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さくらんぼ さん

電話が鳴ったらサギと思え

〈 Pallet 〉


(2018.6.21)

映画「30年後の同窓会」、味のある3人。


(2018.6.20)

ブロック塀が倒れた話。

なぜか既視感があって、居心地が良くないのです。

考えてみたらわかりました。

小学校の夏休み工作、中学で作った木製の本立て、プラモデルや、日曜大工で作ったスピーカーBOX。そこでブロック塀みたいな工作をしたら、上手に固定できなかった思い出があるのです。

そんな経験は私だけでは無いはず。

それなのに、大勢の人から見過ごされ、ペイントで化粧までされたのです。さらに真下を通るように道まで書かれた。

塀はプールへの「目隠し」のために作られたようですが、治安のために、公園や住宅などでは、塀になるものを撤去し、オープン化が進んでいます。もし必要だとしても、重量級のブロック塀の必要があったのでしょうか。フェンスに、シートやブラインドを付ける、みたいな選択肢は無かったのでしょうか。


(2018.6.19)

@ ロングランを続けている映画「レディ・バード」。何日も私の観たい候補に上がっていますが、上映開始時刻がなかなか私の生活リズムと合わないのです。 観ることが出来た方が羨ましい。

追記

もう少し詳しくお話しします。

皆さまは、観る映画をどのように選択しますか。

多くの方は、「映画生活」さんなどを参考に、評判の良い作品を選ぶのだと思います。年に数本なら、それは良い方法かもしれません。私も学生の頃は、似たような事をしていました。

でも最近は違います。「なるべく、自分の自然な生活リズムを乱さない上映開始時刻、のものを観る」のです。

すると、マイナーな作品に当たることも少なくありません。でも、それが意外と面白かったりするのです。

「本屋さんや図書館では、自分の興味のあるコーナー以外も見なさい」とよく言いますね。ネットで本を買うのとは違い、思わぬ出会いがあるからと。これには、そんな意味もあるのです。

それに、朝食抜きの私としては、お気に入りの店での、適切なランチタイムの確保が、とても大切ですし。


(2018.6.18)

@ 避難所の外で聞いた「噂話」を、避難所に戻って皆に話す。

よくある事だと思います。

でも、その噂話をリーダーが取り上げ、災害対策本部などに真偽の確認もせずに、「こんな事例がありますから、皆さん注意してください」などと、軽々に事務連絡に載せると、それはデマの拡散になる恐れがありますので、ご注意ください。

気が動転すると、リーダーは、「真偽」よりも「情報格差を無くす(公平にする)」事を優先する心配があります。

(津波・電車からの避難の教訓)公務員にとって「公平」は大切ですが、それより大切なのが「人命」です。

(実地調査での教訓)「親との信頼関係」は大切ですが、それよりも大切なのが「子の命」です。


@ いきなり中ぐらいのがガタガタきました。

いきなりだから直下型でS波。

多分、これ以上大きくならないだろうな。

そう思っていたら大きなのが。

さっきのはP波だったんだ。

すると、遠くで大きなのが起きたのかな。

ラジオをつけたら大阪で震度6弱でした。

わが町は震度3とか。

追記

帰宅して夕刊を見たら、大阪の地震が大変のようです。

ケータイを持たない私は、先ほど今知りました。

被災された方には、心からお見舞い申し上げます。


@ 確かに歌手も、声帯だけで声を出しているのではなく、ボディ全体で発声しているのですね。

ある意味「真空管ハーモナイザー」は、そんな「ボディの役目」をしているのかもしれません。


(2018.6.17)

@ 役所の数ある仕事の基本は、「年貢」の時代からある「徴税」だと思います。お金を稼がなければ役所も成り立ちませんからね。だから、他の課にくらべ体制が充実しています。歴史も本気度も違うのです。

市町村役場の徴税職員は、その気になれば、職員個人の印で、銀行調査や預金の差押えが出来てしまうほどの強い職務権限を持っています(通常は首長の公印を使いますが)。

法律には(一定の条件にあてはまる滞納者に対し)「差押えできる」ではなく、「差押えしなければならない」とまで書いてあります。

だから、あまり手荒なことをしたくない彼らは、ある意味、「差押えするためではなく、差押えしないため(自主納税させるため)に働いている」、とも言えるのです。もちろん甘い顔をしても納税されない場合は、対立を承知で差押えします。

ちなみに、民間人が強制的に債権回収するには、裁判が必要なので、凄い権限です。

それに比べて「福祉」の概念は、比較的新しいものです。制度的にも、まだまだ改善の余地が多いのかもしれません。

「子どもが虐待されているのかどうか」を判断する、その具体的な調査手順などは知りませんが、痛ましい事例がなくなりませんので、体制や法律、見直さなければいけないのかもしれませんね。

追記

児童相談所の改善点の一つとして、「どの段階で強制力を発揮するか」という問題があるようです。

児童相談所は、「警察に連絡すると、今後の親との信頼関係にヒビが入りかねない」と心配しているようです。それで常時悩み、手遅れになる場合がある。

気持ちは分かります。でも…税金の差押えと比較してみてください。

一度差し押さえた後も、次の納期、年度に、また新たに税金が発生することが多いのです。

そして滞納者には往々にして常習性もあります。つまり差押え後も、徴税職員には同じ滞納者と話をする日々が訪れるのです。そんなケース少なくありません。

誤解を恐れずに言えば、徴税職員は信頼関係にあまりこだわっていません。もちろん信頼関係で納税してもらえれば、それがベストです。でも、納税の約束を破られることは珍しくなく、信頼にこだわると、職員の方が人間不信でノイローゼになりかねないのです。

法律にも(一定の条件にあてはまる滞納者に対し)「差押えしなければならない」と書いてあります。だから、甘い顔をしても話が通じない滞納者には、粛々と(ときにはハイエナのように)向かっていくだけです。

期せずして映画「マルサの女」みたいにな話になりましたね。

ちなみに会社が倒産したりすると、すぐに官民合わせて沢山の債権者が殺到します。税金だけでも、国税、県税、住民税などがあり、早いもの勝ちです。だからハイエナ。これは、ほめ言葉です


@ 都市伝説ではありませんが、オーディオにもこんな話があります。

たとえばアンプを組み立てるネジ。その「締め付けトルクを変えると、音も変わる」とか。

なぜなら、締め付けトルクで「ケースの振動モードが違ってくる」からです。その振動が電気信号にも影響を与えます。マニア以外の人にはオカルトに聞こえるかもしれませんが。

でも今回、「真空管ハーモナイザー」の付録冊子(組み立て説明書を兼ねる)で、ラックスマンの前社長(現相談役)が、その事について語っておられます。

「 その締め具合でも音は変わりますから、…コツは緩すぎても締めすぎてもダメで、… 」(P7より抜粋)

相談役もエンジニアで、「真空管ハーモナイザー」の設計者でもあります。つまりこれは、相談役が直々に設計した逸品。

さて、その「真空管ハーモナイザー」ですが、真空管などを取り付けている、ハガキの半分ほどの基盤。それを固定するネジは一本だけなのです。後は合成樹脂の棒で支えているだけ。極端に表現すれば、高飛びこみの「飛び込み板」みたいに、振動するようになっています。

さらに、外側の鉄製のケースですが、上部の板、その中央が、コンマ5ミリぐらい膨らんでいるのです。カマボコミみたいに。

叩くと、コーン、コーンと澄んだ音が尾を引きます。左右のネジを緩め加減にすると、膨らみは減り、板同士がくっ付いてしまうので、音もコン、コンと、詰まった音になります。

この振動も基板を揺らし、音の余韻を、より強調しているのでしょう。機械的な残響音付加装置でもあるのですね。この思想は、ラックスマンに限らず、他のオーディオ製品でも大なり小なり生かされているはず(だから、むやみに積むのは避けたいと思っています)。

有名なところでは、レコードプレーヤー(今風に言えばターンテーブル)の老舗「トーレンス」。前身がオルゴールメーカーだけの事はあって、レコードに人工的な響きを載せて、「音の良い製品」との評判をとっています。

以上を、ひと言で言えば、「楽器的な設計思想」とでも言いますか…私は好きですね。

追記

「機械的な残響音付加装置でもある」と言っても、この場合は、カラオケのエコーみたいに響くわけではありません。

ふわっとした感じとともに、音の肉付きが良くなるのです。例えが適当で無いかもしれませんが、「痩せ美人が、中肉美人に」なったみたいに。

この製品に限らず、@天板を指で軽くたたいて音が響く製品には、中肉美人のような傾向があります。でも、A上に物を置いたりしてダンプすると、痩せ美人になってしまいます。その場合、多分@がメーカーの意図したサウンドなのでしょう。


(2018.6.16)

@ 今日の午後、名古屋市の中央にある、栄町辺りを歩いていたら、久屋大通公園で野外ライブをやっていました。

ドン、ドンという大きな音楽と、アイドルグループの歌と踊りが見え、オタ芸青年たちの声援も聴こえてきました。

「だれだろう」と思いましたが、100m以上離れていましたし、良く分かりません。

私はふりかえりつつ少し歩き、数百メーター離れた喫茶店に入りました。店の外では歌声がはっきり聞こえます。店内でも、BGMとは別に、戸の隙間からわずかに聞こえてきます。

もしかしたら「SKE48」。

栄町には、「SKE48劇場」もあるし、まれにメンバーらしき一群が歩いている事もありますから。

私にも知ってる曲のいくつかはありますし、観てくればよかった。


@ 頭の鳥は、どこへ行ったのですか。


(2018.6.15)

@ オーディオ評論家が使わないような表現をしてみます。

ハイドンがモーツァルトになったような感じ。

例の、「真空管ハーモナイザー」の音です。

今日は一日雨だったので、午後に1時間ぐらいかけて作りました。

ただ今、エージング中。


@ 明日16日は、ナゴヤドーム(名古屋市)で「AKB総選挙」。

地下鉄のつり広告に「600円」と書いてあったので、思わず行きたいと思ったけれど…

近くでよく見たら、「記念一日乗車券」の広告でした。


@ まるで映画のワンシーンのような演出です。

先の会談で、トランプ氏は正恩氏に、約4分間の映像を贈りました。そして「北朝鮮は韓国と中国に挟まれ、素晴らしい可能性がある」と、強調したそうです。

正恩氏も、本当に手に入れたいのは、祖国の発展であり、核はその為の一里塚では。

「 約4分間の映像に込められたのは、 『結果は二つしかない。過去に戻るのか、前に進むのか』というメッセージだった。

『過去に戻る』場面ではミサイルや戦闘機の映像が流れた。一方で『前に進む』場面では、北朝鮮各地に明かりがともり、鉄道が敷かれ、ビル建設が進むといった未来が描かれた。

『新しい世界の一員として繁栄するのか、さらなる孤立を選ぶのか』『未来はまだ描かれていない』。映像は、そんな問いで締めくくられた。 」

( 2018.6.13 朝日新聞(朝)2面 「4分間の映像『繁栄か、孤立か」正恩氏にタブレットで見せる」 より抜粋 )

追記

「 戻るのか、進むのか トランプ氏が正恩氏に迫った映像 」

( 2018年6月13日06時46分「朝日新聞デジタル」より )


(2018.6.14)

@ ワーキングランチと、いきり立った人たち。


(2018.6.13)

ご承知のとおり、もし北朝鮮と米国が戦争すれば、北は壊滅し、日本や韓国にも、先の大戦並みの甚大な被害が予想されます。ですから双方にとって、戦争という選択肢は現実的ではありません。

ならば、北朝鮮にも国際社会の一員になってもらい、そこから長期にわたる話し合いで、少しづつ良い方へ誘導するしか、妙案がないのでしょう。

問題のある国が核を持っているから一大事なのです。普通の国になってもらえれば、非核化に失敗しても、問題は小さくなるのでは。

これも、「問題の先送り」と言いますか、「第二の休戦協定」みたいなもの、かもしれません。朝鮮戦争の終結宣言がなかなか行われないように、今回の非核問題も、解決するにしても10年単位の話になるかもしれませんね(結局、核を手放さない可能性が高い気がしますが)。

少なくとも私たちは、とりあえずにせよ、これで「平和と、未来への希望」を手に入れることが出来るのです。

しかし、すでに双方が「拳を振り上げてしまっている」ので、まずは「メンツを保ったまま降ろす」必要があるし、「いきり立った」国際世論も沈静化して、協力させる必要があります。

今回の、北朝鮮と米国のトップ会談は、そんな政治ショーでもあった、のかもしれませんね。

などという話を裏切って、「意外なほど良い結末」を迎えることを願っています。


(2018.6.12)

@ 列車テロの実話、映画「15時17分、パリ行き」では、なぜ乗客がテロリストに勝てたのか。

乗客の米国青年は、厳しい軍事訓練を受けた兵士だったのです。さらに三人もいて、しかも彼らは親友同士で結束がありました。

特に主役の青年は(事件でも最初に飛びかかった)、幼いころからヒーローになりたいと思っていて、軍事学校に暴漢が侵入した時も(実は訓練でしたが)、先生の忠告を無視し、ただ一人ペンを武器にして、ドア陰に潜むほどでした。

そう言えば、昔TVで見た、「BICボールペンのCM」が衝撃的(透明な軸の安価なもの)。「ライフルから発射し、板に突き刺さったままでも、文字が書けます」と、そんな映像です。

ちなみに新幹線の座席底部は、手で簡単に取り外せ、盾にも使えるそうです。


@ 昔、片道3車線ぐらいある道路の、中央分離帯(横断歩道のそば)に住んでいる、ホームレスの人を見たことがあります。

映画館の帰り道に何回も渡りましたが、そのたびに、「それにしても、なぜ、こんなところに…」、と感じていました。

私なら、どこか公園の奥、人目につかず、静かで、空気の良い場所に住むのに…

そう思って気がつきました。

それは、とても寂しいことです。

それでは「誰も知らない」状態になってしまいます。

「 それに比べ、この中央分離帯なら、皆に知ってもらえるし、都合の良いことには、排気ガスで寿命も縮まるかもしれない。どうせ、この世に未練はないのだから」と、いつの間にか、私は彼に感情移入していました。

新幹線で事件を起こした人。

直前には、どこかで野宿していたそうですね。


(2018.6.11)

@ 実話を元にし、本人たちも俳優として出演している映画「15時17分、パリ行き」。それを地で行くような、列車内での事件が、日本でも起こってしまいました。

日本の事件は、テロではないでしょうが、高速鉄道内で、無差別に殺めようとした点では、似たようなものです。

しかし映画とは違い、犯人に立ち向かった勇敢な青年が命を落としてしまいました。

表現が失礼かもしれませんが、彼が一人で憎まれ役になってくれたために、一人の死者ですんだような気もします。もし彼がいなかったら、逃げ惑う人たばかりなら、犯人は次々と、たくさんの人に襲いかかっていたかもしれません。そうすれば犠牲者は一人ではすまなかったかも。

彼の勇気を称えると同時に、心からご冥福をお祈りします。

映画では、勇敢なヒーローに、フランスとアメリカ、両国から勲章などが授与されました。

日本のヒーローにも警察から感謝状ぐらいは当然出るでしょうが、それだけでは、世界レベル(映画)とあまりにも落差があります。

ぜひ、彼にも勲章か、それに準ずる名誉を、あげてほしいと思います。

追記

それから、彼から命を救ってもらった女性の方は、「私のために…」と沈痛な気持ちになっておられると思います。

無理もありません。一生その気持ちは消えないかもしれません。

しかし、彼はあの時、「そうする事しか出来なかった」のでしょう。もし私がいたとしても、きっと彼の代わりは出来ないように。

お叱りを受けるかもしれませんが、それが神様が与えられた、彼への、この世の使命だったのかもしれません。キリスト教にすがったこともある私としては、ふと、そんな気持ちもするのです。


(2018.6.10)

@ 先日の新聞に、「メガネ赤札堂」の広告が入っていました。

ここでは「遠近両用メガネ」も安いのです。

でも、私がかけているのは「中近両用メガネ」。

遠近よりも、読書がしやすく、TVや、映画館で映画を観るのにも不自由はしないので、これが最高だと思っていますが、私の知る限り、あまり宣伝されてはいないようです。

自動車を運転する人には向かないので、需要が少ないのでしょうか。

でも今回の広告には、「遠近両用メガネ 中近両用でも」と書かれており、一度行ってみようかな、という気分になりました。

私は都心にある、昔ながらのメガネ店の客で(今となっては高級店なのか)、そこには沢山の私のカルテが保管されていました。

しかし支店統合による、まさかの閉店。

そんな折、目にした広告でした。


@ 昔、わけあって赤いクルマに乗っていたことがあります。

その時、一口に赤と言っても、色んな赤があることを再確認しました。

同じようにピンクにも色々あるのですね。

パナソニックのCDラジオに、とてもきれいなピンクが使われていて、その色だけで、欲しかった思い出があります。

ピンクなら何でも欲しいわけではありません。あの色が良いのです。

でも、買おうか、どうしようか、迷っている内に、モデルチェンジしてしまいました。

今はもう、あの色はありません。

そんな折、CDショップのレジ横にある、「CDファイル」に、あの美しいピンクを見つけたのです。

私には、そうやってCDを保管する習慣はありませんから、買いませんでしたが、忘れられません。

実は、1年ほど前、ホームセンターで同色のゴミ箱を確保したこともあります。

あの、ファイルも、今度、買ってこようかな。


(2018.6.9)

@ 映画「生きる」に出てきた同僚たちは、いつの時代でも、リアルな姿なのでしょう。


@ 近ごろの私は、まだ観ていない映画について語る事があります。

きっかけは、「まだ公開前なのに、予告編やチラシを見て感化され、むしょうに何か書きたくなってしまったから」、だったような気がします。

その一線を越えると、観ていない映画について書くことが、だんだんと普通の行為になって行きました。

そんなことをしたら、映画を観た人たちから、「的外れの事を書いている」と嘲笑されるかもしれません。

それでなくとも、従来の常識から言えば、背徳的な感じも。

映画制作者の人たちからは、どう見えるのでしょう。「それも映画の宣伝になる。少なくとも知名度は上がる」、などと思ってもらえれば良いなと、期待します。

私も意外と、ロック野郎なのかもしれません。


(2018.6.8)

@ 先日、安倍さんがトランプさんと会談しましたが、その席で、安倍さんの左腕にあった時計は、シチズンの「ブラックチタン・アテッサ」のように見えました。

ハイテクの、「エコ・ドライブGPS衛星電波時計・F900」、23万円です。

これなら、有事でも問題ない!?


@ @先日もお話ししましたが、昨日も散歩途中に、5分ぐらい、頭頂部から「気」を吸いこみ、足から大地にアースしてみました。

同時に、吸引を始めるとすぐに、呼吸が面倒になりました。

もっと正確にいうと、「肺が膨らむのを拒否しているような感じ」でしょうか。なんど試しても、明らかにそんな状態になります。

(素人の戯言)ふと思ったのですが…

頭頂部からの「気」で、ダイレクトに酸素を吸入できた場合、それが仮に4割だったとしたら、体が欲するのは、残りの6割になるのです。そんな血液中の酸素濃度を感知した体は、自動的に6割になるよう、肺呼吸を制限しているのではないでしょうか。

ちなみに、頭頂部からの吸引をやめれば、直ちに肺も通常に戻り、楽に呼吸が出来るようになります。

後には、体の内部をシャワーで洗った様な爽快感がありました。

追記

A立禅をしていると、呼吸の度、しだいに「気」が体内に取り込まれます。

それは、「水中で乾いたスポンジを揉む」ような感じ。泡ぶく、小さな音が、体内から聞こえながら、しだいに、全身から「気」が吸いこまれて行きます。

そして、完全に水が沁みこむと、スポンジから音がしなくなるように、体からも音が消えます。ただし、呼吸に応じて、「気」が出入りする流動感は分かります。

その時の、爽やかな気分を、なんと表現したら良いのでしょう。

「体が消滅して、魂だけが存在している」。

そんな感じ。

魂は体に宿っていますから、体調不良などの影響を受けて、気分が優れないこともありますが、死ぬと、魂は肉体から解放され、幸福感に包まれると、どこかで、そんな話を聞いたことがあります。

それを思いだすような至福の時なのです。

呼吸も楽です。空気だけ呼吸するというよりも、「気」も呼吸していますから、質量の違う、すきとおった水を、肺ではなく、下丹田で呼吸しているような感じになります。

これは、@とは違う感覚ですね。

やっぱり謎が多いです。


@ 悲しみは半分に、喜びは二倍に。


(2018.6.7)

@ トランジスタアンプと真空管アンプの音は、別々のルートで登山するのに似ています。

最初はまったく違っていても、ハイエンドでは同じになる。


@ その重なりは、京都の「八ツ橋」みたい。


(2018.6.6)

@ 「期間限定」という誘惑。


@ 紙コップに注がれる自販機ココア、その「ホット」「アイス」の表示が、なにかの間違いで、ある日、突然入れ替わっていました。

私は、自分が「ボタンの押し間違い」をしたと思い、もう一杯買ったら、やはり違うものが出てきて…。

寒い秋に飲むアイスココアは、冷たい味がしました。


(2018.6.5)

@ @ 「前にならえ」のように両手を前に出し、指を組みます。

A 背中を左右に開くように伸びをし、深く息を吸います。

B そして、両手を胸に近づけながら、ゆっくりと息を吐きます。

C 今度は「後ろにならえ」(そんなものは無いと思いますが)をして、背中で両手の指を組んで下さい。

D 胸を左右に開くよう伸びをして、深く息を吸ってください。

E 組んだ両手をゆっくりと下げながら、息も吐いてください。

F 以上を2〜3回繰り返して下さい。

これは、少し前に、NHK「ためしてガッテン」で紹介され、好評だった呼吸法です(表現は正確ではないかもしれませんが)。試した人たちは、気分が良くなる、体がポカポカしてくると言っていました。

あれ以後、私もやっていますが、快適です。

やりながら気がついたことがありました。

人体には「小周天ルート」という「気」の大動脈がありますが、それはお腹側と背中側に、縦一文字に走り、頭と下丹田を循環しています。

NHKの呼吸法は、(「胸と背中の筋肉を伸ばすもの」と説明していましたが)事実上「小周天ルート」を左右に引っ張って広げ、「気」の通りをよくする呼吸法にも、なっているような気がするのです。つまり「ヨガの親戚」のようなもの。

