20世紀の前半の50年
2007/8/19 5:57
by
ika
20世紀の前半の50年間は、アートが自分自身を見失った時代であったと定義づけることができるかもしれない。
第一次、第二次の両大戦をフロントとリアに持つこの時代。しかし、戦争は外面の形であって、内実においてアートに回復不能のダメージを与えたのは、実は「工業化」であったのではなかろうか。
この映画でも、「ヒトラーのスケッチ」を何点か見ることができるが、中に本物があるとしたら、それは、最初に登場する廃墟のデッサンではないかと思う。「絵の持つ真実の力」という点からすると、あの廃墟のデッサン以外はみなウソくさい。
最後に登場した未来都市のデザインは、「未来軍」の軍服とともに、映画のために描かれたものだろう。
「ヒトラーの善行」として私が知っているのは、
1.アウトバーンの建設
2.フラクトゥール書体の廃止
この2つであるが、この2つは両方とも「工業化」に密接に関連している。
ヒトラーは、未来に向けた眼として、人間の居住環境全体を含めたグランドデザインのようなものを考えていたのではないだろうか。
それは、アウトバーンのようなインフラ整備、都市計画と建築計画、そして、印刷等各種工業、つまり「自然」以外のすべてのもののグランドデザインということになる。
しかし、実は、このような思想傾向は、 20世紀の前半の50年間において、普遍的なものであったということも可能だろう。
ヒトラーの考えは、結局、「居住環境全体を含めたグランドデザイン」を実現していくための「環境から収奪した富の再配分の技術」、すなわち「政治」へと向かった。
これは、このような思想傾向の必然的な経過であって、たとえばこの傾向が共産主義(唯物史観)として現れたり、資本主義(市場経済中心の考え方)として現れたりもする。
そして、このような傾向に、徹底的に打撃を受けるのが、人の心の問題、アートを含む、軟らかい「フラジャイル」としての領域だったと考えることもできる。
要するに、今から見れば、 20世紀の前半の50年間は、人間の歴史の中でも最も「人間が周囲の環境から際立つ」ものとして考えられた時代であって、さまざまな主義主張は、すべて 「環境から収奪した富の再配分の技術」における、あえていえば「微差」であったとも考えることができる。すなわち、本当に存在したものは「環境から富を収奪する技術」(工業化)であって、これはもはや選択の余地がない。あとは、いかにしてその富を分配するかという問題(政治)が選択肢として残されているのみであったと考えることもできる。
アートは、人間の未来に向かうエネルギーの、いわば斥候のような存在であって、 人間の未来に向かうエネルギーのベクトルをいちはやく感じ取って、それをさまざまな方法で表現する。
20世紀の前半の50年間において、アートはどのような「受けかた」をしてきたのだろうか。
第一次大戦前夜は、「不安」を受けた。
そして、第一次大戦開始により「不安」は「現実」となった。ダダに象徴されるように、アートは、ただ「破壊」という方向でしか、人のエネルギーを受けることができなくなった。
大戦後、アートの世界にはさまざまな傾向性が開花して世界に受け継がれていく。
しかし、その根幹において、アートは、常に「工業化」という巨大な「オモシ」にひしがれて、なんとかそれを人間の心に受けられるものへと変容させようと努力するしか、採る道がなくなってしまった。
あらゆる主義主張に無関係に、加速度的に進展する「工業化」は、新たな「再配分の技術」を寸刻の猶予もなく要求してくる。
人の関心は、結局「政治」へと向かい、アートは、はるか先を行く「工業化」を、なんとか人間のものとして解釈するという、完全に受け身の立場に立たざるをえなくなった。
バウハウスも、シュルレアリスムも、抽象絵画も、未来派も、構成主義も、そしてヒトラーの「芸術」も、そのすべては「工業化」という怪物によって負わされた「受難」の、アートの側からの息もたえだえの「反応」であるという点では共通している。そして、この「反応」は、それを欠けば、もう人間が人間の心を失うという、ぎりぎりの地点での「抵抗」でもあった。
ヒトラーの「芸術」が、アートとして、なにか「許されざる気配」に満ちているとするなら、それは、彼が、「受難」の立場をかなぐりすてて、自ら「掠奪物の再配分」を采配する側にまわってしまったという、その点に求められるべきであろう。そして、この点においてだけは、彼を、躊躇なく「悪人」と呼ぶことが可能であると思う。
