後ろ姿が小さく写っていました。

お嬢さんが機械を操作する様子とか、事務仕事をしたり、スタジオ内を歩きまわる様子を、私は眺めていました。

カメラは時々、景色に切り替わりました。海だったり、スタジオの庭だったり。

そんなある日、平和な世界に事件が起きました。映像ソフトが更新され、高解像度になったのです。その後、スタジオも移転され、カメラの位置も、DJさんの真正面、机の上になりました。

すると、「声だけ出演のつもりだった」DJさんたちに動揺が走りました。女性陣は、これでは「芸能人みたいにドーランがいる」「衣装がいる」みたいになっていったのです。一方、容姿を気にしない男性陣の中には、夏は「手ぬぐい(に見えた)を首に掛けたまま」放送している姿が見えたりしました。

そのうちに、スタジオ内がだんだん映らなくなり、気がつくと、ほとんど景色ばかりに。

私は昔の「ぼんやり」とした世界が懐かしい。少なくともカメラの位置は昔が良かった。そうすれば、景色ばかりにならずに済んだのかもしれません。


(2018.8.8)

取り調べの可視化、色々な議論があると思いますが、あれは、@警察の取り調べを記録し、被疑者の権利を守るため(冤罪を防ぐため)にするのではなかったでしょうか。つまり主役は被疑者と警察官の双方だと思います。

A被疑者だけの撮影では片手落ちになるだけでなく、顔のアップ映像では、表情などから、容疑を再判断するための材料にすり替わりかねません。これは本来の趣旨とはベクトルが逆のように思います。

私は、例えば「取調室の天井近く、被疑者と警察官の双方が同条件で映るような位置に、広角レンズのカメラを置く」のが良いと思います。

表情は写らなくても良いから、いや表情まで記録することは弊害があるのかもしれません。解像度の低いカメラで良いので、「双方の言動が記録」されれば、とりあえず@の趣旨に叶うのではと。


(2018.8.6)

@ 「 まじめでなくていい

他人に従わなくていい

リップサービスはしなくていい

大勢の中の一人でいい

見栄を張らなくていい

『予定変更』が前提でいい

電話するだけの仲間でいい

自慢していい

運転しなくていい

練習しても、上達しなくていい

過去の栄光にしがみついていい

トシのせいにしていい

我慢しない 無理しない

家族と理解し合わなくていい

年寄りらしくなくていい

運動しなくていい

気をつかわなくていい

もう いやなことは しない、

楽しいことだけをする宣言! 」


「 65歳何もしない勇気 」 ( 樋口裕一 著  2018.8.5朝日新聞 広告より抜粋 )


@ 就職して2日目のこと。会社の前でバスを降りたら、偶然、課長と一緒になりました。あれは始業の間際だったように思います。課長は新人の私に優しく話しかけてくれました。4月の明るい朝、とても良い思い出の一つです。

しかし、帰宅して冷静になってみると、「部下は(特に新人は)課長より早く出勤しなければいけない」と感じたのです。だから翌日からは、30分ぐらい早く家を出ました。

すると…各係1〜3人ぐらいの先輩が、掃除をしていました。各机にあるゴミ箱のゴミを捨て、机の上を雑巾がけしていたのです。

それを先輩から強制されたことは一度もありませんが、新人の私が黙って座っていられるわけもありません。すぐに雑巾を持って掃除に加わりました。掃除が嫌だと思ったことは一度もありません。「自分は仕事が半人前だから、せめて掃除ぐらいしなければ…」、と思っていました。

でも、気を使いました。先輩が拭いた机はすぐ乾いてしまいます。拭いたかどうか分からなくなるので、私がそれを、また拭いてしまうのです。すると先輩が「そこ、拭いたから、あっちの机をお願い」と言います。

私は「失敗した」と思いました。だからと言って、「今後は尋ねてから」というわけにもいきません。先輩から、「私の拭いた机が汚いと言うの、嫌味、喧嘩売ってるの」、もし、そう思われたら困ると思って。

だから一計を案じました。机を拭く前に「視点を低くして、机を真横から見てみる」のです。ホコリがよく見えます。そのたまり具合で、今朝雑巾をかけたか否かが分かるのです。それを、先輩の視線を気にしながら、さりげなく、すばやく、しました。

少なくとも、私たちの世代ぐらいまでは、そうやって先輩の背中を見て育ってきたのです。

やがて始業1時間前に出勤し、掃除してから、喫茶店にコーヒーを飲みに行くようにもなりました。

私が掃除を止めたのは、35歳になってからです。

追記

掃除に限らず、どんな係のどんな仕事でも、「雑用」と「メイン」があります。「雑用」も誰かがやらなければ仕事が上手く回りません。

誰かがやらなければならないのなら、新人・目下の者の仕事と、相場が決まっていました。


(2018.8.5)

@ 産休・育休明けの女性が、一年ぶりに出勤する前日のことです。

マタハラと誤解されるのを心配してか、みんな無関心を装っているけれど、仕事が楽になるから、間違いなく嬉しいはず。

その彼女の机には、ホコリが積もっています。

昔と違い今は、若者が勤務時間前に、全机の雑巾がけをする習慣はすたれてしまいましたから、自分の机でも拭く人はいません。

毎日使っていれば、そんなにホコリもたまらないかもしれません。でも、一年間ほとんど使わない机には、たっぷりとホコリが積もるのです。

私は誰が掃除をするのか注目していました。隣席の人か、はたまた親友か…。

しかし終業時間になっても、放置されたままだったのです。


@ 若い頃、戯れに有給休暇について考えたことがありました。

「夏休みも含め、全員が有給休暇の完全消化」をした場合どうなるのか。

すると、ざっくりと、「例えば10人の職場では、毎日必ず、誰か1名が休む必要がある」と、確かそんな結論になりました。

つまり、「そこでは最初から1名増員しておかないと、実際は定員にも達していない」ことになるのです。

つまり「1割の増員が必要」なのです。


(2018.8.4)

「マタハラ」と戦っている団体の、リーダー的な女性の方が、以前、NHKラジオで語っておられたのを思いだしました。

彼女はひとしきり「マタハラ」の話をした後、「逆マタハラ」にも触れました。「産休・育休の間は、他の方が仕事をフォローしている。その事への感謝を忘れてはいけない」と。

私の職場にも女性はいて、産休・育休で一年間休むことは珍しくありませんでした。複数の女性が順番に休んだり、一人で複数の子供を産んだりすることも。すると連続2年間欠員一名になることもあるのです。

その間、当然に同僚が仕事を引き継ぎ、負担増になりますが、愚痴や陰口を聞いたことはありません。それは「マタハラ」と言われかねないからです。

もちろん、休む彼女たちも同僚に感謝してくれました。

しかし、会社側は補助要員としてアルバイトを雇ってくれますが、バイトさんには単純作業しかやってもらえません。産休・育休が連続して続くのなら、正社員の増員もあるでしょうが、断続的に起こる場合、増員は難しいようです。

そんな中で、仕事の負担だけは増えています。やはり、どこかで、増員も含め、抜本的に解決策を考える必要があるのでは。


(2018.8.2)

@ カフェのモーニングサービスにバナナが付くところがあります。それを含めると、たいてい私は、毎日一本のバナナを食べています。

中高年の人にとって、幼いころバナナは高級品でした。今で言うメロンにも匹敵するものです。中には病気の時ぐらいしか食べさせてもらえなかった人もいるのでは。

そんな人にとって、カフェのバナナは「撒き餌」同然なのです。油断するとすぐ引き寄せられます。

先日、そのバナナを見つめ、しみじみと「これは完璧な美だ」と思いました。

微妙な曲線を描くプロポーション、黄色と薄緑のグラデーション、そして皮の断面は〇のようで、そうではない心意気、でも実はキッパリと丸なのです。しかも、その質感をなんと表現したら良いのでしょう。表には人肌感がありながら、中はツルリとしています。

彼女はいつも、「私って、そんなに単純じゃないでしょ…」とつぶやくのです。


@ 今は無いと思いますが、30〜40年ぐらい前だったでしょうか。高校野球の八百長が騒がれた事がありました。

確か文芸春秋(週刊文春ではありません。)にも特集記事が組まれ、普段は野球に興味のない私も、「まさか、高校野球で?」と、買ってしまいました。

もう全部の内容を正確には覚えていませんが、「審判が自分の姿を長くTVに映させるような試合運びにした」とか、「何かの『ゆかり』の高校を有利にした」とか、そんな話があったように思います。

最近は、ボクシング界が揺れていますが、「ひいきの選手を有利にした」とかいう話に、それを思いだしてしまいました。

歴史は忘れたころに繰り返すのですね。


(2018.7.29)

@ 昨日のラジオで男性DJさんが言っていました。「男は台風が接近すると興奮状態になるというか、満月の夜のような気分になる」と。

実は私もそうなのです。だから良く分かります。過去には、その勢いで女性を誘い、振られたことも。あれは正常な判断を誤らせるほどの強いバイアスなのです。

でも、そのラジオでパートナーの女性が言うには、「女に台風は関係ない」そうです。女性は台風が接近しても平常心を保てるらしいのです。

知りませんでした。


@ 今日の午前1時頃でしょうか、うつら、うつらしていたら、突然、ボクシングのような暴風雨が始まりました。

それが2時過ぎまで続き、静まっていきました。台風12号、接近した割には、そんなにひどくはなかったです。ご心配をおかけしましたが、私は無事でした。

ただ、今朝は寝不足ですっきりしません。毎朝の習慣であるスクワット100回が大変でした。


(2018.7.28)

@ 台風12号。

個人的には嫌な予感がします。

7/28(土)8:51分現在の進路予想で、中心線を通った場合、伊勢湾台風の脅威を思いだすのです。

しかし、最大瞬間風速 55m/s なのに、天気予報を見ると、ピーク時である7/29日(日)午前0時に、わが町の風速は8m/s、降水量も8mm/hとか。

平時でももっと荒天がありそうなのに、この数値では、台風の気配もありません。


@ 「 グラスの底に顔があっても良いじゃないか 」

確か、どこかのウイスキーの景品だったような気が。大阪万博の「太陽の塔」の顔に似たものが、ウイスキーグラスの底に彫ってありました。これは、その宣伝文句。


(2018.7.27)

@ 今朝はハワイみたいに快適と思ったら、気温30℃。

でも、これが、わが町の平均的な夏の朝かもしれません。

それにしても先日までの酷暑、まるでリンチのようでした。

よくぞ生き延びた。


@ 広域大水害、

  酷暑、

  東から西へ走る台風、

  やっぱり、なにか変。


@ 私はタマネギが大好きです。サラダでもザクザク食べます。いつだったか寒い頃、「カレーハウスCoCo壱番屋」さんには、丸ごと一個のタマネギを煮込んだ限定カレーがあって、思わずテイクアウトした覚えがあります。あれは美味しかった。

ところで、タマネギは体を温める野菜のようですね。だから冬場にはもってこい。でも猛暑の夏は、私の偏見かもしれませんが、「熱中症に近づくのではないか?」という心配があり、敬遠しています。

でも、先ほど聴いたラジオの料理コーナーでは、「タマネギは火照った体をクールダウンする効果がある」と言っていたので、「?」と思いました。

心配になってさっそくググってみましたら、私の見た限りでは、「タマネギは体を温める野菜」というのが、やはり多数派の意見のようです。

ちなみに体を冷やす野菜で有名なのは、「秋茄子は嫁に食わすな」で知られた「ナス」のようです。子どもの頃、七輪で焼いた熱々のナスを、生姜醤油につけて食べたのが懐かしい思い出です。あれは美味かった。


(2018.7.23)

@ 木陰が涼しいのは、たんに日陰だからではありません。樹の体温を宿した「樹の気」があるからです。先日、ふと思いつきました。木陰に入って「あっ涼しい」と思ったら、意念で「樹の気」を少し頂くのです。そのスーツをまとって歩けば、日向に出ても、少しの間は涼しいのではないかと…。

ちなみに「気」は大風でも霧散しません。微動だにしないのです。もし動くのでしたら、それは風で私たちの心が動くからです。心が動くから意念も動き、「気」が動くのです。禅問答みたいですが。


@ SF映画を観ると、未来の地球は、公害や気候変動で、防護服をつけないと出歩けないようになっていたりします。先の大雨やこの酷暑は、私たちがその世界に入ってしまったことを証明しているのではないでしょうか。梅雨や夏の情緒を楽しめた時代とは違ってきています。(ある意味防護服である)エアコンなしでは、生命が危険にさらされる現代は、すでにSF映画の世界ではありませんか。


(2018.7.22)

@ 新品のエンジンに慣らし運転が必要なように、新品のスピーカーにもエージングが必要です。

新品のスピーカーの振動板は、糊の付いたカッターシャツみたいなものです。音までゴワゴワするのです。きめが粗く、刺激的であり、歪っぽく感じます。

ラジカセでもエージングは必要で、毎日1時間聴いたとしても1週間ぐらいかかるでしょう。単品スピーカーは数か月から1年ぐらいかかります。中には10年以上かかるものも。

最近気がついたのですが、エージングには夏が向いているのです。

高温多湿が、紙の振動板の質量を増やし、さらに柔らかくしてくれます。そんなときにエージングすれば、低温乾燥の冬場にするよりも効果的だと思います。


@ 少しは涼しくなるかと思い、昨日から「シベリウス」のピアノ小品集を聴いています。

シンフォニーの深淵を兄だとすると、

ピアノのこちらは、可憐な妹という感じ。

「ショパン」のノクターンとは違いますが、夜、聴いても良いかもしれません。


@ 以前どこかで読みましたが、「運動中は水を飲むな」という指導は、戦後、軍隊帰りの体育教師たちが広めたようです。

戦地の兵隊さんは、いつでも好きなだけ水が飲めるとは限りません。渇きを我慢できなくなって、水たまりの水などを飲み、お腹おこわしたら、それこそ体力を極端に消耗してしまいます。

歩けなくなれば撤収も出来ず、生死にかかわるかもしれません。そのリスクを回避するために、渇きを我慢する訓練は必須だったのです。

しかし、そんな中でも、たぶんマラソン選手だけは給水必須だったはず。この矛盾を当時どう説明していたのか、私は知りません。


(2018.7.21)

株の売買で、値上がりしたのに、なかなか売れなくて、迷っている内に、今度は大暴落してしまったとか、値下がりしたのに、そん切りができなくて、オロオロしている内に、大暴落してしまった、みたいな話はよく聞きます。

メンタルで何か引きずっているものがあると、判断を誤ってしまうのですね。

ところで、猛暑なのに暑いところへ行って熱中症になったとか、大雪なのに雪山へ行って遭難したとか、大雨なのに河原へ行って流されたとか…。

そんな、部外者から見たら呆れるような事故が、毎年のように起こります。

なぜ、そんな事が起こるのか。それは、たぶん、以前から予定が決まっていた等で、「行くことを前提に考えた」結果なのでしょう。そんなバイアスがかかっていると、なかなか止められないのです。

ここは一つ、頭をまっさらにし、「この厳しい条件下でも、新規行事を行うか否か」で、再考してみてはどうでしょうか。

伝統行事ではなく新規行事として考えてみるのです。新規行事なら中止や延期はそれほど難しくはないでしょう。新規行事では、なによりも「成功」させることが第一なのですから。

もしそれで「否」の判断が出るなら、きっと伝統行事であっても「否」なのです。


(2018.7.19)

@ 少し前に、NHKの土曜時代ドラマ「アシガール」が話題になりました。

「足が早いだけが、とりえの女子高生が、戦国時代にタイムスリップし、若殿様に一目惚れして、ストーカー!?になる話」です。

身分違い、時代違いの、世紀の恋。

あまりに荒唐無稽な設定に、失礼ながら、私は小バカにして観ませんでした。

しかし、世間様の評判がとても良くて、続編まで出来たと知り、それを切っ掛けに再放送されたものを観ましたら、すっかりハマってしまいました。そして「続編を見逃したのが残念だ」とまで思うようになったのです。

あのドラマ、戦国時代の登場人物は(ヒロイン以外)、NHKの大河ドラマみたいな演技をしているのです。対して、現代劇の登場人物はラブコメの演技でした。ある意味、一国二制度。

すると、それぞれがシリアスなので、中途半端感もなく、荒唐無稽感も消えたのです。

さらに、戦国時代のヒロインには、サーカスのピエロの役目も感じました。だから観ていて楽しい。

これは。演出の勝利ではないでしょうか。


(2018.7.18)

「 雨ニモマケズ

風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ

丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク

決シテ瞋ラズ

イツモシヅカニワラッテヰル

一日ニ玄米四合ト

味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ

ジブンヲカンジョウニ入レズニ

ヨクミキキシワカリ

ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノ䕃ノ

小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ

東ニ病気ノコドモアレバ

行ッテ看病シテヤリ

西ニツカレタ母アレバ

行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ

南ニ死ニサウナ人アレバ

行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクヮヤソショウガアレバ

ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒデリノトキハナミダヲナガシ

サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボートヨバレ

ホメラレモセズ

クニモサレズ

サウイフモノニ

ワタシハナリタイ 」

( ウィキソース「雨ニモマケズ」作:宮沢賢治より )


「そんな仕事をしたい」と思った方、公務員はいかがでしょうか。


(2018.7.15)

@ 一昨日ビールを飲んだし、昨日も飲んだ。

今日は休肝日にしようかと思っていたが、

祝杯しようと思う。


@ 平成の初め、会社近くの自販機に、同僚に飲ませる、何本もの缶コーヒーを買いに行ったことがあります。

両手で抱えてくるつもりでした。

いくら重いと言っても、バケツに入れた水程度のものだと思ってましたし。こう見えても小学校の頃は、水の入ったバケツを持って、廊下に立たされた経験もありますから。

しかし、事はそんなにシンプルではありませんでした。

自販機でキーンと冷えた沢山の缶を、半そでの腕で抱かえると、凍傷になるかと思うほどに、冷たいを通りこして、痛いのです。

スーパーのレジ袋か、段ボール箱、新聞紙で袋を作っても良いです。そんなものが、ぜったい必要だと思った午後でした。


(2018.7.13)

@ 逆に、NHK朝ドラなどは、「コンプレッサーを軽くしかかけていない」ようなのです。

ですから、うんと音量を上げないと、小声のセリフが分かりずらい。

でも、音量を上げておくと、今度は大声のときに、煩くなるのです。

セリフ回しで楽しませる、TVの大衆ドラマなのに、まるで最新の劇場映画のような音作りをしている。そこが少し疑問です。アパート住まいの人などは、周囲に気をつかうのではないでしょうか。


その他、クラシックのCDなども、夜間などに音量を絞ると、ピアニシモが聴こえにくくなります。ピアニシモが聴けるように音量を上げておくと、今度はフォルティシモが煩いのです。これを「ダイナミックレンジが大きい」と言います。CDの長所が裏目に出ているのです。騒音の中で聴くカーステレオだと、特にこの弊害が目立ちます。

でも、(少なくとも昔は)CDプレーヤーによっては、ダイナミックレンジが小さいものもありました(所有していました。今でもCDラジオなどは、私に知る限り、比較的ダイナミックレンジが小さいようです。だから夜間にクラシックを聴くのには好都合)。

カタログデータでは大きいですが、聴感上は小さいのです。邪推すると、「CDは小さな音程ノイズが目立ちやすいと言われていたので、最低音量を上げておけば…」と、メーカーのそんな目論見だったのかもしれません。でも、これは夜間にクラシックを聴くにも好都合。

しかし、買いかえるために、30年ぐらい前の販売店で、「ダイナミックレンジの小さなCDプレーヤーを下さい」と言ったら、オーディオ店の店員さんは怪訝な顔をして、「全部同じです」「ありません」と言いました。


(2018.7.12)

レコードやCDを作るとき、制作者は、リスナーがどのような装置で聴くかを考えて、音作りをすると言います。CDラジオ(ラジカセ)が多い場合と、普通のステレオが多い場合とでは、違うのです。

時代背景によっても違います。LPはLP時代のステレオで聴くのが良いとも言います。

たとえば20年ほど前は、映画館の音響設備も、あまりデジタル化が進んでいなかったはずです。

そして、今のようにデッドな暗室ではなく、ライブな劇場も多かったはず。

そんな時代の、たぶん古い場末の映画館で、上映されることを潔しとした作品。そこに録音されている音響は、きっと、そんな時代の装置・部屋で、再生するのが、いちばん心地よく聴けるのだと思います。

つまり、ハードとハードだけでなく、ソフトとハードにも、マッチングがあるという事です。これは単に工学的な話ではありません。再生芸術の分野でもあります。そして調律師、レコード演奏家を思いだします。

今回、古いソフトを最新のハードで聴いたわけですが、やはり、あまり快適ではありませんでした。ホームシアターなら、あのような音にはしないのでは。

今回の場合は、@少し高音が出過ぎで、刺激的なため、トーンコントロールで高音を下げ、少しまろやかな音にして欲しい。

Aコンプレッサーが今以上に効いているようで、ダイナミックレンジが狭く(平均音量が高く)、結果、CMの音みたいに煩いので、音量も少し下げてほしい。

B昔のライブな劇場感を出すために、多少デジタルエコーを付加してほしい(気のせいか、最近、TVの映画劇場でも、デジタルエコーで、劇場感を付加した放送がありました)。

そう思いました。


(2018.7.11)

今ラジオで、「ペパーミントの香りを嗅ぐと、体感温度が4℃下がる」と言っていました。「嗅覚的な風鈴」なのでしょう。

やはり七夕飾りも…。


(2018.7.9)

七夕飾りは「視覚的な風鈴」。

カラフルな短冊が音になり、

とんがった葉は

涼しさを想起させます。


(2018.7.8)

@ 「遭難通信」はドラマなどで良く知られた「SOS」のことであり、「非常通信」は「OSO」のことです。

しかし、ドラマに出てこない「OSO」は、知名度が低いせいか、素人はなんでも「SOS」にしてしまいがちです。事実上それで通用していますし。

でも正確には、「SOS」は船舶・航空機の場合に行うもので、洪水・津波などの災害時には「OSO」が正しいと思います。

それを、ドラマや素人が混同するのはやもうえないとしても、先日NHKのニュースの中で、(意図的なのかもしれませんが)解説者まで混同していたのを見ました。

「過激派組織IS=イスラミック・ステート」などと言ったり、言葉にこだわりがあるNHKですが、ここには、こだわらないようです。しかし、電波法を少しかじったことのある者としては、いつも気になるところなのです。否定されているような気分になり。


電波法第52条の1 → 「SOS」

遭難通信(船舶又は航空機が重大かつ急迫の危険に陥つた場合に遭難信号を前置する方法その他総務省令で定める方法により行う無線通信をいう。以下同じ。)


電波法第52条の4  → 「OSO」

非常通信(地震、台風、洪水、津波、雪害、火災、暴動その他非常の事態が発生し、又は発生するおそれがある場合において、有線通信を利用することができないか又はこれを利用することが著しく困難であるときに人命の救助、災害の救援、交通通信の確保又は秩序の維持のために行われる無線通信をいう。以下同じ。)

追記

若い頃に電波法の国家試験を受けました。当時は記述式の回答だったため、試験勉強では、条文を丸ごと、お経のように暗記して臨みました。門外漢の方には「どうでもよい話」でしょうが、私には「青春の思い出」なのです。


@ 私の町には、心配したほどの雨量はありませんでしたが、ここより西では大変なことになりました。被災した方々には心からお見舞い申し上げます。

今回は豪雨でしたが、(私の町も含め)西日本は地震と津波も心配されています。今回の経験が、そのときに生かされたらと思います。


(2018.7.3)