毎朝これをすると、やっぱりメンソールが流れたような爽快感と、ポカポカ感に満たされます。そして、「気」が頭部を通過するときに、口腔部辺りにはガムを噛んだような風味が残ります。だから、その辺りにの疾病にも効果があります。

ちなみに、名著「風邪の効用」だったでしょうか。先生は、風邪気味になると、自らの背骨に「気」を通すのだとか。するとポカポカして来て、軽い風邪ならすぐ治ってしまうのだそうです。

追記

NHKの「ためしてガッテン」ホームページより、「肺ストレッチで体が変わる!呼吸コントロールSP」の説明です。私の記憶違いで、体操が少し違いますので、訂正がた、ご紹介します。今後は私もこれに合わせるつもりです。

http://www9.nhk.or.jp/gatten/articles/20180411/index.html


@ ジョギングは引退しましたが、ウォーキングは毎日続けています。

以前は、街路樹の前で止まっては、深呼吸を繰り返したりした時期もありました。いわゆる「樹林気功」のマネですね。

でも今は、歩きながら念じるだけで、頭頂のチャクラから「気」を吸引し、体内を通し、足元から大地にアースすることも出来るように思います。

その時は、ジャスミンというか、メンソールの点滴(そんなものが在るのかは知りませんが)を打ったような爽快感があります。もともと「気」にはそんな香りがあります。

さらに、その時は、「呼吸が面倒になるような気がする」のです。つまり、「酸素が満ち足りた充実感が起こる」のです。

立禅のとき、ベテランになると、究極的には、一時的に呼吸が止まる(気がつくと止まっている)事があると、そんな意味の話が、「気功革命」には書いてあります。

「気」を通して、ダイレクトに酸素を体内に取り込めるからだそうです。

何を言いたいのかと言えば…

マラソンランナーは酸素を取り込むことに必死です。勝つために、高地トレーニングなどもする事があります。

それならば、「頭頂からダイレクトに酸素を摂取できる技」が使えれば、選手の記録が伸びることを期待できるのではないでしょうか。


@「Long time no see.」を、ネイティブはあまり使わないらしい。


(2018.6.4)

「 発祥の地で見えた、パラリンピックの歴史と現実=現地取材記 」

https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201209070005-spnavi


「 パラリンピックの『パラ』の意味 障害者の苦難と希望の歴史がそこにある 」

https://www.huffingtonpost.jp/2016/09/08/paralympics-origin-story_n_11902588.html


(2018.6.3)

@ ジョギングもそうですね。かつて私は、走りながら、「お前は苦しいのか、それとも楽なのか」と、何回も自問自答したことがありますが、答えは出ませんでした。ジョギングなどの事を、「走る禅」とも、言ったことを思いだしました。


@ 普通、肉体疲労も、精神疲労もつらいものです。

でも、世の中には「幸福感に満たされた疲労もある」ということを、アーチェリーをやって初めて知りました。

まるで海外旅行へ行くときのような重たい道具を持って、週に2回ぐらい、射場(練習場)へ出かけていました。スポーツをしに行くのですし、たまの海外旅行ではないので、タクシーは使いません。あれは一見、奴隷のように重りを引きずって歩く苦行です。

そして射場では、37℃の猛暑でも、雪のちらつく日でも、屋外で2〜3時間の練習です。その「弓を引くという行為」は、まるで筋力トレーニングをしているようなものです。

さらに、帰り道でも、奴隷のような重労働が待っています。

これでは、さぞかし「嫌〜な疲労」が残ると思われるかもしれませんが、その日は終日「幸福感に包まれる」のです。とくに練習後は、その「疲労すら、幸福の味」。

なぜ、そうなるのか、理由を考えてみましたが、良く分かりません。

追記

今日、新緑の中を散歩していて、ふと思いました。これは「バランスの問題」ではないのかと。

たとえば、片手ばかり使うと疲れてしまいますが、左右交互に使うと、あまり疲れません。

「禅」と共に語られるような、精神性の高い「弓矢」には、なにかしら、高度にバランスの取れたものが、内在しているのではないのかと。

戦争で車イス生活になり、人生に絶望した多くの人を、アーチェリーが救い、それがパラリンピック発祥の元になった事を考えると、その力は、確かに存在するのだと思います。


@ 思うに、「朝食は一日の基本だから抜いてはいけない」は、「同性と恋愛してはいけない」「義務教育では絶対に学校へ行かなくてはいけない」「大学に進学しなくてはいけない」「一流会社に就職しなくてはいけない」、みたいな事と似ているのかもしれませんね。


(2018.6.2)

@ 本屋さんでスポーツコーナーへ行くと、いつもアーチェリーの本を探します、が、ほとんどありません。

でも、今日は珍しい本を見つけました。

(初めて知った)月刊「秘伝」です。

そして偶然にも、名著「風邪の効用」でおなじみの、「野口整体」特集。

他にも、「気功」とか、「太極拳」、「気の武術」とか、内容は盛りだくさん。

つい買ってしまいました。


@ 「朝食は一日の基本だから抜いてはいけない」「朝食はしっかり食べなさい」。子どもの頃から耳にタコが出来るぐらい聞かされた話です。

それに従ってきた良い子の私は、子どもの頃から、胃腸の不調(胃もたれ等)に悩まされてきました。

さすがに薄々気づいていました。「私に朝食は似合わない」と。そして45歳ぐらいの時、「朝食抜き健康法」の本に従い、カミングアウトしたのです。

朝食を抜けば(正確には、途中から「生ジュース健康法」をヒントに、「野菜ジュースと牛乳を混ぜた物」を、朝食代わりに飲んでいます。)、前日の夕食から、毎日、ほぼ18時間の断食をする事になり、胃腸が休まります。そして午前中は水分を多くとり、解毒に勤めます。するとお肌がスベスベに。

会社の健康診断で、若い女医さんと話す機会がありました。

当時のマスコミには、「魚を食べなさい。肉は体に良くないから、週1〜2回にすること」。そんな情報があふれていた時代です。

だから、私は「なるべく肉は少なくし、魚を食べています」と、自信を持って話したのです。

すると彼女は、「 朝食は食べても食べなくても良い。個人差があるから、自分の体調に従えば良い。ただし食事では、なるべく肉を食べてください。『肉を食べないと生きる気力もわきません』から」と、当時の常識とは逆の話をしてくれたのです。

その上、聞いてもいない「生きる気力」にまで言及してくれた彼女を、私は信じることにしました。

以後、私は言いつけを守り、入院した時にも、先生に話して朝食抜きを守りました。しかし、何がつらいかというと、温泉に行ったときに、美味しそうな朝食が食べられないことです。


@ 20年ほど前、思うところあって、電気カミソリを止め、T字型の、本物のカミソリで、ヒゲをそっていた時期があります。

毎朝の事ですから、その分早起きをしなければならず、寒い冬は、水にぬれた手もカジカミ、けっこう大変でした。

それでも、一年ほど頑張りましたが、結局やめました。

肌が荒れ始めたからです。

ほんとうは蒸しタオルを使ったり、アフターシェイブローションを使ったり、女性のようにお肌ケアもしなければいけないのに、そこのところをズボラにしたせいかもしれません。

床屋さんに話したら、「?」な顔をしていました。ちなみに、床屋さんでもカミソリ負けし、数日間は痛痒い私でした。

追記

後日談。これもまた、思うところあって、「朝食抜き健康法」を始め、「午前中は、水分のみで過ごす生活」をしたら、全身のお肌がスベスベになりました。

すると、床屋さんでのカミソリ負けも、しなくなったのです。きっと床屋さんも「?」だったことでしょう。


(2018.6.1)

@ 電動歯ブラシを試してみたことがあります。丸いのと、細長いのを。

でも、口の中がくすぐったくて、耐えられませんでした。

だから、今でも普通の歯ブラシを使っています。

ちなみに、電気カミソリも、高速振動のはムリです。

だから、丸いのが三つ付いた、おもちゃの戦車みたいな音がする、低速回転のモノがお気に入り。

せまい日本、そんなに急いでどこへ行く。


@ 羽が見えないので、半分青い葉っぱの画。


@ 40年ほど前、(まだ膝を故障していなくて)私もジョギングに夢中だった頃、ジョギング雑誌には、「ジョガーズ・ニプル」という言葉がありました。

あのとき「へ〜」と思ったので覚えていますが、女性がノーブラで走りすぎると、乳首がシャツとこすれ、痛い思いをする事があるのだそうです。ジョガーズ・ニプルとはそんな意味です。

記憶違いでなければ、予防には、バンドエイドみたいな絆創膏を、ブラ代わりに貼って走るのだとか。


@ 真夏になると、映画を観に行くときでも、上半身は、なるべく速乾性のポロシャツ(Tシャツ)一枚だけで、街へ出ます。ランニングシャツなどの下着を着ると、汗の渇きが遅いので、濡れた手ぬぐいをまとっているようになり、エアコンの利いた電車やビルの中に入ると、過度に冷えて風邪を引きやすいからです。ちなみにウインドブレーカーの携帯も必須です。


@ 仕立ての良い箱。


@ 半分、青くない、鉄板の上。


@ 香り立つ金シャリ。


@ 8パーセント果汁入りのなんとか。


@ 昨今、とくに若者は、昔と違い、「仕事でも楽しみながら稼ぐ」という発想が、主流になってきたようです。

今朝のNHKラジオでも、似たような話していて、「楽しんだもの勝ち」という人生観が、思いのほかメジャーになっているのに、少し驚きました。

ところで、数学者が公式を考えるとき、「美しさ」という概念を大切にする事は、映画「容疑者Xの献身」にも描かれていました。

私は素人だから分かりませんが、哲学でも、科学でも、究極的には、きっと似たような所があるのだと思います。

さて、その「美しさ」という概念は、「楽しさ」よりも先になるのか、それとも後になるのか。


(2018.5.31)

@ 時刻表と駅弁。


@ 蝶のように舞い、鳥のように鳴く。


(2018.5.30)

@ 父の運転は、70歳ぐらいで止めさせました。60歳ごろと比べ、目に見えて下手になった事と、ボディーにも、あちこち、ぶつけた傷が増えたこと、そして、決定的になったのは、近所の人から「お父さん、駐車するとき、あちこち、ぶつけてましたよ、クルマ止めさせたら…」と言われたからです。

つまり、本人の主観で判断するのではなく、警察の認知症検査でもなく、個人差があるのは承知の上で、「世間の常識」で判断する方法もあるという事です。

平均寿命が80歳ぐらい、健康寿命が70歳ぐらいなら、運転も70歳を超せば、「あの人、心配だわ…」と、世間様は思うものだと思います。そこらあたりが潮時。

そして止めさせる口実は、「事故を起こすと、家族である私も、『どうして運転、止めさせんかったんだ!』と、被害者から叱られる。私が事故の後始末をしなければならなくなる」、と説明しました。

高齢者が事故を起こすと、運転者だけでなく、家族も世論から厳しい視線を浴びせられかねない事は、今回のニュースでも分かりましたね。


@ 日本のLGBTの割合は、8パーセントと言われているようです。これは13人に1人の割合になります。

すると長い人生には、たくさんのLGBTの人たちと、それと気づかずに、接しているわけです。

ところで、人気TVドラマ「おっさんずラブ」、私も観てました。最初は少し引きましたが、その内ハマりまして。

もちろんTVドラマは、喜劇タッチですし、デフォルメしてあります。現実はもっと密やかなものでしょう。どちらかと言えば、「太陽がいっぱい」みたいな。

私の半生にも、点と点を結んで考えてみますと、意外なことに、「おっさんずラブ」の、主人公の青年のような事が、少しだけあったのかもしれないと思い至りました。

詳しくは申せませんが、20年以上前の話です。反射的に拒絶したら(あの時の私は、冗談だと思っていましたが)、以後、彼は親友として何年も接してくれました。そんな彼は、今でも青春の良き思い出の中で、微笑んでいます。


(2018.5.29)

@ お皿の上の日本画。


@ アジサイ色のキーボード。


@ たとえば、友だちから「好き」告白されたとします。

でも、「こちらは恋愛対象として考えたことはない。ただ、今まで通り友だちでいて欲しい」、という場合がありますね。

LGBTの人がストレートの人に告白した場合、も同様だと思います。

しかし、昨今のLGBTの人が出てくる恋愛ドラマを観ていると、「ストレートの人も、LGBTに変身する事がある」かのように見える、そんなストーリーになっている事が多くて困惑します。

私はストレートです。だから、世にカッコいい男性がいることは認めても、彼らとベッドインしたいとは思いません。

LGBTの人に誤解を与えるようなストーリーはどうなのでしょう。それとも私が少数派なのでしょうか。


@ ニュースで(重大な)「反則行為」と言っていました。「得点目的」で力んでしまったのなら、その表現でも良いかもしれません。

しかし、上司の指示はともかく、実行者が「ケガをさせるのが目的」で行ったのなら、すでにスポーツではありませんので、「暴行傷害容疑」ではないのかと、疑問に思いました。

命令が絶対だった昔の軍隊でもなく、生活がかかっている会社員でもないので、上司の指示を拒否し、必要とあれば退部することも、大人なら比較的容易だったはずです。

事件を加害者・被害者に分類すると、彼は加害者になりますが、世論は彼を、被害者側に入れているようです。

しかし世論がどうであれ、彼は、自分は加害者であったとの認識を、生涯忘れないでほしい。それが彼に贈る、再出発へのエールです。


(2018.5.27)

@ ラジオをかけながらレビューを書くことが多いですが、時に煩く感じることもあります。

そんな時でも心地よいのが、環境音の「鳥の声」。あれは邪魔にはなりません。

又、日曜日の朝、NHK・FMでは「前衛音楽」をやっています。普段はあまり聴かないものですが、タイピングのBGMとしては悪くありません。

以前どこかで、「前衛音楽」を聴くと、「流れている音とは、違う音楽が聴こえてくる」と書かれていたのを思いだします。心のハミングなのでしょう。もしかしたら、「前衛音楽」は、あまり創造の邪魔をしないのかもしれませんね。


@ くむべき事情があるとはいえ、裁判が終わる前に活動を再開するのは、如何なものでしょうか。世に「謹慎」という言葉もあります


(2018.5.26)

@ ご承知のとおり、ノートPCの、画面上部の小穴は、TV電話用のカメラ・レンズです。

でもハッキングされると、見知らぬ他人から、部屋の中が覗き見される危険もあります。

だから、テープなどを貼ってフタをするのが常識ですが(私の妄想)、AIスピーカーなどがハッキングされて、音声が盗聴されるのは、どうすれば防げるのでしょうね。

  
@ 異常な音って、具体的にどんな音なのでしょう。

「米外交官『異常な音』で脳損傷」(2018.5.25朝日新聞(夕)2面より)


@ ロックのキーボードやエレキギターで、妙に音程が外れたような(そう聴こえる)演奏をするアーティストがいました。

とても好きでしたが、それが、その曲に限ってなのか、アーティストの個性なのか分からないし、名前も特定できないので、CDが買えませんでした。

一方、ジャズのセロニアス・モンクも気になっていました。こちらも「お前、素人か!?」と言われかねない、音程に疑問符の付くメロディーを弾くからです。一種異様ですが、慣れるとクセになります。「こんな俺でも…生きいていける」みたいな、幸福感さえ感じさせます。

そして今、モンクのCDを買い、ふと思いました。

あのロックのアーティストは、もしかしたら、モンクの信者だったのではないのかと。

聴いていると、音感が狂う心配も感じますが。堕ちていくのも良いものです。


@ 福山雅治さんが「福のラジオ」で、「俺はネクラだから、ラジオでも音楽でも、ネガティブを発信して生きている」みたいな話をしていました。

なんか、元気出ました。


@ 華道の剣山みたいに、「とんがった草が密集して生えている」のを見ると、「トタン屋根に叩きつけるような、土砂降りの雨音」を連想します。

ただし、低音部分のおおかたをカットし、さらに音量を少し絞る必要がありますが。


@ 美人コンテストで優勝するような人は、確かに、非の打ち所がないほど美しいと思います。しかし、皆が惚れるかと言えば、それはまた別の話。

クラシック音楽でも同じで、モーツァルトやベートーヴェンの偉大さは認めても、心に沁みるのは、意外とマイナーな作曲家の、それも小品だったりすることも。

「蓼食う虫も好き好き」と言いますか、クラシックやJAZZに親しみたくても、いまいち、よく分からないと思っている方は、録音は古くても良いから、先入観なしでいろいろ聴いてみることをお勧めします。

入口には、コンピCDなども良いかもしれません。そんな物も無い時代。私のコンピは、小さなラジオでした。


(2018.5.25)

映画「孤狼の血」続編製作決定


(2018.5.23)

@ 12月の週末。仕事帰りに南の島へ逃亡するとき、仕事に着ていくのは、いつも、黒いスニーカーと地味色のスラックス、白い(淡いブルーだったかな)カッターシャツにネクタイ、それから厚めのセーターと薄いウインドブレーカー。

若かったせいか、それを組み合わせることで、真冬の屋外から、事務所、飛行機、そして暑い南の島まで、快適に過ごせました。

あの旅も、冒険でしたね。

追記

書き忘れましたが、Tシャツと短パン、水着は別です。


@ 現実には、オーディオマニアはほとんどおらず、多くの人が、「小さくて操作が簡単」なミニコンポで満足しています。

又、本物のワインマニアも少なく、多くの人が、銘柄に迷うより、いかにも「健康に良さそうな無添加ワイン」を買っています。

そのように、クラシック音楽のCDも、実は、CDの中身ではなく、「パッケージデザイン」が売り上げの肝ではないでしょうか。

極言すれば、録音なんて、少々古くても良いのです。昔のLPのように、ジャケット、帯も含め、日本語で丁寧なキャッチコピーと、解説があれば。「ジャケ買い」したくなるほどの。そうすればコーヒー一杯分の値段で、販売も出来そう。


@ 色あせない名作、映画「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」。


(2018.5.22)

@ 「 22:61 主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、『きょう、鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう』と言われた主のお言葉を思い出した。

 22:62 そして外へ出て、激しく泣いた。 」

( 「ウィキソース」ルカによる福音書〈口語訳〉より抜粋 )


@ いつだったかラジオのDJさんが、福山雅治さんのことを、「ビッグになっても、『田舎から出てきたばかりのお兄ちゃん』的な感じが残っている」と称賛していました(表現は正確ではありませんが)。言われてみると、確かにそうですね。

又、昨日聴いたラジオには、吉永小百合さんが出演していました。そのとき、今までぼんやり感じていた事が分かったような気がしたのです。彼女もまた「デビュー当時の初々しさ」を、内・外面共に、失ってはいませんでした。

太田裕美さんのヒット曲「木綿のハンカチーフ」にもあるような、「いつまでも素朴な感じを失わない」のはスゴイことですね。


@ 「 あるがまま 」 ( 禅の言葉より )


@ 「 私の所へ採用試験を受けて、通るか知らん、通らぬか知らん、と心配して神経衰弱になってやってきた奴がある。『お前が通らんなら、お前よりよい奴が通るのだから、よいじゃないか』と言ってやったら『へー』と、狐につままれたような顔をしておった。おれさえ通ればよい、あいつが通ったら口惜しいというような奴は通らん方が良い。」

( 「禅談」澤木興道著の、修証一如・仏になる法、より抜粋 )


(2018.5.20)

@ しかたがないので、シューマン「子どもの情景」・第4曲「おねだり」でも聴いてみる。


(2018.5.19)

先の選挙で、ある野党党首が、「どんな方法を使っても勝つ!」、みたいな言葉を使っているのをTVで観て、違和感を持ったのを覚えています(表現は正確ではないかもしれませんが、私にはその意味に聞こえました)。

「絶対勝つ」「なんとしても勝つ」ぐらいなら、あちこちで聞いて慣れっこになっていますが、「どんな方法を使っても…」と言われては、党首が言う言葉ではないと思ったのです。

そのせいか、どうか知りませんが、選挙違反も無くなりませんね。

国民の代表が政治家なのですから、国民に、「政策実現のため、どうか勝たして下さい」と頭を下げる、いわゆる「受動態」が、ほんらいの選挙運動だと思います。


(2018.5.17)

2018.5.9にご紹介しました、「真空管ハーモナイザー」の話ですが、音質の悪いソースを聴く際にも重宝するはずです。

名演奏のCDの中には、録音が古すぎるものがあります。それを昨今のトランジスタアンプとスピーカーで聴くと、音がザラつき刺激的になることも。

そんな時、「真空管ハーモナイザー」を通すと、滑らかな、聴きやすい音になることが期待できます。

基本的に、真空管の味わいとは、「液体のような感触」ですから。


(2018.5.15)

@ 1998年の5月。爽やかな朝の都心を、私は歩いていました。4月に人事異動があって、新しい仕事につき、その研修会場へ向かうために。

その時、道で「ANA」の広告の入ったウチワをもらったのです。

ブルーの空に、赤で「ポケモンジェット就航記念」と書いてあり、「ピカチュウ」たちが描かれたジャンボジェットの写真があるものを。

あれから20年。

毎年、夏になると、このウチワを取りだし、1998年の、五月の爽やかな都心を、そして新しい職場への期待感を思いだしているのです。

そのウチワ、今朝、糊がはがれてきて、パタパタ音がするようになったので、さっそく補修してやりました。

気がつけば、これは私の宝物。


@ 上映前の映画館では、上着を置いたり、本などを置いたりして(貴重品以外)、「席取り」をするのは昔からの常識ですね。

店内でも食べられるパン屋さんでは、「先に席を決めてから、ご注文ください」と貼り紙が出てるお店もありました。


@ 公務員志望の方にお知らせします。

「 トヨタ、役員賞与総額3割増=平均2億円−18年3月期

トヨタ自動車の2018年3月期の役員賞与総額が前期を30.5%上回る12億2400万円になることが14日、明らかになった。純利益が2年ぶりに過去最高となった好業績を反映させた。賞与対象の取締役が8人から6人に減ったことなどから、1人当たりの平均額は2億0400万円と前期比で74.0%増と膨らんだ。

( 時事ドットコムニュース 2018/05/14-18:16 より抜粋 )


(2018.5.14)

