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三角くじ
2018/1/3 6:24
by
出木杉のびた
戦後第一作となる小津作品。喜八ものに連なる映画のようだが、残念ながらサイレント時代のそれらの作品は観られないのが悔しい。本作では喜八(坂本武)は脇に回り、かあやん(飯田蝶子)が主役。長屋を舞台とした人情ものだ。全編に溢れるユーモラスな雰囲気に、ニヤニヤしながら楽しく観ることができた。こういう小津映画も大好きだ。
占い師の田代(笠智衆)に付いてきてしまった男子・幸平。父親とはぐれたのか、捨てられたのか、帰る場所がない。町の人々はみんな面倒看るのを嫌がり、結局かあやんが押しつけられることになる。しかし、この小僧、早速寝小便をして大迷惑。幸平役の青木放屁は、太っているので孤児っぽくは見えないが、何とも言えない味がある。芸名にしても放屁って…(笑)。ほとんどしゃべらないし、茅ヶ崎の浜で遠くから走って来る姿は、まるで犬を連想させる。シッシッと追い払われたり、追いかければ逃げるし、まるでノラ犬みたいな扱いで笑わせる。
とにかく迷惑な存在なのだが、手がかかる程、情が移る。かあやんは文句ばかり言っているのだが、いつしか心の中にまで住み着いてしまった幸平との交流が温かい。演じる飯田蝶子もお見事。
写真屋で一緒に写真を撮るシーンも微笑ましいが、ここでふと疑問の演出。二人の姿が逆さまに写り、その後暗転。画面は真っ暗になり、声だけが聞こえる。一瞬、DVDの故障かと心配した。その後は誰もいない写真を撮っていた場所。これは何を意図したものか悩んでしまった。もしかして、写真機目線?レンズを通して逆さまに映り、そして黒い布がかけられる。二人の関係性のその後の暗示かも知れない。
意味不明といえば、冒頭に為吉が何やら深刻なセリフを吐いている。誰かに対して別れてほしいと言っているようだ。調べて見ると、どうやら「婦系図」の湯島の場のセリフを言っているらしい。これが本作とどういう関係があるのか全く分からない。
笠智衆は幸平を連れて来てしまう張本人だが、後はまかせっきりの飄々とした無責任さも面白い。失礼ながら、あまり器用な役者さんではないと思い込んでいたが、本作で見せる覗きカラクリの歌が実に素晴らしくて堪能させてもらった。こんな芸も持ってたのね。新たな発見が嬉しい。
きく女役の吉川満子もいい雰囲気を醸し出す。小津初期作品からの常連ということだが、これらの作品を観る方法はあるのだろうか。「おやかましゅう」と言って帰るこの言い回しが面白かったが、どうやら芸妓言葉らしい。幸平にお菓子やお金をあげる優しさも悪くない。この時の10円で、欲を見せるかあやんがまた可笑しい。三角くじにまつわるエピソードが笑える。くじといえば、かあやんに幸平を押し付ける為のくじ引きもまた面白かった。かあやんの性格を見越しての悪知恵だ。
当時、実際に戦災孤児も溢れていた。戦争でみんな大切な家族を失っていた。実の子供でなくても注げられる愛情もある。そんな気持ちの込められた小津作品は、観る者の心をきっと温めてくれるだろう。
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