@ タイの洞窟、少年たちが全員生存していて良かった。


(2018.7.2)

@ 力道山は、いつも黒タイツを履いていましたが、ときどき黒パンツで登場しました。

そんな時、幼い私はとても残念に思いました。月光仮面がマントなしで登場するようなものだからです。

やはりタイツでなければ。

男にもコスプレが大切だと教えられた夜なのでした。


@ 良きパートナーが、いつも人間とは限りませんね。


@ もうすぐ、わが町の夏まつり。花火大会があるので、港へ続く電車は、浴衣カップルで大混雑になります。

ボ〜としてると、痴漢に間違われかねないし、みんな港まで乗るのですから、途中下車が大変に。

気をつけようと思っているのですが、当日になると忘れてしまい、いつも電車を前にして呆然とするのです。


(2018.7.1)

@ 駅前に「KITTE」というビルができました。

読めませんでした、私。

それが、郵便局の跡地に出来た「切手」ビルだったと知ったのは、少し経ってからです。

「ホテルナゴヤキャッスル」が、名古屋城を見ることができる、最高のホテルであることは、すぐ分かりましたが。


@ 長旅お疲れさまです。


(2018.6.30)

「不本意」という言葉があります。

たとえば会社の従業員が、「不本意だけど社長の命令だから…」と言うのは理解できます。

でも社長に「私の気持ちとしては不本意」と言われたら、私が従業員なら困惑します。

社長は、その命令を出さざるを得なかったわけで、良くも悪くも、それが「社長の器量」だからです。

先の、新幹線事件で亡くなった英雄。「逃げれば良かったのに…」と言う人もいるかもしれませんが、彼には戦うことしか出来なかったのです。私がいてもきっと彼にはなれなかったように。


(2018.6.29)

@ 私の好きなラブコメ「天気予報の恋人」が、BS「日本映画専門チャンネル」で、再放送される予定です(詳細はHPで)。

NHK朝ドラ「ひよっこ」の岡田惠和さんが、脚本を書いています。

これは、上ばかり見ている気象庁の予報官が、下界で生きている女の子に恋するお話し。

もう二回観たし、録画もしているけれど、再放送にまたワクワクしてしまうのはなぜでしょう。

https://www.nihon-eiga.com/program/detail/nh10007019_0001.html


@ 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。(日本国憲法前文より抜粋)


@ 「サムライは侍ではなかった」という国際世論、か。


(2018.6.28)

@ 私は北欧的な色が大好きなのですが、その北欧的というのが、具体的に何を指すのか、まだ分かりません。

「赤だけでなく青も効果的に使われている?」「原色が多い?」「パステルカラーが多い?」…。


@ 「 あらら… 」。


@ 新人の頃、それは大嫌いでした。中堅になった日にも、たいして価値は認めていませんでした。私も、それを廃止した経験があるぐらいですから。

会社の、先輩・上司との宴会や、団体旅行。いろいろ問題も多かったけれど、それが懐かしく、かけがえのない思い出、青春の一ページに変わるのは、リタイアしてからです。

独特の雰囲気のある、あの賑わいの中には、もう戻れないと知った日に。


@ ある方からの感化を受けて、本屋さんでその本を読んでみました。いわゆる人生論みたいなものです。

それは単行本で、何巻もありました。開いてみると、著者の方の圧倒的な教養と見識が、意外にも、やさしい文章になっていました。私のような無教養な者にも、読んでいて惹きつけられるようなところに、感動しました。

以前どこかで、「新しいことを学ぶとき、最初の本は、一番薄いのを選べ」という教訓を知りましたので、今回も一番薄いものを一冊買ってきました。でも薄いけれど文章はすこし難解。次回はやはり、単行本のあれを買いましょうか。


@ お巡りさんの拳銃は、紐らしきもので、腰に留められているようですが、紐の材質は何なのでしょう。

映画などでは、重要書類の入ったスチール製のブリーフケースを、手錠のようなもので手首に固定しているシーンがあります。置き忘れ・盗難防止ですね。

素人の意見ですが、お巡りさんも拳銃を、たとえば「軽くて丈夫なチタン製の鎖などで、腰に巻いてロック」しておけば、めったなことでは盗られなくなるのでは。


@ カラスの大工さんは、家を作るのがとても上手らしいけれど、ハトさんは下手だと聞いたことがあります。そのせいでしょうか。公園などでは、ハトさんだけが溜まっていますね。


@ あれをモチーフにしたどんぶり。色が涼やかで、うまそう。


@ アジサイが大好きです。特に青みがかった、涼やかな色が。

しかしアジサイには毒があるのですね。恥ずかしながら最近まで知りませんでした。身近な花だけに、それはもっと周知すべきだし、毒のない品種なら、そう表示して、観覧者の心配を無くすべきでは。

厚生労働省のHPには、こう書いてあります。

「 一般名 アジサイ(別名 : シチヘンゲ、紫陽花)

毒性成分は、未だ明らかではない。

中毒症状 嘔吐、めまい、顔面紅潮

発病時期 食後 30 〜 40 分

中毒対策 刺身のツマのように、時々料理に添えられることがあるが、食用は避けるべきである。」(抜粋)

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000082116.html

追記

昔どこかで、こんな話を読みました。

「 刺身の最後の一切れを食べるとき、添えられているシソの葉で、千切りダイコンと刺身をいっしょ巻いて食べると、美味しいよ」と。

それ以来、私はそうしています。

ダイコンも好きですし、とても美味しいです。パセリも食べてしまいます。

でも、シソの葉ではなく、アジサイの葉が使われていることがあるとしたら、危ないですね。


(2018.6.26)

@ パラボラアンテナで、暗黒の宇宙へ発信する電波のように、ネットの海に吸いこまれていくだけで、誰も読まない文章ほど、安らかなものはありません。


@ 「道徳」の教育方法について、いろんな意見があるようです。でも、その議論のせいで、何も教えられない子どもが生まれたとしたら、それが一番かわいそうです。


@ ご承知のとおり、私は文章が下手です。誤字だらけで、しかも悪文の見本みたいなものを、おじさんの図々しさで書いています。

最近こそ「短文なら早く書けるし、ミスも減るはず」とも思い、少し短くしましたが、以前は、もっと長文を好んでいました(「追記を10も書いているから十分長文だ」と、突っ込まないでください)。

でも長文を書いていた理由は、意味不明の長文なら読む人も減り、結果、返信によるトラブルも減るのではないかと、そんなことも期待していたからです。今年も階段を一つ降りる。


@ 「 僕は意図的に長い文章を書いています。これは冗談で言っていたんだけど、ツイッターを140字以内ではなく、140字以上でないと送信出来なくすればいいんじゃないか(笑)… だって、世の中分かりやすくないよね。分かりやすく語ることが重要ではない。むしろ、一見分かりやすいことが実は分かりにくいんだ、ということを伝えていかねばならない。僕はそう思っています。」

( 2018.6.25朝日新聞(朝)13面 文化・文芸 「世の中は 分かりやすくない・『万引き家族』でカンヌ最高賞 是枝裕和監督インタビュー・『犯罪者と自分は違う』感覚広がる社会は危険 より抜粋 )


(2018.6.25)

カセットテープの話を。

オーディオ全盛期に、カセットテープは色々試しましたが、最終的に選んだのは、@「スコッチ・マスター」 A「富士フイルム・FX」、B「BASFの廉価版(名前は忘れました)」でした。(昔の記憶なので、製品名の表記は正確ではないかもしれません)。

@は穏やかで透明感があり、クラシック音楽に最適でした。Aは荒々しいぐらいのパンチがあったので、ジャズ系に。Bはどこかバタ臭さがあり、中低域は太く、肌理は粗め、しかし高域にピリッとしたアクセントがあって、面白い音でした。安かったし、普段使いは、ソースに関係なく、これにしてました。個性に惚れたというか、そんな音です。人は優等生だから惚れるわけではありません。

他にも、Cクロームテープとか、Dフェリクロームテープなどと言うものもありましたが、Cは高価な上に、低音が苦手なようでしたし、Dは音は悪くはありませんでしたが、高価だったから使いませんでした。

そう言えば、新幹線事件の英雄も「BASF」に勤めておられたようです。


(2018.6.24)

@ 「リヒャルト・シュトラウスの交響詩」を聴いています。今鳴っているのは交響詩「死と浄化」です。

彼の音楽は、一般に「湧き出る泉のような透明感」、あるいは「気」のような柔らかな感触があって、夏の午前中に聴くのに、ふさわしい気がします。

もちろん「真空管ハーモナイザー」を通しています。音が滑らかになり、より音楽に没頭できます。

昨晩は、マイルス・デイヴィスの「フォア・アンド・モア」を聴いていました。トランペットは、演奏者の頬が丸く、まるで怒ったフグの様に膨らんでから、音が出ます。

その一瞬の「溜め」は、TRアンプだけでは、あまり聴こえませんが、「真空管ハーモナイザー」を通すと、良く聴こえるようになり、表情豊かなになって、トランペットを聴く楽しみが増します。


(2018.6.23)

@ 「人を見たら誘拐犯と思え」と、「助けられない児童虐待」の間に、相関関係はあるのでしょうか。


@ いつのまに女子陸上は、水着で走るようになったのでしょうか。もしかしたらAKBのライバルに…。


@ 「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない」とは、テンポのことではなく、情緒のことではないでしょうか(どこかで、「だからテンポの速い演奏だ…」みたいな解説を読んだこともありますので)。

例えは適当ではないかもしれませんが、「モーツァルトはフォークであり、演歌ではない」という意味において。

いや、「塩をひとふりして食べる、スイカのよう」が、近いかな。


(2018.6.22)

@ 映画「カサブランカ」は戦意高揚映画だったと言われています。

そのような視点で観ると、映画「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」、映画「ALONE/アローン」、映画「30年後の同窓会」などには、体制側の自己弁護の色があるのかもしれませんね。


@ 肺がん患者にヤジを飛ばし、謝罪した国会議員がいました。では、健康な人になら、ヤジを飛ばしても良いのでしょうか。

同様に、セクハラ、マタハラ、パワハラなど、世に色々なハラスメントがありますが、「嫌がらせ」は、問題にならないのですか。

職場でセクハラをしたら、左遷又はクビになりかねないのに、同僚に「嫌がらせ」を続けても、問題化すらしないとしたら、それは造語の必要がある、新たなハラスメントなのでは。


(2018.6.21)

映画「30年後の同窓会」、味のある3人。


(2018.6.20)

ブロック塀が倒れた話。

なぜか既視感があって、居心地が良くないのです。

考えてみたらわかりました。

小学校の夏休み工作、中学で作った木製の本立て、プラモデルや、日曜大工で作ったスピーカーBOX。そこでブロック塀みたいな工作をしたら、上手に固定できなかった思い出があるのです。

そんな経験は私だけでは無いはず。

それなのに、大勢の人から見過ごされ、ペイントで化粧までされたのです。さらに真下を通るように道まで書かれた。

塀はプールへの「目隠し」のために作られたようですが、治安のために、公園や住宅などでは、塀になるものを撤去し、オープン化が進んでいます。もし必要だとしても、重量級のブロック塀の必要があったのでしょうか。フェンスに、シートやブラインドを付ける、みたいな選択肢は無かったのでしょうか。


(2018.6.19)

@ ロングランを続けている映画「レディ・バード」。何日も私の観たい候補に上がっていますが、上映開始時刻がなかなか私の生活リズムと合わないのです。 観ることが出来た方が羨ましい。

追記

もう少し詳しくお話しします。

皆さまは、観る映画をどのように選択しますか。

多くの方は、「映画生活」さんなどを参考に、評判の良い作品を選ぶのだと思います。年に数本なら、それは良い方法かもしれません。私も学生の頃は、似たような事をしていました。

でも最近は違います。「なるべく、自分の自然な生活リズムを乱さない上映開始時刻、のものを観る」のです。

すると、マイナーな作品に当たることも少なくありません。でも、それが意外と面白かったりするのです。

「本屋さんや図書館では、自分の興味のあるコーナー以外も見なさい」とよく言いますね。ネットで本を買うのとは違い、思わぬ出会いがあるからと。これには、そんな意味もあるのです。

それに、朝食抜きの私としては、お気に入りの店での、適切なランチタイムの確保が、とても大切ですし。


(2018.6.18)

@ いきなり中ぐらいのがガタガタきました。

いきなりだから直下型でS波。

多分、これ以上大きくならないだろうな。

そう思っていたら大きなのが。

さっきのはP波だったんだ。

すると、遠くで大きなのが起きたのかな。

ラジオをつけたら大阪で震度6弱でした。

わが町は震度3とか。

追記

帰宅して夕刊を見たら、大阪の地震が大変のようです。

ケータイを持たない私は、先ほど今知りました。

被災された方には、心からお見舞い申し上げます。


@ 確かに歌手も、声帯だけで声を出しているのではなく、ボディ全体で発声しているのですね。

ある意味「真空管ハーモナイザー」は、そんな「ボディの役目」をしているのかもしれません。


@ 都市伝説ではありませんが、オーディオにもこんな話があります。

たとえばアンプを組み立てるネジ。その「締め付けトルクを変えると、音も変わる」とか。

なぜなら、締め付けトルクで「ケースの振動モードが違ってくる」からです。その振動が電気信号にも影響を与えます。マニア以外の人にはオカルトに聞こえるかもしれませんが。

でも今回、「真空管ハーモナイザー」の付録冊子(組み立て説明書を兼ねる)で、ラックスマンの前社長(現相談役)が、その事について語っておられます。

「 その締め具合でも音は変わりますから、…コツは緩すぎても締めすぎてもダメで、… 」(P7より抜粋)

相談役もエンジニアで、「真空管ハーモナイザー」の設計者でもあります。つまりこれは、相談役が直々に設計した逸品。

さて、その「真空管ハーモナイザー」ですが、真空管などを取り付けている、ハガキの半分ほどの基盤。それを固定するネジは一本だけなのです。後は合成樹脂の棒で支えているだけ。極端に表現すれば、高飛びこみの「飛び込み板」みたいに、振動するようになっています。

さらに、外側の鉄製のケースですが、上部の板、その中央が、コンマ5ミリぐらい膨らんでいるのです。カマボコミみたいに。

叩くと、コーン、コーンと澄んだ音が尾を引きます。左右のネジを緩め加減にすると、膨らみは減り、板同士がくっ付いてしまうので、音もコン、コンと、詰まった音になります。

この振動も基板を揺らし、音の余韻を、より強調しているのでしょう。機械的な残響音付加装置でもあるのですね。この思想は、ラックスマンに限らず、他のオーディオ製品でも大なり小なり生かされているはず(だから、むやみに積むのは避けたいと思っています)。

有名なところでは、レコードプレーヤー(今風に言えばターンテーブル)の老舗「トーレンス」。前身がオルゴールメーカーだけの事はあって、レコードに人工的な響きを載せて、「音の良い製品」との評判をとっています。

以上を、ひと言で言えば、「楽器的な設計思想」とでも言いますか…私は好きですね。

追記

「機械的な残響音付加装置でもある」と言っても、この場合は、カラオケのエコーみたいに響くわけではありません。

ふわっとした感じとともに、音の肉付きが良くなるのです。例えが適当で無いかもしれませんが、「痩せ美人が、中肉美人に」なったみたいに。

この製品に限らず、@天板を指で軽くたたいて音が響く製品には、中肉美人のような傾向があります。でも、A上に物を置いたりしてダンプすると、痩せ美人になってしまいます。その場合、多分@がメーカーの意図したサウンドなのでしょう。


(2018.6.16)

@ 今日の午後、名古屋市の中央にある、栄町辺りを歩いていたら、久屋大通公園で野外ライブをやっていました。

ドン、ドンという大きな音楽と、アイドルグループの歌と踊りが見え、オタ芸青年たちの声援も聴こえてきました。

「だれだろう」と思いましたが、100m以上離れていましたし、良く分かりません。

私はふりかえりつつ少し歩き、数百メーター離れた喫茶店に入りました。店の外では歌声がはっきり聞こえます。店内でも、BGMとは別に、戸の隙間からわずかに聞こえてきます。

もしかしたら「SKE48」。

栄町には、「SKE48劇場」もあるし、まれにメンバーらしき一群が歩いている事もありますから。

私にも知ってる曲のいくつかはありますし、観てくればよかった。


@ 頭の鳥は、どこへ行ったのですか。


(2018.6.15)

@ オーディオ評論家が使わないような表現をしてみます。

ハイドンがモーツァルトになったような感じ。

例の、「真空管ハーモナイザー」の音です。

今日は一日雨だったので、午後に1時間ぐらいかけて作りました。

ただ今、エージング中。


@ 明日16日は、ナゴヤドーム(名古屋市)で「AKB総選挙」。

地下鉄のつり広告に「600円」と書いてあったので、思わず行きたいと思ったけれど…

近くでよく見たら、「記念一日乗車券」の広告でした。


@ まるで映画のワンシーンのような演出です。

先の会談で、トランプ氏は正恩氏に、約4分間の映像を贈りました。そして「北朝鮮は韓国と中国に挟まれ、素晴らしい可能性がある」と、強調したそうです。

正恩氏も、本当に手に入れたいのは、祖国の発展であり、核はその為の一里塚では。

「 約4分間の映像に込められたのは、 『結果は二つしかない。過去に戻るのか、前に進むのか』というメッセージだった。

『過去に戻る』場面ではミサイルや戦闘機の映像が流れた。一方で『前に進む』場面では、北朝鮮各地に明かりがともり、鉄道が敷かれ、ビル建設が進むといった未来が描かれた。

『新しい世界の一員として繁栄するのか、さらなる孤立を選ぶのか』『未来はまだ描かれていない』。映像は、そんな問いで締めくくられた。 」

( 2018.6.13 朝日新聞(朝)2面 「4分間の映像『繁栄か、孤立か」正恩氏にタブレットで見せる」 より抜粋 )

追記

「 戻るのか、進むのか トランプ氏が正恩氏に迫った映像 」

( 2018年6月13日06時46分「朝日新聞デジタル」より )


(2018.6.14)

@ ワーキングランチと、いきり立った人たち。


(2018.6.13)

ご承知のとおり、もし北朝鮮と米国が戦争すれば、北は壊滅し、日本や韓国にも、先の大戦並みの甚大な被害が予想されます。ですから双方にとって、戦争という選択肢は現実的ではありません。

ならば、北朝鮮にも国際社会の一員になってもらい、そこから長期にわたる話し合いで、少しづつ良い方へ誘導するしか、妙案がないのでしょう。

問題のある国が核を持っているから一大事なのです。普通の国になってもらえれば、非核化に失敗しても、問題は小さくなるのでは。

これも、「問題の先送り」と言いますか、「第二の休戦協定」みたいなもの、かもしれません。朝鮮戦争の終結宣言がなかなか行われないように、今回の非核問題も、解決するにしても10年単位の話になるかもしれませんね(結局、核を手放さない可能性が高い気がしますが)。

少なくとも私たちは、とりあえずにせよ、これで「平和と、未来への希望」を手に入れることが出来るのです。

しかし、すでに双方が「拳を振り上げてしまっている」ので、まずは「メンツを保ったまま降ろす」必要があるし、「いきり立った」国際世論も沈静化して、協力させる必要があります。

今回の、北朝鮮と米国のトップ会談は、そんな政治ショーでもあった、のかもしれませんね。

などという話を裏切って、「意外なほど良い結末」を迎えることを願っています。


(2018.6.12)

@ 列車テロの実話、映画「15時17分、パリ行き」では、なぜ乗客がテロリストに勝てたのか。

乗客の米国青年は、厳しい軍事訓練を受けた兵士だったのです。さらに三人もいて、しかも彼らは親友同士で結束がありました。

特に主役の青年は(事件でも最初に飛びかかった)、幼いころからヒーローになりたいと思っていて、軍事学校に暴漢が侵入した時も(実は訓練でしたが)、先生の忠告を無視し、ただ一人ペンを武器にして、ドア陰に潜むほどでした。

そう言えば、昔TVで見た、「BICボールペンのCM」が衝撃的(透明な軸の安価なもの)。「ライフルから発射し、板に突き刺さったままでも、文字が書けます」と、そんな映像です。

ちなみに新幹線の座席底部は、手で簡単に取り外せ、盾にも使えるそうです。


@ 昔、片道3車線ぐらいある道路の、中央分離帯(横断歩道のそば)に住んでいる、ホームレスの人を見たことがあります。

映画館の帰り道に何回も渡りましたが、そのたびに、「それにしても、なぜ、こんなところに…」、と感じていました。

私なら、どこか公園の奥、人目につかず、静かで、空気の良い場所に住むのに…

そう思って気がつきました。

それは、とても寂しいことです。

それでは「誰も知らない」状態になってしまいます。

「 それに比べ、この中央分離帯なら、皆に知ってもらえるし、都合の良いことには、排気ガスで寿命も縮まるかもしれない。どうせ、この世に未練はないのだから」と、いつの間にか、私は彼に感情移入していました。

新幹線で事件を起こした人。

直前には、どこかで野宿していたそうですね。


(2018.6.11)

@ 実話を元にし、本人たちも俳優として出演している映画「15時17分、パリ行き」。それを地で行くような、列車内での事件が、日本でも起こってしまいました。

日本の事件は、テロではないでしょうが、高速鉄道内で、無差別に殺めようとした点では、似たようなものです。

しかし映画とは違い、犯人に立ち向かった勇敢な青年が命を落としてしまいました。

表現が失礼かもしれませんが、彼が一人で憎まれ役になってくれたために、一人の死者ですんだような気もします。もし彼がいなかったら、逃げ惑う人たばかりなら、犯人は次々と、たくさんの人に襲いかかっていたかもしれません。そうすれば犠牲者は一人ではすまなかったかも。

彼の勇気を称えると同時に、心からご冥福をお祈りします。

映画では、勇敢なヒーローに、フランスとアメリカ、両国から勲章などが授与されました。

日本のヒーローにも警察から感謝状ぐらいは当然出るでしょうが、それだけでは、世界レベル(映画)とあまりにも落差があります。

ぜひ、彼にも勲章か、それに準ずる名誉を、あげてほしいと思います。

追記

それから、彼から命を救ってもらった女性の方は、「私のために…」と沈痛な気持ちになっておられると思います。

無理もありません。一生その気持ちは消えないかもしれません。

しかし、彼はあの時、「そうする事しか出来なかった」のでしょう。もし私がいたとしても、きっと彼の代わりは出来ないように。

お叱りを受けるかもしれませんが、それが神様が与えられた、彼への、この世の使命だったのかもしれません。キリスト教にすがったこともある私としては、ふと、そんな気持ちもするのです。


(2018.6.10)

@ 先日の新聞に、「メガネ赤札堂」の広告が入っていました。

ここでは「遠近両用メガネ」も安いのです。

でも、私がかけているのは「中近両用メガネ」。

遠近よりも、読書がしやすく、TVや、映画館で映画を観るのにも不自由はしないので、これが最高だと思っていますが、私の知る限り、あまり宣伝されてはいないようです。

自動車を運転する人には向かないので、需要が少ないのでしょうか。

でも今回の広告には、「遠近両用メガネ 中近両用でも」と書かれており、一度行ってみようかな、という気分になりました。

私は都心にある、昔ながらのメガネ店の客で(今となっては高級店なのか)、そこには沢山の私のカルテが保管されていました。

しかし支店統合による、まさかの閉店。

そんな折、目にした広告でした。


@ 昔、わけあって赤いクルマに乗っていたことがあります。

その時、一口に赤と言っても、色んな赤があることを再確認しました。

同じようにピンクにも色々あるのですね。

パナソニックのCDラジオに、とてもきれいなピンクが使われていて、その色だけで、欲しかった思い出があります。

ピンクなら何でも欲しいわけではありません。あの色が良いのです。

でも、買おうか、どうしようか、迷っている内に、モデルチェンジしてしまいました。

今はもう、あの色はありません。

そんな折、CDショップのレジ横にある、「CDファイル」に、あの美しいピンクを見つけたのです。

私には、そうやってCDを保管する習慣はありませんから、買いませんでしたが、忘れられません。

実は、1年ほど前、ホームセンターで同色のゴミ箱を確保したこともあります。

あの、ファイルも、今度、買ってこようかな。


(2018.6.9)

@ 映画「生きる」に出てきた同僚たちは、いつの時代でも、リアルな姿なのでしょう。


@ 近ごろの私は、まだ観ていない映画について語る事があります。

きっかけは、「まだ公開前なのに、予告編やチラシを見て感化され、むしょうに何か書きたくなってしまったから」、だったような気がします。

その一線を越えると、観ていない映画について書くことが、だんだんと普通の行為になって行きました。

そんなことをしたら、映画を観た人たちから、「的外れの事を書いている」と嘲笑されるかもしれません。

それでなくとも、従来の常識から言えば、背徳的な感じも。

映画制作者の人たちからは、どう見えるのでしょう。「それも映画の宣伝になる。少なくとも知名度は上がる」、などと思ってもらえれば良いなと、期待します。

私も意外と、ロック野郎なのかもしれません。


(2018.6.8)

@ 先日、安倍さんがトランプさんと会談しましたが、その席で、安倍さんの左腕にあった時計は、シチズンの「ブラックチタン・アテッサ」のように見えました。

ハイテクの、「エコ・ドライブGPS衛星電波時計・F900」、23万円です。

これなら、有事でも問題ない!?