「新緑が風にそよぐさま」。

これ以上、心安らぐ風景はないな。私はそう思いながら、先日も喫茶店の窓から、公園を眺めていました。

でも、その公園では、ときどき親子がシャボン玉を飛ばしているのです。そんなとき、この世で一番美しいのは、そして幸せなのは、シャボン玉のある風景だとも思うのです。

もし許されるなら、ずっと眺めていたい。変なおじさんだと思われるといけないので、いつも無関心を装って通りすぎますが。

ところで、「気のボールの感触」について、過去にもいろいろ書きましたが、書き終わって、いつも空しさが残るのです。しょせん他の何にも似ていないから。

それはドライアイスのように、モヤモヤとした煙のようなものが、表面から立ち上っているイメージです。しかし固くはありません。

磁石の反発で浮いているような弾力もあります。あの「ジブリパーク」への鉄道は、「リニモ」のはずですから(現在「リニモ」だけは営業運転中)、その節はぜひお楽しみください。

そして油を流したように滑らか。しかし矛盾するようですが、ツルツルではなく、内側から突き上げるような、わずかなボコボコ感とか、どこか人肌感もあるのです。

さらに、シャボン玉のように、表皮が動いている感じもあります。しかし虹色ではなく、イメージとしては白ですが、気体のように自由なのです。

だから今日は、「気のボールは、シャボン玉に触ったよう」と言ってみます。

やっぱり空しい。。


(2018.5.13)

@ ニュースで「ゲーム依存症」をやっていましたが、「ブログ依存症」にも、ならないように気をつけましょう(自戒を込めて)。


@ クラシックの演奏会に、幼稚園の女の子を連れたお母さんも来ていました。「ゾウさんの方がもっと好きです」みたいな可愛い子です。カジュアルな演奏会でしたから、ほほ笑ましい光景。

ところが、女の子は落ち着きがなく、立ったり座ったり、前を見たり、後ろを見たり、お母さんに話しかけたりしていました。

「でも、演奏が始まれば、美音にうっとりするはずさ」。私はそう思いました。

しかし…

いざ始まっても、女の子の様子は、あまり変わりませんでした。大声を上げないことだけが唯一の救いです。

「やっぱり幼いから無理なのかな…」、と私。

ところが今日、新聞でこんな文章を読んだのです。

「 もうすぐ3歳になる娘はマイペース。『パンを食べよう』といくら言っても、目の前のスプーンの輝きに目を奪われ、パンはもう食べたとうそをつく。」

( 2018.5.13朝日新聞(朝) 読者投稿欄「声Voise」より抜粋 )


@ 喫茶店でボ〜っとくつろいでいると、隣席の会話が、聴くともなしに聴こえてくる事があります。

大声でなければ、そんなに迷惑でもありません。

でも、まれにトラブル会話(トラベル英会話ではなく)の時があります。

そんな時は、邪気をもらってしまうこともありそうです。

だんだん、こちらまで頭が痛くなったり、お腹が張ってきたり…。

そんな時は、公園へ行き、大きな樹が密集している処、いわゆる「気のホットスポット」で、深呼吸してみるのも良いかもしれません。


@ 区には区役所がありますが、大きな区には区役所と支所がある場合もあります。

電算化された今はどうか知りませんが、昔は、区役所と支所は、住所により管轄が別になっていました。

つまり、支署管内の人が区役所に行っても用が足せないことがあったのです(その逆も)。

これは、ずっと住んでる人にとっては常識でも、新しい転入者にとっては混乱すること。

だから、「出来ることは便宜を図りましょう」となりました。

すると、出来ることと、出来ないことが、混在するようになり、便利になる反面、住民に新たな混乱も生まれたのです。

「例外規定は、混乱も生む」というお話し。


(2018.5.12)

@ 人体を覆う「気」は、皮膚から数十センチの厚さがあります。

と言うことは、コンサートや映画館などの密集ポイントでは、他人との「気」の一体化が起こっている可能性があります。

いわゆる集合的無意識のホットスポット状態。

たしかビアスの「悪魔の辞典」では、音楽を「騒音」と読んでいましたが、「騒音」に邪魔されずに、心安らかに、他人との一体感を楽しめるのかもしれませんね。

「4分33秒」では。


@ 実は今日、まるで石造りの教会のような、とっても響きの良いホールで、少しクラシックを聴いてきました。

音楽が始まるまでの15分ぐらい、沢山の観客といっしょに待っていましたが、その環境音は、長く滞空し、まるで万華鏡のように、雄弁でした。

私も未体験ですが、「4分33秒」を語る場合、やはり、実際に「4分33秒」をライブ体験してからでないと、分からないことが多いのではないかと思いました。

「気」のボールに触れずに、その感触を語れないように。


@ ジョン・ケージの「4分33秒」は、ある意味、音楽家が作った「枯山水」だと思います。

彼は無音の研究のために、無響室にも入ったと聞きます。しかし、コンサート会場は無響室ではありません。まったく反対に、響きを大切にした有響室なのです。

このことにより、彼が望むと望まざるとに関わらず、「4分33秒」は有響室の音楽となりました。

無響室ではなく、コンサート会場の無音を聴くには、コンサート会場が一番適しています。良いオーディオシステムでも、そこまで再現できるかというと、できないとは言いませんが、大変に困難だと思います。

時間が止まったような静かな池にも、風や魚、虫などによって、ときに波紋が生まれます。

音も同じで、微音による、小さな空気の揺れが、コンサート会場では、三次元の波紋のようになって、長く漂っているのです。

コップに水を入れ、ガムシロップを上から注ぐと、完全に混ざりあうまでの間、透明な濃淡ができるように。

その波紋と、定位置で動かない演奏者、そして観客が一体になって生みだす緊張感。

それが、私には、枯山水の緊張感を連想させます。


@ 一流ブランドが、たいてい高価なのは、なぜか。

いろんな理由があるでしょう。

全部は思いつきませんが、その一つに、「一流の技術と、センス・思想に対する対価」もあるのだと思います。

たとえば、オーディオ・アンプで、昔からよく言われてきたことですが、一流品の回路図を見て、同じように作っても、音は同じにはならないのです。

使われている部品の一個、たとえ電気上の規格が同じでも、違うメーカーのものを使えば、音は違うのです。それがたくさん集まれば、音が変わるファクターは無数にあると言っても良いのです。

マニアでない人には信じられないかもしれませんが、私はアンプのボリュームにつける「ツマミ」によって、音が変わるのを、実験によって確認しました。材質で変わるのです。振動モードが変化することにより、その振動が電気エネルギーに影響を与えていると考えられます。

同様に、部品の配置、ケースの材質や形、さらには、ネジ締めのトルクなども、音に影響を与えます。

一流メーカーのエンジニアは、経験上、沢山のそれを知っています。マイナスとマイナスを掛け合わせてプラスにするなんて、朝飯前。さらに一流のセンスと耳を持って、慎重にまとめ上げれば、製品は、他の者が到達できない高見を見せてくれるのです。


@ 愛知万博のとき、トヨタ館が人気で、「何時間待ち」が当たり前でした。私は行列のない館ばかりまわっていたので、行けずじまい。

トヨタ館の目玉の一つが、「ロボットによるトランペット演奏」でした。人口唇から息を吹き込み、指先を上下させ、本物のトランペットで見事な演奏をするのです。

あれは万博から一年ぐらいたった頃でしょうか。

地元のデパートで、そのロボットの演奏会があったのです。

大喜びで見に行きましたよ。

とても良かった。ロボットは見事でしたし、なんと言っても生演奏ですからね。音も良いし、大迫力。

でも、30分ぐらいの演奏が終わったとき、拍手すべきか否か、一瞬迷いました。そして私は、けっきょくしなかったのです。

なぜなら、ロボットには感情がありませんから。他の観客がしていたのかどうかは、ハッキリした記憶がありません。たしか…ほとんど無かったような…。

その後、その重大テーマについて、しばらく考えていました。そして、私なりの結論を出しました。

やっぱり「拍手はすべきだった」と。

確かにロボットに感情はありませんが、ロボットや会場の手配をして頂いた「裏方の皆様」へは、まちがいなく感謝の拍手が必要だと思ったのです。


(2018.5.11)

@ NHK朝ドラ「半分、青い。」に出てくる、東京の漫画家。

彼の仕事場に鎮座しているのが、あの「ラックスマン」の高級オーディオシステムで、真空管とライン・トランスを積んだCDプレーヤーと、真空管アンプのようです。トータルで数十万円。

「ラックスマン」は、この他にも、色んなドラマに登場しています。


@ 先日、映画「推手」の追記で、「相手に触れずに倒す技」について書きました。

これは、その続きです。

私は直径1メートルぐらいの「気」のボールなら、日常的に作っていました。瞑想して15分ぐらいかかります。

しかし、敵は15分も待ってはくれませんね。瞬時に対応せねばなりません。どうしたら良いのでしょう。

これも想像ですが、

あらかじめ、圧縮した大量の「気」を、下丹田に貯蔵しておき、それを気合とともに、ガメラの必殺技みたいに、胸のチャクラから放出できれば、瞬時に対応できるのでは。

そのときの「気」は、ボールと言うよりも、直径1メートルぐらいの棒になるのでしょう。その棒で、ビリヤードのように敵を突くのです。

ここで注意しなければならないことの一つに、中国式の気功で下丹田に「気」を貯蔵する人は、ヨガやストレッチなどで、「下腹部を圧迫してはならない」ということです。

もし体内の風船が潰れてしまったら、悪影響が心配ですから。

ちなみに、日本式の気功では「気」の貯蔵はしません。技は使えないと思いますが、こちらが安全かもしれませんね。


(2018.5.9)

LPからCDになったら、「なんか音に潤い感がなくなった」と嘆いている方がいらしたら、5月19日に発売予定の、この製品に注目してください。

CDプレーヤーとトランジスタアンプの間につなぐだけでOKです。分類的には超小型の「真空管プリアンプ」でしょうか。

キットですが、主要基板は組み立て済みなので、ネジ締めだけで完成するそうです。

まだ発売前なので、私に音のレビューは出来ませんが、同類の真空管製品を使ったことのある私には、大いに期待できるものです。シンフォニーが滑らかに、ボーカルが色気たっぷりに、ジャズが熱気を持って再生されることでしょう。

真空管アンプに大変興味があるけど、値段が高いし、大きいし、重たいし…、そんな方には、手のひらサイズで14,040円(税込み)のこれは、大きな福音になると思います。ちなみに「ラックスマン」は超一流ブランドです。

現在、すでにアマゾンでは予約終了(売り切れ状態)ですが、他を探せば(書店でも)、まだ予約可能のようです。


「 『デジタル臭い』音を、付録の真空管ハーモナイザーを通すことによって、真空管のウォームな音と倍音を付加した味わい深い音にする。

製造は日本を代表するオーディオメーカー『ラックスマン』。増幅率は1対1なので、音量を上げるものではなく、音に味付けをするもの。音が固い、つまらないという場合にこれを通すとほぐれて、ゆったりと鳴る。

また真空管を交換して音の向上を目指せ、オーディオのたのしみも体験できる。気持ちいい音にして、もう一度音楽にどっぷりハマってみませんか。 」

( アマゾン商品説明 「快音! 真空管サウンドに癒される 特別付録:ラックスマン製真空管ハーモナイザー・キット (ONTOMO MOOK)」 ムック 2018/5/19より抜粋 )

追記

念のため申し添えますが、これは「雑誌の豪華付録」ですので、今回限りの限定生産です。流通量も少ないはずで、発売日以降に書店で手に入れることは、困難も予想されます。

追記2

2018.5.9にご紹介しました、「真空管ハーモナイザー」の話ですが、音質の悪いソースを聴く際にも重宝するはずです。

名演奏のCDの中には、録音が古すぎるものがあります。それを昨今のトランジスタアンプとスピーカーで聴くと、音がザラつき刺激的になることも。

そんな時、「真空管ハーモナイザー」を通すと、滑らかな、聴きやすい音になることが期待できます。

基本的に、真空管の味わいとは、「液体のような感触」ですから。


(2018.5.6)

@ 「 酔っぱらいのSNS、お断り。」

( 2018.5.6朝日新聞(朝)、1面「天声人語」左の、「サントリー (Suntory)」広告より抜粋 )


@ 若いころ、職場で、6月に慰安旅行をしていました。

行先は、たいてい電車で2時間ぐらい離れた温泉です。

梅雨ぎみの空の下、しっとり濡れた新緑をながめる2時間は、いまでも忘れられません。

あの、勢いのある、圧倒的な緑の洪水。

それを見るだけでも、旅の価値があろうと言うものです。


@ NHK朝ドラは、時代考証と言いますか、舞台となった時代の、音響機器にも注意しているようです。オーディオの進歩に関心のある私には、博物館に入ったように楽しめます。

でも、大道具と言うのか、小道具なのかは知りませんが、担当の方は本当に大変だろうなと。

いつだったか、真空管ラジオが出てきましたが、一部に、古道具ではなく、最近発売されたアンティーク・ラジオらしきものが使われている事がありました。

裏側が映りましたが、いわゆる「汚し処理」が行われておらず、ピカピカのRCA入力端子や、木材工作の状況、などを見てそう思いました。他のラジオと比べ、アンバランスに感じたのです。

もっとも、タイムマシンであの当時へ行けば、ピッカピカの真空管ラジオも存在したはずですから、「汚し処理」は、不要なのかもしれませんね。


@ NHK朝ドラ「半分、青い。」に、最近、「五平餅」(ごへいもち)が出てきます。

あの平べったい餅は、母の大好物でもありました。

そのせいもあって、近隣に住む私も、もの心ついた時から食べていたので(味噌あじ)、とくだん珍しくもありませんが、ドラマでも描かれているように、全国的に見ると、「?」な食べ物なのでしょうか。

あの東京の漫画家も大感激してましたが、食べ出すと止まらない、一種、麻薬的な旨さがありますから、特にダイエット中の方は、覚悟して口にすべきです。


(2018.5.5)

@ オーディオ全盛期には、スーパー「ダイエー」にもオーディオショップがあり、確か、そこで著名なオーディオ評論家・長岡 鉄男さんの話を聴きました。

先生は、「ギザギザの原音を、ギザギザのまま再生すると、素人は音が悪いと言う」と語っていました。

そして、ギザギザの原音をツルツルに再生すると(本当は、こちらの方が歪んでいるのですが)、マニアは音が悪いと言い、素人は音が良いと言うのです。

しかし、それとは別に、オーディオには再生芸術という道もあり、ギザギザの原音でもツルツルに再生することを、マニアでも音が良いと言うのです。疲れた私はこの境地かな。


@ 3年いや、スポーツセンターへ通った10年近く、週に2〜3回は牛丼ランチを食べていました。

早い、安い、旨いの、三拍子そろっていましたし、お店は広いし、おばちゃん店員さんは笑顔で迎えてくれたからです。

でも、最近あまり練習をしていません。そろそろ体がむずむずしてきましたが、練習と同じぐらい欲しているのが牛丼なのです。腹ペコの時に食べる牛丼の、なんと旨いことか。


@ まだ20代の頃、脚を痛めてジョギングを引退した私は、一時、サイクリングに専念していました(知多半島一周サイクリングも、計画だけはしました)。

自転車で走っていると、「風が体を通りぬけて行くような感じ」がするのですね。

実際はウインドブレーカーで防御しているし、人体を風が通りぬけるはずはありません。

でも…

今でも覚えていますが、走りながら、なんども全身を眺めたほどに、風がスルーしていく感じが否めなかったのです。ほんとうに不思議な思い出。

でも、今なら説明できるような気がします。

あれは風ではなく、きっと爽やかな外の「気」が入ってきたのです。自転車の微振動は、乗馬と同じく、体を気功状態に誘う役目もしていますから。

今では、自転車に乗らなくとも、ウオーキングするだけでも、あるいは体操だけで、窓のようなもの開き(たぶんチャクラが開く)、体内を外気が循環することがあります。そのときは、メントスでも口に入れたような、最高に爽やかな気分。


@ アインシュタインは、「死とはモーツァルトが聴けなくなることである」と言ったとか。

彼の信仰は知りませんが、もし彼がクリスチャンだったのなら、「死とはモーツァルトを聴く必要がなくなることである」と言ったような気がするのです。

モーツァルトのような天上の音楽は、地上にいてこそ妙薬になりますが、天上では、その世界観そのものが、モーツァルトしているでしょうから。


@ モーツァルトは、メンタルが病んでいる時は、違和感が強すぎて聴けないことがあります。引きこもっている人を、無理やりお日様の下に引きずりだすようなものだからです。

しかし、そこまではいかないけれど、ちょっとだけブルーな気分、みたいな時なら、モーツァルトを聴くと良いです。モーツァルトという、エネルギーのようなものが体内に入り、染まり、元気になることを、私も体験したことがあります。


@ 師に人生相談をする効果は、尊敬する師が元気な生身の人間である場合、言葉ではなく、師のエネルギー自体に癒されてしまうこともあります。わずか15分間お茶するだけでも。


@ ドヴォルザークのシンフォニーBOXを順番に聴いています。先日聴いた曲がとても良かったので、「たしか5番のはず」と思って確かめたら、「Czech Suite」との記載が。

でも、「チェコスイートって何だ?」。「甘そうだからラブソングか?」。

そう思ってググったら、「チェコ組曲」である事が分かりました。オマケで入っていたようです。

ショパンにある氷砂糖のような純粋もいいですが、黒砂糖のようなドヴォルザークにはホッとします。


@ 前にも書いた事がありますが、私は、愛知県にある「知多半島」が、もしかしたら「愛知の湘南」になる可能性を秘めているのではないかと思っています。

名古屋から私鉄も走っていますし、クルマでも知多半島道路で一時間ほど。途中には中部国際空港もあります。

白砂青松の、美しく広大なビーチ・海水浴場があります。

漁港も近く、海鮮料理が旨い。そして「ふぐ」の名産地なのです。それは西日本のあそこへも出荷しているほど。

さらに、1988年より南知多温泉郷が生まれ、温泉旅館も多数あります。

1973年よりサントリーの知多蒸溜所があり、「知多」とが名付けられたウイスキーも好評発売中です。お土産にどうぞ。

お寺もたくさんあり、「知多四国八十八箇所」にもなっています。

そして半島のすぐ先には、篠島(1979年に、若き日の吉田拓郎さんが、伝説のオールナイトライブを行った)と、日間賀島があり、アクセス、宿も充実しているので、そこでは隠れ家的な休日が楽しめそう。

さらに、2022年には、愛知万博跡地に「ジブリパーク」も開業予定です。その前後に、知多半島に寄ってみるのも良いかも。

まだ書ききれないこともありますから、一度「知多半島」でググってみてください。


@ 2018.4.23に書いた、酒を旨く飲む方法の追記ですが、飲むときに、腕の傾きだけで飲もうとせず、上体まで後ろに反らせて(背筋を延ばす感じ)、全身のパフォーマンスとして、飲むと効果的です。


(2018.5.4)

「 チコちゃんに『ボーっと生きてんじゃねえよ!』と叱られます。」

( 「チコちゃんに叱られる!」 - NHK - NHKオンラインより抜粋 )


(2018.5.3)

ある有名な作家の、「読者からの人生相談をまとめたような本」が文庫になりました。

買おうかなと思い、先日、少し書店で立ち読みしましたが、ためらっています。

読者の質問を読むと、@まず、私ならこう回答すると考えてしまいます。Aその後、先生の回答を読みますが、(けっして先生の高みには届きませんが、それでも)先生に感情移入して考えている自分を感じるのです。

すると普通のエッセイと違い、何かの研修でも受けている様に疲労してしまうのです。


そう言えば、かつて見た、別の作家の本。辞典みたいにぎっしり情報がつまった超お買い得本でした。間違いなく渾身の作です。

しかし、密度が濃すぎて結局買えませんでした。ヒルティの「眠られぬ夜のために」みたいに、365日のカレンダーになっていて、毎日ひとつづつ説教してくれると、ありがたいのですが…。あるいは上下に分けるとか。


トランプ遊びさえも疲れてできない私なのです。
「そんなふうで、よく、まいにち、ぶろぐなんて、かいてられるなぁ〜」などと、いわないでください。


(2018.5.2)

やっぱり。


(2018.5.1)

初めて「手のひらから立ちのぼる、モウモウとした『気」』」が見えた頃、私は手のひらサイズの「気のボール」を作る実験をしていました。楽しくて仕方ありませんでした。

毎夜1時間ずつ、すでに一週間近く専念していました。

あれは夜の10時過ぎだったと思います。

そろそろ寝ようかな、そう思って立ち上がったら、突然、「しつこい目まい」に襲われたのです。力が入らず、平衡感覚も取れずに、倒れそうになりました。

その夜は、トイレに起きたときも、ふらつきが残っていたと思います。

病気でもなく、今までそんな極端な「めまい」の経験もなかったので、今でも「異常事態」として覚えています。

さいわい翌朝には治まりましたが、あれは何だったのでしょう。

以前にも似たような話を書いた事がありますが、言うまでもなく「気」は「元気の元」ですので、いたずらに消耗すると、寿命を縮めることもあると言われています。不用意な外部への放出は、ある意味「出血」と同じなのです。私は貧血状態になったようです。

気功師が気功治療で「気」を放出しても、やはり「消耗」があります。

だから彼らは、気功で下丹田に大量の「気」を貯蔵してから治療をしたり、あるいは人間ポンプとなり、頭頂部にある第七チャクラから自然界の「気」を吸引しながら、それを手のひらから放出する技を使うなど、まるで消防車みたいな活動をしているのです。

だから、先日ご紹介した通り、誰でも酒やコーヒー程度の事はできますが、小規模であり、さらに自分の体に戻す(輸血する)から良いのです。それ以上の実験は、師や本でキチンと学んでからにするようお願いします。

「気落ちする」「気が滅入る」「気が小さい」「気がそがれる」「気が散る」「気が尽きる」「気がない」「気が抜ける」「気が引ける」「気を失う」「気を抜く」

そんな日本語も「パワーダウン」を教えてくれますし、こんな名言もあります。

「 気が聚(あつ)まれば即ち生、気が散ずれば即ち死 」 (荘子)


(2018.4.30)