20世紀の最初の50年間は、このように、アートにとっては「受難」の時代であったという以外ない。
状況が変わるのは、第二次大戦後のアメリカで、おそらく抽象表現主義が勃興してきた40年代後半から60年代にかけてではないだろうか。
ここにおいて、アートは、ようやく「工業化」の受難から解放された、自分自身の立場というものをとることができるようになった。
この「解放」は、古いヨーロッパ世界では、ついになされなかったといってもいいと思う。
第二次大戦後、ヨーロッパにおいてもフォートリエやフォンタナ、アルマンなどの活躍が見られるが、アメリカの抽象表現主義やネオ・ダダに較べると、その「解放感」はどうしても見劣りがする。
この原因としては、いろいろ考えられるが、ヨーロッパとの共通項を消去していくと、やはり、アメリカの風土とネイティヴの人々との文化的な交感のようなものが残ってくるのではないだろうか。(むろん、アメリカに蓄積された巨大な「富」の力は大きいが)
そして、それは、たとえばジェームズ・タレルの最近の表現活動などにも、しっかりと受け継がれているように感じられる。
「工業化」の克服、「工業」の人間化は、古いヨーロッパ世界ではついに不可能であり、それは、新大陸の風土(山河)自体をもって、ようやく少しは積極的にとらえることができるようになった。
20世紀の後半の50年において、そのことは、次第に明らかになってきたように思う。
そして、21世紀に入ると、またすべてが変化してきたように感じられる。
フラジャイルとしてのアートが感じ、考えるもの。
それに注目していくことができればと思う。
(補遺)
この作品の原題は「MAX」。しかし、邦題は「アドルフの画集」となっている。
見たあと、主人公は、 MAXなのかアドルフなのか、とても混乱した印象が残った。一因は、 「アドルフの画集」という邦題の与えた潜在的な観念にあったと思う。
MAXと アドルフが共に中心をなす楕円というバロック的な印象。
これは、もしかしたら日本版の鑑賞者のみが受けた特殊な印象だったかもしれない。
邦題が「アドルフの画商」くらいだったら、外国の 鑑賞者と印象が揃ったかもしれない。
MAXの作品自体は、キュビズムの展開形で、構成主義に近い印象。
別のスレで議論になっていたマックス・エルンストとは、おそらく無関係だと考えられる(作品の内実にあるものが全く違うので)。
アートと政治の問題、人間生活のあらゆる場面におけるグランド・デザインというものを考える際に、ナチスにやや先行するかたちでドイツに登場したルドルフ・シュタイナーのことは、やはりはずすことはできないと思う。シュタイナーとナチスの関連性については難問山積で私のような素人の扱える領域ではないが、ゲーテ、ニーチェ、ワグナー、そしてナチスとシュタイナーのことは、いずれ解明しなければならない人類の宿題のように思える。
第一次、第二次の両大戦は、要するに「GNPの潰しあい」であって、各陣営が自然から収奪した「富」を「兵器」のかたちに変えてそれを潰しあった。人類が、圧倒的な「工業化」という「魔」にドライヴされてきたことを悟るためには、 「GNPの潰しあい」とそれに伴う人的犠牲という大きな代償を払う必要があったということもできる。
ヒトラーは、その 「GNPの潰しあい」において、最大の「悪人」というレッテルを貼られた人物であったが、その彼が、「工業化」の申し子として、人類の未来に対するグランド・デザインというはっきりとしたヴィジョンを持っていたことは、なにか象徴的に思える。
20世紀後半の50年は、結局前半の50年の「精算」の時期であったように思われるが、この期間に、「工業化」はかつての「重厚長大」性を喪失して、コンピュータ技術に象徴的な「軽薄短小」化に向かい、それとともに人の心は、この新しい傾向性に融合していく気配を見せている。さらには、これまで収奪する一方であった「自然」をも含めた「新たな全体」というものが配慮される傾向も見られるようになった。
現在、21世紀の玄関にたって、来た道、行く道を、われわれはどのように見るのか?
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