@ @先日もお話ししましたが、昨日も散歩途中に、5分ぐらい、頭頂部から「気」を吸いこみ、足から大地にアースしてみました。

同時に、吸引を始めるとすぐに、呼吸が面倒になりました。

もっと正確にいうと、「肺が膨らむのを拒否しているような感じ」でしょうか。なんど試しても、明らかにそんな状態になります。

(素人の戯言)ふと思ったのですが…

頭頂部からの「気」で、ダイレクトに酸素を吸入できた場合、それが仮に4割だったとしたら、体が欲するのは、残りの6割になるのです。そんな血液中の酸素濃度を感知した体は、自動的に6割になるよう、肺呼吸を制限しているのではないでしょうか。

ちなみに、頭頂部からの吸引をやめれば、直ちに肺も通常に戻り、楽に呼吸が出来るようになります。

後には、体の内部をシャワーで洗った様な爽快感がありました。

追記

A立禅をしていると、呼吸の度、しだいに「気」が体内に取り込まれます。

それは、「水中で乾いたスポンジを揉む」ような感じ。泡ぶく、小さな音が、体内から聞こえながら、しだいに、全身から「気」が吸いこまれて行きます。

そして、完全に水が沁みこむと、スポンジから音がしなくなるように、体からも音が消えます。ただし、呼吸に応じて、「気」が出入りする流動感は分かります。

その時の、爽やかな気分を、なんと表現したら良いのでしょう。

「体が消滅して、魂だけが存在している」。

そんな感じ。

魂は体に宿っていますから、体調不良などの影響を受けて、気分が優れないこともありますが、死ぬと、魂は肉体から解放され、幸福感に包まれると、どこかで、そんな話を聞いたことがあります。

それを思いだすような至福の時なのです。

呼吸も楽です。空気だけ呼吸するというよりも、「気」も呼吸していますから、質量の違う、すきとおった水を、肺ではなく、下丹田で呼吸しているような感じになります。

これは、@とは違う感覚ですね。

やっぱり謎が多いです。


@ 悲しみは半分に、喜びは二倍に。


(2018.6.7)

@ トランジスタアンプと真空管アンプの音は、別々のルートで登山するのに似ています。

最初はまったく違っていても、ハイエンドでは同じになる。


@ その重なりは、京都の「八ツ橋」みたい。


(2018.6.6)

@ 「期間限定」という誘惑。


@ 紙コップに注がれる自販機ココア、その「ホット」「アイス」の表示が、なにかの間違いで、ある日、突然入れ替わっていました。

私は、自分が「ボタンの押し間違い」をしたと思い、もう一杯買ったら、やはり違うものが出てきて…。

寒い秋に飲むアイスココアは、冷たい味がしました。


(2018.6.5)

@ @ 「前にならえ」のように両手を前に出し、指を組みます。

A 背中を左右に開くように伸びをし、深く息を吸います。

B そして、両手を胸に近づけながら、ゆっくりと息を吐きます。

C 今度は「後ろにならえ」(そんなものは無いと思いますが)をして、背中で両手の指を組んで下さい。

D 胸を左右に開くよう伸びをして、深く息を吸ってください。

E 組んだ両手をゆっくりと下げながら、息も吐いてください。

F 以上を2〜3回繰り返して下さい。

これは、少し前に、NHK「ためしてガッテン」で紹介され、好評だった呼吸法です(表現は正確ではないかもしれませんが)。試した人たちは、気分が良くなる、体がポカポカしてくると言っていました。

あれ以後、私もやっていますが、快適です。

やりながら気がついたことがありました。

人体には「小周天ルート」という「気」の大動脈がありますが、それはお腹側と背中側に、縦一文字に走り、頭と下丹田を循環しています。

NHKの呼吸法は、(「胸と背中の筋肉を伸ばすもの」と説明していましたが)事実上「小周天ルート」を左右に引っ張って広げ、「気」の通りをよくする呼吸法にも、なっているような気がするのです。つまり「ヨガの親戚」のようなもの。

毎朝これをすると、やっぱりメンソールが流れたような爽快感と、ポカポカ感に満たされます。そして、「気」が頭部を通過するときに、口腔部辺りにはガムを噛んだような風味が残ります。だから、その辺りにの疾病にも効果があります。

ちなみに、名著「風邪の効用」だったでしょうか。先生は、風邪気味になると、自らの背骨に「気」を通すのだとか。するとポカポカして来て、軽い風邪ならすぐ治ってしまうのだそうです。

追記

NHKの「ためしてガッテン」ホームページより、「肺ストレッチで体が変わる!呼吸コントロールSP」の説明です。私の記憶違いで、体操が少し違いますので、訂正がた、ご紹介します。今後は私もこれに合わせるつもりです。

http://www9.nhk.or.jp/gatten/articles/20180411/index.html


@ ジョギングは引退しましたが、ウォーキングは毎日続けています。

以前は、街路樹の前で止まっては、深呼吸を繰り返したりした時期もありました。いわゆる「樹林気功」のマネですね。

でも今は、歩きながら念じるだけで、頭頂のチャクラから「気」を吸引し、体内を通し、足元から大地にアースすることも出来るように思います。

その時は、ジャスミンというか、メンソールの点滴(そんなものが在るのかは知りませんが)を打ったような爽快感があります。もともと「気」にはそんな香りがあります。

さらに、その時は、「呼吸が面倒になるような気がする」のです。つまり、「酸素が満ち足りた充実感が起こる」のです。

立禅のとき、ベテランになると、究極的には、一時的に呼吸が止まる(気がつくと止まっている)事があると、そんな意味の話が、「気功革命」には書いてあります。

「気」を通して、ダイレクトに酸素を体内に取り込めるからだそうです。

何を言いたいのかと言えば…

マラソンランナーは酸素を取り込むことに必死です。勝つために、高地トレーニングなどもする事があります。

それならば、「頭頂からダイレクトに酸素を摂取できる技」が使えれば、選手の記録が伸びることを期待できるのではないでしょうか。


@「Long time no see.」を、ネイティブはあまり使わないらしい。


(2018.6.4)

「 発祥の地で見えた、パラリンピックの歴史と現実=現地取材記 」

https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201209070005-spnavi


「 パラリンピックの『パラ』の意味 障害者の苦難と希望の歴史がそこにある 」

https://www.huffingtonpost.jp/2016/09/08/paralympics-origin-story_n_11902588.html


(2018.6.3)

@ ジョギングもそうですね。かつて私は、走りながら、「お前は苦しいのか、それとも楽なのか」と、何回も自問自答したことがありますが、答えは出ませんでした。ジョギングなどの事を、「走る禅」とも、言ったことを思いだしました。


@ 普通、肉体疲労も、精神疲労もつらいものです。

でも、世の中には「幸福感に満たされた疲労もある」ということを、アーチェリーをやって初めて知りました。

まるで海外旅行へ行くときのような重たい道具を持って、週に2回ぐらい、射場(練習場)へ出かけていました。スポーツをしに行くのですし、たまの海外旅行ではないので、タクシーは使いません。あれは一見、奴隷のように重りを引きずって歩く苦行です。

そして射場では、37℃の猛暑でも、雪のちらつく日でも、屋外で2〜3時間の練習です。その「弓を引くという行為」は、まるで筋力トレーニングをしているようなものです。

さらに、帰り道でも、奴隷のような重労働が待っています。

これでは、さぞかし「嫌〜な疲労」が残ると思われるかもしれませんが、その日は終日「幸福感に包まれる」のです。とくに練習後は、その「疲労すら、幸福の味」。

なぜ、そうなるのか、理由を考えてみましたが、良く分かりません。

追記

今日、新緑の中を散歩していて、ふと思いました。これは「バランスの問題」ではないのかと。

たとえば、片手ばかり使うと疲れてしまいますが、左右交互に使うと、あまり疲れません。

「禅」と共に語られるような、精神性の高い「弓矢」には、なにかしら、高度にバランスの取れたものが、内在しているのではないのかと。

戦争で車イス生活になり、人生に絶望した多くの人を、アーチェリーが救い、それがパラリンピック発祥の元になった事を考えると、その力は、確かに存在するのだと思います。


@ 思うに、「朝食は一日の基本だから抜いてはいけない」は、「同性と恋愛してはいけない」「義務教育では絶対に学校へ行かなくてはいけない」「大学に進学しなくてはいけない」「一流会社に就職しなくてはいけない」、みたいな事と似ているのかもしれませんね。


(2018.6.2)

@ 本屋さんでスポーツコーナーへ行くと、いつもアーチェリーの本を探します、が、ほとんどありません。

でも、今日は珍しい本を見つけました。

(初めて知った)月刊「秘伝」です。

そして偶然にも、名著「風邪の効用」でおなじみの、「野口整体」特集。

他にも、「気功」とか、「太極拳」、「気の武術」とか、内容は盛りだくさん。

つい買ってしまいました。


@ 「朝食は一日の基本だから抜いてはいけない」「朝食はしっかり食べなさい」。子どもの頃から耳にタコが出来るぐらい聞かされた話です。

それに従ってきた良い子の私は、子どもの頃から、胃腸の不調(胃もたれ等)に悩まされてきました。

さすがに薄々気づいていました。「私に朝食は似合わない」と。そして45歳ぐらいの時、「朝食抜き健康法」の本に従い、カミングアウトしたのです。

朝食を抜けば(正確には、途中から「生ジュース健康法」をヒントに、「野菜ジュースと牛乳を混ぜた物」を、朝食代わりに飲んでいます。)、前日の夕食から、毎日、ほぼ18時間の断食をする事になり、胃腸が休まります。そして午前中は水分を多くとり、解毒に勤めます。するとお肌がスベスベに。

会社の健康診断で、若い女医さんと話す機会がありました。

当時のマスコミには、「魚を食べなさい。肉は体に良くないから、週1〜2回にすること」。そんな情報があふれていた時代です。

だから、私は「なるべく肉は少なくし、魚を食べています」と、自信を持って話したのです。

すると彼女は、「 朝食は食べても食べなくても良い。個人差があるから、自分の体調に従えば良い。ただし食事では、なるべく肉を食べてください。『肉を食べないと生きる気力もわきません』から」と、当時の常識とは逆の話をしてくれたのです。

その上、聞いてもいない「生きる気力」にまで言及してくれた彼女を、私は信じることにしました。

以後、私は言いつけを守り、入院した時にも、先生に話して朝食抜きを守りました。しかし、何がつらいかというと、温泉に行ったときに、美味しそうな朝食が食べられないことです。


@ 20年ほど前、思うところあって、電気カミソリを止め、T字型の、本物のカミソリで、ヒゲをそっていた時期があります。

毎朝の事ですから、その分早起きをしなければならず、寒い冬は、水にぬれた手もカジカミ、けっこう大変でした。

それでも、一年ほど頑張りましたが、結局やめました。

肌が荒れ始めたからです。

ほんとうは蒸しタオルを使ったり、アフターシェイブローションを使ったり、女性のようにお肌ケアもしなければいけないのに、そこのところをズボラにしたせいかもしれません。

床屋さんに話したら、「?」な顔をしていました。ちなみに、床屋さんでもカミソリ負けし、数日間は痛痒い私でした。

追記

後日談。これもまた、思うところあって、「朝食抜き健康法」を始め、「午前中は、水分のみで過ごす生活」をしたら、全身のお肌がスベスベになりました。

すると、床屋さんでのカミソリ負けも、しなくなったのです。きっと床屋さんも「?」だったことでしょう。


(2018.6.1)

@ 電動歯ブラシを試してみたことがあります。丸いのと、細長いのを。

でも、口の中がくすぐったくて、耐えられませんでした。

だから、今でも普通の歯ブラシを使っています。

ちなみに、電気カミソリも、高速振動のはムリです。

だから、丸いのが三つ付いた、おもちゃの戦車みたいな音がする、低速回転のモノがお気に入り。

せまい日本、そんなに急いでどこへ行く。


@ 羽が見えないので、半分青い葉っぱの画。


@ 40年ほど前、(まだ膝を故障していなくて)私もジョギングに夢中だった頃、ジョギング雑誌には、「ジョガーズ・ニプル」という言葉がありました。

あのとき「へ〜」と思ったので覚えていますが、女性がノーブラで走りすぎると、乳首がシャツとこすれ、痛い思いをする事があるのだそうです。ジョガーズ・ニプルとはそんな意味です。

記憶違いでなければ、予防には、バンドエイドみたいな絆創膏を、ブラ代わりに貼って走るのだとか。


@ 真夏になると、映画を観に行くときでも、上半身は、なるべく速乾性のポロシャツ(Tシャツ)一枚だけで、街へ出ます。ランニングシャツなどの下着を着ると、汗の渇きが遅いので、濡れた手ぬぐいをまとっているようになり、エアコンの利いた電車やビルの中に入ると、過度に冷えて風邪を引きやすいからです。ちなみにウインドブレーカーの携帯も必須です。


@ 仕立ての良い箱。


@ 半分、青くない、鉄板の上。


@ 香り立つ金シャリ。


@ 8パーセント果汁入りのなんとか。


@ 昨今、とくに若者は、昔と違い、「仕事でも楽しみながら稼ぐ」という発想が、主流になってきたようです。

今朝のNHKラジオでも、似たような話していて、「楽しんだもの勝ち」という人生観が、思いのほかメジャーになっているのに、少し驚きました。

ところで、数学者が公式を考えるとき、「美しさ」という概念を大切にする事は、映画「容疑者Xの献身」にも描かれていました。

私は素人だから分かりませんが、哲学でも、科学でも、究極的には、きっと似たような所があるのだと思います。

さて、その「美しさ」という概念は、「楽しさ」よりも先になるのか、それとも後になるのか。


(2018.5.31)

@ 時刻表と駅弁。


@ 蝶のように舞い、鳥のように鳴く。


(2018.5.30)

@ 父の運転は、70歳ぐらいで止めさせました。60歳ごろと比べ、目に見えて下手になった事と、ボディーにも、あちこち、ぶつけた傷が増えたこと、そして、決定的になったのは、近所の人から「お父さん、駐車するとき、あちこち、ぶつけてましたよ、クルマ止めさせたら…」と言われたからです。

つまり、本人の主観で判断するのではなく、警察の認知症検査でもなく、個人差があるのは承知の上で、「世間の常識」で判断する方法もあるという事です。

平均寿命が80歳ぐらい、健康寿命が70歳ぐらいなら、運転も70歳を超せば、「あの人、心配だわ…」と、世間様は思うものだと思います。そこらあたりが潮時。

そして止めさせる口実は、「事故を起こすと、家族である私も、『どうして運転、止めさせんかったんだ!』と、被害者から叱られる。私が事故の後始末をしなければならなくなる」、と説明しました。

高齢者が事故を起こすと、運転者だけでなく、家族も世論から厳しい視線を浴びせられかねない事は、今回のニュースでも分かりましたね。


@ 日本のLGBTの割合は、8パーセントと言われているようです。これは13人に1人の割合になります。

すると長い人生には、たくさんのLGBTの人たちと、それと気づかずに、接しているわけです。

ところで、人気TVドラマ「おっさんずラブ」、私も観てました。最初は少し引きましたが、その内ハマりまして。

もちろんTVドラマは、喜劇タッチですし、デフォルメしてあります。現実はもっと密やかなものでしょう。どちらかと言えば、「太陽がいっぱい」みたいな。

私の半生にも、点と点を結んで考えてみますと、意外なことに、「おっさんずラブ」の、主人公の青年のような事が、少しだけあったのかもしれないと思い至りました。

詳しくは申せませんが、20年以上前の話です。反射的に拒絶したら(あの時の私は、冗談だと思っていましたが)、以後、彼は親友として何年も接してくれました。そんな彼は、今でも青春の良き思い出の中で、微笑んでいます。


(2018.5.29)

@ お皿の上の日本画。


@ アジサイ色のキーボード。


@ たとえば、友だちから「好き」告白されたとします。

でも、「こちらは恋愛対象として考えたことはない。ただ、今まで通り友だちでいて欲しい」、という場合がありますね。

LGBTの人がストレートの人に告白した場合、も同様だと思います。

しかし、昨今のLGBTの人が出てくる恋愛ドラマを観ていると、「ストレートの人も、LGBTに変身する事がある」かのように見える、そんなストーリーになっている事が多くて困惑します。

私はストレートです。だから、世にカッコいい男性がいることは認めても、彼らとベッドインしたいとは思いません。

LGBTの人に誤解を与えるようなストーリーはどうなのでしょう。それとも私が少数派なのでしょうか。


@ ニュースで(重大な)「反則行為」と言っていました。「得点目的」で力んでしまったのなら、その表現でも良いかもしれません。

しかし、上司の指示はともかく、実行者が「ケガをさせるのが目的」で行ったのなら、すでにスポーツではありませんので、「暴行傷害容疑」ではないのかと、疑問に思いました。

命令が絶対だった昔の軍隊でもなく、生活がかかっている会社員でもないので、上司の指示を拒否し、必要とあれば退部することも、大人なら比較的容易だったはずです。

事件を加害者・被害者に分類すると、彼は加害者になりますが、世論は彼を、被害者側に入れているようです。

しかし世論がどうであれ、彼は、自分は加害者であったとの認識を、生涯忘れないでほしい。それが彼に贈る、再出発へのエールです。


(2018.5.27)

@ ラジオをかけながらレビューを書くことが多いですが、時に煩く感じることもあります。

そんな時でも心地よいのが、環境音の「鳥の声」。あれは邪魔にはなりません。

又、日曜日の朝、NHK・FMでは「前衛音楽」をやっています。普段はあまり聴かないものですが、タイピングのBGMとしては悪くありません。

以前どこかで、「前衛音楽」を聴くと、「流れている音とは、違う音楽が聴こえてくる」と書かれていたのを思いだします。心のハミングなのでしょう。もしかしたら、「前衛音楽」は、あまり創造の邪魔をしないのかもしれませんね。


@ くむべき事情があるとはいえ、裁判が終わる前に活動を再開するのは、如何なものでしょうか。世に「謹慎」という言葉もあります


(2018.5.26)

@ ご承知のとおり、ノートPCの、画面上部の小穴は、TV電話用のカメラ・レンズです。

でもハッキングされると、見知らぬ他人から、部屋の中が覗き見される危険もあります。

だから、テープなどを貼ってフタをするのが常識ですが(私の妄想)、AIスピーカーなどがハッキングされて、音声が盗聴されるのは、どうすれば防げるのでしょうね。

  
@ 異常な音って、具体的にどんな音なのでしょう。

「米外交官『異常な音』で脳損傷」(2018.5.25朝日新聞(夕)2面より)


@ ロックのキーボードやエレキギターで、妙に音程が外れたような(そう聴こえる)演奏をするアーティストがいました。

とても好きでしたが、それが、その曲に限ってなのか、アーティストの個性なのか分からないし、名前も特定できないので、CDが買えませんでした。

一方、ジャズのセロニアス・モンクも気になっていました。こちらも「お前、素人か!?」と言われかねない、音程に疑問符の付くメロディーを弾くからです。一種異様ですが、慣れるとクセになります。「こんな俺でも…生きいていける」みたいな、幸福感さえ感じさせます。

そして今、モンクのCDを買い、ふと思いました。

あのロックのアーティストは、もしかしたら、モンクの信者だったのではないのかと。

聴いていると、音感が狂う心配も感じますが。堕ちていくのも良いものです。


@ 福山雅治さんが「福のラジオ」で、「俺はネクラだから、ラジオでも音楽でも、ネガティブを発信して生きている」みたいな話をしていました。

なんか、元気出ました。


@ 華道の剣山みたいに、「とんがった草が密集して生えている」のを見ると、「トタン屋根に叩きつけるような、土砂降りの雨音」を連想します。

ただし、低音部分のおおかたをカットし、さらに音量を少し絞る必要がありますが。


@ 美人コンテストで優勝するような人は、確かに、非の打ち所がないほど美しいと思います。しかし、皆が惚れるかと言えば、それはまた別の話。

クラシック音楽でも同じで、モーツァルトやベートーヴェンの偉大さは認めても、心に沁みるのは、意外とマイナーな作曲家の、それも小品だったりすることも。

「蓼食う虫も好き好き」と言いますか、クラシックやJAZZに親しみたくても、いまいち、よく分からないと思っている方は、録音は古くても良いから、先入観なしでいろいろ聴いてみることをお勧めします。

入口には、コンピCDなども良いかもしれません。そんな物も無い時代。私のコンピは、小さなラジオでした。


(2018.5.25)

映画「孤狼の血」続編製作決定


(2018.5.23)

@ 12月の週末。仕事帰りに南の島へ逃亡するとき、仕事に着ていくのは、いつも、黒いスニーカーと地味色のスラックス、白い(淡いブルーだったかな)カッターシャツにネクタイ、それから厚めのセーターと薄いウインドブレーカー。

若かったせいか、それを組み合わせることで、真冬の屋外から、事務所、飛行機、そして暑い南の島まで、快適に過ごせました。

あの旅も、冒険でしたね。

追記

書き忘れましたが、Tシャツと短パン、水着は別です。


@ 現実には、オーディオマニアはほとんどおらず、多くの人が、「小さくて操作が簡単」なミニコンポで満足しています。

又、本物のワインマニアも少なく、多くの人が、銘柄に迷うより、いかにも「健康に良さそうな無添加ワイン」を買っています。

そのように、クラシック音楽のCDも、実は、CDの中身ではなく、「パッケージデザイン」が売り上げの肝ではないでしょうか。

極言すれば、録音なんて、少々古くても良いのです。昔のLPのように、ジャケット、帯も含め、日本語で丁寧なキャッチコピーと、解説があれば。「ジャケ買い」したくなるほどの。そうすればコーヒー一杯分の値段で、販売も出来そう。