@ 街路樹の下に、誰が種をまいたのか、ポピーみたいなピンクの花が、いっぱい咲いていました。

みとれるほどに綺麗だったので、さっそく、ブログに書こうとしたら、すでに、そっくりの花が咲いている写真をUPしている方がいらして…。

もしかしたら、これ、シンクロニシティ!?、それとも、鏡の魔法かしら。


@ 以前こんなニュースがありました。ある女の子が、二つの鉢植えを用意し、一方だけに「話しかける」実験をしたところ、話しかけた方が良く育ったのだそうです。映像では確かに顕著な違いが出ていました。

専門家は、「話しかけている鉢植えには、無意識に手入れもしているのでは…」とコメントしていましたが、ニュース映像を見た私はヒントを見つけた気がしました。

彼女は話しかけながら、両手のひらを植物の近くに持って行ったのです。ペットを愛撫するがごとく。彼女の「気」のパワーが毎日与えられていたことは、まず間違いないでしょう(たぶん彼女に「気」の知識はないと思います)。

ですから、専門家の言う「手入れ」とは意味が違うでしょうが、おそらく、そういう意味での「手入れ」はあったのだと思います。

ただ、リンゴの無農薬栽培を描いた、映画「奇跡のリンゴ」でも描かれているように、「植物に話しかけると成長に良い効果がある」のも事実のようです。

その理由は知りませんが、「気にかける」「気をつかう」「気を向ける」などという言葉もあるように、「話しかける」と「気」のエネルギーが対象物に向かうのではないのか、とも想像できます。そもそも「気」は「意念」で動くものですから。


(2018.4.29)

@ 先日来、なぜ「気」の話で、お酒やコーヒーを持ちだしたかと言いますと、こうすれば、誰でも修行なしで「気」を体感できるからです。

普通、手のひらなどの気感が覚醒するには、毎日気功をしても最低数か月かかります。続けていると、ある日突然、目覚めるのです。それまでは、ひたすら懐疑とパントマイムな日々。

だから、大多数の人は「気」を体感できず、一生を終わるのです。誰かに話しても、数か月も修行をつきあってくれるような酔狂は人はまずいません。

しかし、舌は敏感です。修行なしで、いきなり「気」を感知できるようです。

残念ながら、私にはこれ以上先に進む力はありません。体験した方の中から、いつの日か、この神秘を解明し、科学や医学の進歩に、役立ててくださる方が現れる事を祈っています。そして、これは宇宙の解明にもつながっているはずです。


@ 先日、2018.4.23には、お酒の飲み方についてお話ししましたが、今回はコーヒーで実験する方法をご紹介します。これならお酒の飲めない方でも大丈夫ですね。

@喫茶店に入り、コーヒーを注文したら、まず2〜3口飲んで味を覚えてください。

Aその後、両手を温めるようにカップを囲み、リラックスして、腹式呼吸を数回するのです。両手とカップを上から見た図。 →(○)

上から呼気を吹き込むのではありません。「気」はカップを透過して(横の)手のひら入るのです。

終わったら、もう一度味を確かめてください。

Aのコーヒーには、すでに「気」が入りましたから、味にはトロミがついています。お酒の時のようにポーズを気にする必要はありません。いつものように気軽に飲んで下さい。

たくさん「気」が入ると、トロミの他に、メントールのような爽やかな風味を微かに感じる事があります。「気」にはそのような性質もあります。


(2018.4.28)

@ スポーツというと、野球みたいにグループでするものとか、柔道みたいな格闘技をイメージしするので、内向的な人などは、どうしても「敬遠」しがちです。

でも、「弓道」とか「アーチェリー」などは、対戦相手が自分自身であり、自分のペースで、黙々と練習できるのです。もしかしたら、内向的な人の方が向いている可能性もあります。

さらに、内向的な人が、知らず知らず溜めこんでいる、抑圧されたエネルギーも開放できるので、その爽快感に、ハマってしまうこともあります。それは、歌や踊りと同じく、自己表現の一つでもあるのです。「車イス・アーチャー」の逸話があるように、生きる喜びを取り戻すこともあります。

なるべく若いうちに、一度試してみると良いです。


@ 先日観た、良い音が売りで、追加料金まで取る「ドルビーアトモス」映画の話です(その時間帯は、偶然それでした)。

音が大きすぎて飽和しているような気がしたのです。

専門的なことは知りませんが、経験上、部屋のサイズと音量にはちょうど良いバランスというものがあって、いくら大音量が好きだと言っても、それ以上にすると、飽和状態のようになり、澄んだ音も濁って聞こえたりするのです。

もしホームシアターなら、遮音が完璧であっても、もう少し音量を絞ったと思います。

「ドルビーアトモス」以外の作品でも、ときどき頭痛がしそうなほど大音量なものがあって、危機感を感じさせられます。


@ 映画「スター・ウォーズ」を、「さかなクン」さんの伝記映画だと思っている人はいますか。


@ NHK・TV「美の壺」のオープニングには、ジャズのサックスと、和紙のようなものに、墨をたらしたようなシミが広がる映像が流れます。

@質感の話です。

あの「サックスの音」を共感覚で視覚化すると、「広がるシミ」に近くなるのです。音の肌理の印象と、シミの肌理の印象がつながります。

あのオープニングを見るたび、私は穏やかな気分になるのですが、その理由が「マッチングの美」にあった事に、先日気づきました。

A輪郭の話です。

シミは静かに広がる円形です。単音ならそれでも良いかもしれませんが、音楽は流れゆくメロディーですから、リキッド・メタルみたいなクネクネした流動体に見えます。感覚上のタイムラグはゼロでシンクロしています。だから、その点は違います。


(2018.4.26)

吉田秀和さんはELACのスピーカーを愛用していましたが、先日、オーディオ雑誌を見たら、その後継機が紹介されており、音質評価に「グロッシー」と書いてありました。

意訳すると「艶々と光沢のある音」とでも、なりましょうか。私も試聴会で聴いたことがありますが、まるでオーラを放っているような音でした。

ちなみにドライブしていたアンプはAuraの製品。ベストカップルなのかもしれません。

そう言えば、YAMAHAの最新型・高級スピーカーも、ピッカピカの音がします。


(2018.4.24)

@ 先日TVを観ていたら、菊池桃子さんが、とつぜん見知らぬ飲食店に押しかけ、偶然居たお客さんと、相席で食事をさせてもらう、という番組をやっていました。

そこに登場した、数名のグループ客。

雰囲気から、私はひと目で公務員(役場職員)だと直感しましたが、自己紹介してもらうと、やはり公務員がいて、その結果に我ながら驚きました。

実は遅まきながら、数年前から、公務員と民間人の間にある、「まとっている雰囲気の違い」に気がつき始め、今回もその通りだったので、(良し悪しではなく)「仕事は人を作るというのは、ほんとうだったのだなぁ」と、しみじみ思っている次第です。

どのように違うのか、説明しようと、言語化を試みましたが、なかなか上手い表現が見当たりません。

あえて言えば…

役人と言えば、もと区役所に勤めていらした、役所広司さんのお名前が浮かびますが、(スターとしてのオーラは別として)あの方の雰囲気(方向性)は近いと思います。もちろん、演技を離れた「地」の役所さんは存じませんが。


@ 税金取りが出動するような滞納者というのは、映画「マルサの女」でも描かれているように、「お金があっても払わない」人が多いのです。

そして、そんな人の多くは、毎年のように滞納を繰り返します。常習性があるのです。


@ エッセイにありますが、池波正太郎さんも西郷さんみたいに、税金取りの仕事をした事があるようです。

それによると…

なかなか税金を払ってもらえない床屋さんがあって、いつものように池波さんが尋ねていくと、なにやら様子がおかしい。その日は、お葬式だったのです。

いかに滞納者に非があるとは言え、ご近所さんや、親戚縁者があつまるお葬式に、税金取りが乗り込んで仕事をするのは非常識です。そればかりか、滞納者のプライバシーが周囲に漏れてしまいかねない。嫌がらせになってしまう。

だから、そんなときはUターンして出直すのが普通ですが、その前に池波さんは、ポケットマネーからいくらか包み、黙って受付に渡してきたのだそうです。

すると翌日、朝一番で床屋さんのご主人が役所に来られ、お礼とともに、過去の滞納分をすべて納付されたのだとか。

それどころか、その後、池波さんが床屋さんの前を通りかかると(床屋さんに用があるわけではない)、いつもご主人が飛び出てこられ、「池波さ〜ん。ひげ剃って行きなよ!」と、声までかけてくれるようになったのです。


(2018.4.23)

@ 映画「ダンガル きっと、つよくなる」の、私のレビューで書いたような「師弟の問題」が、ここでも起こっているのかもしれません。

「 八丁味噌ブランド論争 愛知・岡崎市議会、国に調整要望 」 ( 日本経済新聞 2018/3/12 21:30 )


@ むかし池波 正太郎さんのエッセイで読んだ記憶ですが、「ざる蕎麦」「もり蕎麦」を食べるときは、@(蕎麦の)「山の中央」から、一口ですすれる分量だけ、つまみ取って食べるものです。そうすれば、きれいに食べられるよう、蕎麦は盛ってあります。

でも…遠慮して、A「山のすそ野」から取ると、蕎麦山が崩れたり、絡まってしまいがち。大量にとったりすると、さらにみっともない状態になります。

そして、最後には箸を立て、なるべくザルに付いた蕎麦の断片も取って食べます。そうしないと、乾いてこびり付き、洗うときにお店の負担になるからです。

日本人がフランス料理のマナーを知らなくても、ある意味仕方ありませんが(私のこと)、日常的な蕎麦の食べ方は知っておいた方が良いです。TVドラマ、旅番組、グルメ番組などでも、Aをやっている人を時々見かけます。


@ 「おちょこ」や「ぐい呑み」で日本酒を飲むとき、@正面からそれが見えないように、「手のひら」で隠すようにして(つまり、親指と人さし指の中央辺りに口をつけ)飲むのです。

A親指の辺りに口をつけて飲んではなりません。

@は、時々ドラマにも出てくる、男らしくカッコ良い飲み方ですが、それだけで言っているのではありません。おいしく味が変わるからです。

手のひらの中央辺りにある「労宮」というツボから、誰でもモウモウと「気」が噴出しています(私には肉眼で見えますし、コツを知れば多くの人にも見えるでしょう)。酒を飲むとき、それを一緒に口に入れると酒の味が変わるのです。「労宮」が舌を狙い撃ちするよう、手首をクイッと曲げて下さい。

そうすると、酒に「トロミ」がつきます。

ちなみに女性の方は、Aを両手ですれば(片手は添える感じでよい)、見た目にも美しく、「気」のパワーも二倍になり、同様の効果があります。

興味のある方は一度実験してみてください。錯覚だとおっしゃる方は、理由を考えてみると面白いと思います。

追記

味わうコツは、「惑星直列」みたいに、「労宮・おちょこ(ぐい呑み)・舌」が直線状に並ぶようにして飲むことです。「気」がお酒とまじって、舌に注がれていると、イメージしてください。

追記2

酒を飲むとき、腕の傾きだけで飲もうとせず、上体まで後ろに反らせて(背筋を延ばす感じ)、全身のパフォーマンスとして、飲むと効果的です。


(2018.4.21)

最近のスーツは、おじさんには細身ですね。スーツにそんな流行があるように、オーディオにおける音色にも、それはあります。

SPの時代は、電蓄の振動板(スピーカーにあたる)が金属だったため、その固有音が音に乗り、メタリックで艶やかな音がしました。

LP時代がスタートだった私も、SPの演奏会などで聴いたことがありますから知っていますが、大変に美しい音がします。

その後LPの時代になり、紙の振動板を持つスピーカーが主流になると、音に紙の固有音が乗るようになり、「いぶし銀の渋さ」「紙臭い音」になりました。

その移行期を体験した者の中には、SPのキラキラした音に郷愁を持つ人もいたことでしょう。

今は、一部のマニアを除いて、SPを楽しんでいる人はいませんが、最新型スピーカーの中にも、SPのようなキラキラした音を出すものがあるのです。

たとえば吉田秀和さんが愛用されていた、ELACもその一つ。

オーディオマニアから言うと、けっして高級品ではありません。普通のサラリーマンなら、ほとんどの方が手に入れられる値段と大きさです。

私は、なぜ吉田秀和さんがそれに決められたのか考えたことがあります。もちろんそれは音が良いからに違いないでしょうが、他にも、国際結婚された奥様がドイツ人だったことも理由だと思いました。ELACはドイツの会社だったからです。あのスピーカーは楷書体のドイツの音色を鳴らします。

でも、最近気づいたのですが、ELACの金属振動板からは、どこかSPへの郷愁が聴こえてくるのですね。もちろんSPより、はるかにハイファイであることに間違いはありませんが。

実は、私の使っているサブスピーカーも、ELACではありませんが、同様にドイツの、それも金属振動板を持つ製品ですから、分かる気がするのです。

青春時代への郷愁はここにもあります。


(2018.4.20)

たとえば住民税が高いと思い、役所の窓口で説明を求めたとします。しかし安くはならなかった。

基本的に、税金の計算は「算数」であり、役人の裁量が入る余地は大変少ないのです。計算誤りでもなければ、そう簡単に安くなるものではありません。

しかし、気持ちがおさまらないあなたは、つい感情的になり、説明のために窓口担当が持ってきた申告書などの公文書を、その場で破り捨ててしまった。ごくまれにですが、過去にはそんな事例もあったのです。

でも…お分かりだと思いますが、破った書類が、あなたに関するものだけだったとしても、そんな事をしたら、警察沙汰になりかねませんね。

だから、「公文書は役所のものではなく、国民のものである」という話を聞いても、そんな過ちをする人が増えないことを祈ります。


(2018.4.19)

@ 「 上昇志向消えた? 神戸市が『激辛』係長試験廃止へ 」 
( Yahoo!ニュース 2018/4/19(木) 20:11 掲載 )


@ 「 『AKB48総選挙』ナゴヤドームで開票 初の開催地公募に105件応募 」 ( Yahoo!ニュース 2018/4/19(木) 3:44 掲載 )


@ 「 訪米中の安倍晋三首相は17日午後(日本時間18日午前)、フロリダ州パームビーチでトランプ米大統領と会談した。トランプ氏は、拉致問題を6月上旬までの開催が見込まれる米朝首脳会談で取り上げると明言。」

( 「日米首脳会談  トランプ氏、拉致問題提起を明言」 毎日新聞2018年4月18日 08時17分〈最終更新 4月18日 14時11分〉 より抜粋 )


@ 子の取り違えが判明したら、本人か親権者に、本当の親を教えるのは、当然の説明責任と言うか、病院の義務だと思いますが、私が非常識なのかしら。

複雑な問題だからこそ、何が正解なのか、幸せなのか、ボールを転がしてみないことには、本当のことは誰にも分らないのでは。

たとえが適当では無いかもしれませんが、宝くじで一等が当たった人には、銀行で「心得の冊子」がもらえるそうですね。人生を誤らないように。

それを真似て、病院が本当の親を教えるときにも、第三者から、「実の親との再会について」のアドバイスがあれば良いのでは。

釈迦に説法の方もいらっしゃるでしょうが、それで病院側の懸念が和らぐのなら。


「 本当の親が知りたい。それだけなんです。知る怖さはあるけど、知らないでいるほうが幸せだなんてことは絶対にない。近所の親子連れを見ても、親子が出てくるドラマを見ても“俺の本当の両親はだれなんだ”と考えてしまいます。

50歳をすぎて本当の親を知っても、いまさら人生は変わらないでしょう。それでも知りたい。仮に私が生まれたとき30歳だったら、もう80歳。時間がないけど、ギリギリ間に合うかもしれない。母だって本当の子供に会いたいはずです。私は最後の親孝行に、母の本当の息子も探したいんです 」

( Yahoo!ニュース4月19(木)9:00掲載  新生児取り違え 当人の人生  順天堂「取り違え」被害者がすべて告白 不倫疑いで両親離婚、母は精神病を患い… より抜粋 )



@ 昨日のTVで警察学校の様子を写していました。

映画「愛と青春の旅だち」ほどではありませんが、訓練が大変そうでした。印象的だったのは、「相手から罵声を浴びせられても、平常心を保てるよう、先生があえて罵声を飛ばしている」のだそうです。

最初は涙ぐむ生徒もいるが、その内、慣れるのだとか。皆さま、ほんとうにご苦労様です。


@ 弓矢を射っているとき、選手よりも前方の左右に、人が入ってはなりません。

上手な人なら、そんな方向に矢は飛ばさないと思うかもしれませんが、長年の使用で弓矢が壊れることもありますし、疲労でうっかり手元が滑ることもあります。

その結果、矢が「正面軸上から、45度ぐらいずれて、左右に飛ぶ」こともあります。私も目撃経験がありますが、ごくまれに、ありえるのです。


@ アーチェリーの場合、一回(1エンド)に6本の矢を射ります。

初心者はなかなか的の真ん中(9・10点の黄色い部分、これを「ゴールド」と言う。)には当たりませんが、もし4〜5本当たったら大変。

「6本目まで当てたい」という色気が出て、心にさざ波が立ち、外れることが多いのです。つまり外野がいなくても自滅する。

これに打ち勝つには、(暗示でも何でもよいから)「アタルのが普通だけど、それが何か…」みたいな境地になるまで、精進することです。


@ 先生が、アタリメと、半分青いワイン楽しむ、春の午後。


@ 名古屋の「御園座」が新装オープン。一階に土産物店とフードコート。さっそく歌舞伎役者みたいな目で物色しましたが、一番心象に残ったのが、「エビフライドッグ」。やはりDNAはごまかせない。


(2018.4.18)

女子の試合です。射ようとしたとき、彼女は一人の男子学生からの、熱い視線に気づきました。視線も合いましたが、気に留めるそぶりも見せず、彼女は射り、矢は見事、的の中央に当たりました。

これの妥当な解釈は、「彼女は彼のことに無関心で、あえて言えば、電信棒が立っている、ぐらいにしか思っていない」という記号になります。

弓矢の経験から言うと、あれは大変に繊細なスポーツであり、実力を発揮するためには、射るときに「無心」を要求されるものです。

だから、もしその瞬間、「あの人上手だね」「次は真ん中に当たるぞ」などと、たとえ見知らぬ観客からの話声が聴こえるだけでも、普通の人なら自覚せぬほどの僅かな心の動揺が、コントロールを狂わせ、矢は曲がって飛んでしまいます。つまり当たらない。

ましてや、素敵な異性から熱い視線が注がれている事に気づいたとしたら、どうなってしまうのかは、言うまでもありません。私はそんな現場を何回も見てきました。まるで、あれは「古来よりの嘘発見器」。

だから、もし相思相愛で、彼女は「カッコ良いところを見せたい」がために、がんばって射り、矢を真ん中に当てたというシナリオだったのなら、それは、如何なものかと思います。


(2018.4.16)

@ TVドラマ「スペシャリスト Specialist」の宅間刑事(草薙君)はいないのかな。


@ 「 公務員はすべて国民全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではない 」 (日本国憲法15条2項)

この意味は、「公平であれ」という事です。

だから、窓口で怒鳴った人にだけ、余分にサービスを提供したら、それは憲法違反の疑いがあるのです。


(2018.4.14)

@ 切腹した人もいるのです。いつの日か、「改ざんが問題」は、丹念な取材を元に、それをモチーフとした小説に生まれ変わり、ドラマ化されると良いと思います。

そうすると、容易に全体像が俯瞰でき、裏にひそむ「韓国映画のような葛藤」が、より浮かび上がるかもしれませんから。


@ 「 2,980円と書かれた、大きなおもちゃ箱を抱え、千円札3枚を握りしめた、5歳ぐらいの男の子が、レジへ行きました。

店員が「3,218円です」「お金が足りないよ」と告げると、男の子は商品を返しに。

あとで、陳列棚に目をやると、男の子はしゃくりあげながら、ぼろぼろ泣いていたそうです。

子どもに夢を売るおもちゃ屋さんが、泣かせて良いのですか。買う側の立場になって、税込み価格を大きく、税抜き価格は小さく、表示できないのでしょうか。」

そんな趣旨の投書が(文章は正確ではありません。)、(2018.4.15)の朝日新聞にありました。

私もホームセンターで2,980円の時計を買ったとき、レジで3,000円以上請求され、「あっ、だまされた」と思った経験があるので、男の子の気持ちが良く分かります。

映画「ラブレス」や、私の打ち明け話よりも、このおもちゃの話が、一番刺さります。


@ 警察官の拳銃問題。ラジオか何かのコメンテーターが、「板場にだって包丁がある」と言っていました。

事件は加害者個人の特殊性の問題であり、体制の問題ではない、と言いたいようでした。

たしかに板場の修行は、「若い人が多く、包丁いっぱいの現場で、朝から晩まで、怒鳴られるのが、当たり前」の世界。でも事件なんて記憶がありません。

大工さんの修行でも同じです。親方は厳しいし、危険な大工道具はいっぱいあります。


@ 今朝のNHKラジオに、女性写真家の方が登場し、お話しをされていました。

「昔は『決定的瞬間の一枚の写真』で勝負していたけれど、今は『20〜30枚といった連作写真』で表現している」と、そんな趣旨のことを言われていました。

ふと、「最近の私のレビューも、追記が10件ぐらい」になっていることを思いだし、少し安心したのでした。


@ 4月から新生活を始められた方は、これから、楽しいこともあるでしょうが、いろいろな悩みにも遭遇すると思います。私もそうでした。

だから若いころ、癒しを求め、仏教のエッセイなど買ってみました。でも、私だけでしょうが、悩める若者に仏教は難しかった。

次に新約聖書やそのエッセイなど買いました。キリスト教は素人にも分かりやすい。私はそれらに癒され、歩き続けることができました。

別に、仏教徒やキリスト教徒になれ、と言っているわけではありません。私も深くは知りません。

しかし、この二大宗教のアウトラインは、現代人の常識の一部であると思います。映画を理解するうえでも役立ちますし、イザというときに支えてくれるかもしれません。

めずらしく、新聞にキリスト教会のチラシが入っていましたので、そんなことを思いだしました。


@ わが町にもジャズのライブハウスがあります。若い頃はかっこつけて時々行っていました。

大音量、ギリギリまで座席を増やした狭い店内、充満するタバコの煙、アルコールと特別美味くもない料理。

1時間以上をそこに居て、夜の街へ出たときの爽快感と開放感。裏通りにあるものだから、特にひっそりしていて…。

「あっ、この静寂と、新鮮な空気を味わうために、私は今、金を払ってきたんだ」、いつもそう思ったものです。


(2018.4.13)