@ 色あせない名作、映画「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」。


(2018.5.22)

@ 「 22:61 主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、『きょう、鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう』と言われた主のお言葉を思い出した。

 22:62 そして外へ出て、激しく泣いた。 」

( 「ウィキソース」ルカによる福音書〈口語訳〉より抜粋 )


@ いつだったかラジオのDJさんが、福山雅治さんのことを、「ビッグになっても、『田舎から出てきたばかりのお兄ちゃん』的な感じが残っている」と称賛していました(表現は正確ではありませんが)。言われてみると、確かにそうですね。

又、昨日聴いたラジオには、吉永小百合さんが出演していました。そのとき、今までぼんやり感じていた事が分かったような気がしたのです。彼女もまた「デビュー当時の初々しさ」を、内・外面共に、失ってはいませんでした。

太田裕美さんのヒット曲「木綿のハンカチーフ」にもあるような、「いつまでも素朴な感じを失わない」のはスゴイことですね。


@ 「 あるがまま 」 ( 禅の言葉より )


@ 「 私の所へ採用試験を受けて、通るか知らん、通らぬか知らん、と心配して神経衰弱になってやってきた奴がある。『お前が通らんなら、お前よりよい奴が通るのだから、よいじゃないか』と言ってやったら『へー』と、狐につままれたような顔をしておった。おれさえ通ればよい、あいつが通ったら口惜しいというような奴は通らん方が良い。」

( 「禅談」澤木興道著の、修証一如・仏になる法、より抜粋 )


(2018.5.20)

@ しかたがないので、シューマン「子どもの情景」・第4曲「おねだり」でも聴いてみる。


(2018.5.19)

先の選挙で、ある野党党首が、「どんな方法を使っても勝つ!」、みたいな言葉を使っているのをTVで観て、違和感を持ったのを覚えています(表現は正確ではないかもしれませんが、私にはその意味に聞こえました)。

「絶対勝つ」「なんとしても勝つ」ぐらいなら、あちこちで聞いて慣れっこになっていますが、「どんな方法を使っても…」と言われては、党首が言う言葉ではないと思ったのです。

そのせいか、どうか知りませんが、選挙違反も無くなりませんね。

国民の代表が政治家なのですから、国民に、「政策実現のため、どうか勝たして下さい」と頭を下げる、いわゆる「受動態」が、ほんらいの選挙運動だと思います。


(2018.5.17)

2018.5.9にご紹介しました、「真空管ハーモナイザー」の話ですが、音質の悪いソースを聴く際にも重宝するはずです。

名演奏のCDの中には、録音が古すぎるものがあります。それを昨今のトランジスタアンプとスピーカーで聴くと、音がザラつき刺激的になることも。

そんな時、「真空管ハーモナイザー」を通すと、滑らかな、聴きやすい音になることが期待できます。

基本的に、真空管の味わいとは、「液体のような感触」ですから。


(2018.5.15)

@ 1998年の5月。爽やかな朝の都心を、私は歩いていました。4月に人事異動があって、新しい仕事につき、その研修会場へ向かうために。

その時、道で「ANA」の広告の入ったウチワをもらったのです。

ブルーの空に、赤で「ポケモンジェット就航記念」と書いてあり、「ピカチュウ」たちが描かれたジャンボジェットの写真があるものを。

あれから20年。

毎年、夏になると、このウチワを取りだし、1998年の、五月の爽やかな都心を、そして新しい職場への期待感を思いだしているのです。

そのウチワ、今朝、糊がはがれてきて、パタパタ音がするようになったので、さっそく補修してやりました。

気がつけば、これは私の宝物。


@ 上映前の映画館では、上着を置いたり、本などを置いたりして(貴重品以外)、「席取り」をするのは昔からの常識ですね。

店内でも食べられるパン屋さんでは、「先に席を決めてから、ご注文ください」と貼り紙が出てるお店もありました。


@ 公務員志望の方にお知らせします。

「 トヨタ、役員賞与総額3割増=平均2億円−18年3月期

トヨタ自動車の2018年3月期の役員賞与総額が前期を30.5%上回る12億2400万円になることが14日、明らかになった。純利益が2年ぶりに過去最高となった好業績を反映させた。賞与対象の取締役が8人から6人に減ったことなどから、1人当たりの平均額は2億0400万円と前期比で74.0%増と膨らんだ。

( 時事ドットコムニュース 2018/05/14-18:16 より抜粋 )


(2018.5.14)

「新緑が風にそよぐさま」。

これ以上、心安らぐ風景はないな。私はそう思いながら、先日も喫茶店の窓から、公園を眺めていました。

でも、その公園では、ときどき親子がシャボン玉を飛ばしているのです。そんなとき、この世で一番美しいのは、そして幸せなのは、シャボン玉のある風景だとも思うのです。

もし許されるなら、ずっと眺めていたい。変なおじさんだと思われるといけないので、いつも無関心を装って通りすぎますが。

ところで、「気のボールの感触」について、過去にもいろいろ書きましたが、書き終わって、いつも空しさが残るのです。しょせん他の何にも似ていないから。

それはドライアイスのように、モヤモヤとした煙のようなものが、表面から立ち上っているイメージです。しかし固くはありません。

磁石の反発で浮いているような弾力もあります。あの「ジブリパーク」への鉄道は、「リニモ」のはずですから(現在「リニモ」だけは営業運転中)、その節はぜひお楽しみください。

そして油を流したように滑らか。しかし矛盾するようですが、ツルツルではなく、内側から突き上げるような、わずかなボコボコ感とか、どこか人肌感もあるのです。

さらに、シャボン玉のように、表皮が動いている感じもあります。しかし虹色ではなく、イメージとしては白ですが、気体のように自由なのです。

だから今日は、「気のボールは、シャボン玉に触ったよう」と言ってみます。

やっぱり空しい。。


(2018.5.13)

@ ニュースで「ゲーム依存症」をやっていましたが、「ブログ依存症」にも、ならないように気をつけましょう(自戒を込めて)。


@ クラシックの演奏会に、幼稚園の女の子を連れたお母さんも来ていました。「ゾウさんの方がもっと好きです」みたいな可愛い子です。カジュアルな演奏会でしたから、ほほ笑ましい光景。

ところが、女の子は落ち着きがなく、立ったり座ったり、前を見たり、後ろを見たり、お母さんに話しかけたりしていました。

「でも、演奏が始まれば、美音にうっとりするはずさ」。私はそう思いました。

しかし…

いざ始まっても、女の子の様子は、あまり変わりませんでした。大声を上げないことだけが唯一の救いです。

「やっぱり幼いから無理なのかな…」、と私。

ところが今日、新聞でこんな文章を読んだのです。

「 もうすぐ3歳になる娘はマイペース。『パンを食べよう』といくら言っても、目の前のスプーンの輝きに目を奪われ、パンはもう食べたとうそをつく。」

( 2018.5.13朝日新聞(朝) 読者投稿欄「声Voise」より抜粋 )


@ 喫茶店でボ〜っとくつろいでいると、隣席の会話が、聴くともなしに聴こえてくる事があります。

大声でなければ、そんなに迷惑でもありません。

でも、まれにトラブル会話(トラベル英会話ではなく)の時があります。

そんな時は、邪気をもらってしまうこともありそうです。

だんだん、こちらまで頭が痛くなったり、お腹が張ってきたり…。

そんな時は、公園へ行き、大きな樹が密集している処、いわゆる「気のホットスポット」で、深呼吸してみるのも良いかもしれません。


(2018.5.12)

@ 人体を覆う「気」は、皮膚から数十センチの厚さがあります。

と言うことは、コンサートや映画館などの密集ポイントでは、他人との「気」の一体化が起こっている可能性があります。

いわゆる集合的無意識のホットスポット状態。

たしかビアスの「悪魔の辞典」では、音楽を「騒音」と読んでいましたが、「騒音」に邪魔されずに、心安らかに、他人との一体感を楽しめるのかもしれませんね。

「4分33秒」では。


@ 実は今日、まるで石造りの教会のような、とっても響きの良いホールで、少しクラシックを聴いてきました。

音楽が始まるまでの15分ぐらい、沢山の観客といっしょに待っていましたが、その環境音は、長く滞空し、まるで万華鏡のように、雄弁でした。

私も未体験ですが、「4分33秒」を語る場合、やはり、実際に「4分33秒」をライブ体験してからでないと、分からないことが多いのではないかと思いました。

「気」のボールに触れずに、その感触を語れないように。


@ ジョン・ケージの「4分33秒」は、ある意味、音楽家が作った「枯山水」だと思います。

彼は無音の研究のために、無響室にも入ったと聞きます。しかし、コンサート会場は無響室ではありません。まったく反対に、響きを大切にした有響室なのです。

このことにより、彼が望むと望まざるとに関わらず、「4分33秒」は有響室の音楽となりました。

無響室ではなく、コンサート会場の無音を聴くには、コンサート会場が一番適しています。良いオーディオシステムでも、そこまで再現できるかというと、できないとは言いませんが、大変に困難だと思います。

時間が止まったような静かな池にも、風や魚、虫などによって、ときに波紋が生まれます。

音も同じで、微音による、小さな空気の揺れが、コンサート会場では、三次元の波紋のようになって、長く漂っているのです。

コップに水を入れ、ガムシロップを上から注ぐと、完全に混ざりあうまでの間、透明な濃淡ができるように。

その波紋と、定位置で動かない演奏者、そして観客が一体になって生みだす緊張感。

それが、私には、枯山水の緊張感を連想させます。


@ 一流ブランドが、たいてい高価なのは、なぜか。

いろんな理由があるでしょう。

全部は思いつきませんが、その一つに、「一流の技術と、センス・思想に対する対価」もあるのだと思います。

たとえば、オーディオ・アンプで、昔からよく言われてきたことですが、一流品の回路図を見て、同じように作っても、音は同じにはならないのです。

使われている部品の一個、たとえ電気上の規格が同じでも、違うメーカーのものを使えば、音は違うのです。それがたくさん集まれば、音が変わるファクターは無数にあると言っても良いのです。

マニアでない人には信じられないかもしれませんが、私はアンプのボリュームにつける「ツマミ」によって、音が変わるのを、実験によって確認しました。材質で変わるのです。振動モードが変化することにより、その振動が電気エネルギーに影響を与えていると考えられます。

同様に、部品の配置、ケースの材質や形、さらには、ネジ締めのトルクなども、音に影響を与えます。

一流メーカーのエンジニアは、経験上、沢山のそれを知っています。マイナスとマイナスを掛け合わせてプラスにするなんて、朝飯前。さらに一流のセンスと耳を持って、慎重にまとめ上げれば、製品は、他の者が到達できない高見を見せてくれるのです。


@ 愛知万博のとき、トヨタ館が人気で、「何時間待ち」が当たり前でした。私は行列のない館ばかりまわっていたので、行けずじまい。

トヨタ館の目玉の一つが、「ロボットによるトランペット演奏」でした。人口唇から息を吹き込み、指先を上下させ、本物のトランペットで見事な演奏をするのです。

あれは万博から一年ぐらいたった頃でしょうか。

地元のデパートで、そのロボットの演奏会があったのです。

大喜びで見に行きましたよ。

とても良かった。ロボットは見事でしたし、なんと言っても生演奏ですからね。音も良いし、大迫力。

でも、30分ぐらいの演奏が終わったとき、拍手すべきか否か、一瞬迷いました。そして私は、けっきょくしなかったのです。

なぜなら、ロボットには感情がありませんから。他の観客がしていたのかどうかは、ハッキリした記憶がありません。たしか…ほとんど無かったような…。

その後、その重大テーマについて、しばらく考えていました。そして、私なりの結論を出しました。

やっぱり「拍手はすべきだった」と。

確かにロボットに感情はありませんが、ロボットや会場の手配をして頂いた「裏方の皆様」へは、まちがいなく感謝の拍手が必要だと思ったのです。


(2018.5.11)

@ NHK朝ドラ「半分、青い。」に出てくる、東京の漫画家。

彼の仕事場に鎮座しているのが、あの「ラックスマン」の高級オーディオシステムで、真空管とライン・トランスを積んだCDプレーヤーと、真空管アンプのようです。トータルで数十万円。

「ラックスマン」は、この他にも、色んなドラマに登場しています。


@ 先日、映画「推手」の追記で、「相手に触れずに倒す技」について書きました。

これは、その続きです。

私は直径1メートルぐらいの「気」のボールなら、日常的に作っていました。瞑想して15分ぐらいかかります。

しかし、敵は15分も待ってはくれませんね。瞬時に対応せねばなりません。どうしたら良いのでしょう。

これも想像ですが、

あらかじめ、圧縮した大量の「気」を、下丹田に貯蔵しておき、それを気合とともに、ガメラの必殺技みたいに、胸のチャクラから放出できれば、瞬時に対応できるのでは。

そのときの「気」は、ボールと言うよりも、直径1メートルぐらいの棒になるのでしょう。その棒で、ビリヤードのように敵を突くのです。

ここで注意しなければならないことの一つに、中国式の気功で下丹田に「気」を貯蔵する人は、ヨガやストレッチなどで、「下腹部を圧迫してはならない」ということです。

もし体内の風船が潰れてしまったら、悪影響が心配ですから。

ちなみに、日本式の気功では「気」の貯蔵はしません。技は使えないと思いますが、こちらが安全かもしれませんね。


(2018.5.9)

LPからCDになったら、「なんか音に潤い感がなくなった」と嘆いている方がいらしたら、5月19日に発売予定の、この製品に注目してください。

CDプレーヤーとトランジスタアンプの間につなぐだけでOKです。分類的には超小型の「真空管プリアンプ」でしょうか。

キットですが、主要基板は組み立て済みなので、ネジ締めだけで完成するそうです。

まだ発売前なので、私に音のレビューは出来ませんが、同類の真空管製品を使ったことのある私には、大いに期待できるものです。シンフォニーが滑らかに、ボーカルが色気たっぷりに、ジャズが熱気を持って再生されることでしょう。

真空管アンプに大変興味があるけど、値段が高いし、大きいし、重たいし…、そんな方には、手のひらサイズで14,040円(税込み)のこれは、大きな福音になると思います。ちなみに「ラックスマン」は超一流ブランドです。

現在、すでにアマゾンでは予約終了(売り切れ状態)ですが、他を探せば(書店でも)、まだ予約可能のようです。


「 『デジタル臭い』音を、付録の真空管ハーモナイザーを通すことによって、真空管のウォームな音と倍音を付加した味わい深い音にする。

製造は日本を代表するオーディオメーカー『ラックスマン』。増幅率は1対1なので、音量を上げるものではなく、音に味付けをするもの。音が固い、つまらないという場合にこれを通すとほぐれて、ゆったりと鳴る。

また真空管を交換して音の向上を目指せ、オーディオのたのしみも体験できる。気持ちいい音にして、もう一度音楽にどっぷりハマってみませんか。 」

( アマゾン商品説明 「快音! 真空管サウンドに癒される 特別付録:ラックスマン製真空管ハーモナイザー・キット (ONTOMO MOOK)」 ムック 2018/5/19より抜粋 )

追記

念のため申し添えますが、これは「雑誌の豪華付録」ですので、今回限りの限定生産です。流通量も少ないはずで、発売日以降に書店で手に入れることは、困難も予想されます。

追記2

2018.5.9にご紹介しました、「真空管ハーモナイザー」の話ですが、音質の悪いソースを聴く際にも重宝するはずです。

名演奏のCDの中には、録音が古すぎるものがあります。それを昨今のトランジスタアンプとスピーカーで聴くと、音がザラつき刺激的になることも。

そんな時、「真空管ハーモナイザー」を通すと、滑らかな、聴きやすい音になることが期待できます。

基本的に、真空管の味わいとは、「液体のような感触」ですから。


(2018.5.6)

@ 「 酔っぱらいのSNS、お断り。」

( 2018.5.6朝日新聞(朝)、1面「天声人語」左の、「サントリー (Suntory)」広告より抜粋 )


@ 若いころ、職場で、6月に慰安旅行をしていました。

行先は、たいてい電車で2時間ぐらい離れた温泉です。

梅雨ぎみの空の下、しっとり濡れた新緑をながめる2時間は、いまでも忘れられません。

あの、勢いのある、圧倒的な緑の洪水。

それを見るだけでも、旅の価値があろうと言うものです。


@ NHK朝ドラは、時代考証と言いますか、舞台となった時代の、音響機器にも注意しているようです。オーディオの進歩に関心のある私には、博物館に入ったように楽しめます。

でも、大道具と言うのか、小道具なのかは知りませんが、担当の方は本当に大変だろうなと。

いつだったか、真空管ラジオが出てきましたが、一部に、古道具ではなく、最近発売されたアンティーク・ラジオらしきものが使われている事がありました。

裏側が映りましたが、いわゆる「汚し処理」が行われておらず、ピカピカのRCA入力端子や、木材工作の状況、などを見てそう思いました。他のラジオと比べ、アンバランスに感じたのです。

もっとも、タイムマシンであの当時へ行けば、ピッカピカの真空管ラジオも存在したはずですから、「汚し処理」は、不要なのかもしれませんね。


@ NHK朝ドラ「半分、青い。」に、最近、「五平餅」(ごへいもち)が出てきます。

あの平べったい餅は、母の大好物でもありました。

そのせいもあって、近隣に住む私も、もの心ついた時から食べていたので(味噌あじ)、とくだん珍しくもありませんが、ドラマでも描かれているように、全国的に見ると、「?」な食べ物なのでしょうか。

あの東京の漫画家も大感激してましたが、食べ出すと止まらない、一種、麻薬的な旨さがありますから、特にダイエット中の方は、覚悟して口にすべきです。


(2018.5.5)

@ オーディオ全盛期には、スーパー「ダイエー」にもオーディオショップがあり、確か、そこで著名なオーディオ評論家・長岡 鉄男さんの話を聴きました。

先生は、「ギザギザの原音を、ギザギザのまま再生すると、素人は音が悪いと言う」と語っていました。

そして、ギザギザの原音をツルツルに再生すると(本当は、こちらの方が歪んでいるのですが)、マニアは音が悪いと言い、素人は音が良いと言うのです。

しかし、それとは別に、オーディオには再生芸術という道もあり、ギザギザの原音でもツルツルに再生することを、マニアでも音が良いと言うのです。疲れた私はこの境地かな。


@ 3年いや、スポーツセンターへ通った10年近く、週に2〜3回は牛丼ランチを食べていました。

早い、安い、旨いの、三拍子そろっていましたし、お店は広いし、おばちゃん店員さんは笑顔で迎えてくれたからです。

でも、最近あまり練習をしていません。そろそろ体がむずむずしてきましたが、練習と同じぐらい欲しているのが牛丼なのです。腹ペコの時に食べる牛丼の、なんと旨いことか。


@ まだ20代の頃、脚を痛めてジョギングを引退した私は、一時、サイクリングに専念していました(知多半島一周サイクリングも、計画だけはしました)。

自転車で走っていると、「風が体を通りぬけて行くような感じ」がするのですね。

実際はウインドブレーカーで防御しているし、人体を風が通りぬけるはずはありません。

でも…

今でも覚えていますが、走りながら、なんども全身を眺めたほどに、風がスルーしていく感じが否めなかったのです。ほんとうに不思議な思い出。

でも、今なら説明できるような気がします。

あれは風ではなく、きっと爽やかな外の「気」が入ってきたのです。自転車の微振動は、乗馬と同じく、体を気功状態に誘う役目もしていますから。

今では、自転車に乗らなくとも、ウオーキングするだけでも、あるいは体操だけで、窓のようなもの開き(たぶんチャクラが開く)、体内を外気が循環することがあります。そのときは、メントスでも口に入れたような、最高に爽やかな気分。


@ アインシュタインは、「死とはモーツァルトが聴けなくなることである」と言ったとか。

彼の信仰は知りませんが、もし彼がクリスチャンだったのなら、「死とはモーツァルトを聴く必要がなくなることである」と言ったような気がするのです。

モーツァルトのような天上の音楽は、地上にいてこそ妙薬になりますが、天上では、その世界観そのものが、モーツァルトしているでしょうから。


@ モーツァルトは、メンタルが病んでいる時は、違和感が強すぎて聴けないことがあります。引きこもっている人を、無理やりお日様の下に引きずりだすようなものだからです。

しかし、そこまではいかないけれど、ちょっとだけブルーな気分、みたいな時なら、モーツァルトを聴くと良いです。モーツァルトという、エネルギーのようなものが体内に入り、染まり、元気になることを、私も体験したことがあります。


@ 師に人生相談をする効果は、尊敬する師が元気な生身の人間である場合、言葉ではなく、師のエネルギー自体に癒されてしまうこともあります。わずか15分間お茶するだけでも。


@ ドヴォルザークのシンフォニーBOXを順番に聴いています。先日聴いた曲がとても良かったので、「たしか5番のはず」と思って確かめたら、「Czech Suite」との記載が。

でも、「チェコスイートって何だ?」。「甘そうだからラブソングか?」。

そう思ってググったら、「チェコ組曲」である事が分かりました。オマケで入っていたようです。

ショパンにある氷砂糖のような純粋もいいですが、黒砂糖のようなドヴォルザークにはホッとします。


@ 前にも書いた事がありますが、私は、愛知県にある「知多半島」が、もしかしたら「愛知の湘南」になる可能性を秘めているのではないかと思っています。

名古屋から私鉄も走っていますし、クルマでも知多半島道路で一時間ほど。途中には中部国際空港もあります。

白砂青松の、美しく広大なビーチ・海水浴場があります。

漁港も近く、海鮮料理が旨い。そして「ふぐ」の名産地なのです。それは西日本のあそこへも出荷しているほど。

さらに、1988年より南知多温泉郷が生まれ、温泉旅館も多数あります。

1973年よりサントリーの知多蒸溜所があり、「知多」とが名付けられたウイスキーも好評発売中です。お土産にどうぞ。

お寺もたくさんあり、「知多四国八十八箇所」にもなっています。

そして半島のすぐ先には、篠島(1979年に、若き日の吉田拓郎さんが、伝説のオールナイトライブを行った)と、日間賀島があり、アクセス、宿も充実しているので、そこでは隠れ家的な休日が楽しめそう。

さらに、2022年には、愛知万博跡地に「ジブリパーク」も開業予定です。その前後に、知多半島に寄ってみるのも良いかも。

まだ書ききれないこともありますから、一度「知多半島」でググってみてください。


@ 2018.4.23に書いた、酒を旨く飲む方法の追記ですが、飲むときに、腕の傾きだけで飲もうとせず、上体まで後ろに反らせて(背筋を延ばす感じ)、全身のパフォーマンスとして、飲むと効果的です。


(2018.5.4)

「 チコちゃんに『ボーっと生きてんじゃねえよ!』と叱られます。」

( 「チコちゃんに叱られる!」 - NHK - NHKオンラインより抜粋 )


(2018.5.3)

ある有名な作家の、「読者からの人生相談をまとめたような本」が文庫になりました。

買おうかなと思い、先日、少し書店で立ち読みしましたが、ためらっています。

読者の質問を読むと、@まず、私ならこう回答すると考えてしまいます。Aその後、先生の回答を読みますが、(けっして先生の高みには届きませんが、それでも)先生に感情移入して考えている自分を感じるのです。

すると普通のエッセイと違い、何かの研修でも受けている様に疲労してしまうのです。


そう言えば、かつて見た、別の作家の本。辞典みたいにぎっしり情報がつまった超お買い得本でした。間違いなく渾身の作です。

しかし、密度が濃すぎて結局買えませんでした。ヒルティの「眠られぬ夜のために」みたいに、365日のカレンダーになっていて、毎日ひとつづつ説教してくれると、ありがたいのですが…。あるいは上下に分けるとか。


トランプ遊びさえも疲れてできない私なのです。
「そんなふうで、よく、まいにち、ぶろぐなんて、かいてられるなぁ〜」などと、いわないでください。


(2018.5.2)

やっぱり。


(2018.5.1)

初めて「手のひらから立ちのぼる、モウモウとした『気」』」が見えた頃、私は手のひらサイズの「気のボール」を作る実験をしていました。楽しくて仕方ありませんでした。

毎夜1時間ずつ、すでに一週間近く専念していました。

あれは夜の10時過ぎだったと思います。

そろそろ寝ようかな、そう思って立ち上がったら、突然、「しつこい目まい」に襲われたのです。力が入らず、平衡感覚も取れずに、倒れそうになりました。

その夜は、トイレに起きたときも、ふらつきが残っていたと思います。

病気でもなく、今までそんな極端な「めまい」の経験もなかったので、今でも「異常事態」として覚えています。

さいわい翌朝には治まりましたが、あれは何だったのでしょう。

以前にも似たような話を書いた事がありますが、言うまでもなく「気」は「元気の元」ですので、いたずらに消耗すると、寿命を縮めることもあると言われています。不用意な外部への放出は、ある意味「出血」と同じなのです。私は貧血状態になったようです。

気功師が気功治療で「気」を放出しても、やはり「消耗」があります。

だから彼らは、気功で下丹田に大量の「気」を貯蔵してから治療をしたり、あるいは人間ポンプとなり、頭頂部にある第七チャクラから自然界の「気」を吸引しながら、それを手のひらから放出する技を使うなど、まるで消防車みたいな活動をしているのです。

だから、先日ご紹介した通り、誰でも酒やコーヒー程度の事はできますが、小規模であり、さらに自分の体に戻す(輸血する)から良いのです。それ以上の実験は、師や本でキチンと学んでからにするようお願いします。

「気落ちする」「気が滅入る」「気が小さい」「気がそがれる」「気が散る」「気が尽きる」「気がない」「気が抜ける」「気が引ける」「気を失う」「気を抜く」

そんな日本語も「パワーダウン」を教えてくれますし、こんな名言もあります。

「 気が聚(あつ)まれば即ち生、気が散ずれば即ち死 」 (荘子)


(2018.4.30)

@ 街路樹の下に、誰が種をまいたのか、ポピーみたいなピンクの花が、いっぱい咲いていました。

みとれるほどに綺麗だったので、さっそく、ブログに書こうとしたら、すでに、そっくりの花が咲いている写真をUPしている方がいらして…。

もしかしたら、これ、シンクロニシティ!?、それとも、鏡の魔法かしら。


@ 以前こんなニュースがありました。ある女の子が、二つの鉢植えを用意し、一方だけに「話しかける」実験をしたところ、話しかけた方が良く育ったのだそうです。映像では確かに顕著な違いが出ていました。

専門家は、「話しかけている鉢植えには、無意識に手入れもしているのでは…」とコメントしていましたが、ニュース映像を見た私はヒントを見つけた気がしました。

彼女は話しかけながら、両手のひらを植物の近くに持って行ったのです。ペットを愛撫するがごとく。彼女の「気」のパワーが毎日与えられていたことは、まず間違いないでしょう(たぶん彼女に「気」の知識はないと思います)。

ですから、専門家の言う「手入れ」とは意味が違うでしょうが、おそらく、そういう意味での「手入れ」はあったのだと思います。

ただ、リンゴの無農薬栽培を描いた、映画「奇跡のリンゴ」でも描かれているように、「植物に話しかけると成長に良い効果がある」のも事実のようです。

その理由は知りませんが、「気にかける」「気をつかう」「気を向ける」などという言葉もあるように、「話しかける」と「気」のエネルギーが対象物に向かうのではないのか、とも想像できます。そもそも「気」は「意念」で動くものですから。


(2018.4.29)

@ 先日来、なぜ「気」の話で、お酒やコーヒーを持ちだしたかと言いますと、こうすれば、誰でも修行なしで「気」を体感できるからです。

普通、手のひらなどの気感が覚醒するには、毎日気功をしても最低数か月かかります。続けていると、ある日突然、目覚めるのです。それまでは、ひたすら懐疑とパントマイムな日々。

だから、大多数の人は「気」を体感できず、一生を終わるのです。誰かに話しても、数か月も修行をつきあってくれるような酔狂は人はまずいません。

しかし、舌は敏感です。修行なしで、いきなり「気」を感知できるようです。

残念ながら、私にはこれ以上先に進む力はありません。体験した方の中から、いつの日か、この神秘を解明し、科学や医学の進歩に、役立ててくださる方が現れる事を祈っています。そして、これは宇宙の解明にもつながっているはずです。


@ 先日、2018.4.23には、お酒の飲み方についてお話ししましたが、今回はコーヒーで実験する方法をご紹介します。これならお酒の飲めない方でも大丈夫ですね。

@喫茶店に入り、コーヒーを注文したら、まず2〜3口飲んで味を覚えてください。

Aその後、両手を温めるようにカップを囲み、リラックスして、腹式呼吸を数回するのです。両手とカップを上から見た図。 →(○)

上から呼気を吹き込むのではありません。「気」はカップを透過して(横の)手のひら入るのです。

終わったら、もう一度味を確かめてください。

Aのコーヒーには、すでに「気」が入りましたから、味にはトロミがついています。お酒の時のようにポーズを気にする必要はありません。いつものように気軽に飲んで下さい。

たくさん「気」が入ると、トロミの他に、メントールのような爽やかな風味を微かに感じる事があります。「気」にはそのような性質もあります。


(2018.4.28)

@ スポーツというと、野球みたいにグループでするものとか、柔道みたいな格闘技をイメージしするので、内向的な人などは、どうしても「敬遠」しがちです。

でも、「弓道」とか「アーチェリー」などは、対戦相手が自分自身であり、自分のペースで、黙々と練習できるのです。もしかしたら、内向的な人の方が向いている可能性もあります。

さらに、内向的な人が、知らず知らず溜めこんでいる、抑圧されたエネルギーも開放できるので、その爽快感に、ハマってしまうこともあります。それは、歌や踊りと同じく、自己表現の一つでもあるのです。「車イス・アーチャー」の逸話があるように、生きる喜びを取り戻すこともあります。

なるべく若いうちに、一度試してみると良いです。


@ 先日観た、良い音が売りで、追加料金まで取る「ドルビーアトモス」映画の話です(その時間帯は、偶然それでした)。

音が大きすぎて飽和しているような気がしたのです。

専門的なことは知りませんが、経験上、部屋のサイズと音量にはちょうど良いバランスというものがあって、いくら大音量が好きだと言っても、それ以上にすると、飽和状態のようになり、澄んだ音も濁って聞こえたりするのです。

もしホームシアターなら、遮音が完璧であっても、もう少し音量を絞ったと思います。

「ドルビーアトモス」以外の作品でも、ときどき頭痛がしそうなほど大音量なものがあって、危機感を感じさせられます。


@ 映画「スター・ウォーズ」を、「さかなクン」さんの伝記映画だと思っている人はいますか。


@ NHK・TV「美の壺」のオープニングには、ジャズのサックスと、和紙のようなものに、墨をたらしたようなシミが広がる映像が流れます。

@質感の話です。

あの「サックスの音」を共感覚で視覚化すると、「広がるシミ」に近くなるのです。音の肌理の印象と、シミの肌理の印象がつながります。

あのオープニングを見るたび、私は穏やかな気分になるのですが、その理由が「マッチングの美」にあった事に、先日気づきました。

A輪郭の話です。

シミは静かに広がる円形です。単音ならそれでも良いかもしれませんが、音楽は流れゆくメロディーですから、リキッド・メタルみたいなクネクネした流動体に見えます。感覚上のタイムラグはゼロでシンクロしています。だから、その点は違います。


(2018.4.26)

吉田秀和さんはELACのスピーカーを愛用していましたが、先日、オーディオ雑誌を見たら、その後継機が紹介されており、音質評価に「グロッシー」と書いてありました。

意訳すると「艶々と光沢のある音」とでも、なりましょうか。私も試聴会で聴いたことがありますが、まるでオーラを放っているような音でした。

ちなみにドライブしていたアンプはAuraの製品。ベストカップルなのかもしれません。

そう言えば、YAMAHAの最新型・高級スピーカーも、ピッカピカの音がします。


(2018.4.23)

@ 映画「ダンガル きっと、つよくなる」の、私のレビューで書いたような「師弟の問題」が、ここでも起こっているのかもしれません。

「 八丁味噌ブランド論争 愛知・岡崎市議会、国に調整要望 」 ( 日本経済新聞 2018/3/12 21:30 )


@ むかし池波 正太郎さんのエッセイで読んだ記憶ですが、「ざる蕎麦」「もり蕎麦」を食べるときは、@(蕎麦の)「山の中央」から、一口ですすれる分量だけ、つまみ取って食べるものです。そうすれば、きれいに食べられるよう、蕎麦は盛ってあります。

でも…遠慮して、A「山のすそ野」から取ると、蕎麦山が崩れたり、絡まってしまいがち。大量にとったりすると、さらにみっともない状態になります。

そして、最後には箸を立て、なるべくザルに付いた蕎麦の断片も取って食べます。そうしないと、乾いてこびり付き、洗うときにお店の負担になるからです。

日本人がフランス料理のマナーを知らなくても、ある意味仕方ありませんが(私のこと)、日常的な蕎麦の食べ方は知っておいた方が良いです。TVドラマ、旅番組、グルメ番組などでも、Aをやっている人を時々見かけます。


@ 「おちょこ」や「ぐい呑み」で日本酒を飲むとき、@正面からそれが見えないように、「手のひら」で隠すようにして(つまり、親指と人さし指の中央辺りに口をつけ)飲むのです。

A親指の辺りに口をつけて飲んではなりません。

@は、時々ドラマにも出てくる、男らしくカッコ良い飲み方ですが、それだけで言っているのではありません。おいしく味が変わるからです。

手のひらの中央辺りにある「労宮」というツボから、誰でもモウモウと「気」が噴出しています(私には肉眼で見えますし、コツを知れば多くの人にも見えるでしょう)。酒を飲むとき、それを一緒に口に入れると酒の味が変わるのです。「労宮」が舌を狙い撃ちするよう、手首をクイッと曲げて下さい。

そうすると、酒に「トロミ」がつきます。

ちなみに女性の方は、Aを両手ですれば(片手は添える感じでよい)、見た目にも美しく、「気」のパワーも二倍になり、同様の効果があります。

興味のある方は一度実験してみてください。錯覚だとおっしゃる方は、理由を考えてみると面白いと思います。

追記

味わうコツは、「惑星直列」みたいに、「労宮・おちょこ(ぐい呑み)・舌」が直線状に並ぶようにして飲むことです。「気」がお酒とまじって、舌に注がれていると、イメージしてください。

追記2

酒を飲むとき、腕の傾きだけで飲もうとせず、上体まで後ろに反らせて(背筋を延ばす感じ)、全身のパフォーマンスとして、飲むと効果的です。


(2018.4.21)

最近のスーツは、おじさんには細身ですね。スーツにそんな流行があるように、オーディオにおける音色にも、それはあります。

SPの時代は、電蓄の振動板(スピーカーにあたる)が金属だったため、その固有音が音に乗り、メタリックで艶やかな音がしました。

LP時代がスタートだった私も、SPの演奏会などで聴いたことがありますから知っていますが、大変に美しい音がします。

その後LPの時代になり、紙の振動板を持つスピーカーが主流になると、音に紙の固有音が乗るようになり、「いぶし銀の渋さ」「紙臭い音」になりました。

その移行期を体験した者の中には、SPのキラキラした音に郷愁を持つ人もいたことでしょう。

今は、一部のマニアを除いて、SPを楽しんでいる人はいませんが、最新型スピーカーの中にも、SPのようなキラキラした音を出すものがあるのです。

たとえば吉田秀和さんが愛用されていた、ELACもその一つ。

オーディオマニアから言うと、けっして高級品ではありません。普通のサラリーマンなら、ほとんどの方が手に入れられる値段と大きさです。

私は、なぜ吉田秀和さんがそれに決められたのか考えたことがあります。もちろんそれは音が良いからに違いないでしょうが、他にも、国際結婚された奥様がドイツ人だったことも理由だと思いました。ELACはドイツの会社だったからです。あのスピーカーは楷書体のドイツの音色を鳴らします。

でも、最近気づいたのですが、ELACの金属振動板からは、どこかSPへの郷愁が聴こえてくるのですね。もちろんSPより、はるかにハイファイであることに間違いはありませんが。

実は、私の使っているサブスピーカーも、ELACではありませんが、同様にドイツの、それも金属振動板を持つ製品ですから、分かる気がするのです。

青春時代への郷愁はここにもあります。


(2018.4.19)

@ 「 上昇志向消えた? 神戸市が『激辛』係長試験廃止へ 」 
( Yahoo!ニュース 2018/4/19(木) 20:11 掲載 )


@ 「 『AKB48総選挙』ナゴヤドームで開票 初の開催地公募に105件応募 」 ( Yahoo!ニュース 2018/4/19(木) 3:44 掲載 )


@ 「 訪米中の安倍晋三首相は17日午後(日本時間18日午前)、フロリダ州パームビーチでトランプ米大統領と会談した。トランプ氏は、拉致問題を6月上旬までの開催が見込まれる米朝首脳会談で取り上げると明言。」

( 「日米首脳会談  トランプ氏、拉致問題提起を明言」 毎日新聞2018年4月18日 08時17分〈最終更新 4月18日 14時11分〉 より抜粋 )


@ 子の取り違えが判明したら、本人か親権者に、本当の親を教えるのは、当然の説明責任と言うか、病院の義務だと思いますが、私が非常識なのかしら。

複雑な問題だからこそ、何が正解なのか、幸せなのか、ボールを転がしてみないことには、本当のことは誰にも分らないのでは。

たとえが適当では無いかもしれませんが、宝くじで一等が当たった人には、銀行で「心得の冊子」がもらえるそうですね。人生を誤らないように。

それを真似て、病院が本当の親を教えるときにも、第三者から、「実の親との再会について」のアドバイスがあれば良いのでは。

釈迦に説法の方もいらっしゃるでしょうが、それで病院側の懸念が和らぐのなら。


「 本当の親が知りたい。それだけなんです。知る怖さはあるけど、知らないでいるほうが幸せだなんてことは絶対にない。近所の親子連れを見ても、親子が出てくるドラマを見ても“俺の本当の両親はだれなんだ”と考えてしまいます。

50歳をすぎて本当の親を知っても、いまさら人生は変わらないでしょう。それでも知りたい。仮に私が生まれたとき30歳だったら、もう80歳。時間がないけど、ギリギリ間に合うかもしれない。母だって本当の子供に会いたいはずです。私は最後の親孝行に、母の本当の息子も探したいんです 」

( Yahoo!ニュース4月19(木)9:00掲載  新生児取り違え 当人の人生  順天堂「取り違え」被害者がすべて告白 不倫疑いで両親離婚、母は精神病を患い… より抜粋 )



@ 昨日のTVで警察学校の様子を写していました。

映画「愛と青春の旅だち」ほどではありませんが、訓練が大変そうでした。印象的だったのは、「相手から罵声を浴びせられても、平常心を保てるよう、先生があえて罵声を飛ばしている」のだそうです。

最初は涙ぐむ生徒もいるが、その内、慣れるのだとか。皆さま、ほんとうにご苦労様です。


@ 弓矢を射っているとき、選手よりも前方の左右に、人が入ってはなりません。

上手な人なら、そんな方向に矢は飛ばさないと思うかもしれませんが、長年の使用で弓矢が壊れることもありますし、疲労でうっかり手元が滑ることもあります。

その結果、矢が「正面軸上から、45度ぐらいずれて、左右に飛ぶ」こともあります。私も目撃経験がありますが、ごくまれに、ありえるのです。


@ アーチェリーの場合、一回(1エンド)に6本の矢を射ります。

初心者はなかなか的の真ん中(9・10点の黄色い部分、これを「ゴールド」と言う。)には当たりませんが、もし4〜5本当たったら大変。

「6本目まで当てたい」という色気が出て、心にさざ波が立ち、外れることが多いのです。つまり外野がいなくても自滅する。

これに打ち勝つには、(暗示でも何でもよいから)「アタルのが普通だけど、それが何か…」みたいな境地になるまで、精進することです。


@ 先生が、アタリメと、半分青いワイン楽しむ、春の午後。


@ 名古屋の「御園座」が新装オープン。一階に土産物店とフードコート。さっそく歌舞伎役者みたいな目で物色しましたが、一番心象に残ったのが、「エビフライドッグ」。やはりDNAはごまかせない。


(2018.4.18)

女子の試合です。射ようとしたとき、彼女は一人の男子学生からの、熱い視線に気づきました。視線も合いましたが、気に留めるそぶりも見せず、彼女は射り、矢は見事、的の中央に当たりました。

これの妥当な解釈は、「彼女は彼のことに無関心で、あえて言えば、電信棒が立っている、ぐらいにしか思っていない」という記号になります。

弓矢の経験から言うと、あれは大変に繊細なスポーツであり、実力を発揮するためには、射るときに「無心」を要求されるものです。

だから、もしその瞬間、「あの人上手だね」「次は真ん中に当たるぞ」などと、たとえ見知らぬ観客からの話声が聴こえるだけでも、普通の人なら自覚せぬほどの僅かな心の動揺が、コントロールを狂わせ、矢は曲がって飛んでしまいます。つまり当たらない。

ましてや、素敵な異性から熱い視線が注がれている事に気づいたとしたら、どうなってしまうのかは、言うまでもありません。私はそんな現場を何回も見てきました。まるで、あれは「古来よりの嘘発見器」。

だから、もし相思相愛で、彼女は「カッコ良いところを見せたい」がために、がんばって射り、矢を真ん中に当てたというシナリオだったのなら、それは、如何なものかと思います。


(2018.4.16)

@ TVドラマ「スペシャリスト Specialist」の宅間刑事(草薙君)はいないのかな。


(2018.4.14)

@ 「 2,980円と書かれた、大きなおもちゃ箱を抱え、千円札3枚を握りしめた、5歳ぐらいの男の子が、レジへ行きました。

店員が「3,218円です」「お金が足りないよ」と告げると、男の子は商品を返しに。

あとで、陳列棚に目をやると、男の子はしゃくりあげながら、ぼろぼろ泣いていたそうです。

子どもに夢を売るおもちゃ屋さんが、泣かせて良いのですか。買う側の立場になって、税込み価格を大きく、税抜き価格は小さく、表示できないのでしょうか。」

そんな趣旨の投書が(文章は正確ではありません。)、(2018.4.15)の朝日新聞にありました。

私もホームセンターで2,980円の時計を買ったとき、レジで3,000円以上請求され、「あっ、だまされた」と思った経験があるので、男の子の気持ちが良く分かります。

映画「ラブレス」や、私の打ち明け話よりも、このおもちゃの話が、一番刺さります。


@ 警察官の拳銃問題。ラジオか何かのコメンテーターが、「板場にだって包丁がある」と言っていました。

事件は加害者個人の特殊性の問題であり、体制の問題ではない、と言いたいようでした。

たしかに板場の修行は、「若い人が多く、包丁いっぱいの現場で、朝から晩まで、怒鳴られるのが、当たり前」の世界。でも事件なんて記憶がありません。

大工さんの修行でも同じです。親方は厳しいし、危険な大工道具はいっぱいあります。


@ 今朝のNHKラジオに、女性写真家の方が登場し、お話しをされていました。

「昔は『決定的瞬間の一枚の写真』で勝負していたけれど、今は『20〜30枚といった連作写真』で表現している」と、そんな趣旨のことを言われていました。

ふと、「最近の私のレビューも、追記が10件ぐらい」になっていることを思いだし、少し安心したのでした。


@ 4月から新生活を始められた方は、これから、楽しいこともあるでしょうが、いろいろな悩みにも遭遇すると思います。私もそうでした。

だから若いころ、癒しを求め、仏教のエッセイなど買ってみました。でも、私だけでしょうが、悩める若者に仏教は難しかった。

次に新約聖書やそのエッセイなど買いました。キリスト教は素人にも分かりやすい。私はそれらに癒され、歩き続けることができました。

別に、仏教徒やキリスト教徒になれ、と言っているわけではありません。私も深くは知りません。

しかし、この二大宗教のアウトラインは、現代人の常識の一部であると思います。映画を理解するうえでも役立ちますし、イザというときに支えてくれるかもしれません。

めずらしく、新聞にキリスト教会のチラシが入っていましたので、そんなことを思いだしました。


@ わが町にもジャズのライブハウスがあります。若い頃はかっこつけて時々行っていました。

大音量、ギリギリまで座席を増やした狭い店内、充満するタバコの煙、アルコールと特別美味くもない料理。

1時間以上をそこに居て、夜の街へ出たときの爽快感と開放感。裏通りにあるものだから、特にひっそりしていて…。

「あっ、この静寂と、新鮮な空気を味わうために、私は今、金を払ってきたんだ」、いつもそう思ったものです。


(2018.4.13)

@ モスラの抜け殻を見た、ウガンダ人。


@ ワイドショーを観ていたら、「交番は、派遣人数が少ないので、人間関係が悪いと、勤めが苦しい」みたいな話をしていたので、思いだしました。

仕事の苦しみは、ペアを組む相手との、人間関係の要素が大きいことは確かです。「相手との関係が良ければ、仕事はひとりでに回っていく」と言った先輩もいましたが、分かる気がします。

人事異動の時に、「出先は、楽そうに見えても、人が少ないから、人間関係が難しいぞ、地獄極楽、表裏一体だ」と教えてくれた先輩には感謝しています。


@ 健康な人の、いわゆる理想的な汗には、不純物は少ないそうですね。それから、病気の時にかくベタっとした汗と、スポーツの時にかくサラッとした汗も、違うらしい。

メンタル条件によっても、汗の質は違ってきます。変性意識下(いわゆる瞑想状態)と、通常(覚めた状態)では違います。

(変性意識になる)気功をしている時の汗は、まるで「ドブ川に落ちたみたい」に、ベトッとして臭いのです。自覚しないと友だちを失います。すぐシャワーを浴びてください。

なぜ臭いのか。気功の先生の本には、「邪気が出るせい」と書いてあります。


@ 今朝のラジオで言ってましたが、今年就職した若者の気質は、「先輩・上司には、自分の話を聞いてほしいし、自分を理解してほしい」みたいな、「師弟でいうなら、師の方から、自分に歩み寄って欲しい」と考える人が多いそうです。つまり「師弟関係が逆転している」のです。

それを聞いたDJさんは呆れておりました。やはり、新人君は心を空しくして、先輩・上司の指導に従うべきです。ましてや「教育係」として任命された先輩・上司は、あなたが就職した会社から信頼されている人間であることに気づくべきです。