@ モスラの抜け殻を見た、ウガンダ人。


@ ワイドショーを観ていたら、「交番は、派遣人数が少ないので、人間関係が悪いと、勤めが苦しい」みたいな話をしていたので、思いだしました。

仕事の苦しみは、ペアを組む相手との、人間関係の要素が大きいことは確かです。「相手との関係が良ければ、仕事はひとりでに回っていく」と言った先輩もいましたが、分かる気がします。

人事異動の時に、「出先は、楽そうに見えても、人が少ないから、人間関係が難しいぞ、地獄極楽、表裏一体だ」と教えてくれた先輩には感謝しています。


@ 健康な人の、いわゆる理想的な汗には、不純物は少ないそうですね。それから、病気の時にかくベタっとした汗と、スポーツの時にかくサラッとした汗も、違うらしい。

メンタル条件によっても、汗の質は違ってきます。変性意識下(いわゆる瞑想状態)と、通常(覚めた状態)では違います。

(変性意識になる)気功をしている時の汗は、まるで「ドブ川に落ちたみたい」に、ベトッとして臭いのです。自覚しないと友だちを失います。すぐシャワーを浴びてください。

なぜ臭いのか。気功の先生の本には、「邪気が出るせい」と書いてあります。


@ 今朝のラジオで言ってましたが、今年就職した若者の気質は、「先輩・上司には、自分の話を聞いてほしいし、自分を理解してほしい」みたいな、「師弟でいうなら、師の方から、自分に歩み寄って欲しい」と考える人が多いそうです。つまり「師弟関係が逆転している」のです。

それを聞いたDJさんは呆れておりました。やはり、新人君は心を空しくして、先輩・上司の指導に従うべきです。ましてや「教育係」として任命された先輩・上司は、あなたが就職した会社から信頼されている人間であることに気づくべきです。

新人君が独自のカラーを出すのは一人前になってから。それも、先輩・上司のメンツをつぶさないよう配慮して行うものです。


@ 土砂崩れ、崖崩れがしそうな場所は、山間部だけでなく、大都会の中にも点在します。台風や豪雨の時、市区町村役場職員は、夜間でも点検に走ります。

しかし緊急時ではない平穏な日常でも、突然崩れることもあるようです。でも、役場職員が365日点検に走ることは現実的ではありません。

崩れる前には、「わずかに異音、異臭がする」こともあるようです。毎日その付近で暮らしている住人の方は、敏感にそれを察知できるポジションにいるのです。

その利を生かし、「なんか、おかしいな…」と感じたら、すぐ近所の人にも声をかけて逃げると同時に、役場へも電話などで、情報提供をした方が良いと思います。

役場も災害時だけでなく、これからは「平時の情報提供」も、呼びかけた方が良いと思います。ましてや、住民の不安をあおる(要望があるから)とか、地価に影響するとかで、看板を撤去したりするような事は、いかがなものでしょうか。


@ 雷オヤジに育てられた子は、「世の中そんなもん」だと思っているので、学校に入っても厳しい先生の言う事をよく聞くから、学級崩壊などありえないし、就職しても鬼の先輩・上司に素直に従うことでしょう。「親→先生→先輩・上司への駅伝」、かねがね私はそう思っています。「友だち家族」な昨今に寄せて。


(2018.4.12)

@ 「あるがままなり」


@ 「 江戸の敵を長崎で討つ 」。


@ 昔、事務所でそろばんを使っていた時の話。

いつも「お供は国語辞典」でした。

パチパチしていると、ときどき、雑念が浮かぶのです。

そんなときは、国語辞典を開きます。

しばしの間、ふむふむ納得し、

また、パチパチに励むのでした。


(2018.4.11)

相似形は、日本人よりも、欧米人が好きらしいです。でも、あれは、欧米人よりも、日本人が好きですね。


(2018.4.10)

@ 「全身を、(手のひらをクマ手みたいにして)10本の指先で軽くたたきます。そして、全身傷だらけだ、真赤な血が滲み出ている、映画「キャリー」みたい、大変だ」とイメージすると、全身がジンジンとして、少し熱くなってきます。

体内にあった「気」が表面に出てくるのです。速攻で傷を癒すために。そのまま2〜3分じっとして、落ち着いて来たら終わり。

これを「気功あんま」と言います。

公園での話。

その直後に、ベンチの水筒を取りに近づいたら、そこにご主人と一緒にいた、(普段はおとなしい)子犬に吠えられたことがあります。

私は無視して200m以上歩いて離れましたが、繋がれていなかったので、犬は吠えながら追いかけてきました。ご主人も不思議がっていました。

私には理由が想像できました。

犬は、「気功あんま」直後の、私の全身から立ち上る「異常な気」が見えたのでしょう。それが(武者震いみたいに)攻撃的に見えたのかもしれない。そして脅威を感じた。

しかし飼い主さんには説明しませんでした。簡単には分かってもらえそうもないし、変人扱いされかねませんから。

ちなみに、その後も、その犬とは何回も出会いましたが、いつも大人しかったです。


@ 若いころ、友人たちと地方に旅行しました。

静かな住宅街を歩いていると、庭につながれていた犬が、猛然と吠えてきたのです。

そのとき友だちの一人が、「うるさいわ!!!」と、大声で一喝。そんな事をする人だとは思わなかったので、私はびっくり。

でも、その瞬間、ピタッと犬も黙ってしまったのです。


私の家の庭に、捨て猫が迷いこんできたこともあります。家族はその猫をどうするかで、大声で口論。

そして口論しながら、猫を見に行くと、甘え声で鳴いていたネコは、すばやく縁の下へ逃げ込んだのでした。

動物は人間の言葉が分からなくても、「言葉に込められた感情」を理解し、判断できるのだなと思いました(余談ですが、私は動物にはオーラも見えるのだと思います。その色・形でも相手の感情を判断しているのだと。猫なんか特に)。


もしクマに出会ったら、逃げるのが一番だと思いますが、もし絶体絶命になり、他に方法が無ければ、「毒気のある大声で威嚇」するつもりです。小さな犬だって、吠えて、クマを追い払うぐらいですから。


(2018.4.7)

もう少し「高卒・公務員」の話をします。

一口に公務員と言っても職種は色々あり、一概には言えませんので、映画「箱入り息子の恋」みたいな、市区町村役場職員の、一例を話します。


(適性の話)

役場職員にも「向いている人、向かない人」があります。あれは事務職だと思っている方が多いと思いますが、ある意味、彼らは「営業職」です。

電話で、窓口で、実地調査で、たくさんの初対面の、さまざまな階層の老若男女と、一日中接しながら事務をしているからです。

だから、それが苦手で、引きこもってコツコツ事務だけしていたい人が役場職員になると、仕事をする以前に苦しむことになりかねません。もちろん、営業は自分に向いてないと思っていても、やってみたら、意外と向いてた、と思う人もいますが。

たしか村上龍氏著の「13歳のハローワーク」にも、「人と接することが、苦にならない人が向いている」という趣旨の事が書いてあり、「さすが先生!」と思った記憶があります。

映画「マルサの女」がありましたが、あれも参考になります。別に税務署職員でなくとも、あのヒロインのように、繊細に、大胆に、どこでも物怖じせず、平気でどんどん入って仕事ができるような、(なにわのおばちゃん、みたいな)人が向いています(失礼)。


(給料の話) 

たしかに大卒よりも安いことは確かです。しかし奨学金という名の借金や、親の老後の生活費に手をつける心配がない代わりに(いわゆる教育費)、給料がもらえるわけです。

それに大卒よりも4年間余分に働けるということで、生涯のトータルとしてはどうなのでしょう。直感ですが、そんなに大差はないのでは。


(出世の話)

係長試験というものがあります。もう一度職員採用試験を受けるぐらいの難関です。これに受かって、何年間か係長をした人の中から、選考により、課長に抜擢があります。

大卒でも、一般の出世は課長までです。

しかし、たとえば税務課長なら、区であれば、万人単位の区民の、「住民税の賦課に関する責任者」という重責を担うわけで、けっして軽いものではありません。

高卒でも、立派に課長職を務められた人は少なくありません。大卒でも出世がイヤでヒラのままの人もいます。要は本気かどうかだと思います。


(人間関係)

イジメや嫌がらせは、古今東西、どこの学校でも、職場でも、まったく無いとは言いません。大なり小なり、あると覚悟した方が良いと思います。不運にも、そんな状況になっても、数年も我慢すれば、人事異動で楽になります。役所は個人の所有物ではありませんから。

でも、高卒だからという、それだけの理由で、見下されたり、イジメに合う様な事は、無いと言っても良いでしょう。男女差別や人種差別をする人がいないのと同じ、大卒と対等です。

それに、一年単位で担当が変わる公務員社会では、50代のベテランが、20代の新人君に頭を下げ、仕事を教わるのが当たり前の光景ですから、人間関係を大切にするのです。また民間企業のような生存競争的なものはありませんから。

仕事は、大卒も高卒も、基本的に同じものを任されます。(最初は無理でも)それを一人前にこなせば、だれも貴方を色眼鏡で見るような事はありません。


(研修制度)

高校を出たばかりで、法律のホの字も知らない人でも、公務員になれば、充実したな研修制度のおかげで、一から勉強できます。

また、ベテランでも一年ごとに担当替えがありますから、勉強しやすい環境は整っています。六法全書や、解説書、マニュアルなども常備してありますし、とうぜんに先輩諸氏も実務を教えてくれます。

また、夜間大学へ行きたい人は、残業の少ない部署へ配属・異動を希望すれば、可能の限りの便宜は図ってもらえるはず。夜間大学を出て、大卒の資格試験を受けることも出来ます。合格すれば給料もアップするはずですが、夜学で合格まで行く人は少ないと思います。


(その他)

最近の若者は、なんでもスマホでやってしまうそうですが、公務員の仕事はノートパソコンでやります。

ですから、ローマ字でも平仮名でよいですから、文章とテンキーのタッチタイピング(ブラインドタッチ)を、マスターしておくことをお勧めします。日々の仕事が早く楽に出来ます。

また、住民への文書や、決裁文書などで、日常的に文章を書きますから、ブログなどで作文に慣れておくと良いと思います。

むかしから「読み、書き、そろばん」と言いましたが、今は税務課でもそろばんは使いません。みな電卓でやります。しかし、もし「暗算」とか「毛筆」の達人がいたら、皆から一目置かれたり、重宝がられることでしょう。

幸運を祈ります。

追記

高卒18歳で役場に就職された方も、(同一係3〜7年で人事異動になるので)数年もすれば、係内では、早、中堅職員となります。

50代のベテラン職員が、人事異動であなたの(係での)後輩となり、頭を下げて仕事を教わりに来ます。おごることなく親切丁寧に教えてあげてください。これを機会に、あなたの友人・知人が増え、評判も広がります。

あなたは大学には行かなかったかもしれませんが、「役場」と言う「学び舎」で、実務を通して、確かに学び、成長したのです。


「 皆さんは、数年もすれば部下ができ、やがてはチームを率いるリーダーとなり、組織を率いていく立場になります。人を動かすためには人間力が必要です。」

( 平成30年4月4日 第52回 国家公務員合同初任研修開講式 安倍内閣総理大臣訓示 より抜粋 )


(2018.4.6)

@ 「 『A』という価値観の人に、いきなり『B』を投げつけると、動転して『B』を排除しようとする」。

それは、ある意味、NHK朝ドラ「マッサン」で、排除される外国人妻の話にも似ている。

リアルでは、一度に全員救出できないからと(公平ではないからと)、立ち往生した電車への、救助のバスを断った話もありました。

もっとさかのぼれば、東日本大震災のときにも、(公平ではないからと)その気配を感じさせる悲劇がありました。

本来「公平」は良いことのはず。だから悪習を追放しても、この問題は解決しないのです。それどころか、自分の思想は善であるとして、「油断」している。そこに私は警鐘を鳴らすのです。

そんな反射的な行動が、形を変えて、今後も、誰にでも起こりうる。非常時には、リーダーの誤判断で全滅にもつながりかねない。今回の「女人禁制」問題で、教訓にしなければならないのはその点です。これは男女差別の問題にふみとどまりません。

だから「『A』『B』どちらの価値観を守るべきか」という問題については、次元の違う話。それはある意味、女性天皇問題にも似ています。あるいは、木造天守閣再建でエレベーターをどうするかとか。

こちらは後世に悔いのないようにすべきで、「感情的」になっている今だからこそ、拙速に答えを求めるべきではありません。これはもう一つの教訓です。イギリスのEU離脱騒動が参考になります。

追記

誤解の無きよう、申し上げておきますが、私は基本的に「男女平等」の立場を取っています。

「男尊女卑」あるいは「男女差別」主義者の方へ、申し訳ありませんが、私は同士ではありません。

私の映画レビュー、自分で読んでも、どのていど、ほめているのか、いないのか、分からない文章のときがあります。実際「★いくつですか」と質問されたことも。他人様に不要な困惑させないためにも、レビューの最後に、なるべく★マークも入れるようにしたのを、思いだしましたので。

追記2

ご承知だと思いますが、禅の逸話にこんなものがあります。

「 二人の雲水がいて、川を渡るとき、一人が困っている女性を背負って渡りました。

女性を降ろして、しばらく歩いたころ、我慢できなくなったもう一人が、『修行中の身なのに、女性に触れるとは何事だ!』と叱りました。

そうしたら、すずしい顔で、『なんだ、お前はまだ背負っていたのか、俺はとっくに下ろしてきたぞ!』と言ったとか」。

昨今話題になっている、「原則にとらわれすぎる話」に対する、解の一例がここにあるのかもしれません。

ちなみに、禅には「放下著」(ほうげじゃく)なる言葉があります。


@ 「熱田神宮」に参拝してから、境内の名店で「きしめん」(おすすめは、かき揚げ入り)、あるいは周辺の老舗で、「ひつまぶし」を食べます。 

その後、西北にある「白鳥古墳」のある公園を横断し、「堀川」にかかる歩行者橋を渡って、平成の名園と言われる「白鳥庭園」まで散歩します。桜のシーズンなら、北隣の「白鳥公園」と「堀川両岸」が、隠れた花見(しだれ桜もあります。)の名所になっています。

また、さらに北隣の、白鳥をモチーフにした優雅な「国際会議場」には、展望レストランもありますし、敷地内には、レオナルド・ダ・ヴィンチの巨大な「幻のスフォルツァ騎馬像」が再現されています。

そうそう、「白鳥庭園」を目でたら、園内の茶店で休憩します(名古屋名物「きよめ餅」はあるかな)。庭園の鯉までは、はっきり見えませんが、鯉の背びれがジョーズみたいに水面を切っていくのが見えます。

鏡のような水面に立つX字型の波紋。

その時、お殿様が池に鯉を飼っていた理由が、少し分かったような気がするのです。


(2018.4.5)

@ 今、大学は、「みんなが行くから私も行く」、という感じでしょうか。

余談ですが、人気の公務員は高卒でもなれます。基本的に高卒でも大卒と同じ仕事を任されます。高卒では出世できないのでは、という心配もあるかもしれませんが、映画「箱入り息子の恋」みたいに、大卒でも、おいそれと出世できないのが公務員ですから、心配には及びません。


@ 公務員は人命より公平を、相撲界は女人禁制を優先する。そして国会では…。


(2018.4.3)

今はどうか知りませんが、20年ぐらい前、ある所では、「職員は原則として、常時エレベーターの利用をしないでほしい」と御達しが出ていました(荷物を運んだり、足の悪い人や、体調に問題のある人は、当然に利用OKです)。タバコとは無関係でした。

お客様に空いたエレベーターを提供するためなのか、電気代を節約するためなのか、理由は忘れましたが。


(2018.3.31)

@ ちなみに、そのドライバー。普通に使うとき、ネジが軽く回るときは、軸の細い部分を回します。その方が早く回転できますから。そして力が必要になったら、太い部分を回します。その方が楽に回せますから。

しかし男性でも、日ごろ使い慣れていない人は、全部、軸の太い部分を回します。ぎこちなく。

でも、以前派遣された、大手電機メーカーのコンピュータ・メンテナンスの人、若い女性でしたが、ドライバーの回し方もプロしてて、「さすが」と感心しました。


@ 昨日のラジオで、鈴木 杏樹さんが話していましたが … 「ネジ山の潰れたネジを回そうとしても、ドライバーが空回りしてしまいますね。そんな時は、平べったい輪ゴムを、ネジとドライバーの間に挟み、押し付けながら回すと、外れる」そうで、YouTubeにも動画がアップされているとか。

私の日常生活でも、潰れたネジ山に困惑することは、今まで多々ありました。でも、そんなに簡単に回せたなら、どれだけ助かったことか。

その「平べったい輪ゴム」、地元では「きしめんゴム」と呼びます(私だけかも)。大量の紙をめくって、枚数を数えたり、内容点検したりする時、私はきしめんゴムを指先に引っかけ、すべり止めにしてめくっていました(得意技)。指サックもありますが、あれは指先が蒸れることがあるので、きしめんゴムの方が好きです。ちなみに、きしめんゴムの代わりに、巻き尺は使えません。


@ @核を持った某国の、A次なる望は仲間づくり。

もちろん核を放棄するつもりは無い!?。


@ 「新元号の公表が来年2月24日以降」になるとのニュースが流れています。すると、5月1日の改元までは2カ月ほどになってしまいます。

議員さんの「早く公表すると関心が新天皇に移る」という懸念も分からないではありませんが、関心が新元号に移ることが避けられなくても、今上陛下を忘れることは無いと思います。

元号と天皇は一対であっても、今回は二つとして認知されると思いますし、日本人は「去りゆくものに対する愛情」が、ことのほか強いからです。

2月24日以降では、年度末とも重なり、事務更新、人事異動、引っ越し手続きが集中する、庶務事務等の繁忙期とも重なります。

本来はゆったりと静かな改元を目指してゴールデンウィークにしたはずなのに、これでは準備事務はバタバタしそうです。


@ 「住民が望むから撤去した」という説明は、「住民が望むから撤去できない」と言う韓国と同じ。


(2018.3.29)

あまり機会はありませんが、本やDVDなどを友だちに貸すときは、「15分読んで(観て)つまらなかったら、自分に合わないと思って、そこで止めてね。つまらないことをする時間は、辛いし、時間がもったいないから」。そうハッキリ言ってから貸していました。むやみに人様を拘束してはいけませんからね。たとえアンの出てくるものでも。

追記

昔、ビデオもBSも無かったころ、夜9時からのTVの映画劇場を、リアルタイムで観ることが楽しみでした。

しかし平日の夜9時は、私にとってはお風呂タイム。

だから、とりあえず9時15分まで観てみます。

そして@お風呂を後回しにしても、最後まで観る。

Aお風呂に入ってから、後半を見る(最初の15分を観ているので、それなりに楽しめる)。

B明朝眠いのをがまんしてまで観るには値しないから、お風呂に入ってさっさと寝る。

に3分類するのが習慣でした。

たぶん、そこから発生した私の流儀です。


(2018.3.25)

私がまだ老眼ではなかったころ、何かで、「文字が小さいのは犯罪行為である」と書いてあるのを読みました。私はただ「へぇ〜」と。

やがて、そんな私も、小さな文字が読みずらくなりました。

毎週のように本屋さんへ行くのが楽しみですが、若者向け雑誌の中に、内容は心惹かれる気がするけれど、ときどき特別に文字の小さなものがあります。

そんな時、「私の客は、あんたみたいな、おじさんじゃないよ!」と言われた気が。

反対に、新聞は、「義務教育を終了した、老若男女が、読んで理解できるよう、配慮して作っている」と、聞いたことがあります。

ちなみに、客層をほぼ、おじさんで占めるオーディオ雑誌の中には、ノーマルサイズと、大判サイズの二種類、同じ内容で出版しているものもあります。


(2018.3.23)

@ 大工さんにも、「自分の家は看板だ」という人と、「自分の家なんか、かまってられない」、という人がいます。

イエスは多分、後者。

そして殉職。


「 残業200時間の職員も…厚労省 働き方改革担当部署 」

( Yahoo!ニュース3/24(土) 14:23 掲載 )


@ 近未来には、引っ越しシーズンなど、完全無人の自動運転で荷物だけを運ぶこともあるでしょう。もし人が乗っていても、後部座席に一人だけの場合も。

そのクルマが暴走したら、一時的には、自宅でビールを飲んでいる所有者が逮捕されるのでしょうか。

2〜3日前にどこかで、「自動運転車の進歩で、今年生まれた人は、将来免許がいらなくなる」みたいな話を読みました(改めて探しても見つかりませんでしたが)。

確かに、タクシーの代わりに、公道で完全自動運転のクルマを使うだけあれば、近未来には、従来の運転免許はいらなくなる、のかもしれませんね。

でも、何だかんだと事故は起きます。

その時、責任の所在をハッキリさせるために、運転者責任に代わり、所有者責任、の概念が置かれるのでしょうか。免許も、従来の運転免許を簡略化し、所有者責任に特化した、1時間の講習でもらえる所有者免許になったりして。

たとえば完全自動運転車とて、雪がつもっているのに、ノーマルタイヤで走らせたら、きっと事故が起きるでしょう。その時は、所有者の管理責任が問われるのです。

そこまで、考えてふと思ったのですが…

3.11での、原発事故の責任はどうなったのでしょう。想定外の事故として、だれの責任も問われなかったのでしょうか。

参考「 自動運転中の事故、所有者に責任…有識者報告書 」( 「ヨミウリ・オンライン」2018年03月20日 21時24分 )


@ どなたかのツイッターで紹介されていた雑誌。

表紙の写真が印象的だったので、覚えていたのですが、それを本屋さんで、偶然見つけました。

立ち読みしてみましたら、斬新な写真がいっぱい。

大判だし、高いだろうと思って値段を見たら、500円ちょっとでした。安くても1,000円、もしかしたら1,300円ぐらいするかもしれないと思っていたので、びっくり。たぶん紙質のせいでしょう。

どうしようかと思いましたが、けっきょく買いませんでした。

文字が小さいのです。

本の前にメガネルーペを買わないといけません。そう言えば、あのメガネ、ホームセンターにあっても、なぜか本屋さんは売ってませんでした。

なぞです。

本当は、本には新聞並みの活字を使っていただくと助かります。


(2018.3.22)