新人君が独自のカラーを出すのは一人前になってから。それも、先輩・上司のメンツをつぶさないよう配慮して行うものです。


@ 雷オヤジに育てられた子は、「世の中そんなもん」だと思っているので、学校に入っても厳しい先生の言う事をよく聞くから、学級崩壊などありえないし、就職しても鬼の先輩・上司に素直に従うことでしょう。「親→先生→先輩・上司への駅伝」、かねがね私はそう思っています。「友だち家族」な昨今に寄せて。


(2018.4.12)

@ 「あるがままなり」


@ 「 江戸の敵を長崎で討つ 」。


@ 昔、事務所でそろばんを使っていた時の話。

いつも「お供は国語辞典」でした。

パチパチしていると、ときどき、雑念が浮かぶのです。

そんなときは、国語辞典を開きます。

しばしの間、ふむふむ納得し、

また、パチパチに励むのでした。


(2018.4.11)

相似形は、日本人よりも、欧米人が好きらしいです。でも、あれは、欧米人よりも、日本人が好きですね。


(2018.4.10)

@ 「全身を、(手のひらをクマ手みたいにして)10本の指先で軽くたたきます。そして、全身傷だらけだ、真赤な血が滲み出ている、映画「キャリー」みたい、大変だ」とイメージすると、全身がジンジンとして、少し熱くなってきます。

体内にあった「気」が表面に出てくるのです。速攻で傷を癒すために。そのまま2〜3分じっとして、落ち着いて来たら終わり。

これを「気功あんま」と言います。

公園での話。

その直後に、ベンチの水筒を取りに近づいたら、そこにご主人と一緒にいた、(普段はおとなしい)子犬に吠えられたことがあります。

私は無視して200m以上歩いて離れましたが、繋がれていなかったので、犬は吠えながら追いかけてきました。ご主人も不思議がっていました。

私には理由が想像できました。

犬は、「気功あんま」直後の、私の全身から立ち上る「異常な気」が見えたのでしょう。それが(武者震いみたいに)攻撃的に見えたのかもしれない。そして脅威を感じた。

しかし飼い主さんには説明しませんでした。簡単には分かってもらえそうもないし、変人扱いされかねませんから。

ちなみに、その後も、その犬とは何回も出会いましたが、いつも大人しかったです。


@ 若いころ、友人たちと地方に旅行しました。

静かな住宅街を歩いていると、庭につながれていた犬が、猛然と吠えてきたのです。

そのとき友だちの一人が、「うるさいわ!!!」と、大声で一喝。そんな事をする人だとは思わなかったので、私はびっくり。

でも、その瞬間、ピタッと犬も黙ってしまったのです。


私の家の庭に、捨て猫が迷いこんできたこともあります。家族はその猫をどうするかで、大声で口論。

そして口論しながら、猫を見に行くと、甘え声で鳴いていたネコは、すばやく縁の下へ逃げ込んだのでした。

動物は人間の言葉が分からなくても、「言葉に込められた感情」を理解し、判断できるのだなと思いました(余談ですが、私は動物にはオーラも見えるのだと思います。その色・形でも相手の感情を判断しているのだと。猫なんか特に)。


もしクマに出会ったら、逃げるのが一番だと思いますが、もし絶体絶命になり、他に方法が無ければ、「毒気のある大声で威嚇」するつもりです。小さな犬だって、吠えて、クマを追い払うぐらいですから。


(2018.4.6)

@ 「 『A』という価値観の人に、いきなり『B』を投げつけると、動転して『B』を排除しようとする」。

それは、ある意味、NHK朝ドラ「マッサン」で、排除される外国人妻の話にも似ている。

リアルでは、一度に全員救出できないからと(公平ではないからと)、立ち往生した電車への、救助のバスを断った話もありました。

もっとさかのぼれば、東日本大震災のときにも、(公平ではないからと)その気配を感じさせる悲劇がありました。

本来「公平」は良いことのはず。だから悪習を追放しても、この問題は解決しないのです。それどころか、自分の思想は善であるとして、「油断」している。そこに私は警鐘を鳴らすのです。

そんな反射的な行動が、形を変えて、今後も、誰にでも起こりうる。非常時には、リーダーの誤判断で全滅にもつながりかねない。今回の「女人禁制」問題で、教訓にしなければならないのはその点です。これは男女差別の問題にふみとどまりません。

だから「『A』『B』どちらの価値観を守るべきか」という問題については、次元の違う話。それはある意味、女性天皇問題にも似ています。あるいは、木造天守閣再建でエレベーターをどうするかとか。

こちらは後世に悔いのないようにすべきで、「感情的」になっている今だからこそ、拙速に答えを求めるべきではありません。これはもう一つの教訓です。イギリスのEU離脱騒動が参考になります。

追記

誤解の無きよう、申し上げておきますが、私は基本的に「男女平等」の立場を取っています。

「男尊女卑」あるいは「男女差別」主義者の方へ、申し訳ありませんが、私は同士ではありません。

私の映画レビュー、自分で読んでも、どのていど、ほめているのか、いないのか、分からない文章のときがあります。実際「★いくつですか」と質問されたことも。他人様に不要な困惑させないためにも、レビューの最後に、なるべく★マークも入れるようにしたのを、思いだしましたので。

追記2

ご承知だと思いますが、禅の逸話にこんなものがあります。

「 二人の雲水がいて、川を渡るとき、一人が困っている女性を背負って渡りました。

女性を降ろして、しばらく歩いたころ、我慢できなくなったもう一人が、『修行中の身なのに、女性に触れるとは何事だ!』と叱りました。

そうしたら、すずしい顔で、『なんだ、お前はまだ背負っていたのか、俺はとっくに下ろしてきたぞ!』と言ったとか」。

昨今話題になっている、「原則にとらわれすぎる話」に対する、解の一例がここにあるのかもしれません。

ちなみに、禅には「放下著」(ほうげじゃく)なる言葉があります。


@ 「熱田神宮」に参拝してから、境内の名店で「きしめん」(おすすめは、かき揚げ入り)、あるいは周辺の老舗で、「ひつまぶし」を食べます。 

その後、西北にある「白鳥古墳」のある公園を横断し、「堀川」にかかる歩行者橋を渡って、平成の名園と言われる「白鳥庭園」まで散歩します。桜のシーズンなら、北隣の「白鳥公園」と「堀川両岸」が、隠れた花見(しだれ桜もあります。)の名所になっています。

また、さらに北隣の、白鳥をモチーフにした優雅な「国際会議場」には、展望レストランもありますし、敷地内には、レオナルド・ダ・ヴィンチの巨大な「幻のスフォルツァ騎馬像」が再現されています。

そうそう、「白鳥庭園」を目でたら、園内の茶店で休憩します(名古屋名物「きよめ餅」はあるかな)。庭園の鯉までは、はっきり見えませんが、鯉の背びれがジョーズみたいに水面を切っていくのが見えます。

鏡のような水面に立つX字型の波紋。

その時、お殿様が池に鯉を飼っていた理由が、少し分かったような気がするのです。


(2018.3.31)

@ ちなみに、そのドライバー。普通に使うとき、ネジが軽く回るときは、軸の細い部分を回します。その方が早く回転できますから。そして力が必要になったら、太い部分を回します。その方が楽に回せますから。

しかし男性でも、日ごろ使い慣れていない人は、全部、軸の太い部分を回します。ぎこちなく。

でも、以前派遣された、大手電機メーカーのコンピュータ・メンテナンスの人、若い女性でしたが、ドライバーの回し方もプロしてて、「さすが」と感心しました。


@ 昨日のラジオで、鈴木 杏樹さんが話していましたが … 「ネジ山の潰れたネジを回そうとしても、ドライバーが空回りしてしまいますね。そんな時は、平べったい輪ゴムを、ネジとドライバーの間に挟み、押し付けながら回すと、外れる」そうで、YouTubeにも動画がアップされているとか。

私の日常生活でも、潰れたネジ山に困惑することは、今まで多々ありました。でも、そんなに簡単に回せたなら、どれだけ助かったことか。

その「平べったい輪ゴム」、地元では「きしめんゴム」と呼びます(私だけかも)。大量の紙をめくって、枚数を数えたり、内容点検したりする時、私はきしめんゴムを指先に引っかけ、すべり止めにしてめくっていました(得意技)。指サックもありますが、あれは指先が蒸れることがあるので、きしめんゴムの方が好きです。ちなみに、きしめんゴムの代わりに、巻き尺は使えません。


@ @核を持った某国の、A次なる望は仲間づくり。

もちろん核を放棄するつもりは無い!?。


@ 「住民が望むから撤去した」という説明は、「住民が望むから撤去できない」と言う韓国と同じ。


(2018.3.29)

あまり機会はありませんが、本やDVDなどを友だちに貸すときは、「15分読んで(観て)つまらなかったら、自分に合わないと思って、そこで止めてね。つまらないことをする時間は、辛いし、時間がもったいないから」。そうハッキリ言ってから貸していました。むやみに人様を拘束してはいけませんからね。たとえアンの出てくるものでも。

追記

昔、ビデオもBSも無かったころ、夜9時からのTVの映画劇場を、リアルタイムで観ることが楽しみでした。

しかし平日の夜9時は、私にとってはお風呂タイム。

だから、とりあえず9時15分まで観てみます。

そして@お風呂を後回しにしても、最後まで観る。

Aお風呂に入ってから、後半を見る(最初の15分を観ているので、それなりに楽しめる)。

B明朝眠いのをがまんしてまで観るには値しないから、お風呂に入ってさっさと寝る。

に3分類するのが習慣でした。

たぶん、そこから発生した私の流儀です。


(2018.3.25)

私がまだ老眼ではなかったころ、何かで、「文字が小さいのは犯罪行為である」と書いてあるのを読みました。私はただ「へぇ〜」と。

やがて、そんな私も、小さな文字が読みずらくなりました。

毎週のように本屋さんへ行くのが楽しみですが、若者向け雑誌の中に、内容は心惹かれる気がするけれど、ときどき特別に文字の小さなものがあります。

そんな時、「私の客は、あんたみたいな、おじさんじゃないよ!」と言われた気が。

反対に、新聞は、「義務教育を終了した、老若男女が、読んで理解できるよう、配慮して作っている」と、聞いたことがあります。

ちなみに、客層をほぼ、おじさんで占めるオーディオ雑誌の中には、ノーマルサイズと、大判サイズの二種類、同じ内容で出版しているものもあります。


(2018.3.23)

@ 大工さんにも、「自分の家は看板だ」という人と、「自分の家なんか、かまってられない」、という人がいます。

イエスは多分、後者。

そして殉職。


「 残業200時間の職員も…厚労省 働き方改革担当部署 」

( Yahoo!ニュース3/24(土) 14:23 掲載 )


@ 近未来には、引っ越しシーズンなど、完全無人の自動運転で荷物だけを運ぶこともあるでしょう。もし人が乗っていても、後部座席に一人だけの場合も。

そのクルマが暴走したら、一時的には、自宅でビールを飲んでいる所有者が逮捕されるのでしょうか。

2〜3日前にどこかで、「自動運転車の進歩で、今年生まれた人は、将来免許がいらなくなる」みたいな話を読みました(改めて探しても見つかりませんでしたが)。

確かに、タクシーの代わりに、公道で完全自動運転のクルマを使うだけあれば、近未来には、従来の運転免許はいらなくなる、のかもしれませんね。

でも、何だかんだと事故は起きます。

その時、責任の所在をハッキリさせるために、運転者責任に代わり、所有者責任、の概念が置かれるのでしょうか。免許も、従来の運転免許を簡略化し、所有者責任に特化した、1時間の講習でもらえる所有者免許になったりして。

たとえば完全自動運転車とて、雪がつもっているのに、ノーマルタイヤで走らせたら、きっと事故が起きるでしょう。その時は、所有者の管理責任が問われるのです。

そこまで、考えてふと思ったのですが…

3.11での、原発事故の責任はどうなったのでしょう。想定外の事故として、だれの責任も問われなかったのでしょうか。

参考「 自動運転中の事故、所有者に責任…有識者報告書 」( 「ヨミウリ・オンライン」2018年03月20日 21時24分 )


@ どなたかのツイッターで紹介されていた雑誌。

表紙の写真が印象的だったので、覚えていたのですが、それを本屋さんで、偶然見つけました。

立ち読みしてみましたら、斬新な写真がいっぱい。

大判だし、高いだろうと思って値段を見たら、500円ちょっとでした。安くても1,000円、もしかしたら1,300円ぐらいするかもしれないと思っていたので、びっくり。たぶん紙質のせいでしょう。

どうしようかと思いましたが、けっきょく買いませんでした。

文字が小さいのです。

本の前にメガネルーペを買わないといけません。そう言えば、あのメガネ、ホームセンターにあっても、なぜか本屋さんは売ってませんでした。

なぞです。

本当は、本には新聞並みの活字を使っていただくと助かります。


(2018.3.22)

子どもの頃、親とタクシーに乗ると、必ずと言って良いほど、カーラジオが鳴っていました。

二十歳ぐらいの時、一人で乗っているときも、まだ鳴っていたように思います。

当時、自宅の真空管ラジオは、温まってくるにつれて同調が狂い、ピーっという耳障りな音を出しましたが、カーラジオからはそんな音はしませんでした。

それどころか、音に、フェルトを思わせるような肌触りまで感じさせ、その太くて安心感のある音が、大好きでした。

でも気がつくと、鳴らしているタクシーは無くなりました。仕事帰りの深夜タクシー以外は。

一度、運転手さんにその話をして、「最近は、規則で禁止されているのですか?」と尋ねたら、「いえ、そんなことはありませんが…」とのこと。

なぞです。

素直に、「すみません、ラジオ鳴らしてもらえますか」と言えば良いのかもしれませんが。


(2018.3.18)

@ 今年のお花見はどこにしよう … そんなことを考えながら、毎日公園の、桜のつぼみを見ながら散歩しています。

公園の桜は、下がワンちゃんの公衆トイレになっているので、気持ちに微妙なバイアスがかかり、あまりお花見には適しません。

途中に、ノラ街が二カ所ほどあり、空き箱のような家にでスヤスヤねている背中が見えたりしています。台風などで壊されると、ボランティアと思わしき人たちが、速攻で再建します。

そう言えば昨日のノラ、私の姿を見ると、めずらしくUターンまでして近づいて来ました。よほど腹ペコだったのでしょうか。でも、ネコは飼ったことがなくて…。

啓蟄を過ぎ、先ほどPC裏の壁面を、一匹の(たぶん生まれたての)クモが、右から左へと、何回も止まりながら、ゆっくりと散歩して行きました。

ゴキブリはいけませんが、クモはあまり怖くありません。壁をトントン叩いてみましたが、まったく気にする気配がありません。生まれたてで人の怖さを知らないみたい。

PC画面とクモ君とを交互に見ている内に、どこかへ消えてしまいました。

お花見の帰りには、CDで「キース・ジャレット」のソロを買おうかと思います。一冬考えていました。今流れているのはモーツァルトのピアノソナタ15〜18番のCDです。これは最近のお気に入り。

なんとなく今朝、「今日は一日、自宅で名曲喫茶しよう!」と思い立ち、クラシックばかりかけています。


(2018.3.15)

@ 聞くところでは、愛知県小牧市の「田縣神社豊年祭」は3月15日らしい。

女性に喜びを、そして男性には勇気を。

なぜ申告期限と重なっているのかは知りません。


(2018.3.11)

@ ボランティアの報酬とは「人の役に立った喜び」だと思います。それはお金では満たされません。だから大富豪でもボランティア活動に精を出すのです。

ある被災者に「一番うれしかったのは、どんな時ですか」と質問すると、「人の役に立ったときです」と答えたとか。2年ぐらい前どこかで読んだ、忘れられない話しです。


@ ご承知のとおり、日本は人口減少で、いくつかの地方都市は消滅の危機さえあります。

そんな中起こった東日本大震災は、単に元通りにするだけではなく、未来を見据えた効果的な復旧・復興をしなくてはならないという、難しい問題を抱えたものになっていました。

声高に議論しては、被災した方々の神経を逆なでしかねない、このタブーと紙一重の問題が、どうやら成功しつつあるような話が書いてあり、少し安心しました。

記事には専門家の話として、このようなコンパクトシティ作りは、立ち退き・転居問題などのため、やりたくても普通の市町村では中々できないが、被災地ではその問題がほとんど無いため、事実上の社会実験として行うことができる、みたいな内容もありました(表現は正確ではありません)。街づくりの成功と、住民の方々の幸せを祈りたいと思います。

「 『東日本大震災7年 復興、コンパクトな街に』

東日本大震災から11日で7年。岩手、宮城、福島県では津波で壊された沿岸部の街の再建が進む。日本経済新聞が被災地の人口分布を調べたところ、人口が減りながら中心市街地の人口密度は震災前より上昇した自治体が複数あることが分かった。病院など生活に密着した「核」を中心部に配置し、住民を集めたのが共通点だ。被災地での街のコンパクトな再建は、日本各地のヒントになり得る。… 」

( 住建・不動産 地域総合 2018/3/11 2:00日本経済新聞 電子版 より抜粋 )


(2018.3.5)

久しぶりに「AERA」を買いました。立ち寄った本屋さんには1冊しか残っていませんでした。


(2018.3.1)

家を建てたことがある人なら分かりますが、一流大学を出た一級建築士が設計しても、現場作業をするのは職人さんです。

たぶん職人さんは一級建築士の資格を持っていませんし、多くは大学も出ていないでしょう。だから構造計算など専門的知識は無いと思った方が良いのです。

そして職人さんが作ろうとすると、たまに設計図通りには作れないことがあるのです。一級建築士の経験不足から、設計図が、いわゆる「机上の空論」になっている場合があるからです。

そんな時、学歴コンプレックスがある職人さんの中には、鬼の首でも取ったような気分になり、密かに一級建築士を冷笑する人もいるかもしれません。

もし大改造が必要なら、呼びつけて(現場を見せながら)チクリと説教するかもしれませんし、小さな改造だと思えば、独断で行うかもしれません。


(2018.2.28)

@ 40年ほど前の話。毎日ジョギングをしていた私の足に異変が起きました。左足の土踏まずの辺り、10円玉大の部分に、「火傷のような、軽い痛み」が起きたのです。

それは毎日続きました。当時インナーソールが出始めたばかりの頃で、輸入物の高価なシューズを履いていた私は、インナーソールの形に違和感を感じていたので、足形が合わないため痛めたのかなと思っていました。ランニング専門誌を毎月購読していましたが、そんな情報は載っていませんでしたし。

後に右ひざを痛め、ランナーを引退してからは、左足の痛みも消えていき、いつしか忘れていました。

それが中年になって気功を始め、ぶり返したのです。今度は両足裏に感じます。

今は気功の知識が少々ありますから、その痛みの理由が分かります。

それは足裏ツボである「湧泉(ゆうせん)」が活性化した証拠なのです。もっと言うと、体内の邪気が「湧泉(ゆうせん)」から排出される時の痛みでもあります。身体にはリズムがあり、夕食時あたりが一番活性化するみたいです。

たぶんランニングの刺激でも活性化するのでしょう(上下動は背骨を刺激する気功でもあります)。20代の頃にその知識があれば、いらぬ不安を感じなくて済んだものをと思いました。

ちなみに、痛みは軽いものなので、日常化すれば、徐々に気にならなくなります。むしろ健康体の証ですし。

追記

ちなみに「湧泉(ゆうせん)」は、ほかっておいても自動的に邪気を排気してくれますが(ジンジン感があります)、逆に、外気(空気中に在る気)を吸引することもできます。それは呼吸と同時に念じるだけで可能です(スースーする吸引感が足元に起こります)。

しかし、足元よりも頭の方が、位置が高い分、外気がきれいだと思われるので、頭頂の「第七チャクラ」から吸引して、「湧泉(ゆうせん)」から排出する方が、気分的に好きな方が多いようです。食物の消化も上から下へ動きますしね。

その気を、足ではなく手のひらのツボ「労宮(ろうきゅう)」から出せば、気功治療ができます。気功師はそうしています。この技ができると、自分の気を消耗することが少なくなり、あまり「命を削らなくても」仕事ができるのです。


@ 15年ぐらい前の話。仕事帰りの夜7時ごろ、しとしと雨の降る、薄暗い下町の裏通りを歩いていました。

下町と言っても、大都会の都心から、散歩できるぐらいの近さです。住むには人気の一等地。

道の両端には民家が立ち並び、雨で路面がテラテラ光っていました。

ふと見ると、道路の中央に、カエルがいるのです。鎮座してこちらを睨んでいるのです。

あんなに大きなカエルを見たことは稀有な経験です。そんなものが、今どき、この都心に近い場所に出現するとは…

私にはカエルに見えましたが、本当にカエルだったのでしょうか。大人の握りこぶし大で、やはり光っていましたが。

もしかしたら、お犬様の落とし物だった可能性もあります。

私は、まるで妖怪にでも遭遇したかのような気分になり、迂回して帰路につきました。


(2018.2.26)

大杉 漣さんが、2月21日お亡くなりになりました。66歳でした。私は大杉さんのファンで、毎週のように、何かで観ていたような気さえします。ですから、若すぎる死に驚きました。まだまだ、これから渋く魅力的になる年頃なのに。ご冥福をお祈りします。


(2018.2.25)

若い頃は、名古屋シティマラソン他、いろいろ出たことがあります。レース後は、参加者仲間でランチを食べて帰りたかった。かるくビールと歓談を夢想していました。いつも一人、ではありませんでしたが、なぜかその夢は叶いませんでした。本日走られた方、お疲れ様でした。


(2018.2.21)

私も小平奈緒選手のファンになりました。彼女が金メダルを取った日、次の走者を気づかって、大きな声援に「シー」をし、さらに(負けて)銀メダルになった韓国の選手を労ったシーンが世界中で感動を読んでいるようですが、彼女の本当の凄さは、あの場で、自然にそれが出来たことです。

オリンピックでも、平常心で、まるで学校の運動会みたいに(自分の良い面を出せる)メンタルの凄さに敬服します。あのスペシャルなメンタルがあったから、(まるで罠のように)「用意・ドン」が一秒も長くても、動じなかったのでしょう。


(2018.2.20)

今朝ラジオから、すごく良いフィーリングのシンフォニーが流れてきて、思わず終りまで聴き込んでしまいました。そして曲名が流れて驚き。それはシューベルトの第4シンフォニー「悲劇的」だったからです。

タイトルは昔から知っていましたが、「悲劇的」という暗いタイトルを敬遠して聴きませんでした。シューベルトはピアノソナタと歌曲ぐらいしか知りませんでしたが、少しシンフォニーにも注目してみたいと思いました。


(2018.2.18)

@ 駅弁の「天下とりご飯」(1,100円)だったかな。先日、発作的に食べたくなって…で、昨日は名古屋駅近くの映画館へ行ったのだけれど、その時はもうすっかり忘れていて…帰宅してから思いだしました。

「鳥のそぼろ」と「いり卵」が半分づつご飯の上に敷き詰められている弁当です。たぶん類似品は各地にあるはず。昔食べた時は、他におかずは入っていなかったような気がしましたが、今はいっぱい。勘違いでしょうか。

「ひつまぶし」は熱田神宮近辺の老舗名店で食べるのがお勧めですが…昔は良く食べたなぁ。でも最近は値上がりして…幸運にも先日食べるチャンスがあったのですが、いろいろあって、けっきょく熱田神宮境内の(かき揚げ)「宮きしめん」を食べました。神宮の緑のオープン席で食べる、熱々のきしめん、うまいです。

追記

「味噌煮込みうどん」は、名店で食べても旨いですが、無名の小さなうどんやさんでも、名古屋は旨いです。やはり文化ですね。


(2018.2.17)

@ 若い頃“やまがたすみこ”さんのファンでした。そう言えば「青い径」(あおいみち)という歌がありましたね。(遠い目)

今でもメロディや歌の一部を覚えています。今ハッキリ自覚しましたが、あれは当時から「青を想起するメロディ」だと感じていました。専門的な事は分かりませんが。


@ 「奨学金が返せず苦しんだり、自己破産や、保証人に迷惑をかけることもある」という情報も伝えてないのでしょうか。賢明なお父さんなので、後から困ることには、ならないとは思いますが。


(2018.2.16)

@ @「v」みたいに、首を中心に頭をゆっくり一回転し、意図的に軽く目を回したのち、

A二回転目は、息を吐きながら、首と腰を中心に、「( )」こんなふうに背骨の中央あたりを周囲に膨らませ、重力の力で崩れ落ちるように回して、体の力みを抜く。

これで、精神と肉体が、ほろ酔い加減の、無心の境地に入る。

ゾーンに入る。

私の妄想では、これが羽生選手のスタートに見えましたが、他の選手も同じかな。


(2018.2.13)

@ NHK朝ドラ「ひよっこ」で、みね子たちが工場で作っていたトランジスタラジオ。私が毎朝枕元で(ウトウトしながら)2時間前後聴いているラジオも、ほぼ同じものです。小さな音で聴いているので、電池はほぼ一年間もちます。カタログデータの2倍も。

このラジオ、二流メーカー製で、安いし、感度もそれなりですが、意外と音が良いので気に入っています。

ところが、最近購入した、一流メーカー製の、ステレオ仕様CDラジオ。機能は重宝していますが、なんとなく音が良くありません。

その原因は…

もしかしたら、内臓アンプが「デジタルアンプ」ではないのか、とも思っています。

「アナログ対デジタル」。その音質の違いは、マニアでなくとも知られるところとなってきました。もちろんデジタルでも、(たいてい高価な)本当に良いものは良いのですが、今回は、悪い面が出ているのではないのかと。

みね子の時代、あるいはオーディオ全盛期の、ラジオやラジカセは、アナログのトランジスタアンプが内臓されています。しかし最近の復刻版みたいな製品には、外見はレトロでも、デジタルアンプが内臓されている物もあるかもしれません。すると音は、似て非なるものなのかもしれませんね。

追記

もっと具体的に言うと、私は「もっと、ソフトで滑らかな音」にして欲しいのです。これは「コストや技術の問題ではなく、開発者の音決めの問題」になります。

しかしアマゾンなどのレビューを読むと、今の音でも「音がこもっている」と評価する人が多いようです。つまりマーケティングからは、制作者はもっと元気の良い音にしなければならない。

音に世代による嗜好の違いがあるのは当然の事です。しかし音の嗜好には、音の教養が影響を及ぼすのも事実なのです。一流メーカーはその教育者になるのか、あるいは迎合するのか、人生いろいろです。


@ 高齢者の運転するクルマが、駐車場で突然暴走し、店舗に突っ込む事があるのはなぜでしょう。

「ブレーキとアクセルを踏み間違えた」と弁解することが多いようですが、私の考える根本理由は、「免許はマニュアルで取ったのに、オートマ車を運転したから」だと思います。

ご高齢になって、「ふと気がゆるんだ瞬間、体に沁みついているマニュアル車の運転動作を、ついオートマ車で行ってしまうから」でしょう。だからブレーキとアクセルを踏み間違えるのです。

ということは、もう少し年月が流れ、マニュアル車で免許を取られたご高齢の方が、全員運転を引退されれば、この問題はほぼ解決するのです。

と思っていましたら、これから運転免許を取る今の若い人の中にも、「カッコよいから」という理由で、「とりあえずマニュアル車で免許を取っておく人」が、少なからずいる事を知りました。

仕事でマニュアル車のトラックなどを運転する必要がある人なら仕方ありませんが、単に「ファッション」で取り、実際はオートマ車を運転するのなら、それは今の高齢者に近い経歴をもつことになるのです。つまり、今の若者が高齢になった時には、又、同じように暴走の危険が生まれるのではないでしょうか。

もちろん、その頃には、自動運転車が当たり前になっていて、自動でブレーキがかかるでしょうが。


(2018.2.11)

@ 「共感覚」の話。

「 『青→ソの音』は、青い空からの連想かもしれないけれど、『赤→ドの音』なのは、なぜだかよく分からない 」と、新聞に研究者の言葉。

「ドの音」から感じる、ある種「ベーシックで深刻な響き」から、もしかしたら、無意識に「血の赤」を連想しているのかもしれません。

キリスト教の儀式でも、「赤ワインをイエスの血」と言っている様に。

追記

以前、「焼きそばドッグ」のパンに、甘い味のものと、塩味のものがあるのを知った時、「甘い味は涼しさ」を、「塩味からは暑苦しさ」を感じた話をしました。

そして今回、「ドの音」にある肌理の粗さ(雑味のようなもの)からは、ある種「暑苦しさ」を感じます。すでに述べたとおり「暑苦しさは塩味」なので、それからも「血の赤」を連想させるのです。

追記U

この様な説明が出来るのは、たぶん私に「色に関する共感覚」がほとんど無いからです。

本物の「共感覚」は意識できないほど自然なものです。目が見えるのは網膜に写った映像を電気信号に変えて脳に送り、脳が分析して「見えた」と感じているわけですが、それは「意識できぬほど自然な行為」です。本物の「共感覚」は、それに近いほど自然な感覚であり、連想ゲームをするほど遅いものではありません。


(2018.2.8)

皆さま、いつもお読みいただきありがとうございます。


(2018.2.7)

「三位一体」


(2018.2.6)

ポートレイト「羊の木」


(2018.2.1)

「東京ラブストーリー」。

リアルタイムでは観ていませんでしたので、最近の再放送を録画して、ちびちびと観ています。

話の中ごろ、ヒロイン・赤名 リカが「ロボコップ」好きだと知った男2人が、ビデオ店から「等身大の立て看板」を、リカの家に持ってくるシーンがありました(翌日、返しに行きましたが)。

「ロボコップ」は、ご存じのように、殉職した警官の脳をロボットに移植したものです。心は人間なのにロボットとして生きなければならない。その疎外感と哀しみ。

一見、一番元気そうに見える赤名 リカが、意外にも巨大な疎外感を抱いている事を、若い彼らはまだ知りません。


(2018.1.26)

@ ニュースによると、この事件を風化させてはいけないと、最近、学校でも「障害者差別はいけない」として、教えようとしているようです。

しかし、これは「加害者が、自分と被害者(障害者)を同一視した」故に起こった事件であって、いわゆる「障害者差別ではない」のかもしれません(下記の@A参照)。

むしろ、これは「自殺はいけない」という話、なのかもしれないのです。

従来、自殺が起こると、「加害者さがし」ばかりで、「自殺はいけない」という声は少ないです。日本人が嫌う「死者に鞭打つ」ことに、なりかねないからでしょう。

しかし、「自分をあやめるのも、他人をあやめるのも、人をあやめることに違いはなく、共に大変いけないこと」です。この事を教育して、初めて「車の両輪」を語る事になるのです。



@「自殺したいほどの自己嫌悪」

A「他人の中に自分と同じものを観る不快感」

B「特別扱いという新たな差別、そのジレンマ」

C「風化による事件の単純化」


一年ほど前、ある大量殺人事件が起きました。まさしくそれは、おぞましいほどの許されざる行為で、彼の味方をするつもりはありませんが、なぜそんな事をしたのか、TVや新聞で知りえた情報で、当時の私が推理した犯行理由を思い出してみました。もう詳細には覚えていませんが、当時マスコミにも似たようなコメントをした方もおられた記憶ですので、まったく的外れでもないと思いますから。

@犯行の何年も前から加害者は人生につまずいていました。就職なども上手くいかず、自分は世の役に立たない、認知されない人間だと、自己嫌悪になっていました。世の中にはこの段階で自殺する人もいるようですね(誤解の無いように付け加えますと、私は自殺には断固反対です。自殺を人生の選択肢にはしないでください。留まれなければ逃げれば良いのです。私もそうやって生きてきました)。

Aそんな加害者は、たまたま仕事で知った障害者を思いだし、「彼らの中に自分を投影した」のです。介護の仕事から受けた苦労も、不幸なことに彼の信念の裏打ちになりました。加害者は自殺したい衝動をすべて障害者に向けました。そこで事件が起こったのです。「加害者の中でそれは婉曲的な自殺」でもあったのかもしれず、「悪態は自己嫌悪をしている自分自身に向けて発せられている」のかもしれません。もちろん普通の人はそんな事はしません。一線を越えてしまった点で、加害者には病的なものもあったのかもしれません。

B事件が起こった後、被害にあわれた障害者の方々の氏名が、多くは非公表になりました。「障害者が身内にいることが知れると、家族が差別を受ける可能性がある」との理由でした。

C私もそうですが、昔観た作品など、ディテイルを忘れてしまうと、映画のレビューも書けなくなります。

自殺を人生の選択肢にはしないでください。留まれなければ逃げれば良いのです。私もそうやって生きてきました。(一部再掲)


@ たとえばトイレ掃除を一枚の雑巾で行うなら、「きれいな場所→汚い場所」の順で行うのが常識だと思います。この場合、トイレをぐるっと見わたして、順序の組み立てが大事です。

しかし国内のある量販店で、バイトさんらしき人が、「便器を拭いた雑巾で、手すりを拭き始めた」のを目撃したのです。彼は「順序なんて考えていないみたい」に見えました。

あ〜言わなければ分からない人もいるのだな、そう思いました。


@ 都会の勤務だと思って気象庁に就職したのに、気象観測船に乗ることになった、大学出たての女性。

まるで海上保安庁みたいな勤務状況。彼女はがんばってます。

そんな彼女が就寝前に聴いているのは、スマホに録音した「落語」。

実は私も、最近、落語のCDを買ったのです。だから、彼女の気持ちが分かるような気がします。


@ 着物を売りたい業者、着たい新成人、着れない貧しい人、選挙のプラスにしたい首長と、シンプルかつ事務的に行いたい部下。

そんな中、着物が詐欺にあったから成人式に出ない新成人。彼女たちはワガママ?

いえ、たぶん失意のために動けないのでしょう。

ところで、未来の成人式の理想像は。


@ クローン技術で愛する人を再生しても、それは、ある意味双子と同じで、宿る魂は別人ではないでしょうか。

すると、外見はそっくりでも、愛しあえる保証までは無いわけで、依頼主の心の傷はいっそう深くなるかもしれないのです。


(2018.1.25)

2018年1月24日「NHKガッテン!」で、「アナタの知らない万能調味料!“赤みそ”真の実力 」を放送していました。

“赤みそ”は見た目がクドそうなので、他県の人には、あまり評判が良くないようですが、「コクを増やす調味料」としての実力はピカイチで、カレーやチャーハンなどの(たしかチャーハンには「味噌と醤油を混ぜたもの」)隠し味としても抜群の実力を発揮するのです。

わが家では、母方の実家が“赤豆みそ”、父方の実家が“白麦みそ”なので、子どもの頃は、やはり父が“赤みそ”を嫌っていたのを覚えています。しかし、母も全面降伏するわけにはいかなかったようで、赤・白、ときにはブレンドを、日替わりで使った味噌汁を食べさせてくれました。

おかげで私は、バイリンガルならぬトリリンガルな味覚を獲得。

今でも、わが家には紅・白の味噌が常備してあり、交互に使用しております。しかし、「コク味調味料」として、カレーとかチャーハンまでは思いつきませんでした。

ちなみに、“赤みそ”と言えば、名古屋名物「みそかつ」「味噌煮込みうどん」「味噌おでん」「どて煮」などに使われて有名ですが、名古屋人は“赤みそ”の本家本元は、隣にある愛知県岡崎市の「八丁味噌」だと思っていて、名古屋名物だと言われている事に、少々後ろめたい気分もあります。

TVを見逃した方は、ネットにも概略が紹介されていますので、ぜひ一度ご覧ください。


(2018.1.24)

「墜落」と「不時着」は違います。

皆が「墜落の心配をするから、今までなら飛行場まで飛んでいけたケースまで、予防着陸するようになった」のでは。

もしかしたら。


(2018.1.23)

30歳ぐらいの先輩が、「本を1,000冊読んだ」と豪語しているのを聞いて、20代の私は、「それなら私は、映画館で映画を1,000本観てやる」と、密かに思ったのでした。

今の私は、それをレビューに書くのも夢になりました。まだ、どちらも、まだ時間がかかりそうですが。


(2018.1.19)

@ 「 信越線立ち往生 JRが三条市のバス提供申し出を断る 『全員を一度に救助できないと考えた』

新潟県三条市のJR信越線で乗客約430人が積雪で立ち往生した普通電車(4両編成)に一晩閉じ込められ、運転再開まで約15時間半かかったトラブルで、乗客救助のためバスを提供するとの市側からの申し出をJR東日本新潟支社が断っていたことが分かった。

同支社の今井政人支社長は19日、トラブル後、初めて記者会見し、バスの提供を断ったことについて『バスでは乗客全員を一度に救助することは困難だと考えた』と釈明した。… 」

( 産経新聞2018/1/19(金) 12:42配信 より抜粋 )


3.11の津波被害をモチーフにした映画「君の名は。」のレビューを書いた時、私はマイページで「公務員と会社員の思考回路の違い」に言及し、「首長は管轄内の公平を求め、社長は自社の利益を求める」みたいな話を書きました。あの日、私は東北地方には居ませんでしたが、現場にいて担当者の心の中まで覗いたように感じた痛々しい事例があったからです。「津波てんでんこ」が止められた。


JRの前身は国鉄であり公務員です。「救助を優先するのか、公平を優先するのか」。気のせいか「公平を優先した」ともとれるこの判断には、公務員的なにおいがします。しかし、非常時にあまり公平に拘ると、避難が遅れて全滅することもあるのを忘れてはいけません。今回のJRの件は、3.11の、あの教訓が生かされていなかったのです。

追記

私は、JRを執拗に責めているのではありません。彼らはもう十分に反省し、今後の対策も検討しているはずですから。

それでも、私がここに書ているのは、「公平」が「公務員の本丸」、あるいは「性(さが)」であるからです。だから今後も、どこかの公務員が、形を変え、同じ誤りを繰り返す可能性があり、災害大国日本では、それが「全滅に値する、恐ろしい結末」を招く心配があるからです。

大多数の公務員は、考えても見なかったでしょう。「公平は両刃の剣でもある」ことを。

追記U

>「現場にいて担当者の心の中まで覗いたように感じた痛々しい事例があったからです。」

かつて私は、それを詳細に書きました。そうしたら「想像で書いた」ことにクレームがついて削除せざるを得なくなり、「公平は両刃の剣」であるという話の核心部分は無視されたのです。

しかし今回、JRのトラブルで歴史は繰り返されました。他人事だと思っていると、また今後も起こりえます。


@ 時々、私のような無教養な者にも、「どうやったら株で儲けられるの?」と質問してくれる人がいます。私を信用してくれたのですから、何とかこれに答えなくてはいけません。

そんな時、いつも私は下記のような話をします(頭を捻っても、これしか出来ませんので)。


@ 世の投資商品は「ローリスク・ローリターン」「ミドルリスク・ミドルリターン」「ハイリスク・ハイリターン」に分類でき、だれもが欲しがる「ローリスク・ハイリターン」は、今も未来も存在しない。理解できない複雑な構成の金融商品は「ハイリスク・ハイリターン」だと思っておけば良い。

A 初心者向けの株式投資のマンガを読んだことがありますが、いきなり「持ち金が少なくても大儲けできる」として、「信用取引」が紹介されていて驚愕したことがあります。「株などは10年間使う予定が無い金でやるもの」で、借金までしてやるのはやめた方が良いです。「レバレッジ」も借金とみなします。

B 株の値上がり値下がりは、その企業の業績だけで決まるのではありません。地球の裏側で発生した、まったく関係のなさそう出来事で、大暴落することもあります。つまり、未来を予言できる「超能力者」でなければ、未来の株価を確実に予想すること(確実に儲けること)は不可能です。

まとめれば、「世の中そんなに旨い話はない」という話。

それでも儲けた人がいるのは「運」もあるのでしょうし、一握りの儲けた人は嬉しくて「本」など書くかもしれませんが、大多数の損した人は、たいてい「沈黙」しているせいもあるのでしょう。

仕事でも、昔は「苦労の代償として給料をもらうものであって、もし仕事が楽しければ、逆にお金を払わなければならない」という考えが当たり前でした。

でも今は「楽して儲ける」(ある意味、「ローリスク・ハイリターン」)ことを考えるのが当たり前ですね。「仕事で苦労するのは、仕事と人とのマッチングが間違っているから」だという考えです。「好きな事を仕事にすれば、楽しく働ける」と言う。一概にそれも否定しませんが。

しかし、もしかしたら、この思想というか、雰囲気で、株などの金融商品に入ってしまう人もいるのかもしれませんね。そして“意識せぬまま”「レバレッジ+ハイリスク・ハイリターン」の世界に手を染めてしまうとしたら、それは怖いことだと思います。


(2018.1.14)

@ 若い頃、ちょっとしゃれたお店には、店内に「私設の電話BOX」がありました。

灯りがともったあのBOXは、癒しの気配まで漂わせ、見ているだけでも幸せになりました。

あの時代を知っているはずのおじさんが、今、店内で、平気でケータイ通話しているのを見ると、私はいつもため息をつくのです。


@ スマホ「ながら運転」は、自動車、自転車とも、「飲酒運転」と同レベルの非道・危険だと考えるべきではないのか。

勤務先によっては、事故を起こさなくても、警察に見つかっただけで、懲戒免職・解雇に該当するような。


(2018.1.11)

@ ソニーの新型「アイボ」が12年ぶりに復活したようです。

ニュース映像を見ただけですが、買った、いや飼ったことのない者には、旧型との違いが分かりません。やはり「メタリックな、いかにもロボット的な感じ」がします。

後発メーカーで、印象に残っているものは、ふれるだけでも癒される「もふもふ系」で、ふさふさの毛が生えていたりしますが、アイボは違います。

このご時世、「それって、どうなんだろう…」と思いましたが、オーディオで言う「ソニートーン」(ソニー製品に共通するような音色)を思いだして納得しました。

音を言語化するといろんな表現が出来ますが、例えて言うなら「どちらかといえば硬質で、メタリックなほどクリア、そして艶のある音」なのです。

新・旧のアイボも、やっぱり、その血が隠せないわけです(ある意味、血統書付き)。


@ コンビニで買ってきた食材の、AとBを混ぜたり、ひと手間加えたりしただけの、「簡単コンビニ料理」があると思います。

同じように、賞味期限まじかの、災害用の備蓄食料を使った、「簡単防災料理」みたいなコンテストをやったらどうでしょうか。

タダでもらえて、簡単に美味しい料理にバケる、そんな食材があると知れば、節約庶民は、ほかっては置かないはず。


@ 3.11以降、自治体では災害用の食糧備蓄が増えいますが、「賞味期限切れをどうするか」が新たな問題になっているそうです。

昔、防災訓練の時に、期限切れまじかの「乾パン」を頂いたことがありますが、あれは美味しかった。

名刺大で、黒ゴマも入っていて香ばしく、少し濃い目の食パンみたいな味がします。小腹がすいた時とか、食後、ご飯のお代わりをするほどでもないけれど、少し食い足りないなぁ…みたいなときに、あれをかじると、しみじみ幸せな気分になれます。

今どき、わざわざ地味な「乾パン」を買う人も少ないと思いますが、いざ食べてみると、「こんなに、うまいんだ!」と感激しますよ(ミルクやヨーグルト・アイスクリームなどと組み合わせると、さらに美味しいかも)。

もし、市町村役場で無料配布してくれるのなら、散歩がてら、貰いに行きたいほどです。他にも、持ち帰れるものがあれば貰いたいですね。

参考 ( 2018.1.11「朝日新聞」(朝)2面 備蓄食料 ジレンマ 期限切れ前に寄付 仕組み課題 )


(2018.1.8)

日韓合意、韓国は日本に何か要求する前に、慰安婦像の撤去をすべきだ。


(2018.1.7)

@ BBCのモニタースピーカーで聴かせていただきました。どなたの好みなのか前半YouTubeの画面がオレンジでしたが、驚いたことに、セリフの多いA子さんのお声もオレンジをイメージさせました。一方、B子さんのお声は淡い桜色でした。これは、あの舞台でのイメージです。環境が変わればこれに限りません。


@ 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のラストシーンに出てくるような、空飛ぶクルマの夢を見ました。

そのクルマは道路から垂直に浮上し、地上10mほどの所でUターンしようとしましたが、急旋回が効かず、ビル3階のベランダにぶつかりそうになりました。

また別のクルマは、ふらふらと地上2mでUターンしたものだから、後続車と正面衝突しそうになり、驚いたタクシーが急ブレーキをかけ、さらに少しバックして衝突を免れました。タクシーの後ろには、たくさんのクルマが止まり、大渋滞を起こしていました。

そこで、目覚めたのですが、なぜ、そんな夢を見たのか分かりませんでした。

ボ〜っとした頭で、枕もとのラジオをつけたら朝7時のニュース。そこでは「沖縄で軍用ヘリが砂浜に不時着した話」をしていました。私は、「あ、それだ!」と思いました。昨夜観たニュース映像が種になり、こんな夢を見させたのです。

ところで、地上を走る車は、タイヤで接地していますから、急ブレーキ、急旋回が可能ですし、墜落の心配もありません。

では、空飛ぶクルマはどうでしょうか。

もちろんその頃には、A.I.による自動運転技術はかなり進歩しているはずですが、しかし空飛ぶクルマは、詰まることろ「体の良いヘリコプター」でしょうから、急ブレーキ、急旋回は効かず、墜落の危険もあるわけです。

免許制度がどうなるのかは知りませんが。バラ色の未来の前には“ひともんちゃく”ありそうです。

参考:「 『空飛ぶクルマ』離陸 トヨタが支援、20年の実用化目標 」 ( 「日本経済新聞」2017/5/14 2:30 )


(2018.1.6)

地元の映画館の音は、アルティックが鎮座しているような一部の劇場を除き、昔は悪かったですね。わが家のチープなステレオの方がよほど良い音がしました。

しかし都市の再開発もあって、懐かしい、その「劇場」が消え、「暗室」ばかりのシネコンができると、(個人的には、不愛想な「暗室」は文化の後退だと思いますが)音は驚くほど良くなりました。

あのクオリティーの前で、まだ「わが家の方が良い音だ」などと言われる方がいらしたとしたら、それは恐ろしいことです。


(2018.1.4)

@ 「バイキングで横入りされた」という声がラジオに寄せられました。

それに対してDJさんは、「普通、お皿の置いてあるところが入口だと思うので、皆さま気をつけましょうね!」的な回答をされていたように思います。

ふだん「横入り」を嫌う私ですが、バイキングの列に横入りという概念はなかった(満員電車に乗る時のように、無理やり割り込むのはマナー違反ですが、すき間があれば、後ろの料理を取る権利を放棄して、どこから入っても良いと思っていた)ので、この応答には違和感を感じました。

もちろん初回なら入り口から入るでしょうが、二回目以降なら「エビフライ」とか「ステーキ」とか、お代わりしたい料理の近くへ入るのでは。それとも、入り口から入って5分も行列に並ぶのかしら。