子どもの頃、親とタクシーに乗ると、必ずと言って良いほど、カーラジオが鳴っていました。

二十歳ぐらいの時、一人で乗っているときも、まだ鳴っていたように思います。

当時、自宅の真空管ラジオは、温まってくるにつれて同調が狂い、ピーっという耳障りな音を出しましたが、カーラジオからはそんな音はしませんでした。

それどころか、音に、フェルトを思わせるような肌触りまで感じさせ、その太くて安心感のある音が、大好きでした。

でも気がつくと、鳴らしているタクシーは無くなりました。仕事帰りの深夜タクシー以外は。

一度、運転手さんにその話をして、「最近は、規則で禁止されているのですか?」と尋ねたら、「いえ、そんなことはありませんが…」とのこと。

なぞです。

素直に、「すみません、ラジオ鳴らしてもらえますか」と言えば良いのかもしれませんが。


(2018.3.20)

@ 先日のニュースで、「申告漏れがあり、税務署から追徴され、(追徴分の収入の元になった)顧客に謝罪した会社」がありました。でも、顧客に謝罪するだけで良いのでしょうか。

余談ですが、精力的に働けば働くほど、顧客から嫌われる仕事があります。かつて西郷さんもやっていた税務職員等です。

そんな税務職員等は、何を心の支えにしているのかと言えば、それは、「大多数の真面目な納税者が、味方になってくれているという思い」です。


(2018.3.18)

@ 今年のお花見はどこにしよう … そんなことを考えながら、毎日公園の、桜のつぼみを見ながら散歩しています。

公園の桜は、下がワンちゃんの公衆トイレになっているので、気持ちに微妙なバイアスがかかり、あまりお花見には適しません。

途中に、ノラ街が二カ所ほどあり、空き箱のような家にでスヤスヤねている背中が見えたりしています。台風などで壊されると、ボランティアと思わしき人たちが、速攻で再建します。

そう言えば昨日のノラ、私の姿を見ると、めずらしくUターンまでして近づいて来ました。よほど腹ペコだったのでしょうか。でも、ネコは飼ったことがなくて…。

啓蟄を過ぎ、先ほどPC裏の壁面を、一匹の(たぶん生まれたての)クモが、右から左へと、何回も止まりながら、ゆっくりと散歩して行きました。

ゴキブリはいけませんが、クモはあまり怖くありません。壁をトントン叩いてみましたが、まったく気にする気配がありません。生まれたてで人の怖さを知らないみたい。

PC画面とクモ君とを交互に見ている内に、どこかへ消えてしまいました。

お花見の帰りには、CDで「キース・ジャレット」のソロを買おうかと思います。一冬考えていました。今流れているのはモーツァルトのピアノソナタ15〜18番のCDです。これは最近のお気に入り。

なんとなく今朝、「今日は一日、自宅で名曲喫茶しよう!」と思い立ち、クラシックばかりかけています。


@ 「まだ若いのに、ブログやYouTubeで遊びながら、その不労所得で生活している。それは堅気のやることではない … 」。

もしかしたら、庶民がもっている平均的イメージとは、そんなものかもしれませんね。

昔、免許を取り、大きなアンテナを建てて、アマチュア無線をやっていた人が、地方によっては「某国のスパイ」だと噂されたという話を思いだします。それなら、ケータイを持って、ところかまわず撮影したり通話している人も、スパイ容疑をかけられても不思議ではありません。

私みたいにブログ等で遊ぶことは誰にも出来ますが(お目汚し申し訳ありません。)、プロとして食べていけるようになるのには、才能と、たいへんな努力が必要でしょう。極言すれば、会社員のように上司の命令でやるのか、自発的にやるのかの違いだけかもしれません。

ブログ等収入は不当所得ではありませんし、仮に不労所得だとしても、(例えば株の、お気楽・配当生活をしていても)そのタネになる資産を作るためには、ほとんどの場合、たいへんな努力が必要だったわけです。

ブログ等で食べていけるなら、そうしてもよいと思います。そのポジションに誰もが立てるわけではありませんから。

追記

ただ…プロのブロガー等は人気商売だと思います。ある意味、芸能人と同じ。20歳前後から始めて、幸運にも人気急上昇しても、それが老人になるまで継続する保証はないのです。

そんな未来のことを考えるのは若者らしくない、という御意見もあると思います。しかし芸能人の中に、その時に備えて、例えばラーメン店とか、マンション経営など、サイドビジネスをしている人もいることを考えると、やはり不測の事態(リスク管理)も考えてみる価値はあると思います。

余談ですが、精力的に働けば働くほど、顧客から嫌われる仕事があります。かつて西郷さんもやっていた税務職員等です。


(2018.3.17)

NHK大河ドラマ「西郷どん」を観ています。島津家(薩摩藩)家臣の西郷さんは、今でいう公務員だと思います。

最初の頃には、年貢を平等にするため、計算に苦慮するエピソードも出てきました。いわゆる税金取りですね。当時は、今と行政組織が違いますから、税務署職員であり、県庁、市区町村役場職員等でもあった、のだと思います。

文書の改ざん騒動で、「切腹」した人も出ている現代でも、実は、昔とそんなに大きな違いはないのかもしれません。

公務員であろうと、民間人であろうと、組織で働く人間の苦労にも、極端な違いはないと思います。現代人の私ですが、今のところ、西郷さんの物語を、「沁みるように味わう」事が出来ます。

「苦労の対価としての給料」をいただく。必死で生きる「西郷どん」を観ていると、たぶん多くのおじさんたちが持っているであろう、そんな価値観を再確認している自分がいました。

でも、ふと思ったのです。今の若者たちは、どう感じているのだろうかと。

若者の多くが「楽しみながらお金を稼ぐ」という価値観を持っていることは知っています。すると、「西郷どん」を現代に通用する話では無く、昔話として観ているのかもしれませんね。

良い悪いを問うているのではありません。ただ、「同じ花を観て微笑んでいても、心は通い合っていない、のかもしれないなぁ」と、ただそう思ったので。


(2018.3.15)

@ 警察の決めゼリフとして、「公務執行妨害で逮捕する」というものが有名ですが、あれは警察だけのものではありません。

森友問題が遠因なのか、陽気のせいなのかは分かりませんが、先日より市町村役場への暴力事件が目立ちます。

市町村役場は、「庶民の相談の場」だから大丈夫だろうと思っても、勢い余って脅迫したり、暴行したりして、公務を妨害すれば、やはり「公務執行妨害」で逮捕される事もあるのです。


@ 聞くところでは、愛知県小牧市の「田縣神社豊年祭」は3月15日らしい。

女性に喜びを、そして男性には勇気を。

なぜ申告期限と重なっているのかは知りません。


(2018.3.13)

@ 地元に、ある有名デパートがあります。

昔から品質や接客で一流との折り紙付きでした。そこで働いていた女性なら礼儀作法も万全だろうと、お嫁さん候補としても売れっ子だったのだそうです。

その話ですが、さすがに今は「昔話か都市伝説」になっているだろうと思っていました。

しかし先日、今でも人材派遣関係の場では、良くも悪くも「そこの出身者はキャリアとされている」らしいことを知り驚きました。

悪くもと言うのは、ときにプライドが高く、和が保てないこともあるのだそうです。


@ 決裁文書。役人にとっては日常的に作る書類ですが、一般に、上司のハンコが押してあるものを、部下が勝手に改ざんするのは理解しがたいです。

勝手な改ざんは、「下手をすると首を覚悟するほどの重大行為」ですし、その時は当然に、ハンコを押した上司は味方になってくれませんから。


@ 先日、森友問題で、安倍首相が「行政全体の信頼を揺るがしかねない」と発言されましたが、少し前、別の事例でこんな事もありました。

ある偉人の「出生地がA町と戸籍に書かれているのを承知で、B町が世界記憶遺産の申請をした」のです。結局ユネスコは認めませんでしたが。

ご承知のとおり、戸籍はすべての公文書の元になります。たとえ誤記だと言われても、戸籍が正しいとするのが「行政の秩序」と言うものです。

例えば誕生日。本人がいくら12月31日だと叫んでも、戸籍に1月1日だと書いてあれば役所は1月1日で書類を作ります。本当に12月31日ならば、証拠を提出し、まず戸籍の訂正をしなければ話は進みません。

それなのに、戸籍を無視し、役所みずからがB町で世界記憶遺産の申請をするのは、やはり「行政全体の信頼を揺るがしかねない」事だったと思うのです。


(2018.3.11)

@ ボランティアの報酬とは「人の役に立った喜び」だと思います。それはお金では満たされません。だから大富豪でもボランティア活動に精を出すのです。

ある被災者に「一番うれしかったのは、どんな時ですか」と質問すると、「人の役に立ったときです」と答えたとか。2年ぐらい前どこかで読んだ、忘れられない話しです。


@ ご承知のとおり、日本は人口減少で、いくつかの地方都市は消滅の危機さえあります。

そんな中起こった東日本大震災は、単に元通りにするだけではなく、未来を見据えた効果的な復旧・復興をしなくてはならないという、難しい問題を抱えたものになっていました。

声高に議論しては、被災した方々の神経を逆なでしかねない、このタブーと紙一重の問題が、どうやら成功しつつあるような話が書いてあり、少し安心しました。

記事には専門家の話として、このようなコンパクトシティ作りは、立ち退き・転居問題などのため、やりたくても普通の市町村では中々できないが、被災地ではその問題がほとんど無いため、事実上の社会実験として行うことができる、みたいな内容もありました(表現は正確ではありません)。街づくりの成功と、住民の方々の幸せを祈りたいと思います。

「 『東日本大震災7年 復興、コンパクトな街に』

東日本大震災から11日で7年。岩手、宮城、福島県では津波で壊された沿岸部の街の再建が進む。日本経済新聞が被災地の人口分布を調べたところ、人口が減りながら中心市街地の人口密度は震災前より上昇した自治体が複数あることが分かった。病院など生活に密着した「核」を中心部に配置し、住民を集めたのが共通点だ。被災地での街のコンパクトな再建は、日本各地のヒントになり得る。… 」

( 住建・不動産 地域総合 2018/3/11 2:00日本経済新聞 電子版 より抜粋 )


(2018.3.5)

久しぶりに「AERA」を買いました。立ち寄った本屋さんには1冊しか残っていませんでした。


(2018.3.1)

家を建てたことがある人なら分かりますが、一流大学を出た一級建築士が設計しても、現場作業をするのは職人さんです。

たぶん職人さんは一級建築士の資格を持っていませんし、多くは大学も出ていないでしょう。だから構造計算など専門的知識は無いと思った方が良いのです。

そして職人さんが作ろうとすると、たまに設計図通りには作れないことがあるのです。一級建築士の経験不足から、設計図が、いわゆる「机上の空論」になっている場合があるからです。

そんな時、学歴コンプレックスがある職人さんの中には、鬼の首でも取ったような気分になり、密かに一級建築士を冷笑する人もいるかもしれません。

もし大改造が必要なら、呼びつけて(現場を見せながら)チクリと説教するかもしれませんし、小さな改造だと思えば、独断で行うかもしれません。


(2018.2.28)

@ 40年ほど前の話。毎日ジョギングをしていた私の足に異変が起きました。左足の土踏まずの辺り、10円玉大の部分に、「火傷のような、軽い痛み」が起きたのです。

それは毎日続きました。当時インナーソールが出始めたばかりの頃で、輸入物の高価なシューズを履いていた私は、インナーソールの形に違和感を感じていたので、足形が合わないため痛めたのかなと思っていました。ランニング専門誌を毎月購読していましたが、そんな情報は載っていませんでしたし。

後に右ひざを痛め、ランナーを引退してからは、左足の痛みも消えていき、いつしか忘れていました。

それが中年になって気功を始め、ぶり返したのです。今度は両足裏に感じます。

今は気功の知識が少々ありますから、その痛みの理由が分かります。

それは足裏ツボである「湧泉(ゆうせん)」が活性化した証拠なのです。もっと言うと、体内の邪気が「湧泉(ゆうせん)」から排出される時の痛みでもあります。身体にはリズムがあり、夕食時あたりが一番活性化するみたいです。

たぶんランニングの刺激でも活性化するのでしょう(上下動は背骨を刺激する気功でもあります)。20代の頃にその知識があれば、いらぬ不安を感じなくて済んだものをと思いました。

ちなみに、痛みは軽いものなので、日常化すれば、徐々に気にならなくなります。むしろ健康体の証ですし。

追記

ちなみに「湧泉(ゆうせん)」は、ほかっておいても自動的に邪気を排気してくれますが(ジンジン感があります)、逆に、外気(空気中に在る気)を吸引することもできます。それは呼吸と同時に念じるだけで可能です(スースーする吸引感が足元に起こります)。

しかし、足元よりも頭の方が、位置が高い分、外気がきれいだと思われるので、頭頂の「第七チャクラ」から吸引して、「湧泉(ゆうせん)」から排出する方が、気分的に好きな方が多いようです。食物の消化も上から下へ動きますしね。

その気を、足ではなく手のひらのツボ「労宮(ろうきゅう)」から出せば、気功治療ができます。気功師はそうしています。この技ができると、自分の気を消耗することが少なくなり、あまり「命を削らなくても」仕事ができるのです。


@ 15年ぐらい前の話。仕事帰りの夜7時ごろ、しとしと雨の降る、薄暗い下町の裏通りを歩いていました。

下町と言っても、大都会の都心から、散歩できるぐらいの近さです。住むには人気の一等地。

道の両端には民家が立ち並び、雨で路面がテラテラ光っていました。

ふと見ると、道路の中央に、カエルがいるのです。鎮座してこちらを睨んでいるのです。

あんなに大きなカエルを見たことは稀有な経験です。そんなものが、今どき、この都心に近い場所に出現するとは…

私にはカエルに見えましたが、本当にカエルだったのでしょうか。大人の握りこぶし大で、やはり光っていましたが。

もしかしたら、お犬様の落とし物だった可能性もあります。

私は、まるで妖怪にでも遭遇したかのような気分になり、迂回して帰路につきました。


(2018.2.26)

大杉 漣さんが、2月21日お亡くなりになりました。66歳でした。私は大杉さんのファンで、毎週のように、何かで観ていたような気さえします。ですから、若すぎる死に驚きました。まだまだ、これから渋く魅力的になる年頃なのに。ご冥福をお祈りします。


(2018.2.25)

若い頃は、名古屋シティマラソン他、いろいろ出たことがあります。レース後は、参加者仲間でランチを食べて帰りたかった。かるくビールと歓談を夢想していました。いつも一人、ではありませんでしたが、なぜかその夢は叶いませんでした。本日走られた方、お疲れ様でした。


(2018.2.21)

私も小平奈緒選手のファンになりました。彼女が金メダルを取った日、次の走者を気づかって、大きな声援に「シー」をし、さらに(負けて)銀メダルになった韓国の選手を労ったシーンが世界中で感動を読んでいるようですが、彼女の本当の凄さは、あの場で、自然にそれが出来たことです。

オリンピックでも、平常心で、まるで学校の運動会みたいに(自分の良い面を出せる)メンタルの凄さに敬服します。あのスペシャルなメンタルがあったから、(まるで罠のように)「用意・ドン」が一秒も長くても、動じなかったのでしょう。


(2018.2.20)

今朝ラジオから、すごく良いフィーリングのシンフォニーが流れてきて、思わず終りまで聴き込んでしまいました。そして曲名が流れて驚き。それはシューベルトの第4シンフォニー「悲劇的」だったからです。

タイトルは昔から知っていましたが、「悲劇的」という暗いタイトルを敬遠して聴きませんでした。シューベルトはピアノソナタと歌曲ぐらいしか知りませんでしたが、少しシンフォニーにも注目してみたいと思いました。


(2018.2.18)

@ 駅弁の「天下とりご飯」(1,100円)だったかな。先日、発作的に食べたくなって…で、昨日は名古屋駅近くの映画館へ行ったのだけれど、その時はもうすっかり忘れていて…帰宅してから思いだしました。

「鳥のそぼろ」と「いり卵」が半分づつご飯の上に敷き詰められている弁当です。たぶん類似品は各地にあるはず。昔食べた時は、他におかずは入っていなかったような気がしましたが、今はいっぱい。勘違いでしょうか。

「ひつまぶし」は熱田神宮近辺の老舗名店で食べるのがお勧めですが…昔は良く食べたなぁ。でも最近は値上がりして…幸運にも先日食べるチャンスがあったのですが、いろいろあって、けっきょく熱田神宮境内の(かき揚げ)「宮きしめん」を食べました。神宮の緑のオープン席で食べる、熱々のきしめん、うまいです。

追記

「味噌煮込みうどん」は、名店で食べても旨いですが、無名の小さなうどんやさんでも、名古屋は旨いです。やはり文化ですね。


(2018.2.17)

@ 若い頃“やまがたすみこ”さんのファンでした。そう言えば「青い径」(あおいみち)という歌がありましたね。(遠い目)

今でもメロディや歌の一部を覚えています。今ハッキリ自覚しましたが、あれは当時から「青を想起するメロディ」だと感じていました。専門的な事は分かりませんが。


@ 「奨学金が返せず苦しんだり、自己破産や、保証人に迷惑をかけることもある」という情報も伝えてないのでしょうか。賢明なお父さんなので、後から困ることには、ならないとは思いますが。


(2018.2.16)

@ @「v」みたいに、首を中心に頭をゆっくり一回転し、意図的に軽く目を回したのち、

A二回転目は、息を吐きながら、首と腰を中心に、「( )」こんなふうに背骨の中央あたりを周囲に膨らませ、重力の力で崩れ落ちるように回して、体の力みを抜く。

これで、精神と肉体が、ほろ酔い加減の、無心の境地に入る。

ゾーンに入る。

私の妄想では、これが羽生選手のスタートに見えましたが、他の選手も同じかな。


@ 学校などで、「ミサイルの避難訓練は必要」かもしれないが、「子どもたちに不安を与えないように」との声。

津波が来たら、「てんでんこで険しい裏山を登る必要がある」が、「訓練でケガでもしたら責任問題になる」との思い出。


(2018.2.13)

@ 現場の徴税職員にとって、従うものは法律であり、大多数の真面目な納税者は、公平を守るべき味方です。

「 <麻生財務相>確定申告影響『十分あり得る』 佐川長官問題 」 ( 毎日新聞2018/2/13(火) 18:33配信 )


@ NHK朝ドラ「ひよっこ」で、みね子たちが工場で作っていたトランジスタラジオ。私が毎朝枕元で(ウトウトしながら)2時間前後聴いているラジオも、ほぼ同じものです。小さな音で聴いているので、電池はほぼ一年間もちます。カタログデータの2倍も。

このラジオ、二流メーカー製で、安いし、感度もそれなりですが、意外と音が良いので気に入っています。

ところが、最近購入した、一流メーカー製の、ステレオ仕様CDラジオ。機能は重宝していますが、なんとなく音が良くありません。

その原因は…

もしかしたら、内臓アンプが「デジタルアンプ」ではないのか、とも思っています。

「アナログ対デジタル」。その音質の違いは、マニアでなくとも知られるところとなってきました。もちろんデジタルでも、(たいてい高価な)本当に良いものは良いのですが、今回は、悪い面が出ているのではないのかと。

みね子の時代、あるいはオーディオ全盛期の、ラジオやラジカセは、アナログのトランジスタアンプが内臓されています。しかし最近の復刻版みたいな製品には、外見はレトロでも、デジタルアンプが内臓されている物もあるかもしれません。すると音は、似て非なるものなのかもしれませんね。

追記

もっと具体的に言うと、私は「もっと、ソフトで滑らかな音」にして欲しいのです。これは「コストや技術の問題ではなく、開発者の音決めの問題」になります。

しかしアマゾンなどのレビューを読むと、今の音でも「音がこもっている」と評価する人が多いようです。つまりマーケティングからは、制作者はもっと元気の良い音にしなければならない。

音に世代による嗜好の違いがあるのは当然の事です。しかし音の嗜好には、音の教養が影響を及ぼすのも事実なのです。一流メーカーはその教育者になるのか、あるいは迎合するのか、人生いろいろです。


@ 高齢者の運転するクルマが、駐車場で突然暴走し、店舗に突っ込む事があるのはなぜでしょう。

「ブレーキとアクセルを踏み間違えた」と弁解することが多いようですが、私の考える根本理由は、「免許はマニュアルで取ったのに、オートマ車を運転したから」だと思います。

ご高齢になって、「ふと気がゆるんだ瞬間、体に沁みついているマニュアル車の運転動作を、ついオートマ車で行ってしまうから」でしょう。だからブレーキとアクセルを踏み間違えるのです。

ということは、もう少し年月が流れ、マニュアル車で免許を取られたご高齢の方が、全員運転を引退されれば、この問題はほぼ解決するのです。

と思っていましたら、これから運転免許を取る今の若い人の中にも、「カッコよいから」という理由で、「とりあえずマニュアル車で免許を取っておく人」が、少なからずいる事を知りました。

仕事でマニュアル車のトラックなどを運転する必要がある人なら仕方ありませんが、単に「ファッション」で取り、実際はオートマ車を運転するのなら、それは今の高齢者に近い経歴をもつことになるのです。つまり、今の若者が高齢になった時には、又、同じように暴走の危険が生まれるのではないでしょうか。

もちろん、その頃には、自動運転車が当たり前になっていて、自動でブレーキがかかるでしょうが。


(2018.2.11)

@ 「共感覚」の話。

「 『青→ソの音』は、青い空からの連想かもしれないけれど、『赤→ドの音』なのは、なぜだかよく分からない 」と、新聞に研究者の言葉。

「ドの音」から感じる、ある種「ベーシックで深刻な響き」から、もしかしたら、無意識に「血の赤」を連想しているのかもしれません。

キリスト教の儀式でも、「赤ワインをイエスの血」と言っている様に。

追記

以前、「焼きそばドッグ」のパンに、甘い味のものと、塩味のものがあるのを知った時、「甘い味は涼しさ」を、「塩味からは暑苦しさ」を感じた話をしました。

そして今回、「ドの音」にある肌理の粗さ(雑味のようなもの)からは、ある種「暑苦しさ」を感じます。すでに述べたとおり「暑苦しさは塩味」なので、それからも「血の赤」を連想させるのです。

追記U

この様な説明が出来るのは、たぶん私に「色に関する共感覚」がほとんど無いからです。

本物の「共感覚」は意識できないほど自然なものです。目が見えるのは網膜に写った映像を電気信号に変えて脳に送り、脳が分析して「見えた」と感じているわけですが、それは「意識できぬほど自然な行為」です。本物の「共感覚」は、それに近いほど自然な感覚であり、連想ゲームをするほど遅いものではありません。


@ そろそろ税金のシーズンですね。

普通徴収と言って、自営業者の方などは、住民税の年税額を4等分し、6.8.10.1の月に自分で納めます。

特別徴収と言って、会社員は原則、住民税の年税額を12等分し、6月の給与から天引き開始され、会社から納めます。

両徴収と言って、給与以外の所得もある会社員は、住民税の年税額を、特別徴収と普通徴収の両方に分割して納めることが出来ます。

例えば年税額212万円(内訳・給与分12万円、給与以外の分200万円)を、特別徴収として毎月1万円づつ給与天引きし、残りの200万円は普通徴収として納めるのです。

もし特別徴収一本で212万円も納めたら、給与の手取り額が激減して、本人は気分が良くないかもしれませんからね。

それに、事情を知らぬ会社側も、役所の計算誤りかも知れぬと、あわてて役所に電話することは間違いありません。

役所側も、間違いではないとの説明は必要ですが、具体的な内容は本人のプライバシーと紙一重のところがありますから、「口をモゴモゴ」せざるを得ない部分が出てきます。

両徴収にしたい方は、確定申告書の2面下段にある「給与・公的年金等に係る所得以外(平成26年4月1日において65歳未満の方は給与所得以外)の所得に対する住民税については、徴収方法を選択」の欄に、正しく記載することが必要です。

この辺りに集中している住民税関係の事項は、とても大切ですが、税務署員にとっては、どうしても専門外になります。

ですから、申告をする本人も特に気をつけて、記入誤りや、漏れが無いようにしておく必要があります。要領を得なければ市町村役場へ質問してみるのも良いですね。

昨年中に仮想通過で大儲けした人もいることでしょう。そんな人にも、関係が出てくるのではないでしょうか。


(2018.2.8)

皆さま、いつもお読みいただきありがとうございます。


(2018.2.7)

「三位一体」


(2018.2.6)

ポートレイト「羊の木」


(2018.2.1)

「東京ラブストーリー」。

リアルタイムでは観ていませんでしたので、最近の再放送を録画して、ちびちびと観ています。

話の中ごろ、ヒロイン・赤名 リカが「ロボコップ」好きだと知った男2人が、ビデオ店から「等身大の立て看板」を、リカの家に持ってくるシーンがありました(翌日、返しに行きましたが)。

「ロボコップ」は、ご存じのように、殉職した警官の脳をロボットに移植したものです。心は人間なのにロボットとして生きなければならない。その疎外感と哀しみ。

一見、一番元気そうに見える赤名 リカが、意外にも巨大な疎外感を抱いている事を、若い彼らはまだ知りません。


(2018.1.26)

@ ニュースによると、この事件を風化させてはいけないと、最近、学校でも「障害者差別はいけない」として、教えようとしているようです。

しかし、これは「加害者が、自分と被害者(障害者)を同一視した」故に起こった事件であって、いわゆる「障害者差別ではない」のかもしれません(下記の@A参照)。

むしろ、これは「自殺はいけない」という話、なのかもしれないのです。

従来、自殺が起こると、「加害者さがし」ばかりで、「自殺はいけない」という声は少ないです。日本人が嫌う「死者に鞭打つ」ことに、なりかねないからでしょう。

しかし、「自分をあやめるのも、他人をあやめるのも、人をあやめることに違いはなく、共に大変いけないこと」です。この事を教育して、初めて「車の両輪」を語る事になるのです。



@「自殺したいほどの自己嫌悪」

A「他人の中に自分と同じものを観る不快感」

B「特別扱いという新たな差別、そのジレンマ」

C「風化による事件の単純化」


一年ほど前、ある大量殺人事件が起きました。まさしくそれは、おぞましいほどの許されざる行為で、彼の味方をするつもりはありませんが、なぜそんな事をしたのか、TVや新聞で知りえた情報で、当時の私が推理した犯行理由を思い出してみました。もう詳細には覚えていませんが、当時マスコミにも似たようなコメントをした方もおられた記憶ですので、まったく的外れでもないと思いますから。

@犯行の何年も前から加害者は人生につまずいていました。就職なども上手くいかず、自分は世の役に立たない、認知されない人間だと、自己嫌悪になっていました。世の中にはこの段階で自殺する人もいるようですね(誤解の無いように付け加えますと、私は自殺には断固反対です。自殺を人生の選択肢にはしないでください。留まれなければ逃げれば良いのです。私もそうやって生きてきました)。

Aそんな加害者は、たまたま仕事で知った障害者を思いだし、「彼らの中に自分を投影した」のです。介護の仕事から受けた苦労も、不幸なことに彼の信念の裏打ちになりました。加害者は自殺したい衝動をすべて障害者に向けました。そこで事件が起こったのです。「加害者の中でそれは婉曲的な自殺」でもあったのかもしれず、「悪態は自己嫌悪をしている自分自身に向けて発せられている」のかもしれません。もちろん普通の人はそんな事はしません。一線を越えてしまった点で、加害者には病的なものもあったのかもしれません。

B事件が起こった後、被害にあわれた障害者の方々の氏名が、多くは非公表になりました。「障害者が身内にいることが知れると、家族が差別を受ける可能性がある」との理由でした。

C私もそうですが、昔観た作品など、ディテイルを忘れてしまうと、映画のレビューも書けなくなります。

自殺を人生の選択肢にはしないでください。留まれなければ逃げれば良いのです。私もそうやって生きてきました。(一部再掲)


@ たとえばトイレ掃除を一枚の雑巾で行うなら、「きれいな場所→汚い場所」の順で行うのが常識だと思います。この場合、トイレをぐるっと見わたして、順序の組み立てが大事です。

しかし国内のある量販店で、バイトさんらしき人が、「便器を拭いた雑巾で、手すりを拭き始めた」のを目撃したのです。彼は「順序なんて考えていないみたい」に見えました。

あ〜言わなければ分からない人もいるのだな、そう思いました。


@ 都会の勤務だと思って気象庁に就職したのに、気象観測船に乗ることになった、大学出たての女性。

まるで海上保安庁みたいな勤務状況。彼女はがんばってます。

そんな彼女が就寝前に聴いているのは、スマホに録音した「落語」。

実は私も、最近、落語のCDを買ったのです。だから、彼女の気持ちが分かるような気がします。


@ 着物を売りたい業者、着たい新成人、着れない貧しい人、選挙のプラスにしたい首長と、シンプルかつ事務的に行いたい部下。

そんな中、着物が詐欺にあったから成人式に出ない新成人。彼女たちはワガママ?

いえ、たぶん失意のために動けないのでしょう。

ところで、未来の成人式の理想像は。


@ クローン技術で愛する人を再生しても、それは、ある意味双子と同じで、宿る魂は別人ではないでしょうか。

すると、外見はそっくりでも、愛しあえる保証までは無いわけで、依頼主の心の傷はいっそう深くなるかもしれないのです。


(2018.1.25)

2018年1月24日「NHKガッテン!」で、「アナタの知らない万能調味料!“赤みそ”真の実力 」を放送していました。

“赤みそ”は見た目がクドそうなので、他県の人には、あまり評判が良くないようですが、「コクを増やす調味料」としての実力はピカイチで、カレーやチャーハンなどの(たしかチャーハンには「味噌と醤油を混ぜたもの」)隠し味としても抜群の実力を発揮するのです。

わが家では、母方の実家が“赤豆みそ”、父方の実家が“白麦みそ”なので、子どもの頃は、やはり父が“赤みそ”を嫌っていたのを覚えています。しかし、母も全面降伏するわけにはいかなかったようで、赤・白、ときにはブレンドを、日替わりで使った味噌汁を食べさせてくれました。

おかげで私は、バイリンガルならぬトリリンガルな味覚を獲得。

今でも、わが家には紅・白の味噌が常備してあり、交互に使用しております。しかし、「コク味調味料」として、カレーとかチャーハンまでは思いつきませんでした。

ちなみに、“赤みそ”と言えば、名古屋名物「みそかつ」「味噌煮込みうどん」「味噌おでん」「どて煮」などに使われて有名ですが、名古屋人は“赤みそ”の本家本元は、隣にある愛知県岡崎市の「八丁味噌」だと思っていて、名古屋名物だと言われている事に、少々後ろめたい気分もあります。

TVを見逃した方は、ネットにも概略が紹介されていますので、ぜひ一度ご覧ください。


(2018.1.24)

「墜落」と「不時着」は違います。

皆が「墜落の心配をするから、今までなら飛行場まで飛んでいけたケースまで、予防着陸するようになった」のでは。

もしかしたら。


(2018.1.23)

30歳ぐらいの先輩が、「本を1,000冊読んだ」と豪語しているのを聞いて、20代の私は、「それなら私は、映画館で映画を1,000本観てやる」と、密かに思ったのでした。

今の私は、それをレビューに書くのも夢になりました。まだ、どちらも、まだ時間がかかりそうですが。


(2018.1.19)

@ 「 信越線立ち往生 JRが三条市のバス提供申し出を断る 『全員を一度に救助できないと考えた』

新潟県三条市のJR信越線で乗客約430人が積雪で立ち往生した普通電車(4両編成)に一晩閉じ込められ、運転再開まで約15時間半かかったトラブルで、乗客救助のためバスを提供するとの市側からの申し出をJR東日本新潟支社が断っていたことが分かった。

同支社の今井政人支社長は19日、トラブル後、初めて記者会見し、バスの提供を断ったことについて『バスでは乗客全員を一度に救助することは困難だと考えた』と釈明した。… 」

( 産経新聞2018/1/19(金) 12:42配信 より抜粋 )


3.11の津波被害をモチーフにした映画「君の名は。」のレビューを書いた時、私はマイページで「公務員と会社員の思考回路の違い」に言及し、「首長は管轄内の公平を求め、社長は自社の利益を求める」みたいな話を書きました。あの日、私は東北地方には居ませんでしたが、現場にいて担当者の心の中まで覗いたように感じた痛々しい事例があったからです。「津波てんでんこ」が止められた。


JRの前身は国鉄であり公務員です。「救助を優先するのか、公平を優先するのか」。気のせいか「公平を優先した」ともとれるこの判断には、公務員的なにおいがします。しかし、非常時にあまり公平に拘ると、避難が遅れて全滅することもあるのを忘れてはいけません。今回のJRの件は、3.11の、あの教訓が生かされていなかったのです。

追記

私は、JRを執拗に責めているのではありません。彼らはもう十分に反省し、今後の対策も検討しているはずですから。

それでも、私がここに書ているのは、「公平」が「公務員の本丸」、あるいは「性(さが)」であるからです。だから今後も、どこかの公務員が、形を変え、同じ誤りを繰り返す可能性があり、災害大国日本では、それが「全滅に値する、恐ろしい結末」を招く心配があるからです。

大多数の公務員は、考えても見なかったでしょう。「公平は両刃の剣でもある」ことを。

追記U

>「現場にいて担当者の心の中まで覗いたように感じた痛々しい事例があったからです。」

かつて私は、それを詳細に書きました。そうしたら「想像で書いた」ことにクレームがついて削除せざるを得なくなり、「公平は両刃の剣」であるという話の核心部分は無視されたのです。

しかし今回、JRのトラブルで歴史は繰り返されました。他人事だと思っていると、また今後も起こりえます。


@ 時々、私のような無教養な者にも、「どうやったら株で儲けられるの?」と質問してくれる人がいます。私を信用してくれたのですから、何とかこれに答えなくてはいけません。

そんな時、いつも私は下記のような話をします(頭を捻っても、これしか出来ませんので)。


@ 世の投資商品は「ローリスク・ローリターン」「ミドルリスク・ミドルリターン」「ハイリスク・ハイリターン」に分類でき、だれもが欲しがる「ローリスク・ハイリターン」は、今も未来も存在しない。理解できない複雑な構成の金融商品は「ハイリスク・ハイリターン」だと思っておけば良い。

A 初心者向けの株式投資のマンガを読んだことがありますが、いきなり「持ち金が少なくても大儲けできる」として、「信用取引」が紹介されていて驚愕したことがあります。「株などは10年間使う予定が無い金でやるもの」で、借金までしてやるのはやめた方が良いです。「レバレッジ」も借金とみなします。

B 株の値上がり値下がりは、その企業の業績だけで決まるのではありません。地球の裏側で発生した、まったく関係のなさそう出来事で、大暴落することもあります。つまり、未来を予言できる「超能力者」でなければ、未来の株価を確実に予想すること(確実に儲けること)は不可能です。

まとめれば、「世の中そんなに旨い話はない」という話。

それでも儲けた人がいるのは「運」もあるのでしょうし、一握りの儲けた人は嬉しくて「本」など書くかもしれませんが、大多数の損した人は、たいてい「沈黙」しているせいもあるのでしょう。

仕事でも、昔は「苦労の代償として給料をもらうものであって、もし仕事が楽しければ、逆にお金を払わなければならない」という考えが当たり前でした。

でも今は「楽して儲ける」(ある意味、「ローリスク・ハイリターン」)ことを考えるのが当たり前ですね。「仕事で苦労するのは、仕事と人とのマッチングが間違っているから」だという考えです。「好きな事を仕事にすれば、楽しく働ける」と言う。一概にそれも否定しませんが。

しかし、もしかしたら、この思想というか、雰囲気で、株などの金融商品に入ってしまう人もいるのかもしれませんね。そして“意識せぬまま”「レバレッジ+ハイリスク・ハイリターン」の世界に手を染めてしまうとしたら、それは怖いことだと思います。


(2018.1.14)

@ 若い頃、ちょっとしゃれたお店には、店内に「私設の電話BOX」がありました。

灯りがともったあのBOXは、癒しの気配まで漂わせ、見ているだけでも幸せになりました。

あの時代を知っているはずのおじさんが、今、店内で、平気でケータイ通話しているのを見ると、私はいつもため息をつくのです。


@ スマホ「ながら運転」は、自動車、自転車とも、「飲酒運転」と同レベルの非道・危険だと考えるべきではないのか。

勤務先によっては、事故を起こさなくても、警察に見つかっただけで、懲戒免職・解雇に該当するような。


(2018.1.11)

@ ソニーの新型「アイボ」が12年ぶりに復活したようです。

ニュース映像を見ただけですが、買った、いや飼ったことのない者には、旧型との違いが分かりません。やはり「メタリックな、いかにもロボット的な感じ」がします。

後発メーカーで、印象に残っているものは、ふれるだけでも癒される「もふもふ系」で、ふさふさの毛が生えていたりしますが、アイボは違います。

このご時世、「それって、どうなんだろう…」と思いましたが、オーディオで言う「ソニートーン」(ソニー製品に共通するような音色)を思いだして納得しました。

音を言語化するといろんな表現が出来ますが、例えて言うなら「どちらかといえば硬質で、メタリックなほどクリア、そして艶のある音」なのです。

新・旧のアイボも、やっぱり、その血が隠せないわけです(ある意味、血統書付き)。


@ コンビニで買ってきた食材の、AとBを混ぜたり、ひと手間加えたりしただけの、「簡単コンビニ料理」があると思います。

同じように、賞味期限まじかの、災害用の備蓄食料を使った、「簡単防災料理」みたいなコンテストをやったらどうでしょうか。

タダでもらえて、簡単に美味しい料理にバケる、そんな食材があると知れば、節約庶民は、ほかっては置かないはず。


@ 3.11以降、自治体では災害用の食糧備蓄が増えいますが、「賞味期限切れをどうするか」が新たな問題になっているそうです。

昔、防災訓練の時に、期限切れまじかの「乾パン」を頂いたことがありますが、あれは美味しかった。

名刺大で、黒ゴマも入っていて香ばしく、少し濃い目の食パンみたいな味がします。小腹がすいた時とか、食後、ご飯のお代わりをするほどでもないけれど、少し食い足りないなぁ…みたいなときに、あれをかじると、しみじみ幸せな気分になれます。

今どき、わざわざ地味な「乾パン」を買う人も少ないと思いますが、いざ食べてみると、「こんなに、うまいんだ!」と感激しますよ(ミルクやヨーグルト・アイスクリームなどと組み合わせると、さらに美味しいかも)。

もし、市町村役場で無料配布してくれるのなら、散歩がてら、貰いに行きたいほどです。他にも、持ち帰れるものがあれば貰いたいですね。

参考 ( 2018.1.11「朝日新聞」(朝)2面 備蓄食料 ジレンマ 期限切れ前に寄付 仕組み課題 )


(2018.1.8)

日韓合意、韓国は日本に何か要求する前に、慰安婦像の撤去をすべきだ。


(2018.1.7)

@ BBCのモニタースピーカーで聴かせていただきました。どなたの好みなのか前半YouTubeの画面がオレンジでしたが、驚いたことに、セリフの多いA子さんのお声もオレンジをイメージさせました。一方、B子さんのお声は淡い桜色でした。これは、あの舞台でのイメージです。環境が変わればこれに限りません。


@ 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のラストシーンに出てくるような、空飛ぶクルマの夢を見ました。

そのクルマは道路から垂直に浮上し、地上10mほどの所でUターンしようとしましたが、急旋回が効かず、ビル3階のベランダにぶつかりそうになりました。

また別のクルマは、ふらふらと地上2mでUターンしたものだから、後続車と正面衝突しそうになり、驚いたタクシーが急ブレーキをかけ、さらに少しバックして衝突を免れました。タクシーの後ろには、たくさんのクルマが止まり、大渋滞を起こしていました。

そこで、目覚めたのですが、なぜ、そんな夢を見たのか分かりませんでした。

ボ〜っとした頭で、枕もとのラジオをつけたら朝7時のニュース。そこでは「沖縄で軍用ヘリが砂浜に不時着した話」をしていました。私は、「あ、それだ!」と思いました。昨夜観たニュース映像が種になり、こんな夢を見させたのです。

ところで、地上を走る車は、タイヤで接地していますから、急ブレーキ、急旋回が可能ですし、墜落の心配もありません。

では、空飛ぶクルマはどうでしょうか。

もちろんその頃には、A.I.による自動運転技術はかなり進歩しているはずですが、しかし空飛ぶクルマは、詰まることろ「体の良いヘリコプター」でしょうから、急ブレーキ、急旋回は効かず、墜落の危険もあるわけです。

免許制度がどうなるのかは知りませんが。バラ色の未来の前には“ひともんちゃく”ありそうです。

参考:「 『空飛ぶクルマ』離陸 トヨタが支援、20年の実用化目標 」 ( 「日本経済新聞」2017/5/14 2:30 )


(2018.1.6)

地元の映画館の音は、アルティックが鎮座しているような一部の劇場を除き、昔は悪かったですね。わが家のチープなステレオの方がよほど良い音がしました。

しかし都市の再開発もあって、懐かしい、その「劇場」が消え、「暗室」ばかりのシネコンができると、(個人的には、不愛想な「暗室」は文化の後退だと思いますが)音は驚くほど良くなりました。

あのクオリティーの前で、まだ「わが家の方が良い音だ」などと言われる方がいらしたとしたら、それは恐ろしいことです。


(2018.1.4)

@ 「バイキングで横入りされた」という声がラジオに寄せられました。

それに対してDJさんは、「普通、お皿の置いてあるところが入口だと思うので、皆さま気をつけましょうね!」的な回答をされていたように思います。

ふだん「横入り」を嫌う私ですが、バイキングの列に横入りという概念はなかった(満員電車に乗る時のように、無理やり割り込むのはマナー違反ですが、すき間があれば、後ろの料理を取る権利を放棄して、どこから入っても良いと思っていた)ので、この応答には違和感を感じました。

もちろん初回なら入り口から入るでしょうが、二回目以降なら「エビフライ」とか「ステーキ」とか、お代わりしたい料理の近くへ入るのでは。それとも、入り口から入って5分も行列に並ぶのかしら。

最後に置いてあるデザートのショートケーキを取りに行くときも、やっぱり最初から並ぶのかしら。


(2018.1.3)

@ さっき聞いたラジオの言葉。

「 仏教とはメンタルヘルスである 」


(2018.1.1)

@ 北朝鮮がすぐに拉致問題を解決させたら、北朝鮮への巨額の慰謝料・賠償金の支払い請求を、日本は免除する用意がある、という話は…聞かない。

「 <北朝鮮>『拉致解決、資金援助が条件』脱北の元高官証言 

… 金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が「拉致問題の解決と引き換えに、日本から巨額の資金援助を受けられることを望んでいる」と明らかにした。… 」

( 「毎日新聞」1/1(月) 7:00配信 抜粋 )


@ 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

いつもお読みいただいた方、そして、ご指導ご鞭撻を下さった方、本当に有難うございます。


(2017.12.28)

@ 昨日、ブログが削除されてしまった件の追記Uです。

削除されてしまうので、具体的内容が書けませんでしたが、本日2017.12.28朝日新聞(朝)の「天声人語」に詳しく紹介されていますので、ぜひご覧ください。中学校の教材にも適した、大人も括目の話です。


@ 40年ほど前、私はある事務所で、書類の発行を担当していました。まだコピーも進歩してなく、コンピュータも無い時代でなので、そのつど手書きの対応です。

交付する前には、同僚と読み合わせをして万全を期すのがルールでした。しかし、それでも時々誤記が起こり、後から慌てて交換に走ったものです。

読み合わせまでしたのになぜ誤りが見つからなかったのか。私は「お互いが、相手に依存しているせい」だと思いました。「心の奥底では、お互いが、相手の責任だと思っていた」のです。その気持ちが目を曇らせるのです。

ですから、「読み合わせ不要なほど、真剣に自己点検」をしてから、さらにダメ押しとして読み合わせをしてもらうようにしました。そうしたら、誤りは目に見えて減りました。


(2017.12.27)

@  朝日新聞2017.12.25(夕)7面にその記事がありますが、かつて新聞の賞を取り、全面広告でも紹介されたキャッチコピーがあります。それは「逆転の発想で価値観の議輪を巻き起こしたもの」です。