最後に置いてあるデザートのショートケーキを取りに行くときも、やっぱり最初から並ぶのかしら。


(2018.1.3)

@ さっき聞いたラジオの言葉。

「 仏教とはメンタルヘルスである 」


(2018.1.1)

@ 北朝鮮がすぐに拉致問題を解決させたら、北朝鮮への巨額の慰謝料・賠償金の支払い請求を、日本は免除する用意がある、という話は…聞かない。

「 <北朝鮮>『拉致解決、資金援助が条件』脱北の元高官証言 

… 金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が「拉致問題の解決と引き換えに、日本から巨額の資金援助を受けられることを望んでいる」と明らかにした。… 」

( 「毎日新聞」1/1(月) 7:00配信 抜粋 )


@ 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

いつもお読みいただいた方、そして、ご指導ご鞭撻を下さった方、本当に有難うございます。


(2017.12.28)

@ 昨日、ブログが削除されてしまった件の追記Uです。

削除されてしまうので、具体的内容が書けませんでしたが、本日2017.12.28朝日新聞(朝)の「天声人語」に詳しく紹介されていますので、ぜひご覧ください。中学校の教材にも適した、大人も括目の話です。


(2017.12.27)

@  朝日新聞2017.12.25(夕)7面にその記事がありますが、かつて新聞の賞を取り、全面広告でも紹介されたキャッチコピーがあります。それは「逆転の発想で価値観の議輪を巻き起こしたもの」です。

岡山の中学校では、道徳の教材としても取り上げられたこの言葉を、昨日ご紹介しようとしましたら、更新時にほぼすべての〈パレット〉の記事が消滅してしました。

私は、私の日頃の行いに、とうとう天罰が下ったのかと思いましたが、いろいろ書き込み試した結果、もしかしたら、そうではなく、あのキャッチコピーに在る、「あるワード」が問題だったのかもしれないと思い至りました。

その言葉は、「昨今の社会情勢をみると、若者に悪影響を与える」との観点から、きっと「「有害ワード」に指定されているのです。そして、そのワードがあると「自動削除」になってしまうのでしょう。

そう言えば、そんな話をニュースでも聴いたような気がします。しかし、その時、そのワードだけでなく、過去の書き込み(私で言えば、過去一年分の、無関係な記事)まで、コンピュータは一蓮托生に消してしまう。これがA.I.の未熟なところです。

しかし、(学校の教材にもなるように)前向きに人生を語ったり、硬派な映画のレビューを書くときにも、そのワードが必要になることがあるでしょう。その時に、またすべてが消えてしまう心配がありますが、とりあえずは気をつけることにいたします。

皆様、本当にご心配をおかけしました。

追記

そのワード「一文字」がいけないのかと思って「○」に置き変えてみましたが、やはり削除されました。もしかしたら、一度削除したものは、あるていど「文章として記憶」しているのでしょうか。そのあたり良く分かりませんが、今は余分なエネルギーを使ってまで詮索りするつもりはありません。午前中は二時間ほど「ブログの引っ越し先」も探していたぐらいですから。


@ 「 … 退位を実現する特例法の成立後、初めて思いを語った。「これまで多くの人々がおのおのの立場で考え、努力してきてくれたことを心から感謝しています」と謝意を示した。… 」

( 2017.12.23 朝日新聞(朝)「 残された日々、継承に向け準備を行っていく  天皇陛下きょう84歳 退位決定に『感謝』」より抜粋 )


@ リタイア後を「毎日が日曜日」と言うのは、私の場合、ちょっと違うかな、と感じます。明日はもっと楽しいかも…などと期待する気分が有るので、「毎日が土曜日」と言うのが近いかな。

それはともかく、10連休、するのか、しないのか、検討中の話も。10連休にして欲しいですね。理由は、「その方が楽しそうだから」。国民の喜びが大きいと思います。

「 5月1日即位でGW「10連休」 2019年、政府検討へ 「休日」と「祝日」で違いも 」  

( 2017.12.6 22:23更新 産経ニュース )


(2017.12.26)

@ 人気TVドラマ「陸王」の最終回が放送されました。

「こはぜ屋」さんの社長は、茂木選手の調子が良いときも、悪いときも、陸王を履いているときも、履いていないときも、いつも変わらぬ応援を送っていました。

茂木選手も、豊橋国際マラソンでライバルが給水に失敗し、ボトルを落としてしまったとき、自分の水を半分与えました。そして茂木選手は優勝し、ライバルの信頼も得たのです。

対して、こはぜ屋さんたちに汚い手を使っていた、RUの部長らしき男は、やがて社長から左遷を言い渡され、部下からも見限られる羽目に。

私は、これらのエピソードから聖書を連想したのです。

「 12:19

愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、『主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する』と書いてあるからである。

12:20

むしろ、『もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである』。」

( ローマ人への手紙・第12章第19・20節 )


@ 今、「残心」が最も美しく、そして良く分かるのが、カーリングですね。

「 平昌五輪に映えるカーリングの美女たち 」( 産経ニュース 2017.12.24 11:00更新 )


(2016.10.6)

@ TVの情報番組で、ワンちゃんを紹介していました。彼(たぶん)は、奥さまが「掃除機をかける」と、すぐに自分も「音の出るボール」を持ちだして遊ぶのだそうです。理由は分からないとのこと。

私は、奥さまが「掃除機をかける」ことを「音の出るオモチャで遊んでいる」と認識し(ワンちゃんに掃除をするなどと言う習慣はなさそうだから)、記号論を使って自分も「音の出るオモチャ」を持ち出すのだと思いました。そしてお付き合いで遊んでくれているのだと。

たかが犬と、小ばかにしてはいけませんでした。

彼は「とても高級な概念」をもっている可能性があります。「すごい切れ者」なのかもしれないのです。

ここは犬語翻訳機「バウリンガル」(2002年 イグノーベル平和賞受賞)をバージョンアップしていただき、「愛犬といっしょに映画鑑賞」できたら素晴らしいかもしれません。

彼なら私の気づかない「映画の記号」を読み取り、たとえば「ゴジラしっぽと、無人在来線爆弾という“しっぽ”、その秘められた相関関係」ぐらいは、楽に語ってくれるかもしれないから。


(2016.9.28)

@ 「世界最大級のブルートパーズ原石」は、写真で見ると、アルバム「ウエザーリポート」の「割れガラスジャケット」と似ています(9/24参照)。

「共感覚」で聴こえてくる音も似ていますが、原石の方は絵柄が単純な分「音数も少ない」です。

「詩心」で言えば原石は「おちつきがある」、「まとまりすぎてつまらない」と感じます。「老成」した感じでしょうか。対する「割れガラスジャケット」は「むてっぽう」、「むき出しの若さ」ですね。


「 世界最大級のブルートパーズ原石、英自然史博物館で展示へ 

ロイター 9月28日(水)12時45分配信

9月27日、ロンドンの自然史博物館で、トパーズ原石では世界最大級とされるオストロ・ブルートパーズの原石が来月から展示されることになった(2016年 ロイター/PETER NICHOLLS) 」

( Yahoo!ニュースより抜粋 )


(2016.9.24)

学生時代、ウエザー・リポートというグループの「ウエザー・リポート」というアルバムを、夜の闇の中、枕もとのトランジスタラジオで聴いて、その不思議な魅力のとりこになりました。

あの頃の感想を言えば、「心に穴が開いて、風が出入りするような感覚」です。あるいは「煩悩を換気する歓喜」かな。まるで瞑想をしている様に無心になれました。

でも、けっして心地よい音楽ではありません。大きなステレオで聴いたとき、私も最初は拒絶反応を起こしたぐらい、あれは怪しくて素性が知れないものです。

ところで、そのCDジャケット(昔のLP時代から同じデザイン)を見ると、「剥がれるように割れた、家庭の窓ガラスの断面みたいな写真」が写っています(自動車の窓ガラスはサイコロ状に割れますが、昔の家庭の窓ガラスは違います)。

剥がれるように割れた、ガラスの断面特有の、鋭さと柔らかさのあるライン。指を触れると怪我をしそうな、剃刀みたいに危険な雰囲気をまとった不思議なアート。

今さらながらに気がついたのですが、あれは「一曲目に出てくる音(音楽)」を「共感覚で視覚化」したものだと言っても良いのです。

お寺の鐘のようにワーンと鳴るエレクトーンの和音のような音(剥がれるように割れたガラス)、プッ!と一瞬だけ鳴るトランペットのような音(線状や鋭角に割れたガラス)、コン!と一瞬だけ鳴る叩くような音(ガラスの硬質感)と言うように。

奇抜なデザインでありながら違和感のなかった理由が分かったような気がします。


追記

どこかで読みましたが、共感覚者同士が、同じものを見聴きしても「常に同じイメージを受け取るとは限らない」そうです。そうすると「にせ者」だと誤解されかねないので、プライドをかけて両者一歩も引かないことがある。だから共感覚者同士は予想に反して「不仲になる」こともあるらしい。

それを承知で言うのですが…

アルバム一曲目のタイトルは「ミルキー・ウエイ」ですね、その意味が「天の河」であったとします。もし「天の河」を「共感覚」で音に変換すると「トタン屋根に当たる嵐の雨音」みたいになるのです。

雨音の一粒一粒が「星」です。風につられて付く強弱が「天の河」の流れ。プッ!というトランペットが「流れ星」。コン!という叩く音が澄みきった「夜空」です。そのイメージで作曲します。

そしてアルバムジャケットには本物の「天の河」が写った写真を使います。

しかし、彼らの作った音楽は違うイメージです。たぶん、彼らは「共感覚」で作曲したのではなく前衛的な「詩心」で作ったのだと思います。

ところが、完成した音楽をジャケット作家に聴かせたら「割れたガラス」が見えた。ジャケットを制作した人はきっと「共感覚者」だったのでしょう。

つまり「天の河」→「共感覚者でない人が前衛的な詩心で作曲」→「共感覚者が聴いたら、天の河ではなく割れたガラスが見えた」→「ガラス写真ジャケットの完成」(「ミルキー・ウエイ」というタイトルから「割れ目を「天の河」のように白くし、背景をミッドナイトブルー」にした)。

などと夢想します。


UUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU
 

「 成長できない者にかぎって、飛躍したがるものである 」
                

             (エリック・ホッファー)

飛躍したいという野心は、実は、成長できない者が破滅していく前奏曲だったのかもしれないのです。
 

UUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU


( 映画について )

昔は、人が「面白い」と言えば「そんなに面白いなら観ないわけにはいかない」と、人が「つまらない」と言えば「その、つまらなさ、自分の目で確かめてやろう」と、休日はほとんど映画館に入りびたりでしたが、最近は映画館は月に3回ぐらいになりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

( 掲示板について )

思うところがありまして、近年返信をお受けしておりません。あしからずご了承ください

人にものを伝えるのは難しいことです。

対面していても難しい。ましてや掲示板に書き込んだだけで、完全なる意思疎通をするのは困難だと思っています。老若男女、生まれも育ちも違う無数の人たちが匿名で参加しているのですから。

私の書き込みに反感などをもたれた方は、それは私の本意ではないと好意的に解釈してください。どこかに誤解が混じっているかもしれませんから。

ときどき「その解釈は違うと思う・・・」とか、返信を下さる方がいますが、できましたら御自分のスレッドを立ち上げて、返信ではなく、自主的な発表として、あなたの解釈をお披露目してください。その方が嬉しく思います。返信を下さるほどの自信とエネルギーが有る方なら、ご自分のスレッドを立ち上げることは容易だと思います。

議論をしないことについてもご意見をいただく事がありますが「議論をしないための議論」になりかねないため返信できません。どうぞご理解くださるようお願いいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

( お気に入りユーザー登録について )

お気に入りユーザーとして登録してくださる方がいらっしゃいます。心より御礼を申し上げます。

大変恐縮ですが、私自身は現在この機能ボタンを使用しておりませんので、悪しからずご了承くださいませ。でも、私も、心の中で、皆様をお気に入り登録させていだだきました事をお伝えいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

( 映画生活ユーザー登録について )

遅ればせながらユーザー登録をさせていただきました。私の現在の登録HNは2001/5/22から使用している「さくらんぼ」ですが、2000/12/31からHN「街の灯」で、2001/1/7から2001/5/14までは、HN「まちのひ」で投稿しておりました。当時はメルアドの入力も不要な、のんびりとした時代でした。でも入力が必要事項になった時、直後の数日間は、皆さんの投稿数が激減してしまいました。きっと警戒心がわいたんでしょうね。懐かしい思い出です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

( 私のレビューについて )

子供のころ学校で「本を読んだら次の順序で読後ノートをまとめるように」と教わりました。

@あらすじ、A主題、B感想、の順です。

この中で私がいちばん興味をもっているのがA主題さがしです。私の投稿はおもに「独りよがりな主題探しの打ち明け話」で、レビューとしては中途半端なものです。少なくともBの感想をプラスして初めてレビューの体をなします。Bの感想は何を書いても良いのですが、主題が分からないと的外れなものになりかねないので、こちらもまた難しい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

( 映画の解釈方法について )

私は映画の解釈をするとき、ふと「映画とはシンフォニー」ではないかと思ったことがあります。たぶん「どちらも小さなパーツが集まって展開し、相似形の全体が完成している」からです。

だから、どこか「小さなパーツひとつを解釈することで、映画の全体が理解できるのでは」と、仮説を立てたのです。

つまり「パーツAの解釈が、パーツBやC、Dなどにも当てはまるか、そして映画全体にも当てはまるか」を考えていくのです。そうすると、だんだん、その映画が解ってくると。

ところで、昨日、新聞を読んでいたら、理論物理学者の方の、面白いコラムを見つけました。

「 …私は、科学者、特に物理学者であることがどういうことか明確な感覚を持っています。観測や実験から得た情報に基づき、初期の理論を組み立てる。うまく行ったら、より多くの現象、より小さなスケール、より大きなスケールに当てはまる数式にまとめていく。常に実験や観測に照らしつつ、さらに異なる現象を統合し、より統一された理論を目指す。それが科学です。… 」

( 2016.6.8 朝日新聞朝刊インタビュー「オピニオン&フォーラム『科学者とは』・アリストテレス 科学の源流でない 実は退屈な詩人 」理論物理学者、米テキサス大学教授 スティーブン・ワインバーグさん より抜粋 )

きっと皆さまは「つまり君の解釈は科学的なのか?」と、お尋ねになりたいと思います。それには「1パーセントぐらいのレビューは近いかもしれません」と、お答えしておきます。「では、あとのレビューは?」とは聞かないでください。「あとは退屈なポエムですらありません」から。

追記

以前は解釈の結論だけ書きましたが、最近は考えた過程を書いて行くように変化してきました。歳を取るとその方が楽ですから。それに、解釈できなかった作品も記録するようにしました。ご容赦下さい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

( 映画、TV、原作本について )

映画の解釈に迷ったとき、原作本を読んで答えを知ろうとする人もいますが、あなたはどうしてますか。

正しい解釈に早く辿り着きたいのなら、読まないほうが良い、と申し上げておきます。

なぜなら、映画と原作本は、近似の、しかし別々の物語(パラレル・ワールド)だからです。この二つの情報を同時に頭に入れることは混乱を招きやすく、解釈の情報処理に得策ではありません。

数ある映画の中には、細部に仕掛けをして、一見原作と同じに見えながら、実は逆の結末を用意したものも在るようです。

どこかワンシーンの描写、ひと言のセリフで解釈がひっくり返る仕掛けを映画に仕込むのです。現実でもフロッピー・ディスクの改ざん事件がありましたが、あの現実の示すとおり、ほんの少しのことで結末はひっくり返るのです。

原作本に心酔し染まってしまうと、それは映画を冷静に観ることにはマイナスに作用します。監督は観客が騙されるのを遠くから「してやったり!」と、ほくそえんで見ているのかもしれません。

映画の解釈は原作本から離れて静かにすべきです。映画の補足説明ですら原作本に求めるべきではないと考えます。映画の事は画面の中だけで完結してください。(TV版ドラマも同様です。)そして、めでたく解釈が完了してから原作を楽しみましょう。別物として。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

( 映画の記号について )

津波と水素爆発で破壊された原発の映像がニュースに流れていましたが、その映像に私は違和感を感じました。バックの空がとてもきれいな青だからです。破壊された原発の残骸から受ける悲惨なイメージに打ち勝つほどに強く美しい青でした。それはワイキキの浜辺に似合うほどです。

もし、これが映画なら、空は少なくとも曇天でなければなりません。嵐の時のような真黒な雲ならお似合いです。逆に言うならば、映画で不穏な雲がでてきたら、その後には悲劇が起こると言う記号でもあります。

私のレビューには記号の解釈がいくつか出てきます。もちろん真面目に書いていますが、どれも私の独断と偏見で解釈したもですので話半分で読んでください。ご質問を頂いても多分お答えできません。

かつて私は「映画の記号辞典」を手に入れたいと思い、本屋さんで探した事がありましたが、売っていませんでした。

その時に立ち読みした本(タイトルは忘れました。)によると、記号というのは、ある程度の普遍性があるにしても、映画によって、また時代背景によっても変化するので、完全なる記号辞典は出来ない、というような事が書いてありました。

結局、映画の記号を解釈するには、多少の知識は必要だとしても、最終的にはその映画文脈の前後から動的な判断をするしかないのでしょう。学術書や原作に拘りすぎる静的な判断は間違いのもとです。一本の映画と言うものは、それだけで唯一無二の完結した世界、であることを忘れてはいけないのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

( その他 )

@ 「共感覚」についてお話しします。レビューやブログの中にときどき余談として出てきますので。

自慢話をしていると思われると困るのですが、私はおじさんになって初めて「自分には音→形が見える」(正確には、音を聴覚・視覚・触覚で味わえる)ことに気づきました。音が見えて触れられるのですが、たぶん生まれつきなので、当たり前すぎて自覚すらしなかったのです。誰でも同じだと疑っていなかったのです。

ところが中年になり酒席で、なにげなくオーディオマニアの友人に話したところ、友人が「オカルト話は嫌いだ」と機嫌を損じたので、もしかしたら違うのかもと、気がついたわけです。

その特殊な感覚はオカルトではなく、まっとうな科学であり、一般に「共感覚」と呼ばれています。

しかし当時(10年近く前)ネットで調べても「文字に色がついて見える人」が一般的で、「音→色が見える人」ぐらいはあっても、「音→形が見える人」についての記事は皆無と言ってよい状態でした。だから「私のは本当に共感覚なの?」と疑問がふくらんだのです。

そんなある日、図書館で「ねこは青、子ネコは黄緑・共感覚者が自ら語る不思議な世界」(パトリシア・リン・ダフィー/石田理恵〔訳〕)という本を見つけて、救われました。

その中の「6章 作曲家マイケル・トーキーと音楽の色」で、音楽から視覚と触覚が刺激されるとして、「フレンチ・ホルンの音は丸」、「トランペットの音は先が尖った感じ」、「フルートは綿のような音」、「クラリネットは滑らかな音。まるでヒョウの毛皮のような感じ」と、そしてこれは「比喩」ではなく「知覚」だと書いてあったからです。

オーバーに言えば、私は「不安と孤独」の世界で、やっと「仲間に巡り合えた安心」を感じました。

今日、あらためてネットで「音 形 見える」で検索すると、わりと多くの情報がヒットするようになりました。日本にも多数の仲間がいそうです。これもある意味カミングアウトなのですが、自己紹介であると同時に、誰かを救えるとしたら必要なことだと思いました。


@ 「気功」、「オーラ」についてお話しします。レビューにも時々出てきますので。

おじさんになってからの事です。雑談中に友人から「あなたはオーラが見えますか?」と質問され、後に試してみたところ、自分にも「少しだけ見える」ことに気づきました。友人も「オーラ」が見え、同類の人はなんとなく判るのだそうです。

「オーラ」を一口で言えば、「仏像の背にある光背(こうはい)と呼ばれる放射状の後光」です。生身の人間にもそれはあります。光背みたいに放射状に鮮明に見えるのは希で、たいていは「体を包むぼんやりとした光」として見えます。私には。

見えることが何か役に立つのかと言えば、「うつ状態」の人からは「黒いオーラ」が出ている場合があり、それが見えることがあるのです。

「黒い光なんて矛盾する」と思われるかもしれませんが、「昔の家庭用の、黒いゴミ袋を膨らませたような、『テラテラ黒光りする膜』みたい」と言えば分かってもらえるでしょうか。そんな光に包まれているのです。オーラが見える友人も同じものを見たことがあると言っていましたし、ネットにも書いてあります。

そのとき偶然に「気」も見えることが分かったのです。「気」を一口で言えば、「全身から立ち上る白っぽい煙・湯気のようなもの」です。「煙・湯気」との違いは、「煙・湯気」は光を当てるとより鮮明に見えるのに対し、「気」は明るくても見にくいし、反対に暗闇でも見にくいのです。「気」を見るには「ちょうど良い加減の薄暗い場所」で、「暗色を背景」に手のひらを見ることです。私には手からモウモウと立ち上る「気」が見えます。

こんな「自分に起こっている現実」を無視するわけにはいきません。私はその「オーラ」と「気」をもっと知りたくて関係本を探しました。そして「気功」と出会ったのです。

「気功」を学ぶことで「気」を健康に役立てることができました。今の私は「気」が見えるだけでなく、手のひらで触れることも、多少操ることも出来ます。今の私にとって「気」は神秘であると同時に、「空気や水」と同じような「日常生活の一部」なのです。

他の人にも尋ねてみると、「臨死体験」みたいな事があった人、生まれつき日常的に「オーブ」が見える人などがいました。見えるのに私と同じように気づいていないだけか、あるいは気づいていても人目を気にして「秘密」にしている人は意外に多そうです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上です。





さくらんぼ さんがファンになっている映画

まだ映画作品のファンになっていません。

さくらんぼ さんのレビュー投稿

見出し 満足度 作品名 投稿日
感慨深く(0) 80点 エベレスト大滑降 2019/01/21
長く見つめ合うと誤解されるよ(0) 0点 俺たちの勲章 2015/09/16
刑事ドラマで謳ったフォークソング(0) 100点 俺たちの勲章 2015/08/12
愛をプログラムに織り込んではならな...(0) 100点 ネットワーク・ベイビー 2014/07/28

さくらんぼ さん


カウンタ : 123126

お気に入り

お気に入りユーザー(0)

 

お気に入られ(10)

  • ジェイムス
  • sashi
  • えんぞ
  • すかや
  • バナバナ2
  • カケル
  • anvi
  • GXY
  • ミッチ
  • tara-the-great

 

ディズニーの名作が新たな物語で実写化!『ダンボ』特集
ひげガールのレコメンド対決に投票しよう!  MC-1(見逃したシネマ)グランプリ
“絶対に見逃せない”新ヒーローが登場『キャプテン・マーベル』特集
ぴあの映画特別号「ぴあ Movie Special」、最新号となる春号登場!
その内容に業界激震!“最速・最短”全国劇場公開プロジェクト『岬の兄妹』緊急特集
又吉直樹原作、衝撃の舞台が映画化!『凜−りん−』特集
日本映画界屈指の俳優陣が集結! 『赤い雪 Red Snow』 永瀬正敏&菜葉菜インタビュー
進化し続ける4DXの魅力をレポート!4DXニュースまとめ
新作続々、公開中!マーベル・コミック映画ニュースまとめ!
あの映画の“核心”に迫る!話題作のキャスト・スタッフに直撃!【インタビュー記事まとめ】