岡山の中学校では、道徳の教材としても取り上げられたこの言葉を、昨日ご紹介しようとしましたら、更新時にほぼすべての〈パレット〉の記事が消滅してしました。

私は、私の日頃の行いに、とうとう天罰が下ったのかと思いましたが、いろいろ書き込み試した結果、もしかしたら、そうではなく、あのキャッチコピーに在る、「あるワード」が問題だったのかもしれないと思い至りました。

その言葉は、「昨今の社会情勢をみると、若者に悪影響を与える」との観点から、きっと「「有害ワード」に指定されているのです。そして、そのワードがあると「自動削除」になってしまうのでしょう。

そう言えば、そんな話をニュースでも聴いたような気がします。しかし、その時、そのワードだけでなく、過去の書き込み(私で言えば、過去一年分の、無関係な記事)まで、コンピュータは一蓮托生に消してしまう。これがA.I.の未熟なところです。

しかし、(学校の教材にもなるように)前向きに人生を語ったり、硬派な映画のレビューを書くときにも、そのワードが必要になることがあるでしょう。その時に、またすべてが消えてしまう心配がありますが、とりあえずは気をつけることにいたします。

皆様、本当にご心配をおかけしました。

追記

そのワード「一文字」がいけないのかと思って「○」に置き変えてみましたが、やはり削除されました。もしかしたら、一度削除したものは、あるていど「文章として記憶」しているのでしょうか。そのあたり良く分かりませんが、今は余分なエネルギーを使ってまで詮索りするつもりはありません。午前中は二時間ほど「ブログの引っ越し先」も探していたぐらいですから。


@ 「 … 退位を実現する特例法の成立後、初めて思いを語った。「これまで多くの人々がおのおのの立場で考え、努力してきてくれたことを心から感謝しています」と謝意を示した。… 」

( 2017.12.23 朝日新聞(朝)「 残された日々、継承に向け準備を行っていく  天皇陛下きょう84歳 退位決定に『感謝』」より抜粋 )


@ リタイア後を「毎日が日曜日」と言うのは、私の場合、ちょっと違うかな、と感じます。明日はもっと楽しいかも…などと期待する気分が有るので、「毎日が土曜日」と言うのが近いかな。

それはともかく、10連休、するのか、しないのか、検討中の話も。10連休にして欲しいですね。理由は、「その方が楽しそうだから」。国民の喜びが大きいと思います。

「 5月1日即位でGW「10連休」 2019年、政府検討へ 「休日」と「祝日」で違いも 」  

( 2017.12.6 22:23更新 産経ニュース )


(2017.12.26)

@ 人気TVドラマ「陸王」の最終回が放送されました。

「こはぜ屋」さんの社長は、茂木選手の調子が良いときも、悪いときも、陸王を履いているときも、履いていないときも、いつも変わらぬ応援を送っていました。

茂木選手も、豊橋国際マラソンでライバルが給水に失敗し、ボトルを落としてしまったとき、自分の水を半分与えました。そして茂木選手は優勝し、ライバルの信頼も得たのです。

対して、こはぜ屋さんたちに汚い手を使っていた、RUの部長らしき男は、やがて社長から左遷を言い渡され、部下からも見限られる羽目に。

私は、これらのエピソードから聖書を連想したのです。

「 12:19

愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、『主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する』と書いてあるからである。

12:20

むしろ、『もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである』。」

( ローマ人への手紙・第12章第19・20節 )


@ 今、「残心」が最も美しく、そして良く分かるのが、カーリングですね。

「 平昌五輪に映えるカーリングの美女たち 」( 産経ニュース 2017.12.24 11:00更新 )


(2016.10.6)

@ TVの情報番組で、ワンちゃんを紹介していました。彼(たぶん)は、奥さまが「掃除機をかける」と、すぐに自分も「音の出るボール」を持ちだして遊ぶのだそうです。理由は分からないとのこと。

私は、奥さまが「掃除機をかける」ことを「音の出るオモチャで遊んでいる」と認識し(ワンちゃんに掃除をするなどと言う習慣はなさそうだから)、記号論を使って自分も「音の出るオモチャ」を持ち出すのだと思いました。そしてお付き合いで遊んでくれているのだと。

たかが犬と、小ばかにしてはいけませんでした。

彼は「とても高級な概念」をもっている可能性があります。「すごい切れ者」なのかもしれないのです。

ここは犬語翻訳機「バウリンガル」(2002年 イグノーベル平和賞受賞)をバージョンアップしていただき、「愛犬といっしょに映画鑑賞」できたら素晴らしいかもしれません。

彼なら私の気づかない「映画の記号」を読み取り、たとえば「ゴジラしっぽと、無人在来線爆弾という“しっぽ”、その秘められた相関関係」ぐらいは、楽に語ってくれるかもしれないから。


(2016.9.28)

@ 「世界最大級のブルートパーズ原石」は、写真で見ると、アルバム「ウエザーリポート」の「割れガラスジャケット」と似ています(9/24参照)。

「共感覚」で聴こえてくる音も似ていますが、原石の方は絵柄が単純な分「音数も少ない」です。

「詩心」で言えば原石は「おちつきがある」、「まとまりすぎてつまらない」と感じます。「老成」した感じでしょうか。対する「割れガラスジャケット」は「むてっぽう」、「むき出しの若さ」ですね。


「 世界最大級のブルートパーズ原石、英自然史博物館で展示へ 

ロイター 9月28日(水)12時45分配信

9月27日、ロンドンの自然史博物館で、トパーズ原石では世界最大級とされるオストロ・ブルートパーズの原石が来月から展示されることになった(2016年 ロイター/PETER NICHOLLS) 」

( Yahoo!ニュースより抜粋 )


@ 昨日のTVニュースで「水の味比べ」をしていました。

「名古屋の水道水」を持って京都に行き、通行人や、お寿司やさん、豆腐屋さんなどに飛び込み、「京都の水道水」と「ブラインドテスト」をしてもらったのです。

その結果、多数の人(数字は酒を飲んでいたので忘れてしまいました)が、「名古屋の水が美味しい」と判定していました。「だから、ういろう(ういろ)が美味しいのね!」とコメントを付けてくれた御夫人も。

名古屋の水道水はきれいな木曽川の水を上流で取水しています。水量も豊富であり、日照りでも給水制限・断水はありません。

水道水ですから当然にカルキ臭はありますが、それ以外の風味はペットボトルのミネラルウオーターと比べてもそん色はありません。だから、名古屋ではお土産用に缶コーヒーならぬ「缶水道水」(水道局主催のイベントなどで手に入る)があるぐらいです。

しかし東京などからの転勤者に「名古屋の水は美味しいでしょう」と尋ねても実感のない人が多い。よく聞いてみると、習慣的に「ミネラルウオーターしか飲まない人」とか、「アパート・マンション住まい」のため、屋上の貯水タンクを含め、給水設備の老朽化などで、清水とは言いがたい水を供給されていた人もいました。彼は個人で浄水器を付けていました。

そんな人にはいつも助言するのですが、「シンプルな公園の水飲み場」とかで、一度ダイレクトに水道水を味わってみてと。

アンケートで主要8都市中「魅力が最下位」になった名古屋らしい、「ベーシック」な自己主張でした。京都の皆さま、胸を貸していただきありがとうございました。

追記

中国の観光客の皆様。名古屋では「きれいな空気」だけでなく、「おいしい水道水」も手に入ります。


(2016.9.24)

学生時代、ウエザー・リポートというグループの「ウエザー・リポート」というアルバムを、夜の闇の中、枕もとのトランジスタラジオで聴いて、その不思議な魅力のとりこになりました。

あの頃の感想を言えば、「心に穴が開いて、風が出入りするような感覚」です。あるいは「煩悩を換気する歓喜」かな。まるで瞑想をしている様に無心になれました。

でも、けっして心地よい音楽ではありません。大きなステレオで聴いたとき、私も最初は拒絶反応を起こしたぐらい、あれは怪しくて素性が知れないものです。

ところで、そのCDジャケット(昔のLP時代から同じデザイン)を見ると、「剥がれるように割れた、家庭の窓ガラスの断面みたいな写真」が写っています(自動車の窓ガラスはサイコロ状に割れますが、昔の家庭の窓ガラスは違います)。

剥がれるように割れた、ガラスの断面特有の、鋭さと柔らかさのあるライン。指を触れると怪我をしそうな、剃刀みたいに危険な雰囲気をまとった不思議なアート。

今さらながらに気がついたのですが、あれは「一曲目に出てくる音(音楽)」を「共感覚で視覚化」したものだと言っても良いのです。

お寺の鐘のようにワーンと鳴るエレクトーンの和音のような音(剥がれるように割れたガラス)、プッ!と一瞬だけ鳴るトランペットのような音(線状や鋭角に割れたガラス)、コン!と一瞬だけ鳴る叩くような音(ガラスの硬質感)と言うように。

奇抜なデザインでありながら違和感のなかった理由が分かったような気がします。


追記

どこかで読みましたが、共感覚者同士が、同じものを見聴きしても「常に同じイメージを受け取るとは限らない」そうです。そうすると「にせ者」だと誤解されかねないので、プライドをかけて両者一歩も引かないことがある。だから共感覚者同士は予想に反して「不仲になる」こともあるらしい。

それを承知で言うのですが…

アルバム一曲目のタイトルは「ミルキー・ウエイ」ですね、その意味が「天の河」であったとします。もし「天の河」を「共感覚」で音に変換すると「トタン屋根に当たる嵐の雨音」みたいになるのです。

雨音の一粒一粒が「星」です。風につられて付く強弱が「天の河」の流れ。プッ!というトランペットが「流れ星」。コン!という叩く音が澄みきった「夜空」です。そのイメージで作曲します。

そしてアルバムジャケットには本物の「天の河」が写った写真を使います。

しかし、彼らの作った音楽は違うイメージです。たぶん、彼らは「共感覚」で作曲したのではなく前衛的な「詩心」で作ったのだと思います。

ところが、完成した音楽をジャケット作家に聴かせたら「割れたガラス」が見えた。ジャケットを制作した人はきっと「共感覚者」だったのでしょう。

つまり「天の河」→「共感覚者でない人が前衛的な詩心で作曲」→「共感覚者が聴いたら、天の河ではなく割れたガラスが見えた」→「ガラス写真ジャケットの完成」(「ミルキー・ウエイ」というタイトルから「割れ目を「天の河」のように白くし、背景をミッドナイトブルー」にした)。

などと夢想します。


UUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU
 

「 成長できない者にかぎって、飛躍したがるものである 」
                

             (エリック・ホッファー)

飛躍したいという野心は、実は、成長できない者が破滅していく前奏曲だったのかもしれないのです。
 

UUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU


( 映画について )

昔は、人が「面白い」と言えば「そんなに面白いなら観ないわけにはいかない」と、人が「つまらない」と言えば「その、つまらなさ、自分の目で確かめてやろう」と、休日はほとんど映画館に入りびたりでしたが、最近は映画館は月に3回ぐらいになりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

( 掲示板について )

思うところがありまして、近年返信をお受けしておりません。あしからずご了承ください

人にものを伝えるのは難しいことです。

対面していても難しい。ましてや掲示板に書き込んだだけで、完全なる意思疎通をするのは困難だと思っています。老若男女、生まれも育ちも違う無数の人たちが匿名で参加しているのですから。

私の書き込みに反感などをもたれた方は、それは私の本意ではないと好意的に解釈してください。どこかに誤解が混じっているかもしれませんから。

ときどき「その解釈は違うと思う・・・」とか、返信を下さる方がいますが、できましたら御自分のスレッドを立ち上げて、返信ではなく、自主的な発表として、あなたの解釈をお披露目してください。その方が嬉しく思います。返信を下さるほどの自信とエネルギーが有る方なら、ご自分のスレッドを立ち上げることは容易だと思います。

議論をしないことについてもご意見をいただく事がありますが「議論をしないための議論」になりかねないため返信できません。どうぞご理解くださるようお願いいたします。

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( お気に入りユーザー登録について )

お気に入りユーザーとして登録してくださる方がいらっしゃいます。心より御礼を申し上げます。

大変恐縮ですが、私自身は現在この機能ボタンを使用しておりませんので、悪しからずご了承くださいませ。でも、私も、心の中で、皆様をお気に入り登録させていだだきました事をお伝えいたします。

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( 映画生活ユーザー登録について )

遅ればせながらユーザー登録をさせていただきました。私の現在の登録HNは2001/5/22から使用している「さくらんぼ」ですが、2000/12/31からHN「街の灯」で、2001/1/7から2001/5/14までは、HN「まちのひ」で投稿しておりました。当時はメルアドの入力も不要な、のんびりとした時代でした。でも入力が必要事項になった時、直後の数日間は、皆さんの投稿数が激減してしまいました。きっと警戒心がわいたんでしょうね。懐かしい思い出です。

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( 私のレビューについて )

子供のころ学校で「本を読んだら次の順序で読後ノートをまとめるように」と教わりました。

@あらすじ、A主題、B感想、の順です。

この中で私がいちばん興味をもっているのがA主題さがしです。私の投稿はおもに「独りよがりな主題探しの打ち明け話」で、レビューとしては中途半端なものです。少なくともBの感想をプラスして初めてレビューの体をなします。Bの感想は何を書いても良いのですが、主題が分からないと的外れなものになりかねないので、こちらもまた難しい。

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( 映画の解釈方法について )

私は映画の解釈をするとき、ふと「映画とはシンフォニー」ではないかと思ったことがあります。たぶん「どちらも小さなパーツが集まって展開し、相似形の全体が完成している」からです。

だから、どこか「小さなパーツひとつを解釈することで、映画の全体が理解できるのでは」と、仮説を立てたのです。

つまり「パーツAの解釈が、パーツBやC、Dなどにも当てはまるか、そして映画全体にも当てはまるか」を考えていくのです。そうすると、だんだん、その映画が解ってくると。

ところで、昨日、新聞を読んでいたら、理論物理学者の方の、面白いコラムを見つけました。

「 …私は、科学者、特に物理学者であることがどういうことか明確な感覚を持っています。観測や実験から得た情報に基づき、初期の理論を組み立てる。うまく行ったら、より多くの現象、より小さなスケール、より大きなスケールに当てはまる数式にまとめていく。常に実験や観測に照らしつつ、さらに異なる現象を統合し、より統一された理論を目指す。それが科学です。… 」

( 2016.6.8 朝日新聞朝刊インタビュー「オピニオン&フォーラム『科学者とは』・アリストテレス 科学の源流でない 実は退屈な詩人 」理論物理学者、米テキサス大学教授 スティーブン・ワインバーグさん より抜粋 )

きっと皆さまは「つまり君の解釈は科学的なのか?」と、お尋ねになりたいと思います。それには「1パーセントぐらいのレビューは近いかもしれません」と、お答えしておきます。「では、あとのレビューは?」とは聞かないでください。「あとは退屈なポエムですらありません」から。

追記

以前は解釈の結論だけ書きましたが、最近は考えた過程を書いて行くように変化してきました。歳を取るとその方が楽ですから。それに、解釈できなかった作品も記録するようにしました。ご容赦下さい。

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( 映画、TV、原作本について )

映画の解釈に迷ったとき、原作本を読んで答えを知ろうとする人もいますが、あなたはどうしてますか。

正しい解釈に早く辿り着きたいのなら、読まないほうが良い、と申し上げておきます。

なぜなら、映画と原作本は、近似の、しかし別々の物語(パラレル・ワールド)だからです。この二つの情報を同時に頭に入れることは混乱を招きやすく、解釈の情報処理に得策ではありません。

数ある映画の中には、細部に仕掛けをして、一見原作と同じに見えながら、実は逆の結末を用意したものも在るようです。

どこかワンシーンの描写、ひと言のセリフで解釈がひっくり返る仕掛けを映画に仕込むのです。現実でもフロッピー・ディスクの改ざん事件がありましたが、あの現実の示すとおり、ほんの少しのことで結末はひっくり返るのです。

原作本に心酔し染まってしまうと、それは映画を冷静に観ることにはマイナスに作用します。監督は観客が騙されるのを遠くから「してやったり!」と、ほくそえんで見ているのかもしれません。

映画の解釈は原作本から離れて静かにすべきです。映画の補足説明ですら原作本に求めるべきではないと考えます。映画の事は画面の中だけで完結してください。(TV版ドラマも同様です。)そして、めでたく解釈が完了してから原作を楽しみましょう。別物として。

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( 映画の記号について )

津波と水素爆発で破壊された原発の映像がニュースに流れていましたが、その映像に私は違和感を感じました。バックの空がとてもきれいな青だからです。破壊された原発の残骸から受ける悲惨なイメージに打ち勝つほどに強く美しい青でした。それはワイキキの浜辺に似合うほどです。

もし、これが映画なら、空は少なくとも曇天でなければなりません。嵐の時のような真黒な雲ならお似合いです。逆に言うならば、映画で不穏な雲がでてきたら、その後には悲劇が起こると言う記号でもあります。

私のレビューには記号の解釈がいくつか出てきます。もちろん真面目に書いていますが、どれも私の独断と偏見で解釈したもですので話半分で読んでください。ご質問を頂いても多分お答えできません。

かつて私は「映画の記号辞典」を手に入れたいと思い、本屋さんで探した事がありましたが、売っていませんでした。

その時に立ち読みした本(タイトルは忘れました。)によると、記号というのは、ある程度の普遍性があるにしても、映画によって、また時代背景によっても変化するので、完全なる記号辞典は出来ない、というような事が書いてありました。

結局、映画の記号を解釈するには、多少の知識は必要だとしても、最終的にはその映画文脈の前後から動的な判断をするしかないのでしょう。学術書や原作に拘りすぎる静的な判断は間違いのもとです。一本の映画と言うものは、それだけで唯一無二の完結した世界、であることを忘れてはいけないのです。

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( その他 )

@ 「共感覚」についてお話しします。レビューやブログの中にときどき余談として出てきますので。

自慢話をしていると思われると困るのですが、私はおじさんになって初めて「自分には音→形が見える」(正確には、音を聴覚・視覚・触覚で味わえる)ことに気づきました。たぶん生まれつきなので、当たり前すぎて自覚すらしなかったのです。誰でも同じだと疑っていなかったのです。

ところが中年になり酒席で、なにげなくオーディオマニアの友人に話したところ、友人が「オカルト話は嫌いだ」と機嫌を損じたので、もしかしたら違うのかもと、気がついたわけです。

その特殊な感覚はオカルトではなく、まっとうな科学であり、一般に「共感覚」と呼ばれています。

しかし当時(10年近く前)ネットで調べても「文字に色がついて見える人」が一般的で、「音→色が見える人」ぐらいはあっても、「音→形が見える人」についての記事は皆無と言ってよい状態でした。だから「私のは本当に共感覚なの?」と疑問がふくらんだのです。

そんなある日、図書館で「ねこは青、子ネコは黄緑・共感覚者が自ら語る不思議な世界」(パトリシア・リン・ダフィー/石田理恵〔訳〕)という本を見つけて、救われました。

その中の「6章 作曲家マイケル・トーキーと音楽の色」で、音楽から視覚と触覚が刺激されるとして、「フレンチ・ホルンの音は丸」、「トランペットの音は先が尖った感じ」、「フルートは綿のような音」、「クラリネットは滑らかな音。まるでヒョウの毛皮のような感じ」と、そしてこれは「比喩」ではなく「知覚」だと書いてあったからです。

オーバーに言えば、私は「不安と孤独」の世界で、やっと「仲間に巡り合えた安心」を感じました。

今日、あらためてネットで「音 形 見える」で検索すると、わりと多くの情報がヒットするようになりました。日本にも多数の仲間がいそうです。これもある意味カミングアウトなのですが、自己紹介であると同時に、誰かを救えるとしたら必要なことだと思いました。


@ 「気功」、「オーラ」についてお話しします。レビューにも時々出てきますので。

おじさんになってからの事です。雑談中に友人から「あなたはオーラが見えますか?」と質問され、後に試してみたところ、自分にも「少しだけ見える」ことに気づきました。友人も「オーラ」が見え、同類の人はなんとなく判るのだそうです。

「オーラ」を一口で言えば、「仏像の背にある光背(こうはい)と呼ばれる放射状の後光」です。生身の人間にもそれはあります。光背みたいに放射状に鮮明に見えるのは希で、たいていは「体を包むぼんやりとした光」として見えます。私には。

見えることが何か役に立つのかと言えば、「うつ状態」の人からは「黒いオーラ」が出ている場合があり、それが見えることがあるのです。

「黒い光なんて矛盾する」と思われるかもしれませんが、「昔の家庭用の、黒いゴミ袋を膨らませたような、『テラテラ黒光りする膜』みたい」と言えば分かってもらえるでしょうか。そんな光に包まれているのです。オーラが見える友人も同じものを見たことがあると言っていましたし、ネットにも書いてあります。

そのとき偶然に「気」も見えることが分かったのです。「気」を一口で言えば、「全身から立ち上る白っぽい煙・湯気のようなもの」です。「煙・湯気」との違いは、「煙・湯気」は光を当てるとより鮮明に見えるのに対し、「気」は明るくても見にくいし、反対に暗闇でも見にくいのです。「気」を見るには「ちょうど良い加減の薄暗い場所」で、「暗色を背景」に手のひらを見ることです。私には手からモウモウと立ち上る「気」が見えます。

こんな「自分に起こっている現実」を無視するわけにはいきません。私はその「オーラ」と「気」をもっと知りたくて関係本を探しました。そして「気功」と出会ったのです。

「気功」を学ぶことで「気」を健康に役立てることができました。今の私は「気」が見えるだけでなく、手のひらで触れることも、多少操ることも出来ます。今の私にとって「気」は神秘であると同時に、「空気や水」と同じような「日常生活の一部」なのです。

他の人にも尋ねてみると、「臨死体験」みたいな事があった人、生まれつき日常的に「オーブ」が見える人などがいました。見えるのに私と同じように気づいていないだけか、あるいは気づいていても人目を気にして「秘密」にしている人は意外に多そうです。


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以上です。





さくらんぼ さんがファンになっている映画

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さくらんぼ さんのレビュー投稿

見出し 満足度 作品名 投稿日
長く見つめ合うと誤解されるよ(0) 0点 俺たちの勲章 2015/09/16
刑事ドラマで謳ったフォークソング(0) 100点 俺たちの勲章 2015/08/12
愛をプログラムに織り込んではならな...(0) 100点 ネットワーク・ベイビー 2014/07/28

さくらんぼ さん


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